加速する世界
「右や左のレディースアンドジェントルメン! おとっつあんアンドおっかさんプラス良い子のみんな! こどもの日特別企画として、今ここに夢の対決が実現したよ!!」
スポットライトを浴びながら、軍服コスプレのアリサちゃんがノリノリで司会をしている。彼女はこんな時が一番生き生きしてるよな。
ネットじゃ女神降臨とか言って騒いでいるファンも多いらしい。女神は大袈裟だが、確かに彼女は舞台に立つと別人というか、何かがとりついたように神がかってくるよな。
俺なんかは眩しいライトを向けられると、掘り出されたモグラみたいになってしまうんだがな。まあ、生きたモグラなんて実際に見たことはない。
死んだ奴なら、畑の近くの道路にたまに転がっていた。醜い動物なのに、毛並みはビロードみたいでやたら綺麗なんだよな。田舎育ちじゃなきゃ知らんだろうなあ。
なし崩し的に俺がエキジビションマッチに参加することが決まってしまったのは、マトバ君のリクエストもあるが、タケバヤシが安い仕事をしたがらないせいでもあるようだ。スタッフが愚痴っているのを聞いてしまった。
それはまあいいんだが、同じシリーズとはいえ違うゲーム間で対戦するとか、結構無茶なことをする。通信対戦でやりとりするデータのフォーマットが共通なので、理屈の上では動くらしい。だが、ゲームバランスとかがどうなるかは未知数だそうだ。
さっき別室でエンジニアから簡単な説明を受けた。想定外の事態が起きるかもしれないので、そうなったら上手く誤魔化してくれとのこと。
そんなのをぶっつけ本番の生中継でやらせるなよ。企画したスタッフは日本人じゃないと思う。良くも悪くもチャレンジャー過ぎるだろう。
「ガーディアントルーパーズ・ジュニア初代チャンピオン! 若さあふれる期待の超新星、デスユージャッジメント!! そして、彼の前に立ち塞がるのはあの最凶最悪のアウトロー、ザック・バランだあっ!」
ほら来たよ、スポットライト。好きな人にはこれがたまらないんだろうが、俺は多分、一生好きにはなれないな。
観客席はほぼ満席だ。世界中から集まって来たカジノの客達がわざわざ試合を見に来たようだ。みんなそんなに暇なのか? ゲームの試合だぞ? 別に生で見なくてもいいだろうに。
何か決めポーズでアピールした方がいいんだろうが、考えている間にライトが消えてしまう。
「相変わらずのポーカーフェィスなザック。常に沈着冷静なのが不気味だっ! だが、通常の三倍の速度で動くジュニアの機体に果たしてついていけるのか!!」
まあ、敵が三倍速ってのは面白そうではあるよな。処理落ちしなきゃいいんだけど。
そして、案の定というかやっぱりというか、この試合もしっかり賭けの対象になってるみたいだ。生中継にこだわるのもそれが理由だろう。普通は放送事故を防ぐためにも数十秒程度のタイムラグを入れて配信するもんだが、それをしない。
世界中のマフィアの金が動くんだろうな、勝っても負けてもちょっとヤバい。最近そういうのにも慣れたけどな。最悪何があっても死ぬだけさ。
今日に限っては胴元の稼ぎは慈善団体に寄付されるらしいが……マフィアがチャリティか。悪党がたまにいいことすると、すごく善人に見えるよな。いわゆる捨て猫番長の法則って奴だ。
「ボクが一番リンクスを素早く操れるんだ!」
若干演技が過剰だが、マトバ君は随分頑張っているなあ。
「なんぴとたりとも……えーと、まあいいや」
セリフを忘れるのはいつものことだ。アドリブで誤魔化せるので気にしない。
「知らないよ! そんな大人の理屈!!」
俺も知らないよそんな理屈。台本を書いたザマスセンセイ本人だってよく知らないんじゃないだろうか? そもそもあの演出家のセンセイ、レースゲームか何かと勘違いしてやしないか?
それでも観客はノリノリで盛り上がっている。納得はいかないが、これが世界レベルの演出家の力なんだろうな。
まあいいや、どうせ俺の方はコクピット筐体だから、乗り込んでしまえばいつも通りのプライベート空間だ。
マトバ君はただのゲーセン筐体だから、観客の視線に晒され続けるわけだがな。本人も嬉しそうだし、適材適所って奴だな。
さてと、装備はどうするかなあ。子供相手に本気もなんだが、ギャンブルの対象にされてるんだし、露骨な舐めプもいろいろ問題があるだろう。ここは無難にバスターソードとヨンヨンビームガンあたりか?
戦場は見慣れた草原ステージだった。障害物は謎の大石柱が何個かあるだけだが、なだらかな丘の起伏が意外に射線を遮ってくれるので、地形を熟知していれば難なく近接戦闘に持ち込める。太陽は真上、真昼の決闘だ。
マトバ君のリンクス´は、ヨンヨンビームガンとXキャリヴァーか。決勝戦の動画と同じだな。俺もXキャリヴァーでもよかったかなあ。
敵も近接戦闘狙いだというのが、いつもと違うところだ。おそらくあっという間に接敵する。
こうなると剣のリーチの差が厄介だな。本来は大剣の方が動きが遅いためそこまでのハンデにはならないが、なにせ今回の相手は三倍速らしいからなあ。
マトバ君は真っすぐ突っ込んでは来ない。ビームガンを撃ちながら、射撃の硬直をソードキャンセルしつつ、ジグザグにこまめに刻んでくる。動画で見たのと同じ動きじゃないか。
人は誰でも知らず知らずのうちに、結構ワンパターンな行動をとるようになるもんだ。別にそれは悪いことじゃない、そういうのを極めて行けば武術の流派みたいのに行き着くんだと思うしな。
さすがはキャンセル技だ。単射モードなのに、連射モード以上に連続してビームが降り注いでくる。ホーミングがかかっているビームなので、ある程度引き付けてタイミングよく避ければまとめて回避できるが……これって、ノーロックオン射撃で上手にハメられたら、場合によっちゃ詰むんじゃないか?
三倍速くらい先読みで動けばなんとでもなると舐めてたけれど、キャンセル技と組み合わされるとちょっと厄介だ。二手三手先を読んでも、さらにそれ以上に動かれてしまうと勝負にもならんぞ。
幸い、マトバ君はその可能性には気づいていないようだ。ひたすら一生懸命にキャンセル技をつなごうと頑張っている。
動画を見た時もちょっと感じたが、あんまり相手の動きとか気にせずプレイするタイプだよな。敵に何もさせずにひたすら攻めている間は強いが、ワンパターン故に守勢に立たされた時にボロが出やすい……と思う。
とはいえ、勢い任せに突っ込まれたら、果たして受けきれるかな? 距離があるうちに、いくつか気になっている点の確認をしておこうか。
とりあえずまずは斬り払いが可能かどうかだな。これができるとできないとでは立ち回りが違ってくる。ビームの当たり判定を確認しておこうか。
少し余裕をもって回避したビームに、バスターソードを伸ばして切っ先だけで斬り払う。
手ごたえなしかよ、空振りだ。
おかしいな、無印の“ガーディアントルーパーズ”とはコリジョンの形状が違うのだろうか? ビームのグラフィックと剣を完全に重ねても素通りしてしまう。
『何カッコつけてんだよ。当たれよ!』
マトバ君が何か言ってるな。剣を空振りしているのを、カッコをつけていると思われたようだ。子供の考えることはわからん。
それより、一応あいつの役どころはベビーフェイスなんだから、悪玉みたいな喋りをしちゃダメじゃないのか? まあ、次回の大会でも上位に食いこめるかは未知数だし、そこまで気にしてないのかもしれない。
どうも斬り払いに失敗しているというより、斬り払えない感じだな? ジュニアのビームには剣との当たり判定が存在しないようだ。
斬り払いができないのなら、それはそれでかまわない。前もってできないとわかっただけでも収穫だった。
おまけバリアーは使えるのかなあ? だけどまあ、ブラックボックス産の特殊能力を試合で使うのはフェアじゃないだろう。
気合を入れて避けるしかないな。
マトバ君はまったくノーロックオン射撃をしてこないので、避けるのは造作もないんだよ。どうもロックオンせずに攻撃するやり方を知らないっぽいな。簡単操作が売りのジュニアだと、敵をロックしてからでないと攻撃できない仕様かもしれない。
そもそもロックオンせずにわざと外して撃つ方が当たるというのは、上級者同士の駆け引きの中での話だ。ジュニアの試合ではまだそこまでのテクは必要とされていないのかもしれない。
試してみるか? 俺の場合は、基本いつもノーロック射撃だが、当てようとは思っていない。あくまで牽制のためだ。
ただ、ビームの場合は当たり判定が点ではなく線だから、わざと外して撃っておくと横移動で避けようとして引っかかってくれることがよくある。
何発か撃ち込んでみると、マトバ君は条件反射のように同じタイミングで右に回避する。なら、最初から少し右に外して撃てばいい理屈だな。
『くそっ! なんだよコレ! チートじゃん!!』
面白いように当たってくれるな。ジュニアのルールだとどんな当たり方をしても一定のダメージが入るようだ。ただ、一発のダメージがすごく小さい。ゲージの5%も削ってないな。
マトバ君は頑張って左右に反復横飛びのように回避しようとし始めたが、わかりやす過ぎるんだよ。ほい、右、次は左、右、右、左だ。
面白いようにビームに引っかかってくれる。
このまま適当に射撃をしてるだけで勝ってしまいそうだな。少し手加減してやるか?
いや、向こうも馬鹿じゃない。射撃戦では不利と考えたか、まっすぐ突っ込んでくる。どうやら近接戦闘で勝負するつもりのようだ。わーい。
本気で牽制射撃をするべき局面だが、避けてくれないのでガンガン当たってしまいそうだ。そんな勝ち方をした日には、アリサちゃんに空気の読めない男認定されてしまうな。
エキジビションマッチなんだし、重要なのは勝ち負けではなくギャラリーウケだよ。ここは一つ、カッコつけてビームガンを投げ捨ててみようか。
戦闘中に武器を捨てるなんて、本当は馬鹿げた行動だ。たとえ故障したとしても、相手にはわからないんだから持っておくべきなのだ。多少軽くなるメリットはあるものの、攻撃手段を失ったことを相手に知られるデメリットの方がずっと大きい。
俺が飛び道具を捨ててしまえば、マトバ君としてはノーリスクで射撃戦が行えるわけだ。ただ、今更白兵戦をやめるのは彼もカッコがつかないだろう。子供だからこそ、プライドにこだわってくると思う。
それでもやっぱり射撃戦ってことになったら、すかさずワイヤーアンカーで回収すればいいだけだしな。ちょっとセコイようだが、その程度の保険はかけさせてもらおう。さりげなく回収しやすそうな場所に銃を放り捨てる。
バスターソードを両手で握りなおし、正眼に構えてクイックイッと挑発する。ジュニアの仕様だと、こういう細かい操作はできまい。
『あにカッコつけてんだよおっ? そんなちっぽけな剣で俺様に勝つ気かよ!!』
まったくたいした演技力だな、いかにもって感じだ。演技じゃないとしたら、それはそれでなかなかの逸材だな。
Xキャリヴァーの振り上げモーションからのダッシュキャンセルか。展開したビームの刃が瞬時にパッと消えて、近くで見るとなかなか綺麗だ。
連続で繰り出すと、大剣をピョコピョコ天に突き上げているようで、ユーモラスというかなんというか……餅つき?
剣の攻撃モーションのパターンが少なすぎだよなあ。これじゃあ、近接戦闘の駆け引きに幅ができないじゃないか。まあその分、タイミングの読みあいが全てになるわけか。モーションをキャンセルされてしまうと、相手の出方を見てからじゃ間に合わないな。
高度な心理戦といえばカッコイイが、やることはじゃんけんとそう変わらない。そういうのは俺の得意分野でもある。
おっと。マトバ君が何か企んでるな。連続ソードキャンセルをしながら、こっちの周囲をぐるぐる回り出した。
別にカッコつけてやってるわけでもあるまい。
これはあれだな。ソードキャンセルで発生する見えない攻撃判定で俺を閉じ込める気だろうな。
しまったな、バスターソードで正面からXキャリヴァーと打ち合ったら、高確率で破壊されてしまう。抜け出せない檻じゃないか。ひょっとして詰んだか?
子供だと思って舐めていたな、調子に乗ってたのは俺の方だったか? このピンチ、知恵とか工夫でなんとかならんものかなあ?
瞬間、カリッとブラックボックスが割れる演出が入る。ああ、前にも一度あったな、おまけバリアーを手に入れた時だ。
確かにピンチはピンチだが、今ここで来るかな? もっと本気のピンチの時に割れて欲しかったよ。
大人のプライド的に、ここでブラックボックスなんかに頼るわけにはいかんのだよ。手に入れた新しい能力は封印だな。
俺の動きを封じたと思ったのだろう。マトバ君はキャンセルをかけずに、正面からそのままXキャリヴァーを振り下ろしてくる。
降って湧いたチャンスだな。こういうのを見逃さないのが俺のいいところだ。
素早くバスターソードを地面に突き刺し、両手で迫る大剣を白刃取りする。むろん、ビームブレードの部分ではなく根元の刀身部分だ。ジュニアで当たり判定がどうなってるかは知らんから、イチかバチかのぶっつけ本番だ。
驚いたマトバ君は、攻撃をキャンセルしてバックダッシュで一気に間合いをあける。意外にチキンハートだなあ。だが、予想外の事態に一旦引くのはそう悪くない判断だ。
モーションキャンセルされたことで、キャッチした筈のXキャリヴァーは消滅したが、攻撃判定だけは残る。見えない刃は問答無用で、設定されたモーション通りに動き続けるようだ。
ライフゲージが二割近く削られる。が、Xキャリヴァーをくらったダメージがたったこの程度だとは拍子抜けもいいところだよ。
どういうことだ? ダメージはジュニア側のルールで計算されてるってことだろうか?
まあいい、今ので勝機は見えた。バスターソードを引き抜いて構えなおす。お遊びの時間はここまでだな。
『つまんない手で脅かしやがって! シラハドリとか地味過ぎんだよ! くらえっ! アクサレレモード発動っ!』
噛んだな。きっとアクセラレーションモードって言いたかったんだろうな。
リンクス´の関節部が赤く輝き、さらにスピードが上がる。ただのオーバーヒート状態でもなさそうだな。
どうやらさっきと同じパターンで仕掛けてくるつもりのようだ。ああ、その技はもう見切った。アクセラレーションモードとやらの正体はわからないが、なんとかなりそうだ。
見えない檻が完成し、本命の一撃が振り下ろされるのを待ってやる。スピードはさっきよりかなり上がってるなあ。あと、エネルギーの使用制限がなくなったか、緩和されたようだ。でなきゃXキャリヴァーをこれだけ連続して使用することはできない。
使用時間の制限とか、デメリットも設定されてそうだけれど、それにしてもちょっとズルいよな。やはりブラックボックス産の能力だろうか?
まあ、俺としてはタイミングを見計らって垂直ジャンプし、バスターソードを投げつけるだけだ。
Xキャリヴァーキャンセルの見えない攻撃判定は、随分低い位置に発生することはさっき確認済みだ。従って真上は空いてるんだよ。わかってしまえば穴だらけの攻撃方法だな。
そもそも、モーションキャンセルを利用したハメ技なんてのが完璧だったら、さすがに修正が入るわ。
投擲したバスターソードがヒット。のけぞりモーション中のリンクス´に、さらに追い打ちでかかと落とし。だが、振り下ろした足はスカッと空振る。
格闘戦の当たり判定が抜けてるのな。ホログラフかよ?
どうもジュニアの機体は単なる立体映像のようだ。正規の武器で攻撃した場合でないと攻撃判定が発生しないってことだな。はいはい。
バスターソードを拾い、横一閃。リンクス´はそれをガード、すかさずキャンセルして背後に回り込もうとする。
なるほど、そう来るか。視覚では捉えきれなくなって見失ってしまうが、相手がどう動くかはだいたい予想がつく。
Xキャリヴァーが超高速で振り下ろされるタイミングで、半歩ずらし、バスターソードのつかで小突いてやる。
リンクス´の胴体にバスターソードごと腕が食い込んで表示されているが、一応攻撃判定は成立したようだな。
マトバ君は慌てて距離をとる。再び仕切り直しか。
だが、俺の方も超高速の戦いにも慣れてきた。対してマトバ君はキャンセル技の成功率が落ちているな。やはり速過ぎて入力が難しいんだろう。ジュニアのAIは大したことなさそうだ。
この試合、勝ちは見えたな。
だが、自分より圧倒的に素早い敵と戦える機会など、そうそうあることじゃない。いろいろ試してみたいこともあるし、もう少し付き合ってもらおうか。
赤い光の帯を引いて、リンクス´が襲い掛かってくる。キャンセル技が不発でも十二分に速い。いちいち見てから対応していてはとても間に合わないので、先読みして避ける。
予知といっても、別にオカルトでもなんでもない。相手が次にどう考えて動くかを考えればいいだけの話だ。将棋が上手い人が勝つのと同じ理屈だな。
ならば機体性能の差は勝ち負けに関係ないのか? そうでもない。スピードの差がこれだけあると、取り得る選択肢はかなり減らされてしまう。
一撃離脱を狙って突進してくる優速の敵に対して、逃げてはダメだ。一歩でもこちらから踏み込む。相対速度は同じなんだから五分の条件だ。重要なのはタイミングだ。
大振りされるXキャリヴァーの懐に飛び込み、短く構えたバスターソードを突き立てる。機体同士はすり抜けるから楽だわ。
速過ぎてビームの刃の輝きが流れていくのしか見えやしない。当然、マトバ君にも何も見えていないわけで、こちらの動きに対処できやしない。
「目で見ようとするな。心の目で見よ」
『そんなことできるかあっ!!』
「武士道大原則一つ! 為せば成る」
『わあああっ!!』
キラキラと輝きながら、ビュンビュンすごい勢いで周囲を光の残像が飛び回る。こうなると本当に心眼が必要かもな。
なんとなくヤバそうなのだけ頑張って避けるが、タイミングによっちゃあ詰むよなあ。おまけバリアーとか、新しい能力とかを上手く使えばそれでも凌げるだろうが、ここで使っちゃ面白くもなんともない。
それにこうやって必死で避けるのも久しぶりで何か楽しい。自分の限界を超えて行く感じがいいよなあ。なせばなるなさねばならぬ……続き何だっけ? ああ、そういえば新技のネーミングも考えないとなあ。
やはりマトバ君の加速能力にはデメリットがあったようで、一定時間経つとライフゲージがぐんぐん減り始めた。オーバーヒートの一種なんだろうな。
自滅技かあ、ネタとしてかなりオイシイんじゃないだろうか? 機体の一部が光ったりして派手だしな。
ライフゲージがゼロになった途端。それまで無傷だったリンクス´が突然ボロボロになり、機体全損の演出モーションが始まる。とってつけたように爆炎に包まれ、崩れるように膝をつくリンクス´。なんだよこれ、嘘臭いなあ……
さて、試合が終わったら筐体から出なくてはならない。また大勢の観客の視線に晒されるのかと思うと逃げ出したくなるが、大人だから仕事から逃げちゃダメだ。大人は辛いよなあ。
覚悟を決めて出て行くと、マトバ君が拗ねたような顔をして睨んでくる。
うむ……確かに大人げない真似をしてしまったかもしれない。もうちょっと接待プレイというか、わざと負けをしてやってもよかったか? でも、八百長を疑われると、怖いオニイサン達が大挙して押しかけてくるかもしれないしなあ。
「まあ、お祭りイベントなんだから。そんなに気にするな」
さわやか系お兄さんなノリで話しかけたのに、ぷいと横を向かれてしまう。
「……スバラシイ勝負でした。目にもとまらぬ高速で一時は魔王ザックバランを追い詰めた少年でしたが、善戦むなしく敗れました。だが、本当の勝負はこれからだ! そしてジュニアの大会に参加してくれたみんな!! キミ達の戦いはこれからだ! きっと明るい明日が待っている! さあ皆さま、勇敢に戦った少年少女達に惜しみない拍手を!!!」
アリサちゃんめ、強引に綺麗な終わり方に持って行ったな。まあ、グダグダになりがちな生放送を上手くまとめる手腕はさすがだとでも言っておこう。
マトバ君は何も言わずに、うつむいて足早に立ち去った。
泣いてたみたいだな。負けたのがそんなに悔しかったのか? 勝負なんだからそりゃあ勝者も敗者もいる。ゲームなんだから負けても別に死ぬわけじゃなし……いや、マフィアに大金を借りたりしてると、負けた翌日に海に浮かんでいたりすることもあるようだが、そういうのは特殊なケースだしな。キミはそういう大人になっちゃダメだぞ。性格的にかなり心配ではあるが。
主役も退場したことだし、俺ももう帰っていいかな?
俺は知らなかったが、パーティーに出る時はパートナーの衣装なんかも重要みたいだ。
「男の序列はパートナーの美貌と衣装と宝石の価値で決まるのよ」
マーシャが知ったかぶりをして言う。それじゃ女性の序列はどうやって決めるんだと言いたいが、女性の場合は自分を飾り立てればいいらしい。男の方が損なのか? 着飾りたいとは思わないし別にいいけど。
「出る杭は打たれるけど、出ない杭は相手にもされないから、適度に着飾るのが大事なのよ。TPOってやつね?」
そう言う彼女は、わりとカジュアルなドレスに、ガラス玉のネックレスを身に着けている。ガラスといっても、トンボ玉とか言う大昔の骨董品で、下手な人造ダイヤより高価だったりするけどな。
「ま、こんなもんでしょ。ただでさえ若くて美人なんだから、あまり高価な宝石を身に着けると過剰戦力になっちゃうわ」
「美人だと安上がりで済むってことだな」
「そういうこと。ガリーナは貧乏性だし、オリガは予算が許す限り宝石をつけたがるから、今回はあたしなの。ケースバイケースよ」
TPOねえ……なかなかに難しいみたいだ。そこまで理解してやってくれてるんなら、丸投げで任せておくのがよさそうだ。
子供達が主役のパーティーということで、時間も随分早い。ジュニア大会の参加資格は小中学生みたいだからな。それを考えると、マトバ君に勝ってしまったのはいささか大人げなかったが、あれはあいつが勝手に自爆したようなもんだし。
窓の外はようやく夕日に染まり始めたくらい、こんな時間は強い酒よりキンキンに冷えたビールが飲みたいが、ザックバランのキャラ的には子供達の前でアルコールはどうなんだろうな? アウトローなんだから、むしろ飲んだくれているくらいの方がらしいんじゃないか?
子供達以外の出席者の顔ぶれを見ると、結構大物そうな連中が顔を揃えている。ビビることはない、ビリー氏に比べれば小物ではある……だが、陰謀とかすごく得意そうだよなあ。
俺は誰にも取り入る気はないが、逆に変なのに取り込まれないように注意しなければいけない。ハニートラップなんかはお約束だとして、マーシャで少しは牽制になるかな?
主役の筈の子供達やその保護者達は、借りて来た猫みたいになって隅っこの方で固まっている。一般庶民には普通、縁がない世界だもんなあ。
そういえばマトバ君はどこだ? あいつの親の顔がちょっと見てみたい。
「だからさあ、ペレット持って来いって言ってるの。ペレット、わかる? こんなベチャベチャした生臭い食べ物、とても食えないよ」
いたいた、アンドロイドの給仕に絡んでいる。
『申し訳ございません、お客様。ペレットは本日のメニューに御座いません』
そりゃそうだ。パーティーでペレット食なんか出されたら、俺だったら喧嘩売られてると思うね。軍隊のレーションに入ってたりするのは、まあ、仕方ないけれど。
「融通が利かないなあ。これだから旧型はダメなんだ」
いやいやいや、そいつの中の人はホテルのスパコンだから。スタンドアローン式の新型アンドロイドよりもずっと高性能だと思うぞ。でも、まあ、確かに、お利口さんなAIは、面倒な時には馬鹿なロボのふりをして誤魔化すことがあるよな。
実は知らないうちに、この世界は人工知能に支配されているのかもしれない。
「レモン味でよろしければどうぞ」
「レモン味か、嫌いじゃないね。ありがと……うございます」
マトバ君にスッとペレットのパックを差し出したのは、部屋で酒を飲んでる筈のリンリンだった。
ガキに興味はないとか言ってたくせに、何しに来たんだよ?
何のアニメキャラなのかは知らないが、気合を入れたコスプレだなおい。腰の細さを強調した白っぽいアオザイ風ワンピースが、なんか幽霊っぽい? 夏に実家の灯りによく飛んできていた、オオミズアオっていう蛾を思い出した。
胸のボリュームがいつもより大幅に控えめだ。削るわけにもいかないだろうし、さては盛ってたのか?
ペレットを受け取ったマトバ君の様子がなんかおかしい。ぷるぷるして、耳まで真っ赤だ。いや、まさか一目惚れとかじゃないよな? 女嫌いじゃなかったのかよ。
あざとく小首を傾げながら少年の顔を覗き込むリンリン。清楚な少女のコスプレらしく、ナチュラルメイクしているせいで高校生くらいに見える。メイクのテクニックはぷるりんちゃんより遥かに上のようだ。
それにしても、何のアニメのキャラだろう? メインヒロインって感じでもないな。サブヒロインの幽霊少女とかそんなところか?
「あっ、あのっ! は、はじめまして。マトバ・タイキ、タイキ・マトバですっ」
声が裏返っているよ、極度の興奮状態にあるんだろう。若いっていいねえ。オジサンとしてはその愚かしさまで羨ましく思えるよ。
アリサちゃんやガリーナ達も成り行きを注視してるな。すごく見てるし……自分達を醜い脂肪の塊だと言い捨てたガキンチョが気になるんだろう。
「妖精……」
熱に浮かされたようにマトバ君がつぶやくのが聞こえた。なるほど、幽霊じゃなくて妖精キャラだったのか。羽はついてないけどな。この手の人間離れしたタイプがマトバ君的にはストライクゾーンなわけだな。反応が実にわかりやすい。
アリサちゃん達が、浮かれるマトバ君を見て人の悪そうな笑みを浮かべている。なんだ? ひょっとしてリンリンをけしかけたのは彼女達か? 悪女どもめ……ひどいことするなあ。
しばらく少年の心を手玉にとって弄んだ挙句、リオデジャネイロに帰る飛行機の時間だとかよくわからん台詞を残し、風のように去って行くリンリン。
もちろん、あいつが飛行機に乗る筈もない。どうせ真っすぐ部屋に戻って飲むんだろう。今夜は悪戯成功を祝って女子会で盛り上がるんだろうな。
リオデジャネイロか……何故にリオデジャネイロなんだ? まあ、南米は今でも比較的簡単に観光ビザがおりる国が多い。ある意味リアルな設定なのか? 五十年ほど昔は誰でも気軽に海外旅行ができたんだよなあ。
後に残されたボーっとしているマトバ君に、なんとかフォローしてやろうと声をかけてみる。
「どうした少年。食事は口に合わなかったか?」
「そんなもの、今は胸が一杯で食べられないよ。綺麗な思い出ができたんだ。一生忘れない」
傷心してしょげこんでると思いきや、なんか喜んでるし。からかわれたことにまったく気づいていないのな。こいつ、チョロ過ぎだろう。
本気で可愛そうになってきたが、こういうことは本人が幸せならそれでいいのかもしれん。
だが、やりすぎのアリサちゃんには、ちょっとお説教しておくか。
「リンリンをけしかけたのか?」
「歴史的瞬間だったわね。これで今後は一流ホテルのパーティーにもペレット食が用意されるようになるわ」
なるほどそうなのか……って、なんか上手くはぐらかされてしまったんじゃないか?
「ああ忙しい。司会って休む暇もないのよね。忙しい忙しい」
さっきまで暇そうにしてたのに、そう言ってどこかへ行ってしまうアリサちゃん。
ガリーナもそそくさと立ち去ってしまう。
「逃げたわね」
骨付きチキン片手にマーシャが冷静に分析している。
「ふむ。やっぱり小1時間ほど問い詰めるべきだろうか?」
「放っておけば? 逃げたってことはやましいことした自覚はあるんでしょ? 放置プレイが一番利くわよ」
そうなのか? なんかマーシャが大人の女に見えるな。今回の馬鹿げた悪戯にも関わらなかったみたいだし。
「私はただ、お金にならない仕事はやらない主義なだけよ」
「そういうセリフ、一度でいいから言ってみたいね」
別に今は金に困っているわけじゃないが、なんでもいい、一本筋の通った生き方をしたいじゃないか。
武士道大原則? あれは軽い言葉だな。ザックバランという存在自体がアニメキャラみたいなもんだしな。
我慢しているのが馬鹿らしくなって、アンドロイドからビールのジョッキを受け取ってグイッといく。
あう! ドイツ風の黒ビールだったか! まあ、これはこれで悪くないし。このホテルは食材と酒には金を惜しまないからな。
黒ビールと枝豆か、意外にいい相性かもしれない。
夕日を浴びながら、湯がきたての枝豆をつまみ、ビールで流し込み、家族連れの招待客達を眺める。なんだかんだいろいろあるだろうが、それぞれの家庭にそれぞれの幸せがあるんだろうな。
やっぱこのご時世、ああやって子育てできてるだけでも勝ち組だよなあ。