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俺のロボ  作者: 温泉卵
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俺の後ろに立たないで


 俺はヒットマンに狙われているかもしれない。

 

 あの生臭坊主に人を殺す度胸なんてなさそうだし、ただの脅しだと思っていた。だがリンリン情報だとあの坊主、公安のリストにも載っている要注意人物だそうだ。

 居酒屋で若い頃はやんちゃしてたと自分で語っていたらしい、かの三蔵法師も破戒僧だったと得意気だったそうな。


 慌てて情報収集してもらったら、ヤバい話が出るわ出るわ。本人は直接手を汚すタイプじゃないみたいだが、あの男の意思を忖度して勝手に暴力沙汰を起こす友人知人が大勢いるみたいだな。


 情報が遅いよ……予め知っていれば、もう少し腫物扱いしたのに。

 ああいう手合いは、後先考えずに大胆なことをやらかすから油断できないそうだ。


 俺のことを不死身のヒーローだと勘違いしているリンリンは面白くなってきたと喜んでいるが、ガリーナなんかは心配してくれている。初仕事ということもあり、三人娘は士気も高い。可能な限りローテーションで警備についてくれている。


 ホテルの中を移動する時も、三人が文字通り肉壁となって護衛してくれる。

 サイボーグのいいところは、金さえあればほぼ不死身なことだ。いくらでも修理ができる。弱点は脳味噌だけれど、脳がほとんど破壊されても復活できたケースもあるみたいだ。人体の不思議だな。


 脳細胞は特に酸欠に弱いらしいんだが、ビリー氏のサイボーグ技術はその点もクリアしているらしい。細胞そのものを人工的なものに置き換えるとかどうとか。

 そこまでいくと人間をやめちゃってる気もするが、ビリー氏が人間だと言えば人間なんだ。偉きゃ黒でも白になるって奴だ。普段は生命倫理とかにやたらうるさい有識者達も、意外に根性がないよな。


 独裁者の不幸は、誰も間違いを指摘してくれないことかもしれない。ビリー氏本人は政治には無関心なただの科学者のつもりらしいが、実質的には地球の王様だもんなあ。



 ホテルの中を常に三人娘に囲まれて移動している俺は、他人から見れば美女を侍らせて喜んでいるハーレム野郎だよな。実際、カジノの客にはそういった連中も珍しくない。

 綺麗どころをぞろぞろ引き連れて歩いている大富豪を見たことがあるが、周囲からの視線が凄かったな。俺もあんな感じに見られてるんだろうな。

 

 いや、どちらかというと周囲の人間に避けられてるような……みんな俺と視線を合わせるのを怖がっている?

 

 ザック・バランはダークヒーローみたいなキャラ設定があるせいで、全身黒づくめの格好をしているせいか? 近頃は俺がカジノ特区の影の支配者だとかいう馬鹿馬鹿しいデマまで流れているようだ。


 リンリンまで噂に悪乗りして悪女っぽいドレスを着だしたからな。あいつがやると悪の秘密結社の女幹部にしか見えない、ノリノリでそういう演技をしてるし。火のないところにガソリンを撒くようなことをしやがる。

 

 リンリンに影響されたのか、ガリーナ達までマフィアの愛人みたいなドレスを着ている。実際にスカートの下には短機関銃とか隠し持ってるし、本物のマフィアもびっくりだけどな。


 なんだよ、誤解の大半はリンリンの奴が原因じゃないか。あの女は面白ければそれでいいんだ。そのためには自分が死ぬことすら気にしない……いや違うな、死の恐怖をギリギリまで味わって、間一髪で生還するのを楽しんでやがるんだ。ひょっとするとあいつこそ本物の悪魔かもしれない。

 

 専用エレベーターに乗り込むと、ガリーナが手を振って見送ってくれる。三人娘の行動は子供っぽいところがあるよな、別に悪いことじゃないけれど。

 あの娘達の故郷は良く言えば牧歌的、悪く言えば何もない田舎だそうだ。ユーラシア連邦から浸透し続ける武装難民のおかげでロシア経済はボロボロみたいだし、いろいろ大変なんだろう。日本は島国でまだ助かってる方かもしれない。

 移民特区のいくつかは日本人を追い出して独立国みたいになってしまっているが、ヨーロッパはもっと大変らしいからな。せっかく金持ちになったのに海外旅行にも行けやしない。

 行くとしたらアメリカか? でもナンシーは面白い場所じゃないって言ってるんだよな。


 一時はガーディアントルーパーズの世界選手権をハワイあたりで開こうかなんて話もあったらしいが、治安の問題で中止になったそうだ。ネット上で対戦すればいいと思うんだが、タイムラグの問題があるよな。


 日本国内限定でもラグは結構あるんだよ。ガトIIをプレイした後だと特にはっきりわかる。上級者同士の対戦だと一ミリ秒の差で勝敗が分れるからな。そのくらい先読みでカバーできるが、操縦の楽しさは半減するよ。なんかこう、ダイレクト感が減るんだなこれが。

 

 専用エレベーターの扉が閉まり、地下の専用施設に向かって高速降下を始める。ここから先は関係者以外立ち入り禁止なのだ。ヒットマンも入っては来れまい。張り詰めていた気を緩める。

 最近は背中に目があるような感覚というのがはっきりわかるようになってきた。昔のサムライなんかは常にこうして周囲の気配を察知してたんだろうな。結構疲れるのが欠点だが、命には代えられないからな。

 いや、命懸けで修行できるチャンスだと前向きに考えよう、発想の転換だな。そんな修行をしてどうするんだとも思うが、多分ゲームプレイにも活かせるんじゃないかな。


 自分のブースに入ると、まずは詰め所を覗く。業務連絡があるかもしれないし、筐体を起動してもらわなくてはゲームができない。

 専用筐体は立ち上がりに十分程かかる。常時起動しておくと電気代も馬鹿にならないんだろう。


 アリサちゃんはまだ来ていない。ホロビジョンでファッション雑誌を眺めていた別の人が、慌てて立ち上がり敬礼する。

 

 新人さんか? あまり仕事熱心には見えないよなあ。今までの人達とはタイプは違うが、彼女もやっぱり別嬪さんだ。一体どういう基準で採用してるんだろうな? 大企業の受付嬢なんかは才色兼備な若い社員が選ばれていると聞く。その手の職場は華やかに見えて、裏側では超大変らしい。

  

「柿崎くぅーん。お・ひ・さ」


 突然背中をツウッーと指でなぞられる。思わず反射的に殴りそうになったのを寸止めする。

 

「いきなりなんですかっ」


 いつの間に接近したのか俺の背後に和服姿のオッサンが立っていた。扇子なんか弄んでいる変な奴だ。

 飄々とした態度で漫才師か太鼓持ちにしか見えないが、只者じゃないよ。完全に気配を消していて、バックをとられるまで気がつかなかった。

 

 こいつがヒットマンならやられてたな。

 

 部外者がいないと思って気を抜いていたのは確かだが、そこまで油断していたわけじゃないのに……くそ、なんだか負けた感がある。

 

「オー怖い怖い。殺気がダダ漏れだなあ、まだまだだねえ」


「あんたは、確か樺太にいた」


「キミの才能に惚れ込んでねえ……押しかけ師匠にキチャッタ」


 キチャッタと可愛らしく小首を傾けてみせる。いい歳をしたオッサンがやっても不気味なだけだ。


 名前は忘れたが、軍人さん達にセンセイと呼ばれていた胡散臭い人物だよ。重要なのはこんなでもナージャちゃんの養父だって点だな。少なくともナージャちゃんの実力は本物だったし。

 

 おいおい、こんな場所まで入り込んで来るとは、本当に何者なんだ?

 

「ボクはこれから地球の王であらせられるビリー氏と面会して来ますので。柿崎クンの部屋で本日19時から行われる歓迎会でまたお会いしましょう。あ、できれば和食でお願いネ。日本酒のいいのが飲みたいなあ……」


 言うだけ言ってスタスタと部屋を出て行く。ビリー氏の関係者なのは理解したが、歓迎会ってなんだよ? 聞いてないぞ。


 新人の子が何やら訴える目で俺を見ているが……歓迎会なんてしないよ? いや、職場の歓迎会とかするんならそれはそれでいいだろうけれど、あの男はそういうんじゃないし。

 

 なんか自分で押しかけ師匠とか言ってたな。図々しいにも程がある。

 

 だいたいなんで俺の部屋で歓迎会なんだ? とんかつ屋でもすき焼き屋でも寿司屋でも、このホテルにはいい店が一杯揃ってるじゃないか。

 警備の問題か? このホテルの寿司屋には米大統領も頻繁に通ってるんだぞ。間違いなく世界一安全な寿司屋だろう。 

 この前のテロみたいなことがあっても大丈夫なように、警備体制は大幅に強化されたと聞いている。まあ、それでも俺はヒットマンの影にびくびく怯えているわけだが。

 

 とっとと襲撃して来てくれればサクッと片付けるんだけどな。本当に恐ろしいのは、いつまでたってもやって来ない暗殺者だと気が付いた。ずっと警戒し続けなければならないわけで、かかる費用だけでも馬鹿にならない。

 具体的にはガリーナ達の給料とリンリンの酒代だな。リンリンの給料はどこか他から出ているみたいだ。運営か、ホテルか、ビリー氏のポケットマネーか。


 ナンシーのアドバイスに従って、三人娘には警備会社を作らせた。俺が社長みたいだ。自分を警備するための会社の社長か、本格的な自宅警備員だな。

 小さな会社でも金が億単位でどんどん飛んでいく。人件費よりも警備用の機材とかが高価だ。正規ルートで許可を得た武器弾薬はボッタクリ価格だし、サイボーグボディのメンテナンス費用も必要経費だけどすごい額になっている。

 赤字だから税金はかからないみたいだが、小市民的感覚が抜けない俺にとってはいろいろと心臓にこたえるものがあるなあ。

 

 はあ、それじゃあ今日も頑張って稼ぐとしますか。

 

 いつもと同じミッション、同じスタート地点。だけど、ガトIIになってからは天候のバリエーションが増えたし、毎回細かい部分がいろいろ違うからマンネリ化はないな。

 

 最近は地形データ作成用のツールもどんどん進化している。本物と見分けがつかないくらいリアルなアマゾンのジャングルを、子供でもほんの数分で作ることができるくらいだ。今どきの子供達は、自分がデザインしたステージでサバイバルゲームをして遊ぶんだ。

 俺も昔マップエディタつきのゲームで遊んだことはあったが、木を数本配置したところで飽きてしまった。あれはゲームの方が超つまらなかったし、仕方なかったんだ。

 

 ガトIIの場合だとAIが自動で作成してるんだろうなあ。足元をズームして観察すると、石ころの陰に無数の名もなき草花やコケなんかが繁茂している。おそらくこういった賑やかし用のデータは、俺がズームした瞬間に作成されている。

 いくら最新型のスーパーコンピュータでも、世界をまるごと計算するなんて大変だし無意味だからな。必要なのはプレイヤーに見える事象だけだから、見えない物は存在すらしない筈だ。

 

 量子力学の世界では、現実もゲームの世界みたいなものだと考えると聞いたことがある。観察者が見るまでは物質の存在は確定しないとか、なんかそういう説だ。

 うさん臭い説だが、量子コンピュータなんかがちゃんと動いているところを見ると、理論は正しかったんだろうな。


 現実がゲームみたいなものなら、ゲームが現実みたいになってもいいじゃないか。いずれフルダイブタイプのゲームとかができれば、現実なんて意味がなくなってしまうかもしれない。

 “ガーディアントルーパーズ”みたいなゲームの場合、フルダイブ環境でもほとんどメリットはないけどな。そもそも操縦という行為が必要なくなるだろうからな。

 

 いろんな雑草を眺めているだけでも楽しいんだが、道草をしていないでそろそろ真面目に狩りをしようか。


 最近のクモ脚メカ達は、リンクスに気づくと一目散に逃げるかどこかに隠れてしまう。あいつらもいろいろ学習しているよなあ。

 飽きなくていいと思うべきか、必勝法が確立できないと考えるか、その辺はプレイヤー次第か。

 タケバヤシ達は敵の思考の変化に随分手を焼いている。マテリアルの回収を考えなければ余裕で倒せる筈だが、欲に目がくらんでるからなあ。

 

 かくれんぼはどうにも効率が悪い。例の湧きポイントまで飛んでみようか? ポップする瞬間なら無防備だもんな。


 対空砲火に狙われるかもしれない、ちょっとドキドキしながら海までの空の旅だ。バッタのようにジャンプを繰り返して二時間ちょっと、そこまで時短にはならないようだ。ブーストダッシュで地上を高速移動しても結構なスピードが出るからなあ。

 

 場所は間違っていない筈だが、海中にクモ脚達の姿はない。待ち構えていてもポップもしない。

 ある程度狩らないと次のが湧いてこないのか? それともとことん俺に稼がせないつもりなのか?

 

 諦めて奴らの移動ルートをたどりながら、丹念に探すことにする。

 地中に潜って仮死状態になられると、スキャナにもほとんど反応しない。こうなると残された足跡だけが頼りか?

 

 地表をじっくり観察し、比較的新しい足跡を見極めていく。潜った場所には不自然に土砂が盛り上がっているからわかるんだが、単なる偽装でもぬけの殻のことも多い。フェイクまで用意するとは、ザコ敵の分際でちょっとやり過ぎだろう。


 ゲームの敵っていうのは、ある程度馬鹿な方がプレイヤーは楽しめると思うんだ。ボスとかならともかく、一番下っ端のクモ脚メカのAIが優秀過ぎるのは考え物だと思う。

 

 結局、時間内に三匹しか掘り出すことができなかった。獲物との知恵比べか、なんかもう別のゲームになってきてるよなあ。シャベルが欲しいんだが、その手の武器はあっただろうか? オークションで探してみるか……

 

 

 筐体から出ると、アリサ大佐が出迎えてくれる。

 

「今朝は新人が迷惑かけたわね。私から厳しく指導しておいたわ」


 ああ、そういえばそんなこともあったな、すっかり忘れていた。それより問題は例のセンセイだよ。歓迎会がどうのと言っていたが、あれは本気だろうか? しまったな、料理人の爺さんに連絡しておくべきだったか? 食材の仕入れとかもあるんだし、準備もなしにいきなり押しかけてこられても対応できないだろう。

 

 気になったのでまっすぐ帰る。ヒットマン? 来るなら来てみろよ。今朝はあのセンセイに不覚をとってしまったが、本気になればなんぴとたりとも俺の後ろはとらせねえぞ。

 ゲームでほとんど戦えなかったし、リアルバトル上等だよゴルァ。

 

 部屋に戻ると、すでに宴会が始まっていた。あのオッサン、19時とか言ってなかったか? まだ一時間以上あるぞ。

 

 食堂のテーブルの上には、寿司桶やら船盛、大皿小皿が並んでいる。和食バイキングにしたみたいだな。

 

 厨房から爺さんが顔を出して俺を睨んでくるので、視線で謝っておく。いきなり押しかけられて、よくこれだけ対応してくれたもんだ。

 いや、どう考えても悪いのはずうずうしいあのオッサンだけどな。俺はなんであの時はっきりと拒否しておかなかったんだろう? NOの言える日本人になりたいな、ならなくちゃ絶対に。

 

「イヨー柿崎氏、待ちかねたよ。嘘、ウソダヨーっ。美女に囲まれて退屈なんかしてませんでしたっ!」


 お誕生日席に、すでに完全にできあがっているヨッパライがいた。リンリンと一緒に一升瓶を空けていたようだ。

 

「一体どういうことか説明してもらいましょうか」


「今日は無礼講ダヨ。かたいことは言いっこなしでヨロシクネ、ホレ、ヨロシクネ」


 リンリンがいるのは、まあいい。こいつは宴会の匂いを嗅ぎつけるとどこからともなく現れる奴だ。

 問題はセンセイにお酌をしている二人の美女だ。まったく知らない顔じゃない、ビリー氏のところにいたサイボーグ達だ。このあいだ土産にやるから連れて帰れと言われたが、丁重にお断りしたんだよ。明らかにお目付け役として押し付けようとしていたからな。

 

「ああ、この二人はキミへのプレゼントだそうだよ。いやー、いいなあ、羨ましいなあ」


 まったく……勝手な真似をしてくれる。


「なに? 怒った? オジサン余計な真似しちゃったかなあ? キミもまだ若いんだからさ、ハニートラップに引っかかるのもこりゃまたいい修行だよ? 人生酸いも甘いも楽しまなくちゃ」


 いやいやいや、罠だとわかっているのに引っかかってどうする。このオッサン、ナージャちゃんがいないと言いたい放題だな。

 ナージャちゃんは養父の奇行に呆れつつも、一生懸命たしなめていた。本気で嫌っちゃいないみたいだったけれど、それはむしろ血が繋がってないせいかなあ。普通はあのくらいの年頃の女の子にかかれば、ダメ親父なんてボロクソに扱われるんだけどなあ。


「だいたい可哀想じゃないか。このお姉ちゃん達はお前さんだけを好きになる様に調整されてんだぞ。再調整で人格も記憶も書き換えるとか、そんなのは死ぬのと変わらないじゃないか」


 また訳が分からんことを。いくらサイボーグだからってそんなことが……できるのか? うーん、人間の尊厳とかそういうのがいろいろマズイ気がする。何やってるんだよビリー氏、テロリストに襲撃されても自業自得かもしれない?

 

「セクシーダイナマイツ系お姉ちゃんと、清純派お嬢様のペアか。なかなかいい趣味してるぜ。どうせならトリオでもう一人プレゼントしてくれればいいのにナァ。ハーレム物のメインヒロインはヤッパ明るい頑張り屋さんってのがお約束だぜ?」

 

「あー、それあたしよ、あたし。明るくて頑張り屋さんよ?」

 

「いえ、まるで私のことだと思います」

 

 リンリンとガリーナが何故か手を挙げている。二人とも付き合いいいなあ。

 

 そういえばこのセンセイ、不思議と女性にウケがいいんだよ。マーシャはいつも通り不愛想だが、嫌がってはいないようだし。オリガが微笑んでいるのは平常運転だけれど。

 

 そういえば今日はナンシーは来てないのか。ビリー氏関係の案件なら顔を出しそうなもんだが、会社とは別口なのかもな。樺太関係なら、自衛隊か防衛軍がらみか?

 

「柿崎クンの武勇伝は聞いてるよん。米軍の一個師団相手にたった一人で無双したんだって? 素晴らしいよ、まさに伝説だ。そんなキミの師匠になる俺様はもっと凄いってことになる。ニンジャの歴史がまた一ページってか?」


 話がまた随分大きくなってるじゃないか。一個師団が何人なのかは知らないが、桁違いに盛られていることくらいは俺にもわかる。武勇伝の類は伝言ゲームで誇張されていくとはいえ、酷い話だよ。


 他人の噂に便乗して有名になろうとか、このオッサンも大概だよなあ。兵法家としては間違っちゃいないのか? 人間的には尊敬はできないけどな。

 

「怖い顔したって駄目だぞ。そりゃあ柿崎クンは天才かもしれないが、才能を開花させるには優秀な指導者が必要なんだ。大船に乗ったつもりでこのセンセイに任せナサーイ」


 知らず知らず俺は怖い顔をしていたようだ。なんかセンセイが怯えている? 飄々と振る舞ってはいるけれど、案外肝っ玉の小さい男なのかもしれない。

 そういえば弟子達には偉そうだったけれど、犀川大佐相手には太鼓持ちをしてたよな。弱い相手に強く、強い相手には弱いタイプかな?

 試しにここは一つ、ドスを利かせて押してみるか?

 

「必要ない」


 短く一言、殺気を軽く漂わせて不機嫌に言い捨てる。このセンセイも只者じゃないが、ナージャちゃんに比べればまあ普通だ。油断しなければ負けないと思う。

 武器一つで覆る程度の優位でしかないが、仮にも武道の達人なら力量の差には気づいているだろう。


 武術の師匠になりたいというなら、まずは手合わせしてみないと話にならないしな。

 

「そんなあ、困るんだよ。娘がこの春から東京の大学に進学していろいろ金がかかるんだよ。ここなら東京から日帰りで通えるし、丁度いいんだ。頼むよ柿崎クーン」


 そうか、ナージャちゃんももう大学生か。子供ってのはあっという間に大人になるよなあ……って、俺と戦った時は受験生だったんじゃないか。

 まあ、あの娘の強運なら受験勉強なんてしなくても受かるよな。最近は金とコネがあれば猫だって大学に合格する時代だし。

 

 考えてみればビリー氏に会えるだけでも、このセンセイのコネは相当なものだぞ。馬鹿げた言動も全て計算づくかもしれん。

 俺もあまり調子に乘らない方がよさそうだな。こんな時は余計なことは喋らない方がいいんだよ。沈黙は金だ。

 

「あのさあ、娘はゴールドを愛でるのが趣味なんだ。合格祝いは純金の文鎮なんかが喜ばれると思うよ、できるだけ重い奴。預けてくれれば渡しておくからよろしくね。大事な娘に直接プレゼントしようなんてナンパな男は父さんが通さん、なんてな。あはははは」


 女子大生が金塊なんて貰って喜ぶかな? 換金できれば喜ぶか。いや、このオッサンが欲しいだけじゃないのか。


 俺を試してるのかとも思ったが、十中八九は只の酔っぱらいのオッサンだよな。


 しらふで酔っぱらいの相手をしているのも馬鹿馬鹿しくなってきた。せっかく超お高い日本酒が並んでるんだし、今日は少し飲むか? うかうかしているといい酒から飲みつくされてしまう。


 飲む前にまずは軽く腹ごしらえだな。空腹にいきなりアルコールは悪酔いするからな。


 寿司桶からマグロの赤身の握りをつまむ。む、この味は瓢瓢寿司か。

 

 料理人の爺さんを見ると目を逸らした。いや、別に出前を頼むのは悪いことじゃないと思う。というか、いきなり押しかけられたんじゃ仕方ないよ。

 瓢瓢寿司ならこのホテルの寿司屋の中じゃ一番だし、ルームサービスでも頼めるからセキュリティ上も問題あるまい。

 

 爺さんが寿司も握れるのは知っているけれど、本職はフランス料理のシェフだしな。モチは餅屋と言うぐらいだし、寿司は寿司屋だよ?

 

 ハマチ、タイ、ヒラメと白身魚を攻めながら、吟醸酒のいい奴をちびりちびりと楽しむ。時期が悪いのか、光り物が見当たらないなあ。旬の青魚には高級魚では味わえない野趣があるんだよ。たった数カ月の贅沢で、俺も随分舌が肥えてきたもんだ。

 

 以前爺さんが作ってくれた柿の葉寿司をまた食べたくなってきた。故郷の郷土料理だそうで、素朴ながら柿の葉の香りとサバの脂のハーモニーがなんともいえないんだよ。

 サバって魚はあれでなかなか侮れないところがある。当たりはずれは大きいが、当たると満塁場外サヨナラホームランって感じだ。


 そろそろまたいつもの場所に釣りに行きたいな。春の夜釣りは何が釣れるんだろうか?

 

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