第1話:GM現る
この春、俺は受験した全ての大学を不合格になった。
構内に植えられた桜が見頃となって祝福する中、胴上げをされる学ランの男子、母と抱きあう女子など様々な合格者の姿を地元TV局が取材している。
お決まりの風景を横目に合格発表の掲示を見直したが、俺の受験番号「0314」はそこになかった。
やはりネットで見ればよかったか。一つ溜め息をつき、現実を受け止める。親に何と言おう。予備校の手続きもしなきゃだし。
早く帰ろうと思ったとき、一人の男に呼び止められた。
「キミ、満島 航 君だね」
聞き覚えのない声。「今どんな気持ち?」などと聞かれる気がして、知らない振りをした。だが、次の言葉は無視できなかった。
「待ってくれ、ワタロット君!」
それは俺がずっとプレイしているオンラインゲームのアバター名。ゲーム内の俺の名前だ。もっとも受験生になってからは絶賛イン率低下中だが。
ここでその名を呼ばれるとは青天の霹靂。以前、同級生に呼ばれたときも散々からかわれた記憶がある。
思い出し怒りをぶつけるように男を睨み観察する。
男は中年だが背は高く、体格も良い。服装は白っぽいグレーのジャケットに下はジーンズ。こんがり焼けた顔より更に濃い色のサングラスをかけている。
見た目の怪しさ半端ないな。
「あなた、誰ですか?」
「はじめまして! ボクは岩瀬 克也。ワンメモの開発者で、ゲームマスターさ」
男は嬉々として名乗りをあげた。親指を顔に向け、ポーズを決めて。
ワンメモの開発者? あのゲームをこの男が作ったって?
「はぁ?」
思わず間の抜けた声が出てしまった。すると岩瀬はポケットに手を突っ込み、
「申し訳ない。名刺を切らしちゃったみたいだ。テヘッ」
何このベタな人。いい歳のオッサンが「テヘッ」ってなんだよ。本当にこの人がワンメモの開発者なのか? 仮にそうだとして俺に何の用があるというのか。
「とても信じられませんね」
「分かった。ちゃんと説明するから、少し時間をくれないか」
「今は嫌です。色々やることがあるんで」
「そうか。ところでキミお腹すいてるだろ? 何か食べよう、奢るから」
「って、話聞いてます?」
「近くに回転寿司があったから、そこでいいか」
どうも話が噛み合わない。しかしそのとき「ぎゅるるるる」と俺の腹が鳴った。
うぐぐ。ベタなのは俺も同じだった。
「ほらほら、キミの身体は正直みたいだよ」
そういう台詞は勘違いするからやめてくれ。
けど、朝は何も食べずに出てきたから、身体が栄養を欲しているなら仕方ない。
「その話、寿司食ってる間に終わります?」
「もちろん! それじゃ、決まりだな」
精一杯の渋々感を出して、俺は彼の話を聞くことにした。
……。
「いい食べっぷりだねー。お腹大丈夫?」
「余裕です」
貴重な時間を割いたんだから、お腹一杯食べたっていいじゃないか。
話を聞く限り、彼がワンメモの開発者というのは間違いなさそうだ。ボスのハメ方や各種裏技、開発の裏話からボツネタまで、話は大変興味深かった。
そして本題に入り、彼が提案してきたこと。それが問題だった。
「悪く思わないでくれ。キミの身辺は調査させてもらったよ」
「え?」
「キミは選ばれたんだ。ワンメモVRのテストプレイヤーになってくれ」と。
改めて言うまでもなく、VRとは仮想現実のことである。頭に何らかの機械を装着し、映し出される世界を体験するのが一般的だ。
その世界に問題がないか、アバターを正常に操作できるか、そういったことをテストするものと思っていた。
「住み込みのようなものだから」と彼は言った。
アルバイト代として、二ヶ月で五十万円。高校を卒業したばかりの俺には大金である。新しいPCを買って、自動車学校にでも行こうかな。
俺の境遇を知ってか知らずか、予備校の費用まで出してくれるという。かなりの好条件だ。
「願ってもない話ですね」
これはもうやるしかない。ただ一つ、親の了解を得なければ。
何と言って説明しようかと考え始めたとき、携帯の着信音が鳴った。母さんだ。店内なので小声で電話に出ると、開口一番。
「航、あんた今どこにいるの? 結果はどうだったの?」
「あ、今お昼食べてて、ちょうど連絡しようと思ってたところ。大学は……ごめん、ダメだった」
「そう、残念だったわね。まあ落ち込まないで、来年また頑張りなさい」
「分かってる。それで、そのことで後で話があるんだけど。帰ったら話す」
「その話って、ゲームが何とかっていう話のことかしら?」
「えっ? なんで知ってるの? 俺も今聞いたばかりなのに」
「じゃあ、学校のお金を出してくれるっていうのも本当なのかい?」
「うん。そうらしいんだけど、詳しくは帰ってからもう一度……」
「母さんはね、それ、賛成だから。学校のお金は、ちゃんと出してもらいなさい。いいわね。プツッ……」
「えっ、ちょっと、母さん?」
電話は切れていた。母さんが言葉を短く切って話すときは、父さんや俺に有無を言わせないときの話し方だ。つまり、決定事項だ。
嘘だろ……。相談する前に外堀が埋められていたなんて。
岩瀬は手元の端末をしまい、狼狽える俺に満面の笑みを向けた。何故か、この人の笑顔は好きになれそうにない。
「それじゃ行こうか」
「よろしくお願いします」
店を先に出て、会計中の岩瀬を待つ間、川沿いの桜をじっと眺めた。
桜が咲いても散っても、春は来るのだ。
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