海底2000キロ弱
海の底にゆっくり沈んでいく。いや、まだまだ全然底じゃないな、この辺りはまだ海溝のフチだ。
足元を見ると断崖絶壁の下に、さらなる深海が黒々と口を開いている。
もっと深く潜ってみるか? そこに山があれば登り、そこに海溝があれば潜る。それが人間ってもんだ。
一応、理由はないこともない。深く潜れば、通常の兵器は水圧が高過ぎて使えないだろう。
リンクスは水中用の兵器ではないにもかかわらず、何故か高圧は平気みたいだ。長所は活かさないとな。
潜水艦じゃないんだからコクピットに水漏れしそうなもんだが、気密性が高いんだろうな。
いや、ひょっとすると、コクピットの外は海じゃないかもしれないぞ。
前から気になってたんだが、リンクスのコクピットはちょっと広くないか? スキュータムIIの狭いコクピットに比べれば圧倒的に広々としている。居住性は段違いだ。
広くていいんだけれど、スケール的にリンクスのボディに収まってるのが不思議なんだよ。装甲の厚みを考えると、なんかおかしい気もする。
スキュータムIIの場合は分厚いのは前面装甲だけで、背中側は薄いコクピットハッチがあるだけだ。敵に背中を見せなきゃいいって設計思想なんだろうな。
装甲はただ分厚けりゃいいってものでもないが、戦車乗り達は心情的には千ミリ以上は欲しいと言っていた。俺だってリンクスの装甲が一メートルくらいはあると思いたい。実際、リンクスはバリアなしでも通常の戦車より圧倒的に丈夫だ。
でもなあ、装甲がそんなに分厚かったら、コクピットのスペースがこんなに広い筈がないよなあ。
ひょっとすると、コクピットは別次元に存在していて、遠隔操縦してるんじゃないか? あー、でも、Gで死にかけたんだった。
Gはある程度調整できるみたいだが、限界を超えると危険みたいだしな。ゲームじゃなかったってことで、ますます謎が深まったな。
インベントリなんてものが現実に使えているんだから、考えるだけ無駄か。宇宙人の技術は凄いですねってことでもういいか。
でも、日本のエンジニア達は、ビリー氏のテクノロジーを、劣化コピーだが一応再現できてるんだよな。あいつら天才過ぎて怖いわ。
景気よくどんどん沈むが、依然として底が見えない。この辺りは地球で最も深い場所らしいからなあ。
せっかくだし観光していこうか。こんな所に来るチャンスは滅多にないぞ、一生に一度の記念になるよな。
海溝は好都合なことに、東京湾のすぐ近くまで続いている。潜ったまま北上していけば、日本までずっと深海を進んで行けるんだ。
魚雷も爆雷もこの深度までは耐えられない。地球製の兵器はもちろん、ヴァルキリアのビームだって届きはしない。
フハハハハハ。なんぴとたりとも俺を攻撃することはできまい。
地球に出回っている量産型スキュータムとやらの性能は知らないが、ヴァルキリア程強くないだろう。宇宙海賊が地球人向けに大量生産してバラまいたモンキーモデルだ。下手するとスキュータムII以下の性能かもしれない。
地球の最新兵器相手に有利に戦えているようだが、兵器としての性能の差ではなく、放射線対策がバッチリという点が大きいみたいだしな。そりゃあ核戦争状態ならアドバンテージがあるだろうさ。
自慢じゃないが、リンクスだって放射線は平気だ。放射線に満ち溢れた宇宙空間を無事飛んで来たしな。
水中の移動にも随分慣れた。やはり基本は泳ぐことだ。
ベティちゃんが試作してくれた脚ヒレの調子がいい。ダイビングなんかで使われるごく普通のデザインだ。ロボ用だから近未来的なカッコイイ感じにしたかったんだが、やはり定番が一番なのかもしれない。ゆっくりバタ足するだけで、グイグイ前に進む。
原始的な推進手段だが、せっかく人型ロボットなんだし利用できることは利用しないとな。足は飾りじゃないんだよ。
人間にできる泳法は全て再現可能だ。息継ぎしなくてもいい分、むしろより自由度が高いといえる。
両足を揃えて人魚みたいに泳ぐ、いわゆるドルフィンキックがグイグイ加速するのにはいいようだ。直進するにはちょっとコツがいるがな。
まあ、スピードに拘り過ぎるのもつまらないものだ。深海をバタ足でのんびり泳ぐのも、風情があっていいものだよ。
水の抵抗って奴は、速度を上げる程にどんどん大きくなるから、逆に低速で泳げばすごく省エネってわけだ。
日本の潜水艦は結構な速度を出せるみたいだが、最高速を出すと原潜以外はすぐに電池切れだって聞いた。
我が国は何故かバッテリーで動く潜水艦にこだわりがあって、原潜は数隻しか保有していないことになっている。
一方で米軍の潜水艦は全て原潜で統一されている。合理的で羨ましい。それだけ税金を有意義に使えるんだからな。
原潜はうるさいと言われているが、世界一静かな日本の通常型潜水艦をアメリカは一隻も買ってくれない。実はそれほどメリットがないのかもしれない。
原子炉は廃棄する時が大変だと原潜反対派の議員さん達は主張していて、それは多分正しい分析だ。
ただ、ロシアとかは日本海に古い原潜をこっそり捨てたりしているし、米国の原潜も大半は日本の施設で解体されている。
日本が原潜をこれ以上増やすと誰かが困るんだろうな。ビリー氏? ありそうな話だが、なんでもかんでもビリー氏のせいにするのもなあ。
ああ、そういえば、ビリー氏傘下の企業から、通常型潜水艦を簡単に原潜化できるジェネレータキットが昔売られていたらしい。
魚雷とほぼ同じ形状のジェネレーターで、魚雷の代わりに搭載して配線を繋ぐだけで、あっという間に原潜もどきのできあがりという仕様だ。
発電量から原子力電池の一種だと推測されたため、原潜反対派が大騒ぎして追加購入はできなかったみたいだな。
現時点で地球の潜水艦がどれだけ生き残っているのかは不明だが、軌道上から見た感じだと水上艦艇はほぼ全滅しているみたいだし、まだいるとしたら潜水艦くらいなんだよなあ。
俺としては地球人同士の戦争にかかわるつもりはないが、相手が攻撃して来ないとは限らないしなあ。
核魚雷とか使われたら、さすがにどうなるかわからん。衝撃波をタイムスキップすれば、どうってことはないだろうがな。タイミングを合わせるのが難しそうだ。
深海なら核魚雷とて圧壊するだろうが、浅い場所で核爆発が起きた場合、衝撃波は海底まで伝わって来るだろうか?
潜水艦は案外強力なライバルかもしれないな。原潜ならリンクスよりスピードも出るんだろうし、逃げられないかもしれない。
深い海溝の底までは、太陽の光はほぼ届かない。ベティちゃんが補正してくれているので関係ないけどな。
照明なんかなくても、周囲は良く見えている。ゆっくり沈んでいく大量のプランクトンの死体のせいで、結構水は汚い。
ライトで照らしてやれば、幻想的なマリンスノーに見えるんだろうけどな。
こういうのが、ウナギの幼生のいい餌になるらしい。
ウナギは絶滅したんだろうか? この辺りにはウナギどころか普通の魚も見当たらないな。
そうだな、昼飯はウナギにするか。ウナギ系のメニューは意外にいろいろあるんだよ。
レトルトのうな重は培養もので、味つけはまあ普通だ。いい意味で普通に美味い。
俺のお気に入りはひつまぶし缶だな。使われているのは合成ウナギで、成分的にはウナギは一かけらも入っていない。ただ、タレがなかなか美味い。加熱すると偽物感が強くなるが、常温のまま食べるとこれがなかなかいける。
さて、どっちにするか? 迷った時は両方だな。先に缶詰を食べて、その間にうな重を温める。
うな重についている粉山椒をひつまぶし缶にかけると、なかなかに絶品だ。ベティちゃんに、粉山椒だけ余分に複製しておいてもらうか。
ひつまぶし缶だけでは少し物足りない分量だが、うな重の方は結構がっつり量もある。少々食い過ぎてしまった。
でも、何故か最近太らないので無問題だ。筋肉がついて、消費カロリーが増えたんだろうな。
コクピットに引き籠っていても筋肉が衰えないのは不自然な気もするが、宇宙飛行士用に超音波的なアレで筋肉を刺激する装置があるらしいし、きっとそういうことだろう。
海溝の底は、マリンスノーが堆積した一面の泥だった。
雪原みたいで美しいと言えなくもないが、そもそも雪原だってずっと眺めていたら飽きるからな。
残念ながら、沈没船なんかは見当たらない。生き物も滅多にいない。微生物とかは一杯いるんだろうが、俺が期待していたのは面白そうな外見の深海生物だ。
チョウチンアンコウとか? あれはもう少し浅い場所かもしれないな。
アンコウ関係は、さすがにレーションにはなかったなあ。鍋をレーションにするのは無理があったか? あ、検索で探すとあん肝缶ってのがあるな。
別にそこまで食いたくないけど。今は食い過ぎて腹一杯だし。
「ん? 何だあれは?」
『大型生物の遺骸のようですね』
大型……本当にでかいぞ? リンクスより大きい何かの死体が、海底の泥の中に半分埋まっているのが見える。腐りかけて長い背骨が露出しているな。
クジラにしては奇妙な形だ。まさかこいつはネッシー?
「今、ちょっと動いたぞ」
まさか、ドラゴンゾンビって奴か? 地球に帰って来たというのに、ファンタジーな展開じゃないか。
近づくと大きなフナムシみたいのがワラワラしている。腐肉を食べるスカベンジャーって奴だろうな。何匹かカニもいるぞ。断じて食いたくはないが。
「なんだ脅かすなよ。ただのクジラの死体じゃないか」
首長竜の首っぽく見えたのは、肉が腐れ落ちた尻尾の部分だったみたいだ。
気持ち悪いので急いで離れる。核戦争でクジラとかも死にまくっているだろうし、死体をあさる奴らにとってはボーナスタイムだろうな。
かなり遠ざかってから、あの死体は本当にクジラだったんだろうかと気になり始める。
酷い腐乱状態だったからなあ。
万一本当にネッシーだったりしたら……インベントリに回収しておくべきだったか?
いや、腐った死体とかいらんな。恐竜の骨なら化石の方がカッコイイし。
化石といえば、核戦争で燃えてしまった博物館とかも多いんだろうな。せっかく一億年以上埋まっていたのに、掘り出されて百年やそこらで焼かれてしまうとはなあ。
そういえば、ビリー氏も化石を買いあさっていた。ああいうのって、骨董品として宇宙人に高く売れそうだもんな。
ティラノサウルスの全身骨格なら、量産型スキュータム十機分以上の価値があるんじゃないか? いや、知らんけど。
前方に再び腐乱死体発見。
ここいらはクジラの墓場なのかもしれない。海流の関係で死体が流れてくるのかもしれないな。
見た目的にはまだ綺麗な死体もあるが、中身は腐ってるんだろうなあ。焼いても食えないだろうなあ。
俺はそこまでクジラ肉が好きなわけじゃない。クジラの生姜焼きステーキは大好きだが、あれはどちらかと言えば生姜醤油が好きなんだ。
クジラの赤身を生姜醤油に付け込んでおいてレアに焼くと、特有の獣臭さと生姜のハーモニーがたまらんのだよ。
新鮮な刺身を生姜醤油で食うのもいいよな。
まあ、クジラ肉だったら、冷凍倉庫にかなりの量が貯蔵されている筈だ。生き残っている人類があっという間に食い尽くしてしまうかもしれないが。
あ、食料がやばいかもしれないぞ。
地球人類がどれくらい生き残っているのかは正確には不明だが、日本とか地下都市を掘りまくってたからなあ。アメリカにだって核シェルターは相当あった筈だ。
他の国だって、金持ちの屋敷とかならシェルターは標準装備だろう。
加えて量産型スキュータムに乗っていれば、放射線とか平気みたいだし。
生き残っている人は、相当多いんじゃないか? それはそれで喜ぶべきことではあるんだが、食料をどうするんだよ?
地上の耕地は使えないだろうし、海も汚染されているから重要な蛋白源であるオキアミやアンチョビを利用できない。
日本政府は三十年分の食料を備蓄する計画を立てていたが、実際はほとんどストックできていないらしいしな。アメリカはもっと酷くて、一年分にも足りないって聞いたぞ。今時の政治家連中は、備えあれば嬉しいなって知らんのか?
せっかく命懸けで地球に戻って来たというのに、すでに詰んでるんじゃないか?
まあ俺は、リンクスさえあれば、一生食うには困らんけどな。マテリアルも売る程あるわけだし。
お、新鮮なサメの死体も転がっている。5メートル超級の大物だ。
異世界? のサメはもっと大きかったが、あいつらも捕まえておけば食えたかもしれないな。
フカヒレがとれるかもしれないので、とりあえずインベントリに回収しておこう。自分で食おうとは思わんが、これが地球最後のフカヒレになるかもしれないからな。
クジラ墓場を過ぎると、再び何もない海底が続く。深海の冒険って、思ってたのと違うな。ひたすら退屈だ。
そういえば、宇宙旅行も退屈だったな。
血沸き肉遅る冒険を楽しみたければ、普通のネトゲでもしているのが一番だ。やっぱリアルは駄目だな。
退屈過ぎて眠くなってきたので、ベティちゃんにバトンタッチだ。
俺がいろいろやって蓄積したデータを基に、最適解の泳ぎっぷりを見せてくれる。何か気になったら寄り道してしまう俺に比べて、巡航速度はずっと上だ。理想的なオートパイロットだと言える。
目覚めた時には、もう朝だった。
深海だとあまり関係ないが、腹時計は正直だ。
それにしても、いつの間に寝てしまったのか思い出せない。
長年のブラック企業勤めのせいか、眠りに落ちる時は一瞬だ。
断じて歳のせいじゃない。これも一つの才能だと前向きに考えよう。睡眠薬いらずで健康的じゃないか。
『上から音がしますね』
「音? ソナーの探信音か?」
ぴたっと泳ぐのをやめると、リンクスはゆっくり沈み着底する。むわっと泥が舞い上がり、リンクスに覆いかぶさる。カレイになった気分だ。
『何らかの回転体の振動音のようです。複数が、上方を通過中』
三次元マップで表示してくれる。海溝よりずっと上の浅い海を、多数の音源が通過していくところだ。
『なるほど、温度の変わる層のすぐ下を進んでいるのですね』
何がなるほどなんだ? ベティちゃんはたまに説明不足だから困る。まあ、悔しいから俺は知ったかぶりで誤魔化すがな。
マップを縮小すると近くに島がある。
『火山島ですね。東京都硫黄島が該当します』
それにしても、もう東京か。案外地球も狭いじゃないか。
「ってことは、日本の潜水艦だろうか?」
『わかりませんが、多数の量産型スキュータムを曳航していますね』
三次元マップが拡大され、ぼんやりした潜水艦のシルエットが浮かび上がる。
船が引っ張っているロープに、数珠繋ぎになった量産型スキュータムを引っ張っている。
「音だけでこんなに見えるのか、凄いもんだな」
『いえ、スキャナーの性能が随分上がっているようです。ツノゼミンミンに感謝ですね』
ああ、その辺の性能は、オリジナルリンクス相当に改修してくれたみたいだな。
おかげで海の中じゃ今のリンクスは相当強いぞ。ヴァルキリアにだって負けないだろう。そもそもあっちは宇宙用みたいだしな。
潜水艦に引っ張られてるってことは、量産型スキュータムも水中で動けるってことだろうな。
味方ならいいが、どうも硫黄島に忍び寄ってる感じなんだよなあ。だとすれば敵である可能性が高い。
誰かが言ってたが、敵ならなるべく早く倒しておいた方がいい。
バラストをインベントリに収納すると、リンクスは浮上し始める。音をたてないようにゆっくり足を動かしながら、怪しい潜水艦に近づく。
こいつを沈めたら、大勢の人間を殺してしまうことになる。
やはり、百パーセント敵だって確証がないと手は出せないな。
『行ってしまいましたね』
迷っている間に、潜水艦は通り過ぎて行った。おいおい! 結構速いじゃないか。フルスピードなんじゃないか?
静かに泳いでいたんじゃ、どんどん引き離されていく。
「リンクスに気付いて速度を上げた?」
『その可能性は低いと思われます』
足ヒレは音をたてないからな。サメ並には静音だと思う。
問題はスピードだが……ドルフィンキックはさすがにバレるよな?
『後続艦、来ます』
今度のはさっきのより音がでかいそ。そのわりにはスピードが出ていない。旧式の原潜なのかもしれない。
曳航しているロープの先には、量産型スキュータムが鈴なりにしがみついている。
ロープの終端には、矢羽根のようなルアー? 多分、ロープを張るための工夫なんだろう。
さすがにこれだけオマケをくっつけてたんじゃ遅くもなるか。
いたずら心が湧いて、ワイヤーアンカーでルアーを狙い撃つ。見事に命中!
等速直線運動の的とはいえ、俺の射撃の腕も随分上がったもんだ。
そのまま原潜に引っ張ってもらう。こりゃあ、楽でいいな。
量産型スキュータム達は肉眼で見える距離にいるのに、まだリンクスに気づいていないようだ。パイロットは寝てるのか?
潜水艦の乗組員だって大勢いるだろうに、誰もおかしいと思わないんだろうか? ポンコツ過ぎだろう。
「なんで誰もリンクスに気づかないんだろう?」
『暗視装置の性能が低いのでしょう。アンチステルス機能も持っていないようですし』
そんなに深くなくても、水中はかなり薄暗い。リンクスのコクピットに表示されている映像は、ベティちゃんがいろいろ補正してくれているから、量産型スキュータムのパイロットが見ている光景とは違うのかもしれない。
奴らとは五十メートルと離れていない。
どこまで近づいたらバレるのか? こういうのって悪戯しているみたいで、なんかドキドキするよな。戦闘とはまた違う感じで血沸き肉躍るぜ。
子供の頃は良かったよなあ、かくれんぼや鬼ごっこで心臓がバクバクなる程楽しめたし。毎日ロハでスリルが楽しめたんだから、結構お得な時代だったよな。おまけに三食ついてきた。当時は子育てに結構な補助金がついてきたらしいが、それでも両親には感謝だ。
昔を懐かしがるなんて、俺もいよいよオッサンかな。
『やはり硫黄島がターゲットのようですね』
「硫黄島が再び戦場になるのか」
昔、日米が壮絶な戦いを繰り広げた古戦場だ。敗色濃厚な中で、当時の日本軍はなんとか互角に戦い抜いたんだ。最後は全滅してしまったけれど。
硫黄島の戦いは映画化もされているから、俺でも知っている。
守備隊の指揮官は立派な人物だったらしい。彼と部下達が命を捨てて稼いだ貴重な時間を、当時の政治家や軍上層部の連中は活かすことができなかったんだ。
島には戦後長い間、米軍が駐留していたが、今は日本の防衛軍と自衛隊が管理している筈だ。東京都だしな。
何故だろう、胸がざわざわする。
柄にもなく、いろいろ考えてしまう。
古戦場を今も彷徨うという、つわもの達の魂が騒いでいるのか? それとも、これから始まる戦いの予感か。
歴史は再び繰り返すのだろうか?
『探信音、来ます』
アクティブソナーって奴か? ゲゲゲゲとキリギリスの断末魔みたいな音が聞こえてくる。なんか想像してたのと違うぞ。映画なんかだとピコーンって来るんだがなあ? 宇宙人の凄い技術が使われているんだろうか?
それを皮切りに、海の中が音で一杯になった。キュルキュルとクジラの歌っぽいのや、ノイズとしか思えないようなものまで聞こえて来る。
『水中弾、接近中』
水中弾? 魚雷だろ? と思っていたら、本当に砲弾みたいのが泡を噴きながら高速で突進して来た。ちゃんとホーミングしているな。原潜の船尾のあたりに命中し、一発で沈めてしまった。
海洋汚染がさらに酷くなるな。
残された量産型スキュータム達は、慌ててバラストを外して浮かび上がって行く。あいつら、腕に小型の水中スクーターみたいなのを装備しているな。それ程スピードはでていない。足ヒレの方が高性能っぽいぞ。
水中弾はスキュータムも狙っているようだ。目の前にいた奴が一撃で砕け散る。
「よし、バスターソードだ」
こんな時こそ斬り払いだな。
だが、一発もリンクスには向かって来ない。全て量産型スキュータム達が吸収してくれている。音のせいかな?
派手にバブルの尻尾を引きながら水中を突進して来る水中弾の群れ、一方的にやられていく宇宙人が作ったロボ。
いや、普通、もっとロボは強いだろう? これじゃあ只の雑魚だ。
状況的に考えて、硫黄島守備隊からの攻撃だよな? 日本軍やるじゃないか。
遅れて普通の魚雷がのんびりやって来た。アンティークな外見にもかかわらず高性能のようで、生き残りにトドメを刺していく。
『前方でも戦闘開始。どうやらこちらの艦は囮だったようですね』
戦況マップみたいなのを表示してくれる。分かり易いなこれ。
守備隊の日本の潜水艦三隻が青で、その他が赤で色分けされている。赤い潜水艦は残り十二隻か。
互いに無数のマーカーを撃ち出している。あれらが全て魚雷だったりミサイルだったりするんだろうな。
魚雷の一発がサラリーマンの生涯年収を軽く超えるんだ。そう考えると恐ろしい光景だよな。
「あー、日本側は全滅か」
日本艦はやられる直前、デコイ的な何かを放出したようだが、無駄だった。マップ兵器っぽいやられ方だ。米軍? は核魚雷を使ったな。
これ以上海を汚染するな、と言いたい。
野蛮だなあ、こりゃヤバイぜ。銀河連邦が地球ごと消去しにくるぜ。
生き残った敵の潜水艦は四隻か。多勢に無勢にもかかわらず、日本の防衛海軍は善戦したようだな。
三隻全て沈められてしまったが、敵を八隻道連れにして、量産型スキュータムも相当数やっつけた。
俺より若い兵隊さんも多かっただろうに……命を捨てて馬鹿どもから国を護ろうとしたのか。
残りのスキュータムは二十前後だな。え、十八機? まあ、そんなもんだろう。
硫黄島に向かって、その赤いマーカーが移動し始める。上陸するつもりか?
いざという時は日本側に助太刀しようかとも思っていたが、これなら勝ちそうだな。
リンクスをゆっくり浮上させて、海面から頭部ユニットだけ出してみる。潜望鏡が欲しいな。
夜明け前の藤色の空に、海上に浮かぶ量産型スキュータムから時折ビームが伸びていく。何をしているのかと思えば、防衛軍の偵察用ドローンを狙っているようだ。
直撃でなくても、ビームが近くを通るだけでドローンはひらひらと墜落していく。いくらなんでも当たり判定が大き過ぎだろう。
うーん、やはり量産型スキュータムは強いんだろうか? 水中じゃ魚雷に一方的に負けてたのにな。
一機が上陸すると、島内から砲弾が殺到する。防衛側は水際で叩くつもりみたいだな。
スキュータムは飛んだり跳ねたりして避けている。弾が見えているわけじゃない、ランダムに回避しているだけだな。
ホラやられた。片腕を吹き飛ばされて、もんどりうって倒れたまま動かなくなる。
やはり量産型スキュータムは弱いな。バリアーの性能がショボ過ぎる。通常兵器に負けるロボとか、存在価値がないぞ。
スキュータムIIのように武器腕ではなく、ちゃんと五本指のマニピュレーターがついているが、武装がビームガンだけではなあ。
一方で、姿を現した防衛軍の兵器は戦車っぽいが……なんと八本足だ。ガシャガシャ結構素早く走り回っている。
あんなの見たことない。一応、あれもロボなのか?
次々に上陸するスキュータム達からビームを撃たれまくっても、結構躱してるぞ。ドローンと違って直撃しなければ大丈夫みたいだな。
防衛軍の中にも、ビームガン装備の奴がいる……と思ったら、八本足の下半身の上にスキュータムっぽい上半身がついている。多脚式スキュータム? また妙なものを……
多脚達は、地形を巧みに利用しながら逃げて行く。
まともにやり合ったら量産型スキュータムに軍配が上がるようだな。
調子に乗って追いかけて行ったスキュータムの足元から、パッと土煙が湧き上がるのが見えた。
「地雷か」
どうやら、島中が地雷原になっているようだ。
次々に上陸していくスキュータムだが、地雷原に阻まれて思うように動けないでいる。不思議なのは防衛軍の多脚戦車は、その地雷原を平気で走り回っていることだ。
「まるで地雷が見えてるみたいだな。日本は高性能のスキャナでも開発したのか?」
『いえ、おそらく地雷を設置した場所を全て覚えているのでしょう』
成程。埋めた時点で地雷の座標をデータベースに登録して共有しているのか。几帳面な日本人らしいやり方だ。
高速で地雷原の上を走り回れるのは、自動的に地雷を避けるプログラムがあるんだろうな。あー、地雷とセットで運用するための多脚メカだったか。
敵も馬鹿じゃないらしく、踏み込む前に地雷原にビームを撃ち込んだりしている。
ああ、それじゃ駄目なのか? 何故かビームでは地雷は起爆しない。慎重に踏み出した奴が足首をやられて擱座した。
地雷の爆発力だけでは致命傷を与えるのは難しいようだが、足を封じられてしまえば多脚戦車のいい的だ。上手いこと考えたな。
『やはり地球人は戦争の天才でしょう』
ベティちゃんは最近そればっかだなあ。
確かに敵が確実にやって来るのがわかっているなら、なかなかいい作戦だ。
『周囲の潜水艦から発射音多数。対地ミサイルのようです』
垂直発射タイプのミサイルか?
「まさか、核弾頭ってことはないよな?」
嫌な予感がするぞ。核魚雷を躊躇なく使った奴らだ。
だが、さすがに味方を巻き込むような攻撃はしないんじゃないか?
ミサイルは島の上で次々に火球になっていく。
核兵器にしては威力が弱い?
量産型スキュータムは爆風を浴びながらも、何事もなかったかのように動いているが……
「防衛軍の多脚戦車は……動かなくなった」
『中性子のシャワーを防げなかったのでしょう』
中性子爆弾か。中性子線を放射して、人間を殺傷するための核兵器だ。
なんだろうな、無性に腹が立って来たぞ。あいつら、殺虫剤で虫を殺すような真似をしやがって。
何でもありの戦争がしたいんだったら、自分達が駆除されても文句はあるまい。人間扱いされようなんて思わないことだ。
インベントリから真・Xキャリヴァーを取り出し、海中にぶん投げる。
スルスルと海中を突き進む剣の先に、何故か原潜がクリアにイメージできる。
真・Xキャリヴァーがほんの少し掠めるだけで、原潜の船殻に亀裂が入る。これだけで終わりか、脆い船だな。
兵器の性能の差で勝つとはこういうことだ。やられる方にしてみればたまったものではないよな。
これが正義でないことくらいわかってるんだ。
地球人相手には戦わないつもりだったんだが、ついにやっちまったな。不思議と不快ではないから怖い。
復讐の連鎖? そんなもん、この場で完結させてやる。一人たりとも生きては帰さん。やるなら徹底的に、だ。
残りの潜水艦も全て沈める。核弾頭を満載している相手に情けは無用だ。次にどこが狙われるかわからない。
浮力を失った潜水艦が次々に海底へと沈んでいく。乗組員達は浮上しようと頑張っているだろうが、どうあがいても助かるまい。
そのまま海底の泥の中で、半減期が過ぎるまで眠っていてくれればいいのに。いっそのこと化石になるまで埋まってろ。
もしも地獄なんてものがあるなら、奴らも俺も地獄行きだな。それでいい、その方がいい。沢山の命を奪っておいて、自分だけ極楽に行こうなんて思わん。
もっと早く敵を倒しておかなかったことが悔やまれる。救えた筈の命は少なからずあったのに。
殺し殺され、ほんの数時間の間に、敵味方どれだけ大勢死んだんだろうな? まったく地球人って奴は……本当に伝説の戦闘民族なのか?
何故か急に、ビリー氏の部屋で見た、棍棒を持った原始人の絵を思い出していた。




