第18話「ドレイン・ソード」(キリカさん)
バルダント王国の首都バルト。その街は三重の壁に囲まれている。その壁に囲まれた街の一番内側は王城で、その次は王侯貴族の住む内都、そして一番外側は、平民たちの暮らす外都である。
僕、中学生の遠野桐士郎――この世界では『モンスター鑑定士トート』――は、内都の『モンスター博物館』で館長をしている。なぜならば、この世界に僕をドロップさせたカチューシャ姫が、自身の政略結婚を防ぐために『モンスター事典編纂事業』を立ち上げたからだ。
カチューシャ姫の可憐な容姿に惚れた僕は、姫様と一緒にモンスターを倒しながら、事典を作ることになった。いや本当は、カチューシャ姫に、不死化隷属の魔法をかけられたので、逆らえないだけなのですが……。
というわけで、今日もカチューシャ姫の無茶振りが始まるのだった。
◇ ◇ ◇
「はいっ、片足で立って、木刀の素振り千回!」
キリカさんの声が、道場に響いた。今日は、週に一度の修行の日。僕は外都にあるキリカさんの道場に来て、トレーニングを積んでいる。
最初は、素振り百回だったんだけどなあ。来る度に回数が増えて、今日は千回を命じられた。修行の成果も出てきたのか、バランス感覚はよくなり、体を支える筋力も付いてきた。
それにしても千回か。僕は、その回数にため息を吐きたくなる。しかし、素振りは、だいぶましな方のトレーニングだ。一番やばいのは組み手だ。キリカさん相手の組み手は、考えるだけでも、おしっこをちびりそうになる。キリカさんは、僕が不死だと知っているから、容赦がないのだ。
僕は、ちらりとキリカさんを見る。
年齢は二十歳より少し若い。背筋がきれいに伸びていて、上半身は白い着物で、下半身は紺の袴である。ちょうど、薙刀女子のような出で立ちだ。黒いストレートの髪は、腰ほどもあり、ちょんまげのような位置で結んであり、ポニーテールにしてある。
そんなキリカさんは、平民たちの住む外都にある町道場で、剣を教えている。細い道を、何度も折れ曲がりながら進んだ場所にある道場だ。その床は、石で覆われており、転ぶと半端なく痛い。そして、キリカさんは、容赦なく僕を投げるし、木刀で叩きのめしてくる。
僕が素振りをしているあいだ、キリカさんも横で素振りをしている。僕の素振りに合わせて、一、二、三、四、……。僕以外にも複数の弟子が来るので、合計すると日に一万回ぐらい素振りをしているはずだ。僕は、その回数にくらくらしながら、木刀を振り続ける。
「よし、トート。今度は逆の足で、片足立ちをしろ。それで、もう千回だ」
「はい」
幸いなことに僕は不死だ。手にまめができても、すぐに回復する。でも、痛みはあるんだよなあと思いながら、左右千回ずつ、合計二千回の素振りを終えた。
「さあ、組み手だ」
「ひっ!」
僕は、怯える子犬のように声を出す。数々の激痛の記憶が蘇る。その時である。道場の入り口から、明るい声が響いてきた。
「トート。新しいモンスターの情報が手に入ったわよ!」
「カチューシャ姫!」
やった。修行はここで終わりだ! 僕は、きっとこれから起きるだろう、モンスターとの死闘を待ち望むようにして喜んだ。キリカさんとの組み手より、百倍ましだからだ。
僕の前に立っていたキリカさんが、ふらりと体を動かした。僕は、その動きに気づく。いつものとおりなら、キリカさんはカチューシャ姫に、死んでもおかしくない一撃を加える。
やばい。僕は、不死化隷属の魔法を思い出す。姫様が死ぬと僕が死ぬ。僕は、キリカさんの攻撃を防ぐべく、立ちはだかろうとした。
「ぶべっ!」
僕は、すっ転んだ。片足立ちを続けたせいで、足がつってしまったのだ。姫様を殴りかけていたキリカさんは手を止める。そして、僕に顔を向けて、ぼそりと声を出した。
「男なのに、ひ弱だな」
すみません。でも、キリカさんが強すぎるだけだと思います。僕は涙目で、心の中でつぶやいた。
◇ ◇ ◇
「それでね、新しいモンスターが現れたのよ」
道場の中央に三人座り、お茶をすすりながら話が始まった。カチューシャ姫は、いつものように、ひらひらの純白の服に身を包んでいる。僕は、その姿にうっとりしながら、その容姿を堪能する。
カチューシャ姫は、美しく長い金髪に、大きな青い目の美少女だ。すらりとした肢体に、小振りな胸で、身長は同年代の僕と同じぐらいである。華奢な体から可憐に見えるけど、剣の腕は立つし、魔法も使えるおてんばさんだ。そして、僕を振り回す、ご主人様でもある。
「それで、どんなモンスターなんですか?」
僕は、カチューシャ姫に尋ねる。
「ドレイン・ソードと言うらしいわよ。何でも、持ち主を操り、その力を吸い取って、強くなる剣らしいの。そして、持ち主の力を吸い尽くしたら、持ち主を変える、寄生性の剣型生命体だそうなの」
何だか怖い剣だ。できれば、そんな剣には関わり合いたくない。そう思った僕は、やんわりと拒絶の台詞を述べる。
「カチューシャ姫。その剣は、どうも危険すぎる気がします。僕たちは、モンスター事典編纂事業をおこなっていますが、死んでしまっては元も子もありません。危なすぎる相手は避けるべきだと思います」
「大丈夫よきっと。根拠はないけど」
相変わらずの脳天気さで、カチューシャ姫は言う。
その時である。キリカさんが急に立ち上がった。そして、道場の奥に行き、和綴じの冊子を持って戻ってきた。その表情は、どこか興奮しているように紅潮していた。
「何ですか、キリカさん。それは」
「父の日記だ。ドレイン・ソードについての記述がある」
どういうことだろう。そう思い、僕とカチューシャ姫は、日記をのぞきこむ。そこには、奴霊飲之剣という記述がある。
――その剣、人の魂を抜きとりて、自らの糧となす。その剣を持ちし者、日に日にやつれて、鶏骨のごとくなりて死す。しかし、御すれば、はなはだだ役立つものなり。日頃は封印し、時において力を注ぐ。有事において、その力を引き出す。さすれば、百万の兵に匹敵する力を得ること易し。我、その一振りを手に入れたり。名を、妖刀ムラマサと言う。
「うん!?」
僕は思わず声を上げる。そして、キリカさんの顔を見る。
「そうだ。ドレイン・ソードだ。私が、姫様と冒険に出る際に、携えている刀と同じものだ。
ドレイン・ソードは、私が聞いた限りでは、トートの世界の充電池に近い使い方ができる。普段から少しずつ力を注ぎ、力を蓄える。それを、必要に応じて、引き出すわけだ。便利な武器だが、私のように修行を積んだ者でなければ、魂を吸われすぎて死ぬ危険がある。
ドレイン・ソードは、かなり危険なモンスターだ。次々と持ち主を変えて、力を吸いまくったドレイン・ソードは、破滅的な力を発揮するそうだ」
僕は、いつものキリカさんの活躍を思い出す。どんな敵もぶった切る剣の冴え。その背景には、常日頃力を溜めている、妖刀ムラマサの助力があったのだ。
「そうなんですね。じゃあ、今度出たドレイン・ソードは、妖刀ムラマサの仲間なんですね」
「ああ、それも姫様の話を聞く限りでは、飽食の限りを尽くして、力を溜めまくっている相手のようだな」
それはやばい。戦ったら、ただでは済まない。キリカさんの上位互換バージョンの敵なんかが出てきたら、僕の命がいくつあっても足りない。
僕は、恐怖におののき、おろおろとする。しかし、そんな僕の狼狽をよそに、キリカさんはにやりと笑った。
「相手にとって不足なし。切り結んで、見事討ち取ってみせよう」
「決まりね! キリカと私とトートで、そのドレイン・ソードを退治に行くわよ!」
僕の心配とは裏腹に、カチューシャ姫とキリカさんは、ドレイン・ソードの討伐を決定してしまった。
◇ ◇ ◇
ドレイン・ソードは、森の中の小さな村に現れたという。旅人が村人を数人殺したあと、やせ細って死んだ。その剣を、村人の一人が拾い、十数人を殺害して息絶えた。剣はさらに人手に渡り、村の住人をほとんど皆殺しにしたという。わずかに残った人間が、森の小道を抜け、近くの町に駆けこんだのが数日前だそうだ。
その町では、事態を重く見て、王都に報告した。その情報を、カチューシャ姫は、密かに入手したのである。
馬車は森の小道を抜けていく。ドレイン・ソードは人の魂を食べる。だから、町では兵士を派遣せずに、兵糧攻めを選んだ。持ち主が完全に魂を吸われれば、ドレイン・ソードの活動は止まる。そう考えたからだ。
その兵糧攻めが成功しているのか、現状では分からない。町からは偵察を出していないので、知る術がないのである。その、危険地帯の村に、僕たちは馬車で踏みこんだ。
村の中央、井戸のある広場で、僕たちは馬車を降りた。人の気配はなかった。村のそこかしこに死体が転がっており、そのほとんどは、森から来た動物たちに食い荒らされていた。
僕とカチューシャ姫は、周囲を見渡して、ドレイン・ソードを持った人間がいないか探す。道の一つに、黒い影が立っていた。幽鬼のようにやせ細った村人が、ロング・ソードを持っている。キリカさんの妖刀ムラマサとは違うが、禍々しい妖気を漂わせている。
「偵察よ。トート行きなさい!」
「トートよ。修行の成果を見てやる。行ってこい!」
僕は、カチューシャ姫とキリカさんに、特攻するように言われる。うわ~~~ん。どうして、いつもこうなのだろう? 僕は、素人でも扱える素晴らしい武器、槍を構えて敵へと駆けていく。
やせた人間が、剣を持った腕を上げた。その様子は、さながら骸骨剣士といった感じだ。剣が僕に向けて振り下ろされる。僕は瞬時に飛び下がり、その剣を避ける。そして、着地とともに、槍の穂先で敵の足下を狙った。
槍の刃が、右足の脛の半ばまで食い込んだ。剣と槍のリーチの違いだ。僕は、槍を持つ手に力をこめる。魂を吸われて、肉体がぼろぼろになっていたのだろう。相手の右足は、ぽきりと折れた。
よし、行ける! キリカさんの修練で、僕の戦闘能力は、少しずつ上昇している。相手は、ドレイン・ソードを持っているとはいえ、ただの村人だ。後れを取る僕ではない。動きを止めれば、もう大丈夫だ。ドレイン・ソードを叩き折るなりして回収すれば、今日の仕事は終わりだ。
えっ? もしかして、僕だけで片づいてしまうのですか。
僕も、ずいぶん能力が上がったものだなあ。そう喜びながら敵に近づいていく。魂を吸われ、僕に足を折られた村人は、息を失いかけている。その手に握られたドレイン・ソードは、持ち主の衰弱によって、動けなくなっていた。
キュイィィン。
そんな音が聞こえたような気がした。僕の脳に、何者かが侵入してきたようだ。共鳴。僕の精神に波長を合わせるようにして、何かが僕の心の扉を開いた。
「やばい。魅入られたか」
背後で、キリカさんの声が聞こえた。何だろう? そう思いながら、僕はドレイン・ソードを拾う。そして、剣を構えて、カチューシャ姫とキリカさんの方を向いた。
「剣を回収しました」
そう言った直後、僕の口から思わぬ声が飛び出した。
「おらっ、死ね。女ども!」
えっ? 僕は剣を振り上げ、駆けだした。そして、カチューシャ姫に向かって切りつけた。
カチューシャ姫は、驚いて飛びすさる。ドレイン・ソードに体を乗っ取られている? 僕は慌てて、手から剣を離そうとする。しかし、僕の意思に反して、手は動かない。僕は、肉体の主導権を奪われたまま、剣を大きく振る。
「ちっ。もう少し戦闘技術を持っているドレイン・ソードかと思えば、ただ力任せに振るだけの低脳ドレイン・ソードか」
キリカさんの声が聞こえた。キリカさんは、僕に向かって「低脳、低脳」と罵倒する。僕は、自分が罵られている気分になり、落ち込んだ。
「姫様。うしろに下がってください」
キリカさんの指示で、カチューシャ姫は後退する。僕は、キリカさんと向かい合った。
うっ、僕の心が萎縮する。いつも組み手で、こてんぱんに打ちのめされている相手だ。今日は戦わずに済むと思ったのに、まさかドレイン・ソードのせいで、剣を合わせることになるとは思わなかった。
しかし、そんな僕の心とは裏腹に、剣はやる気満々だ。目の前にいるキリカさんの魂を食うことに、舌なめずりしている様子だ。僕の手の剣が光を発した。輝く刃になり、これからの一撃に、必殺の力をこめているのが分かる。
僕の足が地を蹴る。キリカさんも呼応するように足を踏み出す。すれ違いざまの一閃。僕の手首と足首は切断された。キリカさんは戻ってきて、ドレイン・ソードを叩き折った。
「もう少し、歯ごたえがあるかと思ったのだがな。つまらぬものを切ってしまった」
つまらぬものって、僕の手足のことですか!!! 僕は、切り落とされた手首と足首の痛みのせいで、うわ~~~~ん、と泣きだしてしまった。
◇ ◇ ◇
それから三日ほどかけて、僕はモンスター事典のドレイン・ソードの項を書いた。しかし、その執筆はいつもと違って、とても精神的にプレッシャーがかかるものだった。
カチューシャ姫は、あろうことかキリカさんを僕の補佐につけ、ドレイン・ソードについての記述を充実させるようにしたのだ。そしてキリカさんは、隙あらば弟子に攻撃を仕掛けてくるお方だ。そのせいで僕は、ぼろぼろになりながら原稿を進めることになった。
ようやく完成した瞬間、僕は館長室を飛び出して、宮殿に向かった。キリカさんは、攻撃しようと追いかけてくる。僕は必死になって、その追撃を食らいながら、どうにかカチューシャ姫の部屋にたどり着いた。
「姫様。原稿です。ぐふっ!」
どうやら、最後に隙が生じたらしい。僕は、キリカさんに必殺の一撃を加えられながら、口から血を吐き、カチューシャ姫に原稿を手渡した。
『第18話』終わり
→カチューシャ姫からの親愛度
直前:62ポイント
変動:+4ポイント
現在:66ポイント
→キリカさんからの親愛度
直前: 6ポイント
変動:+5ポイント
現在:11ポイント
キリカさんの修行の甲斐あり、トートは少しずつ戦闘力が上がっています。不死なので、無茶な修行でも大丈夫ですしね。
と言うわけで、キリカさんからの覚えも、少しずつよくなっているようです。




