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第3話「マグネシウム・ゴーレム」(ロータス様)

 バルダント王国の首都バルト。その街は三重の壁に囲まれている。その壁に囲まれた街の一番内側は王城で、その次は王侯貴族の住む内都、そして一番外側は、平民たちの暮らす外都である。


 僕、中学生の遠野桐士郎――この世界では『モンスター鑑定士トート』――は、内都の『モンスター博物館』で館長をしている。なぜならば、この世界に僕をドロップさせたカチューシャ姫が、自身の政略結婚を防ぐために『モンスター事典編纂事業』を立ち上げたからだ。

 カチューシャ姫の可憐な容姿に惚れた僕は、姫様と一緒にモンスターを倒しながら、事典を作ることになった。いや本当は、カチューシャ姫に、不死化隷属の魔法をかけられたので、逆らえないだけなのですが……。

 というわけで、今日もカチューシャ姫の無茶振りが始まるのだった。


  ◇ ◇ ◇


「トート、新しいモンスターが現れたわよ!」


 僕がモンスター博物館の書庫でお掃除をしていると、扉がバタンと開いて、白いひらひらの服を着た、カチューシャ姫が入ってきた。

 カチューシャ姫は、美しく長い金髪に、大きくて青い目。すらりとした肢体に、小振りな胸の美少女だ。身長は、同年代の僕と同じぐらい。華奢な体から可憐に見えるけど、剣の腕は立つし、魔法も使えるおてんばさんだ。そして、僕を振り回すご主人様でもある。


「カチューシャ姫。今日は、どんなモンスターが現れたのですか?」


 ほうきを持ったまま僕は尋ねる。


「マグネシウム・ゴーレムよ。廃墟を探索していた冒険者たちが、たまたま目撃したらしいの」


 姫様は、興奮した様子で、頬を紅潮させる。


「マグネシウム・ゴーレムですか? 僕のゲーム知識から言うと、ゴーレムは素材の名前がついているものが多いですね。アイアン・ゴーレムとか、ストーン・ゴーレムとか。でも、なぜ冒険者たちは、見ただけでマグネシウムだと分かったのですか?」


 僕は、疑問に思ったので尋ねる。


「そりゃあ、分かるわよ。廃墟の扉に、マグネシウム・ゴーレムと書いてあって、そっと覗くと、金属のゴーレムがいたらしいから」


 なるほど。僕は納得する。

 しかし、マグネシウムか。僕は嫌な予感がして、本棚から『マグネシウムのひみつ』という本を取り出す。


「酸素と結合しやすく、加熱すると激しく燃焼する」


 やはり、嫌な予感しかしない。何だか、黒焦げにされそうだ。僕は、ちらりとカチューシャ姫の姿を見る。

 姫様は、新しいモンスターの登場に、興奮している。目をきらきらと輝かせて、僕と冒険に行くことを待ち望んでいる。やる気満々だ。このままでは、僕が犠牲になることは目に見えている。

 僕は素早く、本棚から『ゴーレムのひみつ』という本を出して、ページをめくる。


「姫様。ゴーレムは魔法で作られたものです。ただの生物とは違います。姫様は魔法を使えますが、剣と並行して学んだために専門家ほどではありません。僕たちは王都で待ち、専門家に倒してきてもらった方が、よいのではないでしょうか?」


 僕は、やんわりと逃げの口上を述べる。カチューシャ姫は、なるほど一理あるといった顔をしたあと、ぱっと表情を明るくした。


「なら、私の魔法の師匠に、同行してもらいましょう!」

「えっ?」


「ロータス師匠なら、きっと私の頼みを聞いてくれるわ!」


 姫様は、得意げに言う。

 うっ、冒険を回避したかったのに、冒険に行くという話にまとまりそうだ。僕は、掃除に忙しいのでと、言い訳をする。


「不死化隷属の魔法を忘れたの?」


 カチューシャ姫は、にこやかに言う。逆らうと僕が死ぬ。カチューシャ姫が死んでも、僕は死ぬ。


「姫様。喜んで、お供させていただきます」


 僕は、きりりと表情を引き締めて言う。


「よろしい。じゃあ、ロータス師匠のところまで行くわよ!」


 僕と姫様は、モンスター博物館の玄関に停められた馬車に乗り、出発した。


  ◇ ◇ ◇


 内都の一角にある魔法大学。その敷地内にある塔の前で、馬車は停車した。二十階建てはありそうなひょろ長い塔に、カチューシャ姫の魔法の師匠、ロータス様は住んでいるそうだ。


「ロータス様は、どんな人なんですか?」

「見れば分かるわよ」


 僕とカチューシャ姫は、らせん階段をのぼり、塔の中腹にある部屋に着いた。


「ロータス師匠! カチューシャ=バルダントです。下僕のトートも連れてきました!」


 姫様は元気に扉を開ける。ピンクの家具に、ピンクの壁。ピンクの実験機器に、ピンクのベッド。そこは少女趣味全開の部屋だった。そして、その中央に、淡い桃色のふりふりの服を着た、小学校低学年ぐらいの少女がいて、マンガを読んでいた。

 その女の子は、薄いピンクの髪の毛で、目つきが鋭く、どことなく攻撃的だった。そして、背は低く、体はお子様体型だった。


「何、カチューシャ? 今、いいところなのよ」


 幼女は、怒った顔つきで、姫様に視線を向けた。


「また、BL系マンガを読んでいたのですか?」

「ちょ、ちょっと! 私の秘密を、ばらさないでよ!」


「みんな知っていますよ。ロータス師匠が、BL好きだってことを」


 幼女は顔を真っ赤に染めて、もじもじと恥ずかしそうにする。


「カチューシャ姫。あの幼女が、ロータス様なのですか?」


 僕が質問すると、幼女が、きっと僕をにらんできた。


「失礼な! 私は幼女ではない。魔法の力で、若返ったのだよ!」

「あの、どういうことですか?」


 僕が尋ねると、幼女のロータス様は、自慢げに説明してくれた。


「私の魔法理論ではな、魔法とは、次元の状態を精神によって変容させることを意味しているのだ。位置を表す次元を変化させれば、物体を移動できる。そして、時間を表す次元を変化させれば、時間を操作できる。

 ちなみに、時間に関わる魔術は難しいぞ。特に、さかのぼるのは難易度が高い。私は、その研究に成功して、見事若返ることができたのだ!」


 ロータス様は、椅子にふんぞり返って、得意げだ。


「精神で、次元に干渉できるのですか?」


 僕は驚いたので尋ねる。


「ふんっ。驚いただろう。トート、お前のことは聞いている。ニホン人だろう。この次元への精神干渉は、お前の世界では、あまりお目にかかれない現象だろうからな。

 この次元精神干渉が、次元の裂け目やドロップ・アイテムの仕組みに関わっているのだが、その話は難しいから、お前には時期尚早だろう」


 ロータス様は、一人興奮して、ご満悦だ。それにしても次元精神干渉か。かなり気になる。しかし、そのことを尋ねるよりも早く、カチューシャ姫が口を開いた。


「ロータス師匠、冒険に行きましょう。モンスター事典を作るためです!」

「なぜ、私が、お前の私事につき合わないといけないのだ? お前は私の弟子だろうが」


「じゃあ、私が貸したマンガを、全部返してください。ロータス師匠は整理が適当だから、いくつかなくしているでしょう。でも全部です」


 カチューシャ姫は、ロータス様の正面に立って言う。


「ぐぬぬ、卑怯な!」


 ロータス様は、両拳を可愛く握る。


「ねえ、ロータス様。一緒に冒険に行きましょう!」


 カチューシャ姫は、明るい顔で告げる。


「そ、そうだな。突然、冒険に行きたくなった。よし、一緒に行ってやろう!」


 話がまとまった。僕とカチューシャ姫とロータス様は、姫様の馬車で廃墟に向かった。


  ◇ ◇ ◇


 馬車で王都の郊外に出た。しばらく進むと、森の中に廃墟が見えてきた。


「ふむ。打ち捨てて百年といった感じの廃墟だな」


 窓からひょいと顔を出して、ロータス様が言った。その様子は、お子様が車から顔を出している様子にそっくりだった。その姿を見ながら、僕はロータス様に尋ねる。


「そういえば、なぜ、ロータス様は幼女なんですか?」

「失敬な。私はレディーだぞ!」


「いや、幼女ですし」


 カチューシャ姫が、僕の肩を、とんとんと叩いてきた。


「その話は、あまり触れない方がいいわ。魔法の加減が上手くできずに、若返りすぎたそうだから」

「そうなんですか、カチューシャ姫?」


 姫様はうなずく。


「本当は、十七歳になるつもりだったそうよ。それが、失敗して七歳になったの」

「ずいぶん大きな誤差ですね。でも、そこから十歳老化すればいいんじゃないですか?」


「だから、誤差が大きくて怖くてできないのよ。ああ見えて、ロータス師匠はびびりだから。そして、その失敗以来、七歳に年齢が固定されてしまったのよ」


 僕は、ちらりとロータス様を見る。顔を真っ赤にして、頬をふくらませて窓の外を見ている。どうやら恥ずかしがっているようだ。反応も幼女っぽいなあと僕は思った。


 馬車は廃墟に着いた。カチューシャ姫は、いつもの白銀の剣と、黄金の杖を構える。僕は扱いやすいという理由で槍を持ち、ロータス様は手ぶらで、廃墟に足を踏み入れた。


「それで、カチューシャよ。マグネシウム・ゴーレムとやらは、どこにいるのだ?」

「奥らしいですよ。扉の入り口に、モンスター名が書いてあるそうなので、すぐ分かると思いますよ。あっ、あった!」


 あっさりと見つかった。

 カチューシャ姫は、そろりと扉を開けて、中を覗く。ロータス様はつま先立ちをするが、姫様の体に遮られて、中を覗けない。


「偵察完了よ。さあ、トート出番よ!」


 カチューシャ姫は、僕の肩を叩く。


「えー、あのー、出番と言われましても、何をすればよいのでしょうか?」


 せっかく偵察したのなら、何か策を授けてくれればいいのにと僕は思う。


「じゃあ、槍を出して」

「はい」


「火炎付与の魔法! これで、金属も溶かせて、すぱすぱと切れると思うわ」

「えっ?」


 僕は、扉の名前を確認する。やはりそうだ。マグネシウム・ゴーレムと書いてある。マグネシウムに火は、やばいのではないかと僕は思う。


「さあ、トート。マグネシウム・ゴーレムに先制攻撃よ!」


 カチューシャ姫は、扉を開けて、僕の背中を押す。


「ちょ、ちょっと待ってください。そうだ。ロータス様なら、やばいって分かりますよね! カチューシャ姫を止めてください!!」


 ロータス様は、部屋の中を見て、額に指を当てて、渋い顔で考えこんでいる。どうやら、助けてくれないらしい。


「さあ、行ってきなさい!」


 僕は、カチューシャ姫に勢いよく押されて、マグネシウム・ゴーレムに特攻する。うわああん。もう、どうにでもなれ! 僕は、火炎槍で切りつけた。シュバア~~~~! 辺りは、激しい光と音に包まれた。僕は黒焦げになって、再生した。


「カチューシャ姫!!!」

「ご、ごめん」


 カチューシャ姫は、すまなさそうに謝る。その横で、頭を押さえていたロータス様が、はっと、気づいたような顔をして、真面目な口調で僕たちに告げた。


「思い出した。この廃墟は、百年前ぐらいに私が捨てた研究所の一つだ」

「えっ?」


「そして、マグネシウム・ゴーレムは、その時に作ったものだ」

「はっ?」


「すっかり忘れていた。いやあ、若返って以降、記憶がずいぶん曖昧でなあ」


 ロータス様は、笑顔で頭をかいた。僕とカチューシャ姫は、呆然としたあと、ロータス様に詰め寄った。ロータス様は、マグネシウム・ゴーレムの欠片を拾い、「いいじゃないか。モンスターの死体の一部が欲しかったんだろう?」と、ふてくされながら言った。


  ◇ ◇ ◇


 それから三日ほど、ロータス様は、モンスター博物館に出張して、モンスター事典のマグネシウム・ゴーレムの項を執筆させられた。僕は、その監視のために、横に座って、マンガを読んだ。


「なぜ、師匠である私が、弟子であるカチューシャのために働かねばならないのだ!」

「あんな危険なものを放置していた責任です。それに、作った本人が、一番詳しいと思いますし」


 マンガの返却を盾に取られているロータス様は、カチューシャ姫に逆らえないようだ。まあ、自分が作った研究所や、モンスターを忘れる人が、人に借りたものをきちんと返せるとは思えないしなあ。

 そして、マグネシウム・ゴーレムの項が完成した。


「ぜいぜい。私は帰るぞ!」


 ロータス様は、やつれた顔で、カチューシャ姫に言った。


「師匠、また協力してくださいね~!」

「うっ! くっ!」


 悔しそうにしているロータス様を見て、ああ、僕以外にも、カチューシャ姫に巻きこまれている人がいるのだなあと思った。

 僕はロータス様を塔へと送った。そして、「トートよ。お前も大変だなあ」と、温かいお言葉をいただいた。


『第3話』終わり


→カチューシャ姫からの親愛度

  直前:11ポイント

  変動:+1ポイント

  現在:12ポイント


→ロータス様からの親愛度

  直前: 0ポイント

  変動:+5ポイント

  現在: 5ポイント


 幼女、いいよ。幼女。可愛いは正義です。


 ただし、本当の幼女だと、冒険の旅に出られないので、魔法で若返った幼女になりました。


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