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第2話「ジャイアント・クラブ」(カチューシャ姫)

 バルダント王国の首都バルト。その街は三重の壁に囲まれている。その壁に囲まれた街の一番内側は、壮麗な王城で、その次は王侯貴族の住む内都、そして一番外側は、平民たちの暮らす外都である。


 僕、中学生の遠野桐士郎――この世界では『モンスター鑑定士トート』――が暮らしているのは、上流階級が居を構える内都の一角である。

 国王バングル=バルダントの第三王妃シュシュ。彼女の宮殿敷地内にある『モンスター博物館』に僕はいる。なぜそんな場所で寝起きしているのか? それは、シュシュの第二王女カチューシャ姫の手によって、この世界にドロップさせられたからである。


 そう、今でも思い出す。あの出会いの日を。

 部屋でネトゲをしていたら、いつの間にか荒野に立っていた。そして、「やったー、ドロップ・アイテムよ!」とカチューシャ姫に言われて、不死化隷属の魔法をかけられてしまったのだ。


 何という運命の変転――。普通なら、そう嘆くのだろうが、幸いにもカチューシャ姫は、この上ない美少女だった。その可憐な容姿と、ぐいぐい攻めてくる性格に惚れた僕は、彼女の下僕になり、一緒に『モンスター事典編纂事業』を立ち上げることになったのである。


 僕が館長を任されたモンスター博物館には、僕の世界からドロップした本や、この世界で書かれた百科事典や生物学の本などが無数にある。そして、モンスターの生前の様子を再生できる『霊幻灯機』というマジックアイテムもある。


 僕は、カチューシャ姫の台詞を思い出す。


「モンスター事典と言っても、好き勝手に書いたら説得力がないでしょう。だから、モンスターを倒して、体の一部を持ち帰るの。霊幻灯機で再生できるから」


 ふむふむ。


「だから、一緒にモンスター狩りに行くわよ!」


 えっ?


 おかげで僕は、机上の作業だけでなく、姫様と一緒に冒険することになった。ただの中学生に、無茶振りすぎだ~~~~~!


  ◇ ◇ ◇


「トート、起きた!?」


 僕がモンスター博物館の館長室のベッドで、うんうんとうなっていると、扉がバタンと開いて、カチューシャ姫が入ってきた。

 カチューシャ姫は、美しく長い金髪に、大きくて青い目。すらりとした肢体に、小振りな胸の美少女だ。身長は、同年代の僕と同じぐらい。華奢な体をしており、白いひらひらの服を着ているので、可憐に見える。だけど、剣の腕は立つし、魔法も使えるおてんばさんだ。そして、僕を振り回すご主人様でもある。


「ええと、今から起きて着替えるところですので、今しばらくお待ちを」

「さっさと、起きて、トート! 布団を、ぱーっと取るわよ!」


 姫様は、僕の布団を勢いよくはいだ。僕は、さっと股間を押さえる。中学二年生の男子ですもの。そりゃあ、生理作用がございます。


「トート。なに、縮こまっているの?」

「え、ええ。できれば、部屋から、いったん出ていただけませんか?」


 カチューシャ姫は、不思議そうな顔をして、部屋から出ていく。僕は、必死に素数を数えて、おのれの下半身を静まらせた。


「もう、いーい?」

「どうぞ!」


 答えるとともに、カチューシャ姫は勢いよく部屋に入ってきた。姫様が部屋に入ってきたことで、甘い香りが室内に充満する。ああ、美少女の匂いだ。僕は、そう思いながら、姿勢を正した。


「それで、カチューシャ姫。何ですか?」


 寝間着のまま、僕は尋ねる。


「支度をして。出発よ!」

「あの、もう少し詳しく話してください」


 僕は、今にも飛び出しそうなカチューシャ姫を引き留めて、話を聞く。


「モンスターが郊外に出たのよ。首都警備隊が倒してしまわないうちに、私たちでやっつけて、事典の項目に追加するわよ!」

「分かりました。それで、何が出たのですか?」


「ジャイアント・クラブよ」

「巨大ガニですか?」


「そうよ! まだ事典にはなかったはずよ」


 カチューシャ姫は、目を輝かせながら言う。

 僕は、嫌な予感がした。ジャイアント・クラブは、その名のとおり、きっとジャイアントだ。問題は、どのくらい巨大かだ。僕が簡単に踏みつぶされるサイズだったら困る。そして、僕の予感はよく当たる。


「さあ、行くわよ!」


 カチューシャ姫は、人差し指をぴんと立てて、僕に命令する。

 僕は、カチューシャ姫に急かされながら、外出着に着替え、『カニのひみつ』という本を棚から抜き取り、建物の外に出た。


  ◇ ◇ ◇


 モンスター博物館の前には、カチューシャ姫の馬車が停まっていた。僕とカチューシャ姫は、その馬車に乗りこみ、外都を抜けて街の外に出る。しばらく木のない草原が続き、さらにしばらく進むと、鬱蒼とした森になった。馬車の揺れは、だいぶひどい。僕は、これから遭遇するモンスターの予習をする。


「カチューシャ姫」

「何、トート?」


「この世界のカニが、僕の世界のカニと似たようなものなら、背中は硬いキチン質の甲羅で覆われています。だから、腹側から攻撃をしなければ通じないと思います。

 さらに、カニは一対のハサミを持っています。その攻撃に気をつけてください。また、カニの種類によっては、横歩きをせずに、前歩きをしたり、うしろ歩きをしたりもします。そのため、固定概念に捕らわれて墓穴を掘らないようにしてください」


 僕は、たった今読んだ『カニのひみつ』の受け売りを述べる。


「なるほど、それは有用な情報ね。この世界とトートの世界の生物は、よく似ているものね。きっと似た感じの奴が出てくると思うわ」

「相変わらず、アバウトですね」


 姫様は、いつもだいたい、こんな調子だ。


「作戦は、いつも通りよ。いい?」

「その件についてですが、『いつもの作戦』は、どうにかなりませんか?」


 僕は、涙目でカチューシャ姫に訴える。


「トートが敵に突っこんで囮になる。そして敵の攻撃手段を見定めた上で、私が一気に叩く。トートは不死で、私は死ぬ可能性がある。そして、私が死ぬと、トートも死ぬ。

 最善の策だと思うんだけど、どこか間違っているかしら?」

「あの、普通に痛いんですけど」


「大丈夫よ。ばらばらになっても、すぐに再生するわ。そういう魔法をかけているんだから」

「でも、ばらばらになると、痛いですよ?」


 僕は、思わず疑問型で、カチューシャ姫に尋ねる。


「大丈夫よ。私は痛くないから」


 姫様は、にっこりと微笑んだ。

 こ、これだから王族は~~~。僕は、そう思うとともに、カチューシャ姫に与えられる責め苦なら、甘んじて受けてもいいかなと、密かに考えてしまう。

 もしかして、僕ってMっ気があったのか? ぞくぞくぞく。変な快感が背中を這い上がってきた。や、やばい。


 そうやって揺られているうちに、馬車は目的地に着いた。


  ◇ ◇ ◇


 首都の郊外。とは言っても、人家はまるで見当たらない。出現地点は、小川が流れる沢で、近隣の人が水をくんだり、魚を捕りに来たりする場所だ。そこに一週間ほど前から、ジャイアント・クラブが住み着いて、人々を困らせているらしい。


「首都警備隊が来る前に、さっさと倒すわよ!」


 馬車から降りたカチューシャ姫は、白銀の剣と、黄金の杖を構えて僕に言う。

 僕も地上に降り立つ。武器は、馬車の横にくくりつけておいた槍である。リーチが長く、敵との距離を稼げる。剣ほどの習熟も必要ない。素人の僕が持つには最適なものだと判断して、持ってきたものだ。


 僕はおそるおそる、そしてカチューシャ姫は堂々と沢を歩いて、巨大ガニの姿を探す。


「いないですね」

「報告では、この辺りに常駐しているという話だったの。もしかして、ワンダリングしているのかしら?」


「うーん。どうでしょうね。カニは巣穴を掘るものが多いということでしたので、地下にいるのかもしれませんよ」


 僕が答えたその時である。足下がぐらぐらと動いて、僕は急に高い目線になった。


「うわ、何だ?」

「ジャイアント・クラブが出たわよ!」


「どこですか?」

「トートの足下!」


 足下? 僕は、下に視線を向けてびっくりする。そこには体長十メートルはあろうかという巨大なカニがいて、僕はその背中に立っていた。幸いにも僕は踏みつぶされなかったが、このままでは頭から落ちて、大ダメージを食らいかねない。


「えっ、うわっ」


 僕はバランスを取りながら、必死に甲羅の上に立ち続ける。


「ハサミが邪魔で、お腹を攻撃しにくいわ」


 カチューシャ姫は、沢を小走りに移動しながら声を出す。

 確かにそうだ。ジャイアント・クラブのハサミは、腹部をガードできるほど巨大なものだ。それは攻撃よりも、防御が主といった感じである。確かにこのままでは、剣の攻撃も魔法の攻撃も、巨大なハサミに阻まれて、本体までは到達しないだろう。


「トート。作戦通りにするわよ。囮になって、ハサミをどうにかして!」


 ……えっ? どうやって。


「あの。僕がハサミに捕まっても、無駄捕まりですよ。カニは、僕をはさんだまま、ハサミをぶんぶんと振り回すと思いますよ」

「そこは、自分で考えてよ!」


 うっ、僕はモンスター鑑定士であって、モンスター狩人ではないのですが。いったい、どうすればよいのか? 僕は頭をフル回転させて考える。そうだ!

 僕は、槍をジャイアント・クラブの眉間に突き立てる。敵は、その槍を抜こうとして、ハサミを振り上げる。


「今です、姫様!」


 僕の声を聞いたカチューシャ姫は、魔法を唱えて、剣に炎をまとわせた。そして、素早く巨大ガニの懐に飛びこんで、その剣を突き立て、猛ダッシュで距離を取った。


「火炎剣、最大火力!」


 その台詞の直後、白銀の剣から巨大な炎が出て、ジャイアント・クラブは、どうっと倒れた。辺り一帯には、カニの焼けたよい匂いが漂った。


 僕とカチューシャ姫は、近隣の住民とともに、カニ料理でランチをとった。そして、ジャイアント・クラブのハサミの一部を馬車に積み、街へと戻った。それから三日ほど、僕は『モンスター事典』のジャイアント・クラブの項目を、ひたすら執筆した。


  ◇ ◇ ◇


「カチューシャ姫、できました~!」


 僕は、完成した原稿を、姫様に見せに行った。宮殿の自分の部屋にいたカチューシャ姫は、執事やメイドたちと一緒に、鍋をついばんでいた。


「……」


 カチューシャ姫は、無言のまま僕を見ている。何だろうと思い、僕は返事を待った。


「ごめん。カニ鍋を食べるのに忙しくて、ちょっとしゃべれなかったの」


 鍋の近くを見ると、うずたかくカニの甲羅が積み上げられている。


「もしかして、僕がこもっているあいだ、みんなでずっと、カニパーティーをしていたのですか?」


 愕然とした様子で尋ねる僕に、カチューシャ姫は、こくりと首を縦に動かした。


「ジャイアント・クラブを退治したお礼に、一ヶ月分のカニが送られてきたの。一人じゃ、食べきれないから、みんなで食べていたの」


 執事やメイドたちは、すまなさそうに、僕に頭を下げてくる。どうやら僕は、仲間はずれにされていたらしい。


「う、う、うわ~~ん!」


 僕は思わず、カチューシャ姫の前で泣きだしてしまった。そんな僕に、カチューシャ姫は、優しい言葉をかけてくれた。


「大丈夫よ。トートは不死だから、食べなくても死なないわ」

「そんなことじゃなくて!」


 カニパーティーに加わって、姫様と一緒にカニをついばみたかったのに。そんな僕の心を読み取ってくれないまま、カチューシャ姫は僕の原稿を受け取り、カニ鍋の輪に戻っていった。

 僕は、カニ鍋に加わることができず、一人寂しく、モンスター博物館まで戻った。


『第2話』終わり


→カチューシャ姫からの親愛度

  直前:10ポイント

  変動:+1ポイント

  現在:11ポイント


 というわけで、冒険の始まりです。その他のヒロインたちは、次話から順番に登場します。


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