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俺のロボ  作者: 温泉卵
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確かなものがまったくなんにもない件

 サメって正面から見ると、結構平べったいよなあ。上から押しつぶされたみたいで、流線形のマグロやカツオほどイケてない気がする。そういうのって流体力学的にダメなわけじゃん。

 まあ、魚類の中では原始的らしいし、時代遅れなんだろうな。


 それでもわりと自由に水中を泳いでいる。リンクスの周囲をぐるぐると。

 

 最初は一匹だけだったのに、次々にどこからか現れて、いつの間にか随分な数になっている。

 リンクスと同じくらいのサイズだから、十メートル前後か。いくらゲームだといっても、魚がここまででかいのはちょっと盛り過ぎな気もする。

 ああ、でも、ごく最近絶滅したというジンベイザメは確かそのくらい巨大だった筈だ。一応リアリティは考えられているのか。

 

 どこか別の世界って設定なんだから、オリジナルの宇宙怪獣でも出せばいいのにとも思うが、サメには本能にダイレクトに訴えかけてくる不気味さがある。

 何と言っても、生っちろい腹側にバカッと開いたあのでかい口が気持ち悪い。問答無用で食われてしまいそうだ。

 まあ、現実には人間の方が七つの海のサメを食っちまったんだが。


 ジンベイザメのフカヒレは、最高級の中華食材の一つらしい。絶滅の原因はヒゲクジラの増え過ぎで、食べる餌が減ったためという説が有力だが、一攫千金を狙って密猟者が狩りまくったのがトドメになった。

 今でもどこか深い海の底で生きているともいわれているが、証拠は何もない。ネス湖の怪獣と同じだな。


 DNAはちゃんと残っているから、培養モノのフカヒレは出回っている筈だが、チャン大人なら、本物の天然モノもしっかりキープしているだろう。干物なんかは、最新の技術なら数百年は保存しておけるという。

 いずれビンテージがついて凄い価格になるんだろうな。


 絶滅して可哀そうとは思うが、正直、食ってみたいとも思う。

 なんか生き物って美味しかったら負けだよな。無尽蔵にいると言われていた南氷洋のオキアミですら、なんかそのうち絶滅しそうだって話も聞いた。

 いずれ地球上にはクロレラしか食べ物がなくなるかもしれない。いや、前向きに考えよう。クロレラならエネルギーさえあればいくらでも培養できるんだ。人類にはちゃんと未来がある。

 

 ゲームの中ですら、人は乱獲しまくるからなあ。クモ脚メカなんて、ガトIIだとすでに絶滅危惧種だよ? 犯人は主に俺か……だって減るとは思ってなかったんだもん。普通のゲームなら、ああいうのはいくらでも沸いてくるのがお約束だし。

 

 泳ぎ回るサメは見ていて飽きない。アクアリウムにはリラクゼーション効果があるそうだからな。

 いつか金持ちになったら、ネオンテトラを飼おうと思っていたのを思い出した。そういえば、リッチマンになったんだった。どうせなら巨大水槽を買って、釣ったイワシを群れで泳がせて眺めたいな。


 サメの中の一匹が、どうやら我慢できなくなったようだ。余程腹ペコなんだろう、威勢よくツッコんでくる。リンクスを食う気かよ? 魚がロボを食っても消化できないのに、馬鹿だなあ。

 だが、サイズ的には腕くらい食いちぎられるかもしれない? そんなにヤワじゃないとは思うけれど、試すのは嫌だな。

 

 サメの鼻先にバスターソードの切っ先を突き出してやると、オーバーにヒラリと躱して避けて逃げていく。でかい図体のくせに痛いのは嫌らしい。食いもしない生き物を傷つける趣味はないので、わざと当てないつもりだったが、手加減しなくてもちゃんと自分で避けたな。スキュータムIIより高度なAIを使ってないか?


 物凄く生物っぽいリアクションには感心するよ、開発チームをちょっと見直した。相変わらず力を入れるところを間違ってるとは思うけどな。

 グラフィックが美麗なのは当然として、モーションやAIにまで一切の妥協しないのはさすがだ。


 生物とまったく同じ行動をとるプログラムは、もはや生物と言っていいんじゃなかろうか? これだけ優秀なスタッフには、サファリパークのゲームとか作って欲しいよな。案外ヒットするかもしれないぞ。

 

『いつまでサメと遊んでるんですか?』

 

「いやさ……その、生態系について思索してたのさ。天敵がいないのは、地球人類の不幸かもしれんと思ってさ」

 

 ベティちゃんにツッコまれたので、照れ隠しにカッコよさげなことを言って誤魔化す。


 ビリー氏とかなら、普段からそんなこと言ってそうだよな。それかアニメの悪の天才科学者みたいなキャラのセリフだ。マッドサイエンティストが、実はエコ大好きだったりするのはよくあるパターンだし。

 

『生態系の頂点は自ら滅びることでリセットを行います』

 

 真面目に返された。どうしよう? 困ったぞ。

 

 あれだろ、文明が核戦争で滅びて石器時代に戻るって話だろ? アインシュタインか誰か、偉い人が昔そういう話をしたせいで、昔のSFとかって一時期そんなネタばっかりだったんだ。

 古典の名作は今視聴すると枝葉の設定におかしな点も多いんだけれど、根っこの部分は逆に現代の作品よりしっかりしているかもしれない。リンリンに借りて、結構見たよな。テンポが遅いのが玉に瑕だが、三倍速なら丁度よかったりするんだよ。


「リセットねえ、最終戦争は嫌だなあ」

 

 言葉にしてから、最終戦争ってなんだろうな? とふと思う。

 核の炎に焼かれるのも、石斧で撲殺されるのも、殺される人間にとっては大差ないんじゃないか? 死ぬのは同じだし。

 ビリー氏の部屋に原始人の絵があったが、あれはつまり、どんな時代でもやることは一緒って皮肉だろうな。


『地球人類が自力で壁を乗り越えることができれば、次のステージに進めるのですが』

 

 AIであるベティちゃんにとっては、現実もゲーム感覚だな。次のステージとか言ってるし。

 残念ながらリアルの世界は、ラスボスを倒してクリアーできるほど単純じゃない。いくらお利口さんでも、さすがにそこまではわかんねえだろうなあ。


 なんで俺はAIと人類の未来について語ってるんだよ?


 バージョンアップイベントが発生したせいで、ベティちゃんはちょっと変わったな。ガトII以外の話も普通にしてくるようになった。

 ギャルゲーのお喋りAIなんかに比べると、まだまだ非人間的ではあるけれど、知的なトークはなかなか楽しい。こういうの俺は嫌いじゃないな。

 

 

 ベティちゃんと問答している間に、サメ達は飽きたのか姿を消してしまった。

 沖合の速い潮流に乗ったようで、リンクスはかなりのスピードで流されている。ワカメのきれっぱしみたいのがどんどん追い越していくぞ、流れるプールみたいで結構楽しい。


 広域マップで見ると、ゆっくり左の方に向かっている。左ってことは西か? そもそも地球以外の場所で、東西南北ってどうやって決めるんだろうな?

 

 マップ上に三か所、青い三角印がぐるぐる回転している。


「この三つのどれかが、当たりなんだよな?」


 ベティちゃんというか、オリジナルリンクスの情報によれば、転移系のクリスタルはこの世界に三つあるらしい。くじ引き方式なら運次第だが、三つ全部コンプのパターンだと面倒だな。

 

『転移装置を制御可能という意味では、どれもが当たりですね』

 

 ヌルゲーかよ!

 普段は鬼のような難易度なのに、たまに妙なところで甘いんだよなこのゲームは。

 シミュレーター系のゲームで本格的な謎解き要素とかタルいだけだし、間違っちゃいないんだが。

 

 ハズレのないくじ引きなら、一番簡単なのを選べばいいわけだ。あのエイみたいな飛行機が厄介だから、できるだけ海の近くがいい。

 マーカーの一つは、おあつらえ向きに海岸付近だ。マップを拡大してみると、リアス式海岸の沖の、群島の一つが目的地だな。景色もよさそうだし、ここにするか?

 

『海神のほこらですか、最も難易度が高いですよ。ネズミが猫に挑むようなものです。ザックさんなら、まかり間違ってクリアできる可能性も捨てきれませんが』

 

 なんだよそれ。難易度ヘルモードも面白そうではあるが、デスゲームでチャレンジするのはやめておこう。俺は決して無謀な真似はしない、堅実な男なんだ。

 

「一番簡単なのは?」

 

『こちらの集積所跡地ですね。戦闘は発生しない筈です』


 マーカーの一つが点滅する。戦闘なしねえ、ふむふむ。イージーモードなのはいいんだが、場所がちょっとなあ。

 

「結構内陸だなあ。エイの群れに取り囲まれたら詰むよな? Xキャリヴァーを盾にするのは、ありゃあ駄目だ。その場しのぎにしかならないよ」


 Xキャリヴァー使い捨ては勿体ないし、しかもそう長くは耐えられない。エネルギーもすぐに足りなくなるしなあ。

 スキュータムの専用盾ならどうか? 盾で身を守ろうとしていたスキュータムIIもいたが、一発で溶かされてたよな。スキュータムって盾って意味だったと思うが、情けない奴らだ。

 あのエイのビーム砲が強力過ぎるんだよ。一機だけでもボスキャラクラスなのに、大量に湧いてくるのはやめて欲しい。


「普通は何か、攻略法が用意されてるもんなんだけどなあ」


 負け確定イベントじゃなければだが。


 ストーリー重視のRPGなんかだと、絶対勝てないイベントがよくあるけれど、そこでプレイヤーが超頑張って勝ってしまうと、バグってしまうゲームが昔あったなあ。

 世の中にはおかしいくらい強いプレイヤーがいるから、制作する方も大変だ。


『なるほど、急がば回れですね。それでは、オリジナルリンクスの専用装備である、真・Xキャリヴァーを、まず開放しに行きましょうか』

 

 何だよそれ? カッコよさげじゃないか。マップに新しいマーカーが追加される。真・Xキャリヴァーはここにぶっ刺さってるんだろうか? 抜いたら王様になれる的な?

 

「真ってことは、それだけ高性能なんだよな?」


 名称に“真”が追加されるのがわかっていたら、もっと攻めたネーミングにしたんだけどな。“ニンゲン”とか“理”とかいいな。剣の名称が“真・理”とかってカッコよくないか? マトバ君みたいな中学生男子には結構ウケそうだ。

 

 武器ウインドウが開き、真・Xキャリヴァーのステータスが表示される。

 なんだよこのぶっ壊れ性能は! あー、でも、盾代わりにするには、肝心な耐久力はそこまででもないし、案外役に立たないかも。攻撃力に関しては今でも十分過ぎるから、これ以上強くなってもぶっちゃけ意味がない。

 まあ、それでも欲しいけどな。強い武器ってのはなんというか、ロマンだ。

 

『これなら雛型を作ってしまえば、いくらでも量産可能ですよ』

 

「それはそれで有難味がないような……なんだよこの馬鹿げた必要マテリアルは!」

 

 素のXキャリヴァーより必要素材の0が二つ程多い。量産可能とか言われても、一本作るだけでも大変だよ? 別の意味で貴重な剣だな。

 

『なるほど。それではマテリアル生産プラントをまず入手しましょうか』

 

 マップに大量のマーカーが追加される。百か所以上あるな。これが全部マテリアルの生産工場らしい。

 

「なんだよ、マテリアルって作れたのか。採集しなくていいじゃん」


 俺の中でカニとクモの株が大暴落だ。もう二度とあいつらを狩ることはないだろう、さよならカニ。

 

『エネルギーで水増しして数万倍に膨張させるのです。ベースとなるマテリアルの採集は必須ですよ』

 

 ここに来て後出し設定のオンパレードだな。

 天然もののマテリアルと、ふやかしたマテリアルに違いはあるんだろうか? マテリアルなんてゲーム内通貨みたいなもんだし、武器にしてしまえば同じか。


 増産したマテリアルをビリー氏に買ってもらえる……わけもないか? なんだろう、何かモヤっとしたものを感じる。

 ゲームのルールとして、ちょっとおかしくないか? ゲーム内通貨を増殖させるとか、チート行為に近い気がするぞ。


「……工場を手に入れるのはいいけど、どうやって使うんだ?」


 街を育てるゲームみたいになるのか? ちょっと想像がつかない。

 あまり色々なゲーム要素をぶち込むのはいかがなものかと思うが、ビリー氏の趣味のゲームだしなあ。


『インベントリに収納して稼働させます。問題ありません』


 それでいいのか、ビリー氏? まあ、できるなら何でもいいか。


 一番近くにあるマテリアル工場に狙いをつける。海沿いにあるし、丁度いい。

 

 そろそろただ流されているのにも飽きたんで、海上を低空飛行することにした。エイ型母艦の出現条件は不明だが、ビームを撃たれる前にダイブすればいいだけだ。

 今日は奴らの影も形も見えない、イベント限定の敵キャラだった可能性もあるな。本当にそうならいいな。


 最終アプローチは再び水中に潜って接近だ。フライトユニットがあるんだから、マリンユニットとかそういうのも是非欲しいところだ。

 海底が岩場だと、ワイヤーアンカーを使って移動するのが案外速い。アンカーがサンゴみたいなのを破壊しまくるが、ゲームだし自然破壊は気にしない。


 ワイヤーアクションにも飽きた頃、目的地の沖合に到着。慎重に海上に頭部を出して様子を伺う。気分的には、ここは潜望鏡とか欲しいところだよ。

 海中からロボで奇襲上陸とか、怪獣映画のノリでちょっと楽しい。防衛側もリザードマンだし、怪獣大戦争だな。

 

 船などは見当たらず、港もない。そういや、船を一隻も見ていないな。海上交通とかはまだ設定してないのかもしれない。

 海に突き出した岬の根本に、白亜のお城が建っている。周囲の家々も眩しいくらいに真っ白で、なんか洒落てるぞ。まるでおとぎ話の舞台のようで、このゲームの世界観にまったく合ってないな。


 ズームしてみると、中世ヨーロッパ風の衣装をまとった人達が行きかっている。ビリー氏……何がしたいんだろう?

 

「いつものトカゲ人間じゃないぞ……」

 

『現在フィルターを外しています。やはり修正が必要ですか?』

 

 修正とな? 一瞬にして映像が切り替わる。

 お城はおどろおどろしい溶岩ドームのような城塞に変わり、美しい街並みは泥を盛り上げただけの家というか、巣に化けた。周囲を歩き回っているのは、おなじみの醜いリザードマン達だ。

 こっちもゲームの世界観に合っているとは言い難いが、今まで見てきたバージョンだな。


 なるほどねえ、建物や人物のスキンは切り替え可能なのか。

 

「ひょっとして、海外展開を考えた映像処理?」

 

 国によって規制は違うからな。

 アメリカではゲームに悪影響を受けた凶悪事件が続いているので、最近特に厳しいらしい。でも、緑色の体液を流すリザードマンなら、人間じゃないからぶっ殺してもOKだ。


 さっきのファンタジーRPG風のデザインは日本向けのデザインなのかなあ? うーん。

 

『リアルタイムの映像処理にリソースを割くのは合理的ではないと判断します』


 スキンの切り替えはやめようってことか?

 

「確かにそうだな」


 たとえ僅かでもレスポンスが向上するなら、必要ない処理は外すべきだろう。チリも積もれば重くなるのがコンピュータの世界だ。

 

 再び、のどかな光景に戻る。この絵柄であれば、タケバヤシ達も住民を殺しまくったりしなかったかもなあ。

 

「中世ヨーロッパ風の街並みに、西欧風の人々かあ」

 

『中世ヨーロッパの建築様式との類似性はほとんどないようですが? 人種的な特徴も、むしろアジア人との共通点が多く見られます』

 

 ベティちゃんはパワーアップして、ちょっと面倒くさいキャラになったな。高度なAIは、まずバカなふりをすることを覚えるべきじゃないだろうか? 人類との共存のために、是非。


「細かいことはいいんだよ。要するにファンタジーRPG風異世界ってことだな」

 

 まあ、架空の世界にいろいろ理屈をつけるのも野暮ってもんだろう。

 ベティちゃんの的確過ぎるツッコミのせいで、イマイチ中世ヨーロッパ風に見えなくなってしまった。


 いや、よく見ると、ちゃんとスペースオペラ風のコスチュームを着た奴らもいるぞ。グレーの全身タイツみたいのを着た連中が、浜辺で土木作業をしている。


『目標施設内に複数のプラントユニットを確認。問題は侵入経路ですね。リンクスの機体では大き過ぎます。ドロイドをハッキングしましょう』

 

 あのお城みたいのが工場なのか。このゲームは自由度が高いから、通路がなければ城壁を切り開くことも可能だと思うんだが。

 ハッキングってのはよくわからんが、ちゃんとした手段があるなら、力任せにゴリ押しすることもあるまい。

 

『ドロイド確保。接続します』


 耳に何かキーンときた。


 不意に気分が悪くなる。貧血か? 周囲がやたら眩しくて、思わず目を閉じる。暖かい、いや、熱いくらいの直射日光だ。


 目が慣れてくると、俺は砂浜に立っていた。強烈な日差しが肌に痛い。

 

 あれ? あれ?


 夢でも見てるのか? まさか臨死体験? 本当に死んだとかはないよな? デスゲームだけに?


 全身に感じる違和感に思わず手を見る。手袋のデザインがおかしい。それどころか、いつの間にかパイロットスーツじゃなく、スペースオペラ風の全身タイツみたいなのを着ている。

 

「ドウデス? ザックサン。ソノカラダハ、チャントウゴキマスカ?」

 

 振り向くと、同じく全身タイツを着た女が立っていた。

 顔立ちは整っているが、無表情過ぎてマネキンっぽい。体のラインはそのまま出ているから、女性なのはわかる、胸は随分と控え目だな。ひょろひょろの、よく言えばファッションモデル体型?

 

「ヒョットシテ、ベティチャンカ?」

 

 口が思うように動かず、顔が引きつり、変な喋りになってしまう。まるで自分の体じゃないみたいな……いや、俺の体じゃないぞ!

 

 手袋を外して、じっと手を見る。青白い、目の前の女の顔と同じくらい青白い手だ。

 ワキワキ動かしてみる。皺の少ないスベスベの皮膚、何か所か大きな傷がついている。

 別人の体だ。しかも、人間じゃない!

 

 俺の体を返せよ! って、おかしくないか? 絶対おかしいよ! いろいろ超おかしいよ!

 

「ハイ、ワタシガベティチャンデスヨ。テキトウナ、ドロイドヲ、ハッキングシテミマシタガ、モンダイハ、ナサソウデスネ」

 

 マネキン女が引きつった笑顔を浮かべて近づいて来る。悪夢だ! 思考が回らない、吐きそうだ。

 

 ユラリと足元がふらついて、暗い場所に戻る。背中のシートにもたれかかる。ああ、この慣れ親しんだフィット感。俺の体だ。俺の体に戻った!!

 

『心拍数、血圧、脳波にイレギュラー発生。ドロイドとのリンクを解除しました』

 

 う、まだ気分が悪い。吐きそうだ。

 冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して、一気飲みする。額や首筋から変な汗がタラリタラリと流れているのがわかる。ちょっと気分はマシになった。

 

 深呼吸を繰り返す。


 今のは何だったんだ? やけにリアルな夢だったな。夢か?

 普通は目が覚めたら、夢の記憶なんてすぐに曖昧になるものだが、全てはっきり覚えているから気持ちが悪い。

 まるで別人の肉体に、俺の魂だけが憑依していたような?

 馬鹿馬鹿しい! 突然居眠りして夢を見ただけだ!

 

 いや、合理的な説明がつかないこともないぞ。

 

 ガトIIの筐体が、実はフルダイブ式のVRマシンでしたってのはどうだ? いわゆるドリームマシンって奴だ。

 以前からなんとなくそうじゃないかと思ってたんだよ、ビリー氏ならすでに実用化しててもおかしくないよな。


 走馬灯のように脳内でいろんな記憶が再生される。全てが仮想現実だったとしたら、矛盾なく説明がつくのではないか?。


 いや、まさか、そんな? だが、説明はつくもんな。全ての不可能を消去して、最後に残ったものは真実なんだよ? 多分。


 また気分が悪くなってきた。心臓がバクバクいって、全力疾走した直後みたいに肺が新鮮な空気を求める。脳が、俺の脳細胞が、大量の酸素と糖分を要求しているのがわかる。


 と、糖分! ミリ飯の中にコンペイトウなどのお菓子があった筈だ。それっぽい細長いパックを引き抜くが、ちょっと重い、ハズレか?

 いや、そうでもない。チョコバーだ。むしろ大当たりかもしれない。フィルムを破いてむさぼり食う。

 

 ヌガーの入っている、俺のあまり好きではないヤツだったが、この際好き嫌いなんて言ってられない。ぬちゃぬちゃ咀嚼すると、チョコの甘さが口一杯に広がり、人心地がついてきた。血糖値が上がったせいだろうか?

 

 ナッツを無心に噛みしめる。ヌガーのいいところは、適度に顎を動かせることだな。おかげで満腹感もそれなりに得られる。カロリーが馬鹿高いから、毎日食ってると大変なことになりそうだが。 

 チョコにスポーツドリンクは俺の趣味じゃないので、牛乳パックを取り出す。キャップをひねると、吸い口が飛び出してくるタイプのだ。やはりチョコには牛乳だよな。

 

 常温で二年間いつも新鮮と書いてある。開封後はすぐにお飲みくださいとも書いてある。

 もちろん言いたいことはわかるんだが、いろいろ矛盾してないか? 何故か突然笑いがこみあげてきた。

 

 保存の技術が凄いんだろうが、二年前の牛乳を新鮮と言うのか? どうでもいいことが、笑いのツボにダイレクトヒットだ。今のテンションなら、箸が転がっても大爆笑するぞ。


 極度のストレスによる精神の崩壊を防ぐための、自衛機能が働いているとみた。耐えろ、俺の精神! ヒッヒッフー。よし、耐えた!

 

 このチョコバーも牛乳も仮想現実だったりしてな。なんでもありだな、おい?

 仮にそうだとして、どこからだ? 今朝筐体に乗り込んだ時から? それともゲームセンターで“ガーディアントルーパーズ”を始めた時から?


 あるいは俺が生まれた時から? この世界が全て仮想現実であるとか、そんなことを言ってる科学者だっているのは知っている。


 そんなのどうやったら証明できるんだ? 頬でもつねってみるか? 痛覚まで完全に再現されていたら、それでお手上げじゃないか。 


 困ったぞ、いや、別に困らないか。


 考えてみれば、仮想現実だろうが何だろうが、どうせこのゲームをプレイし続けるんだしな。

 いずれにせよ、俺のやることは変わらんわけだ。つまり、別に難しく考えることはないってことじゃないか。


「仏に会えば仏を斬り、神に会えば神を斬ろう」


『いきなりどうしたんですか?』


「いや、なんとなく言ってみただけだ」


 聞きかじりだが、禅問答か何かだったと思う。それか、アニメキャラのセリフだ。意味とかはよく覚えてないが、なんとなく強気なのがいいな。勇気が湧いてくるじゃないか。

 

『体調が優れないようですので、作戦を延期しましょうか?』

 

「いや、チョコバー食ったから大丈夫。立ち眩みは血糖値の問題じゃないかな」

 

 パニクって気分が悪くなったとか、なんか気恥ずかしいから、適当に理由をつけて誤魔化す。


 このゲームをプレイしている間は、俺はザック・バランなんだ。クールでニヒルなボクらのヒーローさ。死んでも泣き言なんて口にするキャラじゃないんだよ。

 

 再び、ベティちゃんがハッキングしたドロイドに憑依する。二度目なので少しコツがわかってきた。

 さっきの個体とは違う感じなので、手袋を外してみる。今度の体には目立つ傷がない、明らかに別個体だ。

 

 ベティちゃんの方は、今度は一回り胸が大きい個体だ。それでも、リンリンやアリサちゃんに比べればささやかなものだ。いや、リンリンは上げ底疑惑もあるんだけどな。

 まあ、大きさなど些事に過ぎない。どうもこの俺のボディには性欲というものが欠落しているみたいだな。アンドロイドなら当然か。


 アンドロイドに憑依しているという異常事態も、考えようによっては貴重な経験じゃないか。こんなの普通できないぞ、開き直って楽しまなくちゃ損ってもんだ。

 

 改めて周囲を見渡す。アンドロイド……ベティちゃんの言うところのドロイド達が、黙々と働いている。どうやら防波堤のようなものを建設しているみたいだ。

 ほっそりした女性のドロイドが、自動車サイズの石材をかついでいる。砂に足が深くめりこんでいるのに平然としている。まあ、それだけ怪力なんだろうな。


 一見マネキンっぽく見えるが、見慣れてくると顔つきやスタイルはそれぞれ微妙に違う。本当にこいつらメカなのか? 普通に息もできるし、全身の感覚も人間とそこまで変わらないようだぞ。


 中世ヨーロッパっぽい衣装を身に着けた人間もたまに通りかかるが、彼らはほぼドロイド達の存在を無視している。どうもあいつらが普通の人間で、ドロイドは奴隷というか、土木機械的な存在って設定なんだろう。

 地球でもアンドロイドの扱いは、まあ似たようなものか。普及し始めた当初こそ物珍しかったが、慣れれば空気みたいなものだしな。

 

 ドロイドの着ているグレーの全身タイツには、複雑な黒のラインが描かれている。個体ごとに少しずつパターンが異なるのは、単なるデザインなのか、それとも所属や階級を示しているのか?

 

『ツイテキテ、クダサイ』


 ベティちゃんが憑依した女ドロイドが歩き出したので、急いで追いかける。体を動かしているうちに、結構慣れてくるもんだな。


 俺達が勝手に持ち場を離れても、他のドロイド達はまったく無関心のようだ。どうやらどこかのサーバーからリモートコントロールされているっぽい。

 俺達だってリンクスから遠隔操作してるんだしな。俺の本当の体がまったく意識できない感覚は、奇妙といえば奇妙だが、まあそういうものだと思っておこう。


 ん? 本当にこのゲームが仮想現実だとしたら、リンクスのコクピットにいる俺の肉体もヴァーチャルってことにならないか? 心を何処に置こうぞってか? いかんいかん、ややこしいことを考えてると、また気分が悪くなるぞ。

 ふわっとファジーに、やわらか頭でいこう。


 どんどん歩いていくベティちゃんを追尾する。目指すは城のような建物だ。実は工場なんだけどな。


 脳内に国民的RPGのBGMが自動再生される。なんだかんだ言って、ノリノリじゃないか。楽しくなってきたぞ、楽しくなってきた。

 

 城下町に入ると、ますますファンタジーRPGっぽくなってきた。少し残念なのは、屋台とかがないことだな。屋台どころか普通の店も見当たらない。看板が出ていないだけかもしれないが。


 相変わらず俺達は無視されているが、さすがに無断でどこかの家に侵入したら見咎められるだろうな? 壺を割って回るとか論外だな。シュールな光景を想像して、思わず顔がにやけてしまう。


 当たり前だが、冒険者ギルド的な建物も見当たらないようだ。これだと見た目がちょっとファンタジーなだけの、普通の街だな。

 日本の都市でも観光地以外はどこも普通に地味なもんだし、そこに妙なリアリティはあるけどな。


 城門には衛兵がいる。が、ドロイド達はここでも普通にフリーパスみたいだな。俺達も平然と通る。


 衛兵達のお尻に生えている尻尾がすごく気になるけどな。顔は人間なのに、リザードマンの尻尾が生えているのはどういうことだ?

 やっぱりこいつらリザードマンなのか? 町の人々に尻尾はなかったようだがなあ。俺が憑依しているドロイドにもそんなものは生えていない。


 ドロイドに、人間に、リザードマン。三種類のヒューマノイドが混在してるってことか? タケバヤシ達が殺したのは、どの種類だったんだろうな?


 俺の中では、現状はビリー氏にハメられて、いつの間にかフルダイブ式VRゲームをプレイさせられているという説が、最有力候補だ。十中八九それで間違いない。


 だが、そうじゃない可能性だってあるかもしれない。ひょっとするとな。


 状況が良くわからない以上、これからはたとえ敵でも不用意に殺さない方がいいだろうなあ。

 つい最近スキュータムIIを倒しまくった気もするが、あいつらは結局同士討ちでもやられてたし。いや、俺は悪くない筈だぞ? 少なくとも正々堂々と戦ったし。


 我が剣に一片の曇りなし。多分な。


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