ソロすらも日々の糧
ソロはいい。他人にあれこれ指図されることなく、自分のことは自分で決めることができる。とかく浮世は住みにくいんだから、ゲームの中でくらい自由に生きてもいいじゃないか。
俺はここ数日、『海峡探査vol.1』というミッションばかり受けている。
作戦時間は8時間という長時間ミッションだが、それがいい。作戦目的はマテリアルの収集なので、既定の量さえ集めれば後は自由だ。
ただ、時間途中で帰還すると作戦中断扱いにされて任務失敗となる。周辺の探査も任務のうちってことなんだろうな。
タケバヤシ達はこのミッションは絶対選ばないだろうな。他のミッションに比べて大量のマテリアルを納品する必要があるのに、その割には報酬がしょっぱい。
何よりミッション失敗のペナルティがかなり重く設定されている。
といっても、マテリアルなんぞクモ脚メカを零距離で仕留めれば、馬鹿みたいな量が回収できる。俺にとっては納品用のマテリアルの多寡なんぞ誤差の範囲だ。
リンクスに8時間乗ってるのは、別に苦痛じゃないしな。仕事だと退社前の数時間は苦行だったんだが……いや、これも仕事か。それに前の会社じゃサービス残業は当たり前だったしな、定時に帰れるなら気持ちよく働けたのかもしれん。
8時間ともなると、当然出るものも出る。トイレがパイロットスーツ内臓のオムツなのには、最初はちょっと抵抗があったが、バキュームの使い方に慣れてしまえば大も小もかなり快適だ。
宇宙労働者の中には、何年もこれに似たスーツを着て働き続けている人達だっているんだしな。いや、むしろ俺のこのスーツの方が性能はいいと思う。宇宙勤務のブラック企業とか、刑務所よりひどいよな。絶対働きたくないもんだ。
でも、こんな高性能スーツは間違いなくゲーセンには必要ない。それ以前にゲームセンターで8時間ミッションってのがおかしいだろう。
家庭用ゲームでも8時間はちょっとどうかと思うぞ。
スタート地点からクモ脚を狩りながら進んでいくと、次第に海の方に近づいていく。奴らはランダムに彷徨ってるわけじゃなく、海の方から決められたコースの上を歩いて来ているんだ。奴らの足跡を調べて道の存在に気づいてからは、狩りが圧倒的に楽になった。
コース上で待ち構えていててもいいんだが、それも退屈なんで次々に破壊しながらコースを逆走して行くのが俺のやり方だ。
進めば進むほど、クモ脚の数が多くなってくる。4時間ほどでようやく海岸線に辿りついた頃には、奴らは一定間隔で列をなして歩いてくる状況になった。敵の密度が上がったというか、皆殺しにしながらコースを逆走することでフィールドモンスターを纏めてしまった、みたいな?
今のうちに食事をとることにする。といってもコンビニで買って来たオニギリだけどな。座席の脇のサイドボードにエナジーバーみたいのが入っているが、味が三種類しかないからもう飽きた。その点コンビニオニギリはやたらと種類がある、一巡するまでしばらく楽しめそうだ。
爺さんに頼んで作ってもらってもいいが、とんでもない高級オニギリになりそうでちょっと怖い。小市民的な金銭感覚はちょっとばかし小金を稼いだからといって抜けるものじゃないらしい。
味よりも筐体の中で食べやすいラッピングが重要だしな、豪華な具が溢れんばかりに飛び出したオニギリとかだと食べにくくて困るもんな……コンビニオニギリに飽きたら頼んでみようかな。
ドリンクホルダーから冷たい緑茶が入ったボトルを手に取って、米粒を流し込む。最初はペットボトルを持ち込んでいたが、戦闘中にも飲めるようにネット通販で自転車用の片手で飲めるボトルを買ってみた。
ネットで売られているドリンクボトルにはカッコいいデザインのが目移りするほどあって、使い勝手のいいのを探していろいろ買い替えているのだが、それぞれ一長一短があってなかなかこれというのが見つからない。
パイロットスーツにも噛むと飲料水が出てくるチューブが内蔵されているんだけれど、ただの水はちょっとなあ。お茶が出るようにできないものだろうか?
食事中に接近して来たクモ脚を避けるために、フットペダルだけ操作してリンクスを後退させる。飯を食いながら戦闘というのも行儀が悪い気がするからな。
朝の8時半くらいに出撃したんで、作戦時間はちょうど半分くらい残っている。スタート地点まで帰還しろとかいう条件ならそろそろ引き返さなければならないところだが、このミッションの場合は8時間たてば自動的にログアウトして作戦終了になる。
帰りを気にしなくていいというのが実にいい、いい意味での片道切符だ。迷子になっても大丈夫ってわけだ。
食休みといきたいところだが、クモ脚が目の前にまで接近してきている。片付けるとするか。
探知されないギリギリの間合いまで忍び寄る。一息に踏み込んでコアに手刀を突き刺し、球体の基部パーツごと引きちぎる。
すかさず消滅するコアをリンクスの胸に押し付けると、蒸散するマテリアルが渦を巻いて胸部インテークみたいなスロットから吸収されていく。こうするのが一番マテリアルの回収効率がいいようだ。
剣の修理に使うマテリアルが勿体ないから手刀で倒すことにしたんだが、理由はそれだけじゃない。弱すぎる相手に武器なんか使ってたんじゃ、簡単すぎて腕がなまってしまうというのもある。
別にゲームバランスが悪いとは言わない。イージーモード過ぎてつまらなければ、自分でルールを決めてハードルを上げればいいんだよ。
マニピュレーターはデリケートなんで、少しでも力加減をミスると損傷してしまう。多少の傷くらいならすぐに自己修復で治るが、俺ルールでは傷ついた時点で負けだ。
リンクスの自己修復にもマテリアルは必要だが、バスターソードを修理するのに比べれば微々たる量だ。アスパラソードは自己修復付きだから、インベントリに収納して放置しておけば僅かのマテリアル消費で耐久値が回復する。前作と違って長い目で見れば自己修復付きの武器の方がコスパはいいってことだな。
バスターソード相当の自己修復付きの剣でいいのはあったかな? 片手剣ならレアな奴が何種類かあった気がするな、後でオークションで買い漁ろう。
まあ、相手がクモ脚なら剣なんて必要ないけどな。手刀の力加減にも慣れたしミスすることもなくなってしまった。またしてもイージーモードか……もう少しハードルを上げる必要があるな。
「息を止めている間に倒せないと俺は死ぬ」
『また変なルールのハードルを上げましたね』
「変なルールとか言うな。あいつらの周囲は謎の毒ガス地帯、ちょっとでも吸ったら肺が腐って死ぬんだよ」
呼吸を止めると当然苦しくなる、いつもとは違う感覚に正常な判断ができなくなる。その状況で素早く立ち回って敵を仕留めなくてはいけない。
このルールは緊張感があってなかなか楽しかった。敵の近くでは息を吸ってはいけないが吐き出すのはOKという俺ルールにしたのがよかったのかもしれない。
呼吸を整え、吸って吐いて一気にアタック! いっぱしの武道家にでもなった気分だ。
敵が一種類しかいないのも、訓練と考えれば悪いことばかりじゃない。ひたすら同じことの繰り返しだが、だからこそ繰り返すたびに動きの無駄を詰めていける。
結局、全ての事象が己を高めるための修行に繋がるのだ。うん、俺って武道家だな。こういうのはノリが大事だし、宮本武蔵かケーンアスカにでもなったつもりで拳をふるう。
夢中で戦い続けるうちについに波打ち際まで来てしまった。
クモ脚メカが次々に水中から上陸してくるのはシュールな光景だ。まあ、奴らはなんとなく海産物っぽいデザインだし、海から来るって設定はいいんじゃないかな。
「水に落ちたら死ぬ。あっという間にピラニアに喰われる」
水から顔を出したクモ脚の上に飛び乗り、上から拳をコアに叩きつけて破壊し、クモ脚が消滅する前に素早く飛び下がる。武道というより軽業の修行みたくなってきたな。
「ブーストは使わない。使ったら爆発して死ぬ」
『水中戦はしないのですか?』
「おお、その発想はなかったな。よし、ピラニアはなしだ」
水中だと移動するだけでも一苦労だし、ブースト禁止よりハードルは上がるだろう。難易度を上げるにはちょうどいいかもしれない。
ザブザブと水に入って行く。遠浅の砂浜で足場は悪くないんだが、問題は頭まで沈む前にリンクスが水に浮いてしまうことだ。水に浮くロボっていうのも妙な感じがするが、軽いんだから仕方がない。
キャンサーの水中ステージで戦った時は無駄に重いトマホーク(笑)をバラスト代わりに装着してたけれど、あんなお笑いアイテムに貴重なマテリアルを使って実体化させるのはもったいないしなあ。
トマホーク(笑)は一応レア武器なんで、残念な性能にもかかわらずやたらとマテリアルが必要だが、今までためた分で足りないわけじゃない。
戦っていればマテリアルはどうせすぐに集まるしまあいいか。トマホーク(笑)を二つ実体化させて、両足のラックに装備する。
このトマホーク(笑)に使ったマテリアルだけで、換金すれば小さな国の国家予算並みになる筈だ。
当然何かの設定ミスだとは思うんだが、ビリー氏なら払えない金額でもないんだよ。そんな大金、個人でもらっても使いようがないんだけどな。
普通は数億円もあれば一生食うには困らないと思う。試しに実家に百万ほど仕送りしてみたら、何か悪いことしたんじゃないかと電話がかかって来た。最初は一千万くらい送るつもりだったんだが、やめてよかったよ。
金はなくても困るが、あったらあったで面倒の種にもなる。宝くじが当選したせいで不幸になった人の話も聞くからなあ。マテリアルは換金しないで、全部ゲームで使ってしまおうかな。
ずっしり重いトマホーク(笑)のおかげで水中姿勢は安定したが、やはり水の中では勝手が違う。水の抵抗があるため、素早く動こうとすればするほど反動で姿勢がぶれる。
スピード任せでは駄目だということだな。面白い。
水中で見ると、透明感のあるクモ脚メカはまるで水に溶けているように見える。釣り餌のスジエビみたいだ。まあ綺麗なんだけれど、近づくと生意気に脚で攻撃してくる。手の甲で受け流していなし、膝蹴りでコアを破壊する。
ああ、失敗だ。水中にもかかわらず青いマテリアルがサッと拡散してしまう。マテリアルは気体じゃないみたいだ。あくまでゲームに出てくる不思議物質なんだし、物理法則がおかしいとかツッコむだけ野暮ってもんだ。
振り回された脚が掠ったせいで、マニピュレーターの甲の部分に擦り傷がついてしまった。
『完全修復まで7秒』
ペンキが剥げたくらいの傷だしそんなもんか。ペンキじゃないけどな。俺もプロゲーマーだし、ここはカッコよくテクスチャーと言っておこう。リンクスの装甲って、見た目は貝殻っぽいんだけどな。ガトIIだとものすごくリアルで、拡大するとウニュウニュ再生していく様子まで確認できる。
8時間もの長丁場となると、この自己修復能力が結構重要となってくる。まあ、小さなダメージなら無視できるというのは気が楽でいいよな。
ガトIIでは攻撃された箇所に実際にリアルなダメージが発生する。HPはあくまで被害状況の参考みたいなもんだ。
ゲームもついにここまで来たかって感じだよな。やり過ぎ感もあるが、ゲーム業界を震撼させるのは間違いないだろう。ただリアルにすればヒット作になるってもんでもないだろうが、少なくとも俺は人生観が変わるくらい圧倒されてはいるな。
水中戦はやはり戦うより移動が難しい。そもそもリンクスは水の中で戦うようにはできてないからな。だがしかし、解決策ならよく知っている。こんな時こそワイヤーアンカーだ。
次の獲物を見つけてワイヤーを撃ち込む。脚に引っ掛けて手繰り寄せようってわけだが、相手が頑張って踏ん張るのでこっちが引き寄せられてしまう。そりゃあ沢山の脚を砂地に突き立てられてしまえばそうなるよな。
ワイヤーを巻き取りながら急速接近していくと、二本の脚を鎌首のように掲げて待ち受けていやがる。昆虫や甲殻類並みの知能はあるみたいだな。
相手の間合いに入る寸前にワイヤーをしゃくりあげる。バランスを崩したクモ脚の攻撃が僅かに逸れる。次のモーションに入られる前にコアをむしり取って……終了だ。
崩壊するコアを胸部インテークに押し付けると、陸上と同じようにマテリアルを吸収できる。残念ながら全部とはいかない、正確にはわからんが半分近く無駄にしているんじゃなかろうか。
リンクスにコアを丸飲みできる口みたいなのがあれば、マテリアルを拡散させずに済むんだろうが、敵をムシャムシャ食べるロボとかデザイン的にちょっと怖いかもな。
水中戦で難易度を上げたつもりだったが、戦いに慣れてくるとやっぱりクモ脚じゃ物足りない。こいつらは駆け引きというのがまるでわかっていない。
いくら俺ルールで難易度を上げても、そろそろ限界かもしれない。せめてカニメカくらい強い奴が出てこないと、ただのマテリアル回収作業になってしまう。
次々にクモ脚を処理しながらどんどん沖へと進んでいくうちに、クモ脚の密度がさらに増える。
いや、破壊した瞬間に次のがポップしてるのか。コアをもぎとった瞬間に、岩陰から新しい奴が姿を現す。
なんだ、そういうことか、わかりやすいな。大抵のゲームではフィールドモンスターは一定数に保たれるようになっている。要するにプレイヤーが倒した分だけ補充されるんだ。
モンスターがポップする座標のことを、プレイヤーは湧きポイントと呼んだりするわけだが、普通はこの沸きポイントは複数設定されていて、どこにポップするかはランダムに決められていることが多い。
何故なら、湧きが一カ所だけだったりすると今の俺みたいなことができてしまうからだ。
周囲に蠢く三十数体のクモ脚から手当たり次第にコアを引きちぎっていく。いくら倒しても即座に新手が補充されるので遠慮はいらない。いわゆる無限湧き状態だ。
こういうのはいかにもゲームって感じでリアリティに欠けるし、特定のプレイヤーが沸き場を独占したりしてトラブルの元になったりもするから、製品版ではきちんと修正されるとは思う。
でも、これはこれで面白いよな。いかに手早く倒すかに挑戦できるボーナスステージみたいなもんだ。
いくら敵が弱いとはいえ、倒すのに手間取っていれば囲まれて数の暴力で潰されることになる。一定のペースで倒し続けなければならないが、倒しても倒しても新しい敵がポップする。
ノーミスかつペースを維持し続けるのが大事だ。ザコ相手でもこれを長時間続けるとなるとそれなりのプレッシャーがあるな、自分の限界に挑むのは楽しい!
一時間も続けていると心臓がバクバクしてヤバい感じになってきた。アドレナリン的なのがドバドバ出てるのかもしれん。まあ、ゲーム中に心臓麻痺とか起こしても、超優秀な医療スタッフがスタンバってくれてるし大丈夫だろうとは思う。
ただ、俺もまだまだだな。この程度の戦闘は平常心でこなせるようにならないと。
『周囲のマテリアル濃度が上昇中』
ベティちゃんの口調が困惑してるみたいで面白い。ああそうか、同じ場所で戦い続けているせいで漏れたマテリアルがどんどん累積していってるわけか。
すでに周囲は高濃度のマテリアルで真っ青だが、獲物の気配を感じていれば見失うようなことはない。まあ、問題ないな。
今の状況ならタケバヤシ達を周辺に棒立ちさせておくだけで、マテリアル回収装置としては役立ちそうだが、あいつら絶対言うこと聞かないからなあ。やはりソロが正解だ。
溜まったマテリアルで武器コレクションをいろいろ実体化させたいが、さすがにのんびりメニューを見てる余裕はない。ミッション終了後にするか? だが、マテリアルの上限がわからない以上、いつ溢れてもおかしくない。貧乏性なもんで、カンストで無駄にするのが勿体ないんだよ。
「ああ、予備の武器とか適当に実体化させといてよ」
『了解。任されました』
ベティちゃんに丸投げしておけば間違いないだろう。自分で選んでたらどれから実体化させるかなかなか決められないからな。
俺は機械の様に正確に戦うことだけに集中すればいいんだ。
『作戦終了時間まで残り30分』
あれ? もうそんな時間なのか、だがそれだけあればまだまだ狩れるぜ。もう少しペースを上げてみよう。
途端に捌くのが苦しくなる。ペースが乱れて、下手すると余計に手間取ってるかもしれない。くそ、安定しないな。
俺にはまだ何かが足りないんじゃないか? そう、何かもう一味足りてない気がする。
『残り10分』
何だ? 俺に足りないのは何なんだ? 運か?
『10……9……8……7……』
「ちょああっ! ふぉあたたたたたあっ‼」
『作戦時間終了。お疲れ様でした』
燃え尽きた。結局、今一歩のところで極意に開眼することができぬまま、真っ白な灰になったぜ。
「ふう……なんか回収したマテリアルがものすごいことになってるよなあ」
回収したマテリアルはカンストしない仕様なのか、それとも上限にすごく余裕があるのだろうか? 戦闘中にベティちゃんがかなりの装備を実体化したにもかかわらず……なんかマテリアルの桁がおかしいことになっている。
『全て換金すると約34兆ドル分ですね』
「そんな大金……この地球上に存在するのか」
『はい、米国債務残高の半分以下ですね』
ベティちゃんの基準がおかしい。米国債務残高って何だよ? アメリカの借金か? ますます想像がつかなくなった、金塊何トンとかそういう分かり易い表現にしてほしい。ビリー氏なら支払える額なんだろうか? いやいや、国の借金を個人の財産と比較するのもおかしい気がする。
たかがテストプレイのボーナスだぞ? 常識的に考えてあり得ないだろう。
金払いのいい会社だし一億円くらいならなんとなく普通にもらえそうな気はするが、欲張っても碌なことにはならないな。換金はやめとこう。
どのみちあの無限湧きポイントは即修正されるだろう。せっかくの美味しいミッションだったのに、ちょっとやり過ぎてしまった。