表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/22

第5話「ゴースト・チワワ」(メイプルさん)

 バルダント王国の首都バルト。その街は三重の壁に囲まれている。その壁に囲まれた街の一番内側は王城で、その次は王侯貴族の住む内都、そして一番外側は、平民たちの暮らす外都である。


 僕、中学生の遠野桐士郎――この世界では『モンスター鑑定士トート』――は、内都の『モンスター博物館』で館長をしている。なぜならば、この世界に僕をドロップさせたカチューシャ姫が、自身の政略結婚を防ぐために『モンスター事典編纂事業』を立ち上げたからだ。

 カチューシャ姫の可憐な容姿に惚れた僕は、姫様と一緒にモンスターを倒しながら、事典を作ることになった。いや本当は、カチューシャ姫に、不死化隷属の魔法をかけられたので、逆らえないだけなのですが……。

 というわけで、今日もカチューシャ姫の無茶振りが始まるのだった。


  ◇ ◇ ◇


「ふー。カチューシャ姫がいないと、ずいぶん静かだなあ」


 朝の掃除を終えたあと。モンスター博物館の館長室で、僕は紅茶を飲んだ。紅茶といっても、僕の世界の紅茶とまったく同じわけではない。しかし、色と香りと味はほとんど同じだ。僕の世界の品物や人がドロップしているこの世界では、嗜好品の少なくない数が再現されている。


「さて、お昼ご飯まで、本を読んで過ごそうかな」


 本棚に足を運び、前屈みになったところで、扉がトントンとノックされた。

 あれ、おかしいな? 僕は疑問に思う。カチューシャ姫ならば、問答無用で扉を開けて入ってくる。


「はい、どうぞ」


 僕は、扉に顔を向けて声をかけた。ノブが周り、とても丁寧な感じに扉が開いた。そして、僕より少し年上そうな女性が、部屋に入ってきた。

 その女性は、青地に金糸をあしらった聖職者風の貫頭衣を着ていた。背は僕よりわずかに高く、青い髪に青い目をしている。髪は腰の辺りまであり、きれいな直毛だ。前髪はきれいに切りそろえられており、とてもきっちりとした性格を想像させる。顔は、少し可愛らしさの入った美人顔。ネコというよりはイヌ。そういった、印象を与える女性だった。


「あの、どちら様でしょうか?」


 初めて見る女性だったので尋ねる。その女性は顔を真っ赤にさせて、もじもじとした。


「メイプルです。王立国教会の司教です」


 なるほど、司教さんだったのか。だから、聖職者風の姿をしていたのか。


「それで、どういったご用件でしょうか?」


 宗教関係の人が、このモンスター博物館を訪れる理由が、いまいち分からなかった。


「カチューシャ姫を探しているのです。私は王立国教会の司教ですから、国王陛下の命に従う必要があります。カチューシャ姫は、陛下のすすめている結婚を、のらりくらりとかわし続けています。ですから説得するようにと、私が派遣されたのです」


「でも、なぜ、メイプルさんが?」

「年齢が近いという理由で、私に白羽の矢が立てられたのです」


 聞いてみると、このメイプルさんは、なかなか優秀な人らしく、まだ成人前だというのに、教区を任される地位にいるそうだ。


「カチューシャ姫は、シュシュ王妃の宮殿にいるんじゃないですか?」

「そちらに行って、こちらではないかと言われたものですから」


「そうですか。とりあえず、紅茶でも飲んで待ちますか? 僕が入れますよ」

「あ、ありがとうございます」


 メイプルさんは、頬を染めて、恥ずかしそうに自分の服の端を握った。

 うん? 何だか、いい雰囲気な気がする。僕は、椅子をすすめて、紅茶を入れて、メイプルさんに運んだ。


「姫様は、自由人ですからね。来るまでは、僕が話し相手になりますよ。とはいえ、お忙しいお仕事なんでしょう?」

「いえ、忙しいわけではないです。仕事は、ぱぱっと片づきますので。話し相手、ありがとうございます。普段、周りは上司も部下も、年上ばかりで、近い年代の人と話すことはないので嬉しいです」


 メイプルさんは、可愛らしく拳を握り、僕を正面から見て言う。

 どうも、調子が狂うなあ。いつもは姫様相手で、無茶振りだらけで振り回されているからなあ。


「トート! 新しいモンスターが見つかったわよ」


 激しい音とともに扉が開き、カチューシャ姫が、白い服をひらひらさせながら、部屋に飛びこんできた。

 カチューシャ姫は、美しく長い金髪に、大きくて青い目。すらりとした肢体に、小振りな胸の美少女だ。身長は、同年代の僕と同じぐらい。華奢な体から可憐に見えるけど、剣の腕は立つし、魔法も使えるおてんばさんだ。そして、僕を振り回すご主人様でもある。


 そんな姫様の姿を見たメイプルさんは、しゃきっとした姿勢で、素早く立ち上がり、慇懃なお辞儀をした。


「姫様。王立国教会のメイプルです。陛下の命により、結婚の説得に参りました」

「げげっ、メイプル! トート、何でこんな奴を部屋に入れたのよ?」


「いや、別に、禁止されていませんでしたし。それに、メイプルさんの存在を知ったのは、ほんの数分前のことですし」

「いい、メイプルは、憎らしい人間なのよ。私が王宮で彫像を破壊したら、叱る係として派遣されてきたり、私が馬小屋を破壊したら、罰を与える係として派遣されてきたり、お父様は、何かあるとメイプルを私のもとにやるのよ」


「あの、それは全部、姫様が悪いように聞こえるのですが」

「どっちが悪いか何てどうでもいいのよ。メイプルは、私の天敵よ!」


 カチューシャ姫は、怒ったネコのように、メイプルさんを警戒している。


「あの、もしかしてメイプルさんは、カチューシャ姫よりも強いのですか?」


 僕は、メイプルさんとカチューシャ姫を交互に見ながら尋ねる。


「そんなに強いわけでは」

「アホほど、強いわよ! 大司教なみの神聖魔法を、幼少の頃から使えていたのよ。だから、五歳で助祭になり、十歳で司祭になり、去年司教になったのよ。王立国教会のリーサル・ウェポンよ!」


「そ、そんな。私なんか、まだまだ」


 メイプルさんは、顔を真っ赤にして、おろおろとした態度で、姫様の言葉を否定する。

 水と油だ。完全に反対の性格だ。僕は、二人を見てそう思う。真面目で控えめなメイプルさんと、不真面目で傲慢なカチューシャ姫。そして、実力はメイプルさんの方が上。きっと姫様は、小さい頃から、何度もやりこめられているのだろう。


 よしっ。僕は心の中で、拳を握る。カチューシャ姫の弱みをつかんだ。何かあれば、メイプルさんというカードを切ればいい。そうすれば、今よりもましな感じに、姫様に使ってもらえるようになるはずだ。


「トート、あんた、何、にやにやしているの?」

「滅相もございません」


 僕は、きりりと表情を引き締める。


「それで姫様。新しいモンスターが見つかったのですよね?」

「そうそう。郊外の遺跡に、出るらしいのよ」


「何がですか?」

「ゴースト・チワワが」


 ワンッ! 僕は、可愛らしいチワワの姿を頭に思い浮かべる。


「チワワですか。何となく、弱いイメージなんですが」

「それが、そうでもないのよ。何だか、神聖なパワーを帯びたゴーストで、手強いらしいのよ」


「そうなんですか?」


 姫様は、コクコクと頭を動かす。僕は、棚から『チワワのひみつ』という本を取り出す。どれどれ。そこには、意外な事実が書いてあった。


「チワワは、メキシコのチワワ地域が原産の、最も小さな犬種。アステカ文明の王族の時代から飼われて、儀式の生贄にされていた」

「つまり、神に供されていたということなの?」


「そういうことですね。この世界のチワワも、古代文明の儀式に使われていたのかもしれません。もしそうならば、神の力を得たゴーストが誕生しても、おかしくはありません」


 さらりと自分で言ってみたものの、けっこうやばい話なのではという気がしてきた。

 僕は、ちらりとメイプルさんを見る。神については専門家の人間がここにいる。僕のゲーム知識がそのまま適用できるのならば、メイプルさんはゴーストにも強いはずだ。


「カチューシャ姫。今回の探索には、メイプルさんを連れて行くのがよいと思います」

「どうしてよ。そのあいだ、結婚しろと言われ続けるのよ!」


「姫様は、幽霊を倒せますか?」

「ぐっ。難しいかも……」


「難しいのですね。もし倒せないのならば、一方的にやられることになりますよ」

「し、しかし……」


「この際、使えるものは、何でも使いましょう。メイプルさんに、協力してもらいましょう」


 カチューシャ姫は折れた。そして、メイプルさんとともに、博物館の表に停めていた馬車に乗り、僕たちはゴースト・チワワが出るという遺跡に向かった。


  ◇ ◇ ◇


「何となく、チワワが出そうな雰囲気ですね」


 森の奥深く、陰気な空気が漂う場所で、僕は言った。


「いや、チワワじゃないでしょう。ゴーストの方でしょう」


 カチューシャ姫が、僕に鋭い突っこみを入れる。

 僕たちは、メイプルさんを先頭に押し立てて、僕と姫様のツーバックで、遺跡へと入っていく。


 遺跡は、何となくアステカっぽい雰囲気のする場所だ。チワワという言葉から、そういった連想をしているのかもしれない。左右は、カミソリも通らなさそうな石組みの壁が続いている。天井はなく、見上げると空がそのまま見えた。


「メイプルさん。ゴーストの気配はしますか?」


 僕は、前を歩くメイプルさんに声をかける。


「はい。たくさんいます。トートさんの足下にも、ネズミの幽霊が集まっています」

「えっ! どこ、どこ?」


 僕は慌てて、ダンスのように足をばたばたと動かす。


「ネズミに群がられるなんて、トートらしいわね」


 カチューシャ姫が、楽しそうに声を漏らす。


「あの、申し上げにくいのですが、姫様の足下には、虫の幽霊が集まっています」

「えっ! どこ、どこ?」


「カチューシャ姫も、あまり変わらないじゃないですか」


 うろたえるカチューシャ姫に、僕は言う。


「何よ、メイプル。あなたの周りには、どんな霊が集まっているのよ?」


 悔しそうに、姫様は尋ねる。


「私の周りには、強い守護霊が複数いますので、雑霊は近寄ってきません」

「あっ、そう」


 カチューシャ姫は、興味を失ったのか、周囲を探るようにして見渡した。


「それにしても、ゴースト・チワワは、どこにいるのかしらね」

「そうそう、姫様。幽霊を倒したあとは、どうやって体の一部を持ち帰るのですか?」


 僕たちは、モンスター事典を編纂するだけでなく、その生前の様子を再生可能にするために、体の一部を持ち帰っている。幽霊だと、どうやって採集するのだろう。それに、ゴーストの生前の姿は、死ぬ前の姿なのではないかと疑問に思う。


「これを使うのよ」


 姫様は、目薬ケースぐらいのクリスタルを取り出した。霊の一部を封じこめられる魔法具らしい。これを使えば、霊の時の記憶を固定して、映像として再生可能だと教えてくれた。


「だから、あとは倒すだけよ。トートが取りつかれて、メイプルが除霊するという作戦でいいんじゃないかしら?」

「いや、直接倒しましょうよ!」


 僕は、涙目で姫様に訴えた。


  ◇ ◇ ◇


「いました!」


 広い霊廟のようなところに出た瞬間、メイプルさんが前方を指差した。そこには、まごうことなきチワワの幽霊が立っていた。霊感のあまりない僕でも見えるということは、かなり存在感のある霊なのだろう。その高さは三メートルほどで、ゾウよりも大きかった。なぜ、チワワがこんなに大きいのかと思い、霊に詳しそうなメイプルさんに尋ねた。


「集合霊ですね。神の生贄にされたチワワの霊が集まり、巨大な霊に成長したものです。神との交信を経ているので、亜神のような存在になっています」

「それは、つまり、強いということですか?」


「強いです。デミゴッドですから」


 僕は、嫌な予感がしてきた。


「ワンッ!」


 ゴースト・チワワは、一声鳴いて、足踏みした。ドンッ! ドンッ! ドンッ!


「ほげえ~~!」


 地面は激しく揺れ、僕たちはトランポリンの上にいるように、何度も床からはね上がった。どうやら、物理世界に干渉する能力を持つようだ。


「なかなか強そうね。トート、突っこみなさい!」

「はい!」


 逆らえない僕は、槍を持ち、特攻する。ベチッ! チワワの一撃で、僕は床に叩きつけられた。ううっ、床を揺らしていたということは、当然物理攻撃も可能なんですよね。僕は、体が再生するのを待ち、入り口に引き返した。


「カチューシャ姫。僕の攻撃は届きませんでした。姫様の攻撃を試してください」

「じゃあ、火炎球!」


 炎の塊が部屋の奥へと飛んでいく。チワワの体の色が薄くなった。炎は、そのままチワワをすり抜けて、奥の壁を焼いた。


「トート、敵はずるいわよ」

「ええ、亜神ですしね」


「そうよ、閃いたわ! 敵がトートを殴って実体化している瞬間に、魔法をぶつければいいのよ」

「その作戦、やめてください。僕が辛すぎますから」


 僕と姫様が言い合いをしていると、メイプルさんが一歩前に出た。そして、手を前に出して、一声言った。


「お手っ」

「ワンッ!」


 ゴースト・チワワは、メイプルさんに駆け寄り、手を差し出した。その瞬間、メイプルさんは呪文を唱えた。


「神魔覆滅、霊体浄化」


 空間がぐにゃりと歪んだような気がした。それは、ゴースト・チワワの体が大きくねじれたからである。霊能力がほとんどない僕にも、わずかに見えた。メイプルさんの周囲を囲む、屈強な裸身の守護霊たちの姿が。そのうちの一体が、ゴースト・チワワの体をつかみ、ねじ切るようにして引っ張っていた。


 パンッ!


 風船が割れるような音がした。ゴースト・チワワがはじけ飛んだ。


「トート、欠片をクリスタルに!」


 僕はカチューシャ姫からクリスタルを受け取り、慌てて走って欠片を集めた。こうして、僕たちはゴースト・チワワの断片を手に入れたのである。


  ◇ ◇ ◇


 それから三日ほど、僕はモンスター博物館にこもって、モンスター事典のゴースト・チワワの項を書いた。この世界の幽霊について詳しくない僕は、メイプルさんに教えてもらいながら、ひたすらペンを動かした。

 三日後、僕が記事を書き上げたことを知ったカチューシャ姫が、モンスター博物館にやって来た。そして、僕とメイプルさんの姿を見て、いらだたしげに声を漏らした。


「ところで、メイプル。あんた、なぜ、トートの横に寄り添っているの?」


 僕の隣に座っていたメイプルさんは、恥ずかしそうに顔を赤く染める。


「カチューシャ姫の結婚も大切ですが、私自身の伴侶探しも大切だと、気づいたものですから」

「それは、つまり、どういうこと?」


「トートさんは、素敵な殿方です。献身的で、思いやりがあり、知的で、理想的なお方です」

「メイプル。あんた、間違っているわよ。トートは、不死化隷属の魔法で私に逆らえず、卑屈で、頭でっかちなだけよ。そんな理想の男性ではないわよ!」


 しかし、メイプルさんは僕を見て、ぼーっとした顔をする。同年代との接触がほとんどないと言っていたから、恋愛に対する免疫がないのだろう。それに僕が、司教という立場をあまり考えない、身分の埒外の人間だから、距離を近く感じているのだろう。


 僕は、カチューシャ姫の姿をちらりと見る。怒っている。これは、あれだ。自分のおもちゃを他人に奪われた時の子供の表情だ。


「トート、メイプルから離れなさい。これは命令よ」


 僕は素早く離れる。命令に従わないと死ぬ。僕は、カチューシャ姫を刺激しないように、姫様の横に立つ。

 姫様は、得意げな顔をして、メイプルさんを見る。メイプルさんは、しょんぼりした顔をする。そして、席を立ち、ふらふらと扉に向かった。


「分かりました、カチューシャ姫。姫様は、自身の子飼いのモンスター鑑定士にご執心で、結婚を断っていると、陛下にお伝えします」

「好きなように伝えなさい。トートは、私のものよ!」


 ちょ、それは、新たな火種ですよ!! 僕は、国王に絶対に勘違いされると思い、頭を抱えて悶絶した。


『第5話』終わり


→カチューシャ姫からの親愛度

  直前:13ポイント

  変動:+5ポイント

  現在:18ポイント


→メイプルさんからの親愛度

  直前:   0ポイント

  変動:+100ポイント

  現在: 100ポイント


 サブヒロイン三人目は、僧侶系です。


 魔法使い、剣士、僧侶と、徐々にパーティーっぽい人材が供給されました。


 メイプルさんの名前は、日本語に訳すと……。と、いろいろなことを、考えてつけました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ