第3話:ソフィアとの出会い&異世界への召喚
※ソフィアについて真実が語られるのは少し後になります。
「で、俺は五十人中の何番目なんですか?」
羊皮紙にサインをしつつ、岩瀬に尋ねた。
「初期メンバーはキミで最後だ」
ガーン! 何ということだ。
新作ゲームや大型アップデートのときは大抵スタートダッシュが大事だと相場が決まっているのに。
「なに、心配せずとも、じきに追い付くさ。それじゃあ、そろそろ《召喚》を始めよう。……ソフィア!」
右奥のドアが開き、金髪の女性が中に入ってきた。
彼女は膝上までスリットの入ったタイトなロング丈のワンピーススカートの上にセットのジャケットを着ており、大きく開いた胸元には谷間がくっきりと見えた。
左右に揺れるヒップラインとスリットから覗く脚線美は、豊かなバストから続く調和の取れた美しいS字曲線を描いて見る者を魅了する。
カツカツとハイヒールの小気味良い音を立てて近づいてきた女性の面影にはどこか見覚えがあった。
まさか、ワンメモ人気ナンバー1ヒロインのソフィア?
明るい金色の髪と鮮やかな蒼い瞳も特徴が一致する。
「紹介するよ、航くん。キミも知っていると思うが、シリーズ第一作目のヒロインにして王女のソフィア、ボクの妻さ」
ガーン! 俺の中で何かが爆発し、超高層ビル群が放射状に一気に倒壊したかのような衝撃と轟音が響き渡った。
「それじゃ、異世界のお姫様っていうのは……」
「彼女のことさ」
GM岩瀬、許すまじ。
付き合っている女性を寝取られたわけではないまでも、お気に入りゲームのヒロインが人妻になっていたという事実は、俺の精神を陵辱して余りあるダメージだった。
実際は人妻がゲームのヒロインになっていたわけだけれど。
げに罪深きは開発者。
「ソフィア、航くんのお母さんの説得、お疲れさま」
「話の分かる方で良かったわ。よろしくお願いしますね、航さん」
何ということだ。
俺が呑気に寿司を食ってる間、先回りして母さんを説得していたのはソフィアだったのか!
「よ、よろしくお願いします。えっと、ソフィアさん……でいいですか?」
「構いませんわ」
しどろもどろになる俺に眩しい笑顔をくれるソフィアさん。
何とも言えない上品で抑揚のある柔らかな声が、耳から脳を経由して背中を羽毛でくすぐるように、俺の心の琴線にそっと触れた。
人が恋に落ちるのに必要な時間について脳科学者の説明など聞くまでもない。
何という天使!
俺はふと、初めてワンメモをプレイしたときの記憶を想起した。
それは小学生の頃の思い出。新品を買ってもらえなかった俺は、中古屋で家庭用ゲーム機のハードとソフトを選び、繰り返し遊んだ。
そのヒロインは俺にとって初恋の相手とも言える存在。
しかし、残酷なことに生身のソフィアさんは今、計算上三十代半ばの人妻である。
岩瀬とソフィアさんを見比べて俺は思った。岩瀬の身体の傷痕よりも、ソフィアさんの存在そのものが異世界だと。
彼女がいるなら異世界もある。百パーセント信じるに足る根拠だ。
目の当たりにした彼女の佇まいには、映画で見る中世ヨーロッパの貴婦人のような浮世離れした存在感があるから。
誰か別人のコスプレなどではなく。
だから、岩瀬が脱ぐ必要なんてなかったんだ。
などと考えているこの俺に見せ付けるかのように、上半身裸のままソフィアさんとハグをしている岩瀬。
コイツだけは、未来永劫絶対に許すものかぁぁぁぁぁ!
心の中で叫び、殺意をこらえる俺。
ていうか、むさ苦しいから早く上、着ろよ。そしてソフィアさんから離れろ。
魂の抜けた俺はソフィアさんに言われたとおり、安全ピンを使って羊皮紙に血を一滴垂らすと、用意された端末からワンメモを起動してログインした。
この状態で召喚されると、ゲーム内のキャラクターデータも一緒に読み込まれ、それが俺の異世界における現身となるらしい。
同時に俺自身はワンメモのシステムが異世界へ送り出す五十体の現身のうちの一体となり、期間中の行動や感覚など様々な「体験データ」をリアルタイムで収集されることになる。
彼女が言葉を紡ぎ出すと、俺は皮膚の上に膜が張っていくような不思議な感覚がした。
程なくして俺の視界に半透明のメッセージウィンドウが表示された。
「ソフィア・イワセの召喚に応じますか?」
覚悟はできてる。行ってやろうじゃないか異世界に!
俺は迷うことなく《Yes》を指でなぞった。
しかし、俺の耳は記憶していた。脳へ一つの違和感を伝えていたことを。
あれ? 今ソフィアさん二年間って言わなかった?
テストプレイ期間、とりあえず二ヶ月じゃなかったっけ?
お読みいただきありがとうございます。