デスゲームですよ(前)
「柿崎さん、ホントお願いしますよ」
アリサちゃんが土下座しかねない勢いで頼み込んでくる。
「おいおい、軍人ロールプレイも仕事のうちだったよな。会社のエラい人とかがカメラで見てるんだろう?」
「そんなこと言ってる場合じゃないんです。もう頼れるのは柿崎さんだけなんです。今度入った新人さんが全然使い物にならないみたいで」
新人ってえと、あれか。坊主の後釜に座ったあのおっちゃんか。あの人も大会では最後の方まで残ってたみたいだから、俺も顔を合わせてる筈なんだけれど、まるで記憶にない。特徴がないのが特徴みたいな人だな。
ぷるりんちゃんにモブキャラ呼ばわりされてて、思わず笑いそうになった。モブ度で言えば、俺も他人の事を言えた義理じゃないがな。
スキュータム使いは元々多いから、クビになった坊主の代役はすぐ見つかったみたいだ。さすがにガトIIで即戦力ってわけにはいかないか。
あの坊主でも一応何かの役には立ってたってことだ。それなら簡単にクビにするなと言いたいよ。まあ、人間関係の方が修復できない程こじれてたみたいだしなあ。
「まあまあ、慌てない慌てない。まだ来たばっかなんだし、そのうち慣れるだろうさ」
すぐに資金ショートするような零細企業じゃあるまいし。親方日の丸どころか、親方ビリー氏だもんな。
「そのうちじゃ困るんですよ。あの三人が全然ノルマを達成できないせいで、私達のボーナスまで削られてるんですから」
ボーナスなしかあ、確かにそりゃあ大変だよなあ。華やかに見えていても、コンパニオンさん達も苦労しているみたいだ。
俺専属みたいな部署の娘達は、焦るアリサちゃんとは対照的に他人事みたいな顔をしてるけどな。マテリアルの回収量では俺が単独首位というか、俺しかまともに回収できてないからなあ。
俺チームはボーナスの査定がよかったりするのかな? 女の子達の俺への営業スマイルが半端ないぜ。
アリサちゃんは一応は俺担当だけれど、全てのチームのまとめ役もしているんでそっちの責任があるみたいだ。
責任者なんてやるもんじゃないよな。リスクに見合うリターンがあるならまだいいが、大抵そういうのは貧乏クジなポジションなんだよ。
本当にオイシイ席なら、無能な社長一族が座っている筈だ。あ、でもここは外資系だしどうなんだろ?
「仕方ないなあ。でも、どうせあいつら勝手なことばかりするし、上手くいかなくても知らないぞ」
「柿崎さん素敵! 愛してる!!」
調子いいこと言いやがって、若い娘におだてられたら男は頑張って働くと思ってやがる。まあ、働くけどな。社交辞令だとわかっていても。男は辛いんだよ?
会議室にメンバーが集められて、アリサちゃんの本気のブリーフィングが始まる。
「作戦目的はフラグメントクリスタルの奪取です。白馬の丘と名づけられたリザードマンの拠点を強襲し、祭壇に突入、ターゲットを回収次第ログアウトして脱出してください」
俺的にはログアウトで逃げるのは卑怯というか、ゲームの世界観を壊してしまう行為だと思ってるんだが。いや……ボーナスがかかっているアリサちゃんにそんなことは言えないか。
「ぷるりんちゃん達はー、後ろから掩護射撃だけしてればいいんですねー」
「支援チームは決して味方を誤射しないように。ペナルティは通常ミッションの百倍に設定しました。馬鹿な真似をしたらどうなるかよく考えて行動しなさい」
「あははー、怒られてやんのー。くすくす」
「チッ、うっせーよ」
タケバヤシも落ち目になって変わったなあ、背中がすすけてるぜ。いじけた野良犬のような目をするようになった。
「フラグメントなんちゃらって何? 奪取って、具体的には?」
俺が突入して何か重要アイテムを入手すればミッションコンプリートなのはなんとなく理解できた。戦闘はなんとかするが、イベントとかはちゃんと手順を教えてもらわないと困る。
「フラグメントクリスタルです。近くまで行けばカーソルが表示されるので、とにかくひたすら目標に接近してください。一定時間目標の近くにいれば、自動的に回収扱いになります」
ずいぶん適当だな。まあ、そんな感じのゲームをプレイしたことはあるし、やり方はなんとなくわかる。クリアアイテムにカーソルが表示されるだけでも親切な方か。
フラグメントねえ……クリスタルの破片みたいなのかな? ブラックボックスとはまた違うみたいだけれど、使うと何か効果があるんだろうか?
そもそも、イベントクリア時点で俺の物になるんだろうか? 今回限りのトリガーアイテムって気もするが、どうせ似たようなミッションで今後も使い回される気がする。いっそのこと、七つ集めればコンプリート報酬が貰えるとかにすればいいのに。
他の三人は、今回の作戦では俺の掩護射撃だけが任務なのか。目的のブツは神殿の奥深くに秘蔵されているってことで、ダンジョン突入後は俺一人かよ。
どうせ普段からソロだし、最初から三人を当てにしてないし、何も問題ないな。
敵が今までみたいにスキュータムIIだけなら、百や二百はなんとかなるが、どうせゲームデザイナーは何か仕掛けてくるんだろうな。
無茶苦茶強いリザードマンのエースパイロットとか? 理不尽に硬いボス専用機体かもしれない。
鬼のような難易度でも、何度かプレイすれば攻略できる自信はあるよ。ただ、流れ的に初回クリアを要求されてるみたいだしなあ。なにげにプレッシャーはあるよな。
「リンクスが神殿に入ってしまったらボク達はログアウトしてもいいですか?」
新人君が弱気な発言をする。彼は意地でも撃墜されたくない人のようだ。案外坊主より伸びるかもな、臆病なくらいが丁度いいってのは本当のことだ。
「ミッションが成功さえすれば、手段は問いません」
アリサちゃんは、新人さん相手には当たりが柔らかい。というか、タケバヤシに厳しいだけか。最近露骨に容赦がなくなってきている。女は怖いよなあ。
「神殿に着いた時点で俺達はミッションクリアにして欲しい。でないと不公平じゃないか」
なんだろう。タケバヤシの声を聞くだけでうんざりさせられるな。条件反射だ。どうせたいしたことは言ってないんだろうと思ったら、やっぱり舐めたこと言ってやがるし。
「一緒に突入するか? リンクス以外の機体でもフラグメントクリスタルの回収は可能なのだぞ」
アリサちゃんが軍人っぽい顔をする。あれだな、わりとどうでもいい話でも、こういう芝居が入るとなんかそれっぽくなるよな。
俺がジャージ姿なのが雰囲気ぶち壊しだが。
「いやいや無理だし。狭い地下道で戦闘とか、どこかの近接馬鹿以外はやってられないよ」
タケバヤシめ、どうあっても俺をディスりたいようだな。自分の置かれた立場というものがまだ分かっていないらしい。馬鹿だ。本物の馬鹿野郎だ。
「なんなら最初から俺一人でもいいぞ」
「あんた、ゲームのテストプレイヤーの意味わかってんの? これだからオッサンは困るんだよな」
今日はいつになく噛みついてくるよな。新人君の前でカッコつけたいんだろうな。
新人君の方は、オロオロしているふりをしながら、結構面白そうに見てるぞ。そういや自己紹介の時に、人間観察が趣味とか言っていたな。一癖あるというか、絶対こいつも面倒くさい奴だ。俺のゴーストがそう告げている。
三十分足らずでブリーフィングは終了。意味があったのかなかったのか。マップ情報が事前にわかったのは助かるが、ベティちゃんなら数秒で伝えてくれる程度の内容ではあったな。
十時半か、出撃するにはまた中途半端な時間だなあ。サクッと昼飯までに終わるようなミッションだといいが。
さてと、武装はどうするかなあ。ブリーフィング中もいろいろ考えてたんだが、せっかく支援射撃が受けられるんだから、ここはXキャリバーでいってみようか。
飛び道具を持っていなければ、俺への攻撃は優先順位が下がるかもしれないしな。リザードマンのAIがそこまで考えるかどうかは知らんが。
ガトIIだと、戦闘中でもインベントリを使って武装を交換できるから、そう悩む必要もない。
それなのにあの三人は一体何をしてるんだ? 十分過ぎ、三十分経っても準備中の表示のままだ。いつまで待たせる気だよ。これだからソロプレイの方がいいんだよな。
昼飯には少し早いが、待ってる間に弁当を食っちまうか? 今日の弁当はちょっと特別だ。保温ジャーに入ってるのはカレーライス、ライスカレーだ。
なんとなくプレイ中にカレーが食いたい気分になって、爺さんにワガママを言ってみたら本当に作ってくれた。
俺としては別にレトルトでよかったんだけどな。というか、むしろレトルトが食べたかった。
保温ジャーは大昔からあるローテク商品だ。要するに弁当が丸ごと入る魔法瓶だな。
中にはセラミックのタッパーが三段重ねで入っている。一番上がポタージュスープで、その次がライス。カレールーは一番下か。サラダとかはないんだな、普通スープよりサラダだろうに。
さすがに膝の上で食べるのは無理があるので、座席の脇に特注して追加してもらった小テーブルを引っ張り出す。国際線のファーストクラスで使われているのと同じ仕組みだそうで、これがまたクールに変形するんだよ。思わず何度も変形させて遊んでしまうじゃないか、実用的な大人のオモチャだな。
まずはポタージュからいただきますか。カレーは飲み物って言葉があるくらいなのに、スープは必要なのかと思うが、あの爺さんのことだし何か心憎い仕掛けがあるんだろうな。
スプーンはどこだ? なくても飲めなくはないが、どうせカレーを食うのにも必要だろう。本場のカレーは手づかみで食うのが流儀だと聞いたことがあるが、プレイ中に食べる前提でそれはあり得ない。
保温ジャーの蓋をいじり回して、隠されていた収納ギミックを発見。カッコいい仕掛けだけれど、勘弁してくれと言いたい。
ようやく食事の準備ができたところで、狙いすましたようにタケバヤシから通信が入る。
『おい! いつまで待たせる気だ!』
「それはこっちのセリフだけどな」
俺はなあ、飯の邪魔をされるのが一番腹立つんだよ。タケバヤシよ、この俺を本気で怒らせた不幸を呪うがいい!
で、なんだっけ? ああ、出撃か。リンクスの準備ならいつでもできている。スープのタッパーをいそいそと保温ジャーに仕舞い、テーブルを折りたたむ。
せめて一口くらい味わいたかったぜ。
『柿崎さんなら出来ます。本当に頑張ってくださいね』
アリサ大佐がゲーム中に通信してくるなんて珍しいな。今までなかった趣向だ。今回は本当に特別なんだな。
なにしろコンパニオンさん達のボーナスがかかってるからなあ。
「分かってるって。俺、行ってきまーす」
ボーナスの査定はこの一戦にあり、か。本日天気晴朗なれど波高し……なんかどんより曇ってるけどな。
太陽は死角を生むから、このくらいの天気がやりやすい。波は……そう遠くない位置に海岸線があるが、さすがにここからじゃ波の高さまではわからん。
ミッション開始地点はマップ情報では未探査エリアとなっていたが、広域マップを縮小していくと探査済みの虫食い状態が近くに表示される。ああ、だいたいの位置関係は理解できた。
確かこの辺りに半端ない戦力が集中していたのを見て、リザードマン達を刺激したくなくて引き返したことを思い出した。
今日はあの時よりさらにヤバそうな雰囲気だ。目に見える戦力だけでなく、なんかこう伏兵とかが手ぐすね引いて待ち構えてる感じ? 特別イベントだし、普段の十倍増しくらいブチ込んでるかもなあ。
まったく、このゲームの開発チームは自重しない連中だ。ただ難易度を上げれば面白いと思ってるに違いない。
今更だが、このゲームをまともに楽しめるプレイヤーがいるのかよとツッコミたくなる。その辺はタケバヤシ達だって同意するに違いない。あいつらすでに置いてけぼりだしな。
敵集団に重なって出現したせいで、早速見つかってしまった。奇襲というより強襲じゃないか。いきなりクライマックスは俺の趣味じゃない、ウォーミングアップってのは大事なんだよ?
そういや以前のレポートに、作戦時間の大半を移動に使うのはゲームとしていかがなものかと書いたことがあった。それでこれかよ? 極端から極端へワープしやがって。
他の三人は少し後方の小高い丘の上に出現している。あてにはしていないが、せっかくなんで少しは活躍して欲しい。
とりあえず手近なスキュータムIIから手当たり次第に片付けていく。Xキャリヴァーの攻撃力だと盾以外は瞬殺、盾の上からでも秒殺だな。オーバーキルもいいところだ。
オークションで見かけたらとりあえず落札していたんで、Xキャリヴァーだけでアイテムリストの数ページ分はあるしな。五ダースくらいかな? まだ百は無い筈だ。バスターソードはひょっとしたら百本を越えてるかもしれない。
インベントリから取り出す時間さえ確保できれば、武器の耐久は気にせず使い放題できる。マテリアルは大量に必要になるが、コンパニオンちゃん達にいいとこ見せるためにも、今日は特別に大盤振る舞いだ。
というのは口実で、一度景気よく大暴れしたかったのもある。
戦い始めてみると、いきなり白兵状態というのはリンクスにはオイシ過ぎるシチュエーションであることがわかった。相手はただただ混乱するだけで、同士討ちを恐れてろくに反撃もしてこない。
三人が援護射撃を開始すると、さらにイージーモードになった。
スキュータムIIの盾は結構頑丈で、正面から叩き斬るにはXキャリヴァーの出力を上げなければならない。エネルギーを節約するためには、回り込んで斬ればいい。ただ、それだと一手間余分にかかる。
エネルギーと時間、どちらを優先するかはケースバイケースではあるが、俺は力任せはあまり好かんな。
そのせいで、どうも敵はXキャリヴァーを盾で防げると勘違いしたようだ。リンクスが近づくと、必死で盾を向けてくる。
俺に盾を向けたスキュータムIIは当然背後ががら空きになるわけで、そこをタケバヤシが狙撃していとも簡単に撃破していく。盾の弱点というか宿命だよなあ。
逆に、俺を無視して三人に応射している奴は、すかさず背後から斬り捨ててしまえばいい。
なんだよ、結構連携できてるじゃないか。
ブリーフィングじゃ俺は敵に構わず突入しろって言われていたが、これだけ楽に倒せるならきっちり全滅させてから進む方が安全確実だ。
ガトIIで使える武器はエネルギー系だけだから、タケバヤシ達だって弾切れの心配はない筈だよ? あいつらがマテリアルをどの程度持ってるかは知らんが、破壊したスキュータムIIからはカニメカ程じゃないがマテリアルが吹き出している。多少はそれを回収できるんじゃないか?
インベントリに溜め込んであるマテリアルだけで、リンクスはあと十年は戦えるし。補給? このゲームの場合なくても別に困らんよなあ。マテリアルが足りなくなったらカニメカを狩ればいいしな。
すでに敵を五十は斬った。射撃組だって十以上は倒している。四つ足の歩行戦車みたいなサポートメカを含めても、敵は残り三百程度。この調子ならあと数分で殲滅できるだろう。
その間に神殿の守りを固められてしまうかもしれない。でもなあ、敵を無視して強行突破したところで、そこまで時間は変わらない気がするんだよなあ。ハイリスクでローリターンとか、意味がない。
いい流れが来てる時はそれに乗るべきだ。タケバヤシの奴にスコアを稼がせるのはシャクだけれど、あいつの射撃の腕は本物だ。利用できる以上、有効に働いてもらうさ。
エネルギーゲージはマックス付近をピクピクしている。回復量が消費を上回ってる状態だ。別にエネルギーをケチることもないんだが、普段から省エネを心がけておくのは大事だぞ。
おまけバリアーもタイムスキップも、俺の切り札はエネルギーをドカ食いする。ペース配分をちょっとミスれば、満タンにしておいても瞬く間に底をついてしまう。節約できるところでとことん始末していかないとな。
キッチリ止めをささなくても、今日はあいつらが片付けてくれるので、俺はただ戦場を食い散らかしながら暴れ回る。
うーん、楽でいいな。どうしたんだ? タケバヤシからの掩護射撃が協力的になってるぞ。明日は大雨か?
梅雨は明けたそうだが、そういえば大型台風が南の海で発生したらしいなあ。
あらかた敵を片付けて、そろそろ神殿にとりつこうと思っていたら、何やら殺気を感じた。
タケバヤシがつまらん真似をしてきたのかと、見ないで適当に避ける。
ああ、敵からの攻撃のようだな。新手がポップしたのか?
スキュータムII? 違うか? なんか見た感じがちょっと強そうだ。肩のふくらみがちょっと大き目だし、特別仕様の機体かな。スキュータム2.1ってところか。
こういうのにはエースパイロットが搭乗してるのがお約束なので、一応ワクワクしておく。
増援は続々と出現してリンクスの周囲を取り囲む。塹壕というか、地下格納庫があちこちに設けられているようだ。気づいてみれば地味な仕掛けだったな。転送装置くらい使っても、世界観的にはokだと思うぞ。
気合を入れて切り結んではみたが、なんだよ? 普通に弱くてびっくりだ。
見た目以外スキュータムIIとどこが違うんだ? あれだな、スライムの色違いみたいなものかな。
順番に出て来て順番に狩られていく存在。わざわざ伏兵で登場する意味はなかったかも。
まあ、シューティングゲームの雑魚敵って基本そんな感じだよな。
相変わらずリザードマンのパイロットが脱出していく演出が入るが、中には逃げる途中で死ぬ奴もいる。こういう演出は本当に必要か? お涙ちょうだいがやりたいんなら、トカゲ人間じゃダメだね。ビキニアーマーの美少女パイロットにでもすればいいのに。まあ、どのみちじっくり眺めている暇はない訳だが。
『出た! ボスが出た!』
ぷるりんちゃんが珍しく素で喋っている。ヤバい奴が出たのか?
お馴染みの多脚戦艦が三機か、一機だけ特別仕様なのかちょっとでかいな。
わざわざ土をかぶせて埋めてあったみたいだ。まあ、ある意味びっくりではあるが、あんなのじゃせいぜい中ボスだよなあ。
神殿の中にはラスボスが待ち構えているんだとは思うが、そっちは期待していいんだろうか?
アリサちゃんが大騒ぎするから、ヘルモードなミッションかと思いきや、結構ヌルいじゃないか。
多脚戦艦なんてぷるりんちゃんの大口径ビーム砲のいいカモじゃないかと思っていたら、射撃チームの方が撃ち負けてやがる。
戦艦の主砲の方が強力だったんだな。当たったことないから知らなかった。というかあんなのに当たるなよ。
意外にも今日はタケバヤシが奮戦している。なんとか回避しながら反撃できてるな。えらいえらい。
『こんなの聞いてませんよ! イレギュラーです! 撤退を認めてください!』
新人君は迫真の演技をしてるなあ、まるで戦争映画のシーンみたいだ。
「ご苦労さん、後は俺一人でなんとかしてみるよ」
三人は慌ててログアウトしていくが、誰か一人やられたな。花火のようなエフェクトが見えた、多分タケバヤシだ。今日は珍しく役に立ってたのに、酬われないヤツだ。
多脚戦艦は俺にとっちゃわりとカモなんだよ。腹の下に入り込んでしまえばそこが安全地帯だからな。
いや、待てよ。今日の相手は腹の下に何かぶら下がっているぞ。銃座を増設したのか。まあ普通そうするよな。
「ケーキがなければ、お菓子を食べればいいんだよ」
腹の下がダメでも、要は懐に飛び込めばいいだけだ。せっかくカッコいいセリフをキメたのに、ベティちゃんはノーリアクションかよ。
一番でかい奴には、おあつらえ向きに格納庫までついてる。多脚戦艦じゃなくて、多脚空母だな。あそこに飛び込んでしまえば外からは攻撃できまい。
『深刻なイレギュラーが発生しています! すみやかにログアウトしてください!』
ベティちゃんがいきなり妙なことを言い出す。緊急メンテかな?
「イレギュラーって何だよ? おい、ベティちゃん?」
返事が無い。仕方なくメニューを自分で操作するが、その間も格納庫内に残っていたスキュータムIIが殴りかかってくる。さすがに中でビームは使えないよなあ。格闘戦で俺のリンクスに挑むとは、笑止!
メニューを操作しながら、敵機に関節技をかけて手足を引きちぎっていく。どうしていいかわからないようで、ろくに反撃もしてこない。スキュータムIIの武器腕ではなあ。
「おーい、ベティちゃん。ログアウトのメニューが反応しないんだけど。これじゃまるでデスゲームだよなあ」
ははあん、わかったぞ、そういうことか。凝った演出をしやがる。企画者は俺が本気でこんな子供だましに引っかかると思ったのだろうか?
いやいや、ここはあえて騙されたふりをするのが大人の対応だろうな。
「うわあ、大変だ。本当にデスゲームみたいだ。ゲームで死んだら本当に死んでしまうぞ。困ったなあ、どうしよう」
俺の迫真の演技に、今頃モニターしている連中は大喜びだろう。よく考えたらこのゲームでデスゲームも何もないもんだよ。筐体から降りるだけで脱出成功じゃないか。筐体のカバーは強化樹脂性だけれど、結構ペラペラだ。ガンガン蹴りを入れれば普通に壊せてしまう。
俺に対するドッキリなのはわかったけれど、どういうリアクションが一番ウケるだろう? ザック・バランはいかなる時も沈着冷静でしたってのより、取り乱して泣き喚く方が話題性はあるだろうけどなあ。
「ベティちゃん? おーい」
返事が無い。リンクスは普通に動かせてるので、故障ではない。ネタバレを防ぐために黙ってると見た。ひょっとするとベティちゃんも仕掛け人の側かもしれない。
オチをどうするのか、ベティちゃんに相談したかったのになあ。ギャグをぶちかますのがいいんだろうが、そういう路線は俺には向いていないようだからな。
ここはクールでニヒルでカッコいい決め台詞でシメルか。ヤレヤレすっかり騙されちまったぜ、的な?
俺がプランを考えている間にも、格納庫内に駐機中のスキュータムII改が次々に動き出して襲ってくる。面倒なのでパイロットが乗り込む前に、動かない機体をどんどん破壊してしまおう。
据え物切りは俺の趣味じゃないが、ザコ相手にこだわっても仕方ない。
壊しまくってるうちに、妙なカーソルが表示されてるのに気づいた。さっきまでなかったよなあ。
作戦目的のなんちゃらクリスタルの目印だよな? 神殿の地下ダンジョンにある筈なのに、カーソルの示す対象はどうもこの艦内にあるようだ。
近くまで行けば自動的にミッションクリアーだったよな。ならログアウト不可能とか関係ないな。イマイチよくわからないドッキリ企画だ。
とりあえず邪魔な敵は全部片付けた。格納庫内をうろうろして、カーソルの位置を確認する。この艦の中にあるのは間違いないが、リンクスが通れるような通路はないよなあ。ならば道を切り開くしかあるまい。
「Xキャリヴァーに斬れぬモノはない……」
せっかくカッコいい台詞を思いついたのに、ベティちゃんがリアクションしてくれないとかなり虚しいぞ。
壁に大雑把に切り込みを入れてからケリを入れると、簡単に崩れていく。硬い装甲は外殻だけみたいだな。
「リンクスの前に道はなくても、リンクスの後ろに道はできる……」
おーいベティちゃん、聞いてるかー? こんな時に限って名台詞をどんどん思いつく。いや、そんなことよりドッキリ用の決め台詞を考えないとな。
デスゲームでも俺は死なない……よし、これでいこう。
リザードマンの乗組員達が、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。配管とかそういうのまで切断してしまったからなあ。爆発とかするだろうか? 急ごうか。
なんか虹色に輝くクリスタルっぽいものを発見。鳥かごのようなケージの中で、ゆっくり明滅しながら回転している。
手を伸ばすと輝きが増し、クリスタルは蒸発してリンクスに吸い込まれていった。マテリアルみたいだな? これでミッションコンプリートなのか?
『汝に問う。我が力を得て何を成すか?』
ベティちゃんが突然厳かに語りかけてくる。俺に対抗してカッコいい台詞を考えたのか? いや、これも何かのイベントみたいだな。
突然天井が吹き飛ぶ。とっさにおまけバリアーを展開。
他の多脚戦艦が至近距離から砲撃してきたようだ。この艦もろともリンクスを葬る気だな。
せっかくベティちゃんが迫真の演技をしてるのに、空気を読めよ。そもそも普通のゲームなら、イベント中は戦闘を停止するのが常識だぞ。
多人数プレイの場合はそうもいかないだろうが、その場合はイベントが発生したプレイヤーだけを別空間にワープさせるとか、いろいろやりようはある。
「悪いが話は後だベティちゃん」
飛び出した直後、空からビームの雨が降り注ぎ、多脚戦艦をボロボロにしてしまった。ぎりぎりセーフだ。イベントを続けてたらヤバかったな。
いつの間にやって来たのか、エイのような飛行物体が上空を舞っている。それも一機や二機じゃない。
比較対象がないのでそんなに大きくは見えないが、かなりの高度を飛んでいることを考えると相当にでかい。
いや、出てきたぞ、比較対象が。ゴマ粒のように吐き出したのは、あれ全部スキュータムIIだ。一機のエイから少なくとも三十機以上のスキュータムIIが降下してくる。どれだけデカイんだよ! 飛行戦艦、いや、飛行空母? 飛行揚陸艦?
スキュータムIIといえども、さすがに千機単位で囲まれたらヤバイ。加えて、エイ型母艦もビーム攻撃をしてくる。
おまけにエイはさらに追加でうじゃうじゃ飛んできてるし……なるほど、こう来たか。
物量作戦、人海戦術、数を増やすだけで際限なく強い敵を用意できるわけだ。単純だが、効果的な手段だな。
どうやら、開発チームはなりふり構わず俺を倒したいようだ。




