表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

第4話「アングリー・ヒポポタマス」(キリカさん)

 バルダント王国の首都バルト。その街は三重の壁に囲まれている。その壁に囲まれた街の一番内側は王城で、その次は王侯貴族の住む内都、そして一番外側は、平民たちの暮らす外都である。


 僕、中学生の遠野桐士郎――この世界では『モンスター鑑定士トート』――は、内都の『モンスター博物館』で館長をしている。なぜならば、この世界に僕をドロップさせたカチューシャ姫が、自身の政略結婚を防ぐために『モンスター事典編纂事業』を立ち上げたからだ。

 カチューシャ姫の可憐な容姿に惚れた僕は、姫様と一緒にモンスターを倒しながら、事典を作ることになった。いや本当は、カチューシャ姫に、不死化隷属の魔法をかけられたので、逆らえないだけなのですが……。

 というわけで、今日もカチューシャ姫の無茶振りが始まるのだった。


  ◇ ◇ ◇


「ふっ。今日は、書庫で見つけた、ちょっとエッチそうな、この本を読むぞ」


 モンスター博物館の館長室。その机の上に、僕は『女体のひみつ』という本を出した。人体のひみつではなく、女体のひみつ。そこには、どんなめくるめく官能の世界が広がっているのか。僕は、喉を鳴らして、ページをめくろうとした。


「トート、新しいモンスターの情報をゲットしたわよ!」


 カチューシャ姫が、勢いよくドアを開けて、白い服をひらひらさせながら、部屋に入ってきた。僕は、素早く本を引き出しにしまう。その様子を見て、姫様はきょとんとした顔をした。


 カチューシャ姫は、美しく長い金髪に、大きくて青い目。すらりとした肢体に、小振りな胸の美少女だ。身長は、同年代の僕と同じぐらい。華奢な体から可憐に見えるけど、剣の腕は立つし、魔法も使えるおてんばさんだ。そして、僕を振り回すご主人様でもある。


「姫様。今日は、どんなモンスターが現れたのですか?」


 僕は、これからというところを邪魔されたので、涙目になりながら尋ねる。


「アングリー・ヒポポタマスというモンスターだって。舌を噛みそうな名前よね」


 王都の郊外の大草原で、農夫たちが目撃したらしい。


「ヒポポタマスって、何でしたっけ?」

「それを調べるのが、モンスター鑑定士たる、あなたの仕事でしょう」


「言われてみれば、そうですね」


 僕は辞書を出して、ヒポポタマスの項を引く。カバのことだ。僕は本棚を探して『カバのひみつ』という一冊を抜き取った。


「どれどれ。カバは、体長四メートル程度。体重は一・二トンから二・六トンほどで、四トンに達することもあり、ゾウに次ぐ重さである。ウシの仲間で、クジラの近縁。顎の筋肉が発達しており、四、五十センチの犬歯など、凶悪な歯を持つ。どう猛な一面を持ち、ワニやライオンなども攻撃する」


 読み終えた僕は、青ざめて沈黙する。カバって、やばくないですか? それも、アングリーですよ。怒ってますよ。それも、ただの生物ではなく、モンスター扱いの生き物ですよ。僕は、嫌な予感しかせず、逃げ腰になる。


「なるほどね。なかなか強そうじゃない。さあ、行きましょう。トート!」

「ちょ、ちょっと待ってください、カチューシャ姫。アングリー・ヒポポタマスは、おそらく、かなり頑丈で凶悪です。姫様の剣では、弾き返されてしまうかもしれません。それに、魔法を食らっても、怒ったまま突進してくるかもしれません」


「言われてみればそうね」


 カチューシャ姫は、少し考える仕草をする。ほっ。これで、考え直してくれれば、御の字だ。


「じゃあ、私の剣の師匠に、同行してもらいましょう!」

「へっ?」


「キリカなら、強敵だと聞けば、協力してくれるはずよ」


 どうやら、行く気満々のようだ。


「さあ、行くわよ!」


 僕は、そーっと逃げ出そうとする。そんな僕の手を、姫様はむんずとつかむ。


「不死化隷属の魔法を忘れたの?」


 カチューシャ姫は、にこやかに言う。逆らうと僕が死ぬ。カチューシャ姫が死んでも、僕は死ぬ。


「姫様。喜んで、お供させていただきます」


 僕は、泣きそうな顔で答える。


「よろしい。じゃあ、キリカのもとまで行くわよ!」


 僕と姫様は、建物の入り口に停められた馬車に乗り、出発した。


  ◇ ◇ ◇


 馬車は内都を抜け、平民たちの住む外都に入る。細い道を何度も折れ曲がりながら進んでいく。珍しいな。姫様が内都に来るなんて。僕は、そう思いながら、到着するのを待った。

 馬車は、町道場らしい建物の前で停まった。僕と姫様は、馬車から降りる。入り口から建物の中を覗く。畳によく似た模様の、石床が見える。そこには、黒髪ポニーテールの袴姿の女性がいて、稽古をしていた。


「キリカ~!」

「これは、カチューシャ姫。何用でございますか?」


 姫様は、道場の中に駆けていく。僕は、そのうしろにつき従いながら、キリカさんの姿を観察する。

 年齢は二十歳より少し若いぐらいだろう。背筋がぴんと張っていて、上半身は白い着物で、下半身は紺の袴である。ちょうど、薙刀女子のような出で立ちだ。黒いストレートの髪は腰ほどもあり、ちょんまげのような位置で結んであり、ポニーテールにしてある。


 目つきは鋭い。切れ長の美しい目をしている。肌は、僕と同じような、黄色人種系に見える。手には木刀を持っており、額にはうっすらと汗をかいている。そのキリカさんは、カチューシャ姫の胸ぐらをつかみ、石床に向けて叩きつけた。


 ドンッ!!!!!


 危険なぐらい大きな音が、道場に響いた。


「姫様。隙が多すぎです。私が暗殺者なら、姫様は死んでいました」


 ちょっと待った~~~~! 今、あなた、殺す気で投げたでしょう! カチューシャ姫が死ねば僕が死ぬ。僕は、身の危険を感じて、あわあわとなる。姫様は、つぶれたカエルのようなポーズを取り、目を回している。だ、大丈夫なのか~~~。


 五分が経った。


「もう、相変わらず、キリカは容赦がないんだから」

「隙があるなら指摘しないと、姫様のためになりませんから」


 僕と姫様とキリカさんは、お茶を飲みながら道場で話している。


「それで、アングリー・ヒポポタマスですね?」

「ええ。モンスター鑑定士トートの分析によると、けっこう手強そうなのよ」


「相手にとって不足はありません。生け捕りではなく、殺せばいいのですね」

「そうよ。ぶった切ってちょうだい」


「分かりました。では、奥に行き、妖刀ムラマサを取ってきましょう」


 キリカさんの目は、怪しく閃く。やばい。血を求めている目だ。大丈夫なのか、この人。僕は、ガクブル状態になりながら、姫様の陰に隠れて、なるべく関わり合わないようにした。


  ◇ ◇ ◇


 僕たちは馬車に乗る。王都の郊外に出て、しばらく進むと、周囲は草原になった。サバンナという奴だろう。丈の高い草がそこかしこに生えており、野生動物がちらほらと見える。姫様が報告を受けたというアングリー・ヒポポタマスの出現場所まで、そこからさらに時間がかかった。


「日が傾いてきたわね」


 カチューシャ姫が、窓の外を見ながら声を漏らす。

 僕は、ちらりとキリカさんの姿を見る。妖刀ムラマサをにらんでいる。なぜ、そんなことをしているのだろうと思い、キリカさんに尋ねた。


「妖刀ムラマサは危険だからな。眼力で威圧しているのだ」


 えー、その話を聞く限り、ムラマサをにらんで怯えさせているキリカさんの方が、危険な気がするのですが。

 僕は、怖いことにならなければいいなと思いながら、到着を待った。


「着いたわよ!」


 カチューシャ姫が、明るく声を出す。姫様が指差す先を見ると、そこには、体長十メートルぐらいの、荒ぶるカバがいて暴れていた。えー、二十トンぐらいはありそうですね。馬車は、アングリー・ヒポポタマスの足踏みに合わせて、どんどんと揺れる。

 まあ、キリカさんがいれば大丈夫だろう。この人ならば、目の前の怒ったカバも、一刀両断にしてくれるだろう。


「さあ、先鋒は、トートよ!」


 カチューシャ姫は、馬車の扉を勢いよく開いて、そう言った。


「えっ? キリカさんに頼るのではないのですか」


 僕は、戸惑いながら尋ねる。


「トート。目的を忘れたの? モンスター事典の編纂をするために、私たちは来ているのよ。あなたがモンスターの強さを体験しないで、どうするの? 当たって砕けろよ。がんばって!」


 砕けないといけないのですか? 僕は、ため息を吐きたくなる。しかし、不死化隷属の魔法があるから逆らえない。僕は馬車から降り、槍を持って、アングリー・ヒポポタマスに突進する。


「どりゃ~~~!」

「ブモ~~~~~!」


 僕は、巨大な口に噛まれた。犬歯が僕の体を貫通して、穴空きトートとなって、地面に落下した。だから、やっぱり無理ですよ~~~!


「キリカ!」

「分かりました。カチューシャ姫」


 キリカさんが、妖刀ムラマサを持って、馬車を出る。そして、すたすたと、アングリー・ヒポポタマスに向けて歩いていく。


「ブモ~~~~~!」


 アングリー・ヒポポタマスが叫んだ。その瞬間、刀が一閃した。その直後に、怒れるカバの首が宙を舞い、どさりと地面に落ちた。


「思ったより、皮膚は硬かったな」


 キリカさんは、刀の血を払い、鞘に戻す。こんなに、あっさりと倒すなら、僕はいらないじゃないですか~~!

 僕たちは、アングリー・ヒポポタマスの犬歯を回収して、王都に引き返した。


  ◇ ◇ ◇


 それから、三日ほど、僕はモンスター事典の原稿を缶詰で書いた。原稿が完成した僕は、宮殿のカチューシャ姫の部屋を訪れた。そこには、なぜかキリカさんもいた。


「あれ、キリカさんが、なぜ姫様の部屋に?」


 その疑問には、カチューシャ姫が答えてくれた。


「トートは弱くて、戦力にならないでしょう。だから、キリカに鍛えてもらおうと思って」


 僕は、嫌な予感がして、回れ右をして部屋を出ようとする。しかし、廊下にたどり着くことはできなかった。僕は、キリカさんに首根っこをつかまれて、片手で持ち上げられたのである。


「ひ弱そうだな」

「そうなのよ、キリカ。だから、屈強な戦士に鍛え上げて。筋肉もりもりの」


 や、やめてください! 僕は、そう叫ぼうとしたが、キリカさんににらまれて、ごにょごにょと言うに留まった。


「せいっ!」

「ふんぎゃ~!」


「とうっ!」

「ぷぎゃー!」


 宮殿の庭で何度も投げられて、僕はぼろぼろになった。


「お前、弱いなあ」

「は、はい」


「これから、週一で私の道場に通え」

「はい。お手柔らかに」


 それから僕は、週に一度、キリカさんの道場に通うことになった。


『第4話』終わり


→カチューシャ姫からの親愛度

  直前:12ポイント

  変動:+1ポイント

  現在:13ポイント


→キリカさんからの親愛度

  直前: 0ポイント

  変動:+5ポイント

  現在: 5ポイント

 クールな剣士さんです。「ルパン三世」の五右衛門みたいな役どころです。


 サブヒロインは、魔法使い、剣士と来ましたので、次は何が来るのでしょうか?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ