小説カクニハ談義トリック編
「小説を書くには、どうしたらよいですか?」とミキは尋ねた。ここは小説作法研究家、サトルの部屋。壁には様々な本がずらりと並ぶ。
「またざっくりとした質問だね、ミキ君」カケルはコーヒーに口をつけて言った。「紙と鉛筆を用意して、思ったことを書いたらいいよ」
「そんな当たり前のことを聞いてるんじゃありません」ミキは頬を膨らませていう。タコのようだ。「私は面白い小説が書きたいんです。でも何も浮かばなくて。取り敢えず書いてみるんですけど、続かないんです。先生は小説作法研究家でしょう?私を面白い小説が書けるようにしてください」
「なかなか無茶なことを言うね。でも、ま、ちょと考えてみようか」カケルはコーヒーを机に置く。「ミキ君はどんな小説が書きたいの?」
「んーと、ミステリとか、サスペンスとかです。」大きな眼を右上に向けながら答える。「何か謎が解けたときの爽快感とか、いいじゃないですか」
「ミステリね、じゃまずネタを考えなくちゃ」
「あ、そうそう、ネタです、トリックです。全くなんにも思い浮かびません。どうしたらよいですか?」
「そりゃ、一生懸命考えるしかないだろう」とカケルはそっけなく答えたが、ミキの睨み付けるような視線に気付き、咳払いをした。「えっと、そうだね。何も考えつかないなら、先に謎のほうを作って、後からそれにあうトリックを見つけるってのはどうかな」
「おお、いいですねそれ」ミキはかるく微笑む。
「ちょうど都合が良いことに、となりの部屋に死体があるんだ。それを使って具体的に考えてみようか」カケルは部屋の隅にある扉のほうへ進む。
「はい、わかりましたっ・・・ておいおい」ミキは一旦乗ったあとつっこんだ。「なんで死体があるんですか!」
「そこはまあ今回は置いておこう。ほら、カギがかかっている。」ポケットからカギを出して扉をあけた。
部屋の中央に人がうつ伏せに倒れていた。髪が長く、スカートをはいているので女性だろう。背中には包丁が刺さっていて、そこから大量の血が出ていて、床に血溜まりを作っていた。わずかに見える表情には生気がなく、一目で死んでいるとわかる。
カケルはその死体の回りを歩きながらいう。
「さて、死体がある。それだけだ。しかし、いろんな謎が浮かんでくるねよね。わかるかい?」
「はい、ええと、なぜこんなところに死体があるのか?どうして殺されたのか?この人は誰か?そして・・・。」
「誰が殺したか?だね」カケルはミキをみてニヤッと笑う。「他にもいろんな疑問が浮かんでくるだろう。ミステリで死体が出てくるのは、それだけでミステリ足りうるからだ。さて、今回は"トリック"を考えるんだったね。では、どうやって殺されたか?を中心に考えよう。」
「それは、見ればわかります。包丁で背中から刺されて殺されたんです。」
「そう、そのとおり。ぱっと見たところ、そこに謎はない。では、謎を作っていこうか」
「謎を作る?」訝しげにミキは呟いた。
「そう、条件を狭める、といってもいい。そこの扉を調べてごらん」サトルは入ってきた扉とは反対側にある扉を指差した。この部屋の出入口はこの二つだけだ。ミキはドアノブに手をかける。
「あ、カギがかかっています」
「あちらの扉もカギがかかっていた。ということは、ここは密室だったわけだ。密室の中の死体。魅力的な謎が出来たね」カケルは満足そうに頷く。
「出来てません。先生が鍵を持ってます。密室ではありません」
「おお、鋭い!名探偵の登場だね。では僕は有力な容疑者だ」カケルは心底嬉しそうに笑う。
「ではもっと条件を狭めてみようか。実は君が来る前に警察が来て、あらかた調べていったんだ。それによるとこの女性の死亡推定時刻は今日の午前10時。その時僕は研究の講演会に出席していて、鉄壁のアリバイがある。あまりに鉄壁なので警察はあきらめて帰っていったよ」
「そうですか、それは帰りますよね・・・っておい!」とミキは一旦乗ったあとつっこんだ。2回目だ。恐ろしい子だ。
「せめて死体持ってってくださいよ。でもまってください、これって」
「そう、アリバイトリックがここで使えるね。実は僕が本当の犯人だったとして、どんなトリックが思い浮かぶ?」
「そうですね、ええ・・・ 全く思い浮かびませんね」ミキは両手を上に上げて、降参のポーズ。
「・・・君はミステリ書くのやめといたほうが良いかもね。ここでね、考えるんだよ。なるだけ奇抜なほうが面白い。実現可能かどうかはこの際あまり問題ではない。そこを考えすぎると面白さがなくなるからね。なるべく色々なパターンを考えよう。」
カケルはポケットから煙草を出してライターで火をつけた。肺に煙を吸い込み、時間をかけて吐く。紫煙がただよう。思考が徐々にクリアになる。天井を見上げ、ある一点を見ているようでみていない。思考は加速を速め、高速で回転し、やがてひとつの結論を導きだした。
ゆっくりと煙草を吸い、カケルは現実に帰還した。ミキをみて呟く。
「・・・実は僕は双子で、片方が講演会に出ている間に片方が犯行に及ぶってのはどうかな」
「どうかなじゃないですよ。それだけ考えて出た答えがそれですか。双子なんて誰でも思いつくトリックでしょうが」
見事なつっこみを入れてミキは怒りながら部屋を出ていった。なかなかみどころのある娘だとカケルは思う。
「行ったかい兄さん」向こうの扉から双子の弟イケルが入ってきた。
「ああ、なにも疑ってなかったようだ。」トリックは一度否定されるとふたたび見当されることはまずない。これで彼女が双子トリックに気づく心配はないだろう。
『じゃ、死体を始末しようか』
そっくりな私達双子は同時に同じ台詞をはいた。




