センセイがそばにいるだけで
センセイがトレーニングルームの隣の空き部屋に勝手に畳を入れて、道場にしてしまった。ちゃっかり自分の寝室まで確保してるし、図々しいったらありゃしない。
「いいじゃない。ここで格闘技の訓練もできるわね」
三人娘も図々しさでは負けてなかったようだ。センセイの道場は完成と同時に女達に占領されてしまった。火には火をって感じだな、ざまあみろだ。
ガリーナ達も射撃場を作ったりしたから、そろそろ空きスペースもなくなってきた。考えてみれば高層ホテルの一階層を丸ごと占有してるんだから、まったくもって贅沢な話ではある。今のところ無料で借してもらっているんだけれど、タダより高いモノはないって言うしなあ。家賃払うか? いや、せっかく無料で貸してくれてるんだぞ。ビリー氏にとってはこの程度は屁みたいなもんだし。
俺も少しはセンセイの図々しさを学ばないとな。カッコ悪いけどな。
「贅沢を言えば狙撃の訓練ができる場所が欲しいんだけれど、さすがにうちのボスでも無理よね」
マーシャが挑発するように俺に言う。せめてオリガみたいにおねだりして欲しかった。狙撃の訓練場をねだる美女か……それもちょっと嫌だな。
「ボディガードに狙撃のスキルは必要なのか?」
「それは、あれよ。備えあれば嬉しいなって言うでしょ」
それは本来はオヤジギャグだぞ。まあ、今どき『憂い』なんて死語だけどな。
最低でも四百メートルは距離が欲しいとか、頭がおかしいことを言う。室内で、それもホテルでやることじゃない。
できないことは諦めるだろうと放置しておいたら、海側の窓を一部外して、海上に飛ばせたターゲットドローンを撃つことにしたみたいだ。法律とかいろいろアウトな気がするが、見つからなきゃいいってスタンスらしい。
極論すればここじゃビリー氏が法だしな。どこからもクレームは来ないだろうが、やりたい放題だなおい。
面白そうなので俺も射撃訓練に参加してみたが、四百メートルどころか百メートルでも当たる気がしない。才能なしと諦めた。風を計算して数キロ先を狙えるとか、リンリンと三人娘は射撃の腕はプロ級だ。本当にプロなんだけどな。俺はあくまで素人なんだし、射撃訓練は気が向いた時だけでいいかな。
それより道場にセンセイを引っ張って来て、組手の相手をしてもらうのが楽しい。なんだかんだ言ってこの男もプロだしな。あらゆる格闘技を極めたとか自分で言っているが、せいぜい齧った程度なんだろうな。そんなに強くない。初見でもなんとか勝てる程度で、二度目からはほとんど勝負にならない。
ライバルという程でもないんだな、手軽に乗り越えられる壁? まあ、教師役としては適任と言えば適任か。
洗練された格闘技というのは芸術的ですらあるが、それでもセンセイ程度の相手なら初見でも勘でなんとかなってしまう。どうせならもっと強い相手と戦ってみたいけれど、ナージャちゃんとかになるとちょっと強過ぎるしな。
特に竹刀を使うチャンバラとなると、センセイは弱すぎて勝負にもならない。センセイといえば賭場で日本刀を抱いて用心棒とかしているイメージなんだけどな。
眼帯で片目を塞いだり、いろいろハンデを工夫している。片目だと距離感が把握しづらいが、どうせ心眼で見るから大差ない。いっそ完全に目隠ししてみるか? それはまだちょっと怖いな。
丁度隣ではマーシャと新入りのブロッサムが組み手をしている。結局、センセイが勝手にビリー氏のところからお持ち帰りしてしまった二人のサイボーグを受け取ることにした。考えてみればすでにアンドロイドとかいろいろもらっちゃってるし、今さら五十歩百歩ってなもんだ。
二人には、ガリーナ達がチェリーとブロッサムというコードネームをつけた。名前じゃないのは、いつか本当の名前を思い出した時のためだそうだ。マインドコントロールっていうのか、頭の中をいろいろ弄られているみたいだな。果たして記憶を取り戻すのが幸せかどうかはわからんが、まあ頑張れ。
同じサイボーグだからだろうか、三人娘がやけに面倒見がいい。ロシア人ってもっと自分勝手なイメージだったんだが、ちょっと見直した。
ちなみに、センセイは最初二人に『お嬢』と『おっぱい』という名前をつけて、女性陣から総スカンをくらっていた。酷いネーミングセンスだよ、セクハラで訴えられろよ。
このセンセイ、娘がいない所では際限なく助平になる男だ。今も女達が取っ組み合いを始めると、こっちの訓練はそっちのけで鼻の下を伸ばして見物を始めてしまう。
まあ、他人の練習を見るのも参考になるんだけどな。
「あーあ、せっかくのおっぱい様がもったいねえなあ。誰だ? ゲルスーツなんて色気のないものを発明した奴は」
ゲルスーツというのは、発泡ゲルが詰まった全身スーツのことだ。厚さは一センチ~三センチくらい。これを着こんでヘッドギアをつけているため、二人の見事なプロポーションが若干もっさりしてしまっている。オッサンが残念がっているのはそのことだろう。
だが、このゲルスーツのおかげで本気で殴り合っても怪我一つしない。危険なのは関節技ぐらいだな。銃撃に対してもある程度効果があるらしいが、さすがに弾の種類にもよるらしい。殺傷力の高い特殊弾はいくらでもあるから、やっぱり基本は回避だよな。
俺も特注のゲルスーツを着込んでいる。軽い上にしなやかで、動きをほとんど阻害されないのもいいが、何よりゲルなのに全然蒸れないのがすごいと思う。一着一万ドル以上するだけのことはある。
お高いのに数カ月で使い捨てだから、もっぱら軍のエリート部隊とかトップアスリート達の訓練に使われているみたいだ。
あと、お金持ち層がファッションで着たりもするらしい。俺もその一人だけどな。
「あー、おっぱいチャンまた負けたか。基本スペックは高いのに、経験値がまだまだだなあ」
ブロッサムがギブアップした。だがマーシャの方も肩で息をしている。マーシャだって軍用のサイボーグで、人間離れした身体能力なんだけれど、ビリー氏のサイボーグの性能は反則レベルみたいだな。今はまだ経験の差でガリーナ達が勝っているが、訓練を続けていけばすぐに逆転しそうだ。
「優秀な新入社員が来てくれて嬉しいわ。まだまだ甘いところは多いけれど、遊んでる暇はないわよ。仕事はいくらでもあるんですからね、適材適所でこき使わせてもらうから」
マーシャはスパルタだ。どこかのブラック企業のトップみたいなことを言う。
この分だと戦闘力で追い抜いても、新入り二人はずっとこき使われそうだな。ブラックな職場は嫌だなあ、給料だけは十分に払うつもりだけれど。
あと、この歩くセクハラオヤジを早いとこなんとかしないとな。ナージャちゃんにきつく注意しといてもらえれば一番ありがたいんだけれども。
「いや、セクハラとは心外だね。ただ女性を愛でてるだけなのに。格闘技の世界では男性が圧倒的に有利なんだ。つまり強い女性はそれだけ努力してるってことであって、だからこそ戦う女性は美しいと言うか、躍動する乳尻フトモモから目が離せないと言うか……」
駄目だこのオッサン、娘さんに早く迎えに来てもらおう。女子大生か、いろいろ忙しい時期だよなあ。
体を動かした後は、昼風呂に入って飯食ってお昼寝といきたかったんだが、アリサ大佐に呼び出される。
一日ぐらいサボってもいいと思ったんだけど、やっぱり駄目か? いや、夕方に軽くカニメカを一体狩ってお茶を濁すつもりだったけどさ。最近あいつらリンクスを見ると逃げ隠れしまくるから、長時間粘っても効率悪いんだよ。
てっきり毎日働けってお小言かと思っていたら、合同ミッションのお知らせだという。懲りずにまたやるのか?
「今度の作戦はちょっと違うわよ。ザック大尉には単独で護衛ミッションを受けてもらいます」
「護衛ミッションねえ。それで護衛対象はあの三人ってわけか?」
どこかのトンチ小坊主じゃあるまいし、言い換えたって同じだよ。結局あいつらと一緒にプレイするんだろ?
「そうだけど……露骨に嫌な顔をしないの。今回あなたを大尉に昇進させておきました。指揮系統も分けたから、独自の判断で行動できるわよ」
タケバヤシ達が馬鹿なせいで、アリサちゃんも苦労してるんだな。
ゲームの戦争ごっこだからいいようなものの、敵よりも味方の方が厄介とか笑うしかない。まあ、リアルの戦争で味方同士いがみ合ってたら笑い事じゃ済まないんだが。
要するにあいつらが無事に目標地点に到着するまで護衛してやればいいんだな。手段は問わないとのこと。
送り届けた機数に応じてボーナスが貰えるが、護衛に失敗しても特にペナルティはないとのこと。
ベビーシッターをさせられるのはたまらないが、その条件ならまあいいか。馬鹿なNPCユニットだと思えばいい。
俺が引き受けることにすると、タケバヤシが入室して来た。目を合わせようともしない、というか目を伏せている。
俺と同じ階級になったのが悔しいんだろうか? たかがゲームの階級によくそこまで思い入れできるよな。
俺としては別にこのゲームにストーリー的なものは求めていない。イベントムービーとか基本的にスキップしてるしな。
このゲームはロボの操縦が面白いんだから、シンプルに敵を倒させてくれるだけでいいんじゃないか? そういう意味では前作の方が良かったと思う。
まあ、前作が一般のゲーマーに評判悪かったからビリー氏もいろいろ考えたんだろうけどな。
マップで移動ルートを確認する。今回は敵のロボが初登場なのか。画像データの方はアンノウンとなっているのに、ブリーフィング資料には思いっきりスキュータムIIって書いてあるな。初出の新型の筈だが、発見者に命名権はないようだ。
スキュータムの系列ってことは、盾持ちの汎用タイプかな? 相手がどんな奴でも近づいて斬るだけだ。
タケバヤシは俺の後についてくるのは嫌らしいので、好きにやらせることにする。カニメカあたりを適当に間引きしてやれば、自分達でなんとかできるだろう。
「……怖いのはクラブタイプだけだから。奴らさえ排除してくれればいい」
「俺は味方に撃たれるのが怖いよ」
「それを言うなって。ペナルティがキツイからもうやらないさ」
わだかまりはあったが、アリサ大佐に無理やり握手させられてしまう。タケバヤシの方も嫌々なのが丸わかりだ。
果てさて、どうなることやら。




