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俺のロボ  作者: 温泉卵
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復活のぷるりんちゃん

 カツ之進の一室を借り切って、天ぷらを肴にビールを飲みながらタケバヤシ君との情報交換……の筈だったんだが。

 

「トンカツ専門店でてんぷら注文とか、店に喧嘩売ってんのかおまえら」


 グラス片手にタケバヤシ君との間に強引に割り込んできたのは、さっきまでバーカウンターでウンチクを語りながら麦焼酎を飲んでいた生臭坊主だ。べろんべろんに酔っぱらって絡み酒がうっとおしい。

 名前は覚えてないが、俺と三位決定戦で戦ったスキュータム使いのおっさんだ。皆は住職さんと呼んでいるが、本人は法師様と呼ばれたいみたいだな。 

 本物の坊さんだと自称しているが、坊主が酒飲んでいいのか? そういえば昔、実家の法事に来てた坊さんも堂々とビールとか飲んでた気もするし、宗派とかで戒律が違うのかもしれない。

 

「海が見えるお店なんてロマンチックですねー、夜景が綺麗ですー」


 窓辺の席に、何故かもう一人珍しいのが陣取っている。ジェミニ使いのネットアイドル、永遠の十八歳ぷるりんちゃんだ。実年齢はおそらく俺より年上、というか四十代疑惑も濃厚だけどな。ジミー君はこの女とつきあってるみたいなことを言ってたが、その後どうなったかは知らん。

 強い酒を浴びるように飲んでいるのに、塗り壁のような厚化粧のせいで顔色が変わらないのが怖い。小皺も毛穴も埋められてツルツルのお肌は、アンドロイドよりもよっぽど作り物に見える。最近アリサちゃんの化粧が濃くなりつつあるが、これと比べればまだまだナチュラルメイクの範疇だよなあ。

 ご本人が厚化粧の方が写真映りがいいと言ってるだけあって、ネット上の画像ではちゃんと美少女に見える。最近のカメラはシャッターを押すだけで顔を自動で修正してくれるんだが、その手のアルゴリズムを計算した上でフル活用してるんだろうな。さすがはネットアイドルだ。


 そうそう、カメラといえば俺がずっと欲しかった超限定の日本製一眼レフカメラだが、銀塩フィルムを使えるモデルが発売後わずか数分で完売してしまっていた。なんでも有識者達が無修正で撮影可能な銀塩カメラを危険だとか言い出したせいで、規制がかかる前の駆け込み需要がすごかったみたいだ。すでに数少ない現像所には検閲が入ることが決まっていて、今後は個人での現像も禁止される流れになっている。俺は自分で現像なんてできないから関係ないけどな。

 まったく、偉い人達は意味のないことをするよな。わざわざ銀塩フィルムなんか使わなくても、デジタルカメラの修正プログラムを書き換えれば無修正写真なんて簡単に写せる。規制なんてやるだけ無駄なんだよ。

 だいたい、今のネット社会が虚像の上に成り立っていることぐらい小学生でも知っている。そりゃあ、ぷるりんちゃんの真実の姿がネット上に晒されたら何人かはショックを受けるだろうが、元々大半の人間はアイドルをアニメキャラみたいなものだと思って楽しんでいる筈だ。後世に正しい記録を残すためにも無修正写真は必要だぞ。いやまあ、俺はただフィルム式の古いカメラがカッコいいから欲しかっただけなんだが。

 

 

 俺はタケバヤシ君だけ誘ったつもりだったんだが、いつの間にかガーディアントルーパーズII(仮)テストプレイヤーの親睦を深めるための会食ということになっている。

 別に食事を奢るくらいかまわないが……まあ、同じテストプレイヤーだし、情報交換はできるか。

 

 生臭坊主はともかく、なんでまたぷるりんちゃんまで来ているのか不思議だったんだが、どうも彼女は空いている四つ目のブースを与えられたみたいだ。本来あそこを使う予定だったプレイヤーがテロリストに誘拐されて空席になっていたが、会社としてはいつまでも金のかかった設備を遊ばせておくわけにもいかなかったんだろう。

 事実上大会五位のぷるりんちゃんに声がかかったそうだが、五位決定戦なんてやってたかな? まあ、俺も彼女と対戦したことはあるが、大会当時なら生臭坊主といい勝負ができるくらいの実力はあったと思う。

 

 それにしてもこうして揃ってみると変な奴ばかりだな。一番まともそうに見えるタケバヤシ君も、美少女しか愛せないという困った性癖故に公安からマークされている。なんでも昔書いた絵が架空人物保護法とやらに抵触したとかで前科があるみたいだ。絵を描くだけで逮捕とか怖い時代になったもんだが、海外じゃ政治家の風刺画を描いたくらいで普通に死刑になるみたいだし、日本はまだマシか。

 怪しさ爆発の生臭坊主に関しては、意外にも法的には綺麗な体らしい。小学生くらいに見える男の娘を連れ歩いたりしているが、法の抜け目を巧みに掻い潜ってるみたいだな。ゲームのプレイでも姑息な手をよく使う奴だし、小細工が得意なんだろう。戦う相手としちゃ面白いから別にいいんだけどな。

 ぷるりんちゃんはなあ、黒い噂もいろいろ聞くが……あくまでネットの噂だ。ジミー君の彼女みたいだし、噂が全部嘘ならいいんだが。


 普通の人間は俺だけというのがいささか心細いが、どんな変人が相手でも俺のリンクスが負けるわけにはいかないんだ。こいつらは態度がでかいが、別に変人だからって特別なわけでも偉いわけでもない、一般人代表としてせいぜい舐められないようにしないとな。


「ガトIIは対戦プレイができない? 現時点の仕様?」


 ガーディアントルーパーズII(仮)を略してガトIIらしいが、どうも語呂がイマイチだ。根本的なところから、タイトルから考え直した方がいいような気もする。

 そういえばガーディアントルーパーズIの頃から、ゲーセンではあまりタイトルで呼ばれてなかった気もする。『ロボゲ』『あのロボゲ』で通じてたな。最近は他にもロボットもののタイトルが増えてるみたいだし、そういうわけにもいかないだろうが。

 ネット上では『ガートル』の略称もよく見るが、それだとガートルIIか。それもどうかな。

 

 いっそのこと、カッコいい略称を先に考えてからタイトルをつければどうだ? ビリー氏的には別にゲームがヒットしなくても懐は痛まないんだろうが、俺としては好きなゲームにはやっぱり大ヒットして欲しい。

 ガーディアンロボット、略してガボとかどうだろう? なかなかモダンな感じでいいと思うんだが。フランス語っぽく、アン・ドゥ・トロワでガボドゥとか? カバディみたいでカッコいいかもしれない。それだと三作目はガボトロワになるのか……やっぱ駄目だな。仕方ない、もうガトツーでいいか。

 

「ガトIIはミッションを協力プレイでクリアしていくスタイルで、対人戦に特化させたI´との住み分けを狙ってるみたいです」


 今までのがIで、対人戦に機能を絞り込んだ簡易バージョンのI´に順次置き換えられていくらしい。なかなかややこしい話になっているようだが、アーケードゲームじゃ珍しい話でもない。IIは対CPU戦好きのプレイヤー向けに展開を予定しているのだという。対戦派とCPU戦派の不毛な争いはなくなりそうではあるな。


 ガトIIの現在の完成度を見る限り対戦プレイモードの追加くらい簡単な筈だが、それをあえてやろうとしないのは各機種の性能を戦術級シミュレーション寄りに調整したいんだろう。

 一対一の対戦ゲームであれば、各機体は互角に戦える性能がなければ不公平だが、軍団対軍団で戦わせる戦術級シミュレーションだと、機種によるじゃんけんの法則と役割分担がキモになってくる。

 最終的にはビリー氏は俺達を手駒にして、戦争ごっこみたいなのをやりたいんじゃないかと想像してるんだが、どうだろうな? 百対百の戦争ごっことか、絶対楽しい。樺太で似たようなことは経験済みだ。ああ、それで俺を出張させたのかもしれないな。


「あんなのまだまだゲームとはいえないだろ。今の段階じゃまともにプレイできる状態じゃない、未完成品もいいところだ。ペナルティが重過ぎておかしい、俺達にボーナスを払わない魂胆なのはわかりやすいけどな」


 生臭坊主はすでに何度も撃墜されてるみたいだ。ペナルティでずっと赤字状態のようで、スコアポイントの換金ができなくて愚痴っている。ペナルティが嫌なら当たらなければいいんだよ。


 坊主といえどさすがにクモ脚程度のザコにやられたりはしないだろうから、ミッションを進めていけばもっと強い敵が出てくるんだろう。それはそれで楽しみではあるな。


「ぷるりんちゃんも早速やられちゃいましたよ? 難易度が頭おかしいのですー」


 ジェミニは融通がきかない機体だからなあ、耐久が高くても落ちるときは落ちるだろうなあ。そういえば武装とかはどうしてるんだろう? ロマン砲がなければジェミニなんてただのデカい的だ。

 

「やっぱりどの機体も初期装備はアスパラソードなのか?」


「アスパラ……だと」


「確かにそう見えなくもないですが」


「アスパラ可愛いのですよ?」


 一応アスパラで全員に通じたみたいだ。あのデザインは他に呼びようがないしなあ。

 

「あれ、性能的にはまあ普通のビームガンですけど、他の武装が使えないのは厳しいですね」


「ふざけんなって、最初から盾をよこせってんだ。武器なら腕ビームだけでもなんとかなるんだよ」


 確かにスキュータムの腕武器はビームガンとビームソードだしな、アスパラガンじゃ意味ないな。盾のないスキュータムなんて、ただのバランス型の機体だ。あれ? リンクスとそう変わらんじゃないか。

 

「ぷるりんちゃんは早くおっきい大砲がほしいのです」


「マテリアル集めが厳しすぎますからね。僕は最初のミッションをクリアするのに一週間以上かかりましたよ」


「お前はクリアできたからいいよな。まだ一度も撃墜されてなかったよな?」

 

「中破は何度か経験しましたよ。いや、ペナルティきついっすね本当に」


 そう言いながらもタケバヤシ君の顔はこれ以上ないほどのドヤ顔だ。自慢だな、自分は一度も撃墜されてないと自慢してるんだこいつは。


 それにしても一週間以上かけてクリアしたとか、どうやら俺のやったミッションとは違うみたいだな。

 リンクスの最初のミッションは超イージーモードだったんだが、まあ、言うとやっかまれそうだから黙っておこう。テストプレイだし、難易度を落とす調整が入ったんだろう。あれはさすがに難易度落とし過ぎだけどな。

 

「マテリアルを集めるコツは一度に無理しないことですね。欲張らず安全な距離から攻撃すればいいんですよ。ミッションは失敗扱いになってもマテリアルは貯めておけるんで、何度も出撃を繰り返せばそのうちクリアできますよ」

 

「繰り返すったってお前、テストプレイは一日一回しかできないんだぞ。気の長い話だなまったく」


 どうやら最初のミッションがマテリアル集めなのは共通みたいだな。マテリアルが貯まらないとか言ってるが、まさかこいつら遠くから射撃で倒したりしてるんじゃないだろうな?


「明日はー、みんなで同じミッションうけませんかー? 協力プレイなのですー」


「お、それいいねえ。タケバヤシ大先生もいいかげん手の内は晒さないとな。攻略情報を秘匿する奴は嫌われるぜ」


 生臭坊主が調子のいいこと言ってるが、こんなこと言う奴に限って自分の手の内は誰にも明かさないんだよな。

 別に自分の発見した情報を独占しても構わないと思うし、そんな駆け引きもゲームの醍醐味だ。

 ジミー君なんかはラーメン一杯でなんでも洗いざらい教えてくれたけどな。

 

 

「協力するのはやぶさかではありませんが、ミッション中はみなさん僕の命令に従ってくださいよ」


「やだねえ、自分だけちょっと階級が上だからってさっそく上官風かい?」


「ぷるりんちゃんだけ少尉さんなのですー。ぷんぷん」


 テストプレイ中はタケバヤシ君が大尉。俺と生臭坊主が中尉でぷるりんちゃんが少尉らしい。階級が作戦行動にどう影響するのか……やってみればわかるか。

 

 明日の朝は十時に集合ということに決まったので、今日は早めに寝てしっかりコンディションを整えようと思ったんだが、皆はまだまだ飲むつもりのようだ。

 俺だけストイックにしてるのも馬鹿らしくなってきたので、店長お勧めの芋焼酎のロックをもらう。

 

「そういえば、柿崎さんはブラックボックス開いたんですか?」


 タケバヤシ君が何やら意味ありげに聞いてくる。


「ブラックボックスってあれだろ? 大会の副賞で何個かもらった。あれって開くのか?」


「僕は通常筐体で開きました。柿崎さんが出張に行ったすぐ後ぐらいですね」


「開いたのは今のところタケバヤシ大先生だけだな。拙僧は大先生にコピーして頂いた、感謝感激雨あられナムナム」


「さすがはチャンピオンなのです。ぷるりんちゃんもコピーしてもらいましたよ、絶対バリアー便利なのです」


 どうやらタケバヤシ君のブラックボックスの中には絶対バリアーとやらが入ってたみたいだな。ふざけたネーミングだがわかりやすいといえばわかりやすい。

 

「どうやらあの箱は、極限状態のプレイに反応してスキルが解放されるアイテムだったようです。柿崎さんもコピーしますか?」


 スキルをコピーした場合もちゃんとブラックボックスが一つ減るらしい。要するにブラックボックスの数だけスキルが手に入るわけか。


「いや、悪いが遠慮しておく。そういうのは自分で開けてみたいからな」


「僕はただ、絶対バリアーがすごく有用なスキルなんで皆に使って欲しいだけなんです。次の大会でフェアじゃないって言われても困りますしね。気が変わったらいつでも言ってくださいね」


 スキルって超必殺技みたいなアレだろ? ロボゲーで超必ってのもどうかと思うが、そういうゲームは結構あるし世界観崩壊って程でもないか。

 自分でスキルを開放するのは大変だが、誰かのスキルをコピーするならいつでも可能というのは悩ましい仕様だ。頑張って自力で箱を開けてもハズレかもしれない。その点、強力なスキルばかりコピーさせてもらえれば、ノーリスクハイリターンだ。


 だが、ゲームとして楽しいのはどっちだ? この手のガチャは何が出るのかわからないのが楽しいんだ。自分で開けてみたいのが人情ってもんだよ? ハズレスキルを引いたとしても、なんとかそれを工夫して使うのが面白いんじゃないのか?

 

 タケバヤシ君が自分の強力なスキルを他の二人にコピーさせたことで、それが当然のような流れができつつある。だが、俺としてはこの流れはぶち壊したいな。皆が同じスキルを持っててもつまらないじゃないか。

 

「協調性のない奴だなあ。情報交換したいと呼び出したのはお前の方じゃないか、ギブアンドテイクという言葉を知らんのか」


 生臭坊主が説教じみたことを言い出す。いや、俺はお前なんか呼んでないんだがな。

 

「まあまあ、住職さんも、せっかくの親睦会なんですから。柿崎さんもほら、謝ってください、仲直りの握手をしましょうね」


 タケバヤシ君が仲裁を買って出たが、仲直りとかわけのわからんことを言い出したので肩をすくめて無視する。最初から喧嘩なんかしてないからな。

 

「お前なあ! そんな態度とってると、そのうち誰も相手しなくなるぞ!」


 何故か突然生臭坊主がキレた。酔っぱらいの行動に論理性を求めても仕方ないが、こうわけがわからないリアクションが続くとモヤモヤする。


「ぷるりんちゃん、ケンカきらーい」


「悲しいなあ、どうして皆こんなに協調性がないんですか」


 カオスな状況だな、どうしてこうなった? 生臭坊主はただの酔っ払いとして、なんかおかしいのがタケバヤシ君だな。慣れない奴が無理してリーダーシップをとろうとしている? それならまだいいが、火のないところに燃料を投下して喜ぶ愉快犯も、ちょうど今のタケバヤシ君のような行動をとるんだよ。昔の同僚にそういう奴が一人いた。

 変人達の中では比較的話が通じる好青年だと思っていたが、案外面倒な奴かもしれない。今後はなるべくかかわらないようにしようか。

 

 その後は気まずくなって、部屋のあっちとこっちに自然と席が離れた。タケバヤシ君と生臭坊主はハーレム談議で意気投合している。リアルハーレムは億単位で金が飛んでいくとか、酔っ払い達が大声で馬鹿な話をしているが気にしないでおこう。

 

 俺はしなだれかかってくるぷるりんちゃんを適当にいなしつつ、天ぷらを肴に芋焼酎を口に含む。

 タラの芽のほろ苦さがアルコールによく合う。瀬戸内に春を告げる味覚だという、新鮮ないかなごのかき揚げがなんとも美味い。

 

 暮れなずむ海上に散らばる漁火を眺めながらこうしていると、つまらないいさかいなんてどうでもよくなってくるな。結局、いくつになってもみんな子供なんだよ、俺も含めてな。酒の勢いを借りてガキっぽいことをしてるのか、ガキっぽいのを酒のせいにして誤魔化してるのか。

 子供の頃はカッコよく高い酒を飲む大人の男になんとなく憧れがあったが、いやしないよなそんな人。

 まあ、確かに高い酒は美味いんだけどな。あまり飲んでばかりいると太りそうだ。最近は筋肉質になったせいか代謝が活発でお腹の脂肪もつきにくいが、それも程度問題だろう。

 

 

 予定時間が来たのでお開きにする。それにしても支払いが二百万を超えたのには驚いた。あいつら俺の奢りだと思って、とびきり高い酒ばかり飲んでやがったな。まあ、ここの支払いはカジノチップが使えるから痛くも痒くもないんだけどな。無税で日本円に換金するのに手間がかかるだけで、カジノチップなら何億円分もあるんだ。

 

 酔ったふりをしているぷるりんちゃんを一応部屋まで送っていってやる。引っ張り込まれそうになったが、その手には乗らん。

 魔性の女か、どうやらジミー君はただ弄ばれただけみたいだな。

 ガトIIのミッションが協力プレイ前提なら前途多難だが、リンクスの性能ならソロでもなんとかなりそうだ。砲戦タイプのジェミニだと前衛なしには辛くなるだろう、それで俺を取り込もうとしてるのか?


「ぷるりんちゃん一人で寝るのは寂しいのお」


「はいはい、いい子は一人で寝るんだぞ。明日のミッションは一緒に頑張ろうな」


「もう、ぷー」


 頭が痛くなってくる。アニメとかならこの手のパートナーは魅惑のヒロインと相場が決まってるんだが、現実は非情さ。とりあえず一人で部屋に入ってくれたので助かった。



 自室に戻ってやっと一息つく。とりあえずまずは風呂だな、ボタン一つで三十秒で浴槽にお湯が満たされる。湯船で体を伸ばして、いろいろ考えているうちについうとうとしてしまった。俺が溺れないように介護モードになった浴槽のアームが保持してくれる。至れり尽くせりだな、樺太に比べるとここは天国だ。

 バスローブを羽織って食堂へ、久しぶりの酒だったのにあまり気持ちよく酔えなかったので飲みなおすことにする。


 料理人の爺さんは休暇中で、リンリン達も来ていない。やっぱりあいつらは飯目当てだったな、いないとなると少し寂しいもんだ。アンドロイド達がいるから綺麗どころには不自由しないけどな。

 せっかく一人きりのチャンスなので、とびっきりのブランデーの封を切る。冷蔵庫の残りもので簡単にツマミでも作ろうと思ったが、綺麗さっぱり何もない。キャビアの大缶はさすがに一人で食い切れる気がしなかったので、オイルサーディンの缶をあけて醤油を数滴垂らしてつまむことにする。

 

 ガンマだったっけ? スーパーリアルタイプのアンドロイドがレーズン入りのバターを切って持ってきてくれた。そのまま横に座ってお酌をしてくれるが、控えめな態度が実にいい。ハーレムごっこに億単位の大金をつぎ込むくらいなら、この手のアンドロイドを買うべきだよなあ。まあ、その辺の好みは人それぞれか。


 だが、これからは確実にアンドロイドの時代だ。政府も少子化推奨に向けて舵を切りつつある。結局、移民政策は世界中に混沌の種をまき散らしただけで何の解決にもならなかったな。相次ぐ地域紛争に内戦、この大阪だって特区以外は事実上の無政府状態だ。

 結局、政治家達に必要だったのは、ただ従順な労働階級だったんだ。アンドロイドならまさにうってつけじゃないか。少子化を推し進めて面倒な国民をアンドロイドに置き換えていくつもりだろう。ドラマなんかも一時期の産めよ増やせよの恋愛モノから一転して、独身万歳なものばかりになってきている。

 ただ、なんとなくだが、ビリー氏はそんな世界は望んでない気がするんだよなあ。

 

 それにしても驚くほど香りがいいブランデーだ。多分とんでもなくお高いんだろうが、それだけの価値はあるってことか。クリスタルガラスのこのボトルだけでも芸術品だよなあ、気に入ったから空き瓶は夏に麦茶を入れる用にとっておこう。

 しょっぱいオイルサーディンも悪くないが、レーズン入りバターとの相性が抜群だなこれは。

 干しブドウの風味とブランデーの香りが響き合うのは、どちらも元々葡萄なんだから当たり前といえば当たり前だ。そしてバター、強いアルコールをなんとも柔らかく包み込んでくれて、舌の上にはコクだけが残る。多分、上等のバターなんだろうな。

 間違いなく最高の組み合わせの一つだろう。アンドロイドが知ってたのが驚きだが、考えてみればデータベースはネットにも繋がってるんだから、知識に関しちゃ人間より上だよな。


 美味いものは高カロリーだというが、ブランデーにレーズンにバターってことはアルコールと糖分と油脂か、カロリーの塊だ。火をつけたら燃えそうだ。さすがにこんなのを毎日飲んでたらダイエットする羽目になりそうだ。たまに少しだけ楽しむことにしよう。

 

 昔の俺は、馬鹿高い酒を買う金持ちは金銭感覚がどうかしてると思っていた。そりゃそうだろう、俺の年収より高い酒とかあり得ないというか、存在することが不快だったな。だが、大金を手に入れて生活の不安がなくなると、こういう贅沢もありだと思えてきた。金は墓場まで持って行けないんだし、生きているうちにいい酒を楽しんでもいいじゃないか。

 普通のブランデーの百倍の値段だからといって、百倍美味いかといえばそうでもないんだが、段違いなのは間違いない。チビチビ楽しみながら至福のひと時を味わう。

 

 リンリンやナンシーはこんないい酒でも水みたいに飲み干しちまうから勿体ないよ。それにしてもあいつらの肝臓はどうなってんだ?

 そういえば、俺も今日は結構飲んでるのに、たいして酔っぱらわない。やっぱりナノマシンのせいとかだろうか? 改めて精密検査をした結果、特に問題は見つからなかったが、そんなことはないだろう。念のために別の病院でも診断を受けるべきだろうか?

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― 新着の感想 ―
ヤバい値段のお酒を飲んでるのに、「空き瓶は夏に麦茶を入れるようにとっておこう」でほっこりしてしまう。
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