覚悟の進めかた
テストプレイ初の共同ミッションは、俺的にはさんざんな結果に終わった。
筐体から出た時、アリサ大佐はニコニコしていたけれど、タオルやドリンクまで渡してくれたけど、プレイのログを見たら笑ってられないだろうなあ。明日からはまた鬼軍曹に戻るかもしれない、軍曹じゃなくて大佐だけどな。
ホテルの自分の部屋に戻り、昼風呂に入って昼飯を食って昼寝。今日から料理人の爺さんが復帰してくれたんで、食事の準備や後片付けをしなくていい。
サラリーマン時代に比べたら、百倍恵まれてるのはわかってるんだ。金や余暇はたっぷり貰えてるしな。
職場の人間関係が面倒くさいのはどこの世界でも同じってことか。タケバヤシや坊主なんて、世間知らずな甘ちゃん達が調子に乗ってるだけだしな。究極にセコイ取引先や権謀術策だけには頭の回るお局様達に比べればどうということはない。まあ、あいつらの行動は本当にわかりやすいから、その分ストレートに腹は立つんだがな。
昼寝から目覚めるともう夕方だった。随分気持ちよく寝てしまったもんだ。ギスギス荒れた心もだいぶ収まっている。
やっぱり、あいつらと一緒にプレイはあり得ないな。毎日続けたらストレスで寿命が削られる。せっかく老後の資金を貯めてるんだからな、せめて平均年齢までは生きたい。
夕飯は何故かしゃぶしゃぶだった。まあ、俺も肉は好きだからいいけどな。
肉も美味かったが、ナントカっていうこの時期にしか食べられない幻の白菜が絶品だ。ポン酢だけでも相当にすごくて、これだけで飯が何杯でも食えてしまいそうだ。低温貯蔵したカボスを使ってる? へえ、よくわからんが大したもんだ。
肉の匂いをリンリン達が嗅ぎつけてくるかと思ったんだが、まあ、たまにはこういう静かな食事もいいもんだ。
たらふく食った後、爺さんに誘われていつもの岸壁に夜釣りに出る。なんでも狙うのはチヌらしい。今の時期はノッコミといって子持ちであまり美味くないらしいんだが、あえて料理してみたいんだそうだ。卵や白子を煮つけにするのかな?
旬の食材が一番美味いのは確かだが、味が落ちる時期の食材の違う顔を楽しむのも面白いらしい。よくわからんが深いことを言ってそうだな、さすがは爺さんだ。何にしても楽しみだ。
俺は仕掛けを丸ごと借りて釣り始める。爺さんは岸壁に仕掛けたクランプに、欲張って三本も竿をセットしている。一斉に魚がかかったらどうするつもりなんだろう?
ノッコミのチヌは味はイマイチでも爆釣と聞いたんだが、まったく釣れない。今日は海の中に魚がいないんじゃないか? 爺さんはせっかちに仕掛けを弄っているが、俺はのんびりと暗い波間で発光している浮きを眺めている。
たまにはこうやってぼんやりと無心になるのもいいもんだ。心に引っかかっていたいろんなモヤモヤが、ちっぽけなホコリみたいになってどこかへ飛んでいく。
昔の中国の偉い人は、ぼんやりを満喫するために釣り針をつけずに釣りをしてたらしい。話だけ聞けばとんでもない変人だけど、その気持ちはわからなくもないな。
海はいい。夜の海は不気味だが、そこがまたいい。黒い水面は昼間より粘度がなんとなく高そうで、ずっと眺めていると普通にその上を走っていけそうな気がする。
夜の海に飛び込む人は結構多いらしいが、皆こんな気持ちになるんだろうか? そういえばビルから飛び降りる人なんかも、あれは空を飛べる気がするからだそうだ。死人からどうやって聞いたか知らんけどな。
リンクスならブーストダッシュで水面を走れるし、フライトユニットで空だって飛べる。
俺が生身で空を飛ぶなんて当然無理だが、水の上を走るのは……やっぱり無理なんだろうか? なんか熱帯地方にそういうトカゲがいた気がする、片足が沈む前に次の足を出すのがコツらしい。まあ、人間には無理なんだろうな。昔の忍者は水蜘蛛で堀を渡ったらしいけどな。
俺達以外には常連が一人いるだけだ。以前俺達にからんできたチンピラの兄貴分で、裏の世界ではちょいと偉い人らしいんだが、何故かリンリンをものすごく恐れていて俺にも敬語で話してくれる。
礼儀正しいので実はいい人なのか? と最初は思ったが、関西エリアの食品の産地偽装を仕切っていると聞いてやはり悪党は悪党だと再認識した。インドあたりから仕入れた魚を国産に変える魔法のシールを売って荒稼ぎしているらしい。
インドといえばナージャちゃんだ……まさか、軍隊も産地偽装に関わってるんじゃないだろうな。そういえば犀川大佐もインドに装甲車を売りまくったって言ってたな。
俺は産地偽装だけは許せない。国産のブラックバスの刺身は、貧乏サラリーマンでも手が届くたまの贅沢だったんだ。最後の清流四万十川で大切に育てられた魚だとずっと信じてたのに、全て輸入ものだったとはがっかりだよ。
ガンジス河とかでとれたんなら、きちんとそう明記して売るべきなんだよ。むしろ聖なるガンジスで採れたとかキャッチコピーにすればいいのに……
まあ、兄貴の人も仕事と趣味は別みたいで、食品は偽装しても釣り場のマナーはちゃんと守るんだよなあ。
前はハゼばかり狙って釣ってたんだが、今日は釣り竿じゃなく三脚を立ててカメラで沖を睨んでいる。多趣味な人だよ。
夜景を撮影するならもっと視界が開けた場所にすればいいと思うんだが、いろいろこだわりがあるんだろう。
「それ、ライカですか?」
特徴のあるレンズに思わず聞いてしまう。小さいレンズだが、超高額で取引されている。俺にはまだよくわからんが、味のある写真が撮れるらしいな。
夜間に撮影するなら大口径レンズが有利だと思うんだが、それもこだわりなんだろう。
「いや、ソ連製のコピーです。カメラにお詳しいんですかい?」
知ったかぶりをして赤っ恥をかいてしまった。それにしても、ソ連製ってすごくないか? 今は滅んだ国で製造されたアイテムとか、そこはかとなくロマンがあるよな。
「詳しいって程でもないですが、いい趣味ですよね」
「男のロマンって奴ですさかい」
男のロマンか、わかるぞ……そして底なし沼にハマったように無駄遣いが加速していくんだよな。女性も相当に無駄遣いをするが、男の趣味の買い物はそういうのとはまたベクトルが違う気がする。
兄貴の人は時計を見ながら、暗い海に向けてシャッターを押す。何を撮影してるんだろうと思って夜空を見上げると、黒い大きな影がかなりのスピードで横切って行った。何だよ今のは? ぞわぞわっと鳥肌が立つ。
「今の何? ちゃんと撮影できました?」
「え、見えたのか……見えましたですか?」
「結構でかかったような? 飛行船っぽかった?」
一瞬だったのでスケールはよくわからなかったが、広告用の飛行船よりでかかった気がする。飛行船は無灯火で飛ばないし、第一あんな飛び方はしない。
男がおいでおいでをするので近づくと、小声で携帯端末を切るように言われた。何か非合法なブツでも見せてくれるのか? これは絶対ヤバい奴だ。だが、好奇心には勝てないので言う通りにする。
俺も悪の道に一歩踏み出すのかもしれん。
彼は懐からパスケースのような小さなアルバムを取り出すと、アンティークな懐中電灯で照らして見せてくれる。白黒写真だな、この場所から撮影したのはわかる。そして、空に浮かぶ白い葉巻型の物体がピンぼけ気味に写っている。
「こいつだこいつ。さっき通った奴と同じだよ」
多分だけどな。まあ、似てるのは確かだ。同じ機体かどうかはわからないが、少なくとも同じジャンルの乗り物だろう。
「まさか、本当に見えたんで?」
男は次のページも見せる。こっちの写真にもやはり葉巻型のUFOみたいな物体が写っている。遠くを飛んでいるのかかなり小さいが、こっちの方がピントがバッチリで細かいところまで鮮明だ。
「こっちは朝の五時過ぎに第七ビルの屋上から六甲山の方向を撮影したもの、です」
「多分、同じものですね。UFOですかね?」
「こんなのもありやすです」
またUFOかと期待して見たががっかりだ。ただの防衛空軍の戦闘機だった。
光学迷彩がかかっている状態なのに、シルエットがくっきり映っている。光学迷彩関連は一応最新の軍事機密だし、日曜カメラマンの作品としてはこの写真もすごいのかもしれない。
「ああ、軍の飛行機ですね。ピントが上手に合ってますね」
「飛行機雲に合わせるんで。慣れれば、まあ、ね」
「フィルムのカメラだと光学迷彩もちゃんと映るんですね」
「普通に現像しても何もうつりゃしません。ですが、フィルムには確かに像が映り込んでるんで、そこはなんちゅうかその……現像でいろいろと」
フィルムには何らかの反応が残ってるってことか。銀塩フィルムの現像なんて今じゃアナクロ過ぎて完全に趣味の世界だ。
デジタル処理一切なしで画像が残せるとか、考えてみると不思議な気がするよな。
「こんな変わったのものもありやすぜ」
もったいぶって見せられた次の写真に俺は言葉を失う。背景から、多分コンテナターミナルのあたりで撮影したんだと思うが、すごいピンボケでロボっぽいのが映っている。
間違いない、前に見たスキュータムもどきだ。餃子の味と共にあの時の記憶が蘇った。
十中八九ビリー氏の仕業だろうな、やっぱりもう完成してたんだなあ。
「カメラ仲間の間で光の巨人って呼ばれている奴ですわ。目には見えなくてもたまにこうやって写真に映り込んでくるんです」
「言われてみるとなんか発光してるようにも見えますね。肉眼で見えないんですか? やっぱり光学迷彩かなあ」
こうしてフィルムに写るんなら、光学迷彩も完璧じゃないってことだ。最新の技術が骨董品にしてやられるとは痛快ではあるな。
まあ、スキュータムだし、ステルス性の高いリンクスならフィルムにも映らないかもしれない。透明人間みたいなリンクスか、ある意味最強の兵器だな。
「こういう写真を撮ったのに、オカルト系チャンネルに売り込もうとか思わないんですか?」
俺がそう言うと、男は急に何かに怯えるように振り返り、周囲に誰もいないことを確認している。そして、聞こえるかどうかの小さい声で俺に囁いた。
「ネットにアップした仲間は消されやした。カタギの人間なのに治安警察にパクられてそれっきりですわ」
治安警察か、そりゃまたヤバい話だな。戦闘機の写真はスパイ容疑にひっかかるか。ロボはビリー氏がからんでるなら、軍事機密よりヤバいし。でもUFOは関係ないんじゃないか。
「UFOだけでもヤバいんですか?」
「UFOと巨人が超ヤバいです。治安警察が何十人も家宅捜査に踏み込んできますわ」
なるほどな、だとするとUFOもビリー氏関係の秘密兵器かもしれないな。反重力技術があれば、機体の形なんてなんとでもなるだろう。デザインセンスが奇妙なのも“ガーディアントルーパーズ”のメカデザインを知ってれば納得はいく。ああいう異文明っぽい感じがビリー氏の好みなのかもしれない。
何も見なかったことにすると言うと、男も頷いた。
身の安全のためには写真もネガも全て焼き捨てるのが一番いいと思うが、おそらく彼はそうしないだろうな。そうでなくても叩けば埃の出る体で、よく危ない橋を渡れるもんだ。
アウトローにはアウトローなりの矜持というか、反骨精神みたいなものがあるんだろうな。覚悟があるなら別に好きにすればいいさ。
本当の意味で覚悟を決めるなんてなかなかできないもんだ。日常生活では命にかかわるようなピンチはそうそう起きないからな。なんだかんだ言っても日本は平和なんだろう。
軍隊の人達は、覚悟を決めて日々を送っていた。戦争に行かなくても、ヘリや飛行機はいつ事故で落ちるかわからない。
空を飛ぶとか、海に出るとかわかりやすい非日常があると、覚悟をしやすいのかもしれない。
生きていれば必ず死ぬんだ。本当は常日頃からいつ死んでもいいように覚悟をしておくべきなのかもな。
俺もテロリストに襲われた時はそれなりに覚悟を決めた筈だったが……今はちょっとなあ。サラリーマン時代より命が惜しくなったかもしれない。
自分の死から目を逸らさずに真剣に向き合ったあの時、いつもより濃密な時間が流れていたように思える。逆に考えると普段のんべんだらりと生きてるのが勿体ないって話だが、ぬるま湯に浸って生きていられるならそれも悪くないよなあ。
やっぱメリハリが大事だな、うん。時にはハードに時にはゆるく、緩急つけて生きていこう。
兄貴の人は本当に覚悟ができた人なんだろうか? そのわりにはリンリンを鬼のように怖がっているよな。いや、根性なしとは言わないぞ、俺だってあいつは怖い。
リンリンの本当の怖さは、常識的な駆け引きが通用しないことだ。野生の猛獣みたいなものだ。ちょっかいを出せばやられる、脅しをかけてもやられる。威嚇も警告もなしに躊躇なく脳味噌に弾丸を叩き込まれる。
野生動物と違って頭も回るし、法を味方にする強かさも備えているから厄介だよな。カタギに手を出さないのも、法廷闘争を見越してのことだと思う。いざとなったら裁判官の一族郎党を皆殺しにするくらい平気でやりそうだ。
いくら相手がテロリストやマフィアだからって、あれだけ無茶苦茶やってても女性で未成年で正当防衛ってことで罪に問われないのは怖いことだよ。
永遠の18歳のぷるりんちゃんじゃあるまいし、いくらなんでもあいつが未成年ってことはないと思う。名前も国籍も多分偽物だしな。抜け穴だらけの日本の法律にも問題があるんじゃないだろうか。