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第17話「トラッキング・ゴルゴン」(ロータス様)

 バルダント王国の首都バルト。その街は三重の壁に囲まれている。その壁に囲まれた街の一番内側は王城で、その次は王侯貴族の住む内都、そして一番外側は、平民たちの暮らす外都である。


 僕、中学生の遠野桐士郎――この世界では『モンスター鑑定士トート』――は、内都の『モンスター博物館』で館長をしている。なぜならば、この世界に僕をドロップさせたカチューシャ姫が、自身の政略結婚を防ぐために『モンスター事典編纂事業』を立ち上げたからだ。

 カチューシャ姫の可憐な容姿に惚れた僕は、姫様と一緒にモンスターを倒しながら、事典を作ることになった。いや本当は、カチューシャ姫に、不死化隷属の魔法をかけられたので、逆らえないだけなのですが……。

 というわけで、今日もカチューシャ姫の無茶振りが始まるのだった。


  ◇ ◇ ◇


 この世界にいるモンスターは、僕が住んでいた世界の動物に、よく似ている。もちろん、まったく違う存在である魔法生物もいる。とはいえ、モンスターの少なくない数が、僕の世界の知識で、その能力や特性を予測できる。


 カチューシャ姫のいるこの世界と、僕の住んでいた世界は異なる。そうであるのにも関わらず、この相似はいったい何なのだろうか? ロータス様は、かつて言っていた。二つの世界のあいだには、トンネルができていると。

 僕は、そういった次元の穴を抜けて、こちら側に来た。僕だけではなく、僕の世界の創作物や創作者も、この世界に来ている。この世界は、いったい何なのだろうか? いずれ、その秘密を知りたいと、僕は考えている。


 モンスター博物館の館長室。その執務机に向かいながら、僕はぼんやりとしていた。思索にふけっていると言えば聞こえはよいが、その実態は、午後のまどろみに片足を突っこんでいるというものだ。

 僕は夢の中で、違う世界への扉を見つけた。その扉を通って、他の世界に足を踏み入れる。しかし、その世界も、カチューシャ姫のいる世界とわずかに違うだけで、とても似ている。そういった場所が無数にあり、僕は、万華鏡を見ているような気持ちになる。


「トート。新しいモンスターの情報が、手に入ったわ!」


 僕の鼻提灯が、ぱちんと弾けた。館長室の扉が勢いよく開き、いつもの調子でカチューシャ姫が飛びこんできた。

 僕は、慌てて目を覚ます。純白のひらひらの服が、目に入る。カチューシャ姫は、相変わらずの可愛さで、僕は心を弾ませる。


 カチューシャ姫は、美しく長い金髪に、大きな青い目の美少女だ。すらりとした肢体に、小振りな胸で、身長は同年代の僕と同じぐらいである。華奢な体から可憐に見えるけど、剣の腕は立つし、魔法も使えるおてんばさんだ。そして、僕を振り回すご主人様でもある。


 そんなカチューシャ姫のために、モンスター事典編纂事業を手伝いながら、僕は手探りでこの世界のことを調べている。中学生で、博物学の素人である僕でも分かるぐらいに、この世界と、僕の世界は似通っている。


「今日は、どんなモンスターなんですか?」


 僕は、机の上のタオルを手に取り、鼻提灯が割れたあとの顔をぬぐう。


「トラッキング・ゴルゴンよ。数十年前に、このモンスター博物館の地下書庫に封印されたという話を入手したの。地下二階に封印されているそうで、その場所の近くには、冒険者たちを模した謎の石像が、たくさん転がっているそうよ」


 カチューシャ姫の話を聞いて、僕は、とても嫌な予感がする。僕の記憶が正しければ、ゴルゴンは、かなり凶悪なモンスターだ。


「あの、カチューシャ姫、ちょっと待ってくださいね」


 僕は、館長室の本棚の中から、『ゴルゴンのひみつ』という本を取り出す。


「ゴルゴンは、ギリシア神話に登場する怪物。ステンノ、エウリアレ、メドゥサの三姉妹を指す。ヘビの髪、イノシシの牙を持ち、青銅の手、黄金の翼を有する。目には、顔を見た者を石化させる魔力がある。三姉妹のうち、メドゥサのみ不死ではなかったために、ペルセウスに首を切り落とされる。

 ゴルゴンの頭部は、ゴルゴネイオンとして魔除けに用いられ、武具や城壁などに描かれたり、彫像が設けられたりした」


 やはりそうだ。相手を石化させる恐るべき魔力を持つ怪物だ。僕は、トラッキング・ゴルゴンがどんなモンスターなのかを考える。トラッキングとは、足跡などの手がかりをもとに、獲物の跡をたどることだ。

 そういったトラッキングの意味から考えれば、トラッキング・ゴルゴンは、獲物を追跡するゴルゴンということになる。本来のゴルゴンは、洞窟の中で暮らしていたはずだが、追いかけてくるとなると厄介だ。


 都市伝説に出てくる、おばあさんのように、てけてけと追いかけてくる石化能力を持つモンスター。

 ダンジョンでは、絶対に会いたくない相手だ。そして、おそらく、出現地点の周りにあるという冒険者の石像は、トラッキング・ゴルゴンの犠牲者たちで間違いないだろう。


「カチューシャ姫。トラッキング・ゴルゴンは危険すぎます。たとえ不死でも、石化されれば石になってしまいます。また、僕だけではなく、カチューシャ姫も石にされてしまうかもしれません。今回のモンスターの調査は、見送りましょう」

「そういった危険なモンスターだからこそ、モンスター事典に掲載する価値があるんじゃないの?」


「いやまあ、そうですが、死んでしまっては、元も子もありません」

「大丈夫よ。石化するだけだから」


「石化から戻れなければ、死ぬのと一緒ですよ」

「……そう言われれば、そうかもね」


 カチューシャ姫は、軽く握った拳を口元に当てて考えだす。

 ほっ。ことの重大さを認識してくれたか。今回は、危険な目に遭わずに済みそうだ。僕は、胸をなで下ろす。

 しかし、カチューシャ姫は、簡単に計画をひるがえしてはくれなかった。


「こういう時には、その手の敵に対処できそうな、専門家を呼ぶべきね」

「えっ?」


「ロータス師匠ならば、そういった魔法の力を持つモンスターにも、慣れていると思うわ」


 カチューシャ姫は、にっこりと笑みを浮かべる。

 雲行きが怪しくなってきた。僕は、必死に、トラッキング・ゴルゴンの危険さを主張する。しかし、カチューシャ姫は、僕の言葉を右から左に流して、笑顔で声を出した。


「さあ、ロータス師匠のもとに行きましょう!」

「しかし、カチューシャ姫!」


 僕は、石化が怖くて、必死に訴える。


「不死化隷属の魔法を忘れたの?」


 カチューシャ姫は、にこやかに言う。逆らうと僕が死ぬ。カチューシャ姫が死んでも、僕は死ぬ。


「姫様。喜んで、お供させていただきます」


 僕は、涙を流しながら返事をする。僕とカチューシャ姫は、馬車に乗りこみ、ロータス様の住む塔に向かった。


  ◇ ◇ ◇



 内都の一角にある魔法大学。その敷地にある塔の前で、馬車は停車した。二十階建てはありそうなひょろ長い塔に、カチューシャ姫の魔法の師匠、ロータス様は住んでいる。カチューシャ姫と僕は、馬車を降り、その塔に入り、らせん階段をのぼり始めた。


「ロータス師匠! カチューシャ=バルダントです。下僕のトートも連れてきました!」


 塔の中腹で、カチューシャ姫は、扉を勢いよく開けた。ピンクの家具に、ピンクの壁。ピンクの実験機器に、ピンクのベッド。そこは少女趣味全開の部屋だった。そして、その中央に、淡い桃色のふりふりの服を着た、小学校低学年ぐらいの少女がいて、マンガを読んでいた。

 ロータス様である。若返りの魔法で、若返りすぎて、幼女になってしまったお方だ。そのロータス様は、薄いピンクの髪の毛で、目つきが鋭く、どことなく攻撃的だった。そして、背は低く、体はお子様体型だった。


 ロータス様の周りには、日本人の女性たちが三人いた。ロータス様と彼女たちは、机を囲んで、お茶会をしていた。机の上には、いくつかの薄い本がある。これは腐会だな。そのことを、僕は悟る。そして、そのことをロータス様に聞いてみた。


「この者たちは、我が工房の者だ。ニホン国の書物を、この世界で再現するべく、ペンと紙による創作活動を続けているのだ」

「つまり、BLマンガを書いてもらっているのですか?」


 僕の質問に、ロータス様は顔を赤くして恥ずかしがる。図星なのだ。ロータス様は机の上の本をまとめて、紙袋の中に隠した。


「ロータス師匠!」


 カチューシャ姫が、いつもの調子でロータス様のもとに駆けていった。


「何だ、カチューシャか。今日は何の用だ?」

「モンスター事典編纂事業です!」


「ああ、例のあれか。私は、ニホン国の書物を読み解くのに忙しいのだ」

「BL系の同人誌ですよね? 薄い本だから、すぐに読み終わりますよ」


「違う、ニホン国の文化を伝える、文化的書物だ!」


 ロータス様の抵抗も虚しく、カチューシャ姫は、BL、BLと繰り返した。根負けしたロータス様は、ほとほと疲れ切った様子で、口を開いた。


「それで、また冒険に私を駆り出す気か? まあ、借りた本を返せない手前、断るわけにもいかんしな。少しは、お前の言うことも聞いてやらんでもない」


 ものすごく嫌そうに、ロータス様はカチューシャ姫に言う。この人も大変だなあと僕は思う。


「それで、カチューシャ。今日はどこに行くのだ?」

「モンスター博物館です」


「何だ、冒険に行くのではないのか?」

「モンスター博物館の地下書庫です」


「地下書庫? あそこは危険なダンジョンだったはずだぞ」

「はい。知っています。そこにいるというトラッキング・ゴルゴンを、調査に行きます」


 ロータス様は、こめかみに指を当てて考えこむ。その様子を見て、僕はロータス様に尋ねる。


「もしかして、またロータス様の作なのですか?」

「いや、違う。以前戦った覚えがある。数百年前の話だ」


「数百年前って、何歳なんですか?」

「千歳辺りから、数えるのをやめた」


 そんなに高齢だったのかと、僕は驚いた。


「いったい、いつ、どんなシチュエーションで戦ったんですか?」

「うーん。記憶が混濁していてな。どうやら人間の脳には、そんなに長い時間の記憶は入れておけないようなのだ。どうだ、知らなかっただろう?」


 ロータス様は、得意げに語る。自分の物忘れの激しさを、どや顔で言われてもなあと、僕は思う。


「はいはい、ロータス師匠。そんなことは、どうでもいいですから、モンスター博物館に行きましょう!」


 カチューシャ姫は、ロータス様の手を引いて、立ち上がらせようとする。


「カチューシャ。お前、師匠を何だと思っている?」

「便利な人です」


 それは、あまりにもストレートな台詞だった。

 ロータス様と僕は沈黙する。無言の時間がしばらく続いたあと、ロータス様が僕の肩を叩いてきた。


「なあ、トート。もしかして、モンスター編纂事業とやらは、いつもこの調子なのか?」

「はい」


「お前も大変だな」

「ええ、かなり」


 ロータス様は、よっこらせと立ち上がる。


「仕方がない。行くとするか」

「お願いします」


 僕は、ロータス様に頭を下げた。そして、僕とカチューシャ姫とロータス様は、馬車に乗り、ふたたびモンスター博物館に引き返した。


  ◇ ◇ ◇


 ランタンに火を灯し、地下書庫へと足を踏み入れる。天井までは五メートル以上ある。通路の壁には本棚があり、びっしりと本が詰まっている。地下一階の半ばまでの地図はあるが、その先は未探索だ。地下書庫は、迷宮のような場所になっている。

 僕とカチューシャ姫とロータス様は、迷わないように糸玉の端を入り口の柱にくくりつけ、闇の中を歩きだした。


「うむ。この雰囲気は懐かしい」


 ロータス様は、周囲を見ながら声を漏らす。


「いったい、どんなシチュエーションでこの場所に来たのですか?」


 記憶が定かではないと言ったロータス様に、僕は尋ねる。


「思い出してきたぞ。初代モンスター事典編纂事業の時だ。プリニウスに頼まれてな。捕まえたモンスターや、集めた文献を納めるための場所を用意してくれと頼まれたんだ。だが、王都にはそんなスペースはない。そこで、トンネルを作ったんだ。異次元に続くな。その結果できたのが、この巨大地下空洞世界というわけだ。

 あの当時は、そういった魔法研究が流行っていたのだよ。だから、王都には、この場所以外にも、そういった地下迷宮がいくつか存在しているぞ」


 僕は、目を白黒とさせながら考える。今の短い話の中に、ものすごく多数の疑問点があった。ロータス様は、初代モンスター事典編纂事業に関わっていたのか? この世界から、他の世界にトンネルを作り、地下空間を作ることができるのか? その地下空間は、どこにあるのか? 王都の地下は、いったいどうなっているのか?

 僕は、そういった謎の中から、最初に頭に浮かんだものについて、ロータス様に尋ねた。


「プリニウスさんって、今から二千年近く前の人ですよね。僕の世界では、西暦七九年に死んだことになっていますから」

「いや、もっと最近の出来事だったはずだぞ。そもそも、こちらの世界と、トートの世界は、同じ時間軸に乗ってはいないからな」


「えっ? もしかして、浦島太郎的に、時間の流れの速さが違うのですか?」


 僕は驚いて、ロータス様に尋ねる。


「いや、そういうわけではない。この世界の現在の時間から、トートが来た瞬間の時間にもアクセスできるし、その十年前、百年前の時間にもアクセスできる。とはいえ、それは狙ってできるわけではないがな。向こうとの共振現象に、次元の海の複雑な法則がからむからな。


 私が調べた限りでは、次元精神干渉で作られるトンネルは、ある一定の揺らぎがあるのだ。コアタイムとして、トートが生活していた近辺の時間に頻繁につながるようになっている。しかし、必ずしもその時間と場所につながるわけではない。頻度は低いが、異なる時間の、異なる場所につながることもあるんだ。


 そうでないとおかしいだろう。プリニウスがこちらに来た時にはもう、こちらの世界での貴族語は、トートの世界のニホン語になっていたわけだから。プリニウスが生まれたのが、トートが来た時間の二千年ほど前なら、ニホン語の形も、今とは違っていただろう。あるいは、ニホン国自体がなかった可能性もある。

 そのことについて、考えたことはなかったのか?」


 僕は混乱しながら、ロータス様の言葉の意味を、理解しようとする。言われてみればそのとおりだ。プリニウスさんが、僕と同じ時代のニホン語を習得したというのならば、それは明らかに時間の流れを無視した現象だと言える。

 この世界と、僕の世界は、同じ時間軸に乗っているわけではないのか。そういえば、たまたま手に入れたマンガ雑誌に載っていたマンガが、かなり先まで進んでいた。あれは、この世界と僕の世界の、時間の進行がリンクしていなかったせいなのか。


「ロータス師匠、トート。ごちゃごちゃと話をしているのはいいんだけど、目の前に階段が見えてきたわよ」


 カチューシャ姫が、進行方向を指差しながら告げる。そこには、下の階へと続く階段があった。僕とロータス様は、会話を打ち切る。そして、危険度が増すと言われている地下二階へと下りていった。


  ◇ ◇ ◇


 僕が、地下書庫の二階に足を踏み入れたのは、今回が初めてである。地下二階は、これまで地図を作ってきた地下一階とは、だいぶ趣が違っていた。

 鍾乳洞のような洞窟の合間に、本棚があり、そこに本が収まっている。本棚の割合が減り、ダンジョンの割合が増している。そういった景色の中、僕はカチューシャ姫とロータス様と一緒に歩いていく。


 ゴツン。

 何かに足がぶつかった。視線を向けると、そこには戦士の石像があった。その姿を見て、ロータス様がぼそりと言う。


「石化された人間だな」


 戦士の石像は、恐怖の顔を浮かべている。その表情の生々しさに、僕は肝を冷やす。


「あの、ロータス様。そろそろトラッキング・ゴルゴンの生息地に入ると思いますので、何か対抗策を準備してくれないでしょうか?」


 僕は、石像になるのは嫌だったので、魔法の大先生であるロータス様にお願いする。


「仕方がないのう。いちおう用意してきたぞ。ミラー・グラスだ」


 それは魔法でも何でもなく、レンズの内側部分が鏡になった眼鏡だった。僕とカチューシャ姫は、ミラー・グラスをかける。当然のごとく、前が見えない。鏡の端に、背後の様子が見えるだけだ。


「あの、ロータス様。前が見えないのですが」

「トラッキング・ゴルゴン対策だ。奴は、背後から追いかけてくるからな」


 なるほど。正面からやって来ないから、前方の視界はいらないということか。


「ロータス様は?」

「私の魔力を持ってすれば、あんなちんけなモンスターに、石化されるはずがないだろう」


 ロータス様は、得意げな様子で胸を張る。

 その時である。ミラー・グラスの視界に、人の姿が見えた。その髪はヘビになっており、口にはイノシシの牙があった。トラッキング・ゴルゴンだ。その目が一瞬光った。そして、クラウチングスタートの構えを取ったあと、僕たちに向けて、猛然と駆けだした。


「げえっ!」


 迫り来るトラッキング・ゴルゴンの姿を見て、僕とカチューシャ姫は声を上げる。


「どうした?」


 ロータス様が、疑問の顔をして背後を見る。その瞬間、石になった。ちょっと待った~~~! あなた、自分は石化されないと、主張していたじゃないですか~~~~!


 トラッキング・ゴルゴンは、とても素晴らしいフォームで、僕たち目がけて走ってくる。足下に転がっている石像たちを、ハードル跳び競争のように飛び越えながら、ぐんぐんと近づいてくる。


「カチューシャ姫。とりあえず逃げましょう!」

「分かったわ」


 僕たちは、慌てて走りだそうとする。そして、派手な音を立てて転んだ。

 考えてみれば当たり前だ。僕たちは、ロータス様からもらったミラー・グラスのせいで、前が見えない。足下がでこぼこしている地下洞窟の中で、ダッシュで逃げられるはずがない。


 頼みの綱の、ロータス様は石になっている。このままではやばい。ええい、ままよ! 僕は、持ってきた槍を後ろ手に構えて、突きだした。

 ぶすり。手応えがあった。やったか! そう思い、ミラー・グラス越しに様子を窺う。トラッキング・ゴルゴンの腹に、槍の穂先が刺さっていた。倒したか? しかし、敵は死んではいなかった。そして、トラッキング・ゴルゴンの顔は、滅茶苦茶怒っていた。


「ガルルルルルルルルルル!」


 怒りの咆吼が地下迷宮に響く。ひいいいいいい。僕は、恐れおののき、身震いする。虎の尾を踏んでしまったか? あるいは、眠れる獅子を起こしてしまったか。僕は、背後にしかない視界で、必死に逃げ場を探す。


「火炎球!」


 カチューシャ姫の声が響く。トラッキング・ゴルゴンの頭部が、ぱっと燃え上がった。トラッキング・ゴルゴンは、両手で顔を覆い、絶叫する。そのせいで、石化能力を持つ目が、完全に隠れてしまった。

 今だ! 僕は、この瞬間しかチャンスがないと判断する。そして、ミラー・グラスを顔から外し、槍を引き抜いて構え、敵の首筋に打ちこんだ。


 穂先が、ざっくりと首に食い込む。しかし、切断するところまではいかなかった。修行の成果は出ているものの、まだ一撃で首を落とせるほどの練度には、達していないようだ。


 トラッキング・ゴルゴンの手が動く。目を覆っていた手が解放されて、僕に視線を向けようとする。

 やばい! そう思った瞬間、敵の首が胴体から離れた。カチューシャ姫だ。敵が僕に気を取られている隙に、背後に回り込んだのだ。カチューシャ姫は、白銀の剣を閃かせて、トラッキング・ゴルゴンの首を切り落としていた。


 カチューシャ姫は、持ってきた麻袋に、素早く首を入れて口を縛る。これで、トラッキング・ゴルゴンの石化能力は、完全に封じられた。


「やりましたね。カチューシャ姫」

「うん。トートのおかげよ」


 珍しく褒められた。僕は有頂天になる。しばらく、勝利を二人で喜んだあと、僕とカチューシャ姫は、ロータス様のもとに歩いていった。

 先ほどまで石化していたロータス様は、徐々に元の姿に戻っていた。そして、完全に石化前の状態になった。


「石化が解けたのですか?」


 僕は、ロータス様に尋ねる。自信満々だったくせに、簡単に石になってしまったロータス様。そのロータス様は、得意げな顔で語りだした。


「石化が解けたのではない。時間が巻き戻ったのだ。私の肉体や精神に、継続的生存が困難な事態が発生した場合、私の周囲の時間が、自動的に巻き戻る魔法をかけているのだよ。そのおかげで、私自身は不死ではないが、限りなく不死で無敵な状態になっているのだよ」


「つまり、石化されてやられたから、時間が巻き戻ったのですか?」

「ふっ、私の魔法の力を持ってすれば、あんなちんけなモンスターに、石化されるはずがないのだ!」


 いや、石化されていましたけど。僕は、突っこみたいのを我慢して、カチューシャ姫とロータス様と一緒に、地上へと向かった。


  ◇ ◇ ◇


 それから三日ほどかけて、僕はモンスター事典のトラッキング・ゴルゴンの項を執筆した。

 いやあ、しかし、今回は、僕は大活躍だったなあ。カチューシャ姫にも褒められたしなあ。僕は、にやにや笑いを浮かべながら、原稿を書き上げた。そして、宮殿のカチューシャ姫の部屋に向かった。


「姫様、原稿ができました!」


 僕は、元気よく告げながら、部屋に飛びこむ。部屋の中央にある机の上には、謎の金属製の箱が置いてあった。


「何ですかこれは?」

「トラッキング・ゴルゴンの生首を入れた箱よ。いざという時に、利用できそうでしょう」


「へー、どんな風に入っているんですか?」

「開けちゃ駄目!」


 その直後、僕の中で時間が飛んだ。気づくと、不満そうなロータス様と、疲れ切った顔をしたカチューシャ姫が目の前にいた。


「あの、どうしたんですか姫様?」

「トートが石化して、ロータス師匠に戻してもらったの」


 どうやら僕は、トラッキング・ゴルゴンの目を見て、石になっていたらしい。今回は、ひどい目に遭わずに済んだと思っていたけど、自分で墓穴を掘ってしまうとは。

 僕は、カチューシャ姫と、ロータス様にお礼を言った。ロータス様は、僕を三日間借り出して、BLマンガのべた塗りの仕事をさせた。


『第17話』終わり


→カチューシャ姫からの親愛度

  直前:54ポイント

  変動:+8ポイント

  現在:62ポイント


→ロータス様からの親愛度

  直前:10ポイント

  変動:+7ポイント

  現在:17ポイント


 トートは、実力を上げてきているようです。しかし、今回は詰めが甘かった。


 というわけで、ロータス様による世界語りが、徐々に進行しています。


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