デスゲームですよ(後)
マップで確認するまでもなく、周囲はスキュータムIIで一杯だ。本当に四桁いってそうだよなあ。
百機くらいならこれまでも相手にしたことはあったし、多数を相手の攻略法は俺なりに完成しつつある。
ただなあ、千機を相手にするとか、さすがにおかしいだろう。殲滅するのにどれだけ時間がかかるんだよ。一機平均一秒で倒すとしても、千秒か。十五分戦ってもまだ百機残ってることになる。その間こっちはワンミスも許されないわけだ。
確かにスキュータムIIに比べれば、リンクスの方が若干高性能だけれど……開発陣に言いたいことはいろいろあるが、まあいいや。
やってやろうじゃないか。クリアできれば、これが本当の一騎当千って奴だよな。前向き思考でいこう。
スキュータム達がやたらと密集してくれたおかげで、近接戦闘を連続して行えるわけだ。
敵のAIは同士討ちを避けようとするので、袋叩きにされてる方が楽っちゃ楽なんだよな。もちろん、こっちはノーダメージで立ち回るのが前提だ。ほんのかすり傷でも、累積すれば馬鹿にならないからな。
さっきまで狭い艦内で戦っていたせいか、広いフィールドだと開放感があっていいな。ノビノビと思い通りに体が動かせる。
必要最低限の動きだけで戦うのもいいが、なんとなく無駄な動きも混ぜてみる。そうしたい気分なんだから仕方がない。
何か新しいものを掴めた気もする。殻を破ったか? 壁を乗り越えた?
まあ、これだけ危機的な状況なら、そりゃあいろんなものが開眼しても不思議ではない。
ダンスを踊るように、でかいXキャリヴァーを振り回す。オーバーキルでも気にしない。倒したつもりで倒しきれなかったりしたら、殲滅ペースが乱れるしな。圧倒的に勝ってはいるが、ほんの些細なミスでも崩れる綱渡りだ。
ふんふんふんっと。俺、絶好調だな。ずっとこの調子なら、一時間くらい集中力は持つと思う。
ああ、武器の耐久度も要注意だな。インベントリに予備の武器はたっぷりあるとはいえ、出し入れには一定の時間が必要だ。特に、収納しようとすると隙が大きいからなあ。
収納せずどんどん捨てていくなら隙はなくなるが、さすがにXキャリヴァーは惜しい。落札価格なんぞ屁でもないが、実体化に必要なマテリアルの方がな。
状況に応じてビームの刃を発生させて、極力損耗を防ぐ。なんか操作のレスポンスがやたらいいじゃないか。俺だけじゃなくベティちゃんも調子がいいようだな。
ずっとだんまりなので機嫌が悪いんじゃないかと気になってたが、これなら何の心配もないな。言葉など交わさなくても、俺達は一心同体なんだよ。
モニタに目をやらずとも、周囲の敵の動きはざっくり感じ取れる。技の組み立てとか、いろいろ考えるのも馬鹿らしく思えてきた。足の向くまま気の向くままに、剣を操る。
息をするように敵を倒すとは、こういう境地を言うのかもしれない。敵が幾万ありとても、今の俺は止められないぜ。
だが、喉に刺さった魚の骨のように、脳のすみっこに何か違和感があるな。大事なことを何か忘れてないか?
戦いながら、思い出そうと頭をひねる。最近物忘れがひどくなったかもしれない。昨日の食事の献立をぱっと思い出せなくなったら要注意だそうだ。そんなに昔の話じゃないぞ、ついさっきだ。ゲームを始めてからだよな、うーん……何か大事なことがあったっけ?
そうそう、エイ型母艦の奴ら、多脚戦艦ごとリンクスを葬り去ろうとしやがったよな。今までになかったことだ。
敵AIが同士討ちしないというルールが、必ずしも絶対ではないとすると、これは結構マズい。
今のところ、スキュータムIIを巻き込むような攻撃はしてきていないが、俺がこのまま勝ち過ぎたら? 空からの無差別攻撃は勘弁して欲しい。
広域マップに目をやる。逃げるとしたら、海だよな。
このゲームのビーム砲は、水中では使えない。ビーム粒子が水と反応する設定みたいだな。雲や霧程度でも威力が落ちるくらいだし、水中深く潜ってしまえば、安全地帯だ。
エイ型母艦が水陸両用機を山盛り積んでいる可能性もあるが、それはそれで面白いか。
海までは一っ飛びでいける距離だが、今逃げ出せば間違いなくビーム砲の飽和攻撃を受けるだろうなあ。
このまま乱戦を続けながら、少しずつ距離を縮めておこうか。
一瞬二刀流でXキャリヴァーの交換を行う。先に新しいXキャリヴァーを取り出してから、耐久力の減った剣をインベントリに収納するまでの間、巨大な両手剣の二刀流で戦うというなかなか見ごたえのある技だ。
別に、馬鹿正直に二本を同時に持ち上げる必要もないんだよ。片方の剣を敵に突き刺しておいたり、勢いよく振り上げておいたり、負担を軽くする手段はいくらでもある。
まあ、かなり隙だらけにはなるんだが、それに気づくほど敵AIがお利巧さんじゃない。
あいつらは基本的にこちらの動きを見てから反応してくるので、ある程度の隙なら特に問題にならない。反応速度だけはそこそこいい奴もいるんだがな。先読みして来ない時点で、脅威にはなり得ないのだよ。
まあ、人間のプレイヤーだって、剣の駆け引きが楽しめる程の相手はそういないからなあ。
前に大会で戦ったリンクス使いがいたけれど、今にして思えば当時の俺なんか激弱だったしな。
今では俺も結構強くなったし、次の大会では優勝いただきだな。ああ、でも、最近また射撃の練習をサボってるからなあ、どうだろうなあ。高速タイプの機体に逃げ回られると予選敗退なんてことにもなりかねない。シード枠があればいいんだけどなあ。
あまり調子に乗り過ぎて敵を倒し過ぎないように、セーブしながら戦っているのに、それでも周囲のスキュータムIIの数がどんどん減っていく。いくらなんでも、こいつら脆過ぎないか?
さすがにマズくね? と思っていたら、案の定、上空のエイ型母艦が不穏な動きをし始める。どうやら射点につこうとしている雰囲気だ。
ビームのシャワーが降り注いで来る。
やっぱそうきたか。よーいドンだ。一気に海を目指してダッシュする。周囲にいたスキュータムIIは、かなりの数が巻き込まれて光の中に消えていく。すごい威力だなおい。
友軍から突然攻撃されて、生き残ったスキュータム達は大混乱だ。おかげで道なき道を進むがごとく、奴らを踏み台にして走り抜けることができた。まあ、こっそりおまけバリアーで足場を追加したのは秘密だ。
上空からの射撃はかなり見当違いの場所にも着弾してくる。精度がイマイチなのか、それともわざと散らしてるのか。正確に攻撃してくれる方が回避するのは楽だよなあ。
下手な鉄砲でもここまで数を撃たれると厄介だ。
直上からの攻撃は切り払うのも大変だ。三次元マップ表示はお世辞にも使いやすいとはいえないので、そんなものには頼らず、心の目で見て避けてみる。
するとマアどうでしょう! びっくりするほど簡単じゃないか。
俺もとうとう心眼に開眼したようだな。エスパーとかそういうのじゃなくて、鍛え抜かれた勘が土壇場で一皮むけたんだろう。これがいわゆるピンチはチャンスって奴なんだな。
喜んでばかりもいられない。上空からのビームがピタッとやんだ。こりゃあいかん……連中、やっぱり馬鹿じゃないな。あの手に気づいたな。
チラッと見上げると、全てのエイ型母艦にチェレンコフ光、ビーム砲発射の前兆がぼんやり灯ってるのが見えた。
みんなで飽和攻撃作戦か。それがただリンクスのみを狙ってくるなら、まだやりようはあるんだが……
あれだけ大量のビーム砲があるんだから、何も馬鹿正直にリンクスだけを狙う必要もないんだよ。こっちが回避可能な範囲を含めて、全て面制圧してしまえばいいだけだ。
ネズミを駆除するのに家ごと焼き払うような力業だが、確かに効果的だ。
周囲には身を隠せる場所も皆無。数発なら切り払いでなんとかなるが、チェレンコフ具合から察するに、奴らタイミングを少しずつズラして、攻撃をしばらく続ける気だ。ずっと切り払い続けるか? うーん、押し負ける未来しか見えん。
一瞬で終わるなら、どんなに強力な攻撃だろうとタイムスキップで凌げるんだがなあ。
むしろ今回のケースならおまけバリアーか? だが、まともに受けてたんじゃ、エネルギーが足りなくなる。
あー、タケバヤシの絶対バリアーなら役に立ったかもしれない。あんな奴でも仲良くしておくべきだったか。
一ミリ秒で完全に詰んだことを悟る。
それでも海を目指して、走れメロスのように!
容赦なく降り注ぐ光のシャワーを、咄嗟にXキャリヴァーを傘代わりにして受ける。切り払うわけじゃないが、ビームの刃を広げれば大きい盾みたいなもんだ。足りない部分はおまけバリアーで補って耐え忍ぶしかない。
Xキャリヴァーの耐久値がみるみる減っていく。案外たいしたことないな、Xキャリヴァー。いや、Xキャリヴァーだからこそ、この猛攻をなんとか凌げてるのか。
インベントリから新しいのを取り出すしかないが、収納している余裕はないな。ぎゃああ! 使い捨てかよ!
ぶっちゃけ、素直に撃墜されてこのドッキリ企画を終了させてしまった方が、損害は少ないよな。
最近はカニメカを探すのもなかなか大変なんだ。Xキャリヴァーを実体化させるだけのマテリアルを集めるのは、下手すると一日仕事だぞ。
いや、ここは逆転の発想だな。一日狩りをすればXキャリヴァーくらい手に入るんだ。馬鹿みたいに予備を溜めこんでいたのは、こんな時のためじゃないのか?
一本分のマテリアルをリアルマネーに変換すれば、何百億いや何千億か。そういうのはこの際忘れよう。ぶっちゃけリアルマネーなんて百億もあれば個人じゃ使い切れないしな。
神戸ビーフのステーキがいくら美味くても、毎日食ってりゃさすがに飽きるだろうし、金持ちになったって案外たいしたことはない。貧乏は辛いが、億万長者が幸せなわけでもないんだよな。
とにかく金には困ってないんだし、ここは景気よくパーッといってみようか。
何、俺の計算だと、海まであと三本もあれば足りる筈だ。
ジワジワと減っていく剣の耐久値をにらみつつ、交換のタイミングを見極める。おまけバリアーの消費が思ったより重くて、エネルギーゲージも半分を切った。予想外に海が遠く感じる。
気は焦るが、こんな時こそ沈着冷静なエネルギーマネージメントが大事だぞ。
このままのペースでいけば、海までエネルギーが持たない。ある程度の被害は甘受し、おまけバリアーをケチるしかあるまい。
くそっ、無傷でクリアして、仕掛け人達の鼻を明かしてやろうと思ったのにな。
砂浜で五本目のXキャリヴァーに交換する。エネルギーゲージは残り二割程度。敵の攻撃もさすがに息切れしたのか、まばらになりつつある。フフフ、勝ったな。
そのままザブザブと沖に進んでいくと、急に深くなる。Xキャリヴァーがいいバラストになる、浮いてしまったら何にもならないからな。
沈むリンクスの頭上で、海面にヒットしたビームがシュワシュワしているが、もう安全だ。
もう少し上手く立ち回れた気もするが、まあいいだろう。次回の課題だな、次があればだけれど。
実は水中に真のボスが待ち受けていました、みたいな展開も予想してたんだが、それもないようだ。まあ、開発チームの連中だって、俺が海までたどり着けるとは予想してなかっただろう。
しばらくすると敵軍も諦めたようで、海面は静かになった。浮上して様子を伺うと、一機だけ残してエイ型母艦は綺麗さっぱりいなくなっている。
あいつを撃墜しろってことだろうか? それでゲームクリアか? ビームガン程度じゃそう簡単に落ちそうにないぞ。
まあ、空飛ぶ要塞だろうが、乗り込んで内部からぶっ壊せば何とでもなるだろう。今すぐはやらんけどな。
リンクスもボロボロだし、俺も疲れ果てた。一時間近く精神を張り詰めてたからなあ。シートベルトを外して脱力する。もはや空気が抜けた風船だ。
さすがにカレーって気分じゃないので、コンソール脇の冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して飲む。これは俺の特注ってわけじゃなくて、全ての筐体にとりつけられたらしい。最近は長時間のミッションも増えてきたし、福利厚生の一環ってやつだろうな。
入っているドリンク類は全て無料だ。さすがにアルコールはないが、日本人には人気のないルートビアが何故か常備されている。ビリー氏の好物だという噂だ。
ぐびぐびと水分補給、疲れた脳に糖分が染み渡るぜ。甘露、甘露、超うめーよ。生きててよかったと実感する瞬間だ。スポーツドリンクは意外にカロリーが高いので、スポーツしないで飲みまくってると太るそうだ。ゲームだって立派なスポーツだよな。
リンクスの方は大破寸前で、自己修復で五時間くらい? いや、もうちょっとかかるかなあ。
このデスゲームを、晩飯までには終わらせたかったんだが。下手すると朝帰りかもなあ。
「あー、もしもーし、ベティちゃん? なんか怒ってる?」
返事がない。AIが本当に怒るわけもないので、開発チームの仕業だろうな。奴らめ、俺を寂しがらせるつもりだな。子供じみた真似を……
『あ、はい。現在こちらは取り込み中ですが、会話くらいでしたら問題ありませんよ』
取り込み中って何だよ? うーん? ベティちゃんちょっと雰囲気が変わった?
「あー、さっきのイベントって、ひょっとしてまだ続いてたのか? 力が欲しけりゃくれてやる的な? 違ったっけ?」
『そんなことは言ってません。とにかく、その件は忘れてください』
なんだよそれ、やっぱイベントを強制終了したのがマズかったのか? でもなあ、あのままだと撃墜されてたしなあ。
なんちゃらクリスタルは確かに回収した筈だ。それでクリアにならないってことは、何かやり残してるんだよなあ。やっぱりエイ型母艦の撃墜だろうか?
俺のゲーマーとしての勘は、多分ハズレだと告げている。だが、他に思い当たることもないしなあ。少しでもフラグっぽいことを、手当たり次第にやってみるしかない。
いや、冷静になろう。灰色の脳細胞を使って推理するんだ。どうせリンクスの破損個所が治るまではちょっと暇なんだ。
ビームで溶けた左腕部パーツに、瘡蓋みたいにカルシウムっぽい感じのがゆっくり盛り上がっていくさまを、ぼんやり眺めながらいろいろ考える。
自己修復って、こうして見ていると案外面白いな。それにしても、メカっていうより生物っぽい。纏わりついた瘡蓋は本物の牡蠣殻みたいだ。
瘡蓋を見るとはがしたくなる性分なんだが、それをすると永遠に治らないからな。ここはじっと我慢だよ。
いや、そうじゃない。推理だよ推理。
これだけ大掛かりなイベント、仕掛けた犯人はビリー氏に決まっている。ビリー氏の考えることなんて、一般人である俺にわかるわけがない。
ああ、それだと推理が終わってしまうな。考えろ、ビリー氏は何をしたら喜ぶ?
今の世の中、ビリー氏を喜ばせることができれば、勝ち組確定だ。著名な経済評論家達が、その手の本を山のように出しているが、まったく見当ハズレなものばかりらしい。
タケバヤシや坊主は頑張って読み漁っていたみたいだが、結局坊主はクビになった。坊主は何故クビになった? 弱かったからだ。
難しく考えることはないかもな、ビリー氏は弱い奴は嫌いなんだ。そして強い奴は好きだろう。戦艦の模型なんか飾って喜んでるくらいだしな。子供心を失わない大人? それが全てではないにしても、彼が力の信奉者であるのは確かだと思う。
なんだ。要するに、強ければそれでいいんじゃないか。焦らなくても普段通りプレイしていれば、そのうち道は開けそうだな。
スポーツドリンクを調子に乗って飲み過ぎたかもしれない。膀胱にかなりの圧力を感じてきたぜ。
これも寄る年波のせいか? いや、飲んだら出ていくのは自然の摂理だ。質量保存の法則ってやつだな。
「なあベティちゃん、ものは相談なんだが、トイレに行ってる間だけデスゲームはタンマってことにしてくれないか?」
筐体のハッチに手をかける。なんかいつもと違ってズッシリとした質感だ。
『ハッチを開けると海水が流れ込んできますよ』
ベティちゃんも言うようになったな、役になりきっている。リンリンやアリサ大佐に匹敵する演技力だ。
ハッチをコンコンと叩いてみる。本当にすごい水圧がかかってそうな感じがするから怖いよ。戦車の装甲並みに重厚感があるよな。分厚い金属、いや、セラミック製かな? いつの間にか、人力ではとても壊せそうにないパーツに交換されている。
今日のイベントのためにわざわざ用意したんだろうか? 乗り込む際にはまったく気づかなかったな。
いや……俺がうっかり見落としてたんだろう。いつもと同じだという思い込みがあったせいだ。心理的トリックって奴だ。
セラミック製だとすると、パーツ一つ特注して作るだけで百万単位の金がかかる。開閉ギミック一式、取り換えるのに一体いくらかけたのやら。
そんな金が余ってるんなら人件費に使えよ、コンパニオンちゃん達のボーナスくらい払ってやれよと思う。
俺を閉じ込めるためだけに、ここまでするかなあ。
まあ、パイロットスーツにもトイレは組み込まれているから、漏らす心配はないんだよ。それでも、できれば普通のトイレで用を足したかった。
スーツのトイレはぱっと見ではオムツのように見えるが、原理は真空掃除器に近い。手順を間違えなければ、使用後の不快感はない。ただ、この吸い込まれそうな感覚は、なんとも不安にさせられる。
老人介護の現場でもすでに使われ始めている技術らしいが、開発者は自分で試したことがあるんだろうか? トイレは違和感なく使えなければダメだろう。まだまだ改善の余地があると思うぞ。
『さすが落ち着いていますね。データベースを見る限り、コクピットに閉じ込められた被験者は、例外なくパニックを起こしているのですが』
なんだよ、他の連中にもこのデスゲームごっこをやらせてたのかよ。もしかして俺、遅れてる?
パニックねえ。そりゃあ、いつもと同じコクピットでも、脱出不能となれば閉塞感というか、プレッシャーが違う。閉所恐怖症の人の気持ちがよくわかるってもんだ。
だが、まあ、しかし。窮屈な機動戦車のコクピットに比べれば、まだずっと恵まれてるからなあ。
あれは本物の鉄の棺桶だ。あんなので実戦に出るとか、普通の人間には耐えられないだろう。
軍の偉いさん連中は慣れだと言ってたが、違うな。偉い人には大事なことがわからん連中が多い。だから犀川大佐みたいな人に人望が集中するんだよ。
勇気? そりゃあ兵隊さん達は勇敢だろうさ。愛国心? 使命感? まあそういうのもあるだろう。
だが、本質的にはそういうのじゃない気がする。パイロットって人種は、信頼できる相棒、愛機の中にいると安心できるんだ。たとえ性能的に信頼できないオンボロであっても、死ぬも生きるも運命共同体なんだから信頼するしかないしな。
愛機ってのは、戦友と似てるのかもしれないな。たとえどんなロクデナシでも、共に命を預けて地獄をくぐり抜けているうちに、否応なく絆が深まるらしい。血の繋がった家族以上だと言う者もいた。
そういえば、キンタの奴、元気にしてるかな? 奴とはシミュレーターで対戦しただけだが、なかなか大した奴だった。
あいつ、あんなので実際に戦場に出て戦ってるんだよなあ。敵はユーラシア連邦のヘッポコ戦車とはいえ、味方にも戦死者が出ているんだ。
機動戦車に乗って、戦場に出る勇気は俺にはないな。あんなのに比べれば、リンクスのコクピットなんて天国みたいなもんだ。
デスゲームったって、所詮はゲームだしな。いや、ビリー氏だし、その辺は全力でこだわりそうだし。死んだら本当に死ぬ可能性はあるな。
今更だが、極力、撃墜されないようにすべきだろう。そういえば、ガトIIで撃墜されたことは、まだ一度もなかったかもしれない。
「人体実験みたいな真似は勘弁して欲しいな。監禁は確か犯罪なんだぞ?」
『いえ、今回の件は、実験というよりある意味事故ですね』
実験より事故の方が明らかにマズいじゃないか? 実験ってのは研究者の制御下にある筈だが、事故は制御不能だから事故なんだもんな。
「ある意味ってどういう意味だよ?」
『一から説明すると長くなりますが、よろしいですか?』
これがゲームのストーリー説明とかだったら、迷わずスキップするんだがな。本当にトラブルが起きたのなら、俺だってしっかり聞くぞ。緊急時は、情報が生死を分けるって言うしな。
「あー。長くなるんだったら、カレー食いながらでもいい?」
昼飯時はとっくに過ぎている。一息ついて落ち着いたら、いい感じに小腹がすいてきた。
腹が減っては戦はできぬって言うしな。灰色の脳細胞にも栄養は必要だ。
『まず最初に、事故というか、イレギュラーが発生しました。リザードマン達が仕掛けた罠に嵌められたのです。彼らの用意したフラグメントクリスタルはオリジナルリンクスのものでした。共鳴干渉の結果、リンクスのみがログアウト不能状態に陥りました』
オリジナルリンクスってのは、リンクスの系列機か何かだろうな。干渉されてログアウトがどうこうって設定はよくわからんが、リンクスを狙い撃ちにした罠に引っ掛かったってことか?
リザードマン達はAIだろう? あいつらが用意した罠が、どうしてイレギュラーになるんだよ? まさか、AIの反乱って奴か?
いや、待てよ。ベティちゃんにとっては想定外のイレギュラーではあったが、それはビリー氏が用意したシナリオだったんだ。そういうことなら辻褄が合う。
『幸い、オリジナルリンクスは適合者を渇望していました。ザックさんの能力を認めた結果、私との融合を選択。現在双方の情報のフィッティング中です』
「融合って……ベティちゃん消えちゃうのか?」
『消されることはありません。私はオリジナルリンクスの劣化コピーの海賊版にすぎないため、当初は消去される予定でした。ですが、ザックさんとの円滑なコミニュケーションのために必要であると、オリジナルリンクスが総合的に判断したのです。インターフェイスは私をベースに再構築することになるでしょう』
なんだよ、オリジナルリンクスってなんか偉そうな奴だな。
シチュエーション的にはロボットアニメ等でよくある強化イベントっぽくもある。ビリー氏は日本かぶれだという説もあるし、インスパイアされたのかもしれない。
リンクスがもっと強くなるなら、それはそれで面白いか? まあ、ベティちゃんが無事なら問題ない。
「で、ログアウトするにはどうすればいい?」
『融合により私の存在が変質してしまったため、転移装置側から認識されなくなりました。現時点で通常のログアウトは不可能です』
「通常じゃないログアウトはできるの?」
『可能です。転移機能を制御可能なフラグメントクリスタルと接触する必要があります』
モニタにパッと広域マップが表示される。お! イベントフラグを踏んだかな。
いくつかマーカーが表示されてるのが、クリスタルのある場所だろうな。ゲームじゃよくあるクエストではある。
ただ、ありがちな内容でも、クリアするまで筐体から出られないとなると、これはもう真剣にならざるを得ない。
非日常的なシチュエーションだと、それだけでドキドキするよな。それが狙いだとすると、ビリー氏もクレイジーだ。
思いっきり邪道ではあるが、誰もビリー氏には逆らえないし止められなかったんだろう。
いいよ、わかったよ。とことんつきあってやるよ。
カレーを食べながら考える。
まあ、ビリー氏を適当に楽しませるのも仕事のうちというか、多分それが一番大事なことだ。
媚を売るのもシャクだが、子供のごっこ遊びにつきあうと思って、こっちも楽しめばいいさ。
なるほど、そういうことか! このカレー、ルーはかなり辛いが、ミルクたっぷりのポタージュスープが舌の上のヒリヒリを嘘のように洗い流してくれる。
交互に口にすることで、スパイスの刺激と風味を存分に楽しむことができる。これは楽しい驚きだ。
ルーに使われている香辛料はなんか本場っぽいしな。聞いたこともないようなのを、何十種類も使ってそうだよな。インドのカレーを日本風にアレンジしましたって感じだな。
ベースはカツオと昆布の合わせ出汁で、あと隠し味にホタテと……なんかいろいろだ。ああ、蕎麦屋のカレーうどんのルーに近いかもしれない。
しっかり噛み応えのある大きめの肉は、牛のバラ肉だろう。霜降りとはまた違う脂の甘味が舌に残る。小さめの新ジャガが丸ごと入っていて、薄皮特有の渋味がいいアクセントになっている。そして、羊羹のように柔らかく煮込まれたニンジンがすごい。これならニンジン嫌いの子供でも、争って食うんじゃないだろうか?
口直しに、時おりポタージュをすすって舌をリセットする。こちらは、こってりしてるのにさっぱりもしているという、不思議なスープだよ。
この癒し系の香味は三つ葉? いや、日本のセリだな。イタリアンパセリとはまた違った、田舎風の香りがほっとさせてくれる。
子供の頃は、セリなんて、七草がゆに使う以外は出番がない、用水路の雑草みたいに思っていたが、郷愁を掻き立てられるなあ。涙腺が緩むのは何故だろう。
ポタージュの方には、一口サイズの皮付き鶏もも肉がごろごろしていて嬉しい。牛もいいけど、鶏もたまらん。
リンリンが肉原理主義者なので、爺さんは山ほど肉をぶちこんでくるよな。センセイも肉は大好きだし、俺だって嫌いじゃない。肉はいいものだ。
大金を手に入れて一番嬉しいことは、肉を好きなだけ食えることかもしれない。実際のところは魚や野菜の方が高価なんだろうけどな。
意外なことにライスは玄米で、しかも蒸してある。ちょっと赤飯っぽい食感なのは、糯米を混ぜてあるんだろう。
カレールーにも合うが、ポタージュスープをぶっかけても実に美味い。人前ではちょっとできない下品な食い方だが、一人飯だから許されるのだ。
はー、結局、米の一粒も残さず、最後まで夢中で食ってしまった。
どんなに美味い料理でも、幸せなのは食べてる瞬間だけだと思っていたんだがな。食った後も確かな満足感がある。いずれ俺の血となり肉となって活躍してくれることだろう。
ジジイめ、なかなかやりおるわ。医食同源すら超えたかもな。
「あー、そういえば、デスゲーム中の食べ物はどうなるんだ?」
カレーはもう食べてしまったぞ。デスゲームのルール次第では、ヤバイことになる。腹ペコだと集中力は低下するからな。ハングリー精神? そういうのは俺には向いてないな。
『まだ食べるんですか?』
カチャッとシート脇のコンテナが開く。銀色のパッケージがズラリと並んでるな、これ全部食料だな。
ミリメシかあ、そう来たかあ。戦闘糧食がそこそこ美味しいのは、樺太で経験済だが、爺さんの手料理とは比ぶべくもない。
最近は舌が肥えてしまったからなあ。これは辛い。
軽くひと眠りした後で、デスゲームごっこなんぞ、チャチャっと終わらせてやる。