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俺のロボ  作者: 温泉卵
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愛と勇気を取り戻せ

「どこか会議室みたいな部屋はないか?」

 

 ナンシーに尋ねると、自ら案内してくれる。そりゃあまあ、大企業の本社なんだし、そんな部屋はいくらでもあるよなあ。

 

「ここなんかどないですか? 少し狭いけどセキュリティの方はパーフェクトどすえ」

 

 盗聴の心配はないってことか。まあ、ビリーが本気を出せば無駄な抵抗だろうけどな。それにしても、何故に京都弁?

 

「いや、まあ、広すぎるくらいなんだが……別にここでもいいか。ありがとう、何時間か借りるよ」

 

 情報収集は大事だからな。大抵の情報はビリーから手に入るが、複数の情報源に当たるのは基本だ。

 せっかく身近に地獄耳の連中が集まってくれているんだから、これを利用しない手はない。

 

 一人ずつ呼び出して情報交換しよう。この部屋だとなんか企業の面接みたいになりそうだな。


「柿崎はん、あの、堪忍したってや、その、結婚のこととか」

 

 ナンシーがうつむき加減で謝ってくる。確かに結婚のドッキリには驚かされたが、どうせ発案したのはリンリンあたりだろうしな。

 

「若い娘が良くやる悪ノリだろ? この非常時だし、相当ストレスが堪ってたんだろうな」

 

「そ、そやねん。皆不安やったんや」

 

 笑うことは最上のストレス対策だと聞いたことがある。確かにドッキリはいい手かもしれないな。仕掛けている間も皆でワクワクを共有できる。

 

「わかってるって、俺一人が道化役を引き受けるくらい、お安いもんだ」

 

「いい夢見せてくれはって、感謝感激雨あられや」

 

 大袈裟だな。まあ、こいつは怪しげな関西弁で喋るが一番常識があるし、俺の気持ちをちゃんとわかってくれているようだ。

 よし、皆の前で最高のピエロを演じてやろう。

 

「日本に来てほんま良かったわ。うちの旦那はんは世界一頼りになる男前さんやで」

 

 ナンシーが俺の首に腕を回しキスをねだる。アメリカじゃキスは挨拶代わりだもんなあ。

 立ち居振る舞いが自然でカッコイイよな。洋画のワンシーンみたいだぜ。

 

 これもドッキリで、ここでキスしたらネタばらし……って可能性もあるのか。

 いや、冷静に考えればそれしかないな。

 

 よく考えてみれば、いくらキスが挨拶代わりのアメリカ人だって、家族でも恋人でもない男にいきなりキスはしないだろう。

 そんな超展開が起きるのは、思春期男子の妄想世界の中だけだ。

 

 どこかで隠し撮りしてるんだろうなあ。

 道化役を引き受けると言った手前、避けては通れない訳だが、それでも無様な映像が残るのは嫌だ。せいぜいカッコつけさせてもらおう。

 

 俺なんかがカッコつけたところで、余計に恥ずかしいだけだ。かつての俺ならそう思っていたんだけどな。

 イベントやなんかで何度か撮影されて、全世界に配信された映像を後から確認して身もだえた挙句、俺は一つの真理を得たんだ。

 

 美女と野獣は意外に絵になるし、ウケる。

 

 むしろ美男美女の組み合わせより評価が高かったりするくらいだった。

 

 男が引き立て役になることで、女性の美しさが引き立つってことだろうな。スイカに塩をかけるのと同じ原理だ。

 

 カメラを意識した演技はまだまだ俺にはハードルが高いが、とりあえず堂々と振舞うだけでも全然違うからな。

 注意すべき点は、あくまで女優の引き立て役に徹することだ。エビフライの隣のパセリがあまり目立ち過ぎては美味そうに見えないからな。

 

 ナンシーの奴、さりげなく柑橘系のいい香りがする。こんなご時世でも女性は身だしなみにちゃんと気を配ってるんだな。

 貧すれば鈍すると言うし、こんな時だからこそ心に余裕を持たないとな。

 軽く抱き寄せると、なんか腰がポッキリ折れそうなくらい細くてビビる。それなのに胸はとってつけたようにボリュームがある。

 こいつ、何歳だっけ? 本当はナントカってお嬢様なんだよな。実は未成年でしたなんてシャレにならないドッキリは勘弁してくれよな。

 

 しまったあ、ここはおでこにキスするとウケたシーンじゃなかったか?

 まあ、ナンシーの方から唇に吸い付いて来たから、そういう逃げ道は断たれていたんだがな。 

 

 ドッキリのためにここまでやるのかという疑問は残るが、細けえことはいいんだよ。

 頑張って生還した俺への、女神様からのご褒美だと思っておこう。悔しいけど、俺は男なんだな。

 

 そういえば最後にキスしたのっていつだっけ? 色事なんて遠い日の花火みたいなもので、もう縁がないものだと完全に諦めていたのになあ。

 

「はあ、大人のキスは蜜の味やなあ。うちの母ちゃんが言うてはってん、結婚で大事なんは男女の相性やてなあ」

 

 色っぽいじゃないか。少女じゃない、大人の女の色気だ。

 俺は関西弁のことを誤解していたかもしれない。強欲商人専用の言語だと思っていたが、美女が使うとなんというか……イイ!

 そういえば、芸者さんも関西弁、京都弁なんだよな。

 

 演技だとわかっていても、本気にしてしまいそうだ。いや、少しくらいは脈があるんじゃないか?

 地球の危機が全部片付いたら、ダメもとでプロポーズしてみるのもいいかもしれないな。そういうのって、死亡フラグ的にはどうなんだろうな?

 

「今はこのくらいにしておこうか。地球が大ピンチなんでな、あと数時間で出撃しなきゃならない」

 

 気を取り直して本題に入ろう、こうして遊んでいる間にも人類滅亡のカウントダウンは進んでいるのだ。

 

「殺生やなあ。愛しい人と子作りする暇もあらへんのん?」

 

 いや、もうその話は終わってくれ。それに子作りって……冗談にしても悪ノリが過ぎるぞ。本気でそんなこと言われたら、作戦の一つや二つ今すぐキャンセルするけどな。

 

「白いキリンの情報が知りたいんだ。君は何か知らないか?」

 

 環境テロリスト団体『白いキリン』……というのは仮の姿で、奴らの背後にはトリックスター星人がいる。 ビリーを支援している連中とは別の一派らしい。トリックスター星人も一枚岩じゃないようだ。

 連中がビリーの暗殺を狙っていたのは確かだ。俺はその理由が気になっている。ビリーが自分で言うように重要人物だからなのか、それとも他に理由があるのか。

 俺の推理では、ビリーの奴は宇宙人の使いっパシリに過ぎない。

 

「あのテロリストの? あいつらと戦うん?」

 

「相手の出方次第だな」

 

 利用できそうなら利用してもいい。全宇宙を敵に回して戦おうっていうんだから、味方は少しでも増やしたい。

 無能だったら容赦なく切り捨てるけどな。無能な味方は敵より怖い。

 

「今はコネチカットあたりに本拠があるみたいや、十日以上前の情報やけど」

 

 ふむ、ビリーの情報とも一致するな。

 

「コネチカットって、どんな所なんだ?」

 

 アメリカの東海岸あたりの地名らしいが、あまり聞いたことがない。

 

「ええとこやで、日本で言うと名古屋? みたいな。そやけど、あの辺も原爆が落ちたみたいやしなあ」

 

 アメリカの名古屋ってことか? 分かり易いような、良く分からないような、微妙なたとえだな。

 名古屋といえば、エビふりゃあ、味噌カツ、ひつまぶし……今となってはどれも幻のごちそうだな。冷食がどこかにまだ残っているとしたら、何としても手に入れねば。

 

「アメリカ人もアホちゃうで、ホンマやったら自分の国に核兵器なんか使うわけないやん。全部白いキリンが裏で煽っとったんや。移民の国で民族紛争起こしたら収拾つけへんねん。合衆国のアキレス腱を狙われたんや」

 

 そこまで調べがついてるのか、やはり優秀だな。

 問題は、連中が何故そんなことをしたかだよな。悪党だから悪事を働いた? まさかそんな単純じゃあるまい。

 

「奴らの真の目的はわかるか?」

 

「ビリー氏の足を引っ張りたい連中に雇われてるんやと思とったけど、それだけやないな。案外、人類滅亡とか狙ってるんかもなあ」

 

 うん、それはそうなんだけどね。俺が知りたいのは何のために人類を滅亡させるのかってことなんだよ。

 おそらく、背後の背後に銀河連邦がいるんだろうけどな。地球人類同士で争ってさっさと絶滅してしまえば、ブラックホール砲とかを使わなくて済むってことだろうか?

 考えてたって始まらないから、コネチカットまで押しかけて本人達に聞くとしようか。

 

「ありがとう、参考にさせてもらうよ。今度はすぐ帰って来るつもりだけど、何か火急の案件とか他にある?」


「そやなあ、まさか核戦争後の地球で、それも日本でこないな商売することになるとは思てへんたからなあ。預かった資金はだいぶ溶かしてしもたけど、堪忍しといてや」

 

「いや、十分上手くやってくれてるだろ? ナンシーに預けてなかったら、それこそ全部紙屑になってたよ」

 

 今時紙屑はないか。電子の海に消えてなくなるだけだな。

 実際、預けずとっておいた数兆ドルはゴミになってしまった。使う予定も特になかったから、別にいいけどな。

 地球のピンチに資産運用なんてどうでもいい気もするが、大金を預かった彼女にしてみれば責任を感じてるんだろう。

 いっそのこと全部やっちゃうか? それはそれで押しつけがましいな。

 

「君が正しいと思うことに全部使ってくれてかまわないから」 

 

「よっしゃ任された。世間が世紀末でもやることは同じや、難波の商人魂見せたるでえ!」

 

 いや、お前さんアメリカ人だろう? いや、帰化したんだっけ? 合衆国は崩壊しちゃったからなあ。

 


 次はアリサちゃんかなあ。ナンシーに入れ替わりで呼んで来てもらう。

 彼女の情報ソースはどうせビリーだろうけれど、確認の意味でも重要だ。奴が俺に隠していることがあれば、つじつまの合わないことが出て来るかもしれない。

 

 それに“ガーディアントルーパーズ”の大会がどういう経緯で実行されていたのか、現場の関係者しか知らない情報もあるだろう。

 あのゲーム大会は、要するにロボのAI達に気に入ったパイロットを選ばせるためのものだった。普通は逆だろうと思うよな。

 どうもオリジナルリンクスの時代のAIには強い個性があったようだ。

 だからリンクスは俺を気に入ってパイロットに選んだ。ならば他の、サジタリウスやスキュータムの場合はどうなんだ?

 坊主なんて別のパイロットに交代しちゃってるしなあ。あれはスキュータムの希望だったのだろうか?

 アリサちゃんがどこまで知っているか微妙だが、できればその辺の裏事情も聞きたいな。

 

 会議室に入って来たスーツ姿のアリサちゃんは、面接に来た新入社員みたいでなんか新鮮だ。いつもの軍人コスチュームも、あれはあれで凛々しくていいんだけどな。

 

 女の子は衣装一つで別人になるからなあ。リンリンがコスプレにハマる気持ちもわからないではない。

 

「あの、やっぱり怒ってます? 勝手に結婚なんかしちゃって」

 

 申し訳なさそうに謝罪して来る。アリサちゃんもいきなりその話か。お前らどれだけドッキリに力いれてるんだよ? 

 

「どうせリンリンあたりに無理やり参加させられたんだろ?」

 

「はあ、まあ、それもあるんですが、一生を左右することですし、当然、最後は自分の意志で決めましたから」

 

 いや、ドッキリは一生を左右しないから。

 これはひょっとして、本当に結婚したつもりになっていないか? 


 素のアリサちゃんは、顔に似合わずかなり真面目なタイプだからなあ。

 実はドッキリを仕掛けられているのは俺じゃなくアリサちゃん? まあ、仕掛けられたのが一人とは限らないからな。連鎖ドッキリの可能性も出て来たな。

 

「なんか、巻き込んじゃったみたいで悪いね」

 

「いえ、私にも下心がありましたから。婚活にもう疲れちゃって、ゴールインして楽になりたかったというのもあります」

 

 あー、やっぱり勘違いしてるなこれは。リンリンめ、シャレにならないことを平気でしやがる。

 

 いや待てよ、もしそうなら、アリサちゃんは俺との結婚OKってことじゃないか。

 

 考えたこともなかったが、彼女が本当に嫁さんになってくれるなら、それはそれで嬉しいぞ。

 実は彼女はなかなかの苦労人で、常識もあるし責任感も強い。俺の知ってる女性の中では、性格の良さではトップクラスだ。生涯の伴侶として理想的な女性だ。

 

 俺の好みからすると少々ゴージャス過ぎるお顔だが、美人さんなのは間違いない。好きになればアバタもえくぼ。いや、ちょっと違うか。小判も真珠? ダメだダメだ。あ、フォアグラも砂肝ってのはどうだろう? 新しいことわざを発明してしまった。

 

「もちろんそれだけじゃありません。あのシステムは、人の情念や縁をパイロットの力に変換していたんです。柿崎さんが行方不明になってしまって……少しでも帰還の手助けになればと思って」

 

 それは初耳だな。いや、最近どこかで似たような話を聞いたな。

 ああ、ビリーだ。ワープトンネルの仕組みを、絆だからとかなんとか言っていた。

 

 俺は天才じゃないから科学的なことは理解できんが、なんとなくわかるのは得意だ。神秘の力、いわゆるオカルトパワーって奴だな。パワーストーンを持ってるだけで株で大儲けできるというアレだ。

 

「なるほど。ビリーが関わっていたんだな」

 

「私達だって、ただのコンパニオンじゃないんですよ。エスパーの素質はあるんです。何百万人の中から選ばれたんですから」

 

 エスパー、超能力者か。やはり実在するんだな。まあ、ナージャちゃんと出会った時から確信していたけどな。

 自分の常識だけで物事を決めつけてしまうのは、頭の固い人間だ。俺は大丈夫だ。

 

「守秘義務がありましたから、言えなかったんです。でもやっぱり、あなたは知っておくべきだと思うの。愛する人のためならば、違約金なんて怖くないわ」

 

「違約金っていくらだ?」

 

「百万ドル……ドルが大暴落した今なら、痛くも痒くもないですね。ビリー氏を怒らせるのは、やっぱり怖いですけど」

 

 ナンシーは盗聴対策は万全だと言っていたが、おそらくここもしっかり盗聴されてるだろうな。ビリーはそういう奴だ。

 

「アリサちゃんに何かあったら、必ずかたきはとる」

 

「そこは普通、必ず護るとか言ってくれるシーンじゃないですか?」

 

 何故かジト目をされる。解せぬ。

 護衛は隙を狙われれば終わりだが、報復による抑止効果は常時有効なんだぞ?

 

 案の定、白いキリンについては大した情報は得られなかった。が、タケバヤシ達についていろいろ興味深い話を聞けた。

 あいつら、マテリアルの入手に失敗し続けているみたいだな。新人の追加に加えて、アリサちゃん達サポートチームをサイボーグ化して戦力の底上げを狙っていたようだ。まあ、みんな嫌がって集団退職しちまったみたいだな。そりゃそうだ。

 

「ガリーナさん達から、サイボーグって日常生活がいろいろ大変だって聞かされてましたからね。いくらお金をもらったって、身体を改造されるなんて嫌じゃないですか。そもそも竹林さん達じゃあ、どうせ何をやっても駄目ですよ」

 

 それでうちの会社に転職して来たらしい。優秀な人材はいくらいてくれても構わないけれど、エスパー? 履歴書の特技欄に、やっぱり書いてあったんだろうか? 見てみたかったな。

 

 サイボーグ化なんかしなくても、愛情パワーでブーストをかけるとか、わけのわからんことを……超能力そのものがわけわからん存在だし、もしかしてそんな裏技もあるのか?

 まあ、こんな可愛い嫁さんが待っててくれると思えば、超やる気出るけどな。それはエスパーとか関係なくないか?

 

「アリサちゃんは、トリックスター星人のことを何か聞いてないか?」

 

「トリックスター? 演劇における悪戯妖精の役回りですね。芝居に興味があるんですか?」

 

 え? なんだそれ。悪戯妖精? あ、あー、ひょっとしてそういうことか?

 

「う、宇宙人達の振る舞いが、ちょうどトリックスターみたいだと思ってね」

 

「なるほど、言い得て妙ですね。かなり残酷なトリックスターのようですけど」

 

 トリックスター星人じゃなく、トリックスター的な宇宙人という意味だったのか。いや、宇宙人の名前にしちゃ、変だなと思ってたんだ。謎が解けたぜ。

 

 これってベティちゃんは知ってた筈だよな。教えてくれたっていいじゃないか、危うく恥をかくところだった。

 ビリーに思いっきり言っちゃってたなあ。まあいい、ギャグだったことにしておこう。

 

 その後しばらくとりとめもない会話をしたが、それ以上重要そうな情報はえられなかった。

 まあ、アリサちゃんの好感度はかなり上がった気がする。ナンシーみたいにキスとかのイベントはなかったけどな。

 

 ナンシーとアリサちゃんか。どっちもいい女だけど、結婚相手は一人で十分だよなあ。それこそ捕らぬ狸の皮算用だ。

 いやいや、ひょっとして連中の策にまんまとハメられてる? 全てドッキリだとしたら……凄い策士だな。銀河連邦との戦いにおいて、軍師として是非スカウトしたいくらいだ。

 

 

 まだ二人しか話を聞いていないが、だいたい見当はついたな。細かいことは実際にコネチカットまで乗り込んでみればわかるだろう。

 結局のところ、負けなければ、わりとなんとかなるもんだ。

 

 ビリーの情報だと、白いキリンの戦力は量産型スキュータムがせいぜい一ダース程度。パイロットがそれなりに凄腕だったとしても、負ける気はしない。

 

 突然、部屋の照明が落ちる。敵襲か? 焦ることはない、たかが視力を奪われただけだ。

 音と、気配で侵入者を察知。懐のビームソードに手を伸ばす。

 

 暗闇の中にボウっと浮かびあがる白いウエディングドレス。いや、それっぽいデザインのネグリジェか?

 露出は少ないが、スケスケのレースが結構あざといデザインだ。アニメキャラだとこのくらい普通だがな。

 

 こんなことをする奴は、当然一人しかいない。

 

「なんだその恰好は?」

 

「結婚式でもやりますか?」

 

 リンリンがドヤ顔でポーズを決める。どうせアニメか映画のセリフなんだろう。

 カメラ目線を辿ると、ハエくらいのサイズの小型ドローンがホバリングしている。

 

  スカートがフワフワ膨らんでいるのは、ブースターでも仕込んでいるのか? まさかホバー移動できたりしてな。

 

「なるほど。ボディラインに沿ってエアカーテンを展開させてるのか。何か意味あるのか?」

 

「蚊バリアーMk-Ⅱよ。これを着ていれば蚊に刺されない。おまけにいい感じに風に髪がなびくのよ」

 

 いい感じなのかそれ? 夏場はいいけれど、冬は寒そうな装置だな。蚊への対策なら別にいいのか。 


「そういえば、さっきから何匹か叩き潰したな。地下なのになんで蚊がいるんだ?」

 

「地下にいるからチカイエカでしょ? ダンナなら箸でつまめるんじゃないの?」

 

 そう言っていきなり割り箸を渡してくる。箸で蚊をつまむだと? 面白そうじゃないか。

 

 呼吸を整え、耳をすまして奴らの羽音が聞こえるのを待つ。

 二酸化炭素、俺の吐く息を目当てに飛んで来るんだ。追い回さずとも嫌でも射程圏内に入って来る理屈だ。

 

 リンリンのイカレたマシンのせいで、部屋の中の気流が乱れているなあ。

 そこまで強い風でもないのに、邪魔されて明後日の方向に流されていく蚊。こいつら意外とパワーがないな。てか、リンリンお前邪魔だ。

 

 ようやく一匹近くに飛んで来た。

 

 箸を構え、羽音を頼りに空中に突き出す。

 蚊は咄嗟に逃げようとする。いい反応だ。タケバヤシより余程才能がある。が、回避先を見越して数センチ先の空間をつまめばいいだけだ。

 エスパーだのなんだのと大袈裟だが、こんなの勘だよな。

 

 プチっと手ごたえがあった。割り箸に赤いシミが残る。誰の血だ? 俺は刺されてないぞ。

 

「あーあ、まさか本当につまんじゃうとはねえ」

 

 そう言いながら背後のワゴンから重箱を取り出すリンリン。てっきり蚊取りマシーンのバッテリーでも入ってるのかと思っていたが、普通の厨房用ワゴンのようだ。

 

 俺の晩飯を持って来てくれたのか。お前にしては気が利いてるぞ、評価を少し上げてやろう。依然としてマイナス評価だけどな。

 

 この匂いはうな重か?

 さっき昼飯を食ったばかりだというのに、時間が経つのはあっという間だな。

 

「いただきまーす」

 

 自分の分をさっさと食べ出すリンリン。相変わらずこいつはマイペースに生きている。

 

 あー、予備の箸はないのか? 汚れた割り箸の先を見て絶句する。まあいい、箸を逆にして使えば済むことだ。何度も死線を超えて来た俺は、これしきのことで狼狽えたりしないのだよ。

 

「美味いな。爺さんか?」

 

「うん、新商品の試作品。うな重なら価格設定を高くしても違和感ないってね」

 

 いろいろツッコミどころはあるんだが、とにかく今は食べるのに集中する。

 俺はうな重が大好きだ。というか、うな重が嫌いな日本人は少ないだろう。幼馴染にウナギが嫌いな女子がいたが、そいつも汁のかかったご飯の方は大好きだったな。

 

 昔のことをよく思い出すのは、いよいよ俺に年貢の納め時が巡って来たからだろうか? いやいや……縁起でもない。久しぶりにリンクスから降りて、少し弱気になっているだけだ。

 

 ウナギで儲けようというのは正解だろう。原価が安くて大量生産できる組織培養のウナギでも、昔から結構お高い価格設定だからな。

 

「こんな美味いうな重は食べたことがないが、このウナギは明らかにニセモノだな」

 

「そう、普茶料理よ」

 

「あれか? 海苔にすりおろした山芋を塗ったりする奴か?」

 

 料理アニメなんかじゃわりと定番のネタだ。

 

「海苔とかじゃないみたい。プリンターで印刷するから、製品版は見た目も完璧にウナギになるそうよ」

 

 確かに、山芋じゃないな。何だろう? 明らかにウナギじゃないのに、俺の求めていた理想のうな重の味がする。

 

 カニやホタテのカマボコにも、超美味いのがあるからなあ。同級生にも、本物のカニよりカニカマが好きって奴は結構いたなあ。つまり、ニセモノというより、最早別の美味しい食べ物なんだな。

 

 これでウナギは大丈夫だ。この先世界がどんなことになっても、爺さんがいればなんとかなりそうな気がしてきたぞ。

 

 

「それはそうと、お前、白いキリンの情報知らないか?」

 

「私の情報料は、高いわよ」

 

 思わせぶりな台詞。何かいいネタ知ってるのか? コイツの場合、演技なのか本気なのかわからないからなあ。

 

「まあ、別にわざわざ聞かなくてもいいか。立ち塞がる者は全てぶっ倒せばいいことだしな」

 

「オイオイ。何どこかの戦闘民族みたいなこと言ってるのよ。特別に只で教えてあげるわよ。妻だから」

 

 結局、リンリンの情報も大したことはなかった。量産型スキュータム以外にホンモノのロボが数機いるらしいが、ホンモノって何だよ? どうも、その中の一機はトーラスらしいな。 

 

「そういや、テロリストに誘拐されたプレイヤーがいたっけ? あいつが敵の仲間になったってことかな? スコットランドヤードって奴だな」

 

「それを言うならストックホルム症候群でしょ?」

 

 知ってたよ、ちょっと言い間違えただけじゃないか。

 

「ほんのジョークだよ」

 

 大抵のことはジョークだってことにすれば誤魔化せるよな。大人はメンツがあるからな、これも生活の知恵だ。

 

 

 リンリンは俺の金で手広く事業を展開しているようだが、すぐに飽きて後の面倒はナンシーに押し付けているようだ。

 捨て猫を拾って来て、母親に世話させる小学生と同じレベルだな。ナンシーはもっと怒っていいと思う。

 

「本当にやりたかったのは、この蚊バリアーなのよ」

 

 まあ、絶対に嘘だな。

 

 ドレスタイプのこのMk-Ⅱは試作品で、発売予定はないそうだ。

 絶賛販売中だという初代蚊バリヤーとやらは、見た目はただの扇風機だ。それもその筈で、市販の扇風機にセンサーを組み込んだだけのものらしい。

 そのセンサーを開発した企業をリンリンが買収したらしいんだが、元々はレーザー光線で蚊を撃墜することを計画していたそうだ。安全性に問題があり、開発資金も底をついて倒産寸前だったそうだ。

 企画段階で危険性に気づけよ。核戦争騒ぎとは関係なく、倒産する運命の会社だったな。

 

 レーザーガンの代わりに扇風機と連動させたのはリンリンのアイデアだそうだ。蚊は殺せないが、吹き飛ばして吸血行為を阻止できるらしい。

 

「一家に一台は普及させたいけど、問題は値段なのよねえ」

 

 自作のアニメにも登場させて、宣伝しているらしい。何故そんなものを売りたいんだこいつは?

 

「蚊バリアーは不殺の防虫マシーンなの。こんな時代だからこそ、生命の尊さをみんなにわかって欲しい」

 

 絶対嘘だな。人を平気で殺しまくってる奴がよく言うぜ。

 

「ところで、レーザーで蚊を焼くタイプの開発はストップしたのか?」

 

「当然よ。危険で売れないもの」

 

「売り物にならなくてもいいから、開発を続けさせてくれ」

 

 蚊に当たるなら、タケバヤシにも当たる理屈だ。つまり、一般兵レベル相手ならそこそこ使えるだろう。

 銀河連邦のウザいUFOへの対策が欲しかったんだ。

 

 戦闘衛星とか戦闘ポッドに仕立ててもよさそうだな。単体戦力は低くても、数を揃えられる兵器は使い勝手がいい。無人機なら被害を気にせず使い捨てにできるしな。

 

 ビリーならその程度の兵器はすぐに作ってしまいそうだが、まったく別のアプローチがあってもいいと思うんだ。

 

「考えてることは何となくわかるけど、蚊と戦闘機は違うでしょ?」

 

「さっきの蚊の回避パターンは、タケバヤシより上だった」

 

「あのエースのタケバヤシのこと?」

 

 タケバヤシの奴、核ミサイルを何発か撃墜してヒーロー扱いされているようだな。中身はアレなのに。

 

「フン、あんなものは一発残らず撃ち落とさなけりゃ意味がないんだが」

 

「今、人々には英雄が必要なのよ」

 

 張りぼての英雄か。祭り上げるにはうってつけだったんだろうな。

 あいつって、なんかそういう運だけはやたらいいよな。要領がいいというか、なんか持ってる奴っているよな。

 

「心配しないで。あたしのヒーローはダーリンだけよ」 

 

 誰がダーリンだ。うるんだ瞳で見つめられても、最初から芝居だとわかっているから、全然ときめかないな。

 まあ、大した演技力ではあるんだよな。ただのコスプレマニアだと思っていたが、ランネイと人気を二分しているくらいだから、本当に才能があったんだろう。

 

「あーそうだ。アメリカ人にウケそうなニンジャの名前って、どんなのがいいと思う?」

 

 コネチカットでひと暴れする際に、破壊活動用の新キャラを作ろうと思う。ドロイドはまだ何種類かあるからな。

 リンクスにも偽装を施して、アメリカンなニンジャスタイルのロボにしてみよう。


「そういうの任せてよ! タコでしょ、イガ、ウニ、ホンダ……」

 

 う……こいつに聞いたのが間違いだったな。

 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 書き忘れた。 アリサちゃん、ナンシーに出遅れてるかもしれないけどがんばってね。
[一言] アリサちゃん 柿崎家の嫁は成り行きで沢山いるので、現状買い手市場な感じかな ちゃんと意識して貰いたかったら自分からちゃんと言うしかないよ。 言わずとも気にされたいのが乙女心かもしれないけど。…
[良い点] アリサ大佐は良いな。実に良い。 [一言] 単機じゃジリ貧だから仲間が必要ですね!
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