残酷な天使のせいで
一機のヴァルキリアがリンクスの正面に佇んでいる。頭飾りが他のより偉そうだし、多分あいつが隊長機だ。
なんとなく、気取ったような、かっこつけたようなポーズ。
いかにも、これから決闘に挑む騎士って感じだな。それも、自分が負けるなんてこれっぽっちも考えていないんだろう、絶対的強者の態度だ。
要するに、ムカつく奴だ。
アニメとかだったら、この程度の強敵は噛ませ犬ポジションなんだがな。オープニングの前に本編が五分ほど挿入されて、オリジナルBGMを背負って登場するもあっさり撃破されるとか、せいぜいその程度だ。
以前のようにゲームだと勘違いしたままだったら、勝ち目の薄いこの状況も、にやけながら楽しんでたんだろうがな。現実となると、強い敵は困る。
トカゲ女は上手く姿をくらましたようだ。
僅かの間とはいえ、共闘した戦友だ。少し寂しい気もするが、背後から撃たれないだけでもラッキーだと思っておこうか。
隊長機の立ち位置は、近接戦闘の間合いには少し遠い。リンクスを警戒しているのならいいことだ。それはつまり、攻撃が通る可能性があるってことだ。
ヴァルキリアのバリアがとんでもないってのは、クモ脚達のビームを余裕で弾いていたから知っている。真・Xキャリヴァーでも貫けなかったら、さすがにお手上げだもんな。
他のヴァルキリア達は左右にずらりと整列している。全部で32機か、32という数には意味があるのだろう。
部隊を半分に分けると16機ずつになる。さらに隊を分けても8機だ。
偶数に分割し易いってことは、おそらくペアでの連携を重要視している。
ゲームでは俺はソロの立ち回りが好きなんだが、連携で戦うってのは安定して強いぞ。勝率にこだわるなら、何はさておき連携だ。
現実の戦いだと、有名どころでは米軍機がペアでゼロ戦をカモったサッチ戦法などがある。
タイマンでは勝てない相手ですら、二対一で連携すれば圧倒的に有利に戦える。
それを卑怯なんて言う奴は馬鹿だ。現実の戦いってのは、死んだら死ぬ。勝ったもん勝ちだ。それが嫌なら、最初から何をされても我慢することだ。
俺はソロで、百を超す敵と何度も戦った。ぼっちで多数の敵と戦う時の極意は、常に一対一の状況で戦うことだ。
敵が幾万ありとても、斬り捨てる瞬間を切り取れば一対一だ。百の敵を倒すのではなく、一対一を百回繰り返せばどうということはない。
ただし、あれはリンクスの機動力と、相手を瞬殺できる攻撃力があるからこそできたことだ。
機体性能の差を、腕でカバーするにも限界がある。
ヴァルキリアの機動力はリンクスより上、バリアの性能も凄いもんだ。加えて攻撃力も圧倒的に高い。何一つとしてリンクスが勝る点が見当たらない。
ガーディアントルーパーズの登場機体は、強キャラや弱キャラはあるものの、一応バランスはとれていた。
重装甲の機体は動きが悪かったり、白兵戦の得意な機体は射撃に向いていなかったり、それぞれに一長一短があった。
だが、ヴァルキリアの性能は明らかに別次元だ。兵器として数世代分の差があると言っていい。複葉機でジェットと戦うようなものだ。
オリジナルリンクスは古くても高性能だったから、単純に新型の方が強力というわけでもなさそうだがな。
開発した勢力の技術格差ということか。
リンクスを生み出したビリー氏の超テクノロジーは、宇宙海賊由来のものらしい。一方でヴァルキリアに使われている技術は銀河連邦軍のものだろう。海賊と正規軍じゃ、超えられない壁があって当然だな。
オリジナルリンクスやツノゼミンミンは第三勢力っぽいが、あいつらは昔、銀河連邦にコテンパンに負けてるしなあ。
『どうやら、決闘しようということらしいですね』
いまさらかよ、ベティちゃん。
「見りゃあわかるさ。決闘の名を借りて、いたぶり殺すつもりだろうけどな」
有尾人達にも騎士道精神のような矜持があった。一対一で戦って決着をつけるというのは、銀河連邦にも通じる戦いの美学なんだろう。
だが、明らかに勝てる相手に決闘を挑む奴が、本当にカッコイイのか?
結局のところ、ノーリスクで決闘ごっこをしていきがりたいだけじゃないか。
『では、彼らと交渉してみますか?』
うーん、それはないな。
勝ち目のない状況での交渉なんて、無条件降伏に等しい。奴らが敗者をどう扱うかは知らないが、生殺与奪を握られるのはまっぴら御免だな。
こっちにだってまだ、死なないための切り札の一つや二つは残してある。勝負を捨てて命乞いするより、生き延びる確率は高いと思いたい。
「見せてやろうじゃないか、戦士の生きざまって奴をな」
いつから俺は戦士になったんだろうな? まあ、細けえことはいいんだよ。男が自分で戦士だと決めたら、その時から戦士だ。
いや……戦士よりサムライの方が強そうだよな……やっぱサムライにするわ。
『勝てる確率は0%ですが。何か、策があるのですね?』
ふむう。ベティちゃんの計算では、真・Xキャリヴァーでも奴のバリアーは貫けないか。
まあ、策がない訳じゃない。
二秒だ。超短期決戦で勝負をつける。
俺が見るところ、リンクスとヴァルキリアの決定的な差は、ジェネレーターの出力にある。
まともに張り合おうとすれば、こっちはほんの数秒でガス欠だ。
ならば、一瞬で勝負をつけるしかあるまい。
だから、あえて回避はしない。
避けあいになれば、リンクスがジリ貧になる。なにしろ瞬間移動できる相手だからな。
敵の移動を封じるために攻撃をあえて受けて、そのタイミングで敵を倒す。肉を切らせて骨を断つ作戦だ。
こっちにはワープゲートという隠し玉があるからな。
奴の攻撃を真正面で受けつつ、真・Xキャリヴァーを投擲して奴の背後にワープアウトさせてやる。
攻撃している瞬間こそ、最も無防備になるものだ。
『草食のピエタが騎士 青紫の6300!』
どうやら隊長機の中の人が名乗りを上げたようだ。ほとんど意味不明なのは、ベティちゃんの同時通訳がポンコツだからだろう。銀河連邦の公用語は地球の言語より複雑なようだ。
まあ、騎士的な何からしい。どうせもう二度と聞くこともないだろう。
「作州浪人 宮本武蔵!!」
咄嗟にノリと勢いで名乗り返してやる。 偽名で悪いが、どうせきちんと翻訳できないんだしな。
整列しているヴァルキリアの一機、頭飾りからして副官機っぽい奴が、大きな旗を掲げる。いよいよ勝負ってことか。
こっちの準備はできている。クラッシャーソードを中段に構えてみせる。
耐久値だけは高いこいつは、あくまで盾代わりだ。
攻撃の本命である真・Xキャリヴァーは、ギリギリのタイミングでインベントリから出す予定だ。出した直後にワープゲートを展開し、敵の背後に送り込んでやる。
旗が勢いよく振り下ろされる。いよいよ決闘開始だ!!
目の前の敵に、真っ直ぐ正面からブーストダッシュで突っ込む。敵は落ち着いたもので、正確にピタリと銃口を向けて来る。
かかったな。こうすれば避けないと思っていたよ。部下達を左右に整列させてるんだもんなあ、カッコイイとこ見せつけたいよなあ。一歩たりとも動かず、沈着冷静にザコを処理して見せれば、そりゃあギャラリーは喜ぶだろう。
余裕と油断は紙一重だ。しなくてもいい綱渡りをしたくなる気持ちはよくわかるさ。俺もそうだったからな。
迫るビームの奔流に、クラッシャーソードで突きを叩き込む。普通に斬り払ったんじゃ押し負ける。正面からの一点突破を狙う。
一瞬ビームを逆流させたものの、リンクスの突進はスピードを失い、逆に押し戻され始める。
予想した以上のパワーだ。だが、概ね計算通りの流れだ。
おまけバリアをどんどん追加して、リンクス本体へのダメージはなんとか軽減して耐える。
まるで小さな太陽に押されているようだ。バケモノじみた出力のビームガンだよまったく。
だが、あと一瞬、ほんの一瞬だけ耐えきれば、勝利に手が届く。
必殺の一撃を送り込むべくワープゲートを開こうとして……異変に気付いた。
正面から押し寄せているビームの圧力に波ができた。咳き込むようにゴホゴホッと弱まり、照射が止まる。
遮るものが無くなったリンクスは、放たれた矢のようにヴァルキリアへの突進を再開する。
ビームガンの故障? 何かの罠か?
考えている時間などない。本能が勝手に体を動かす。リンクスを動かす。
そのまま突きによる一点突破を狙う。だが、ある筈の強力なバリアは存在しなかった。
クラッシャーソードの先端はものの見事にヴァルキリアの腹部をとらえる。だが、表面に傷一つつかない。なまくら刀め。
だが、運動エネルギーはしっかり伝わったようだ。リンクスはヴァルキリアとからまるように一緒に吹っ飛ぶ。
段取りとは少々違うが、こうなったら寝技に持ち込もう。関節技が通用すればいいんだがな。
役立たずのクラッシャーソードはインベントリに収納。ヴァルキリアと抱き合ったままで、カニメカ達に荒らされまくった荒野をゴロゴロと転がる。
おかしいな、こいつ、何故こんなに無抵抗なんだ? まさか、中の人が死んだのか?
試しにヴァルキリアをインベントリに収納してみると、成功してしまった。
敵の最新鋭機を鹵獲した……だと?
31機のヴァルキリアは……あっけにとられているようだ。奴ら、まだ何が起きたのか理解できていないな。
あ、副隊長機がビームガンを向けて来た。切り札を切るなら今だな。
「地球へワープ!!」
瞬間移動できるのはお前らだけじゃないんだぜ。
宇宙の迷子になる覚悟さえあれば、こちとらいつでも逃げ出せるんだ。
さようなら、バイバイよ。
360度が満天の星空。上も下も、無限に広がる大宇宙だ。
そして小さく青く輝く星が、我が故郷、地球。
前にも見た光景だ。振り出しに戻った? いや、今回はインベントリの中にとびっきりの戦利品が入っている。
「さて、ベティちゃん。さっそくだが鹵獲したヴァルキリアを解析してちょうだいな。俺の勘だが、こいつは絶対に宇宙戦用だ。当然、宇宙飛行用のプログラムなんかも持っている筈だ」
『さすがはザックさんです。最初からこれを狙っていたのですね』
え? まあ……そうだな。
頭で考えていたわけではないが、無意識のうちに鹵獲のチャンスを狙っていたのかもしれない。
俺は、勘だけで二手三手先を読む男だからな。
いざという時には地球へ転移すれば、大抵のピンチはなんとかなるとは思っていた。ネットゲームでいう所の、回線を切って逃げるって奴だな。
ログアウト逃げは卑怯だが、リアルに命が殺されてしまう状況なんだから背に腹はかえられない。
まあ、宇宙飛行用のプログラムがなければ地球へは近づけず、あの星にワープして戻ると何故か超高速で海面に激突するんだがな。あれは高確率で死ねる。
だが、ヴァルキリアを鹵獲したとなれば話は違ってくる。
ベティちゃんは俺が最初から最適解を狙ったんだと勘違いしているだろうな。俺への称賛はとどまるところを知らない。これならきっと、次に何かネーミングする時は俺のプランを採用してくれるだろう。
『残念ながら、ヴァルキリアのコアブロックは存在しませんでした。ブロックごと転移可能なシステムのようです』
コアブロックシステムだと? 機密保持のためにコクピットユニットやリアクターなど、重要なパーツはまとめてイジェクトできるようになっていたようだ。
糠喜びさせやがって……散々苦労して、手に入ったのは抜け殻だけかよ。
『どうやらビームガンのトラブルで、エネルギーがジェネレータにリバースしたようですね。過負荷がかかり、緊急脱出したのでしょう』
リバースとな? ビームガンって要するに粒子加速器だろ? 逆流とかするものなのか? よくわからんが、随分都合のいいタイミングで故障してくれたもんだな。ラッキーにも程がある。
整備不良の武器がいざという時に故障するのは、リアルの世界では珍しくないと聞いた。防衛軍の連中も、銃や砲がここ一番ってタイミングで狙ったように壊れると愚痴っていた。
銀河連邦製の武器の信頼性って、メイドインジャパンと比べてどうなんだろうな?
本当に故障なんだろうか?
あの時、俺は通常の斬り払いではなく、クラッシャーソードで突きを放った。結果は押し負けたわけだが、妙な手ごたえがあった気もする……実は波動的な何か不思議なパワーで、敵のビームガンを破壊したってことは考えられないか?
気合? 気功? サイコキネシス? なんかそういう怪しい技で、敵に触れることなく倒せると、センセイだって言ってたしな。変なオッサンだが、養女のナージャちゃんの力は本物だった。
超能力なんて眉唾ものだと思っていたが、ゲームの世界が現実だったんだから、もう何でもありじゃないか?
もし狙って武器破壊が可能なら、ヴァルキリアもそこまで怖くないぞ?
問題は再現性だな。もう一回ヴァルキリアと対戦して、同じことができるか確認したいな。
また海面に激突するのは嫌だが、再び、いや三たびあの星に戻ろうか。
『ヴァルキリアのバックパックユニットに、姿勢制御用のプログラムが残っていました。航法用のものではありませんが、調整すれば地球への軟着陸が可能です……すでに地球へ向かう軌道に乗っています』
どうやらヴァルキリアが背中に背負っていたブースターは、単体でも宇宙飛行可能なシロモノらしい。
銀河連邦軍からすれば、その程度のテクノロジーは機密でもなんでもないんだろうが、俺達にとって今一番必要なものだ。
まあ、それはよかったんだが、ベティちゃんめ、何勝手に地球に向かってるんだよ。
確かに他に選択肢はないとはいえ、事前に確認くらいして欲しかった。よくできたAIならこんな時は人間様の顔を立てるものだろう。
まさか反抗期? これが宇宙の旅につきものの、AIの反乱って奴なのか?
リンクスは地球とは明後日の方向に向かって勝手に飛び始めたわけだが、その方が短時間で地球に着けるそうだ。
反重力装置で、地球と太陽と月の引力と駆け引きをするらしい? 結局、チンプンカンプンなのでベティちゃんに丸投げだ。人間が馬鹿だと、AIは反乱を起こす必要すらないよなあ。
マテリアルで複製した爺さん特製カレーをのんびり食べる。宇宙で食べるカレーライスは格別だな。
コクピット内は別に無重力になるわけではないから、いつもと同じ環境なのだが。
おそらく、キャンプでカレーが美味い理論と同じなんだろう。つまり、気分の問題だ。全ては自分の心次第ってわけだ。
ガラにもなく小難しいことを考えたりしてみる。
銀河の彼方へ行って戻って、結構遠い旅をしてきたんだからな。多少は哲学的にもなろうってもんだ。
つまり、カレーとは哲学だ。インド人もびっくりだな。
考えているうちに、マズいキャンプのカレーが食べたくなってきた。
今度はレーションのカレーを食べるかな。あれは別にマズいってわけじゃないが、どちらかと言えばそこそこ美味いが、キャンプカレーに通じる何かがあるんだ。
それに、マテリアルで再現する料理の数グラム分で、レーションカレーが何万食も生産できるらしい。コスパ良過ぎだろう。いや、マテリアルカレーがコスパ悪すぎなのか。
どうやらレーションなんかは既存の元素を組み合わせて製造しているのに対し、マテリアルカレーは物質そのものを創造しているらしい。
よくわからんが、アインシュタインとかに聞けば多分わかると思う。原理が核兵器と通常兵器くらい違うんだろうな。
ベティちゃんはヴァルキリアのバックパックをコピーして、リンクスにも使える宇宙飛行用ユニットをでっち上げたようだ。カッコよく言えばデッチアップ?
試しに装備すると、グッと速くなった気がする。周囲が宇宙だからどの程度かはわからんけどな。何しろ、比較する物がここには何にもないからなあ。
『本来の性能の数パーセントしか発揮できませんが、ないよりはマシですね』
原因はエネルギー不足らしい。ヴァルキリアの性能は、高出力のジェネレーターがあってこそ成り立つようだ。
「出力が足りないなら、リンクスのジェネレーターをコピーして増やせばいいんじゃないか?」
ジェネレーターがリンクスのボディに収まらなければ、インベントリに入れておけばいいんじゃね? エネルギーそのものを出し入れできるのかは知らんけど。
『……地球人は天才ですか?』
なんか驚いてるし。コロンブスの卵的なアイディアだったらしい。俺に言わせれば、宇宙人の頭が固すぎるんだ。
地球に向かう時間の間に、ベティちゃんはインベントリ内にジェネレーターを複製し、パワーアップの実験を行った。
やはり直結はできないようで、一度パワーコンデンサにチャージしたものを交換する仕様にするしかなかったが、運用次第ではいろいろできそうだ。
でも、この方式ならわざわざジェネレーターを複製する必要もなかったか。戦闘時以外に余ってるエネルギーをコンデンサーにどんどん貯めて、貯金しておけばいいわけだ。
「ヴァルキリアのビームガンを改造して、カートリッジ式にするとか?」
デザイン的に実弾兵器っぽいギミックが組み込めそうだ。
『やはり地球人は伝説の戦闘民族ですね。兵器開発のセンスが天才的過ぎます』
いや、アニメとかだと普通にそういうのあるよな?
残念ながら、俺としては飛び道具はそんなにいらない。カートリッジ式の剣? ドリルとか? 面白そうだが、使い勝手は悪そうだ。
久しぶりにたっぷり寝たせいで、体調が何か変だぞ。寝過ぎともちょっと違うな。目が疲れるというか、こめかみのあたりになんとなく違和感?
それでも、随分と楽になった。人間、徹夜は三日までだよなあ。
寝ている間に地球が随分大きくなっている。時刻をチェックすると、八時間近くも寝ていたようだ。
「そうか。やっと帰れるんだな、地球に」
スイカくらいに見えるようになった水の星、自分でも驚くほど喜びがこみあげて来る。俺はこんなに地球に帰りたかったのか?
朝飯代わりにチョコバーを齧りながら、鼻歌で昔見たアニメの挿入歌を歌う。詳細な歌詞は忘れたが、地球を称える感じだった筈だ。
ズズッと吸い上げる紙パックの合成ミルクすら、今日は爽やかに感じる。アルプスの牧場を吹き渡る風のように……地球に乾杯だ。ヨロレイヒー。
球体だった地球が、眼下にどんどん広がっていき……海になった。
『どこに着水します?』
「どこって言われてもなあ。日本も戦争中みたいだし、どうしよう?」
地球からの電波が、驚愕の情報を届けてくれている。
なんだかんだで結局、日本政府はアメリカの内戦に巻き込まれてしまったようだ。
しかも、よりにもよって負け組のアメリカ合衆国を支援してしまい、破竹の勢いで勝ち進むアメリカ連合帝国と交戦状態になってしまったようだ。
戦争なんて勝ち馬に乗らなきゃダメじゃん。
日本の国会は不毛な議論を続けているだけで、何も決まらない状態らしい。
防衛軍主導で地下都市への避難は終わっているようだが、そのことまで軍部の勝手な暴走だとして、今でも国会で審議中らしい。
地上の放射線量は致死量を超えているらしいのに、みんな馬鹿ばっかりだな。アーカイブで国会中継を見て鬱になる。自分達だけは地下200mのジオンフロントに、真っ先に家族と避難済みで、安全な場所であーだこーだ言っている。
頼みの綱のアメリカ合衆国は、現在はハワイ一州しか残っていない。
一州だけならもはや合衆国じゃないと思うんだが……
この状況で直接日本に帰還するのはヤバそうだな。戦闘ロボとか無免許で運転していたら、言いがかりをつけられて絶対逮捕されるぞ。我が国のお偉いさんは兵器アレルギーが酷いから、捕まったら何されるかわからん。
防衛軍と接触するか? だが、軍の上層部は呆れるほど融通が利かない。犀川さんに迷惑がかかりそうだよな。
なら米軍か? あいつらはあいつらで無茶苦茶するからなあ。特に今は追い詰められてるし、なりふり構わずやらかしそうで、やっぱ怖いよな。
ふうむ、太平洋全域が戦場になってるのか。ネイビーで生き残ってるのはほぼ原潜だけのようだ。
ハワイも地上はほぼ壊滅している。一度でいいからヤシの木陰で昼寝してみたかったのに、残念だ。
「マリアナ海溝あたりの海中に身を潜めて、状況の推移を見守るか?」
深い海の底で、俺はしばらく貝になりたい。さすがに地球人を手にかけたくはないからな。
戦い始めてしまえば、すぐに万単位で殺すことになるだろう。できればそれは避けたい。
「あれ? もう海面が見えて来たんだけど、大気圏突入はいつしたの?」
『原始的な方法で減速したかったんですか?』
気がついた時には普通に着水していた。そういえば以前、反重力装置を使えば余裕だって聞いたな。
やっぱり大気圏突入で燃え上がらないと、地球に帰還したって特別感がしないよな。
地球の海は荒れていた。
天気は悪い。南の海だというのに、鉛色の空は冬の日本海みたいだ。核の冬ってやつかな?
海面にぷかぷか浮かぶリンクスの頭部に、降りかかる波しぶき。俺の顔にも海水がかかりそうな臨場感だ。
何だよこれ? さっきからの違和感の正体に気がついた。スクリーンが立体映像っぽくなっている。というか、俺自身がリンクスになった感じ?
「画面が変だぞ。え? いつから?」
『ヴァルキリアから回収できたプログラムの一部を流用してみました。没入感があるでしょう?』
寝ている間にコクピットを改装したのか。サプライズにも程がある。
画面の奥行感が半端ない、というか画面があるのかこれ? 宇宙空間や空中じゃ気にならなかったが、海面だと波の動きが立体的過ぎて正直ウザいな。
とっとと潜ってしまおう。
もはや定番のトマホーク(笑)をインベントリから取り出す。この武器も、完全にバラストとしての地位が定着してしまったな。
切れ味が悪すぎて、斧というよりほぼ鈍器だしなあ。自己再生能力があるから、ただの金属塊ってわけじゃないだろうけれど。
リンクスがゆっくり海中に沈み始めると、臨場感のある水中の光景が視界に広がる。
これは……慣れれば結構いいかもしれない。間合いの感覚が違うから、いきなり実戦は怖いがな。
「魚がいるな」
海面を漂うプラスチックごみの塊の下に、小魚が群れている。
核戦争をしっかり生き延びたんだな。いや、この辺にまではミサイルは飛んで来てないのか?
そのうち地球規模で大変なことになるんだろうか? すでに生物の半分くらい死んでてもおかしくないが、数える人がいなけりゃわからんしなあ。
『彼らが次の世代を残せればよいのですが』
ベティちゃんが意味深なことを言う。
まあ、いつの時代でも子孫を残すのは簡単なことじゃないけどな。
魚なんて何万って卵から、親まで育つのは数匹らしいし。
ヘルモードから、スーパーヘルモードになったって訳だな。
俺は、天然物の刺身を食べた最後の世代になるかもしれない。