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第16話「ヘル・ファイア・トータス」(カチューシャ姫)

 バルダント王国の首都バルト。その街は三重の壁に囲まれている。その壁に囲まれた街の一番内側は王城で、その次は王侯貴族の住む内都、そして一番外側は、平民たちの暮らす外都である。


 僕、中学生の遠野桐士郎――この世界では『モンスター鑑定士トート』――は、内都の『モンスター博物館』で館長をしている。なぜならば、この世界に僕をドロップさせたカチューシャ姫が、自身の政略結婚を防ぐために『モンスター事典編纂事業』を立ち上げたからだ。

 カチューシャ姫の可憐な容姿に惚れた僕は、姫様と一緒にモンスターを倒しながら、事典を作ることになった。いや本当は、カチューシャ姫に、不死化隷属の魔法をかけられたので、逆らえないだけなのですが……。

 というわけで、今日もカチューシャ姫の無茶振りが始まるのだった。


  ◇ ◇ ◇


 今日はモンスター博物館を訪れる人が多いな。

 僕とカチューシャ姫が、モンスター事典編纂事業を始めて、それなりの時間が経った。その活動は、貴族を中心に、徐々に知られるようになってきており、この博物館を訪れる人も、少しずつだけど多くなってきている。その来館者の多くは、霊幻灯機による、モンスターの映像を見るのが目的だ。いわば遊園地的なアトラクションとして、この博物館を楽しんでいるわけだ。


 僕は、館長室から出て、館内をぶらつく。そこかしこで悲鳴が上がっている。霊幻灯機によるモンスターの再生は、肉体的な接触がないとはいえ、本物そっくりの映像と音を蘇らせる。初めて見れば、肝を冷やすこと請け合いだ。


「何度も来たいと思うように、展示品を入れ替えた方がいいかな。それとも、企画展を開いた方がよいかな」


 このモンスター博物館を一般に開放している目的は、カチューシャ姫のモンスター事典編纂事業の存在を、広く知らしめるためだ。そして、その究極目標は、カチューシャ姫の政略結婚を防ぐことだ。だから、この事業のことを高く買ってくれる、味方を増やすことが大切なのだ。


 そんなことを考えながら、廊下をぶらぶらと歩いていると、正面から、たたたたたと駆けてくるカチューシャ姫の姿が目に入った。姫様は、いつものように、純白のひらひらした服を着ている。そして、相変わらずの可愛さで、僕のもとに突進してくる。


 カチューシャ姫は、美しく長い金髪に、大きな青い目の美少女だ。すらりとした肢体に、小振りな胸で、身長は同年代の僕と同じぐらい。華奢な体から可憐に見えるけど、剣の腕は立つし、魔法も使えるおてんばさんだ。そして、僕を振り回すご主人様でもある。


「トート。新しいモンスターの情報が手に入ったわ!」


 姫様は、僕の前に立ち、興奮気味に言う。


「今日は、どんなモンスターなんですか?」


 僕は、館長の威厳を保ちながら尋ねる。


「ヘル・ファイア・トータスよ。出現場所周辺の住人たちを、地獄の業火で焼きまくっているそうよ」


 ぶっ! 地獄の業火ですか。そんな恐ろしいカメと対峙するのは、さすがに嫌だ。僕はそっと視線をそらす。


「カチューシャ姫。もう少し難易度の低いモンスターを、探索に行きませんか?」

「大丈夫よ。トータスって、カメでしょう。いいじゃない。のんびりしてそうで」


「いや、ヘル・ファイアの方に注目しましょうよ! 地獄の業火ですよ!!」

「でも、カメよ。楽勝じゃない?」


 カチューシャ姫は、カメにこだわって、ヘル・ファイアをないがしろにする。僕は、姫様を連れて館長室に行く。そして、カメがもしかしたら恐ろしい動物かもしれないという期待をこめて、棚から『カメのひみつ』という本を抜き出して読み始める。


「カメは、胴体が堅牢な甲羅に覆われた動物。は虫類。水陸問わず世界中に分布しており、二億数千万年前から存在している。

 大型種のオサガメなどでは、甲長一・二から一・八メートル、体重九百キロ以上におよぶ。絶滅種では、甲長が二メートルを超え、全長四メートル、体重二トンにもおよぶアーケロンや、スチュペンデミスなどがいる。

 陸上または淡水に住むカメをトータス、ウミガメをタートルと呼ぶ」


 甲羅に包まれており、大型種もいることが分かった。しかし、特に危険だという記述はない。


「ほら、大丈夫そうでしょう」


 カチューシャ姫は、自信に溢れた顔で言う。大丈夫なのだろうか? 僕は、ヘル・ファイアが、気になって仕方がない。


「あの、もう少し事前に情報を集めてから、行くか行かないかを決めても、いいんじゃないでしょうか?」

「行きたくないの?」


 カチューシャ姫は、不満そうに言う。


「いや、行く気は満々なのですが、博物館の仕事もそれなりに忙しくなってきておりますし」


 僕は、地獄の業火が怖くて、必死に言い訳をする。


「不死化隷属の魔法を忘れたの?」


 カチューシャ姫は、僕をじっと見て言う。逆らうと僕が死ぬ。カチューシャ姫が死んでも、僕は死ぬ。僕は、渋い顔をしたあと、にっこりと笑みを浮かべた。


「姫様。喜んで、お供させていただきます」


 僕は、額に汗を浮かべながら、ああ、地獄の業火が待っている、と嘆き悲しんだ。


  ◇ ◇ ◇


 ヘル・ファイア・トータスが現れたのは、王国の山岳地帯だそうだ。僕とカチューシャ姫は、馬車に揺られて、二日ほどかけて、その場所まで移動した。

 山は砂礫に覆われており、ところどころにサボテンなどの多肉植物が生えている。水の少ない場所なのだ。僕は周囲を見渡して、そのことを知る。


 ヘル・ファイア・トータスに襲われた集落に着いた。中央には井戸がある。その井戸の周りを、石壁の家が囲んでいる。

 僕たちは、住人にヘル・ファイア・トータスのことを尋ねる。どうやら、近くのヘル・バレーと呼ばれる谷からやって来るらしい。死の谷か。僕は、恐怖で身を震わせながら、カチューシャ姫に従い、その谷に向かった。


「ここね」


 カチューシャ姫が、嬉しそうに言った。

 馬車を降りた僕たちは、周囲を窺う。植物は生えておらず、白骨化した動物の死体が、転がっている。何だか、他の場所よりも温度が高いような気がする。谷には、大きな岩が多数あり、これが地獄の光景なのかと僕は思った。


「ヘル・ファイア・トータスは、どこですかね?」

「とりあえずトートが谷を歩いて、おびき出すという作戦はどうかしら?」


 カチューシャ姫は、真面目な顔をして言う。


「えー、姫様。地獄の業火のカメですよ。不死の僕でも、生きたまま地獄送りになるかもしれませんよ」

「大丈夫よ、根拠はないけど。カメの歩みの遅さなら、走って逃げられるわよ」


 そうですか。根拠はないですか。僕は、ため息を吐きながら、谷の奥へと歩きだす。


 しばらく進んだところで、周囲の岩が動き始めた。地震かな? でも足下は揺れていない。どういうことかと思い、岩を観察する。岩から、足が出てきた。そして、地面から浮かび上がった。

 擬態? その言葉が頭に浮かぶ。


 岩状の甲羅に、胴体を守られたカメなのか? 僕は、そのモンスターを観察する。甲羅の長さと高さは、二メートルほどある。僕は、いつもの武器、槍を構えて様子を窺う。素人でも使いこなせて、敵と距離を取ることができる素敵な武器だ。


 四本の足が出てきたあと、尻尾と顔が出てきた。その顔を見て、僕は息を呑む。口から、ちらちらと炎が出ている。どういった仕組みで、炎が発生しているのかは分からない。怪獣によくある火炎袋的何かを、体内に持っているのだろうか? あるいは口の中が地獄につながっているのかもしれない。


 僕はいつの間にか、ヘル・ファイア・トータスに囲まれていた。その数は六体。僕は槍を握り、どのカメに穂先を向ければよいのか分からず、おろおろとする。一体を威嚇したら、五体がおろそかになる。こんなことなら、槍を六本持ってくればよかった。それに、腕があともう四本必要だ。僕は、自分の準備のつたなさを嘆く。


「カチューシャ姫。僕が敵を引きつけているあいだに、何とかしてください!」


 僕は、健気に訴える。


「数が多いわね。どれから倒そうかしら」

「どれでもいいですから、数を減らしてください!」


 のんびりしているカチューシャ姫に、迅速に動いてくれるように訴える。

 カチューシャ姫は、黄金の杖と白銀の剣を構えて、一番近くにいるヘル・ファイア・トータスに向かう。

 剣で切りつけた。硬い甲羅で弾かれる。杖から火炎球を放った。炎に慣れたカメは、涼しい顔で、カチューシャ姫の方を見る。


「トート、駄目みたい」


 僕を囲んでいた六体のカメは、すべてカチューシャ姫へと体の向きを変える。どうやら、先に倒すべきは、姫様だと判断したようだ。

 僕は、背筋をぞくりとさせる。不死化隷属の魔法。カチューシャ姫に逆らうと僕が死ぬ。姫様が死んでも、僕は死ぬ。つまり、ヘル・ファイア・トータスに、姫様を攻撃させてはならない。

 僕は、一体のカメの首に槍を突き立てる。悲鳴が上がり、穴の空いたガス管のように、首から炎が噴き出して、僕の体を焼いた。


「熱い、熱い!」


 転がって体の火を消したあと、僕はカチューシャ姫に声をかける。


「甲羅以外は、僕でも傷つけられる程度の柔らかさです。ただし、頭部以外を狙ってください。炎が噴き出して、自分がダメージを受けますから!」

「分かったわ」


 カチューシャ姫は素早く動き、ヘル・ファイア・トータスの足を、白銀の剣で切断していく。作戦は成功した。僕は、珍しくモンスター鑑定士らしい仕事をした。敵の弱点を見抜いて、主人である姫様に伝えることができたのだ。


  ◇ ◇ ◇


 帰宅後三日ほどかけて、僕はモンスター事典のヘル・ファイア・トータスの項を執筆した。岩状の甲羅。口から炎。甲羅以外は柔らかい。乾燥した谷に住んでいる。

 完成したあと、いつものように僕は、宮殿のカチューシャ姫の部屋に向かった。


「姫様。原稿ができました!」


 部屋には、巨大なカメの甲羅があった。どうやら、ヘル・ファイア・トータスのものらしい。しかし、その甲羅は岩状ではなかった。とても美しい、虹のような七色をしていた。


「あの、これは、どうなっているんですか?」

「ヘル・ファイア・トータスの甲羅は、本来はこういった美しい色をしているみたいなの。その甲羅に、周囲の砂や石を貼りつけて、景色に溶けこむような擬態をしているのね。これ、事典に書くべき、大切なことよね? トート、きちんと書いている」


 カチューシャ姫は、僕の目をじっと見て言った。


「え、あの、書いていません。ヘル・ファイア・トータスの甲羅は、生まれた時から岩状だと思っていました」

「じゃあ、書き直し」


 う、う、うわああん。僕は、三日かけて書いた原稿を持ち帰り、ふたたび机に向かった。ヘル・ファイア・トータスの項は、最終的に、いつもの二倍の執筆時間がかかった。あまりに長い作業時間に、僕はへろへろになってしまった。


『第16話』終わり


→カチューシャ姫からの親愛度

  直前:52ポイント

  変動:+2ポイント

  現在:54ポイント


 今回は珍しく、モンスターについて、きちんと調べて事典を書いたトートとカチューシャ姫でした。


 というわけで、地道な研究(というか無謀な探索)の積み重ねで、モンスター事典のページも、徐々に増えています。


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