蟹交戦
爺さん特製のランチボックスを片手に、意気揚々と俺専用のブースに向かう。
出勤時間は特に決められていないんだが、俺のスケジュールに付き合わされるアリサちゃん達の都合もあるだろうし、なるべく八時半出動にしている。八時間ミッションをクリアしても午後五時までに仕事終わりできるしな。
ゲームプレイ以外に特に何もなければ定時に仕事終わりだ。夢のようなホワイト労働だ。アリサちゃんから何か連絡がある日はその限りじゃないが、そんな日は短いミッションをプレイするか出撃そのものを見合わせればいいだけだ。わざわざ残業なんてしないしさせない。つまらないこだわりだと笑いたい奴は笑えばいい、俺にとっては大事なことなのだ。
別にノルマがあるわけじゃないし、毎日働かなくても問題ない契約だったと思う。働くっていっても基本はゲームするだけでいいプロゲーマーだ。時にはマスメディアに顔出ししたり軍隊に協力させられたりもするけどな。
最近は雑魚敵にワンパン入れるだけで、サラリーマンの生涯年収より稼げてしまう。いや、いろいろおかしいよ。ゲーム大会以降なんか俺は恵まれ過ぎている、目が覚めて全部夢だったりしても驚かないぞ。
ドアを開けて気持ちよくアリサちゃんに挨拶しようと思ったら、なんか嫌な奴がいた。なんでタケバヤシが俺のブースにいるんだ? 一瞬部屋を間違えたのかと思ったじゃないか。四つのブースは基本同じ構造だから、壁の数字以外はほぼ見分けがつかないんだ。密室殺人のトリックに使えるかもしれない。
アリサちゃんと目が合うと、さりげなく視線で合図された。どうもタケバヤシが勝手に押しかけて来たっぽい、業務関連じゃないから適当にあしらってよさそうだ。
そういえばアリサちゃんはいつの間にか俺の専属担当みたいになってる。タケバヤシは大人の女性が苦手だし、生臭坊主は女嫌いだから仕方がないか。ぷるりんちゃんは同性から嫌われるタイプだしな。
「おはよう柿崎君。今日から君にも朝のミーティングに必ず出席してもらうよ」
タケバヤシは何もなかったかのように普通に話しかけてくる。もしかして俺が根に持つタイプなんだろうか?
朝のミーティングと称して、なんか十時ごろにタケバヤシのブースに集合して話し合っているらしい。いや、俺は行かないぞ。そんな時間から8時間ミッションをプレイしていたら夕飯に間に合わなくなる。料理を準備して待っててくれる爺さんを残業させるわけにもいかないしな。
「ボクの指示にはちゃんと従うべきだと思うよ。これはオフレコだけど、どうやらビリー氏はこのボクを後継者に考えてるようなんだ」
ああ、その話か。俺も言われたけどな。ビリー氏は誰にでも同じようなことを言ってるみたいだな。
後継者って言っても、あくまでロボゲ好きな気が合う仲間って意味だからな。まあ、運が良ければゲーム関連事業の一部門を任されるくらいの大抜擢はあるかもしれないが。
世界一の大富豪のビリー氏の後継者になれるとか、本気で思ってたら夢見過ぎってもんだ。
「俺はソロでやりたいんだ。放っておいてくれ」
「やれやれ、いい大人なんだから少しは協調性を考えたらどうです? あんた一応長いこと社会人やってたんでしょ? 掃きだめみたいな会社でね」
掃きだめとは言い得て妙だな。だが、本当のことでも言っていいことと悪いことがある。こいつはわざわざ俺に喧嘩を売りに来たんだろうか? 買わないけどな。
「他人のプレイスタイルに口を挟むのはマナー違反だよ。俺は契約に従って仕事をするだけだ」
馬鹿の相手をするのは面倒なのでそのまま筐体に乗り込む。俺はこいつの先生でも上司でもないからな、わざわざ教育してやる義理もない。
タケバヤシは勝手に俺を部下だと考えているのかもしれないが、今のところそんな人事は聞いていない。
「待てよ。逃げるのか?」
無視されてキレたタケバヤシがガンガン叩き始めるが、ハッチを閉めてしまえば何も聞こえなくなる。廉価版のゲーセン筐体と違って、こいつはなかなかしっかり作ってあるからな。拳銃の弾くらいなら防げるかもしれん。
なんか最近タケバヤシは勘違いしているようだが、俺達の立場はアルバイトのテストプレイヤーに過ぎないんだけどな。備品を手荒に扱ったりしたら、後継者どころかクビになるぞ。
それにしてもあいつはいつビリー氏に呼び出されたんだろうか? 後継者と言われて舞い上がったのか? 世間知らずな若者がありもしない出世話に踊らされて調子に乗るのは前の職場でも何度でも見た。そういう奴は大抵いいように使い潰されるんだけどな。
後から話が違うといくら言ったところで、あの話はなかったと言われて終わりだ。一生懸命踊っているタケバヤシも、実は可哀想な奴かもしれない。
まあいい、気分を切り替えて『海峡探査vol.1』のミッションを選ぶ。こいつをワンプレイするだけで国家予算を遥かに超えるボーナスがもらえるんだよなあ。ろくに眠ることすら許されず、薄給で命を削りながら働いた日々は何だったんだろう? 世の中ってのは俺なんかの想像以上に理不尽なものらしい。
このミッションの出撃ポイントは毎回ランダムだが、遠くに見える山並みはいつもそんなに変わらない。初期位置がズレてもせいぜい数十キロってところかな? 別に同じ場所からのスタートでも特に問題ない気はするんだが、その辺はゲームデザイナーのこだわりなんだろう。
まずはクモ脚メカの通り道を探さないとな。最初の一匹さえ見つければ、あとはひたすら奴らの侵攻ルートを逆進して湧きポイントに向かうだけだ。
なんとなく気配でいそうな所はわかる。子供の頃は『虫取り柿崎』の二つ名で呼ばれたこともあるから、こういうのを探すのは得意なんだ。クモはあんまり捕らなかったが、ザリガニとか秋の味覚のモズクガニなんかはよく探したもんだ。
索敵範囲の外にいても、景色をじっと見ていれば隠れている獲物もちゃんと見える。早速近づいていくが、なんとなく違和感というか殺気? 最近はこういう虫の知らせは理由なしに信じることにしている。
一応念のために機体を半歩右にスライドさせたところで、ビームがすり抜けていった。嘘だろおい、とてもザコとは思えない強力そうなビームだ。
違和感の正体がわかったぞ、奴は最初からじっとリンクスを待ち受けていたんだ。索敵距離がリンクスより長くなければできない芸当じゃないか。本当にザコメカなのか?
形は似ているが、今までカモっていた普通のクモ脚メカより二回り以上大型だ。カナブンとカブトムシくらい違う。
見た目の最大の違いはビームガンらしきツノが生えていることだ。さっきの攻撃は見た感じジェミニのハイパーロマンキャノンにもそんなに負けていなかった。
こりゃあ、切り払うにしてもXキャリヴァーがいるかな。
インベントリから実体化させたXキャリヴァーを取り出す。ミッション中に武装を交換できて助かった。まさかこんな大物に出くわすとは想定外だからな。さすがに素手だとちょっと手に余るかもしれない。
やっぱりフィールドボス的な敵なんだろうか? レア個体とか変異体とか、まあなんでもいい。ありがち過ぎる仕様ではあるが、イレギュラーな敵ってのがそれだけゲーム的に面白いってことだ。
もちろんドロップアイテムも美味しい筈なんだが……マテリアルを沢山くれるのかな?
初見のビームだし、一応試し切りしておきたい。切り払えない特殊ビームとかいう設定も、まったくないとは言えないからな。
二射目のビームは回避しつつ切り払ってみる。射線上からリンクス本体を外し、Xキャリヴァーのリーチを生かして野球のバッティングのように剣を振る。
Xキャリヴァーのビームの刃に当たった瞬間、光の飛沫になって四散した。ビームソードでビームを切り払う場合はすっぽ抜けていくこともよくあるんだが、これなら問題なさそうだ。
ビームソードの中には、当たり判定が弱いのか切り払いが上手くいかないものも多い。そういう剣でも角度とか振るスピードとかを工夫すれば切り払いが成功することもあるので、ルールがよくわからない。
攻略サイトによっては、切り払いが成立するのは実剣のみと明記してあることもある。確かに実剣が一番確実で安心だが、その辺は俺に言わせればケースバイケースだな。
できれば全てのパターンの組み合わせで検証して欲しいもんだが、切り払いができるプレイヤー自体が少な過ぎて難しいみたいだ。コツさえつかめば簡単なんだけどな。
そもそも切り払いに言及しているサイトにしても、俺の切り払い動画を結構参考にしてたりする。最近はあまり前作をプレイしていないから、昔の俺の動画なんだけれど下手過ぎて恥ずかしい。
Xキャリヴァーであれば難なく切り払えることが判明したのは良かった。
ビームを払った反動でリンクスのバランスが大きく崩れる、先っぽの方で受けたからテコの原理が働いたのかもしれない。
物理法則的なリアクション全般が前作よりシビアになっている気がする。マニア向けのこだわりを感じる。
剣を斜めに突き出した姿勢のまま小走りで接近していく。こんな時プログラム任せでただ惰性で走ったのではブースト移動以上に隙ができるので、一歩ずつ気を張りながら丁寧に足を動かしていく。
こうしているとたまに俺が操縦してるのかベティちゃんが動かしているのかわからなくなる時があるが、人馬一体じゃなくって人機一体って奴だろうか? この境地に達するのは決まって集中力が高まっている時なので、まったく負ける気はしないな。
接近した勢いに任せてそのままレア個体を両断する。多分普通のクモ脚より耐久力も高かったんだと思うが、Xキャリヴァーの攻撃力だとどんな敵でも一撃だからよくわからない。
噴き出すマテリアルは結構多いが、コアを直接手に取ったわけじゃないので大半が漏れてしまってあまり回収できない。
なんだよこれ、普通のクモ脚の方が美味しいじゃないか。それとも何か? こいつも素手で倒してみろという俺への挑戦状か?
ピッピッと警告音が鳴ったので反射的に避けると、ビームが二本交差して通り過ぎて行く。惜しかったな、そっちは残像だ。
それにしてもお次は十字砲火かよ。至近距離でビーム同士が干渉したせいで、なんか小さな雷みたいのがしばらくパリパリしている。このゲームで無駄に演出が細かいのはいつものことだ。
今倒したのと同じ大型のクモ脚メカが二体、格好の射撃ポイントに位置取りしてリンクスを狙っている。
「なんだ、レア機体がまた二機かよ。全然レアじゃないじゃないか」
『レアではありませんね。すでに第一発見者であるタケバヤシ大尉によってガンナータイプと命名されています』
そのまんまじゃないか、ひねりがないネーミングだな。
飛び道具持ちが複数相手だと、考えなしに突撃するだけじゃダメになるな。まあ、今までがイージー過ぎたんだが、なんでいきなり難易度がここまで変わるんだよ?
俺が受けたのはいつもと同じ『海峡探査vol.1』のミッションだよな? バージョンアップにも程があるだろ。
そう簡単には俺にマテリアルを稼がせないつもりみたいだな。いいだろう、やってやろうじゃないか。
こんな場合は敵が同一軸上になるように位置取りするのが基本だ。上手くいけば後ろの敵からの射線が通らなくなるし、そうでなくても同一方向からの攻撃だと避けるのも切り払うのも楽になる。
Xキャリヴァーは当たり判定が馬鹿でかいから、ただいい角度で構えているだけで飛んでくるビームなんて全て斜めに弾くことができる。下手なシールドよりよっぽど便利だ。
そのままズンズンと敵に向かう。マテリアルは回収したいが、やっぱり一機目はXキャリヴァーでサクッと切り捨ててしまおう。連携してくる相手に二対一ではそれなりに難易度は高い、舐めプしてる場合じゃない。
残ったもう一機のコアをえぐりとるくらいならなんとかやれるかもしれない。さすがにあの装甲は手刀じゃ無理っぽいから、ナイフ系の武器に持ち替えるか?
戦闘中に武器のリストを眺めていると、突然目の前の岩がゆらりと動いて巨大なハサミが叩きつけられてくる。油断大敵だよな。
咄嗟にXキャリヴァーで防ぐが、考えてやったんじゃない。いつもの癖で反射的に体が動いた、俺の脊髄反射なのかそれともリンクスの学習プログラムによるものか? 今度時間がある時にベティちゃんに聞いてみよう。
今はこの乱入して来たカニメカをまず片付けないとな。そういえば前作でも初心者の頃にカニメカにはなかなか手こずらされた。単体でも攻撃力が高い上に複数で連携してくるのがとんでもなく厄介で、当時は理不尽な難易度のゲームだと思ったもんだよ。
背後からも殺気を感じてすり足で横に動く。ビーム? いや、レーザーがちょっと背中をかすめた。やはりカニメカはもう一匹いたか。しかも前作になかった飛び道具まで持ってやがる。
レーザー系はビームに比べれば威力は弱いが、弾速が超速いから先読みしないと回避できない。むしろ少々のダメージは覚悟して、あえて避けないって手も時には有効だ。
これで四対一か、しかもどうやらまんまと待ち伏せの罠に誘導されたようだ。
カニメカも前作より一回り大きくなって迫力が半端ない。透明感のある装甲は青くメタリックに輝いていて、いわゆるキャンディ塗装っぽい感じだ。いかにも珍しい海の生き物って感じだな、普通に地上を歩いてるけれど。
そういや初心者の頃はなんでカニメカに苦戦してたんだったかなあ? まだ一年も経っていないのに、大昔の出来事のようだ。懐かしいな、何もかも皆懐かしい。
あまり考えずにXキャリヴァーでスッと突きを繰り出す。当然ハサミで受けるかと思ったら、反応できなかったようだ。そのまま串刺しにして撃破。返す刀でもう一匹も即両断する。あれ? なんか、弱いな。
Xキャリヴァーの攻撃力はやっぱり高過ぎるんじゃないだろうか? 当てさえすれば大抵のことはゴリ押しできてしまう。間違いなくゲーム的に凶悪なバランスブレイカーだと思うんだ。近接武器全体の評価がそもそも低過ぎるため、Xキャリヴァーを下方修正しようなんて話も出てこないんだろうな。
大多数のプレイヤーは近接戦闘を嫌がるため近づくと逃げられる。だから近接戦闘の発生そのものがレアケースなんだよ。逃げる相手には大会の時も苦戦したものだ。
確かに自分の間合いで戦おうとするのは悪いことじゃないとは思うけれど、射撃が苦手な俺にとっては辛い状況だ。
幸いリンクスは機動力があるんでとにかく頑張って追いかけるわけだ。その状況だと相手は逃げながら撃ってくるわけで、その攻撃をなんとか掻い潜ってひたすら追い続けるわけだな……俺だけ別のゲームをしているとよく言われる理由だ。
それを考えるとカニメカの待ち伏せ作戦はなかなかのもんだ。ただ追い回す俺より余程頭がいい。Xキャリヴァーを持った相手に近接戦闘を挑んだのはお馬鹿さんだけどな。
「今のカニメカは普通の光学迷彩じゃなかったよな? 擬態とか保護色かな?」
あれ? 保護色と光学迷彩は同じことか? 以前見た動物面白映像では、イカやタコが色を変えて擬態するのを光学迷彩と同じだと説明していた。いや待てよ、解説の人が光学迷彩をよく知らなかったって可能性もあるな。俺だってだいたいの原理はふわっと理解しているが、説明しろと言われても困る程度の知識だ。やはりここは一つベティちゃんに聞くか……
『第一発見者であるタケバヤシ大尉によってクラブタイプと命名されています』
いや、聞きたかったのはそんなことじゃない。それにしてもカニメカだからクラブかよ、何でも英語を使えばカッコいいってもんじゃないぞ。
せっかくの命名権を奪われるとは不覚だよまったく、俺がビリー氏に呼び出されている隙に何てことをしてくれたんだ。
「俺ならタラバガにしたんだがな」
カニメカのバリエーションが今後増えても対応できる妙案なのに、実に残念だ。ズワイガとかにしてもアニメの敵メカっぽくていいよな。
『いえ、カニメカでいいと思いますよ。分かり易いですし』
まあ、ベティちゃんなら全部カニメカでわかってくれるし、敵の名前なんて今更どうでもいいか。
ガンナータイプが残り二機、もうカニメカは隠れていないみたいだな。
近い方にブースト移動で急接近、ビーム攻撃はワイヤーアンカーで回避して、飛び降りながらXキャリヴァーで瞬殺する。
さて、残り一機だ。武器を持ち替えるか。
インベントリへの出し入れは便利なんだけれど、かなりのタイムラグがある。戦闘中だと利用できる場面は限られてくるよなあ。
ゲームバランスを考えれば、このぐらいの制約はあった方がいい。インベントリからロケットランチャーをどんどん取り出して連射とかされたら、俺がちょっと困る。
いや、そういえば実弾系の射撃武器はガトIIには持ち込めないみたいだぞ、少なくとも実体化可能なリストには一つも入っていない。ビームガンやプラズマカノンなどのエネルギー系はほぼいけるみたいだから、これもガトIIの仕様なんだろう。
インベントリ実装にあたって、無限ショットを防止するために後付けされたルールっぽいな。実弾系の兵器はミリタリーっぽい雰囲気が人気だったんだけどな。
俺としては、とりあえず実剣に関しては前作同様に使えるみたいだし問題ない。そもそも実体弾は弾代がかかるからほとんど使ってなかったし。
ガンナータイプ一機だけが相手なら素手でも倒せるかもしれないが、それはあくまで最終目標にとっておこう。まずは無理せずナイフ系の武器で戦ってみようか。
インベントリからソードブレイカーを取り出し、左手に装備する。そういえばソードブレイカーは一本しか持ってなかった装備なのに、ベティちゃんにお任せしていたら実体化されてしまった。
まあいいか、クラッシャーソード以外の装備はどうせオークションで入手可能なんだ。スコアポイントなら使いきれない程あるし、このミッションが終わったら久しぶりに前作のオークションを覗いてみるとしよう。
何度か戦ってパターンがわかってきたので、難なくガンナータイプにとりつくことができた。通常のクモ脚より装甲が厚くなっているが、基本構造はかなり似ている。
ソードブレイカーで上手くコアをほじくり出し、右手に持って胸部インテークに押し当てる。なんだよ、獲物が一匹ならなんとかなるじゃないか。
なんか次の集団がもう迫ってきてるな、休む暇もないようだ。新型のガンナータイプばかりで通常のクモ脚は見当たらない。
理解したよ、このゲームの開発スタッフは難易度調整が苦手みたいだ。
こうなったらあいつら全部ナイフ一本で相手してやるよ。カニメカもそれでなんとかなる気がしてきた……
『中破しちゃいましたね。ミッションを中断して帰還しますか?』
くそ、カニメカを十匹くらい倒すまでは上手くいってたんだよ。カウンター気味に、突き出されるハサミを紙一重で避けつつ、相手のコアをくり抜くのはそこまで難しくなかった。
ソードブレイカーが欠けてしまったのはたまたま運が悪かったからで……いや、それも俺のミスだな。
「先が折れたけど、修復できるかな?」
『ソードブレイカーの自己修復機能はまだ生きています。100時間以上は必要でしょうが』
四日は使えないってことか。コアのくり抜きに使えそうなナイフ系の武器を、予備も含めて一ダースほどオークションで買い漁ってみるか。
右肩をざっくりやられて中破したリンクスのダメージは、半日くらいで治るみたいだな。武器より本体の方が回復が早いってのが笑える。まあ、リンクスの自己修復速度は全機体中トップクラスみたいだしな。
それでも半日ってのが中途半端だ。このミッション中には間に合わないじゃないか。
ミッションの中断はなんか悔しいし、とりあえず残り時間は無理せず偵察でもしておこう。ただの偵察でも油断はできないがな。ガンナーの索敵能力はたいしたもんだし、カニメカの隠蔽もリンクスに匹敵するくらい優秀だ。ザコ敵の癖に生意気だよな。
高台に登って爺さんに作ってもらった弁当を食べる。卵焼きにアジフライにゴボウの葉のおひたし、それに塩だけのおにぎり。見た目は超地味なのに口に入れると思わず笑ってしまう。爺さんの奴、ギャップ萌えを狙ってくるとはな。
プロの料理人ってのは大したもんだよ。最近は俺も趣味の一つとして料理を楽しんでいるが、腕の方はあの爺さんにまるで勝てる気がしない。下手の横好きで、プロになれる程の才能はなかったってことだな。
「ん? あそこにいるのはタケバヤシ達じゃないか?」
麓の方で何か動いているのが見えた。すかさずベティちゃんがズームしてくれる。かなり距離が遠いので空気が揺れてはっきり見えないが、サジタリウスとスキュータム、それにジェミニもいるな。
『映像補正しますか?』
「いや、だいたいわかるしこれでいいよ」
あと一口になったアジフライを真剣に味わいながら彼らの戦いを観戦する。ビームが飛び交ってるところを見るとどうやらガンナータイプと射撃戦をしているようだな。
アジフライにかけるソースは入っていなかったが、柑橘系の果汁が僅かに絞ってあったみたいだ。フライの衣にも醤油か何かで味付けがしてある気がする。冷めても美味しいのが肝だよなあ。
「ん? あいつら射撃戦で押し負けてるじゃないか?」
スキュータムが真っ先にやられた。サジタリウスも沈黙するとジェミニは……すかさずミッション中止でログアウトしたっぽいな。的確な状況判断だが絶対後で揉めるだろうな。
『クラブタイプ……カニメカのレーザー光を確認』
「釣り出されてまんまとカニメカの奇襲を受けたか? その前にすでに負けそうだったけど」
ザコ敵がプレイヤー機体より高性能ってのもなんか新しいよな。ゲームがヒットするかどうかは別として、間違いなく話題にはなるよなあ。
最後の卵焼きを飲み込み、残ったおひたしとおにぎりを口に放り込む。水筒のお茶で流し込むと米粒がはらはらとほぐれながら気持ちよく胃袋の中に流れ込んでいく。
言うことなしだな。弁当を開けた時は柴漬けもちょっと入れて欲しかったと思ったが、これほどの完成度、漬物の出る幕はどこにもないだろう。
なんかもうミッションをやめて帰還してもいい気がしてきたな。マテリアルはそれなりに回収できたから、これでも十分過ぎるくらいの黒字だし。
敵の巧みな連携もよくわかったしな。指揮官もいないのにあれだけ組織だった動きをされると不気味だが、本能で戦うハチやアリみたいなアルゴリズムなんじゃなかろうか。
ビリー氏は一体何と戦ってるつもりだろう? 俺にマテリアルを渡したくないから敵の思考ルーチンを高性能にするのはわかるが、ゲームは難しければ面白いってわけじゃない。
タケバヤシ達が持て余すようなゲームをクリアできるプレイヤーはそうはいない筈だ。ガトIIは確かに技術的には素晴らしいものがあるが、このままじゃとても売り物にならないよ。
時間一杯まで無理せずプレイしてミッションコンプリート。途中で何度か交戦はしたが、欲張らずXキャリヴァーでサクッと片付けた。倒すだけなら簡単なんだよ。
筐体から出ると、案の定というか隣のブースでは三人組がまだ揉めていた。あれからずっとミーティングしてたんだろうか? ご苦労さんというか、俺なら絶対参加したくない会議だな。そういえば朝タケバヤシが誘いに来たのも、カニメカの脅威を知って俺をぶつけるつもりだったのかもしれない。勝てないなら無理せず難易度の低いミッションを受ければいいだけの話じゃないか。
携帯端末に爺さんからのメールが来ている。ナンシーがアメリカのいい肉をお土産に持って来てくれたそうで、八時からすき焼きパーティーだそうだ。少し時間があるので、ホテルのゲーセンに寄ってから帰ることにする。
CPU戦を選ぶが、プレイはぶっちゃけどうでもいいな。ガトIIを経験した後だと前作はまるでオモチャだし、目的はオークションだ。ベティちゃんに手伝ってもらってチャッチャと片付ける。
しばらく見ないうちに相場がおかしいことになっている。レートは10ポイントが一円くらいだったよな? なんでギガ単位で普通に取引があるんだよ? 一ギガポイントって一億円相当ってことだろ?
「まさかタケバヤシ達がレアアイテムを買い漁ってる?」
『その形跡はあるようですね』
しまった、一足遅かったか。俺が情弱というか、こんなこと何ですぐ思いつかなかったんだろう。まあ、欲しい武器は一通りコレクションしていたから安心していたというのはあるな。
リンクス専用のフライトユニットまで出品されている。確かこれって俺のを含めても三つくらいしか存在してない筈だぞ。7ギガ即決ってことは7億円相当か、まあスコアポイントで買えるなら余裕なんだけどな。一度現金に換金すると税金とか法律とかがいろいろ面倒だけれど。
億なんて兆に比べれば大したことないよ? ここは大人買いだな。ついでに目についたよさげな武装を手当たり次第に落札していく。軍資金が潤沢だと買い物も楽しい。
前作だと倉庫枠の制限があるからむやみにコレクションできなかったが、ガトIIのインベントリは今のところ底なしだ。実体化してガトIIに送ってしまえば好きなだけコレクションできるじゃないか。目指せコンプリートだ。これは新たな楽しみを見つけてしまったかもしれない。
10ギガ程買い漁ってから適当にCPU戦を楽しんでホテルの自室に向かう。
すき焼きの匂いを嗅ぎつけたのか、ちゃっかりリンリンも来ている。桐の箱に入った大吟醸生の原酒とやらを土産に持って来てくれたようだ。日本酒はあまり好きじゃないんだが、このクラスになると問答無用で素晴らしいから困ってしまう。
酒は酔うほど飲まないことにしているんだが、たまにはいいかもしれない。
「なんやて? ゲームのオークションがおもろいことなってる?」
ナンシーが携帯端末に気をとられている隙に、ちょうど頃合いの肉をいただきだ。肉は食い切れないほどあるが、こうして奪い合って食うから楽しいんだよ。
いつもなら争奪戦に乗ってくるのに、今日はナンシーのノリが悪い。リンリンはひたすら食って飲むだけの平常運転。俺は白ネギと肉をバランスよく食うのが好きだ。豆腐とシラタキも大好きだ。
「いやあ悪い悪い。なんやうちの会社のゲームでこの一時間で何百億円って金が飛び交ってるみたいや」
一瞬俺のことかと思ったが、さっき使ったのはせいぜい十億円だし関係ないな。
「そりゃまあ、バブリーなこったな」
「あれよね。投機目的? みたいな」
「経済学的にわりと興味深い事象なんやけどね。チューリップ祭りもびっくりやわ」
チューリップ祭りとは、ナンシーもなかなか乙女チックなことを言うじゃないか。
梅の季節は終わってしまったが、桜やチューリップはいよいよこれからだ。のんびり花見に行くのもいいよなあ、社畜時代には夢にも思わなかった贅沢だ。まあ、護衛がないと行けないんだろうけどな。
それによく考えると一緒に遊びに行ける友達がいないじゃないか。
あれ? 俺って本当に友達がいないぞ。社会人になってからの友人なんてトリスキーさん達くらいじゃなかろうか。職場の人間関係を友人にカウントするのは俺的には違う気がしていたが、この際ありかもしれないな。