第一話という名の序章
「はーい、番号札一二番のかたー! 一二番のかたはいらっしゃいませんかー? いないようですので、十三番の方お先にどうぞー!」
だだっ広い建物の中で、そんな声が響き渡る。
建物は机で区切られ、施設のスタッフとそれを待つ一般人とで分かれていた。
スタッフは書類と睨み合うもの、一般人と和やかに話を進めるもの、そして――
「だから! なんで僕が!」
「なんでと申されましても……そう結果が出ているので私にはどうしようも……」
「どうしようもないのはこっちの台詞だッ! ここまで来るのにどれだけ時間がかかったと思ってるんだ! 徒歩数日、馬車で一日、また歩きで半日だぞ!」
「そんな田舎からわざわざお越しいただいたのに……」
「田舎で悪かったなッ!」
こんな論争を朝から十時間もの間、論争を繰り広げている者もいた。
一人はここのスタッフ。
もう一人は一般人のヤコブなのだが、勇者と出会った頃のような少年ではなくなっていた。
年はすでに一八歳。
青い髪はそのままで、幼さはもう既にない。
どう成長すればこうなるのか、神のみぞ知る、というやつなのか。
野性的で、それでいて、中性的。
頼りなさそうなわけでは決してない。
程よく鍛えられた筋肉は服の上からでもわかるほどにはあるが、筋肉太りしている様子はないのだ。
背もグーンと伸び、彫りは深くなり、そしてりりし……
「だーかーらー! 俺は勇者になりたいの! なんでなれないの!?」
凛々しくはないが、並以上の容姿であることには違いなかった。
「何度も言っておりますが、もう決まっておりますので……変更などは別の管轄になります。しかし、大変言いにくいのですが、お客様のレベルで変更は不可能かと……」
「だからってこれはなんだよ!」
バンッと紙切れを机に叩きつけた。
ヤコブの手で詳細はわからない。
だが、行頭の太字だけは読み取れた。
『職業 遊び人』
そうはっきりと記載されていた。
「なんで! なんで俺が! なんで俺が遊び人なんだよぉおおおおおお!?」
「何度も言っており……何度も言ってるだろうがぁああああああ!? てめえ聞いてんのか!?」
「おい!? そんな態度とっていいのかごらぁああ!?」
「あああ!? そっちがしつけえからだろうが! これ持ってさっさと出てけ! おい! そこの警備! こいつを外にひっぱりだせ!」
スタッフはさすがにキレて、そこら辺をうろうろとしていた屈強な男を呼び止めてそう言った。
「絶対訴えてやる! 容赦しねえぞぉ! おい、ちょ……マジで追いだそうとしてない? いや、待って! 俺が悪かった! 悪かったからこれ訂正してくれよぉおおおおおお……」
「やべえよ……まじやべえよ……いきなり頓挫かよッ!」
ヤコブは追い出された施設の近くで座り込み叫ぶ。
それを怪訝な顔で見つめる大衆。
しかし、全く意に介した様子もなく、ヤコブは鞄から本を取り出した。
黒々と手垢がつき、薄汚れた本。
それはまさしく、幼少期にヤコブが勇者にもらった本だった。
「これには職業診断所にて、勇者に認定された後、宝剣の授与があり、王族の儀式さながらの盛大な観衆たちと書かれてるのに……」
ヤコブは第一歩から踏み外していた。
「それに遊び人って……剣士や武闘家ならまだしも……遊び人って……」
勇者どころか戦えることすらも不明な職業につき、ヤコブはさらに項垂れる。
「というか、遊び人って職業か……?」
さらには自分の職業が職業か否かを考え始める。
「だって、遊び人だぜ? 仕事は賭け事か……? したことねえよ……」
そもそもギャンブルが仕事なわけがない。
村から街までの移動、さらには遊び人認定されて傷心のヤコブにそこまで頭を回らせろというのは酷な話だ。
しかも、元から頭のいいほうではないのだから尚更だ。
「おおおおお……どうすりゃいいんだよぉおおおおおお……」
叫びながらも身体は習慣のように動く。
幼少期から悩んだ時はそうしてきたように、ヤコブは勇者の本をパラパラとめくり始めた。
書かれている内容は勇者に至るまで、勇者を勇者として維持してきた功績、そして……
「勇者の心得……」
終盤に差し掛かると、そういった勇者の心得、仕草、行動……という抽象的なものが書かれていた。
もちろん、ヤコブは今までその通りにしてきたし、これからもそうするつもりだ。
「勇者じゃなく遊び人だった時のショックから立ち直る方法は書いてなかったっけ……?」
そんなものあるわけがない。
あるわけが……?
「ん? これは?」
『勇者たる者、決して逆境に屈してはならない。例え、全ての人に裏切られようとも、ただ勇者たれ』
「こ、これは……!」
ヤコブはなにかに閃いたように勢い良く立ち上がる。
周りの人はそれにビクリと怯えた。
「これだあぁああああああああああ!」
と、叫んだ瞬間、遠巻きに見ていた観衆は蟻の子を散らすように走り去り、別の者がヤコブへと近づいてきた。
「ちょっと君、さっきからうるさいって通報があったんだけど。それって君だよね? ちょっとそこまで同行してもらえるかな?」
黒い服、警棒、さらにはリボルバーが下げた男が、不審者を見るような目でこちらを見ていた。
明らかにちょっとどころでは済みそうにない。
「いや、すみません……! ほんともう叫ばないんで! ほんとすみません!」
「君! ちょっと待ちなさい!」
「すみませえええええええええええええん!」
ヤコブは警邏から逃げるように走り出す。
危機感と自分の行く道を見つけた高揚感と運動によるアドレナリンの分泌。
それらが重なり、ヤコブは走りながら叫んだ。
「俺はなにがあろうと勇者だぁあああああああ!」
「だから叫ぶなって言ってるだろぉおおおおおおお!」
「もうしませんから! 逮捕だけはあぁああああああああ!」
日も暮れた街で、ヤコブは警邏と必死の鬼ごっこを続けた。