いまどきの中学生
「まったくもう! 何考えてるんですか!! あんなに目立ちまくって!!」
「正直すまんかった、いや、すみませんでした。でも、なるべく地味には戦ってたんですよ」
アリサちゃんにわざわざ呼び出されて叱られてしまった。なんでも、昨日のコメートさんの戦闘動画の再生回数が、たった一晩でミリオンを超えたらしい。
ミリオンって簡単に言うが、百万ってことだからな。とんでもなく大人気ってことだ。
半年以上ザック・バランとして積み上げてきた再生数だって、正直なかなかのものだと思っていた。それでも百万回突破とかまだ一つもない。
コメートさんにたった一夜で追い越されてしまうとはな。アリサちゃんにもいろいろ不満はあるだろうが、俺としても不本意だよ。
やっぱりあれか? 女性プレイヤーだと人気が出るのか? 中の人は俺なのにな。
「突如彗星のようにデビューした期待の超大型新人。冷静沈着な回避はあのザック・バラン氏とは対照的。次の大会で夢の直接対決なるか?」
「何それ?」
「ネットレビューです。他にもいろいろと……紙一重で見切って完全回避とか、やり過ぎもいいとこでしょ!!」
「だって負けたくなかったんだもん」
恥をしのんで、思い切って可愛く誤魔化してみたんだが、アリサちゃんには露骨にひかれてしまった。言わなきゃよかったか?
「あー、勝手に変なキャラ作りはしないでくださいね。そういうのは必要があれば演出家のセンセイに指示してもらいますから」
変なキャラとは言い過ぎじゃないか? 俺が半ズボンの似合う紅顔の美少年なら人気大爆発かもしれないぞ。
まあ、その俺もいよいよ今年で三十だしな。いや、無理があるのは百も承知だったさ。なんとなく場を和ませたかっただけなんだ。
「センセイ? ああ、演出家の方のセンセイね。あの人は言ってることが抽象的過ぎて正直よくわからないんだけども」
最近はどうもいろんなセンセイと縁があるよな、ナージャちゃんのパパとか。
演出家のセンセイの方には俺が密かにザマスとあだ名をつけている。バレたら怒るだろうな。
芝居のことはよくわからんが、本当に偉い演出家なら、自分の意図を正確に俺に伝えるくらい出来る筈だと強く言いたい。
「何言ってんですか! 世界的に有名なセンセイなんですよ!!」
「まあ、そうなんだろうけど。ど素人相手じゃ世界レベルの演技指導も猫に小判じゃないかなあ?」
そういえばアリサちゃんは確か役者の卵だったな。俳優志望の人って、普段は何やってるんだろうな? 生活費を稼ぐためにバイト? 彼女の場合、アリサ大佐の役はアルバイトなんだよな? あれ? 一応正社員だったか?
俺は芸能界のこととかよく知らないが、大会の映像とか全世界に配信されてるんだし、もう一応プロの女優ってことでいいんじゃないのか? やっぱりカーネギーホールとかに立ちたいんだろうか?
核テロが起きて以降、アメリカへの入国審査は超厳しいぞ。アメリカ国籍で大企業の社長令嬢であるナンシーですら、何日も前から申請しておかないと帰省もできないってぼやいていたくらいだ。
まあ、日本にも有名な舞台はいろいろあるだろうし、いつか夢が叶うといいな。でも、花の命は短いぞ。あ、でも、遅咲きの花? アリサちゃんは元々濃ゆい系の顔だし、熟女になってからでも活躍できるかもな。
いろいろ失礼なことを考えていると、キッと睨まれてしまう。エスパーか?
「そういうわけで、ペナルティとして仕事を一つやってもらいます」
仕事がペナルティというのも変な話だな。いや、本来は仕事ってのは辛いものだったな。金のために仕方なく人生を切り売りするんだからな。ブラック企業時代を思い出して鬱になる。ああ、サラリーマン哀歌。
あの頃に比べたら、ペナルティの一つや二つなんでもない気がする。一生食いっぱぐれないだけの財産を手に入れたせいかな。矢でも鉄砲でも持って来いってなもんだ。
だけど鉄砲じゃなく、衣装を渡された。
プロのメイクさんまで来たってことは、久々にザック・バランとしての生出演? 撮影されるのはテロリストと戦うより緊張するんだよな。
鏡を見ると、なんか今風のイケメンがいるぞ? 誰だこいつ? ちなみに、配信される映像ではさらに修正が入る筈だ。
今どきのアイドルは皆修正しまくっているから別にいいんだよ。そもそもアイドルって偶像って意味だしな、ヒトの手で造られしモノなんだよ。
準備万端、緊張しながらアリサちゃんと一緒にスタジオに入る。彼女の方はさすが堂々としているな。舞台度胸があるんだろう。
スタジオといっても、どこの会社にもありそうなわりと普通の部屋だ。普段は会議室に利用されたりもしているしな。
今はカメラっぽいカメラは置かれていないが、あちこちに隠しカメラが配置されている。まあ、このホテル内はどこもかしこもカメラだらけなんだけどな。あれ? 特にスタジオって必要か?
ちょっとだけ豪華な椅子に座って待っていると、新人のコンパニオンさんに案内されて、線の細い大人しそうな少年が入ってきた。
「やあ、ザック・バラン、初めまして。俺がデスユージャッジメントの中の人だ。リアルネームはマトバ・タイキな。タイキ・マトバっての? 今日は対等のプレイヤー同士としてよろしく頼むぜ」
なんだ? この生意気なガキは? いきなり初対面の大人にタメ口かよ。敬語も知らんのか?
そういえば、最近は学校で敬語を教えないらしい。俺が学生の頃も、敬語廃止論をとなえる有識者はいたが、まさか本当にやっちまうとはな。
理屈としては、自動翻訳時に外国語との整合性をとるためらしいが、今の翻訳AIは賢いから本当はそんなの気にする必要はないんだけどな。
「えっと、マトバ君は中学生かな?」
「俺が小学生に見えたら目が悪いんじゃないの? 大人はすぐにそうやってマウンティングしたがるんだ。デスユーだぜ!」
顔を精一杯歪めて、中指を立てて見せる少年。ずいぶん香ばしい奴だな。こいつに会うのがペナルティなのか?
だいたいデスユージャッジメントって何だよ? キルユーならまだわかるんだが……それでもジャッジメントの立ち位置が意味不明だな? とりあえず知ってる中二病っぽい言葉を適当に並べたんだろうな。背伸びしたいお年頃か。
「彼は“ガーディアントルーパーズジュニア”のゴールデンウィーク大会優勝者なんです。昨日がその決勝戦だったんですが、どこかのコメートさんが目立ちまくったせいで、ほとんど注目されなかったんですよね」
そういや、世間はゴールデンウィークに突入してるんだったな。ブラック企業で働いていた頃は縁のない話だったし、今は好きな時に休暇をとれるからやっぱり関係ない。
あれ? よく考えたら、今でもほとんど年中無休で働いてるぞ。ブラック勤めが体に染みついてしまっているのかもしれない。
「俺の優勝がネットで話題にならなかったのは、コメートさんだか何だかって目立ちたがり女のせいだ。まあ、同じリンクス使いとして言わせてもらえば、はっきり言ってあいつはレベルが低い。俺の敵じゃないね」
「リンクス使いなのか?」
「そだよ。あ、俺が無双してる決勝戦の動画見る?」
なんだよ急に、フレンドリーというか馴れ馴れしい? でも、とりあえずにこにこしている子供は可愛いよな。言動は馬鹿っぽいが、案外そう悪い奴じゃないかも。
俺は知らなかったが“ガーディアントルーパーズジュニア”ってのが二月頃から一般のゲームセンターで稼働してたんだな。普通サイズのゲーセン筐体で、当然コクピットもない廉価版だ。プレイ料金も普通だから、子供の小遣いでもプレイできるみたいだ。
まあ、中学生なら国庫から毎月三千円のお小遣い手当てが支給される。ブラック企業時代の俺だって、遊興費として自由に使える額はそんなものだったけどな。
大人は食費を削ったりもできるが、その代償はあまりにも大きい。というか、過労と栄養失調のダブルパンチは死ねる。政治家もどうせバラマキするんなら、社畜手当みたいのを考えればいいのに。盤石の票田になるかもしれないぞ?
“ガーディアントルーパーズジュニア”は未成年向けということで、建前上は換金はできないことになっているらしい。が、アイテムのオークションとかは“ガーディアントルーパーズ”と共通みたいだ。人気プレイヤーになればギャランティシステムでも稼げるので、すでに大人顔負けの収入があるお子様も大勢いるそうだ。
このマトバ君もトッププレイヤーの一人で、その辺のサラリーマンより稼ぎは多いとのこと。そりゃあ調子に乗ってても仕方ないか。
アリサちゃんが会議用の大画面スクリーンで動画を再生してくれる。
パッと見は“ガーディアントルーパーズ”とほぼ同じだな。別ゲームというより移植版って感じだ。ただ、モーションパターンがあまりないのが気になる。いつも似たような動きばかりで、いかにも登録されているアクションの中から選んでますって感じだな。
これじゃあまるで普通のゲームだ。その分、とっつきやすそうではある。
物理計算とかも簡略化されてる? いや、切り捨てたのか、妙に加速のキレがいい。その分、ブーストダッシュ後の急停止とか、攻撃後の強引な硬直とか、不自然さが半端ない。
ただ省略するばかりじゃ単なる劣化版だとでも思ったのか、随所に工夫の跡も見られる。一番わかりやすいのはスピードの変化だ。最初は動画を三倍速で再生しているのかと思ったよ。
アクション系のゲーム全般に言えるが、スピード感があるのはいいことだ。単純に爽快感が増すもんな。
単純に全てを三倍速にしてしまうと、プレイヤーは忙し過ぎて目が回るかもしれないが、その辺もちゃんと考えられている。
三倍速になってもジェネレーターの出力は据え置かれているので、調子に乗って高速で動き回っていると、エネルギー切れですぐ息切れしてしまう。動きにメリハリをつけるのは悪くない。ペース配分が重要っぽいな。
あと、防御力を上げたのか、ライフゲージがなかなか減らなくなっている。その分、ワンプレイで長く遊べるわけだ。
“ガーディアントルーパーズ”では、ビーム一発で撃墜されるなんてことも珍しくないからな。慣れない頃は理不尽すぎるって皆怒ったものだ。
らしさがなくなったといえばそうだが、これは一応改善なんだろうな。
うーん……ビームの当たり判定がかなり大きくなってるか? ギリギリ当たらない筈の間合いでも、しっかりダメージが入っている。
通常のビームがミサイルみたいに敵を追尾していくのはちょっとやり過ぎな気もするな。極端に命中率が低いのが“ガーディアントルーパーズ”のユニークなところなのに。
他にもいろいろ。そうだな、全体的に演出が強化されている。ビームとかのエフェクトも稲妻が入ったりやたら派手になっていて、効果音もロボットアニメみたいだ。BGMも今時流行りのなんかそういう感じ? 俺はBGMいらない派なんだけれど、こうして他人のプレイを見ている分には音楽があった方が退屈しないで済むな。
プレイヤー機体のメカデザインも一新されている。明らかにデザイナーを変えたよな。各機種の特徴は残しつつも、普通にカッコよくリファインされている。
「これがリンクス?」
「リンクス´ですね」
そうか、ダッシュなのか……その続きの説明を期待して待つが、アリサちゃんは名前だけ言って黙り込んでしまう。さてはジュニアの内容に関してはよく知らないな?
アンテナがネコミミじゃなくトサカになったので、スキュータム系列の機体っぽく見えなくもない。嫌だなあ、坊主憎けりゃスキュータムまで憎いって奴だ。
腕の内蔵武器がビームソードとビームガンってことは、どちらかといえばリンクスIIに近い設定か? というより、リンクスのワイヤーアンカーが評判悪過ぎて削られた可能性が高いな。便利なのにな。
ちゃんと背中にXキャリヴァーっぽいのを背負ってるし、一応リンクスだと思っておこう。
俺が最初かなり苦労したXキャリヴァーへの持ち替えも、簡略化され自動化されている。
途中のモーションをすっ飛ばして、近接戦闘時にはいきなりXキャリヴァー装備状態に切り替わるようだ。これもまあ、ゲームとしてはおかしくない仕様だな。
それまで持ってたビームガンはどこに消えてるんだ! とツッコミたいけれど、これはこれで意外に違和感がないな。欲を言うならば、せめてXキャリヴァー使用中はビームガンは背負わせるとか、もうちょっと工夫して欲しかったけれど。
マトバ君の対戦相手はキャンサーのようだ。こちらもやはりデザインが変わって、随分カッコよくなっている。カニっぽさは若干減ったが、いかにも武骨な重装甲機体って感じでとてもいい。
双方ともモーションキャンセルを多用して戦っているな。物理法則にこだわりがある“ガーディアントルーパーズ”ではキャンセル技は使えなかったんだが、“ジュニア”の方にはその縛りはないようだ。
見ていると、射撃モーションは斬撃でキャンセル可能で、斬撃はブーストダッシュでキャンセルできるみたいだ。
他にもいろんな組み合わせがあるんだろう。三倍速+キャンセル技で、一気にラッシュを叩き込めるのはなかなか楽しそうだな。
エネルギー切れになると動けないところをボコボコにされるので、エネルギーマネージメントがキモのようだ。
ただ、決勝戦というわりには、見ごたえのある駆け引きはほとんどない。マトバ君が終始有利な展開だが、それはキャンセル技をミスらず正確に出せているというのが大きい。
稼働してまだそれ程時間が経っていないうちは、正確な操作ができるだけで大きなアドバンテージだからな。
皆が当たり前のようにキャンセル技を繰り出せるようになってからが、本当の勝負だろうな。
バグなのか仕様なのか、ソードモーションを途中でキャンセルしても、攻撃判定は本来の予定通りに発生しているようだ。
攻撃範囲が広いXキャリヴァーでこれをすると、ちょっとシャレにならない。何もない空間に見えない刃がしばらく残存してるんだからな。それだけじゃなく、連続でキャンセル技を重ねれば、同時に複数の斬撃を重ねることも可能だ。
「名付けて必殺真空切り……ってね」
マトバ君はドヤ顔だ。必殺技名は日本語なのかよ、まあ、悪くないネーミングじゃないか。
キャンセル斬りが有効なため、双方とも積極的に近接戦闘を狙っていく。このノリはいいな。
結局、時間切れになり、判定でリンクス´が辛勝していた。負けたキャンサー´のプレイヤーの方が勝負勘はありそうだったんだが、それでも結果は結果だしな。
腕を磨いて次の大会でリベンジして欲しい。
「どうよ? どうよ? 俺様天才じゃね?」
「……なかなか速い?……な」
なんとか褒め言葉を探したが、それくらいしか言えなかった。
「うふふ、凄過ぎて言葉も出ないってか? いいよいいよ、そういうの慣れてるからさ」
なんでこいつは上から目線なんだよ? ここまで調子に乗っているとちょっと面白いな。
一通り少年との顔合わせが済んだ後、アリサちゃんと二人で別室に移動し、詳細な打ち合わせをする。
「なんだよあいつは?」
開口一番にとりあえずツッコんでおく。
「だからペナルティだって言ったでしょ。あなたにはザック・バランとして今日一日あのボウヤのベビーシッターをしてもらいます」
「ふむ、それは結構な罰ゲームだね」
「一日といっても、スケジュール的にはたった二時間程度ですよ。ホテル内で開催中のメイドロイド博覧会を案内してもらうだけですから」
博覧会というか、メイドロボの展示即売会だろ? ちょうど今、そんなイベントをやってるのは知っている。関わっているのは、どうせビリー氏関連企業ばかりだ。
ジュニアの優勝の副賞で、トップランカーと一緒にこのメイドロイド博覧会を巡るという企画が用意されていたらしい。
ゲーム大会で優勝したらゲームショーへご招待とかいうのは聞いたことがあるが、まあ、似たようなものか。
当然、これも広報活動の一環なんだろう。俺達の会場巡りの様子を撮影して配信するんだろうな。どうせならグルメレポートとかそういうのにして欲しかった。俺は多分、そっち系の方なら才能がある。
「なんでタケバヤシじゃないんだよ?」
一応、優勝したのはあいつの筈なんだがな。客寄せパンダにはちゃんと働いてもらわないと。
「子供に子供のおもりをさせられないでしょう?」
確かにそうかもな。アリサちゃんもしれっと辛辣なことを言う。
いや、案外、似た者同士で波長が合ったりしないだろうか? うーん、子供相手にマジ切れするタケバヤシの姿が目に浮かぶのは何故だろう……それはそれで面白い見世物かもしれないが、配信するわけにはいかんよなあ。
「いやあ、やっぱり無理、残念だなあ。最近どこぞの鉄砲玉に命を狙われてるみたいなんだ。相手はマフィアだよ、マフィア! 子供を巻き込むわけにはいかないので、謹んでお断りします」
狙われているのは本当だからな。自分一人なら拳銃弾くらいなんとか避けてみせるが、子供がいたんじゃ守り切れない。あの生意気な小僧を身を挺して庇う? 俺が? 嫌なこったな。
「あら、個人経営の警備会社まで作ったんじゃないの? それともあの娘達はただのハーレム要員なのかしら?」
女が三人寄ればハーレム扱いかよ? 実態はハーレムというより虎の穴みたいなものなんだが。
「なら、会社の方へ正式に警備を依頼してくださいよ。うちは結構高いですけどね」
駆け出しの警備会社なので、保険会社が足元を見て法外な掛け金を要求してくるんだよ。俺自身の護衛は採算度外視でいいが、他所から仕事を引き受けるにあたっては料金設定を割高にしないと赤字確定になる。業界の参入障壁ってやつだな。
小規模経営のところだと、保険はかけずに何かあったら倒産や夜逃げで責任を回避したりするケースもあるみたいだけどな。そもそも、万一のケースなんてのはまず起きないから、そういう経営も成り立つんだろう。客からすれば詐欺みたいなものだけれど。
もちろんうちはちゃんと保険に入る方針なので、業務が軌道に乗るまではしばらく赤字覚悟で仕事を受けていくしかない。そのための資金なら充分ある。
ただ、そもそも俺のボディガードが本業なので、わざわざそこまではしてなかっただけだ。三人娘が余計な仕事が増えるのを面倒がってるというのもあるが……
アリサちゃんが依頼してくれるなら、警備会社としての実績も積めるしありがたい話ではあるかな。
「保険金のことなら心配いらないわよ。期間中、招待者には全員特約で加入してもらっています。経費は運営もちでね」
そうか、マトバ君にはすでにたっぷり保険がかけてあるのか。警備に失敗してもペナルティなしの契約なら、料金を安くしても赤字にはならないかな。
前回の大会ではテロに巻き込まれて死者まで出たが、招待客には驚くほどの保険がかけられていて、亡くなった人達の遺族には高額の賠償金が支払われた。
俺も入院したから、見舞金とかもらった。億越えだったと思うが、あまり驚かなかった。同じ時期に賞金とか契約金とかで、大金がなだれこんで来たので、完全に金銭感覚がおかしくなったんだ。
ガリーナなんかはほぼ瀕死の状態で、当然俺より大金を貰った筈だが、それまでの借金の返済とあの変な料理店を出店するのに全部使ってしまったらしい。ロシア三人娘は金銭的には幸薄いよなあ。
リンリンに至っては、戦闘中にできたかも定かではないかすり傷程度で、サラリーマンの年収くらいの額をふんだくっていた。まあ、あいつは借金取りに嗅ぎ付けられる前にカジノで豪遊してスッカラカンだそうだ。まさにあぶく銭って感じだ。本人の弁によると、いつ死んでもこの世に未練が残らないようにしてるらしい。あの性格は、たまに羨ましく思うな。ほんのたまにな。
「女性の警備員なら威圧感もないし、ベビーシッター役を引き受けてくれるんなら私の権限で警備を依頼してもいいわよ。どうせ予算は余ってるのよね」
ビリー氏傘下の企業は、予算のつけ方が何桁かおかしいんだよなあ。この不景気に景気のいい話だ。
「本当はさあ、チャンピオンに案内して欲しかったんだけど、彼も忙しいみたいだしさ。ザックバランでもまあいいや」
小生意気なガキンチョめ。そんなにタケバヤシがよけりゃいつでも代わってやりたいぜ。
それにしてもメイドロボの博覧会か。そういう時代になったんだなあ。ニッチな市場かと思っていたが、なかなかどうして大盛況じゃないか。今日は一般客は入場できないらしいが、業界関係者だけでもすごい人数だよ。きっと世界中から集まって来てるんだろうな。
入場者は全員、写真入りの迷子札みたいのを胸につけている。つけてない奴はテロリストってことで、警備ロボットにレーザー光線で焼かれても文句は言えないらしい。
デモンストレーションを兼ねているのか、関連企業製の警備ロボット……マスコミで言うところの殺人ロボだな、そういうのがやたらと会場をうろついている。残念ながら人型のはほとんどなくて、大半がずんぐりしたコケシみたいなタイプだ。まあ、要するに小型化した自動砲台だからなあ。
これだけ集まると、火力だけでもちょっとした軍隊並みだな。前に襲撃して来たテロリスト達なんて、一瞬で殲滅できるだろう。今回ガリーナ達の警備は必要なかったかもしれない。
「あったあった、ギャルコのメイドリーム800だ。年末発売予定の最新型だぜ。はあ、カッコいいなあ」
手足のついていないダルマ状態のアンドロイドが、スタンドに展示されている。淡く発光するクリアブルーのパーツが印象的なデザインで、スレンダーな甲冑って感じだな。
顔の造形はおめめパッチリのかわい子ちゃんタイプだが、どこか人間離れしている。人形っぽいというか、エイリアンじみているというか。デザイナーは最初から人間らしさは求めていないのかもしれない。あるいは、紫色のウィッグのせいでそう見えるのか?
「皮膚は顔の一部だけなのか」
「これだから大人はなあ。どうせやらしいこと考えてたんだろ? このプラスチッキーなデザインがいいんだよ。スバラシイんだよ。だいたいさ、人間の女なんて気持ち悪い脂肪の塊じゃないか、あんなのどこがいいんだ?」
マトバ君の視線を向けられたガリーナがムッとした顔をする。真面目な娘なんだが、少しはポーカーフェイスができるようにならないとな。リンリンみたく計算ずくで表情をくるくる変えられても気味悪いけどな。
そういえばマトバ君は、軍服コスからはみ出さんばかりのアリサちゃんの立派な胸も、まるで汚いものをみるような目で見ていた。思春期前の少年はいろいろ難しいんだな。
「女の子の良さも今にわかるさ」
なんだかんだ言ってても、どうせお前もあと何年かしたら、サカリのついた猫みたいになるんだよ。本能っていうか、煩悩?
「ボクは……大人になんかならないさ」
やれやれ、やっぱりまだまだ子供だよなあ。本気で言ってるあたり、可愛げもあるんだが。
「ピーターパンかよ、言っとくがあの島に子供しかいないのはなあ……」
「大人になったらピーターに殺されるからだろ? でもそれ、ただの都市伝説だから。残念でした!!」
一刀両断かよ。はあ、こまっしゃくれたガキだよまったく。
やっぱりお子ちゃまの相手は苦手だな、精神がガリガリと削られていく気がする。そういえば、俺がこいつくらいの頃は、毎日何考えて生きてたっけなあ?
俺の故郷にはウサギも小鮒もいなかった。アメリカザリガニをガサガサやってたのは小学生までだな。中学時代はバス釣りが流行っていた。本当は誰も釣ったこともないのに、皆が50cmオーバーを釣り上げた作り話を自慢しあって毎日盛り上がってたっけ。
そういうのも、色気づく前の話だ。やがて性に目覚めると、悪友達は釣りのことなんてどうでもよくなってしまった。少年期の終わりって奴だな。
懐かしい記憶に浸っている間に、マトバ君はどんどん一人で先に行ってしまう。なんか、ブースの場所とかを事前に全部チェックしてたみたいだな。俺が案内なんてする必要あるのかこれ?
そういえば、配信用の映像を撮影中なのに、今のところレポーターっぽいこと全然してないよな? まあいいか、無理に慣れないことをすることもないだろう。使えないと判断したら、広報の人達が適当に差し替えるだろう。
メイドロイド以外にも関連用品、アクセサリやウイッグやメイド服なんかも展示されている。衣装は基本的に人間の服と変わらないようだが、着せる時はメイドロイド専用の下着というか被覆みたいのが必要みたいだ。布とかを関節に巻き込んだら不味いのか。
メイド服の素材には難燃性で、適度に破れ易いものが使われているそうだ。こういうのは丈夫過ぎても危険だって言うしな。
「欲しいなあメイドロイド。十八歳になったら絶対買ってやる!」
お子ちゃまがなんか言ってるが、何年後の話だよ。この手の製品は来年の動向すら予想がつかないぞ、市場そのものがどうなってるかわからないんじゃないか。
ビリー氏が決めれば市場なんてそのとおりに動くんだろうが、彼はかなりの気まぐれ屋さんだからなあ。
そういえば、アンドロイドは未成年だと買えなくなったみたいだな。自転車や刃物類なんかも危険ということで、今の子供は使わせてもらえない。過保護すぎると思うが、これも時代の流れか。
フォークやナイフ、箸もダメとか、どうやって食事をするんだと思ったら、最近の学校給食はペレット食料を手づかみで食べるんだな。原点回帰というか、原始に戻ってるよ。
でも、そういう給食で育った人間は、大人になってからも不満を言わずにペレットを食べてくれるので、食料自給率の向上には貢献している。
あんなプラスチック板みたいなのばかり毎日食べていたら、俺なんかはストレスで頭がどうにかなってしまうだろう。値段だってそこまで安くないしな。
「よし、決めた。午後のエキシビションマッチの対戦相手はあんたにするよ。勝者の権利としてクラッシャーソードをもらうからな。あれはユニークアイテムだから高く売れるんだ」
おいおい、マトバ君よ。いきなり何か言い始めたと思ったら、いろいろ突っ込みどころ満載だな。将来メイドロイドを買うための金が欲しいから? 困ったら何でもバトルで解決しようとか、お前はバトルマンガの主人公かよ。
「クラッシャーソードな……あれはもうないんだ」
影のある男って感じで、ニヒルにそう言ってみる。
嘘じゃない、ガトIIに持って行ったからな。武器の移動は一方通行なのでちょっと悩んだが、ああいうクセの強い武器はインベントリを利用できるガトIIでこそ役に立つ。
「演技がクサイって。そういうのはいいからさ、オッサンはせいぜい若者の踏み台になってよ。フック船長みたいにさ」
フック船長って誰だよ? ああ、ピーターパンのラスボスか。そういや、あいつら一体何のために戦ってたんだっけ? 子供の頃はそういうのは気にしたことがなかったな。
「なあ、知ってるか。フック船長の正体は、先代のピーターパンなんだぞ」
なんとなく思いつきで言ってみる。現実の世界の世代間闘争ってのは、むしろそんな感じだもんな。
「嘘つけ! 絵本にはそんな話は書いてなかったぞ!」
「なんだお前、絵本を読んでるのか。かーわいー」
「うっせい、オッサン! いや、ジジイ!! 絶対容赦なく! カンプなく!! ボコボコにしてやんよ!!」
耳まで真っ赤にして怒っている。とりあえず前哨戦は俺の勝ちだな。