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第14話「ストロボ・ベリー」(バレッタさん)

 バルダント王国の首都バルト。その街は三重の壁に囲まれている。その壁に囲まれた街の一番内側は王城で、その次は王侯貴族の住む内都、そして一番外側は、平民たちの暮らす外都である。


 僕、中学生の遠野桐士郎――この世界では『モンスター鑑定士トート』――は、内都の『モンスター博物館』で館長をしている。なぜならば、この世界に僕をドロップさせたカチューシャ姫が、自身の政略結婚を防ぐために『モンスター事典編纂事業』を立ち上げたからだ。

 カチューシャ姫の可憐な容姿に惚れた僕は、姫様と一緒にモンスターを倒しながら、事典を作ることになった。いや本当は、カチューシャ姫に、不死化隷属の魔法をかけられたので、逆らえないだけなのですが……。

 というわけで、今日もカチューシャ姫の無茶振りが始まるのだった。


  ◇ ◇ ◇


 モンスター博物館の館長室。その場所で僕は、地図を広げている。少しずつ調査している巨大な地下書庫。地図は、その探索結果を書き起こしたものだ。

 この地下書庫は、奥に行けばいくほど、強いモンスターがいるらしい。僕の実力では、まだ最初の階をうろつくぐらいしかできないのだけど、いずれ地図を完成させたいと思っている。


「うーん。どれぐらい強くなったら、地下書庫の全制覇ができるんだろうなあ。少なくとも、基礎体力をつけて、キリカさんから習っている武術の腕を上げないといけないよな。そうすれば不死だから、けっこういいところまで行けると思うんだけど」


 地図には、まだ空白部分が多い。完全に埋まっているのは、地下一階の半分ぐらいだ。ダンジョンのマッピングのような、地道な作業はけっこう燃える。僕は、暇を見つけて、アタックを続けようと思った。


「トート。新しいモンスターの情報が手に入ったわ!」


 館長室の扉が勢いよく開き、いつもの調子でカチューシャ姫が入ってきた。純白のひらひらの服が目に心地よい。カチューシャ姫は、相変わらずの可愛さで、僕は心を弾ませる。

 カチューシャ姫は、美しく長い金髪に、大きな青い目の美少女だ。すらりとした肢体に、小振りな胸で、身長は同年代の僕と同じぐらいである。華奢な体から可憐に見えるけど、剣の腕は立つし、魔法も使えるおてんばさんだ。そして、僕を振り回すご主人様でもある。


「今日は、どんなモンスターなんですか?」


 強そうなモンスターだったら嫌だなあと思いながら、僕は尋ねる。


「ストロボ・ベリーというモンスターよ。外都に住む成金富豪、ゴールデン・ゴールド・ゴルダー、通称スリージーが購入して、屋敷に搬入したそうよ」


 ああ、あの人か。以前、屋敷に侵入したことがある。そう思ったあと、どんなモンスターなのだろうと、僕は考える。

 ストロボで、ベリー。どんな姿か想像がつかない。僕は、少しでも事前情報を得ておこうと思い、『ストロボのひみつ』という本を、本棚から取り出す。


「ストロボとは、写真撮影の際に使う閃光装置。ガラス管に封入したキセノンガスを発光させて、光源とする。光の波長の分布は、太陽光に近い」


 さらに、『ベリーのひみつ』という本も探して確認する。


「狭義にはキイチゴ類の総称。広義には水分の多い果実の総称。液果」


 光を発する装置に、キイチゴ類。その言葉を組み合わせたモンスターがどのようなものなのか、僕には想像がつかなかった。カチューシャ姫をちらりと見る。姫様も同じようだ。イメージが湧かないのだろう。困った顔をしている。僕たちは、向かい合い、しばらく沈黙した。


「カチューシャ姫。敵は途方もない能力を持っているかもしれません。今回は諦めましょう」

「トート。スリージーの屋敷に侵入して、ストロボ・ベリーと対峙するには、どうすればいいと思う?」


 どうやら、僕とカチューシャ姫では、悩んでいることが違っていたようだ。

 予想もつかない相手を調べる際、カチューシャ姫が真っ先に思いつく作戦は、とりあえず僕を突っこませるだ。僕の未来には、惨事が待っている。僕は絶望に打ちひしがれる。

 そんな暗い顔の僕をよそに、カチューシャ姫は、表情をぱっと明るくする。


「そうだ。バレッタ姉さんを呼びましょう。広場の掲示板に、XYZと書くのよ」

「あの……」


 僕は、危険を回避しようと思い、カチューシャ姫に声をかける。バレッタさんが関わると、さらにひどい目に遭いそうな気がする。


「不死化隷属の魔法を忘れたの?」


 カチューシャ姫は、にこやかに言う。逆らうと僕が死ぬ。カチューシャ姫が死んでも、僕は死ぬ。


「姫様。喜んで、お供させていただきます」


 僕とカチューシャ姫は、馬車に乗りこみ、外都の広場に向かった。


  ◇ ◇ ◇


 広場の掲示板に、チョークでXYZと書きこんで二時間後。僕とカチューシャ姫は、モンスター博物館の館長室で、『パズー&ドラッカー』いうカードゲームをしていた。そうすると、突然窓が開き、強い風が吹きこんできた。


 僕とカチューシャ姫は、窓に顔を向ける。十八歳ぐらいの、やたら露出の多い、金髪のおっぱいお姉さんが、窓枠に腰かけていた。


「おーい、カチューシャ、来てやったぞ」

「ありがとう、バレッタ姉さん!」


 バレッタさんは、ちらり僕を見て、投げキッスをよこしてきた。バレッタさんは胸が半分露わになった革製の服を着ている。髪は、カチューシャ姫と同じように豊かな金髪で、脇の辺りの長さに切りそろえてある。目は青で、顔は人目を引く美しさを持っている。そして、声はとろけそうなほど甘く、セクシーだった。


「それで、今日は、どんな用だ?」

「スリージーの屋敷にある、ストロボ・ベリーというモンスターを調査したいの」


「そうか。一緒に盗みに行くか?」


「ちょっと、待ってください! 盗まずに、普通にお願いして、調べさせてもらうのは駄目なんですか?」


 僕は、盗むこと前提のバレッタさんに、突っこみを入れる。すると、バレッタさんは僕の横にやって来て、軽く抱きついてきた。


「いいか、トート。誰かの恋人を自由にしたい時、『ちょっと貸してください。あとで返しますから』と言うか? 言わないだろう。そこは、がっつり奪って、組み伏せる。そして、自分のものだと主張する。

 モンスターも同じだ。『ちょっと貸してください、どれぐらい強いか戦ってみますから』なんて、生ぬるい話はしないわけだ。

 奪って、生死を賭けて戦闘する。そもそも、カチューシャの作っているモンスター事典は、いざという時に、どうやって被害を防ぎ、倒すことができるかを記録するためのものだろう? 観察日誌をつけるわけじゃないんだから、殺し合いは必須だろう」


 うっ、痛いところを突いてきた。確かにそうだ。モンスター事典は、そういった用途を想定したものだ。借りて、観察して、返すというものではない。でも、たまには、そういったことをしてもよいのではと、僕は思う。


「そうと決まれば、侵入アンド強奪を実行するぞ! 日時は明日の深夜。大丈夫だ。安心しろ。怪盗キャッツ・パイらしく、予告状を出しておいてやる。これで、警戒は厳重だ。破るのが楽しいぞ!」

「やめてください! ただでさえ危ない橋を渡るんですから、これ以上危険な状態にしないでください」


「橋は、細ければ細いほど、スリルがあってよい。さあ、作戦決行だ!」


 バレッタさんは窓へと駆けて、そのまま外に消えてしまった。


  ◇ ◇ ◇


 翌日の夜。僕はカチューシャ姫とともに、こっそりと内都を出て、外都に足を踏み入れた。

 深夜である。周囲は寝静まっている。その時間帯であるのにも関わらず、スリージーの屋敷の明かりは、こうこうと点いていた。予告状を出したせいだ。そのことが、一目で分かる警戒状態だった。


「よし、近くの屋敷の屋根にのぼるぞ。そこからスリージーの屋敷の屋根に移動して、中に侵入する」


 屋敷近くの細い路地。その暗がりで、忍者のような黒装束と覆面に身を包んだバレッタさんが言った。

 バレッタさんは、かぎ爪のついたロープを持っている。腰の背中側には、刃渡りが三十センチほどのナイフを、鞘に入れた状態でくくりつけてある。そして、背中にはリュックサックを背負っている。


 カチューシャ姫は、黄金の杖と白銀の剣に、布製のカバーをかけている。そして、いつもとは違い、黒いコートを羽織って、マスクをしている。

 僕は、いつものように槍を持ち、服装は普段着のままである。普段から地味な格好をしているので、特に目立つことはない。そして、目の穴を空けた袋を、マスク代わりに頭に被っている。


 バレッタさんは、かぎ爪のついたロープを頭上に投げる。かぎ爪は屋根に引っかかる。バレッタさんは、するするとのぼっていった。

 カチューシャ姫、僕と続く。屋根の上では、外都の様子が見渡せた。視線の先には、周囲から高い位置にあるスリージーの屋敷が見える。


「よし、あの屋根の上に行くぞ」


 バレッタさんの先導で、僕たちはスリージーの屋敷の屋根までやって来た。


「ここから、どうやって中に入るんですか?」


 屋根には出入り口はない。バレッタさんは、背中のリュックサックから、ノコギリを取り出した。


「道がなければ、切り開けばいい。人生とは、そうやって未来を開拓していくものだ」

「あの、それは、こういった場合に使う台詞じゃないと思うのですが。それに、これは、ただの犯罪ですよ」


「心配するな。トート。お前も立派な犯罪者の一味だ」


 そうでした。バレッタさんと一緒にいるということは、そういうことでしだ。僕はがっくりとしながら、バレッタさんに従った。


  ◇ ◇ ◇


 屋根から侵入して、警備の人間を巧みに避け、ストロボ・ベリーが納められているという宝物部屋にたどり着いた。

 大きな鳥かごのようなケースには、ビロードの覆いがかけてある。この中に、目指すストロボ・ベリーがあるようだ。


「よし。目指す場所まで連れてきたからな。私は、この部屋の、他のお宝を物色している」


 バレッタさんは、僕たちに背中を向けて、壁際の荷物を漁り始めた。


「じゃあ、行きますか、カチューシャ姫」

「うん」


 僕と姫様は、二人で鳥かごに近づいていく。そして、僕が一歩前に出て、ビロードの覆いを取った。

 その瞬間である。目をつぶすほどの強烈な光が、鳥かごの中で閃いた。僕の視界は真っ白になり、目に強烈な痛みが走った。


「目が! 目が!」


 僕とカチューシャ姫は、鳥かごの前で転がる。かごの中に、鉢とキイチゴのようなものが一瞬見えたけど、閃光のせいで、それ以上は分からなかった。


「わははは、かかったな。何度も怪盗キャッツ・パイにお宝を盗まれているからな。侵入者を倒すためのトラップとして、ストロボ・ベリーを手に入れたのだよ!」


 扉が開く音が聞こえ、壮年男性の声が響いてきた。スリージーの声だ。僕は、まだよく見えない目で、入り口の辺りを探ろうとする。太ったシルエットが見える。その背後には、兵士たちが控えているようだ。このままでは、僕もカチューシャ姫も捕まってしまう。


 スリージーが部屋に一歩踏みこんできた。その瞬間、誰かがその横に立った。そして、スリージーの腕を取り、逆手にねじ上げた。


「はい、みんな下がって、下がって。人質が死んじゃうよ~~」


 バレッタさんの声だ。スリージーの喉に、ナイフを当てている。


「げえっ、怪盗キャッツ・パイ! ストロボ・ベリーのフラッシュで目をやられたんじゃないのか?」

「事前に、情報を入手していたからな。背を向けて、棚を物色していたんだよ」


「え~~~~~! 知っていたなら、教えてくださいよ!!!」


 僕は、思わず絶叫した。その僕の肩を、カチューシャ姫が叩く。


「チャンスよ。ストロボ・ベリーを持ち帰るわよ」


 僕はうなずき、鳥かごを手にして、バレッタさんの背後に従った。

 僕たちは、スリージーを人質にして屋敷を出る。そして、路地裏で彼を解放して、一目散に逃げ出した。


  ◇ ◇ ◇


 盗んだストロボ・ベリーは、モンスター博物館の地下書庫に隠すことになった。僕は、その地下の場所に、三日間こもり、ストロボ・ベリーを観察しながら、モンスター事典のストロボ・ベリーの項を執筆した。

 もしかして、この場所に、モンスターがちらほらといるのは、こうやって持ちこまれたからではないだろうか? このモンスター博物館は、僕がこの世界に来る前からある。初代モンスター鑑定士の遺物も多い。僕は、地下書庫の全貌を思い描きながら、原稿を書き上げた。


 僕が一息吐いていると、カチューシャ姫が地下書庫にやって来た。


「トート、できた?」

「できましたよ。ばっちりです」


「ストロボ・ベリーは?」

「ここにあります。毒を持った植物が、毒で身を守るように、ストロボ・ベリーは、光で身を守るんです」


 僕は、姫様に、ストロボ・ベリーの生態を説明する。


「光を放つ条件は?」

「葉っぱが激しく動くと、発光します」


「でも、私たちがスリージーの屋敷で、覆いを取った時は、葉っぱに触れなかったはずよ?」

「ビロードの覆いに、糸がついていたんです。その糸が葉っぱに結びつけてあったわけです」


「あっ、なるほど」


 スリージーがトラップと言っていたのは、そのせいなのだ。彼は、なかなか上手い仕掛けを用意していた。惜しむらくは、その情報の一部が漏れていたことと、僕たちが複数人で侵入していたことだ。


 カチューシャ姫は、ストロボ・ベリーの間近まで顔を近づける。


「あ、駄目です! 顔をそんなに近づけたら」

「えっ? ……は、は、はくしょんっ!」


 カチューシャ姫のくしゃみとともに、まばゆい光が地下書庫に閃いた。


「目が~! 目が~!」


 ストロボ・ベリーは、くしゃみを誘う花粉を周囲に漂わせているのだ。その花粉で動物にくしゃみをさせて、葉を震わせて、光を放つのだ。

 僕とカチューシャ姫は、目の痛みが治まるまで、暗闇の中で、仲よく悶絶し続けた。


『第14話』終わり


→カチューシャ姫からの親愛度

  直前:49ポイント

  変動:+3ポイント

  現在:52ポイント


→バレッタさんからの親愛度

  直前: 1ポイント

  変動:+1ポイント

  現在: 2ポイント


 今回は、トートとカチューシャ姫は、仲よくひどい目に遭う回でした。


 そして、何気に常連化しつつあるスリージーさん。成金商人は、また出てきそうな勢いです。


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