AI戦士達
『タケバヤシ機から強制アクセス! 攻勢防御プログラムを起動』
『ひどいAIだなあ。そこは普通、アクセスを許可しますか? って確認を入れるところだろう。ねえ、柿崎さん。僕の絶対バリアー使って下さいよ。本当にすごくいいんですよ、これ。お勧めです』
「お前も案外しつこいな。何か裏でもあるのか?」
ベティちゃんに勝手にアクセスしようとは万死に値する。これだけのことを仕掛けておいて、タケバヤシ本人がまったく悪びれていないのが薄気味悪い。
『えーとねえ、ぷるりんちゃんのパトラッシュちゃんの時はねえ。アクセス許可しますか? だったよ。よくわからなかったから許可しちゃったんだよ、てへ』
『拙僧の雪之丞も同じく。ちゃんとアクセスを許可するか確認してきた。いきなり攻勢防御だと? プレイヤーに似てAIまで攻撃的だな』
パトラッシュとか雪之丞とか、AIに変な名前つけてんじゃねえよ。だいたいなんだよ、パトラッシュって、可哀想な犬か?
パトラッシュはぷるりんちゃんをお嬢様と呼んでいる。坊主は雪之丞に旦那様と呼ばせて喜んでいる。
一番痛いのはタケバヤシだな。なんだよチユタンって? オニイタマとか呼ばれて恥ずかしくないのか?
やっぱり俺が一番まともだな。
「強制アクセスでなんかウイルスみたいのを送り込まれそうになったんだが、お前ら大丈夫だったのか?」
絶対バリアーはウイルスプログラムを送り込むための囮ってわけだ。俗に言うトロイの木馬方式だな、紀元前からある伝統的なやり方だ。俺がトロイの将軍なら木馬は徹底的に調査したんだが、残念だったな。
『何! ウイルスとか聞いてないぞそんなの!』
『えー、やだー、ひどいー。なにそれー』
坊主とぷるりんちゃんは当然怒る、タケバヤシはいきなり四面楚歌だ。それだけのことをしたんだから当然の報いだ。
『心配いりませんよ、チームの連携を強化するためのただの無害なプログラムです』
よく言うよまったく。俺の目の前のスクリーンには、ベティちゃんの解析結果が表示されている。知らないプログラム言語だが、3D化した概念図にしてくれているので、おおよその仕様は見当がつく。いわゆるバックドアを組み込むタイプのウイルスみたいだな。木馬に潜んでいた兵士が、内側から城門を密かに開けるというわけだ。
セキュリティを丸裸にすることが無害か? ものは言いようだが、法的には完全にアウトだ。でも、ゲーム内の行為だとどうなるんだ? PK行為みたいなもんで、犯罪ロールプレイとして容認されるんだろうか。
「バックドアを仕込むのが無害か?」
『はいはい、その話はもうやめにしましょうね。リンクスは偵察機なんだから、柿崎さんはさっさと敵を探して下さい、上官命令ですよ』
タケバヤシはまるで何もなかったかのように振る舞っている。面の皮が厚いというか、本気で自分は悪くないと思ってそうだ。
「誤魔化すつもりか?」
「お前、いいかげんしつこいぞ。適当なこと言ってタケバヤシ君を悪者にしようったってそうはいくかよ」
「その話はもうおしまーい。空気読めないとモテないよ?」
生臭坊主やぷるりんちゃんはセキュリティのことがよくわかっていないらしく、無害なプログラムだというタケバヤシの言葉にあっさり丸め込まれてしまったようだ。それどころか俺がタケバヤシに因縁をつけた悪者になっている。
これが情報弱者って奴か? それなら連中のAIがフォローすべきなんだろうが、すでにウイルスに犯されているのかもしれない。
まあいいか、ベティちゃんに被害がなかったんだから、俺としてはわりとどうでもいいことではある。ちゃんと警告はしたんだし、後は自己責任だ。
上官命令とやらにどれくらいの権限があるのかは知らないが、偵察に行けというんなら行ってやろう。それにしてもリンクスが偵察機だと? まあ、先月出た公式ガイドブックには強行偵察型と書かれていたけどな。公式サイト情報だとファイタータイプだし、米国サイトだとインターセプターとなっている。結局のところ、俺はその手の分類はたいした意味はないと思っている。
今は四人でパーティーを組んでいるから、レーダーマップには四機分の情報が共有化されている。その中でリンクスの索敵距離が一番短い。これで偵察機というのは無理があると思う。
一番遠くが見えているのはぷるりんちゃんのジェミニのようだ。ただ、視界が極端に狭くて死角が大きい。これじゃ横から敵に接近されれば見落としてしまうだろう。首を振りながら進めば問題ない気もするが、それなりに隙はできそうだ。
坊主のスキュータムは前方向はほぼカバーしているものの、索敵距離はジェミニより短い。中途半端な感じだな。
索敵ポッドを装備していないサジタリウスは、スキュータムの劣化版みたいなものだ。索敵ポッドを入手するまではソロじゃ厳しいかもしれない。それでも今のリンクスよりも遠くまで見えている。
今の複眼ヘッドを装備しているリンクスだと、360度死角なしだ。そのかわり索敵距離は極端に短くなる。リンクスは脚が速いから偵察任務だってやってやれないこともないが、皆で手分けして探した方が早いと思うんだが。
とりあえず先頭に立って進むことにする。なんとなく妙な殺気がしたから、反射的にアスパラソードで背後を薙ぎ払う。蚊を叩くようなもので、ほとんど無意識の行動だ。坊主のスキュータムが撃ったビームが、アスパラソードで相殺され、切り払われた粒子がキラキラと周囲に舞い散っていく。
リンクスに被害はないが、岩の隙間に生えていたシダ植物っぽい群落が、粒子を浴びて一瞬でシワシワに干からびる。どうやらビームの粒子はかなり熱い設定みたいだな、一部はチロチロと発火している。
相変わらずどうでもいい背景の描写が無駄に細かいな。この特設筐体はスパコン並みの処理速度があるらしいが、こんなことしてたらいずれ処理落ちするぞ、馬鹿なのか? まあ、そうなったらもう一台スパコン追加して力技で解決とかやりそうだけどな、いやあ、金持ちって馬鹿だよな。
家庭用のゲーム専用機ではプレイヤーの視界に入るもの以外は描写せず、遠くの背景は衝立だったりする。もちろんプレイに関係ないオブジェクトには当たり判定すら存在しない。処理を軽くするために徹底的に誤魔化しているわけだが、ゲームとはそういうものだと思っているから普通は気にしない。
このゲームの場合、ひょっとしたらビーム粒子の一粒に至るまで物理計算してるんじゃないかと思う時がある。実際はそこまでは不可能だろうからある程度の誤魔化しはあるんだろうが……まあ、リアルなのは悪いことじゃないな。
『悪い、手が滑った。お前さんが本当に後ろが見えてるのか確認してみただけだ』
生臭坊主がゲスな台詞を吐いてくる。多分、俺にイジメを仕掛けてるつもりなんだろうな。当然、こんな真似をされていい気はしない。ここで弱気な対応なんかしたりすると、他の奴らも便乗してイジメが固定化してしまうんだよ。
そういえば防衛軍ではイジメを大真面目に研究していた。わざわざ犬とか猿の群れを観察していたのが面白そうだった。
たちの悪いイジメっ子猿は、しばらく隔離してから群れに戻すとイジメられる側に転落して大人しくなるそうだ。要するに過度に肥大した自信をなくしてやればいいってことらしい、毛を少し刈るだけでもかなりの効果があると言っていた。あまりやると動物愛護団体に怒られるので、実験の続きは魚でするとか言ってたけれど、魚の世界にもイジメがあるとはビックリだ。
まあ、要するに、調子に乗ってる坊主の自信をなくしてやればいいってことだな。
「あーあ、勿体ないことするなあ、アリサ大佐の説明聞いてなかったのか?」
上から目線で小馬鹿にしたようにように言ってやる。
出撃前にアリサちゃんが、味方射ちのペナルティが大きく設定してあるからくれぐれも慎重にって何度も念を押していた。こういう陰湿なイジメが起きるのを見越してたんだろうな、たいしたもんだ。
坊主はうわの空で聞いてたんだろう、基本的に人の話を聞かない奴だし。
『うげ、何だこりゃ! なんでこんなにペナルティくらうんだよ! ふざけるな! だいたい今の攻撃は当たってないじゃないか!』
ペナルティに気づいたらしく、なんか騒ぎ始めた。相当焦ってるから結構重いペナルティだったんだろう、いい気味だ。他人の不幸で喜ぶとは俺も小さい男だよなあ、でもいい気味だ。
開発チームに文句を言っても無駄だぞ、今の攻撃は切り払わなきゃ当たってたからな。敵味方識別機能をオフにしなきゃ撃てない筈だし、その時点で普通にアウトだし。
まあ、これくらいにして馬鹿はほっとこう。貴重なプレイ時間が勿体ない。
晴天の設定らしく、淡い水色青空がどこまでも広がっている。せっかくの美麗な背景グラフィックも、ソロプレイじゃないと気が散ってあまり楽しめない。
白い岩肌の見える崖沿いに、道のようなものが見える。近づくと干上がった川床だった。クモ脚の足跡っぽい穴が無数に空いているから、実質的に奴らの道路みたいなもんだ。親切にプレイヤーにヒントを与えてくれているらしい、これなら居場所の見当はつくな。
なんとなくいそうな場所を光学ズームで眺めていると本当にいた。クモ脚メカ……エレメンタルユニットだっけ? 見つけたんだけどレーダー画面には反映されていない。そもそも表示されている索敵範囲よりずっと遠くにいるしな。多分だが、目視で見つけても反映されないルールなんだろう。もっと近づいて索敵表示の範囲内に収めろってことか。
レーダー画面に入るまで接近すると、ピッと音がして赤い点が表示された。ベティちゃんはあまり喋らないな、多分タケバヤシの態度にご立腹なんだろう。いや、それなら俺にだけ話しかけてくれればいいのに、そうしないってことは、俺の不甲斐ない態度に愛想をつかした? いくら優秀なAIでもそこまで人間臭いリアクションはしないだろうが……でも、ベティちゃんだからなあ。後でご機嫌をとらないとなあ。
『あー、見つけたのですー。さすがはザックさんです』
ぷるりんちゃんが素っ頓狂な声をあげる。ふむ、他の連中にもクモ脚の居場所はちゃんと表示されてるみたいだな。それにしても彼女は普段からずっとこの喋りなんだろうか? だとしたら痛過ぎる。ネットアイドルってのも因果な商売だよ。
『近づき過ぎると手痛い反撃をくらいます。まずは安全な距離をとりつつ皆で取り囲みましょう』
手痛い反撃だと? こいつの攻撃は脚を振り回すだけじゃないのか? とりあえず察知されない距離まで近づく。
『あーっ、テメェ。マテリアルを独り占めする気か?』
坊主のスキュータムが俺に対抗してクモ脚に接近し……まだ結構離れているのにタゲられてしまった。その距離で普通見つかるか? どうもスキュータムのステルス性能はかなり残念なようだ。単に動き方が雑なだけかもしれないけどな。
クモ脚が近づいていくのを坊主は棒立ちで待ち受けている。いや、ただ反応が遅れているだけか? やっと動き出した時にはすでに遅く、スキュータムの右腕が肩ごとバッサリ切り落とされる。さすがにわざと攻撃されたわけじゃないよなあ。
クモ脚メカのくせに思ったより攻撃力がある。バスターソードにちょっと及ばないくらいか? まあ、動きはトロいから大した脅威じゃないが、坊主はぼんやりし過ぎだ。
続く攻撃を避けることもできず、スキュータムはあっさり撃破される……と思いきや、虹色の光の壁に包まれて攻撃を全て跳ね返している。結構シュールな絵面だ。
多分、これが絶対バリアーなんだろう。見た感じゲームでよくある無敵状態って奴だな。今のうちに反撃すればいいのにスキュータムは動かない。もしかして防御しかできないのか?
助けてやろうと駆け出そうとした瞬間、タケバヤシの放ったビームがクモ脚メカのコアを破壊した。マテリアルがパッと空中に拡散していく。距離が離れていたので冗談みたいに僅かしか回収できなかったけどな。
『くそっ、ついてねえ。腕をやられた!』
『でもでもー、近かったらマテリアルたくさん集まったでしょ? でしょ?』
『バリアーを張ってたからゼロだよ。これで今日はもうバリアーが使えないし、踏んだり蹴ったりだ』
絶対バリアーが使えるのは一日一回なのか? さすがに無制限に使えるのはおかしいか。
『僕の言うことを聞かないからいけないんですよ。安全な距離を守っていればただのザコなのに』
『あいつが勝手にどんどん近づくから悪いんだよ』
おいおい、何でも俺のせいだな。俺は言われたとおりに安全な距離を守っていたぞ。
『では、スキュータムの修理費の半分は柿崎さんが責任を持って負担してあげてください』
タケバヤシがまたわけのわからないことを言い始める。チーム全員で負担をしてやるならまだわかる話だが、今回の状況で俺だけに押し付けられるのは納得できない。
「責任だと? それなら指揮官の責任はどうなるんだ?」
『そういうことはちゃんと僕の指揮に従ってから言って欲しいですね』
『ねえねえ、あのね。テストプレイのログは開発の偉い人達が全部チェックしてるんだよお』
天然なのか計算高いのか? ぷるりんちゃんの言葉に、タケバヤシは黙り込む。
『そうですね……やはりここはゲームのシステムを尊重しましょうか。修理費は各自の自己負担で問題ないでしょう』
あ、あっさりヘタレやがった。無理筋だって自覚はあったみたいだな。
『おいおい、そりゃねえよ』
坊主は泣きそうだ。ペナルティもあるし、こいつは今回のプレイでかなり大損している。マイナス分をリアルマネーで穴埋めしろなんてことはないだけマシなんだが、スコアポイントが黒字になるまで換金できないのは痛いよな。
近接戦闘でマテリアルをガバっと回収すれば、その程度すぐ稼げるんだけどな。
『次は敵に発見されないようにお願いしますよ、ザック中尉』
タケバヤシに嫌味ったらしく命令される。どうやら俺がスキュータムにタゲをなすりつけて逃げたと勘違いしているらしい。正しい状況判断ができない時点でリーダー失格だな。
ああ、リンクスのステルス性能をスキュータム並みだと思ってるのか。それならリンクスが真っ先にターゲットされてないとおかしいことに気づけよ。
俺も機体ごとにステルス性能がこんなに違うとは知らなかったから、そこは偉そうなことは言えない。この情報は一応知らせておいた方がいいだろうな。
いや、わざわざリンクスのスペックを教えてやることもないか。今後は敵にあまり近づかなければいいんだ。
今日のところはタケバヤシの望む通りに、命令通りに行動してやろう。俺は大人だからな。
相変わらずリンクス以外の三機は一塊になってほとんど動こうとしない。防御を固めているつもりだろうが、このゲームでじっとしているのは悪手だぞ。ビームで攻撃されればひとたまりもないのを、トッププレイヤーが知らないわけはないだろう。
いや、案外本当に知らないかもしれない。坊主はチート性能な大盾に頼り過ぎだし、タケバヤシは基本的に先手必勝で相手を先に殲滅してしまうから滅多に攻撃されない。ぷるりんちゃんは……相撃ち上等でやってきたんだろうなあ。
ビームをカスらせてダメージを軽減させるのは基本中の基本だと思っていたが、意図してやってるプレイヤーは少ない気がする。下手な奴は突っ立ったまま直撃されるし、上手ければそもそも当たらないように立ち回る。俺だってどうしても避けきれないときに仕方なくやる感じで、積極的に狙ってすることでもないしなあ。最近じゃCPU戦の高難度ステージくらいでしかしていないかもしれない。
公式サイトの初心者ガイドにも、ビームで攻撃されている時にじっとしているとやられるって、ちゃんと書いてあるんだけどな。
俺としてはもうプレイ終了で構わないんだが、こんな時に限って獲物を見つけてしまう。かなり遠いが、山の稜線で何かが動くのがチラッと見えてしまった。
さすがに距離が離れすぎているから、まっすぐ向かうとまたズルだなんだと言われそうだ。適当にうろつきながら、偶然発見したように装うことにしよう。
それにしてもリンクスの性能って、カタログスペックより優秀だよなあ。もっと人気が出てもいいと思う反面、リンクス使いが増えて欲しくはないな。できれば独り占めしたい。
レーダー画面に赤い点が表示されると、奴らは大急ぎで駆けつけてくる。ちゃんと高速移動できるじゃないか。ああ、動くだけでもマテリアルを消費するのか、微々たるものだけどな。
つまらないことで文句を言われるのは嫌なので、とりあえず今度は獲物と距離を置いて待つ。
『誰がボスかやっと理解できたようだな』
坊主がまたムカつくことを言ってくれる。こいつは人をムカつかせる天才かもしれない。ここで腹をたてれば奴を喜ばせるだけなので冷静にいこう。
『それじゃみんな、僕の合図で一斉に攻撃するよ』
タケバヤシはさりげなく一番近い場所に陣取っている。近いと言ったところでクモ脚の索敵範囲外だ。どうせその距離だとマテリアルなんて雀の涙しか回収できないけどな。
『3,2,1 ファイヤー』
三本の光の矢がクモ脚に吸い込まれ、マテリアルが爆散する。残念ながら俺は外してしまった。
『おい、何ふてくされた真似してんだ? 大人げない奴だな』
また坊主がからんできた。わざと外したと勘違いされたようだが、その方が好都合かな。
「どうせお前らがちゃんと当てるだろ。四人がかりとかオーバーキルもいいとこじゃないか」
慣れない武器で命中させるとは、こいつらも腐ってもランカーってことか。まあ、火器管制システムがあるなら、クモ脚相手にこの距離でロックオンすればまず外さないか。俺は手動だけどな。
やっぱり、俺だけ別のゲームをやってるよなあ。
『ちょっと思いついたことがあります。試してみたいので大至急もう一匹見つけてきてください』
何を思いついたのかは知らないが、タケバヤシが何やら興奮気味だ。
せっかく俺に因縁をつけたのにタケバヤシに無視される形になった坊主は不服みたいで、ブツブツAIと陰口を叩いている。スキュータムのAIも無駄に高性能だよな、性格悪そうだけど。
俺もタケバヤシの思いつきとやらが少し気になったので、三匹目をすぐに見つけてやる。
『ぷるりんちゃんは敵に発見されるまで近づいて、攻撃されたら絶対バリアーを発動させてください』
なるほど、ぷるりんちゃんを囮にしておいて、後ろから近接戦闘を仕掛けるつもりか。まあ、そんなことだろうとは思ったよ。
『やだやだ、怖いよう』
ぐずって見せるぷるりんちゃんだったが、本気で怖がっているわけではないだろう。いろいろ面倒くさいオバチャンだ。
ジェミニがタゲられ絶対バリアーが発動するのを待って、クモ脚の背後で待機していたタケバヤシのサジタリウスが仕掛ける。ブーストダッシュで急接近し、零距離射撃。その距離でも撃つんだな……ビームソードの方が継続ダメージが入ってお得なのに。
クモ脚の間合いに入った瞬間、二本の脚に迎撃されてサジタリウスはあっさり撃破される。
『相撃ちか』
そりゃあ、脚は何本もあるからなあ、不用意に近づけばああなるだろうさ。
『タケバヤシ君、マテリアルの回収できたのかなあ』
『なるほど、回収量によっては相撃ちOkだな』
そう上手くいくかなあ。サジタリウスが撃破された瞬間、サジタリウスからもマテリアルが放出されたみたいだったがな。
なるほど、クモ脚以外の敵を倒してもマテリアルは得られるってことだな。いや待てよ、味方がやられた時に近くにいてもいいのか。この仕様を考えたゲームデザイナーは相当に意地が悪い。
タケバヤシが撃墜されたので、坊主とぷるりんちゃんはそうそうにログアウトしてしまう。俺だけ狩りを続けてもよかったが、絶対何か言われそうなのでやめておく。
ログアウトすると、待ち構えていたタケバヤシに事後ミーティングだとか言って集められた。俺はこの後は、昼飯食って昼風呂入って昼寝する予定だったんだけどな。
明らかに契約の範囲外だが、つきあってしまうのが日本人の性だな。
「今回は失敗しましたが、方法としては間違っていませんでした。壁役が引きつけておいて、触手の攻撃範囲の外から攻撃すれば安全に狩れます」
タケバヤシは自信満々のようだ。まあ、その方法でも今までのやり方よりは効率がいいのか? いや、俺には関係ないけど。
「だから柿崎さんも絶対バリアーを取得してください。リーダーとしてタダ乗りを許すわけにはいきませんから」
「悪いな。俺はソロでやらせてもらうよ」
何が悲しくてこいつらのヌルいプレイに付き合わなきゃならんのだ。
「とことん協調性のない人ですね。いいですか、僕の考えたこの方法なら圧倒的に効率よくマテリアルを回収できるんですよ。ただ、絶対バリアーを使用できるのは一日に一回だけです。あなたが加わることで四体狩れることになります」
いや、俺一人で狩った方がずっと効率がいいし。だが、そのことをわざわざ教えてやるほど俺は人間ができていない。オイシイことは独り占めだ。
「土下座するんなら今が最後のチャンスだぞ。マテリアルを貯めて俺が盾を手に入れたら、何匹だってガンガン狩れるようになる。そうなってから泣きついても遅いからな」
坊主は思ったより頭が回るようだな。安全バリアーじゃなく盾を使えば、囮役もマテリアルを回収できて一石二鳥だろう。
だが、俺の場合はそもそも囮役が必要ないからな。というか、こいつらの近接戦闘が駄目過ぎるだけだ。
ステージが進めば射撃の腕が要求されるミッションなんかも出てくるだろうが、そういうのも自分一人でチャレンジしてみたい。何より今日のプレイはまるで楽しくなかった。
「お断りします」
そう、俺は孤独を愛する男。楽しいゲームの時間を苦行にしたくはないのだよ。
「ちぇ、アウトロー気取りかよ」
作られた設定でも、その役をやっているうちに逆に影響を受けるってこともあるらしい。今の俺はアウトローのザック・バランな気分なんだ。
そういえば、防衛軍ではロールプレイの研究なんてのもやってたな。大昔の人達は演劇で神を演じることで神の力を手に入れようとしていたんだとかどうとか。
その理屈だと日本人のほとんどは伝説の勇者の力を持ってるってことになる。俺も子供の頃はRPGで何度となく世界を救ったもんだ。まあ、そう言ったら研究員達には大爆笑されたけどな。
たまに他人になりきって行動するっていうのも、案外悪くないもんだ。リンリンがいろんなキャラになりきって遊んでいるのにも、実は深い意味があるもかもしれない。
俺はアウトローっぽくニヒルな笑みを浮かべると、唖然としている奴らを背にして一人立ち去る。頭の中では以前見たマカロニウエスタンの渋いテーマ曲が流れていた。