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俺のロボ  作者: 温泉卵
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自由落下が言葉通りわりと自由だった件

「ヒャーーーーーーッホウッ」


 別にテンション高いアメリカ映画のヒーローの真似をしているわけではない。宙返りのタイミングを確かめているだけだ。

 

 ホウッの瞬間に逆上がりの要領でリンクスの脚を振り上げて回転の勢いをつけるわけだが、前作よりフライトユニットの性能が上がっている気がする。なんとなく体が軽い感じ? みたいな。

 

 ちなみに樺太で使わせてもらったシミュレーターだと戦闘機の宙返りに掛け声なんて必要なかった。ジョイスティックを引くだけで機体は自由自在に反応し、宙返りだって背面飛行だって思いのままだった。空中機動ではリンクスは戦闘機に負けてるってことだな。


 まあ、ロボの戦場は地上だしな、大地を踏みしめる足は飾りじゃないんだ。フライトユニットはとってつけたような翼だし。飛行というよりジャンプの滞空時間を引き延ばしているだけだからな、バッタみたいなもんだよ。


 飛行中はバックパックとして装着したフライトユニットにぶら下がる形になるから、パラシュートみたいなもんだ。戦闘機なんかと違って安定し過ぎて宙返りが難しいんだよ。

 当然運動性能はかなり悪いから、こいつで飛行中にビームを回避したりするのは少々コツがいる。

 

 でも長距離移動の際には飛べると何気に便利ではある。ガトIIはミッション中に装備品をインベントリに出し入れできる仕様になったから、敵がいない時だけ使えばいいのさ。

 

 オークションでフライトユニットの予備を手に入れたからなんとなく実体化してみたら、結構マテリアルを使ってしまった。

 カニメカが出没するようになってからは以前のような乱獲はできなくなったから、一週間分くらいの稼ぎが消えたかな?

 マテリアル換算だとこのフライトユニットは数兆円の価値があることになるのか……まあ、お金なんてただの数字だし、今のところ買いたいものもないし。

 

 

 本物の飛行機の操縦はシミュレーターの案内をしてくれたパイロットのお姉さんから聞きかじった。空物のゲームもいくつかやったことはあるからだいたいわかる。

 

 基本的にはピッチとロールとヨーだけ覚えておけばなんとかなるみたいだぞ?

 

 ピッチは機首の上げ下げで、ロールはドリルアタック的な回転だ。ヨーは普通に左右の動きなんだが、俺はあまり使わない。曲がりたい時はなんとなく機体をロールさせてからいい感じに引き起こしている。

 

 まあ、リンクスは飛行機じゃないんだし、好きなように飛ばしてみてコツを掴んでいけばいいさ。


 踏みしめる大地がなければふんばりが効かないのは当然だ。回避が難しいだけじゃなく、切り払う時も剣に振り回されてしまう。


 でもまあ、文句ばかり言っていては何もできない。剣に振り回されるならそこまで計算して振ればいい、何事も練習だ。

 

 ガリーナがやっていたように手足を動かして重量バランスを動かすだけで回転速度を変えることもできるしな。翼の動きだけで考える必要はないんだよ、失速を恐れるな。墜落じゃなく自由落下だと考えればいいさ。

 

 

 飽きもせず宙返りを繰り返すうちに、何かが掴めたような気がする。最初は難しかった機動でも慣れれば無意識にできるようになる。子供が自転車に乗れるようになるのと同じだ。

 

 空中で両手剣を振り回すのも実は地上より簡単だしな。自由落下状態だと実質無重力みたいなもんだし。これは超スゴい必殺技を考えるチャンスだぞ、無重力の力を借りて今必殺の月面殺法!……とかそういう感じのをやってみたい。

 

 あまりのんびりやっているとすぐに地面に叩きつけられてしまうし、とにかく空中ではテキパキ動かないといかんよな。まあ大技でも剣技に普通一秒もいらない、問題は空中でチャンバラに付き合ってくれる相手がいるかどうかむしろそっちだな。


 俺は“ガーディアントルーパーズ”最強の剣士だとされているらしいし、その自負もある。問題はその剣士がほとんどいないことだ。ライバルがいなきゃそりゃあ独り勝ちだよ。


 技の研究も大事だが、どんな機動が可能かも徹底的に検証しておく必要がある。風の向くまま気の向くまま、とにかく飛び回る。何事も手探り状態のこういう時間が一番楽しいかもしれない。


「あーごめん、今のは俺の操作ミス。もうちょい右にシュワーって感じにいきたかったんだ」


 イメージ通りの機動ができるまで何度も繰り返す。試行回数が増えれば増えるほど、俺のやりたいことをベティちゃんが読み取って適切にフォローしてくれるようになる。


『ところでお弁当は食べないんですか?』


 何? もうそんな時間か。あんなに楽しみにしていた弁当だが、なんか食べるのもめんどくさいな。俺は不器用だから、一つのことに集中している間は他のことがしたくなくなるんだよ。

 

 かといって昼飯が遅いと夕飯が食えなくなる、それはマズイ。


 料理人の爺さんはあれでなかなか替え難い人材だ。金を積めば他にも腕のいい料理人は見つかるだろうが、俺はあの爺さんがいい。

 テロリストに襲撃された時もさほどうろたえてなかったし、肝が据わってるんだろう。リンリンのつまみ食いを叱り飛ばせる命知らずはそういない筈だ。

 

 とにかく爺さんの機嫌を損ねるのはマズイのだ。それに弁当を飯時に食べないのは作ってくれた人に失礼というものだ。

 

 あの爺さんは食べる時間までシビアに計算して調理してるからな。冷や飯というのは時間経過でどんどん味が変わっていくし、揚げ物とかも何でもそうだ。達人の腕にかかれば、炊き立てより美味しい冷や飯も存在し得るのだよ。

 弁当のことを考えるとやっぱり腹が減ってきた、着陸して昼飯にするか。

 

 いつもの高台に降りて弁当を食っていると、今日もタケバヤシ達がカニメカにボコられているのが見える。あいつらは一番簡単なチュートリアルミッションを受けてるみたいだが、それだと初期位置があの辺の場所になるみたいだ。


 ガトIIはどうもオンラインゲームであることにこだわりがあるらしく、ミッションの種類に関係なく同一ワールド上で同時進行するシステムのようだ。

 サーバー上に常にワールドは存在し、全てのプレイヤーはその中で行動することになる。


 他プレイヤーとの協力や妨害も楽しめるってことなのだろう。その手のゲームは結局は足を引っ張り合う殺伐としたものになるんだけどな。


 洋モノのオンラインゲームなんて、ほとんどのタイトルが世紀末ヒャッハーなプレイを楽しむプレイヤーで溢れている。ゲームシステムの問題ではなく、プレイヤー達がそう望むからだ……というのはタテマエで、PK行為を禁止していない時点で開発側も絶対確信犯だよなあ。


 アメリカじゃ犯罪調査のためにネトゲの履歴を調べたりしているらしいから、日本もそのうちそうなるだろう。

 国産ゲームが今後殺伐としていくかどうかは、プレイヤー達の選択次第だろうなあ。


 このゲームはビリー氏の趣味嗜好が最優先だから、その辺はお好きにやってくださいとしか言えない。

 その方が最終的に、不特定多数のプレイヤーに媚びるより一本筋が通ったゲームバランスにはなるだろう。俺はそういうのも嫌いじゃないぞ。

 


 タケバヤシ達は全滅の最短記録を更新したかもしれない。それにしてもあいつら弱いな、やる気あるのか?


 奴らの尊い犠牲のおかげで森に潜んでいるカニメカ達の位置がわかったし、せっかくだから食後の腹ごなしに何匹か狩っておくか。ミッションクリアに必要なマテリアルもついでにゲットだぜ。

 

 せっかくフライトユニットを装備しているので上空から急襲してみようと思う。イメージするのはネズミを狩る鷹だな、実際に見たことはないけどな。


 釣りの邪魔をしてくれるカモメやカラス達なら間近で嫌というほど観察しているからよくわかる。釣り上げた魚だけじゃなく、釣り餌やルアーまで盗んで行くイタズラ者達だ。こちとら針で怪我をしないか心配してやってるんだが、少し目を離すとやりたい放題してくれる。

 ある意味奴らの飛行能力もすごいことはすごい。それ程スピードは出てないように見えて、サッと獲物を掻っ攫って行く。フワッと来てトンと舞い降りてサッと飛び去る、勢いを殺さずにフワットンサッだ。


 やっぱり鷹だと具体的なイメージができなかったので、カラスでいってみるか。フワットンサッでイメージトレーニングだ。よし、いけそうな気がする。


 扱いやすいバスターソードを右手に装備し、一番近くのカニメカを狙うことにしてシュタッとジャンプ。一旦高度をとってから逆落としに急降下。気づいたカニメカがレーザーを撃ってくる。その程度の攻撃……!!


 おいおい嘘だろ……どうやら奴らは仲間同士で通信しているようで、周囲の森から一斉にビームやらレーザーやらが打ち上がってくる。百匹近くいるんじゃないか? こんなに沢山隠れてたのかよ。

 

 空を飛ぶことの最大のデメリットは遮蔽物がないことだよな。地上だったら地平線の向こう側にいる敵からレーザーで攻撃されることはないんだが、高度を上げるとその地平線がずっと遠くに行ってしまうからなあ。

 

 遠距離レーザーは威力が減衰するし、ビームも疲れたようにぐにゃっとなって逸れていく。それでも数が集まると油断ならない。

 

 この手の数うちゃ当たる的な攻撃は一番嫌いだよ。回避しようにもそもそも狙いがアバウトだし、結局運次第なところがある。

 なんとなく勘で動いて避けているが、別に回避しなくてもそんなに変わらない気もするよな。


 広範囲に拡散して降り注いでくる遠距離ビームはどう動いても完全回避は無理だな。へろへろの残りカスみたいなもんだし、バリアーでかなりダメージを軽減できてはいる。それでも累積していくと馬鹿にできない。

 

 こういう時は無理しない方がいい、攻撃は諦めて急いで高度を下げる。地平線が最強の盾になる。

 

 周囲の地形を確認しながら大地を蹴ってカニメカに突撃する。地に足がついてればこちとら回避も切り払いも思いのままなんだよ。

 

 いとも簡単にコアをほじくり出してマテリアルを回収。しかしそこではたと気がついたよ、これではいつもと変わらないじゃないか。なんか負けた気がするぞ。


 不覚にもパニクって地上に逃げてしまったが、冷静に対処すれば空からの急襲も不可能じゃない?

 よし、もう一度チャレンジだ。心の準備さえできていれば今度は気合でなんとか……なるだろうか?

 ええい、あれこれ考える前にもう何回か失敗してみるのもいいさ。次の獲物を狙って上空に飛び上がる。


 あれ? 全然撃ってこないぞ。それなら遠慮なく狩らせてもらうぞ、いいのか?

 

 急降下に移った瞬間、殺気を感じて慌てて上空に逃げる。危ない危ない、何十本ものビームが交差しあって光り輝く粒子の渦ができている。もうちょっとであそこに飛び込むところだった。

 

 リンクスを追いかけるように無数のレーザーが振り回されてくるが、ぐわっとロールで回避してみる。リンクスの動きに正確に追従できていないようで、少々当たるも一瞬かする程度でしかない。


 ふむ、二手三手先を読んで動けばなんとかなりそうだ。まぐれ当たりでチマチマ削られるのは諦めるしかないか。


「もうちょいバリアーが効いてくれたらこの程度は無視できるんだけどな」


 累積していくダメージ。変則的に動いて回避しているから深刻な被害はないが、腹が立つのは敵が適当に撃ったのに当たってることだな。牽制球で削られるとは、俺もまだまだだぜ。

 

『全方位から攻撃されていますから、バリアーを偏在させるとかえって危険です』


 リンクスの周囲には常時薄いバリアーが展開されているが、これをピンポイントに集中させることで防御力を上げる裏技がある。ただしその間にバリアーをなくした部分に攻撃を受けると大ダメージだ。確かに今の状況だと却って悪手になりかねん。

 

「そういうのじゃなくて、余剰エネルギーをもっとバリアーに回せないか?」

 

 俺があまり無駄遣いしないこともあり、リンクスには慢性的にエネルギーが余っている。フライトユニット使用時はそのおかげで随分飛行時間が延ばせるんだが、長時間飛んでも的になるだけだしな。

 

 無い物ねだりなのはわかっている、ちょっと言ってみただけだ。


 突然モニタにカットイン映像が入り、黒いキューブがくるくる回りながら出現したと思ったらカリッと割れる。

 カッコいい演出のつもりなんだろうが、唐突過ぎて攻撃されたのかと思った。咄嗟に回避しようとパニクってしまったじゃないか。

 

「なんだよ今のエフェクト?」


『ブラックボックスが覚醒したようです。余剰エネルギーでバリアーの追加が可能になりました』


 なんだよ、こんな時にそうくるかブラックボックス!!

 

 俺はあくまでベティちゃんがエネルギーをやりくりできる範囲でなんとかならないかと言ったつもりだったんだけどな。

 

 試しにバリアーを追加してみると、エネルギーゲージが一気に減る。


 確かに便利そうだが、これって通常技の範疇だよな。絶対無敵バリアーだっけ? タケバヤシのはもっと超必殺技っぽかったぞ。

 

 いや、逆に考えろ。一日一度しか使えない大技より、いつでも使用可能な小技の方が実用的じゃないか?


 回避できないと思った時に一瞬だけ使えばエネルギーもケチれるしな。ケチケチバリアーだ。

 

『名前は何にします?』


 ケチケチバリアーと思わず言いそうになったが、ベティちゃんはふざけたネーミングは嫌いみたいだしな。

 

「えっと……おまけバリアー」


 なんかもっとファンタジーっぽいカッコいいのをフッと思いつきそうだったんだが、ビームを避けた拍子に全部忘れてしまった。神々しいくらいに強そうで、それでいて親しみの持てるいい感じの技名だったんだけどな。


 まあいいか、そのうちまたいいのを思いつくかもしれない。それまで暫定的におまけバリアー(仮)ってことでいいか。

 

「おまけバリアーをもっとこうグウァーっとピンポイント的に操作できないかな? 余ってるボタンはもうないけど」


 同時押しの組み合わせでなんとかする手もあるが、俺はあんまり好きじゃない。奥歯でスイッチとか足指ボタンとか、ハードウェアで対応して欲しいな。


『聴覚神経から脳波を拾ってイメージ誘導できそうです』


 ああ、あれか。脳波誘導は樺太のラボでちょっと試した。頭の中に何か物体をイメージして、その方向に視線を向けたり耳をすませたりすると、スクリーンのマーカーがちゃんと移動するんだよ。

 照準をつけるような精密な操作はまだできないらしいが、おまけバリアーの制御にはちょうどいいかもしれない。

 一体いつの間にゲームに組み込まれてたんだろう? ビリー氏は新し物好きだよな。

 

 聴覚神経ってことは、ビームの音が聞こえるのをイメージすればいいな。実際の効果音は雷みたいにゴロゴロとかなり遅れてくるから、頭の中でもっとカッコいいのを想像してみる。アニメ風にビュワワーッって感じでな。


 慣れるまでちょっと大変だったが、上手く使えた時はフローティングシールドみたいでカッコいいぞこれ。


 アニメっぽく六角形のパネル状にしたかったんだけれど、そこまで細かい制御はできず円形になった。まあ、実際にはバリアーは不可視でカッコつけても意味ないわけだが。


 いや、待てよ。バリアー自体は見えなくても反射させたビーム粒子の輝きは見えるわけだ。小さな円形のおまけバリアーを等間隔にビッシリ配置してビームを受けると、ハチの巣っぽいエフェクトがちゃんと浮き出る。うーん、カッコいいじゃないか!!


 あとはビームを受ける時に空いた方の腕をそれっぽくかざすと、まるでリンクスが魔法を使っているみたいに見える。これはいいぞ! 完璧に練習してから誰かに見せたいな。

 

 縦横無尽に飛びながら弾幕をかいくぐっているうちに、空中での姿勢制御のコツもわかってきた。ガリーナのやってたスケート選手の術も意識してできるようになった。

 

 手足を曲げ延ばすより、長くて重い剣をバラストに使った方が効果的に姿勢制御ができる。ただ、手足のように関節がないから角度とかに工夫がいる。

 

 柄が長い武器なら、持ち手を滑らせることで自在に扱えそうだ。ポールウエポンか……棒術もいいな。

 

 そういえば関節のついたゲテモノ槍や、ジャバラ剣みたいなのもあったよな。ああいうネタ武器が、ひょっとすると空中戦での姿勢制御に役立つかもしれない。

 一度使ってみたいな、早速この後でオークションを覗きに行こう。

 

 

 いい感じで空中戦のコツが掴めかけてきたところで、何故かピタッと攻撃が止まってしまった。


 わざと頭上を飛び回って挑発してもカニメカ達はただ逃げ回るだけで、ほとんど反撃してこなくなった。何故だ? 戦闘ルーチンにバグでもあるのか?

 

 逃げの一手を選ばれると一方的に狩れて安全ではあるんだが、時間効率は悪いな。一匹倒している間に他のはさっさと逃走するか隠れてしまう。さっきまでとはうって変わって薄情だなおい!

  

 何となく隠れてそうなところを勘で探してみるか。どうやら森の木々が生い茂っている場所や、大きな岩の陰なんかに手足を小さく縮めて隠れているようだ。本当にカニやクモみたいだ。


 仮死状態のようになってじっと動かないでいると、リンクスのスキャナーにもほとんど反応しなくなる。アクションゲームとしては敵のこの消極的な反応はどうかと思うな。

 

 戦闘パターンが変わってからは、一匹見つけるのに下手すると1時間近くかかるようになってしまった。もはや別のゲームだよ。

 昆虫採集でレアな獲物を探しているみたいでこれはこれでちょっと面白くはあるんだが……なんかリアルで潮干狩りとか行きたくなってきたな。魂の中で眠る狩猟本能が刺激されたのかもしれん。

 

 そんなこんなで作戦時間が終わってしまう。今日はいろいろあったせいで、プレイ時間がいつもよりずいぶん長く感じた。そして疲れた。



 さて、次はオークションだったな。

 

 幸いなことにオークションは最近異様に盛り上がっている。強気の価格設定が多いようだが、ありとあらゆる武装が出品されるようになった。

 

 俺が探している関節つきの槍はフレイルスピアというらしい。フレイルス・ピアじゃなくってフレイル・スピアなのか……三節棍の両端に槍の穂先をつけたように見えるな。昔のアニメのスーパーロボとかが好んで振り回してそうなデザインだ。

 見た目のせいか案外安く出品されているのが多い。相場が安いなら今のうちに一ダースほど買っておこう。

 

 ポールウエポン系は全般的に安目なので、他にもジャベリンとか色々買い漁る。俺が今まで興味がなくて知らなかったのか、それとも最近武器が追加されたんだろうか?


 たまにはまた前作をプレイするのも面白いかもな。ガトIIに慣れた後だとモーションが嘘くさくて気になるが……いや、ガトIIが異常にリアル過ぎなんだけどな。

 

 ネタ武器として以前から有名だったジャバラ剣は三本出品されていたがどれも高い。最大耐久値が新品でも5しかないとか、ネタ武器と言われるわけだよ。下手したら一撃で砕け散るよな。まあ、三本とも即決価格で落札するんだけども。

 

 ゲームのアイテムが十億円以上か、冷静に考えるとおかしな話だよ。

 

 それにしてもアイテム名がまんま『ジャバラ剣』なのか。なんとも潔さを感じるネーミングセンスだな。

 

 他に、銃や盾なんかもまだ持っていないのがあれば買っておく。リンクスが使えない専用武器でもお構いなしに落札する。もはやコレクターだ。

 

 結局、日本円で二百億くらい使ってしまった。いやはや、馬鹿だと思うがまあいいだろう。今日の稼ぎだけでも遥かに多いんだし。

 俺にもお金持ちのビリー氏の気持ちが少し理解できた気がする。

 

 面白いのはオークションでこれだけ大金が動いても課税対象にならないことだ。そもそもゲーム内通貨でアイテムを買っただけで税金がかかる方がおかしいのか?

 

 

 筐体から出てゲーセンの中をふらふら歩く。一気に大金を使ったせいか高揚感がある、いつになくハイな気分?

 

 カジノ特区はゲーセンまで華やかだ。バニーなコスチュームのお姉さんやアンドロイド達がシャンパングラスを乗せたトレイを片手に徘徊し、熱に浮かされたプレイヤー達が賭け勝負に一喜一憂している。


 初めてカジノを見た時はその異様な雰囲気に圧倒されたもんだが、慣れてしまえば普通だな。


「華やかに見えてここは地獄の釜の中、一生かかって破滅するか一晩で終わらせるかの違いでしかないぞ。愚策、愚策、政府の主導というのがなんとも愚かしい。真理とは単純にして明快なり、拙僧の言葉に耳を傾ける善男善女のみが救われるであろう」


 宗教活動か……破滅した人間は藁にもすがるからな、カジノはいい狩場なんだろう。身ぐるみはがされた人間からさらにむしり取るなんて、三途の川の奪衣婆もびっくりだな。

 

「やあ、柿崎さん。相変わらずのご活躍で羨ましいですな」


 馴れ馴れしいな誰だよこいつ? あ、生臭坊主じゃないか。いいスーツを着ているんで普段の十倍増しで詐欺師っぽく見えるぞ、袈裟着ろよ袈裟。それにしても本当に宗教活動までやっていたとはな。

 

 面倒くさいのと会っちまったよ、勘弁してくれよ。

 

「失礼しますよ、この後人に会う約束があるもんで」


 そう言って立ち去ろうとする。爺さんが夕食を用意して待っててくれてるんだから、約束があるのは嘘じゃない。

 

 警備会社の設立に向けて準備中のガリーナ達と、アドバイザーのナンシーもどうせ一緒に食べると思う。わりと真面目に仕事関係の食事なわけだし、交際費で処理できるんじゃないかな。

 

 リンリンも食いに来るんだろうと思うが……あいつだって一応社長だよな。従業員は一人だけど。

 

「拙僧も大事な約束が目白押しで控えておるが、それはそれこれはこれ。先送りにできない重要な案件ですぞ」


 五分だけだと喫茶店に連れ込まれ、結局延々とタケバヤシの悪口を聞かされる。カニメカが出るようになってから負け続きらしい。

 スコアポイントの換金ができないと、愛人を何人も囲っているためやっていけないとのこと。そんなこと俺に言われても知らんぞ。

 リンリンやガリーナ達を俺の愛人だと勘違いしているようだな。彼女達は立派なボディガードだからな、色ごと抜きだが役に立つ。まあそんな話をわざわざこいつに説明する必要もあるまい。

 

「近々マテリアルを借りられるように仕様変更が入るという話は知らんでしょう? そうなれば我々も強力な武器が手に入る。柿崎さんの独り勝ちもそれまでですな。だがあのタケバヤシとはもう一緒にやっていけないと思っている。どうです、拙僧と一緒にやりませんか?」


 ガトIIの場合、マテリアルが手に入らないとジリ貧な仕様だし、救済措置としてはまあ妥当か。独り勝ち云々はどうでもいいことだが、またうるさい奴らが調子に乗るな。

 

「戦闘は柿崎さんにお任せします。拙僧は皆が納得できるようにマテリアルを管理、分配しましょう。二人三脚というわけですな。なに、教え導くのが僧侶の務め、徳の高い拙僧がリーダーになる以上全ては丸く収まる」


 いきなりぐいぐいマウンティングしてくるなあ、俺はまだ参加するとも言っていないのに気が早すぎるんじゃないか? ただ、これくいらい押しが強い奴じゃないとリーダーにはなれないのかもしれないとも思う。

 

 リーダーなんて面倒だし、やりたい奴に任せときゃいいか……と、以前の俺なら思ったかもしれない。

 

 だがソロでやると決めたからな。一人でやればマテリアルも総取りだから、分配の方法なんて気にする必要もない。

 

「こっちは一人でやらせてもらいますが。そっちもまあ、上手くいくといいですな」


「やれやれ、あんたもタケバヤシと同じで我執にとらわれてるようだな! 地獄に落ちる輩というわけだ。仏の顔も三度という。せいぜい三日天下を楽しんでいるといい」


 これ以上ぐずぐずしていると夕飯に遅れてしまう。俺は自分のコーヒー代をテーブルに置いて立ち上がる。

 

「調子に乗っていると後悔しますぞ、人脈というものをあまり舐めない方がいい」


 なんか言ってるが訳が分からないな。裏社会とのコネクションをひけらかして脅しているならナントカ法で一発アウトなんだが、なんとでもとれる言い回しだよなあ。

 

 

 エレベーターに乗るとほっとした。生臭坊主ごとき所詮はただのザコなんだが、あいつと話していると不愉快というかメンタルにくらくらとダメージがくるんだよな。


 裏の世界のことならリンリンに聞くのが一番だな。幸いというか案の定というか、やはりちゃっかりと晩飯を食いに来ている。食堂の方からなんかブーケガルニのようないい匂いがしてるな。

 

 今夜のメニューは何というか……イタリア風麻婆豆腐? みたいな奴だ。爺さんの奴、麻婆豆腐にトマトソースを大量にぶち込みやがったな。これがまた妙に美味いからなんか悔しい。

 

 細切りのピーマンとバジルが入っているせいで、なんかピザでも食ってる気になる。

 

 藁苞に入った妙に太った瓶が並んでいる、トマトによく合うワインらしい。

 ガリーナが注いでくれる、舌に心地よく冷やされた赤ワインがやたら美味い。

 

「こういうお酒って、私達のお給料より高そうね」


 マーシャが少しビビりながら、それでもガブガブ飲んでいる。

 

「こいつは大して高くはないが、お前さん達ボディーガードなんじゃろ? 酔いつぶれちゃ仕事にならんぞ」


 爺さんは偉そうに言いながら自分は酔いつぶれる気満々だ。今夜も泊まっていくつもりだろうな、後片付けはアンドロイド達に任せておけばいいので気楽なもんだ。

 考えてみればアンドロイドの恩恵を一番受けているのがこの爺さんだ。でも確かに便利だよな、リンリン達がどれだけ散らかしても翌朝には完璧に整理整頓されている。

 全ての人類がアンドロイドに依存するようになるのも、もはや時間の問題といえるだろう。


「これくらいならロシア人には水みたいなものですよ。ねえ」


 オリガは顔色一つ変えずに、すでに一瓶空にしている。確かに三人娘は酒代がかかりそうだな、そのくらい別にいいけど。

 

 リンリンは珍しくあまり飲んでいないな。どんぶりに麦飯をよそってもらって、その上にイタリア風麻婆豆腐をぶっかけてかきこんでいる。

 いささかお行儀が悪く見えるが、真似してみると美味かった。俺は白米の方が好きなんだが、わざわざ爺さんが用意したってことはそういうことだ。

 麦飯は納豆とかにも合うし、結局食べ方次第で化けるんだよなあ。

 そうか! これに納豆を投入してもいいかもしれない。ますますカオスになるが、トマトと納豆菌の新しい出会いに乾杯だ。


「美味し過ぎるでしょ! 絶対何か特別な材料を使っているわ。特別なお豆腐とかトマト?」


 オリガが爺さんを問い詰めている。豪華な宴会料理とかじゃないからかえって驚かされるよな。料理をちょっとでもする人間ならこの凄さがわかる筈さ。


「ガハハ、わしの腕にかかればその辺の材料でも超美味くなるがな! 年季が違うのよ、年季が」

 

 調子がいい爺さんだ。若い娘達に囲まれて鼻の下を伸ばしてやがる、スケベジジイめ。


 

「そういえばさっき坊主の奴に脅されたんだが、あいつはどこのマフィアと繋がってるんだ?」


「坊主? ああ、あの馬鹿ね。チャンのところの鉄砲玉だと思うわ。男色繋がりよ」


 さすがはリンリン、情報はきっちり押さえているな。

 

「怖いもの知らずの馬鹿は馬鹿な事するから万一が怖いわよ。念のために始末しとく? 私達の初仕事ってことで」

 

 ガリーナは偉いな、さっきから酒を一滴も飲んじゃいない。飲んべえのロシア人なのに、プロ意識があるんだな。

 

「どうせなら馬鹿には弾けさせた方が面白いわよ。ダンナがチンピラ相手に遅れをとる訳ないし、チャンの奴に貸しを作れるのは悪くないわ」


「チャン大人って、チャイニーズマフィアの最大手よね?」


「あいつは馬鹿じゃないからね。政界の大物を裏で操ってるし、そこそこ使える奴よ」


 よくわからんが、俺が囮になるのは決定事項のようだ。銃を持ったヒットマンが来るんだろうか? 普通の拳銃でも避けるタイミングを一瞬ミスったら死ぬんだぞ、勘弁してくれよ。

 チャンってボスに部下が暴走しないように頼めばいいだけの気がするが、リンリン的にはそういうのは嫌なんだろうな。


 暴れなくて当然なのにこちらから金を渡してしまえば、次からは暴れないでおいてやるから金をよこせって話になる。


 むしろ鉄砲玉が暴れたら、管理不行き届きをネタにマフィアのボスを強請るくらいの方が舐められなくていいとのこと。


 理屈はわかるんだが、狙われる俺が危険で危ないじゃないか。


 しばらく酒は控えた方がよさそうだな。飲んじゃダメとなるとますます美味く思えてくる、もう一杯くらいなら大丈夫じゃないか? だがその一杯が命取りになるかもしれん。

 

 俺の葛藤を見透かすように、ナンシーがニヤニヤしながらチビチビやっている。小娘め! こいつ将来は絶対とんでもない悪女になるな。

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