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第9話「サイレント・ベア」(カチューシャ姫)

 バルダント王国の首都バルト。その街は三重の壁に囲まれている。その壁に囲まれた街の一番内側は王城で、その次は王侯貴族の住む内都、そして一番外側は、平民たちの暮らす外都である。


 僕、中学生の遠野桐士郎――この世界では『モンスター鑑定士トート』――は、内都の『モンスター博物館』で館長をしている。なぜならば、この世界に僕をドロップさせたカチューシャ姫が、自身の政略結婚を防ぐために『モンスター事典編纂事業』を立ち上げたからだ。

 カチューシャ姫の可憐な容姿に惚れた僕は、姫様と一緒にモンスターを倒しながら、事典を作ることになった。いや本当は、カチューシャ姫に、不死化隷属の魔法をかけられたので、逆らえないだけなのですが……。

 というわけで、今日もカチューシャ姫の無茶振りが始まるのだった。


  ◇ ◇ ◇


「さて、今日は地下書庫の整理をしよう」


 朝早くから起きて、朝食をとった僕は、頭に鉢巻きをして気合いを入れた。僕が住んでいるモンスター博物館は、地下に巨大な書庫がある。それは、本の魔窟と呼ばれることもあり、探索した人の何人かが餓死したり、モンスターに襲われて亡くなったりしている、いわくつきの場所だ。


 本来ならば、臆病な僕が訪れるようなところではない。でも、僕は不死だ。死ぬことはない。迷ったら困るが、それはきちんと対策を立てればよい。

 僕は、ミノタウロス退治の故事にならい、糸玉を用意した。この端を入り口近くの柱にくくりつけておけば、必ず戻ってくることができる。糸は、真っ赤なものにしたから目立つはずだ。


 僕はランプを手に取り、地下書庫に向かう。重々しい扉の前に来て、近くの柱に糸玉の端をくくりつけた。


「よし、これで大丈夫だ」


 糸がきちんと柱に固定されていることを確かめたあと、僕は地下書庫に足を踏み入れた。


「せっかくだから、端っこは私が持ってあげるわよ。柱が友達なんて、寂しいでしょう?」


 謎の声が、横から聞こえた。


「えっ? うわあぁっっ!!!!」


 気づくと、カチューシャ姫が僕の横にいて、先ほど柱にくくりつけた糸の端を持っていた。

 カチューシャ姫は、美しく長い金髪に、大きな青い目の美少女だ。すらりとした肢体に、小振りな胸をしており、身長は同年代の僕と同じぐらいである。華奢な体から可憐に見えるけど、剣の腕は立つし、魔法も使えるおてんばさんだ。そして、僕を振り回すご主人様でもある。


「どうしたの?」


 白いひらひらの服を着たカチューシャ姫は、僕の顔をのぞきこんで、とても明るい笑みを浮かべる。僕と、姫様が、赤い糸で結ばれている? 僕は、どきどきしながら、これは恋愛フラグが立ったなと思い、一人で緊張する。


「さあ、行きましょう!」


 姫様は、歩きだす。向かう先は、地下書庫の奥ではなく、出口である。


「あの、姫様。僕は今から、地下書庫に行こうと思っていたのですが」


 目的と違う場所に行こうとするカチューシャ姫に、申し訳なさそうに声をかける。


「地下書庫は、いつでも行けるでしょう。それよりもモンスターよ。三度の飯より、モンスター。さあ、二人で一緒に、モンスター編纂事業のために、モンスター狩りに出かけるわよ!」


 カチューシャ姫は、嬉しそうに言った。僕は、仕方がないなあと思って、地下書庫の探索を諦めることにした。


  ◇ ◇ ◇


 僕とカチューシャ姫は、館長室に移動して、外出の準備を始める。


「それで、姫様。今回のモンスターは何ですか?」

「サイレント・ベアと言うらしいわよ。私もまだ詳しく知らないんだけど」


 カチューシャ姫は、ガオーと、クマの真似をする。


「サイレントなベアですか。気配もなし、音もなしで、近づいてくるクマがいたら怖いですね」

「よく知っているわね。サイレント・ベアは、とても隠密性の高いクマで、いつの間にか背後に忍び寄り、一撃必殺で敵を倒すそうよ」


 カチューシャ姫は、僕の背後に回り、えいやと僕の背中を叩いた。クマが忍者みたいにやって来たら、さすがに怖すぎるだろう。僕は、嫌な予感がして、手近な本棚にクマについての本がないか探した。

 あった。『クマのひみつ』という本が見つかったので、手に取り、ページを開いてみた。


「なになに。大きい種は体長四メートル。小さい種でも体長一メートルから一・五メートル。三メートルぐらいのヒグマの場合、体重は五百キロになる。ホッキョクグマでは、体重が一トンにおよぶこともある。

 クマは、優れた嗅覚と聴覚を持ち、五本のかぎ爪を持っている。足の裏は、ネコと同じような肉球で、足音を忍ばせることができる」


 本を読み終えた僕は考える。数百キロから一トンか。そんな巨大な生物に、かぎ爪で殴られたら、体がばらばらになりそうだ。そして、相手はサイレントだ。気配も音もなく、忍び寄ってくる。これは完璧な死亡フラグだ。僕は、そのことに戦慄を覚える。


「カチューシャ姫。サイレント・ベアは、危険すぎる気がします」

「そういった、危険なモンスターだからこそ、モンスター事典に載せる意義があるのよ」


「そうですね。でもしかし……」

「不死化隷属の魔法を忘れたの?」


 カチューシャ姫は、にっこりしながら言った。命令に従わないと僕が死ぬ。姫様が死んでも僕が死ぬ。僕は、きりりとした表情で、カチューシャ姫にひざまずいた。


「おおせのままに」


 僕はカチューシャ姫の馬車に乗りこみ、モンスター探索に出発した。


  ◇ ◇ ◇


 森は鬱蒼としていた。僕は鬱々としていた。カチューシャ姫はうきうきとしていた。馬車は、軽快な音を立てながら、森の中を抜けていく。


「暗いですね、姫様」

「そりゃあ、森だもの」


「そういえば、クマは、足が速いそうですよ。ヒグマは、時速五十キロで走れるそうです」

「へー、その速度で、馬車にこっそりと近寄られたら、手も足も出ないわね」


「はい」


 ……何か、嫌な予感がする。

 僕は、窓の外に視線を向けた。そこには、黒い毛に覆われた大きな頭と、小さな目が見えた。クマに見える。気のせいだろう。僕は心を落ち着けようと深呼吸する


「カチューシャ姫。クマが現れました」

「えっ?」


 その瞬間である。馬車に激しい衝撃が加わった。馬車は横倒しになり、僕とカチューシャ姫の体は、馬車の中で宙に浮いた。


「ふぎゃー!!」


 僕は悲鳴を上げて、足下に転がる。


 すたっ。


 カチューシャ姫は体の向きを変えて着地した。

 馬車の窓が頭上にある。そこから、どう猛なクマが顔を覗かせている。


「火炎球!」


 カチューシャ姫は、黄金の杖を頭上に掲げて、炎の球を放つ。クマは音もなく消えた。その無音の動きに、敵がサイレント・ベアであることを、僕は確信する。


「外に出るわよ」

「はい!」


 しかし、どうやって? 扉は、足下と頭上にある。そう思っていると、姫様は白銀の剣を抜き、素早い動きで、馬車の一部をばらばらにした。


「ここから、出るわよ」

「はい!」


「まずは、トートからよ」

「イエッサー!」


 僕は穴から飛び出した。太い爪のついた巨大な手が、頭上から降ってきた。


「ぷぎゃー!」


 僕はつぶされた。その隙に、カチューシャ姫は、馬車から飛び出した。そうですか、僕は囮ですか。僕は、はらはらと涙を流す。そして、徐々に再生する頭部で、周囲の様子を窺った。


 木々は頭上高く伸びており、周囲は雑草がそこかしこに生えている。まだ昼間なのに薄暗く、黒い体のサイレント・ベアがどこにいるのか、まったく分からない。当然、サイレントだから、足音も気配もない。

 僕は、いつもの武器の槍を探して、冷静沈着に腰に構えた。


「姫様。敵はどこでしょう?」

「分からないわ。トート、私の前に立ち、盾になりなさい」


「えっ?」


「不死化隷属の魔法を忘れたの?」


 カチューシャ姫は、可愛らしく微笑む。


「私が死んだら……」

「……僕も死ぬ」


「優先順位は?」

「カチューシャ姫を守ること」


 うわあああああん。カチューシャ姫は、馬車を背に立つ。僕は仕方なく、その前に陣取って、チョウチンアンコウの提灯よろしく、クマの来襲を待った。

 待つこと五分ほど。背後で真っ赤な明かりが閃いた。それと同時に、火が爆ぜる音と、巨獣の悲鳴が聞こえた。


 えっ? 何ですか。

 振り向くと、馬車の上に立ったサイレント・ベアが、馬車ごと炎に包まれていた。姫様は、黄金の杖を構えて、サイレント・ベアをにらんでいる。

 そうか。サイレント・ベアは、獲物の背後から迫る性質を持つのだ。だから、僕たちが馬車を背にして待っていれば、馬車を乗り越えて襲いかかろうとするわけだ。カチューシャ姫は、その瞬間を待っていたのだ。


「トート。とどめの一撃を加えなさい」


 僕は槍を持っている。サイレント・ベアは馬車の上にいる。カチューシャ姫の剣は届かないが、僕の槍は届く。

 なるほど、合理的な判断だ。僕は馬車の下に駆けて、クマの腹に槍を突き刺した。

 どすっ。

 分厚い筋肉で、槍の穂先は止まった。サイレント・ベアは、槍をつかんだ。そして、槍ごと僕を持ち上げた。


「うわあああああああ」


 僕は放り上げられ、近くの木に背骨を打ちつける。折れた。しかし、不死だから大丈夫ですよ。僕は涙目で落下する。

 地面に体がぶつかり、激痛が僕を襲う。どんなマゾプレイですか? 僕は体が再生するのを待った。


 炎に包まれたサイレント・ベアが、咆吼を上げる。サイレントのアイデンティティーをかなぐり捨てての絶叫だ。その目は、僕をにらんでいる。どうやら、最後に攻撃した僕をロックオンしているようだ。このままではまずい。

 僕は、立ち上がり武器を構えようとする。槍はなかった。まだ、クマの腹に刺さっていた。異種格闘技。クマ対人間。徒手での一本勝負。ファイッ! うわあああ~~ん!


 クマが飛んだ。数百キロある巨体が、砲弾のように僕に向かってくる。ああっ! 死ぬ!!! 不死だけど!!


 その時である。カチューシャ姫の、可憐な声が森に響いた。


「火炎槍、最大火力!」


 クマの腹に刺さった槍が、豪火に包まれる。サイレント・ベアは火だるまになり、そのまま落下した。サイレント・ベアは静かになった。その名のとおりの静寂状態になり、動かなくなった。


「はあ、はあ、助かりました。姫様」


 背骨が治った僕は、カチューシャ姫にお礼を言う。


「さあ、死体の一部を拾って、帰るわよ」


 満足そうな顔をした姫様は、僕に明るい笑顔を向けた。


「あの、姫様。つかぬ事を伺って、よろしいでしょうか?」

「何?」


「馬車が燃えていますが、どうやって帰るのでしょうか?」

「あっ……」


 馬車は火だるまになっていた。それだけでなく、その一部は、カチューシャ姫の剣で、ばらばらにされていた。

 それだけではなかった。クマによって、馬も八つ裂きにされていた。幸いなことに御者は助かっていたが、小便を漏らしていた。僕たちは、森のど真ん中に、取り残されてしまった。


  ◇ ◇ ◇


 それから二日ほどサバイバルして、僕とカチューシャ姫と御者さんは王都に戻った。僕は、姫様と一緒に寝泊まりできたのが嬉しかったのだけど、だからといって恋愛的発展は何もなかった。


 帰宅後、僕は、モンスター事典の、サイレント・ベアの項を執筆した。無音、怖い。あと、背後から来る。そこを狙えば勝てる。云々。

 執筆が終わったあと、僕はカチューシャ姫に報告に行った。


「姫様。原稿ができました!」


 あれ。いないぞ? 部屋に入った僕が、不思議な顔をしていると、背後から「わっ!」と大きな声をかけられた。


「うわっ。何ですか、姫様。びっくりするじゃないですか」

「サイレント・ベアの無音移動を真似してみたの。けっこう効くわね」


 姫様は、足に肉球のようなクッションのついた、可愛い室内靴を履いていた。そして、頭に、クマのケモノ耳をつけていた。カチューシャ姫の、クマ耳コスプレ。僕は、その姿のカチューシャ姫に、違う意味で襲いかかられたいなと、密かに思ってしまった。


『第9話』終わり


→カチューシャ姫からの親愛度

  直前:22ポイント

  変動:+7ポイント

  現在:29ポイント


 今回は、バトル中心のお話です。


 カチューシャ姫のクマ耳コスプレは、見てみたいですねえ。


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