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第12話「グール・ビューティー」(メイプルさん)

 バルダント王国の首都バルト。その街は三重の壁に囲まれている。その壁に囲まれた街の一番内側は王城で、その次は王侯貴族の住む内都、そして一番外側は、平民たちの暮らす外都である。


 僕、中学生の遠野桐士郎――この世界では『モンスター鑑定士トート』――は、内都の『モンスター博物館』で館長をしている。なぜならば、この世界に僕をドロップさせたカチューシャ姫が、自身の政略結婚を防ぐために『モンスター事典編纂事業』を立ち上げたからだ。

 カチューシャ姫の可憐な容姿に惚れた僕は、姫様と一緒にモンスターを倒しながら、事典を作ることになった。いや本当は、カチューシャ姫に、不死化隷属の魔法をかけられたので、逆らえないだけなのですが……。

 というわけで、今日もカチューシャ姫の無茶振りが始まるのだった。


  ◇ ◇ ◇


「あの、メイプルさん。なぜ、僕の部屋に、あなたはいるのでしょうか?」


 モンスター博物館の館長室で、僕は目の前の女性に尋ねた。

 メイプルさんは、僕よりも少し年上の司教さんだ。王立国教会のリーサル・ウェポンと呼ばれており、強大な神聖魔法の力を持っている。

 そんなメイプルさんは、司教の制服である青地に金糸の貫頭衣を着ている。メイプルさんは、目も髪も青い。その青色の直毛の髪を、腰の辺りまで伸ばしている。前髪はきれいに切りそろえてあり、顔は少し可愛らしさの入った美人顔だ。ネコというよりはイヌ。そういった、印象を与える女性である。


「あの、何か用がなければ、トートさんのもとに来てはいけないですか?」

「そんなことはないのですが、司教の仕事が、お忙しいのではないですか?」


「それは、素早く済ませてきました」


 そうなのだ。メイプルさんは、若いけれど大変優秀な方で、王立国教会のホープなのだ。そして国王の信任厚い方なのである。そんな人が、仕事の空き時間を作って、僕に会いに来てくれるのは非常にありがたい。だけど、そのことを素直に喜べない理由があるのだ。


「ねえ、トート。新しいモンスターの情報を手に入れたわよ~!」


 明るい声とともに、館長室の扉が開き、純白のひらひらの服をまとった、カチューシャ姫が駆けこんできた。

 カチューシャ姫は、美しく長い金髪に、大きな青い目の美少女だ。すらりとした肢体に、小振りな胸で、身長は同年代の僕と同じぐらい。華奢な体から可憐に見えるけど、剣の腕は立つし、魔法も使えるおてんばさんだ。そして、僕を振り回すご主人様でもある。


「げえっ、メイプル!」


 カチューシャ姫は、露骨に嫌な顔をして、メイプルさんを見た。メイプルさんは、しゃきっとした姿勢で、姫様にお辞儀をした。


「何の用なのよ?」


 姫様は、メイプルさんに尋ねる。


「何の用もなければ、来てはいけないのでしょうか?」

「当たり前じゃない。トートは私のものよ。私の隷属物よ」


 カチューシャ姫は、僕とメイプルさんのあいだに入り、自分の腰に手を当て、胸を張る。その様子を見て、メイプルさんは、さらに姿勢を正した。


「では、以前から、国王陛下に申しつけられている用を述べます。陛下の命により、結婚の説得に参りました」

「ぐぐぐ。トート、何でこんな奴を部屋に入れたのよ!」


 姫様は振り返り、僕に文句を言う。いえ、あの、この部屋の扉には、鍵がないのですよ。姫様がいつでも入れるように、鍵をつけるなと言いましたので。

 しかし、そんなことを、この場で言おうものなら、火に油を注ぎかねない。僕は、話をそらそうと思い、どんなモンスターの情報が手に入ったのか、カチューシャ姫に尋ねた。


「そうそう。それよ。そのために来たのよ。郊外の墓地で、グール・ビューティーと呼ばれる、謎のモンスターが出没しているらしいのよ」


 その名前を聞いて、僕は頭の上に無数のはてなを浮かべる。どういったモンスターなのか想像がつかない。クール・ビューティーではなく、グール・ビューティー? 僕は、その手がかりを探ろうとして、本棚から『グールのひみつ』という本を取り出す。


「グールは、アラビアの伝承に登場するモンスター。ジンの同類とされる。体色や姿を変えられ、旅人を襲ったり、死肉を食べたりする。

 雌雄があり、女性はグーラと呼ばれる。子を作り、社会を作る。元々は生きた人型生物を表す言葉だったが、のちの世に、アンデッド・モンスターの名前として用いられるようになる」


 僕は、その文章を見て考える。どうやら、単体のモンスターではなく、集団で活動する存在のようだ。そして、アンデッド・モンスターかどうかは、実際に確かめてみなければ分からない。

 僕はちらりと、カチューシャ姫を見る。やる気満々だ。しかし、相手がアンデッド・モンスターならば、姫様と僕のコンビでは太刀打ちできない可能性もある。


「姫様。敵は不死の存在かもしれません」

「そうね。モンスター事典に載せるのには、よさそうな相手ね」


「カチューシャ姫の、剣と魔法では、対抗できない恐れがあります」

「それは困るわね」


 不満そうに言うカチューシャ姫の声を聞いたあと、僕はメイプルさんに目を向けた。


「アンデッドだと、僕とカチューシャ姫には、手に負えませんね」

「あの、私が一緒に行きましょうか?」


 メイプルさんが一緒なら心強い。


「私は反対よ。メイプルなんかに頼るのは嫌よ!」

「でも、アンデッド・モンスターなら、メイプルさんの力が必要ですよ」


「ぐっ、ぐぐ」

「私、トートさんのためなら、がんばります!」


 メイプルさんは、両の拳を胸元に上げ、真面目な声で言う。メイプルさんは、真っ直ぐに僕を見ている。そんなメイプルさんの様子を見て、カチューシャ姫は怒りの声を発する。しかし最後には、しぶしぶ受け入れて、三人での探索が決定した。


  ◇ ◇ ◇


 馬車が、郊外の墓地に着いた。広大な土地に、畑の作物のように墓石が並んでいる。雑草は生えておらず、荒涼とした雰囲気になっている。墓場から瘴気でも立ちのぼっているのか、その一帯の空はどんよりと曇っていた。ああ、これはアンデッド・モンスターが出るな。僕は、そういった確信を抱く。


「グール・ビューティーはどこかしらね」


 モンスターに目がないカチューシャ姫が、周囲を見渡しながら言う。

 木も草も生えていない場所なので、墓石以外は遮るものはない。そういった場所なので、モンスターがいれば、すぐに発見できるはずだ。ここには目指すグール・ビューティーはいないのではないか? 僕はそう思った。


「今日は空振りでしたね。そういう日もありますよ。カチューシャ姫、帰りましょう」


 本当にモンスターが出て、戦闘に巻きこまれる前に、帰った方が得策だ。僕は、そう考えながらカチューシャ姫に声をかける。

 メイプルさんが、僕の服の端をつまんで引いてきた。


「何ですか、メイプルさん?」

「地下に気配がします」


 僕は足下を見る。そういえば、グールと言えば、地下に生息して死体を漁るという話を、読んだことがある。もしかして、この墓地のどこかに、地下への入り口があるのか? 疑問を持った瞬間、カチューシャ姫が喜びの声を上げた。


「あったわよ。地下への入り口!」


 墓石を押しのけると、そこには階段があった。


「どうして見つけられたのですか?」

「地面に、墓石を動かした跡があったの」


 なるほど、たいした観察眼だ。僕は感心したあと、メイプルさんに顔を向けた。


「下ります?」

「トートさんが下りるのならば」


 僕は、カチューシャ姫の顔を見る。


「下ります?」

「不死化隷属の魔法を忘れたの?」


 カチューシャ姫は、にこやかに言う。逆らうと僕が死ぬ。カチューシャ姫が死んでも、僕は死ぬ。


「姫様。喜んで、お供させていただきます」


 僕たちは、階段を下り始めた。


  ◇ ◇ ◇


 メイプルさんは光球を出して、頭上に浮かべた。その光のおかげで、地下道は明るく照らされている。どんなモンスターが出てくるのだろうかと、僕はどきどきしている。何だか、背筋がぞくぞくしてきたような気がする。


「グール・ビューティーって、どんなモンスターなんでしょうね?」


 僕は、緊張を紛らわせるために口を開く。


「美しいグールじゃないの?」


 カチューシャ姫は、黄金の杖と白銀の剣を持った姿で答える。


「美しいグールって、どんな感じですかね?」

「うーん。あんな感じじゃないの?」


 カチューシャ姫は、闇の向こうを指差す。そこには、イケメンと美女の集団が、さわやかな顔で、口から血を垂らしながら立っていた。


「げえっ!」


 僕は、思わず声を上げる。グール・ビューティーの集団は、笑みを浮かべているけど、目が死んでいる。ナイス・バディだけど、薄汚れている。何だ、このアンバランスな集団は。


「アンデッド・モンスターのようです!」


 メイプルさんが、表情を引き締めながら言う。


「トート! まずは、敵の戦力分析よ。突っこみなさい!」


 カチューシャ姫が、無体なことを言う。


「あの……。向こうは三十人ぐらいいますよ」

「大丈夫。トートは不死だから。それとも、逆らう?」


 逆らうと僕が死ぬ。


「不肖、トート。敵情視察に行って参ります」


 僕は、涙目で、グール・ビューティーの集団に特攻する。同じアンデッドだから、仲よくしてね! そう思いながら間近まで迫った。


「ああ!」


 グール・ビューティーたちは、イケメンオーラ、美女オーラに包まれていた。容姿に自信がない僕は、そのまぶしさにやられて、その場で膝を突く。


「目が~! 目が~!」


 美しすぎるものを見た僕は、その輝きに目と心を焼かれてしまう。僕は、イケメン格差に絶望して、その場で悶絶する。


「大変です。カチューシャ姫。トートさんが苦しんでいます!」


 メイプルさんが、慌ててカチューシャ姫に言う。


「私もメイプルも、ビューティー側に属する。この場所で唯一ビューティーでないのは、トートだけ。不憫な……」


 なぜだか僕は、カチューシャ姫に同情される。うわああ~~~ん。何で、こんなに心が傷つく戦いなんですか!!!


 僕は立ち上がり、やけっぱちで槍を振り回す。

 アポロンのような肉体のグールがやって来る。そして、槍をつかまれ、あっさりと奪い取られた。イケメンなだけでなく、力も僕以上ですか! 僕はそのことに絶望する。


「ガルガルガル!」


 グール・ビューティーたちが、歯をむき出しにして殺到してくる。僕は、急いでカチューシャ姫たちのもとに駆け戻った。


「はあ、はあ。敵は強いです。筋力も魅力も、僕の数倍上です」

「それは、報告を受けなくても分かるわ。見たままだもの」


 カチューシャ姫の言葉に、僕は精神的ダメージを負う。何だろう。この、肉体ではなく、心が削られる戦いは。


「えいっ、火炎球!」


 カチューシャ姫は、黄金の杖から火球を放つ。炎は、グール・ビューティーの一人を吹き飛ばした。しかし、その体は徐々に再生していく。そういえば、本来的な意味のグールは、ジンの仲間で変身能力を持っている。そんな能力があるのなら、崩された肉体を復元できても不思議ではない。


「剣はどうかしら」


 姫様は駆けていって、先頭の一体を切り裂く。しかし、すぐさま再生する。どうやら、普通の攻撃では、ダメージを与えられないようだ。カチューシャ姫は戻ってきて、渋い顔をする。


「トート。駄目だったわ」

「死なないし、傷つかないとなれば、どうすればいいんでしょうね?」


「メイプルに頼るのは癪だわ」

「この際、そういった感情は置いておきましょうよ!」


 僕は、カチューシャ姫を説き伏せる。どうにか納得してくれた。

 メイプルさんが、グール・ビューティーたちの前に立つ。


「グッ、ググググ……」


 まぶしいものを見るように、グール・ビューティーたちが後退する。メイプルさんの神々しいオーラーに負けているのだ。僕は、戦いの成り行きを見守る。

 メイプルさんは、僕にちらりと視線を向ける。


「トートさんは不死者なのですよね?」

「ええ、今はそういった状態です」


「少し下がっていてください。消滅すると困りますので」


 そうか、不死という意味では、僕もアンデッド・モンスターも変わらない。僕は、巻き添えを食わないように、慌てて階段の辺りまで走っていく。

 僕が距離を取ったのを確認したあと、メイプルさんは両手を胸の前で組んで、呪文を唱え始めた。


「神魔覆滅、不死者粉砕」


 グール・ビューティーたちが、次々とはじけ飛んだ。さすが、王立国教会のリーサル・ウェポン。戦いは、一瞬でけりがついてしまった。


  ◇ ◇ ◇


 それから三日ほど、僕はモンスター博物館にこもって、モンスター事典のグール・ビューティーの項をひたすら書いた。この世界のアンデッド・モンスターについて、まだまだ詳しくない僕は、メイプルさんに教えてもらいながら執筆した。

 三日後、僕が記事を書き上げたことを知ったカチューシャ姫が、モンスター博物館にやって来た。そして、僕に寄り添っているメイプルさんを見て、驚いた声を出した。


「メイプル。あんた、なぜトートと一緒にいるの?」


 僕の隣に座っていたメイプルさんは、恥ずかしそうに顔を赤く染める。


「なるべく一緒の時間を、多く取りたかったものですから」


 その台詞を聞いたカチューシャ姫は、涙目になりながら、両手をぶんぶんと振り回した。


「駄目よ。トートは、私のものなんだから!」


 これは、あれだ。自分のおもちゃを他人に奪われた子供の表情だ。


「トート、メイプルから離れなさい。そして、私の横に来なさい。これは命令よ」


 僕は素早く移動する。命令に従わないと死ぬ。僕は、カチューシャ姫を刺激しないように、姫様の横に立った。

 それから一時間ほど、僕をはさんでの修羅場が続いた。不死の能力を持つ僕は、生きた心地がせず、おろおろとし続けた。


『第12話』終わり


→カチューシャ姫からの親愛度

  直前: 35ポイント

  変動:+10ポイント

  現在: 45ポイント


→メイプルさんからの親愛度

  直前:100ポイント

  変動:+50ポイント

  現在:150ポイント


 カチューシャ姫も、メイプルさんも美人さん。モンスターも、イケメンと美女の集団。


 というわけで、フツメンのトートくんは、一人だけ醜いアヒルの子状態でした。


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