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俺のロボ  作者: 温泉卵
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人間バンジー・サイオーガ

 泣く子も黙るアメリカ海兵隊、人呼んで鬼のマリンコだっけ? なんか誰かがそんなことを言っていた気がする。戦場の死神、世界でもトップクラスにヤバい奴らだ。いろいろよくない風評も多いが、軍隊にとって荒くれものだというのは褒め言葉でもある。どんなに美辞麗句で飾っても、敵を倒すってことは人を殺すということだからな。お行儀よくしてて負けてしまうようじゃ意味がないもんな。敵に怖がられるくらいの方が抑止力にもなるし。

 

 そうは言うものの、占領地域では大人しい日本の防衛軍の方がずっと人気者らしい。こっちは逆にお嬢様の軍隊と揶揄されているくらいで、捕虜にも舐められて相当苦労しているようだ。

 日本政府は大陸には極力かかわりたくないようだが、年が明けてから米軍がシベリア方面で破竹の快進撃を続けているせいで、否応なく巻き込まれつつあるみたいだ。おかげで俺の長期出張が途中で終わったんだけどな。


 いい機会だ。海兵隊が噂通りの連中なのか、俺のこの曇りなきマナコで見定めてやろうじゃないか。


 リンリンは簡単に時間稼ぎしろと言ってくれるが、本物の兵士はにわか仕込みのテロリストやスパイなんかとはわけが違う。一対一でもなかなか厳しいのに、部隊丸ごと相手に勝てるわけがない。

 

 別に勝たなくてもいいんだけどな。要するに時間稼ぎをすればいいんだろ? おそらく連中の目的は俺を拉致してビリー氏との交渉材料にしようとか、どうせそんなところだろう。どういうわけか最近はいろんな組織が俺を欲しがる。ま、生け捕りを狙ってくれるんなら対処のしようってのはあるもんだ。

 

 問題は部隊の指揮官がどういう命令を受けてるかだよなあ、絶対殺すななのか、できれば生かして連れて来いなのかで全然違う。まあでも抵抗すれば半殺しくらいにはされるよなあ。近頃は脳さえ生きてればなんとでもなるからなあ、痛いだろうなあ、嫌だなあ。

 

 いやいやいや、ここは前向きに考えよう。殺さないよう手加減してくれる本物の軍隊とマジモンの実戦? ができるんだ。こんな貴重なチャンスは人生に一度あるかないかだ。俺、ワクワクしてきたぜ。

 

 訓練された兵士達の重々しい足音が近づいてくる、もう時間がない。咄嗟のひらめきで清掃用具ロッカーに駆け寄ってモップを取り出す。

 

 モップだよモップ。こういうので掃除の時間によくチャンバラごっこをして、先生に叱られたっけか。何十年たってもあの頃のデザインのままでちっとも変っていない。木製の柄は丈夫そうに見えるが、案外簡単に折れるんだよな。せめて武道で使うような樫の棒ならまだマシなんだが……いや、相手を油断させるにはこのモップで大正解なんだよ。このだらしなく垂れ下がった汚れたドレッドヘアーが脱力を誘うんだ。 

 

 防弾スーツに身を固めた兵士の群れがゲーセンに流れ込んでくる、互いに死角をカバーしながら素早くエリアを確保しているのがわかる。さすがは本物の軍隊、よくできた戦争映画以上のリアリティがある。惜しむらくは華がない、このまま撮影してドキュメンタリーに仕立てても同業者か一部のディープなマニア以外にはウケないだろうな。

 それにしてもよく訓練されている。米兵ってガムやピザをクチャクチャしながらいつもダラダラしているイメージだったがとんでもない、やる時はやるみたいだ。アメリカ人をちょっと見直した。

 

「か、関係ないんだ。我々は無害な一般市民だ」


 もうスパイ達は完全に戦意を失ってしまっている。黒づくめの装備にいかついゴーグルとガスマスクだからな、見た目だけで相当怖いもんな。

 両手を上げたままこそこそ逃げ去ろうとするが、一斉射で始末されてしまう。馬鹿だなあ、懐にトカレフを隠したままで殺気立ってる兵隊に近づいたら当然こうなるよなあ。

 常に甘い対応を心がけている防衛軍や自衛隊と違って、アメリカさんは容赦がないよ。今の場合、テロリストの射殺は合法かもしれないが、その気があれば殺さず捕虜にすることくらいできた筈だ。こういう相手なんだと気を引き締める。

 

 パワードスーツを装備した兵は見当たらないが、着ている防弾スーツはパワーアシスト付きの一番分厚い奴だ。これはもう準パワードスーツと言っていいだろう。ゴーグルも各種センサー付きでネットワークにもリンクしている。背負ってるバッテリーで半日は活動できる筈だ。


 スパイ達を制圧した勢いのまま、一気に俺を確保しようと迫ってくる。おいおい、この流れはまずいよ、なし崩し的にお持ち帰りされてしまう。


「それ以上近づくな! お前達はユーラシア連邦のスパイだな。俺の目の前で無害な一般市民を虐殺するとは許せんっ。いざ尋常に勝負しろっ」

 

 大音声で口から出まかせに叫んでみる。こんな時はとにかく声が大きけりゃ勝ちだ。日本語がわからなくても翻訳ソフトくらい使ってるだろう。指揮官らしい相手にモップを突き付け、カブキアクターのように大見得をきってみせる。

 

 チリチリする殺気が俺に集中し、無数の銃口が向けられる。大丈夫、困惑や戸惑いも混じっている、まだ撃ってこない。俺がただの一般市民だったらヤバかったかもしれないが、大事なターゲットだしな。作戦目標がモップで抵抗しようとしたからやむなく射殺しましたとか、報告書に書けないもんなあ。


「ちがいます、我々は合衆国海兵隊です。カキザキサンですね、あなたを保護します。一緒にきてください」

 

 指揮官はわりと流暢な日本語で話しかけてくる。バイザーを外すとイケメンの黒人士官だった。シュッと細面でキンタより数段ハンサムだが、どこか冷酷そうな目が怖い。あれはリンリンと同じ目だ。多分だけど、任務のためなら躊躇なく人を殺せるタイプだな。

 

「嘘をつくな、俺だってアメリカ海兵隊のことはよく知っている、ガッツのある世界一勇敢な戦士達さ。自由世界の守護神、正義の味方、我々日本人のトモダチだ。ああそうさ! 決して市民を虐殺なんてしない人達だ! ユーラシア連邦のスパイが栄光あるユーエスエーマリンコを騙るんじゃねえぞゴラァ!」

 

 興奮したふりをしながら叫んでいるうちに、自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。だが、効果はあったようだ。俺に向けられていた殺気がすごい勢いで戸惑いへと変わっていく。

 

 そんなに大勢のアメリカ人を知ってるわけじゃないが、とにかくノリのいい連中だとは思う。ラジオドラマの火星人襲来を信じて銃をぶっ放す愉快な国民性は今も健在だ。核兵器とか持ってなきゃ愛すべきドン・キホーテなんだがなあ。

 アメリカの正義だとか、海兵隊スゲーとかいったキーワードを散りばめて叫んでいれば、すぐに興奮してユーエスエーとか連呼し始める兵士が何人も出てくる。このリアクションなんか気持ちいいな、ノリがいいって素晴らしい。

 

「我々はそのマリンコです、正義の味方のマリンコです。本当です、信じてください。私達はトモダチですよね」


 イケメン士官はなんか必死だ。俺の三文芝居も見抜けないようじゃ指揮官失格だぞ。その方が都合はいいけどな。


「ハリウッド映画じゃ正義の味方を自称する奴は悪党って決まってるんだよ。本物の誇り高きマリンコなら剣にかけて示せよ」

 

 馴れ馴れしく歩みよろうとしたので、機先を制してモップを振る。何人たりとも踏み入れば攻撃するという意思をこめる。モップの柄のリーチが、武道で言うところの結界となるわけだな。

 ぴたりと止まったのは、さすがはプロの軍人だ。

 軽く殺気を放って見せたが、戻ってくるのは困惑。おいおい、わからないかなあ? 戦争じゃなく試合をしようぜって言ってるんだよ。


 これだけの人数にアサルトライフルで狙われちゃお手上げだが、剣道の試合形式ならなんとかなると思う。自分の得意な土俵で勝負して時間稼ぎする作戦だ。

 血の気の多い連中が挑まれて受けない筈がない。こっちは一人、向こうは三十人以上、圧倒的に向こうが有利な条件だしな。

 

「説得している時間も惜しいのです、仕方ない。少々手荒くいきます、悪く思わないでください」


 よし、誘いに乗ってきたな。

 

 腕に覚えがあるらしい兵が一人名乗り出てくれた。獲物はそのまま自分のアサルトライフルを使うようだ。暴発を用心してかマガジンを外してテーブル筐体の上に置いている。あれって一発だけ銃の中に弾が残ってるんじゃないのか? ちゃんと空射ちして確認している、よし、大丈夫みたいだな。


 さすがに銃剣は装着していないが、彼の構えは防衛陸軍で見せてもらった銃剣術に似ている。米軍も一応銃剣の訓練はしているみたいだな。


 銃剣はついてなくても銃身は金属製だからな、立派な鈍器だよ。あんなので殴られたらただじゃすまない、リーチではモップが勝っているから……はてさて、どう立ち回ったものか。


 間合いに入る直前、俺は礼をして見せる。それを見て兵士も慌ててひょいと頭を下げた。俺はそんなに礼儀正しい人間じゃないが、これでより試合っぽくなっただろう。周囲の連中に撃たれる可能性はできるだけ減らしておきたい。


 試合開始のゴングは鳴らない。ただ、膨らむ殺気でそれとわかる。相手はモップごとへし折る勢いで正面から体ごとぶつかってくる。が、甘いな。あいにくだが俺はチャンバラをするつもりはないんでね。

 

 無防備にさらされた小手を狙って、軽く突きを入れる。特殊繊維が編み込まれた軍用グローブは刃物を通さず衝撃も吸収してしまう優れものだ。が、突き指させるだけならほんの軽く押してやればいい。

 人間の体は不思議なもので、気合一つで頑丈になる反面、気を抜くととても脆い。それだから手加減一つするのも難しいもので、樺太では練習試合で対戦相手に結構怪我をさせてしまった。センセイは怪我をするのは気合が足りんのだと笑い飛ばしていたが、やっぱり対戦はゲームでやるべきだと思ったよ。


 まあ、今は逆の状況だ。相手に軽い怪我をさせるくらいで丁度いい。ちゃんと治療費が出るといいけどな。在日米軍の福利厚生は本国に比べてものすごく手厚いらしいから、きっと大丈夫だ。


 思った以上にいいタイミングで突きが決まる。今のでしっかり突き指したな、ちょっと痛かったろうな。それでも相手はそのくらいなんのそのと、むしろ勢いづいて突っかかって来る。猪武者は嫌いじゃない、戦士にはガッツが必要だ。だが、痛みを与えられたせいで無意識に俺を恐れるようになっている。ちょっとした変化だが、それだけで随分さばきやすくなった。


 腰がひけた分、力任せに銃を振り回してくる。見た目は派手だが単なる体力の無駄遣い……パワーアシストがあるから電気の無駄遣いかな。

 生身の俺相手にパワーアシストを使ってくるのはフェアじゃないともいえるが、むしろこの方がやりやすいな。アシストシステムの僅かなタイムラグのおかげで、先読みするまでもなく常に先手をとれる。ずっと俺のターンとかイージーモード過ぎる。

 米兵君の動きの型そのものは理に適っているので我流じゃなく何らかの格闘術なんだろうが、考えてから動いてる感じでまだまだ自分のものにできていない。“ガーディアントルーパーズ”なら初心者卒業プレイヤーってところだな。新技の練習なんかにうってつけの相手だったりする。


 制限時間を決めてなかったからいい時間稼ぎができる、相手がやる気をなくさないようにやり過ぎには注意しないとな。一発も当たってやるわけにはいかないので難しいが、なに、こういうのはゲームで慣れている。


 接戦を演じていると、ギャラリーの兵士達がゴーグルを外して熱狂的な応援を始めだした。いいねえ、こういうノリ。日本人はやっぱシャイだから、ゲーセンなんかじゃなかなかこうはいかない。実況掲示板やコメント投稿動画はそれなりに盛り上がるんだがな。カジノは外国のお客さんが多くてなかなかよかった。


 せっかくなので魅せプでいこう。舐めプレイと魅せプレイは似てるようで実は違う、ゲーマー同士でこの議論を始めると終わらなくなるのだが……俺の持論はもちろん、カッコいいは正義だ。


 一方的に技をひけらかすのではなく、相手の攻撃を華麗にさばいて手に汗握る攻防を演出する。待ちがギャラリーに見破られると飽きられるので、メリハリをつけた反撃を混ぜて俺の見せ場も作る。真剣勝負とは言えないが、こういうプレイも積み重ねればいい訓練になるものだ。


 この場にいるギャラリーは全員が海兵隊、俺は敵キャラってわけだ。演出の方向性は決まったな、アメリカ映画のラスボス的なキャラ作りか。有名どころを各種取り混ぜてやってみよう。


 モップを風車のようにブンブン回転させながらの大立ち回り。モップは軽いから派手なアクションも楽でいいな。見た目だけで威力のない攻撃なのに、相手は一生懸命反応しようとして勝手にヘロヘロになっていく。プロの軍人にしちゃ手ごたえがあまりにもない、ひょっとしてわざと負けようとしてくれてるのか?

 海兵隊の中にだってビリー氏のシンパが紛れ込んでても不思議じゃない。だが、相手が敵でも味方でも俺のやることは変わらない。蝶のように舞い、蜂のように刺す、モップで。これがなかなか面白い。


 “ガーディアントルーパーズ”にも槍やナギナタみたいなポールウエポンはあるが、性能が微妙過ぎてネタ扱いだ。俺的には棒の部分の強度がイマイチなのが気に入らなかった。でも、今度からちょっと使ってみようかな。


 どこかで嗅いだことのある妙な匂いがすると思ったら、相手の関節から白煙が上がり始めてしまった。モーターの焼ける匂いだったか。アシストシステムで激しい近接戦闘を続けるような状況は想定外ってことか。

 煙を見て怖くなったのか、相手はギブアップを宣言してしまった。残念、もっと時間稼ぎできそうだったのにな。


「はい、次の人は誰かな?」


 さも当たり前な顔をして、海兵隊の皆さんに呼びかける。ここが大事なとこだよ、続きができればまだまだ時間が稼げるよ。


 イケメン指揮官が何か言おうとしたが、その前に血の気の多そうなのが飛び出してくれた。バイザーもマスクも脱ぎ捨て、銃は……彼の銃はなんか短いな、銃身が切り詰めてある。コスト削減のためか? 米軍でそれはないだろう、市街戦での取り回しのよさとかを狙ってるのかもしれん。となると彼は近接戦のエキスパートか。短い銃をどう使って見せてくれるのか楽しみだ。

 と思ったらさっきの兵と銃を交換してしまった。それを逆手に構えて使うつもりみたいだ。さっきの人は装備を脱ぎ捨てて水筒をラッパ飲みしている、やっぱりあの服は相当暑いんだ。クーラーがついている分、パワードスーツの方がマシだよな。


 この人も黒人か、炎のフェイスペイントをしている、いかにも熱血ガイって感じだな。

 向かい合って礼をするやいなや、パワーアシスト全開で力任せに銃を振り下ろして来る。太刀筋はさっきの人と似てるな、皆同じ格闘術を学んでいるのかもしれない。どうせなら軍隊仕込みのナイフ格闘術なんかと真剣勝負がしてみたかった。

 大振りの攻撃を紙一重で躱して、急所を軽く突いてやる。どうもバランスを崩してやるとアシストシステムのオートバランサーが働くようなんだが、何度も続けているうちに船酔いみたいになるみたいだ。

 過剰なバランス修正をしてるんだろう、馬鹿なAIは時に足を引っ張るもんだ。軍用ならせめてベティちゃんくらいの高性能なのを組み込めばいいのに。最近は民生品の方が軍用より高性能だったりすることも珍しくはないそうだし、その辺はいろいろあるんだろう。


 熱血ガイはどうやら見掛け倒しだ。ひたすら突っ込んで来るだけなので超弱いぞ。あまりにひどいのでラスボスというより師匠キャラっぽい動きで対応してしまったが、意外にそういうのもギャラリー受けはいいみたいだ。

 最後は電池切れで動けなくなった熱血ガイが跪きながらなんかわめいていたが、怒ってる感じじゃなかったので師匠っぽく一礼しておいた。精進せいよ。


 熱血ガイのおかげで、挑戦者が順番に名乗り出るルールが定着した。我も我もと次々に挑んでくるので時間稼ぎが捗る。

 さすがに俺も体力が厳しくなってきたので、師匠キャラというか仙人キャラ風に対応させてもらう。最低限の動きで隙をピシリとついてやると、相手も次の一手を慎重に考えながら戦うので随分楽ができる。

 奇声をあげていたギャラリーもいつしか静まり返って、対戦を食い入るように見つめている。試合というよりこれじゃあ授業だ。


 それにしても黒人率が高い。キンタもそうなんだが、肉体の基本スペックが高くて羨ましい。だがな、身体能力の優劣だけで勝敗が決まるわけじゃないことを教えてやる。


 仙人モードでかなりスタミナをセーブしたつもりだったが、連戦につぐ連戦で体力の限界はとっくに超えている。だが、不思議なパワーがみなぎってきたからなんか大丈夫な感じだ。ある程度追い込まれないと、秘めた力ってのは自分じゃわからないものらしいし。

 

 空気の粒子の一つ一つ、光の波動までもが感じられる気がする。これまで何度かゲーム中とかに似たような体験をしたことはあったが、今日のはレベルが違う、なんぴとたりとも今の俺は止められないよ? これがアニメの主人公なんかがよく言う、時が見えるって感覚なんだろうか。そういや三十過ぎたら魔法使いになれるとかどこかで聞いた気がする。それが、このモードなのか?

 

 思考が澄み渡って、行動の結果が先に見えてしまう感じだな。この感覚を忘れないうちにもっと戦いたい。幸いなことに兵隊さんはまだまだ大勢いる。ごっつあんです。


 まあ、リアルでそんなに強くなって一体どうするんだってのはあるけどな。バトル漫画のヒーロー達が最強を目指すのはそれが読者である男の子達の夢だからだ。

 現実にもしあんなヒーローがいても、就職とか苦労すると思う。軍隊に入るにしたって、基礎体力は必要だが、突出した戦闘力より一般常識が求められる。

 裏の世界の用心棒とか殺し屋、ああいう仕事もコネが必要だしなあ。

 俺の場合は戦闘のコツみたいのがゲームの大会で多少は役立つかもしれないな。いや、それなら普通に対戦プレイをやりまくって練習した方がずっといいぞ。

 結論としては……戦闘力が高くても実生活じゃほとんど役に立たない。

 

 余計なことを考えていても、今の俺には全く隙が無い。通路のずっと奥の方からこっそり狙撃されたが、それも難なくかわす。飛んできたのは弾丸じゃなくて小さな注射器みたいなやつだ。中身はどうせヤバい薬なんだろうなあ。


 注射器は無駄だと悟ったのか、狙撃者は実弾に切り替えて来る。やはり実弾は速いな、何発かはギリギリ避けたが、この距離だと絶対に避けられないタイミングってのも発生する。だったらそんな状況は作らなければいいだけだよ、対戦相手が俺の盾になるように位置取りを工夫する。


 あの狙撃兵も米軍所属なんだろうか? 海兵隊の連中はまだ撃たれてることに気づいてないようだが、弾丸が見えていないのか? せめて弾着くらいには気づけよ……目立たない場所に全て弾着させている狙撃者が凄腕というのもあるか。


 

 何時間も戦い続けていた気もするが、実際は三十分足らずってところかな。狙撃者が引き上げたと思ったら、ようやく待ちに待った援軍がやって来てくれた。


 乗り込んで来たのは防衛陸軍のパワードスーツ隊だった。使用済みのブースターを背負っているところを見ると、ヘリか何かから降下して来たんだろう。そんなの捨ててこいよと言いたいが、彼らは空薬莢一つ道端に落とすことも許されないらしいんだなこれが。

 あのブースターはちゃんとパージできる設計になっている。固形燃料式で再利用はできないから、本来は着地する直前にかっこよく切り離すのが正解だ。空挺部隊の見学に行った時に俺も降下体験をさせてもらう予定だったんだが、スケジュールの変更で駄目になったんだよな。人生でやってみたいことのトップ3だったんだが。

 

 パワードスーツ隊と海兵隊の睨みあい。戦えばどちらが勝つか? 装備次第なので何とも言えないが、今の状況だと重火器の用意がない海兵隊の分が悪いかな。

 それでも海兵隊は一歩も引かない、間違っても日本側からの発砲はないという信頼がある。舐められてるとも言う。


 せっかく来てくれたパワードスーツ隊だが、案外頼りにならない。だがこれは彼らが悪いんじゃない、外交レベルの問題だ。

 隊長はまだ若い防衛陸軍の中尉さんだが、覚悟を決めた顔をしている。いざとなったら自分の責任で目の前で国民が拉致されるのを防ぐつもりだろう。海兵隊の指揮官もそれがわかるからごり押しするのを躊躇っている。


 結局、双方とも上からの指示待ちみたいだ。外交がからむと日本政府はすぐへたれるから心配だなあ。パワードスーツ隊に撤退命令が出たら、俺は国に売られたってことだ。


 幸いなことに撤退命令が出たのは海兵隊の方だったみたいだ。米兵達の何人かは明らかにほっとした顔をしている。俺と試合った連中は敬礼して去っていく、俺は軍人じゃないから軽く頭を下げて見送った。


 隊長同士もビシッと敬礼を交わしていたが、こちらはバチバチ火花が飛び散ってる感じだな。指揮官クラスだと結果が昇進に直結してくるもんな。


 海兵隊が引き上げた直後に、パワードスーツ隊に帰還命令が届いた。タッチの差で俺は救われたことになる。どうやら俺は日本政府に見捨てられたんだが、神は見捨てなかったようだ。何かの手違いなのか、指揮系統が混乱しているのか……いや、要するに交渉すらしてないで勝手に相手側に配慮して、しなくていい譲歩をしようとした偉い人がいたってことじゃないか。結果オーライだからまあいいけどな。



 駅前の広場に、反重力エンジン搭載の小型機が降りてくる。大停電やテロ騒ぎなんかで昨日からヘリなんかが頻繁に離発着してるせいか、周囲の人達は低空に浮かんでいる飛行機を見ても平然としている。


 コクピットの窓からナンシーがこっちに手を振っている、どうやら俺達を迎えに来てくれたらしい。このタイミングで到着とはえらく段取りがいいじゃないか、良過ぎるくらいだ。


 別にナンシーが操縦してきたわけじゃなく、パイロットに無理を言って見学していたようだ。普段の俺なら一緒にコクピットに入れてもらうんだが、さすがにそんな元気は残っていない。

 

 ファーストクラス顔負けのゆったりした席に座りこむと、一気に力が抜ける。なんかもう完全に電池切れって感じだ。このまま永遠の眠りにつくんじゃないかとちょっと怖くなる。


 冷静に考えると今日の俺はちょっとおかしかった。いや、少なからずおかしかったぞ、三十代になって一皮むけたとかそんなレベルじゃない。飛んでくる弾丸がさっきみたいにはっきり見えたのは初めてだ……俺、人間やめてないか?


 そういえばロシアのサイボーグ娘に献血した時に、戦闘用のヤバいナノマシンみたいなのに感染した可能性があると言われたことがある。医者にはちゃんと処置したから後遺症はないと言われたが、ひょっとして何か見落としがあったのかもしれない。


 ロシア製のナノマシンの力で超人になるとか勘弁して欲しい、あれは副作用がとんでもないんだよ。力を得る代償に寿命が大幅に削られるって話じゃないか。十代の兵士が三十まで生きられないってことは、三十のオッサンだったらどうなるんだ?


 こんなことになるならロシア娘なんて助けるんじゃなかった……いや、それは違うな。三十年の人生で、あんなに女のコにいいカッコできたのは初めてだった。考えてみれば人としてかなり立派なことをしたんだよ? それで命を落とすことになったとしても人生に悔いなしだろう……死ぬのはやっぱり怖いけどな。悪いのはろくでもないナノマシンを作った連中、作らせた連中だな。死んだら化けて出てやる。


 ホテルに戻ったらすぐ病院で診察してもらおう。余命宣告とかされたらショックだろうが、そうなったら腹をくくって太く短く生きてやるさ。金はそこそこあるんだし。


 リクライニングさせたフカフカのシートが気持ち良過ぎる、とにかくもうとっても眠いんだ。小難しいことなんてどうでもよくなってきた。

 人間一度は死ぬもんだし早いか遅いかの違いでしかない、死ぬ時は交通事故でも死ぬんだ。転んで死ぬことだってあるし、モチを食ったって死ぬ。いや、超人パワーで弾丸が見えなければ俺はさっきの狙撃ですでに死んでいたかもしれない。人間万事塞翁が馬ってやつだよ?


 睡魔に抗うのをやめると、あっという間に深い眠りの中に沈んでいく。そうだな、目が覚めたら全部夢で、俺は会社のパソコンの前で居眠りをしてたってオチかもしれないな。それはそれで嫌だが……どっちがマシなんだろうなあ。


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