第35話:新居は豪華過ぎる事故物件
※市民街で新居を探すところです。4軒内見して、4軒目に決めます。
※その4軒目だけ見取り図を描きましたが、携帯端末の方もいらっしゃるようなので、後書きに載せます。
内見1軒目は、市民街のやや下の方にある住宅で築約20年。天然の石材を積んで壁にした組積造。
梁や床には木材を使用し、屋根には素焼きの瓦を葺いている。家は通りに対して横向き。石垣の内側に前庭があり、鍛鉄製の門扉には防犯の魔道具が付属している。
これは日本で言うところの「南欧プロヴァンス風」という石造りの建物であるが、災害に遭わなければ築百年経っても住めるのだから築20年ならまだ新築同然と言える。
住み心地は良さそうではあるけれど、間取りはリビング、ダイニング、キッチンの他に、寝室が4部屋、それぞれの寝室に隣接する浴室、トイレも4つずつあって、お値段は金貨8百枚。
ぐはっ! これはちょっと手も足も出ないな。
あと80年住めると考えれば妥当な値段かもしれないが、テストプレイ期間は2年しかないのだから新築に近い物件を買っても無駄になってしまうんだよな。
……。
2軒目は市民街のほぼ中央に位置する住宅で、築60年程。まず特徴的な白亜の壁が目に入る。
石造りの壁は、内外両面に白い漆喰を丁寧に塗り重ねて仕上げてある。周辺の住宅も軒並み白壁に統一されていることから、この一帯が計画的な住宅地であることが分かる。
こちらも南欧風ではあるけれど、白塗りの壁はスペインのアンダルシア地方や、ギリシャのミコノス島、サントリーニ島などに代表される、日光を良く反射する美しい壁である。
また、葺き替えたばかりの屋根瓦は、スペイン瓦を思わせる鮮やかなオレンジ色をしている。
細い裏路地に通じる裏庭は外から見えないよう高い壁で囲い、表裏の門扉にはやはり防犯機能が付いている。
屋根だけでなく内装も綺麗にリフォーム済みであり、間取りは浴室が2つと寝室が5部屋。お値段は金貨7百枚。
ふむふむ。今すぐには買えないけれど、
「もし買えるなら1軒目の家よりはこっちのほうがいいですね」と言うと、
「ええ、ここは悪くないと思いますわ」とソフィアさんも太鼓判を押してくれた。
……。
3軒目は坂を下り、平民街との境界付近にある住宅で、築40年。
2階建てで、建築様式はイギリスのチューダー様式とか、エリザベス様式と呼ばれるハーフティンバー様式に似ている。
柱や梁などの軸組を木材で組んでいるが、日本の木造住宅とは異なり、その骨組みの中にレンガを積んで壁とする建て方だ。外からは逆に、レンガ造りの壁の間に木の骨組みが浮き出て見える。2階の壁に白い漆喰が塗ってあるのはやはり日光を反射するためだろうか。
屋根は急勾配で、玄関はスペードのAを圧し潰したようなアーチ形をしている。こちらの家は母屋が小さめな分、庭は少し広く、門扉には防犯機能が付いている。
間取りは浴室が1つと寝室は4部屋で、お値段は金貨5百枚。
なるほど、これが最低ラインということか。しかし、風呂は1つでいいとしても、トイレが1つしかないのはいただけない。
「こちらは将来的に手狭になりそうですわね」とソフィアさんも言っている。
……。
4軒目は築80年で、いわゆる事故物件。
前の所有者が火災で亡くなられたそうである。まあ他の3軒にしたって、前の所有者がどうなったかなんて分からないのだけれど。
家を手放すということは、事業に成功して大きな屋敷に引っ越すためか、そうでなければ逆に事業に失敗し、損失の補填や資金繰りをするための苦肉の策か、いずれかである。
この世界も世知辛いものだと思いながら坂を上ると、4軒目の立地は2軒目の少し上だった。
それならこっちを先に見せろよ――と、言いかけてやめた。こちらは火災の後、修理が済んでおらず、早急に修理を手配できる有力者にしかお勧めできない物件なのだとか。
ふむふむ。俺は有力者ではないが、ここまで来たからには見せてもらおう。
外観は2軒目と同じく石造りで壁は白塗り。しかし一歩中に足を踏み入れると、その内装がまるで違うことが分かる。大きな違いは、建物の規模と豪華さ、そして中庭があること。
1~3軒目は全て2階建てであったが、ここ4軒目は3階建てである。個人の住宅なのに敷地面積は今住んでいる宿屋よりも広い。個人宅と聞いていなければマンションかアパートと思うだろう。
2頭立ての馬車がそのまま入れる玄関ホールには、ゴシック様式の建築物を思わせる美しい柱と、アーチが交差するリブ・ヴォールトの天井が見られる。
その先には奥行きのある長方形のパティオがあり、空からの光と風をふんだんに取り入れることができる。家の中に「家の外」があるという底抜けの開放感が味わえるのだ!
パティオには鉢植えの観葉植物が置かれ、その周りをぐるりと1周できる回廊が囲んでいる。回廊は1階から3階まであり、玄関ホールと同様に連続した柱とゴシックアーチで構成されている。
外に繋がる北口正面玄関、中庭、回廊、そして裏庭へと続く南口まで、中央棟の床には全てタイルが貼られ、防水加工が施されている。
東棟、応接室横にある階段から上の階へ出てみる。パティオを囲む美しい回廊は幸いにも無事のようだ。反対に、玄関から見て右手にある西棟の部屋の内側は酷く焼け、床と天井に大穴が開いていた。
火元は3階にある主人の寝室。暖炉の火が何かに引火したと見られている。
壁は火災に強い石造りでも、床や天井には木材が使われているし、他にも家具など可燃性のものに燃え移ったのかもしれない。それらが焼け落ち、下の階にも被害が拡大したようだ。
迂闊に暖炉のある生活に憧れてはいけない。犠牲となったこちらの主は引っ越して最初の冬にこの世を去った。こんな立派な屋敷に移り住んだが為に。
現在、崩れ落ちた箇所は木材を組んで応急処置が施されているが、天井がないため雨ざらしの状態である。
このような状態でなぜ売りに出されているのかといえば、家の値段を安くしておいて、金のかかる修理を買い手に負担させようという魂胆なのだ。
お値段、なんと金貨5百枚。
中央広場の転移石にほど近い好条件の立地、優雅な外観と豪華な内装は、2軒目に見た近くの屋敷と比べても数段格上なのは間違いない。
しかも間取りは寝室が10部屋。主寝室と客人用の部屋が1室ずつ、家族、同居人用の部屋が6部屋と、使用人の部屋が2部屋。
浴室は主寝室に隣接しているものを含め全部で5部屋。その他、個人用、男湯、女湯、使用人用に分かれている。
リビングは玄関の上階とパティオを挟んで南側の3部屋。ダイニングキッチンも3部屋あり、季節や気分、会食や宴会など用途に応じて使い分けられる。
その他、収納が2部屋。馬車用の車庫と馬屋、広い応接室は突然の来客にも対応できる。
修理さえ出来ればこれほど良い物件は他にない。担当者によれば、新築ならば金貨3千枚は下らないという話だ。
誰が建てたのかは分からないけれど、何世代目かの相続の際に跡継ぎは皆、既に引っ越してしており、維持費のかかるこの屋敷は金貨1千5百枚ほどで売りに出された。
仲介したのはお役所――すなわち領主様であるが、頭金に相当する金貨8百枚程しか支払われないうちに出火してしまったので、残金は回収できないまま焦げ付いたとのこと。
なるほど。それで新たに修理の予算を組むよりも、修理を手配できる「有力者」に売ったほうが財政赤字を抑えられるという寸法か。つまり、修理さえできるならば有力者でなくてもいい。
修理するのは良いとして、それまでここに住めるのかという疑問がある。
結論から言えば、住める。この建物は組積造の3棟を繋げた形になっていて、各棟を隔てる壁は厚く、梁や床、天井、屋根はそれぞれ個別に架けている。
ゆえに修理が必要なのは西側1棟だけ。パティオのある中央棟と階段のある東棟は無事なので、西棟に足を踏み入れないよう注意すれば問題なく生活できるのだ。
修理には大量の瓦や漆喰、木材、石材が必要であり、それらを運び込んだり、作業をする大工さんの人件費がかかるわけだが……。
俺は既に木材ならたくさん持ってるし、インベントリはシステムに接続されているから運搬のコストもかからない。他の資材を入手して複製すれば人件費のみで修理できるんじゃないか。よし、
「俺はここがいいと思うんだけど、どうかな?」
「うんうん。私もここに住みたいな。でもお化けとか出ない?」
「お2人とも同じ意見のようですわね。大丈夫、この世界には滅属性魔法で作られたもの以外、アンデッドはいませんわ」
「それじゃ、ここを第一候補にしよう」と、全員一致で可決。すると、1人蚊帳の外にいたユリアが、
「なあ、航、オレもここに住んでいいか?」と聞いてきた。
――マジで!? 今のユリアなら大歓迎! ……と、言いたいところだけど……。
「ユリアが住みたいなら俺は構わないんだけどな、詳しくはソフィアさんと相談してくれ」
平民のままでは市民街の家に住めないんだった。市民の家族か使用人になれば住めるのだけれど……。ソフィアさんがユリアに説明している間、俺は住宅担当の人からここを買う場合の説明を受ける。
価格の半分、つまり金貨250枚を頭金として納めれば、残りは分割でもいいそうだ。
ということは、今すぐ買える!?
現在の所持金は、金貨291枚と銀貨90枚。これはまたとなき機会だ。しかし、
「但し、1年以内に損壊部分の修理を済ませることが条件となりますので、秋までに着手されていないとあえなく没収されてしまいます」
なんという阿漕な話だ。ちなみに今はまだ春である。
こうなったら速攻で修理を終わらせてやろうじゃないか。
「分かりました。それでもここを買います。修理も任せてください」
と言って頭金を支払い、羊皮紙にサインして担当者に渡す。
「市民になられたばかりなのに胆が据わっておいでですね。流石美人の奥様を3人も連れてらっしゃる方は違います」
担当者はまだ勘違いしたままだが、それはそれで気分がいい。いずれ事実にすればいいだけの話。
これで条件付きではあるが、市民街の中央付近に良い屋敷を手に入れることが出来た。これからはここが俺たちの新しい活動拠点となる。すると、
「ハァ? なんでオレが航の召使いなんかに……。結婚なんて事務所が許すわけないし……」
ユリアの声が聞こえてくる。普通はそう思うよな。
――ん? その言い方って、事務所が良ければ俺と結婚してもいいのか? そこ、すげー気になるんですけど。
まあ、それはとにかくとしても、これから1つ屋根の下で生活をして、一緒のPTで活動するとなると、俺たちには守ってもらわなければならない秘密がある。
ユリアとしては、別に市民街に住みたいというわけではないが、これ以上、尚光と同じ宿で生活したくないという理由から、1日も早く引っ越したいらしい。
ユリアだけ他の宿に移ってもいいけど、毎日合流待ちをするのも嫌だし、何よりせっかくフリーになったユリアを手放して他の男がいる宿に行かせたくない。どうしたものかと思っていると、
話し合いの結果、ユリアはソフィアさんと個人的に契約することになった。そうか、その手があったんだ。
名誉貴族であるソフィアさんの使用人としてならば一緒に住むことができる。でも、きっとソフィアさんは俺より厳しいと思うぞ。
早速、明日の朝からソフィアさんを司令塔として、女性陣で屋敷の大掃除を始める計画が立てられた。今後はこの世界の人を雇ったほうがいいかもしれないな。
……。
内見のつもりがそのまま家を一軒買ってしまった俺たち。要修理ではあるけれど、掘り出し物ならぬ掘り出し物件の豪邸だ。
その後、再び役所に向かい、立会人臨席の下でソフィアさんとユリアは正式に《雇用》の契約を結び、先ほど購入した屋敷の住人として俺たち4人を登録してもらった。
そういえばアサツユと《内縁》の契約を結んだときはソフィアさんが立会人だったよな。立会人になるためには何か条件があるのだろうか。
単純に身分か? だとしたら市民の上の騎士か官吏か。
240年前(日本では20年前)、ソフィアさんの《婚姻》に立ち会ったのは父であり岩瀬を召喚した当時の王様のはず。
いずれにせよ婚姻や雇用など人間関係の魔法契約には立会人が必要らしい。これは俺とソフィアさんの目標達成にとって重要なことのように思えた。
……。
※お読みいただきありがとうございます。
・9/22見取り図修正しました。
・建築に関しては素人なので、まだおかしなところがあるかもしれません。
・壁を線で描いてありますが、石壁には相当な厚みがあります。
・方角は玄関が北で、裏庭が南。
・寝室1は主寝室(=マスターベッドルーム)で、屋敷の主人が使用する。浴室1、ダイニング&キッチン1と接続していて移動が楽。
・寝室2はゲストルームで、客人が使用する。ベランダまたは浴室1を通って主寝室へ渡れる。
・寝室3~8は家族、同居人が使用する。
・寝室9と寝室10は使用人のための部屋で、2~3段のベッドを並べて寝泊りする。
・玄関からパティオを通って裏口までの中央棟は屋敷の外に繋がっており、回廊は人の動線も集中するため、全面タイル貼り。採光も良く、風も良く通る。
・3階のダイニングキッチンは主に主人とその家族が使用する。来客時の会食はこちら。
・2階にはダイニングキッチンが2部屋あるが、家族と使用人、朝と夕、見たい景色など、用途によって使い分けられる。リビングと接続しており、ベランダにも出られるので、宴を開く際はここを使用する。
・浴室1は主寝室とゲストルームにつながっている。晴れている日は入浴後にバスローブを羽織り、ベランダで風に当たるのも開放的で良い。熱が冷めたらベランダから寝室に戻れる。
・浴室2は1人で湯に浸かるのが好きな家族用。
・浴室3~4は公衆浴場のように男湯と女湯に分け、家族、同居人が使う。
・浴室5は使用人が使用する。
・トイレは各寝室に完備されている。水洗で、お風呂の排水と共に魔道具で浄化される。
・馬車は車庫に格納し、馬は馬屋1枠につき1頭ずつ管理することができる。来客時のため車庫を1~2枠空けておき、馬房が足りないときは裏口の空いているスペースに一時的に留めておける器具が付いている。
・しかし残念ながら現在、西棟は立ち入り禁止。階段のある東棟と中央棟が無事である。
・使用できるのは寝室2、4、8の3部屋と、浴室1、2、4の3部屋、ダイニング&キッチンは3のみで、リビングは無事。




