瀬戸際の花嫁
銀河連邦と事を構えるなら、スターゲイトの存在が鍵になるのは間違いない。
俺はなんとなくワープトンネル的なものを想像していたのだが、ビリーによるとそれは縁なんだそうだ。
縁というとあれだよ、仏教用語で言う所の因縁だ。良縁祈願とか縁切り寺とかもあるよな。
ビリーが何を言ってるのか訳が分からないよ。さすが天才の言うことは一味違うな。
地球とカニメカの星は、縁で結ばれているから、ほぼ確実に転移することができるらしい。他の天体だとそうはいかないらしく、例えば地球から火星へ転移できる可能性は限りなく零に近いそうだ。
具体例をあげてくれると理解しやすいよな。零でないということは、運が良ければ成功することもあるんだろうな。失敗するとどこまで飛ばされるか予測不能らしいが。
同様に月の裏側にある門はトリックスター星と縁があり、奴らのUFOが安全に転移して来ることができるんだそうだ。
どうやら縁って奴には重力場が影響しているらしく、星の並びによってはスターゲイトが使えなくなることもあるという。
さらに、一度に大質量の物体を通してしまうとしばらく不安定になるようで、銀河連邦の戦列艦クラスだと数年に一度しか通過できないみたいだ。
最悪の場合、惑星サイズの巨大戦艦が宇宙を埋め尽くす勢いで攻めて来る展開も考えていたが、戦列艦一隻倒せば数年間は安心らしい。何だよ、楽勝じゃないか。
戦列艦ってあれだろ? オリジナルリンクスの記憶にあった小惑星くらいある宇宙船だ。あれでもまあ、超でかいが、一隻だけならリンクスだけで何とでもなりそうだ。内部に突入して重要施設を片っ端から壊していけば、そのうち沈むだろう。
やっつける前に地球をぶっ壊されても困るが、その点も安心らしい。
なんでも銀河連邦は、タテマエとしては軍事力を保持していないことになっているそうだ。戦列艦も正式には清掃船であり、武器など搭載されていないことになっている。
馬鹿げた縛りプレイだが、近年まで日本も似たようなことをしていたので、そこは笑えないな。
宇宙の環境保護のための清掃船、その最大の切り札はブラックホールの設置だそうだ。周辺宙域の星もスターゲイトも全て消し去って、宇宙環境を綺麗にリセットするわけだな。
それ以外にもスターゲイトの設置工作なんかもできるらしい。星々の縁を結ぶってわけだな。
縁結びの神様かよ。まあ、地球人のような原始的な種族から見れば、まさに神の船だよな。
あれだけのサイズだと、母艦として子機をわんさか積めるわけで、とりつくまでが一番大変そうだ。その辺はオリジナルリンクスの記憶を覗いて知っている。
当時と同じなら、飯を食いながらでも突破できそうだが、機動メカも時代と共に進化してるだろうしなあ。ヴァルキリアを満載されていたらキツイよな。連中相手に無双できるくらい己を鍛えなければな……果たして人間はそこまで強くなれるものだろうか?
「最初に戦列艦を沈めてしまえば、宇宙政府は大混乱する筈です。何しろ前例がない事件だ。そして彼らは極めてイレギュラーに弱い。元老院は何百年かかっても対策を決定できないでしょう。無数の種族間の利害関係が絡む以上、何を決めるにしても足の引っ張り合いになる。下手をすれば、いや、上手くいけば宇宙戦国時代の到来ですよ」
政治の話はなんか面倒臭そうだよなあ。宇宙人でもその程度なのか? もっとこう、見つめ合うだけで時が見えたりして通じ合うものじゃないのか?
それにしても、俺の手下になったビリーはハイテンションでノリノリだ。新しいゲームを手に入れた子供みたいだな。
「随分と嬉しそうじゃないか」
「ボクはナンバー2ってポジションにずっと憧れてましてね。ホラ、ボクってどう考えても知将か参謀ってタイプじゃないですか。ボスにはもう飽き飽きだ。そうそう、戴冠式だ。テッカメン陛下の地球王、いや、太陽系皇帝就任をパーッとやりましょう。どうせなら生き残った人類に総選挙で選ばせましょう。なあに、メディアは支配しています。大衆は自らの意思で、歓喜して陛下を選ぶのですよ」
マシンガントークって奴か? よくもまあ、これだけ一気に話せるものだ。
頭がいいのは間違いなさそうだが、あまり賢そうには見えないな。変人過ぎてなんというか……残念な奴だな。
ビリーの下につくのが嫌で、思わず手下になれとか言ってしまったが、考えてみればボス役って面倒なだけじゃないか。ナンバー2がオイシイってのはビリーに同意だね。
仮面の支配者かあ、ちょっとかっこいいかな? 黒猫とかペットにしてたら、絵にかいたような悪の独裁者だよなあ。トゲつきのグラスで赤ワインを飲めば、ビジュアル的には完璧だ。
だが、よくよく考えてみれば支配者が顔を隠すのはマズいよな。影武者を用意するのは楽でいいが、それ以前の問題だ。
「いや、私は影の支配者となる。表の顔は引き続きお前が務めろ」
王様とか皇帝とか一日で飽きそうだしな。やっぱり面倒なことは全部こいつにやらせよう。
そもそも、戦列艦? あれを沈めるならリンクス一機で十分だし。
マテリアルはたっぷりあるから、補給とかも必要としない。地球の支配者になる必要性がまるでない。
これからの戦いじゃ、タケバヤシ程度だと足手まといにしかならないしなあ。
まあ、情報網は必要だな。敵がいつどこに出現するのか、それだけわかれば十分だ。
タケバヤシ達の強化改造された機体にも興味はあったが、そこまで凄くもないんだよなあ。ツノゼミンミンの方が、とんがったいい仕事をしてくれたよ。
ヴァルキリアの高性能ぶり……鹵獲機体を解析してみると、あれも安定性を犠牲にしていた。
リミッターカットして粋がられてもなあ。
俺としては、多少の性能アップより、信頼性を重視する。切り払いを一回失敗するだけで死ねる状況が、これまでも何度となくあった。常に確実に作動してくれるマシンが、一番いいに決まっている。
リンクスは概ね期待に応えてくれたからな。この俺の思うままに動いてくれる、最高のロボだ。
神戸第三シェルターは、六甲山の地下深くに掘られた中規模の地下都市だそうだ。
なんかそういうのが建設されているのは聞いたことがあったが、俺自身が関わり合いになるとはなあ。今の時代、世の中何が起きるかわからないもんだ。
ビリーによると、ナンシー達はそのシェルターに疎開しているらしい。ホテルの地下には、トリック星人以外は、もうタケバヤシ達くらいしかいないようだな。あいつら、なんか変質してるみたいだし、ヤバイ波動でも出ているのかもしれない。
人を捨ててまで強くなりたいかなあ? そんなことをしても、ゲームでチートコードを使うようなもので、プレイヤースキルは育たないと思うぞ。
まあ、強いプレイヤーがチートを使えば鬼に金棒なわけで、順番が大事ってことだな。俺も伸び悩み出したら考えようか。
だが、成長で悩むのも結構楽しいというか、それこそゲームの醍醐味であり、人生は面白いんじゃないか?
ブラック企業で働いていた時も、給与と労働時間は糞だったが、今にして思えば無理難題が押し寄せて来てエキサイティングだった。
ナンシーによれば、社長は俺に十倍の給料を払っても十分儲かっていたそうだ。稼ぎ頭に餌をやらないのは、典型的な駄目経営者らしい。そういう手合いは、優秀な奴隷に逃げられて破滅するまで気がつかない。日本だけじゃなく、アメリカにも大勢いるらしいな。ただ、日本の社畜は我慢強いので、被害が拡大するんだな。
太陽系がピンチの時に、社畜の心配をしているのもおかしい話だが、俺の人生に大きな傷痕を残したイベントだったからなあ。
一度きりの人生の、貴重な二十代の時間の大半を対価に、俺は一体何を得たのか? うーん、少し腹が立って来たな。
地上は線量が高いとのことで、秘密のチューブトレインに乗って目的のシェルターへ向かう。
久しぶりにリンクスを降りたのに、意外に体調は良好だ。筋肉とか、以前よりムキムキなくらいだ。自動でトレーニングする機能? 結構いいじゃないか。
ベティちゃんは自分用にも、新しく地球仕様のドロイドを用意していた。目立たないように日本女性の骨格データを平均化して容姿を仕上げたそうだが、神秘的な感じの美女になってしまっている。いわゆる無個性的美人って奴だな。平均値って案外凄いな。
リンクス本体はインベントリに収納していて、いつでも取り出せるそうだ。こうなると、もう何が本体なのか訳が分からないぞ。
おそらくだが、現世とインベントリを繋ぐ中継機能のようなものがあれば大丈夫なんだろう。
全てを収納できるのなら、太陽系丸ごとインベントリに入れてしまえばいいって話になるもんな。銀河連邦から逃げるのはシャクだけれど。
「時速120キロ程度出ていますね」
速いんだか遅いんだか微妙なスピードだ。チューブトレインってのは、もっと高速な乗り物じゃないのか? 急いでないから別にいいか。
ナンシーは俺の預けた金を使って、柿崎商店って店を立ち上げたらしい。今や貨幣価値は大暴落していて、ケツを拭く紙にもなりゃしないっぽいので、その前にパーッと投資してしまったのはさすがだ。
そういえば、宇宙人は地球の資源には関心がないと聞いていたが、一部のレアメタル、プラチナとかレニウムなんてのは欲しがるらしい。ビリーはちゃっかり集めていたようだ。
リンクスの装甲やフレームには、カルシウムの合金が多用されている。宇宙と地球じゃ、その辺の常識が違うんだろう。まあ、カルシウムならその辺にいくらでも転がってそうだよな。貝とか?
殺風景な駅のホームに降り立つと、大きなドブネズミが薄暗い通路を駆け抜けて行った。
天井が低いのは何かの嫌がらせか? 背中を丸めて慎重に歩く。ベティちゃんはギリギリセーフっぽい。160センチってところか。
居住区に出ても天井は低いままだった。樺太の地下エリアはだだっ広かったのにな。
おまけに強い異臭までしてきた。人間の生活臭? 閉鎖空間だとこんなに酷いのか。地下なのにハエがブンブン飛び回っている。よく見ると、床や壁面を白いウジ虫がピンピン元気に這い回っている。こりゃあ酷い。
戒厳令がしかれていて、不要不急の外出は殺されても文句は言えないらしい。クーデター政府も無茶をするもんだ。ただ、大半の日本人は喜んでいるという。俺がいなかった短い間にも、いろいろあったみたいだな。
エアロックを抜けて、柿崎商店とやらがある区画に入ると、天井が急に高くなる。照明も何やら高級感があるぞ。空気も新鮮? まあ、臭くはないな。こっちはハエもそんなにいない。格差社会か?
立派な役所の建物の壁には、ジオフロントへようこそと書かれた横断幕がぶら下がっている。お役人はセンスが古い。
役所の前の地図看板を確認していると、小型の自動小銃を構えた警備員が近づいて来る。素人かよ? 武器は持っていても隙だらけだな。心の中で三回ほど斬り捨ててみた。うん、弱すぎる。
銃を持てば簡単に強くなれるけれど、武器の性能に頼り過ぎていては駄目だ。
鍛えていない素人など、ビームソードを使うまでもなく拳一つで無力化できる。手が痛いから、わざわざそんな馬鹿な真似はしないけどな。
「柿崎様ですね、お迎えに参りました。社長がお待ちです」
紙の名刺を手渡される。罠の可能性もあるので、片手を伸ばして受け取る。人間の肉体は脆いからな、相手がどんなに弱くても、油断すれば命まで失いかねない。俺は臆病な男なんだよ。
どうやらこいつは柿崎商店の下っ端らしい。人材不足? いや、戦闘要員とは限らないか。
商店って名称から、なんとなく昔の雑貨屋みたいのを想像してたんだが、そんな訳なかった。このシェルターの一等区画の大半を占有していて、他にもいくつかの大型シェルターを所有しているらしい。
そういえばナンシーには日本の国家予算数年分を丸投げしてたんだった。有効利用してくれたようで結構々々。俺だったら銀行に預けたまま、無価値になるまで忘れてただろうな。
「か、柿崎さんっ!」
ガリーナが抱き着いて来るのを素早くかわす。悪気はないんだろうが、サイボーグに締め上げられたら命にかかわる。
こいつは俺以外には突進しないようなので、ちゃんと回避できる相手を選んで仕掛けているんだろう。野生のサイをペットにしたらこんなかもな。
「ほら見ろ生きてた。ダンナがそう簡単にくたばるもんか」
リンリンもひょいと顔を出す。その憎まれ口、そっくりそのまま返してやるぜ。こいつはゴキブリ並みにしぶとそうだからな。
どうやら今日はコスプレや演技はしていないようだ。いや、ガラの悪い女を演じているのかもしれないのか。こいつの正体はやっぱり謎だ。
押しの強い二人に、そのまま社長室に連れ込まれる。社員の子はあきれ顔で見送っている。というか、かなりビビってるな。わりと常識人なのだろう。
地下とは思えない陽光が降り注ぐ中庭。その周囲をぐるりと囲んだ広いロビーが、全部社長室らしい。俺のイメージの社長室とは違う……ゴルフセットも見当たらないし。やっぱナンシーはパターの練習とかしないんだろうな。
ふかふかの絨毯に、豪華なソファー。高い天井にはアールヌーボー調の間接照明。そこまではまだわかる。
だが、床に散らばるクッションの周囲には、散乱する酒瓶。テーブルには食べかけのスイーツの数々。かと思えばやけに充実しているトレーニングマシーン群。そして壁一面に飾られている銃器の数々。ガーディアントルーパーズの筐体まで四台セットで並んでいる。
やりたい放題だな。絶対ここをたまり場にしてやがる。
『あー、柿崎はん来はったん。キリのいいとこで切り上げて行きますよって』
天井のスピーカーから聞こえる怪しげな関西弁は、間違いなくナンシーだ。心なしか貫禄が増した気がする。
隣の会長室で仕事中らしい。会長?
見に行くと、何十というモニタが立体的に配置されていて、天才ハッカーが立てこもる電子の要塞って感じだ。
表示されている数字の羅列は意味不明だが、凄く仕事している感はあるよな。
「はい終わり! 今日の終値は1ペミカンが12万4798円78銭、1ドルは2銭4厘や。米ドルはほんまもう終わりやな」
厘なんて単位、まだ使われていたんだな。一銭五厘って言うぐらいだし、銭の下だった筈だ。
米ドルって、それでも一応値がつくんだな。ケツを拭く紙くらいにはなりそうじゃないか。
「ペミカってなんだ? 新しい通貨単位か?」
「ペミカンね。これだよ、うちで売り出し中の主力商品」
リンリンがパックされたサラミみたいのを投げてよこす。
成分表示を見ると、どうやら合成肉を油脂で固めた物みたいだ。あまり食いたくなるような代物じゃないな。
「ペミカン一つで成人男性が一日に必要とする栄養を補給できます。つまり、1ペミカンは一日分の命の値段なんです」
ガリーナが実に分かり易く解説してくれる。一日生きるのに12万かかるのか? ぼったくり……いや、命は地球より重いって説もあるし、金持ちにとっては安いものか。
「そもそも日本円かてうちらがおらんかったら紙屑やったわ。ペミカン販売は慈善事業みたいなもんよ?」
「ちなみにオーストラリアでは、父さんが似たようなことをして大陸全土を平和裏に平定しました」
「そういえば、何故ランネイまでここにいるんだ?」
「やだもう……妻ですから」
営業時間が終わったのか、知ってる顔がわらわらと増えて来る。
まさかここに、張大人の娘のランネイがいるとは思わなかった。
「婚約の話はなしになっただろ? それに張大人の勢力圏は、オーストラリアの北半分じゃなかった?」
「情報が古いですね。つい先日、統一を成し遂げて国号を澳と改めたばかりですわ」
そうなのか。ビリーとの話題にも出てこなかったし、その辺は見落としてたな。
以前から張大人は南氷洋のオキアミ利権を狙っていて、オーストラリアの政界に食い込んでいた。あっちのメディアにもかなりの影響力を持っていたようだ。
とはいえ、武力を使わずに一つの大陸を乗っ取ったのは凄いな。大した政治的手腕だ。おそらく銀河連邦の情報も掴んでいるだろう、敵に回したくないものだな。
張大人と敵対するならファミリー丸ごと根切りするしかないが……ああ、それでランネイを送り込んで来ているのか。人質ってことだな。あと、色と情に訴える計略だな。なんか孫氏の兵法とかにありそうだな。
「クーデター政府がスパイ狩りをせえへんかったら、日本もヤバかったんやで。おかげさんでやりたい放題に略奪しとったマフィア連中は問答無用で冷凍庫送りや、クーデター様々や、えらいスッキリしたで」
ナンシーが手放しで褒めるとはびっくりだ。話には聞いていたが、軍事政権は偉く支持されているな。
地下シェルターへの疎開の混乱の中、一部野党が略奪行為を賞賛したのをきっかけに、国全体が無政府状態になりかけたらしい。
軍事クーデターそのものは、備蓄食料の海外への積み出し阻止が目的だったが、結果的に国民に頼られることになったようだ。
私利私欲のために売国していた政治家や官僚、ついでに、よくわからず暴れていた連中も、改正された外患誘致罪によってコールドスリープ刑になったんだってな。
そもそも、コールドスリープそのものは刑罰じゃない。百年ほど生きたまま冬眠できる技術で、国によっては核戦争を生き延びるためにエリート層のみコールドスリープとかやっている。辛い時代を寝て過ごそうってことだな。
「合衆国でもコールドスリープで食糧難を乗り切ろうって試みはあったようですが、冷凍食品にされるというデマが流れて各地で暴動が起きています」
アリサちゃん? あと、顔見知りのコンパニオンちゃんも数人。彼女達は、ビリー氏のところにいると思っていたんだが。
「で、アリサちゃん達はなんで?」
「妻ですから」
なんだよそのギャグは。流行ってるのか?
「べ、別に婚期を逃しそうだからって焦っていたわけじゃないのよ。私は冷静に考えて……」
「アリサちゃんくらい別嬪さんなら、男なんて選り取り見取りだろうに」
「私達くらい美人だと、逆に男どもはビビっちゃうんですよお。その点、柿崎さんはいつも沈着冷静だし。嫌らしい目で見てきたりもしないし」
「ホント、女性に興味がないのかと心配しちゃいましたよ。私がモーションかけたらドギマギしちゃって、可愛いんだから。ギャップでもうキュンときちゃって、運命感じちゃいましたあ」
この娘誰だっけ? 確かに見覚えがあるコンパニオンちゃんなんだが、名前が思い出せない。そういえば、スーツを着せてもらった時に、何度か柔らかい胸が頭とかに当たってたな。あれはワザとだったか。女って怖いな。
「次から次へと……何の冗談だよまったく」
何故かガリーナがそっと挙手している。
「ごめんなさいっ、一級シェルターに避難するのに日本国籍が必要だったので、私達、勝手に籍をいれさせてもらいましたっ。もちろん愛はありますっ、私は尽くすタイプですのでっ、今後ともよろしくお願いしますっ」
必死でなんか言ってるし。籍を入れる? ジョークのネタとしてはちょっと重いな? リアクションに困るぞ。まあ、ガリーナはちょっと空気読めないとこがあるよな。真面目でいい娘なんだが、無理に皆の冗談に付き合わなくてもいいと思う。
「おいおい、いつから日本は重婚OKになったんだ?」
「18年前からやな。移民法改正のどさくさ紛れに、こっそり潜り込ませとったみたいや。最初は柿崎はんにどんどん離婚してもろて、順番に籍を入れる計画やったけど、おかげで皆仲良く妻ですわ」
うわ、このネタでまだまだ引っ張るつもりか? しかもどんどんヘビーな方向へ。アメリカンジョークって訳わかんないけど、大抵もっとカラッとした馬鹿話だろ?
「もちろん私が正妻だよな?」
「百歩譲ってガリーナ達は帰化のためだとして、リンリンお前は日本人だろうが」
まあ、こいつの国籍は怪しいもんだがな。伝手と金があれば戸籍なんていくらでも誤魔化せるからな。あれ? そういやガリーナ達も以前に戸籍洗浄してなかったっけ? 俺と結婚する必要なんてないじゃないか。
「もうっ、乙女心がわからないダーリンね。鈍感系主人公のつもりかしらっ」
リンリンが何かのキャラになってクネクネ始めやがった。なんか凄くぶん殴ってやりたい。文句があるフェミニストは、こいつと付き合ってみればいい。
「もうご両親には挨拶して来ましたのよ。大変お喜びでした」
オリガ、お前もか。一番の常識人だと思ってたのに……そういやこいつも、やる時は結構やらかす奴だった。
母さん達が無事でいるなら嬉しいが、一体どこまでが本当の話なんだよ? もう訳がわからなくなってきた。
「いいんじゃない? 柿崎グループの幹部は皆、源五郎さんのワイフで、いくつかの関連企業の社長でもあるの。家族経営の財閥って面白いわよ。鉄の団結で世界を裏から支配するの」
マーシャか、こいつは金目当てな気もするが……いや、金なんてもうあまり価値がないんだった。
ファミリーか。マフィアみたいだな。
「ほらほら、もう皆こうして籍も入ってるんやし、観念してうちらを可愛がってえや、ダ・ン・ナ・サ・マ」
ナンシーが戸籍抄本の束をドンとテーブルに叩きつける。マジかよ。俺は一体何人と結婚したんだ? この枚数は、ここにいる連中だけじゃないだろう。
「でも、俺の同意もなしに、一体どうやった?」
こりゃあマジで、俺は結婚したことにされているのかもしれない。
「日本の法律はザルやねん」
ナンシーが預けていた俺のハンコを弄んでいる。
「ハーレムは男の甲斐性やで。みんなまとめて面倒見てや」
なんだよ……一瞬本気にしてしまったじゃないか。
昔はともかく、今ではハンコにそれ程の力はない。前の会社で結婚詐欺にあった奴がいたのでよく知っている。日本の法律では、書類が完璧であっても、本人の同意がなければ結婚は無効なんだ。
手の込んだ悪戯だが、小道具に凝り過ぎたのが裏目に出たな。戸籍抄本だって、それっぽくプリントアウトしただけだろう。
中学の頃、女子達が罰ゲームで告白ごっこをやっていた。本人達にとっては他愛もない遊びだったんだろうが、モテない男子達にとっては残酷な行為だ。一瞬浮かれさせておいてどん底へ突き落すんだからな。
前の会社の女子社員どもは、もっとエグイことをしていた。自殺未遂まであったからなあ。仕事ができる奴がそれで何人も辞めてしまい、俺の地獄がヘルモードになったものだ。
こいつらが何故、この非常時に馬鹿げたゲームを始めたのかは知らんが……ここでそれを叱りつけるのも大人気ないか。
いい年をしたオッサンが、若い娘達にからかわれて舞い上がる様を見て喜んでいるだけだ。まあ、リンリンはともかく、他の連中はそこまで性格はねじ曲がってはいないからな。ちょっとしたお茶目のつもりなんだろう。俺を精神的に追い詰めようとする意図までは感じられない。
まあいい、ここは大人の余裕を見せてやるか。少しくらいこいつらの冗談に付き合おうじゃないか。ずっと地下にいてストレスも溜まっているのだろう。
それに、俺だって銀河連邦との戦いでいつ死ぬかわからない身の上だ。嘘でもいいから、ロマンスの欠片が欲しいのさ。
別に山盛りセットでなくていいから、本当に本気で俺のことを慕ってくれる女性が一人くらいいないものだろうか。まずは恋愛フラグを立てないと始まらないのか……そこが面倒なんだよな。
ガリーナやアリサちゃんあたりなら、多少は好感度は上がっている筈だ。微粒子レベルでワンチャンあるかもしれない? いやいや、何を期待しているんだ。オッサンはすぐにそういう勘違いをするから揶揄われるんだぞ。
よかろう、しばらく小娘どもの結婚ごっこに付き合ってやるよ。俺がその気でいればいいんだろう? ネタ晴らしされた時には、せいぜいウケるリアクションをしてやるさ。
「なにこの娘、可愛いじゃない。柿崎ハーレムにようこそ」
リンリンに抱き着かれたベティちゃんは、一言、興味深い展開ですねと言った。
優秀なAIは何もかもお見通しのようだ。だが、この状況で選ぶべき言葉は、初めましてだぞ。
その辺の安物のアンドロイドにもできることが、何故できないのか? 優秀過ぎて少々残念な行動をとってしまうのがベティちゃんなんだよなあ。
リンリン達の冗談はさておき、料理人の爺さんがいなくなっていたのは本当にショックだ。
最後の時は孫達と一緒に迎えたいそうだ。気持ちはわからなくもないが、どうせなら孫も連れて来て住み込めばいいのに。
柿崎商店は、このご時世にも関わらず、馬鹿みたいに広いエリアを確保している。シェルターの狭い居住区に押し込められている人達にバレたら、打ちこわしとか起きかねないレベルだ。
でもまあ、食料さえあれば日本人はそういうのやらないからな。クーデター政府も細々とではあるが配給は続けているみたいだし。
ペミカンはあくまでプラスアルファ、たまに食う贅沢品のポジションらしい。
そういえば、このペミカン、あの爺さんも開発に関わったそうだ。それは是非試食してみなければ。
薄くスライスして皿に盛りつけたものを、アリサちゃんが持って来てくれる。爪楊枝の刺し方が何気にオシャレだ。意外に女子力が高いのかもしれない。
恐る恐る一番小さいのを口にしてみる。
何だこれは……生肉のなめろう? それがレーズンバターに入ってる、みたいな? 珍味系とご馳走系の間をいく大人の食べ物だな。
どう考えても酒のつまみだよ。リンリンなんかブランデーをラッパ飲みしながら食ってるし。
でも俺は、とりあえずビールだな。
「リンリンの馬鹿が何兆円も酒につぎ込んだ時は、さすがに怒り心頭やったけど、結局、そう悪くない投資やったね」
核戦争が始まる前から、具体的には俺があっちに行ったままになった時から、この馬鹿は世界中の酒を買い漁っていたらしい。いくつも買収した酒造メーカーは、そのほとんどが潰れてしまっているけれど、回収できた在庫だけでも今となっては十分元がとれたことになる、らしい。
リンリンのドヤ顔が腹が立つな。貨幣の価値がここまで大暴落してるんだから、何を買っても損しない状況だっただろう。
まあ、長期保存可能な嗜好品という点で、酒というチョイスはポイントが高かったわけだが、こいつの場合は絶対自分が飲みたかっただけだ。
「ヒャッハー! 世界中の酒はあたいのもんだよ!」
山賊プレイか? なんだろうな、合法的な経済活動の筈なのに悪党の所業にしか見えない。
リンリンは酒の他にも、アニメスタジオを経営に手を出してしているらしい。ネットで配信中で大好評のようだ。
日本中の地下シェルターの通信インフラを買い占めて、国民に無料でネットワークを開放しているらしい。
本来は政府がやるべき仕事だな。だが、こいつが慈善事業をする訳がなかった。
狙いはネット空間の支配。ライバルの通信速度を絞るなど、あらゆる手を駆使して、視聴数ナンバーワンの座をキープしているらしい。
魔法少女ミラクルリンリンと続編のキャッチマイハートリンリンは、五分の短編シリーズで、制作期間も五分程度という出鱈目っぷりだ。
アバターキャラを適当に操作しながら、リンリンがアドリブで喋りまくっているだけ、登場人物のほぼ全員の声優がリンリンになっている。シナリオも何も用意しないで粗製乱造?
まあ、見ているとそれなりに面白くはあるが……小さい子の一人ままごとを見ているようだ。
他にも、宇宙忍者キャプテンカキザキという恥ずかしいシリーズが三話まで放映されていた。これは……今すぐ打ち切って欲しい。
勝手に俺をキャラにしたのも許せんが、ミラクルリンリンに視聴数で負けてるのも腹が立つ。
ランネイまで自分が主人公のカンフードラマを制作していて、ミラクルリンリンと視聴数を競っているようだ。やはりアドリブ中心で、シナリオも書かずにノリと勢いで撮影してしまうようだ。
登場するチャイニーズ達は皆いい人ばかりで、無気力で無能な日本人を悪党から救ってくれるというワンパターンなストーリーだ。それが自虐的傾向の強い日本人に大好評みたいだ。俺はパンチラ効果が大きいと思うんだがな。
元々、アイドルとしてランネイの知名度が高かったこともあり、視聴数争いでミラクルリンリンと双璧となっている。
これがビリーの言っていた、メディアをコントロール下に置くということか? ちょっと違う気もするが、情報源を独占している以上、世論は自在に動かせそうだな。ペミカンも売れる訳だよ。
ミラクルリンリンで、全地球人類が一丸となって銀河連邦と戦うなんてシナリオはできないものかな?
ストレートに真実を流せば皆が怖がるだろうが、フィクションだと思えば正しい選択を考える筈。
そう、命をかけて巨大な悪に立ち向かうのが正解だ。
そういう意味では、別に敵は魔王でも悪の秘密組織でもいいんだけどな。
基本的には俺がリンクスで戦うつもりだが、数が必要になる戦局もあるだろうしな。
いずれ徴兵するにしても、タケバヤシ程度では足手纏いにしかならない。地球全体で探すとして、果たして何人いるかな?
家庭用のガーディアントルーパーズを普及させて、適正のあるパイロットを発掘しないとな。その辺はビリーの担当だ。
今の所一番期待できそうなのは、ガーディアントルーパーズ未経験だが、ナージャちゃんだと思う。
そういえばセンセイの奴、心配になって娘の所へ帰ったらしい。豪運のナージャちゃんはある意味人類最強なのに、お父さんは心配性だな。