帰ってきた超人
硫黄島を発った後、海溝深く潜航して北上し、東京へ向かう。と見せかけて、こっそり西に向けて進路を変えたのは秘密だ。
犀川さんから敵味方識別装置を貰ったので、一気に飛んで行っても日本防衛軍からは攻撃されない筈だ。が、そんなものを使えばビリー氏にもリンクスの居場所が筒抜けになるからな。俺の勘だとあいつらって裏で繋がってるし。
どうやらビリー氏は今でも大阪のホテルにいるらしい。アポなしで押しかけてとっちめてやる。
まあ、すでにリンクスの存在は防衛軍からの情報でバレているだろう。当然、警戒してるよな。
交渉か? 戦闘か? 俺はバトルジャンキーではないが、売られた喧嘩は倍返しと決めている。今決めたんだけどな。
三十歳になってしまったが、まだまだ血気盛んなお年頃なんだ。人生まだまだこれからだ。少年の心を失わない中年とか、カッコイイじゃないか?
地球の軍隊同士の戦闘につい参加してしまったのは悪手だったかな? 地球における俺の立ち位置が微妙になってしまったのは間違いない。けどまあ、済んでしまったことだ。
核ミサイル搭載の潜水艦を放置しとくわけにもいかなかったからな。俺の正義で判断すると、奴らは倒すべき悪だった。問題ない。
北米の地下サイロ群には大陸弾道弾が未だ残っており、アメリカ連合国その他の管理下にある。しっかり日本もターゲットにされているそうだ。
犀川さんはそっちの始末もやって欲しそうだったが、さすがにそこまで面倒見るつもりはない。まあ、ムカついたらぶっ壊しに行くかもしれないけどな。
個人が国家とタイマン張れる戦闘力を手にしたら、まあそうなるよな。自重はしないから、これからは世界の方で俺に合わせて欲しい。
北米の現状は混沌としていて、一応国家としての体を成している勢力から、せいぜい数十人規模の武装組織まで入り乱れて、陣取り合戦を続けている。中にはスキュータム一機だけのワンマンアーミー勢もいるみたいだぞ。
それぞれの支配地域は毎日猫の目のように変化していて、時々核兵器が使用されている。核のハードルが下がったというか、もう歯止めが効かなくなってるなあ。銀河連邦に太陽系丸ごと消されるかって時に、一体何考えてるんだろうな?
いや、今のところその話を知ってる地球人は、ビリー氏と俺くらいだろうから、仕方ないのか。実の所は、俺だってそこまで詳しく知ってるわけじゃないしなあ。
犀川さんはなんとなく知ってそうな気もしたが、あの人にも立場ってものがあるし、なかなか腹を割って話すというのも難しいもんだよ? まあ、高度に政治的な駆け引きとやらをしている間にタイムオーバーになっても知らんけどな。
太陽の光が届く浅海をのんびり泳ぐ。不用意な音さえ出さなければ、このくらいの深度でも地球の潜水艦には探知されないようだ。
ビリー氏が俺を警戒して待ち構えているとしたら、わざとグズグズしてヤキモキさせてやる。つまり巌流島作戦だ。兵法だよ兵法。
生兵法は怪我のもと? ビリー氏に準備する時間を与えてしまう? うーん……全力のビリー氏を叩き潰す方がお互い納得できるんじゃないか?
それに犀川さんから入手した情報を分析する時間も欲しいしな。微速前進でゆっくり行こうか。
日本の諜報力はお粗末なことで有名だが、それでも俺が知りたかった情報がある程度手に入った。
世界中から集められた宇宙海賊達との取引記録を、ベティちゃんに分析してもらう。量産型スキュータムを地球人に売りつけているのは、どうやらビリー氏とは別の宇宙海賊のようだ。
やはり、複数の宇宙海賊が地球を訪れているな。犀川さんも、宇宙人にいろんな勢力があることを認識していた。
戦国時代の日本人はポルトガルやスペインをひとくくりにして南蛮と呼んでいたが、実際には修道会によっても対応を変える必要があったわけで、詳細な情報ってのは強力な武器になる。
資料を見る限り、銀河連邦の存在には言及されていないようだ。おそらく量産型スキュータムは銀河連邦とは関係ないメカだろう、宇宙海賊が片手間に作れる程度の安物だ。ヴァルキリアでやっと、銀河連邦の二軍あたりなんだと思うな。勘だけど。
記録によれば、宇宙人相手に地球人の方からコンタクトをとることはできないようだ。
彼らは突然やって来て一方的に対価を告げる。要するに戦闘ロボの押し売りだな。
対価は土地だったり、動植物だったり、昔の武器だったり様々みたいだ。資源などには興味を示さないようだな。地球の通貨にも見向きもしない。金さえあれば何でも買えることを知らないのか? 文化が違うんだろうな。
連中の土地所有の概念がいろんなトラブルを引き起こしているようだ。スキュータムの対価として手に入れた土地は、宇宙海賊の絶対不可侵の縄張りとなってしまう。つまり領土だな。
そのことが判明してからは、対価に土地を差し出す国は少なくなったが、奴らは個人とでも取引して勝手に縄張りを増やしてしまう。
例えば、アメリカからの独立を訴えていた自称ネイティブアメリカンの青年の前に突如現れ、グランドキャニオンを対価に量産型スキュータムを渡している。
アメリカとしちゃとんだ災難で、泣き寝入りするしかなかったようだな。宇宙人的には正当な持ち主と取引したつもりか? 別に相手は誰でも良かった気もするな。
そんな感じで奴らの基準で量産型スキュータムを世界中にバラまいたもんだから、内戦とか独立戦争とか起きまくっている。
量産型スキュータムといえども、小さい国の軍隊程度が相手なら無双できるしなあ。
土地以外にも、生きた人間とかも取り引きされている。
ユーラシア連邦のケースだと、数十機分の対価として数百万人の生きた人間を差し出している。奴隷? それだったらまだいいけどな。食用かもしれないもんな。
銀河連邦に所属している生命体の中には、地球人タイプの知的生物を好んで食べるのもいるらしい。そういう需要もあるということだ。
不思議なことに、奴らは何故か地球の古い武器を欲しがるようだ。石斧からミサイルまで、各国の博物館から大量の所蔵品が持ち出されたようだ。
レプリカでもいいが、実際に戦闘で使われた武器を最も有難がるようだな。海底に沈んでいた大日本帝国の軍艦なんかも、結構いいレートで取引されたようだ。
沈没船なんかの所有権も物凄く適当に判断しているようで、近くの島の住民や観光で訪れていたダイバーがスキュータムを手に入れている。
本来なら大日本帝国の遺産で百機以上手に入っていた筈だと、犀川さんは不満たらたらだった。
そういえば、数年前から世界中で古い兵器のレストアブームが起きていた。あれも取引材料を増やすためだったようだ。樺太脱出で乗ったレプリカの二式大艇を思い出す。日本もそれなりに頑張ってたんだな。
アメリカのある会社では、完璧に当時と同じ仕様のゼロ戦のレプリカを、数万機も生産して納品していた。他にも三枚翼のフォッカー Dr.Iが人気で、やはり万単位のレプリカが作られている。
飛行機以外だとドイツのタイガー戦車とか、イギリスの戦列艦とかまで取引されたようだ。
宇宙人にとっては、オモチャをコレクションするようなものなんだろう。やっぱり飾って喜ぶんだろうか? 家が広いのかな?
「量産型スキュータムとの交換レートは……うーむ、あってないようなものだよな」
リストを見る限り、基準がさっぱりわからんな。奴ら……その場のノリで適当に交換してないか?
宇宙海賊の商習慣なんて知らんが。
『彼らにとっては、レートよりも取引で得られるよいこポイントが重要なのでしょうね』
よいこポイントだと? 一瞬、ベティちゃんが壊れたんじゃないかと本気で心配してしまった。
どうやら銀河連邦では未開星人と取引を成立させる度に、よいこポイントなるものが支給されるらしい。ネットオークションの評価ポイントみたいなものだろうか?
よいこポイントを貯めれば、非売品の景品と交換できるようで、市販されていない正規軍の装備も手に入るようだな。宇宙海賊なら喉から手が出るよなあ。そういうことなら俺も欲しいぞ、よいこポイント。
「概要は理解できた。ただなあ、よいこポイントってネーミングはないよな? せめて公正取引ポイントとか、ちょっと違うか……ニコニコポイント? あきんどポイント? うーん」
今更ベティちゃんのネーミングセンスにケチをつける訳ではないが、よいこポイントは駄目だろう。
各国の偉い人達がよいこポイントについて議論するシーンを想像したら笑えるだろう? 幼児向けアニメならそういうノリもアリかもしれないが。
それにしても、頑張ってポイントを集めている宇宙海賊とか、俺が想像していたインベーダーのイメージとはちょっと違うなあ。
結果的に多くの地球人が死んでいる訳だが、そこに悪意や殺意があったのかというと、微妙なところだよなあ。
黒潮に逆らって西に向かって泳ぎ続ける。ベティちゃんが自動操縦でバタ足を続けてくれるので、俺はすることがない。相変わらずほとんど魚を見かけないが、一度だけイワシの群れに遭遇した。
核爆発の影響なのか、それとも海って元々こういう感じなのか? 俺は漁師じゃないからわからない。
外洋にあまり魚はいないのかもな。そういえば、江戸前寿司も本来は東京湾でとれた魚を使っていたと聞いたことがある。
魚はいないが、いろんな漂流物が上を通り過ぎていく。大抵はプラスチックごみの塊だ。
流れ藻だったら小魚が集まっていたりして癒されるんだがな。
『海上に生命反応多数』
珍しい海の生き物達が現れたのかな? 期待して情報ウインドウを確認すると、小さな武装漁船に人間が鈴なりになっている。これが噂の武装難民か?
舳先に30mm機関砲なんか載せてやがるな。あんなのぶっ放したらボロ舟が転覆するんじゃないか? そもそもどうやって手に入れた? 民間人にしちゃ重武装過ぎだ。
犀川さんの話じゃ、救助しようと丸腰で近づいた日本の船が、すでに何隻も犠牲になっているようだ。脳味噌がお花畑だと駄目だな。
生きるためにはなりふり構っていられないんだろう。そりゃあ、飢え死にしそうなところにカモがネギ背負って近づいて来たら、美味しく頂くよなあ。
難民だろうが軍人だろうが、ボロ船で大海原に乗り出すほど行動力があって、銃で武装している飢えた集団だ。彼らが日本に上陸すればどうなるか。
「犀川さんが言ってたな。赤の他人を一人救おうと思ったら、家族や仲間を三人犠牲にする覚悟が必要だそうだ」
的外れなことしかしない政治家のせいで、犠牲者がどんどん増えていくのに耐えかねて、やむなく軍はクーデターを起こしたらしい。
選挙で選ばれた政治家達を、国民に支持された軍が倒したんだな。その場合どっちが正義なんだ?
『異邦人はリソースを三倍消費するということですね』
ベティちゃんの珍回答に困惑する。だが確かに、握り飯で我慢できる日本人は省エネだな。肉が食えなくなれば暴動を起こすのが世界標準らしいからなあ。
菜食主義者の主張によれば、肉食は草食の何倍も何十倍もリソースを消費するらしいぞ。
俺は肉が好きだが、豆腐なんかも大好きだ。湯豆腐や冷奴があれば、ステーキが食えなくても結構幸せかもしれん。ヘルシーは正義だし。
まあ、漂流船のことは見なかったことにしよう。あまり見ていると、情が移って見捨てられなくなるしな。
救助するにせよ沈めるにせよ、決断するのは軍人さん達だ。キビシイ選択を迫られるわけだが、クーデターを起こした責任はとらないとな。
俺は無責任にいかせてもらうぜ。地位とか名誉とかそんなの興味ないから、気楽なもんだぜ。
潮の流れのせいか、その後も漂流船に次々に出くわす。たまたま武装難民同士で戦っているシーンも見てしまったよ。カリブ海の海賊の時代から、人類はたいして進歩していないことがよく理解できた。
どいつもこいつもクソッタレだ。銀河連邦が太陽系を消し去りたい気持ちが少し理解できたかもしれん。
もうこの世界は地獄だな。そうか、蠱毒だな。中国の呪いにそういうのがあるそうだ。壷の中に毒虫を沢山入れて、最後に生き残った一匹を使って呪いの儀式をするんだよ。
一説によれば、壷とは世界の比喩的表現だとも言うな。シェルターやコロニー、いや、地球そのものが蟲毒の壷だと言えなくはないか?
『そろそろ潮岬を通過します』
ベティちゃんの声で目覚める。そろそろ日の出みたいだな。
シオノミサキ? なんとなく聞き覚えはある地名だ。浮上すると白い灯台が見える。
「シーオノミーサキのー、灯台守はー」
思わず歌ってしまう。
『それは、歌詞が間違っているのでは?』
「いいんだよ。作詞作曲は俺なんだし」
かつて音楽教師に、歌うたびに作曲しているとよく誉められたものだ。何故か音楽の成績は悪かったがな。
紀伊水道に入ると、水深がどんどん浅くなっていく。同時に魚の数も種類も多くなって退屈しなくなった。タイやヒラメの舞い踊りだ。とても核戦争後の世界とは思えない。
クエっぽい大型魚もチラっと見かける。爺さんのクエ鍋は美味かったな。この辺にいる奴を捕まえても、汚染されていて食えないんだろうなあ。
『海底に音響センサー類が多数設置されていますね』
有線式のソナーか。潜水艦よりずっと安上がりだし、オペレーターは遠くの基地にいるから、破壊されても人は死なない。硫黄島でも使われていた魚雷の缶詰をオプションで追加すれば、立派な攻撃手段にもなるようだしな。
防衛海軍の魚雷の缶詰は、メンテなしで何年も海の底に沈めておける点で米軍のより優れているらしい。そんなに凄いのに、年間の製造予算が、たった三発分しかなかったというのが呆れる。
防衛軍の弾薬の備蓄が極端に少ないのは、二度目の出撃の前に政治でカタをつけるという想定で動いていたかららしい。
クーデター後は慌てて増産しているようだ。泥縄感が凄い。
まあ、火薬の類は意外に賞味期限が短いから、平和な時代だと弾薬備蓄を減らす方が国家予算に優しいのだろう。万一に備えての必要経費なんだがなあ。
防衛軍がエネルギー系兵器に高い関心があったのには、その辺の事情もあったのかもしれない。
リンクスのステルス能力は、何故かソナーにもある程度有効なようだ。犀川さんはまったく探知できなかったと言っていた。
無数の音響センサーを掻い潜って、どんどん北上していく。防衛軍は一応味方の筈だが、油断しない方がいいに決まっている。
「一瞬の油断がシオマネキ」
『シオマネキとは絶滅危惧種のカニの仲間ですね。すでに絶滅しているかもしれませんが』
ダジャレにまともに返されたぞ。こういうのが一番困るんだよな。
大阪に近づくにつれ、さらに水深は浅くなる。そういや、俺が釣り場にしていたホテルの船着き場の水深は10mもなかった。リンクスの身長は約10mだから、あの辺で立つと海上に出てしまうな。
別にビリー氏に見つかってもいいよな? サプライズパーティーがしたいわけじゃないし、なんかもう面倒になってきた。
浮上してみると、京阪神一帯は一面緑のゴルフ場みたいになっている。何故か一発だけ誤射で飛んで来たミサイルが、ギガトン級の水爆を搭載していたらしい。それって明らかにビリー氏を狙った奴だよなあ。
剥き出しになった地表を、たった数か月で雑草が覆いつくしたんだな。どこからか種が飛んで来たか、それとも長い間土の中に埋まっていた種が目を覚ましたのか?
砂漠でヒャッハーな世界を想像していたのに、植物はなんとも逞しいことだ。いや、雨の多い日本の気候のおかげか?
空を見上げると、白い入道雲。夏だよなあ。人の営みに関係なく、地球は回っているのか。核の冬はどうなった?
こうしていると、人類の半分がいなくなったとか、あまり悲壮感が感じられなくなってくる。
哀しいことだが、自分が安全な場所にいれば所詮は他人事で、死者は数字でしかない。家族や知り合いの安否は気になるけどな。
江戸の町で東海道中膝栗毛が大ヒットしていた頃、地球の総人口は10億人だったそうだ。そのことを考えれば、まだまだ人類は大丈夫だろう。
現代文明なんて、風の前のチリのようなものだったのかもしれない。
諸行無常。そういえば、祇園精舎の鐘ってどんな音で鳴ったんだろうな? やっぱお寺の鐘みたいにゴーンか? イメージ的にはもっとこうインドっぽい感じ?
そういやあの坊主……生きてるかなあ?
噂をすれば禿げ、ではないが、懐かしい殺気がピキーンと来たな。やれやれだぜ。
考えるより先に、ブーストダッシュで上空へジャンプする。眼下で沸き立つ海面。結構大出力のビームが、直前までリンクスがいた座標を薙ぎ払っていた。
続いて高速のプラズマ弾が大量に飛来する。高速弾の方が避け易くていいが、一つ一つが結構でかいのが厄介だ。最低でもプラズマ弾の半径は移動しないと避けられないからな。
飛んでる間にも徐々にプラズマが膨らんでいくので、それもコミで余裕をもった回避を心掛ける。
さらに追加で低速の小ぶりなプラズマ弾が、大量にフワフワと押し寄せて来る。シャボン玉のようで綺麗だが、逃げ道を塞ぐいやらしい壁だ。
嫌な野郎だぜ。俺が嫌がる攻撃を熟知してやがるのはさすがだ。
うーん、あそこからか? 上空からだとビリー氏のホテルが遠くに小さく見える。
カジノ特区だった島は、もはや見る影もない。最大級の熱核兵器の爆心地になったんだからな、島ごと蒸発してしまったようだ。
ホテルも半壊して上半分が崩れ落ちてしまっている。まあ、一部が残ってるだけでも十分健闘したと言えるだろう。やっぱ、バリアとかで防いだんだろうか?
俺が借りていた階層は結構上層にあったので、完全に消滅してしまっている。あいつらは無事かなあ? まあ、俺がいなくなった後もあの部屋に住み続けてたなんてことは……ないだろうと思いたい。
リンリンとかセンセイはずうずうしいから、そのまま居ついてそうではある。でも、あいつらの悪運は半端ないから、まさか死んじゃいないだろう。憎まれっ子世に憚ると言うしな。
幸薄そうな三人組の方が心配だ。だが、仮にもプロのエージェントだし、大丈夫大丈夫。サイボーグだからタフだしな。
あのホテルのエレベーターは、恐ろしく地下深くまで続いていたんだった。ビリー氏のことだから、地下都市の一つや二つは用意してあるに違いない。
やはり、速度の違うプラズマ弾を組み合わせた弾幕は厄介だ。反射神経に頼って何も考えずに避けていたら、そのうち詰むな。明らかに敵はそれを狙っている。
プラズマ弾はゲームでは初見殺しの武器だった。よくわからない効果を持つものが多いからなあ。最初の頃はよくワンコイン献上したものだ。
安全に斬り払えるかどうかも不明なので、敵の策だとわかっていても全て回避することにする。
リンクスが避けた流れ弾が、入道雲にまで飛んで行って、次々に大穴をあけていくのがチラッと見えた。やはり斬り払わなくて正解か。
気象現象にまで影響を与えるかなあ。ゲームの演出ではなく現実なんだと考えると、なかなかシュールな光景ではある。
核爆発がキノコ雲を発生させることくらいは知ってるけどな。
雲を呼び嵐を呼ぶ戦いか? まるで神話の神々の戦いだな。
半壊したホテルの一番高い場所で仁王立ちしている機体を発見。撃って来てるのはあいつだな。馬鹿と煙は高いところへ上りたがるからな。
ズームすると全身にランチャー類を装備している。武器の持ち過ぎでミノムシみたいだ。小学生の考えるさいきょうのロボかよ。
機体のシルエットが武器に埋もれてしまって、機種がよくわからんぞ。新型か? 新型だろうな。ハードポイントの数からして多過ぎるもんな。
問題は、あいつたった一機でこれだけの弾幕を張れているってことだよ。ヴァルキリア並みの出力がないと、エネルギー供給が追い付かない筈だ。
つまり、あれか? ヴァルキリアは強キャラでも何でもなくて、宇宙の基準ではわりと標準的な性能?
まあ、そういう可能性もあろうかとは予想してたけどな。
面白いじゃないか、ヴァルキリアとは一対一でちゃんと戦ってみたかったんだ。中の人が坊主なら、丁度いいハンデだよ。
なあに、プラズマガンだったら俺だって持ってるのさ。インベントリからコレクションを取り出し、試しに相殺を試みる。
なんか、一方的に打ち消されてるな。まあ、俺のメインウエポンは剣だし、気にしない気にしない。
原理はわからんが、こちらをホーミングして来るプラズマ弾が何割か混じってるな。全てホーミング弾ならまとめて誘導してから躱すって手があるんだが、直進して来る弾もあるのでそうもいかない。
「本当に、人の嫌がることをするのが得意な坊主だよ」
『わかるのですか?』
「ああ、見えるんだよ。人の持つオーラの色って奴がな」
AIであるベティちゃんには理解できないだろうな。だからこそ人間のパイロットが必要なんだよ。
追い込まれて本格的に詰む前に、一旦後退する。逃げるのではない、戦術的な転進だ。
自由落下しながら、チョイチョイとブーストで微修正してなんとかギリギリ抜けていく。よし、クリアだ。なかなか熱い弾避けを楽しめたぞ。
おっと、このあたりの水深は浅いんだった。海面に激突する寸前に思い出して、ブーストダッシュで急制動をかける。
リンクスの落下はピタリと止まり、海面に綺麗なドーナツ状の波が発生する。よくわからんが、こういうのも反重力装置の効果なんだろうな。
リンクスを追って来たプラズマ弾が次々海面に落ちた瞬間、海水が半球状に消滅して大穴が開く。
水と反応すると消滅するのか。これだと水深が浅い場所だと逃げ場がない。
大量のプラズマ弾が降り注ぐと、海底が露出し、さらにその海底が削られていく。自然破壊もいいとこだぞ。この辺りにも多分クエとか住んでるんだぞ。
今は放射性物質で汚染されていても、ハンゲンキ? 要するに時間が経てば食えるようになるってことだ。とにかく、食べ物を粗末にする奴は許さん!
『フハハハ! このガルバンゾのパワーを見たか!! お前らのような雑魚とは違うんだよ!』
おりょ? この声は……中の人はタケバヤシだったみたいだな。てっきり坊主かと思っていたんだがな。確かに、戦い方がタケバヤシだよなあ。
まあ、坊主とタケバヤシなら大して違わん、似たようなものだ。
新型機の名称はガンバルゾと言うらしい。前向き感があって悪くないぞ。いかにも頑張るぞーってところがいいよな。
新型に乗り換えて調子に乗っているようだが、残念だったな、リンクスだって地味にパワーアップしてるんだ。
いや、タケバヤシごときにわざわざ手の内をさらす必要もないか。ここは縛りプレイ、つまりは舐めプだ。あえて新技は封印して戦うことにする。
ちょっと苦戦するくらいでないと、人間、成長しないからな。
弾幕ゲーは俺の得意分野だし、こまめにブーストダッシュを切り替えながら、水面をミズスマシのように走り回る。
リンクスのパワーアップを隠蔽するため、時々エネルギーゲージが切れたように、水中に沈む演出も忘れない。
我ながら芸が細かい。タケバヤシはどうでもいいが、その背後にいるビリー氏には少しでも油断していてもらいたいからな。
『無駄! 無駄! ムダあっ!! 踊れおどれえっ!!』
タケバヤシが興奮して叫んでいる。あいつ、通信回線を開放してるんだな。
誰かに聞いてほしいとか目立ちたがり屋かよ。いや、案外寂しい奴なのかもしれん。
それにしてもあいつって、ここまではっちゃけたキャラだったか? 最初はもう少し普通の青二才だった気がするぞ。初対面の頃はネコをかぶってただけかもしれないが……パイロットシンドロームだっけか? ハンドルを握ると性格が変わるって奴かもしれん。
馬鹿が調子に乗っている間に、こっちはデータを集めておこう。
おまけバリアーを最低出力で広く展開して、プラズマ弾の当たり判定を探る。紙一重で見切るための下準備だ。
どうやら、あいつのプラズマ弾同士は接触すると消滅するみたいだ。ビームも撃って来なくなったし、その辺も見境なく相殺してしまうようだ。
ホーミングして来るタイプはなあ……一体リンクスの何に反応しているのか、それがわかればデコイが有効かもしれない。
ま、攻略方法はだいたい思いついた。敵の弾同士を上手く相殺しながら抜けていけばいい。一種のパズルゲーだな。
すぐにコツを掴めた。
飛んだり跳ねたり海に落ちたりしながら、弾幕を縫うようにしてタケバヤシ機に迫る。
そしてチェックメイト。あっけなさすぎる。
奴は意外に落ち着いて待ち受けていた。てっきりもっと怯えると思ってたけどな、チキンハートを克服したのか? いや、違うな。罠か!
『かかったな! もらったあ!! ひぶっ!!!』
狙っていたのはゼロ距離での全弾発射か。ゲームの仕様だと近接戦闘で射撃武器は不利な扱いだったが、現実なら何でもありだからな。
その発想は悪くないぜ。
何でもありなのは俺だって同じだ。
こんなこともあろうかと、斬りこむ直前にインベントリに入れておいた海水を、数千トンほど取り出してぶっかけておいた。
水蒸気爆発とかは起きず、プラズマ弾と反応した海水がただただ消滅していく。
物理学的にはどういう現象なんだろうか? 対消滅なら高熱が出るんじゃなかったっけ? まあ、今はそんなのどうでもいいや。
「必殺の鬼斬りだ!!」
あ、しまった。せっかくキメ台詞を考えて叫んだのに、通信回線を開くのを忘れていた。
いや、これで良かったのかもしれない。後で冷静になってから、絶対恥ずかしくなるパターンだ。
オニギリではなく鬼斬り。
硫黄島の生き残り達が、俺のことをそう呼んでいると犀川さんが教えてくれた。ついに俺にも二つ名がついた。近接オヤジ? 知らんなあ。
漢字だとカッコイイのに、アクセントを間違えるとライスボールと勘違いされそうなのが玉に瑕だけどな……なんだか急に握り飯が食いたくなってきたぞ。
一瞬で、タケバヤシ機を苦も無く両断できたぞ。会心の一撃って奴だな。
バスターソードでもまだまだ戦えるな。刃物の切れ味ってのは、ちょっとしたコツで随分よくなるからなあ。
中の人はやはり転移で逃げたか。爆発もしないで転がっているガンバルのパーツを、戦利品としてしっかり回収しておく。ラッキー、儲かった。
タケバヤシが出て来たってことは、次はぷるりんちゃんあたりか? 油断するつもりはないが、わりと楽勝だよな?