吹雪の決闘
給湯室でカップ焼きそばができるまでの間、ペットボトルでジャグリングしながら時間をつぶす。
慣れれば結構簡単だ、ペン回しより簡単なくらいだ。
ゲーム内でロボットに剣でジャグリングさせる方がずっと難しい。何しろ現実世界で動かすのは自分の体だ、俺の指ときたらなんて自在に動くんだ。そういや今までこんなに意識して体を動かしたことはなかった気がする。
ペットボトルなんぞ思うがままにくるくる回せるようになった。要は重心と加速度だよな。
「なんだなんだ、サーカスにでも転職するつもりか?」
背後からいきなりの拍手。暖簾の向こうからのっそり出てきたのは田端先輩だった。変人だが仕事はそこそこできる貴重な人材だ。
「サーカスで働くのもいいなあ。こんなブラック企業やめてえよなあ」
冗談なのか本気なのかよくわからないので、適当に愛想笑いで誤魔化す。
口の軽い人だからな。おまけに上司に告げ口するのが大好きときている。うっかり一緒になって会社の悪口を言ったりしていれば、間違いなく後でえらい目にあう。
「転職するなら早い方がいいぞ。俺みたいに三十過ぎると行き場がなくなる」
この人の口車に乗せられて辞めていった同僚は数知れず、その後の連絡もないから転職できたかどうかも不明だ。せめて一人くらいは成功してくれてるといいよなあ。
「やっぱ、これからは農業の時代だと思うぞ。今度のプロジェクトで昇給しなかったら、田舎に帰ってファーマーもいいかなあ」
俺が焼きそばを食っている間、田畑先輩はずっと夢を語り続けていた。この間までは寺の住職になるとか言ってたよな、この人。どうせ仕事中にネットで拾った知識の受け売りだ。まあ、俺は甘い話に乗るつもりはないからどうでもいいが。
「こんな所で馬鹿話くっちゃべってないで、さっさと仕事しないか!」
まずいな、外食に出ていた筈のお局様が戻って来てしまった。給湯室の管理責任者にして女王様。ヒラの俺たちより社内カーストは上だ。
「だって、まだ昼休みだし」
田端先輩がごもごも口答えをしようとする。何度も見慣れたシチュエーションだ。この先の展開も予測できるので、大急ぎで残りの焼きそばをかきこんでそそくさと立ち去る。
「あんたら社畜に昼休みなんかあるもんか。わかったらとっとと働け!」
背後でお局様の雄たけび。そういえばあの二人は同期入社らしいし、いっそくっついちゃえばいいのに。
「ガーディアントルーパーズはただ今40分待ちとなっておりまーす」
ゲーセンの外にまで順番待ちの列が続いている。ここのところ急に人気が出てきたせいだ。
筐体の設置店舗も増えているようだが、大型筐体ということもあり置ける店は限られている。プレイヤーの急増にまったく追いつけていない。
「まいったっスねえ、人多すぎっス」
たまたまジミー君と一緒に並んだのだが、一日中入り浸っている彼ですら今日まだ5回目だという。なんでも夕方のピークの時間帯は2時間待ちが普通だったそうだ。
急に人が増えた原因はわかっている。大阪にあるカジノ特区内でスコアポイントの換金サービスが始まったからだ。
カジノ特区に筐体百台を設置した“ガーディアントルーパーズ”専用のブースができたらしい。
そこではスコアポイントを日本円に換金することができる。それだけならカジノなんだし別に驚く話でもない、勝てば儲かるのが賭博場だ。
注目すべき点は、カジノで使われるパイロットカードも一般のものと共通だという点だ。要するにスコアポイントの貯まった俺のパイロットカードを持って特区に行けば、普通に現金が手に入るわけだ。
ニュースのコメンテーターはグレーゾーンだとか言ってたが、全国のゲーセンで金儲けができてしまうというのは限りなく黒に近いんじゃないか?
まあ、特区関係は政治家の利権の温床だし、なんでもありなんだろう。法律を作る人間がせっかくいいと言ってくれているんだから、堂々と儲けさせてもらうつもりだ。
俺としては政治家がマフィアと癒着してようが気にしない。どうせなら特区以外でも換金できるようにして欲しかった。今の制度だと、ある程度まとまったポイントを貯めてから現金化しないと、大阪までの往復のチケット代がもったいない。
それにしても、ここまで順番待ちがひどくなるとは思わなかった。皆お金が欲しいんだな。
「やっぱ、換金が原因だよな?」
換金レートは10ポイントで1円だ。スコアポイントを稼ぐ手間を考えると、初心者にとってはそんなにオイシくはない筈なんだが。むしろそこそこ勝てるようになるまでずっと赤字だと思う。
俺の場合、1プレイで10kポイント稼げるかどうかだな。1プレイ15分かかるとして、一万ポイントなら千円になる。時給四千円か……やばい、会社で働くよりずっと儲かるじゃないか。
「ギャランティシステムが儲かるんスよ、トップランカーは1戦で100万以上稼いでるっス」
今回導入されたギャランティシステムというのは、対戦時の映像を公開できるというものだ。対戦者双方が合意の上登録しておけば、対戦動画を公式サイトから無料で視聴できる。
動画のアクセス数に応じてプレイヤーにスコアポイントが支給される、つまりギャラが出るわけだ。
「あんなの見るのマニアだけだろ? なんでそんなに儲かるんだ?」
対戦動画なんてプレイヤー以外が見てもあまり面白くないと思うぞ。“ガーディアントルーパーズ”は今時のゲームにしちゃ演出が地味だしな。
「わかってないっスねえ、カジノじゃ賭け試合が組めるでしょ?」
賭けか。特区じゃトトカルチョをはじめ、あらゆるスポーツが合法的に賭けの対象になるんだよな。他人の勝ち負けに金を賭けて何が楽しいんだろうなあ、賭けなんてせずにその金で美味いものでも食ってれば確実に幸せになれるのに。金持ちの考えることはよくわからん。
「でも、ゲームの対戦なんて八百長やり放題じゃないか」
「そういうのもコミコミで賭けるんでしょ、ギャンブルなんてそんなもんスよ」
ジミー君め、知った風な口を利く。
ギャンブルの経済効果は大きいらしいが、カジノ特区周辺の地元民はマフィアの抗争に巻き込まれるのが怖くて逃げ出している。貧乏人に厳しい場所のようだ。
マフィアとか怖いし、わざわざ換金に行くのも面倒だ。換金率もそれ程でもないし、俺はやはりネットオークションで稼がせてもらおうかな。
一時間近く待ってようやく俺の番が回ってきた。ステージ5まではもう楽勝でいける。
サジタリウスの攻撃も慣れれば案外ヌルいもんじゃないか。
これまでは機体のバランスを崩さない操縦を心がけていたのだが、ワイヤーアンカーを積極的に機動に利用するようになって、それでは動きが限られてしまうことに気づいた。なんかコツがわかってくると、一瞬バランスが崩れていてもすぐに立て直せるので案外転倒しない。急に一皮むけた気分だ。
重いXキャリヴァーを振り回すのにも慣れてきた。剣の重量を支点にして動くことで、急なターンも楽に行える。無理やり動かそうとするのではなく、時にはリンクスが剣に振り回されるように動くのもありだ。
一瞬剣を手放してワイヤーアンカーを発射するやり方も普通にできている。これ、腕の角度によっては剣を持ったままのアンカー発射もできるな。ミスると危険だけど。
苦労してたのが嘘のようにサジタリウスの懐に飛び込むことができた。地雷を今更設置しても無駄だよ。近接戦闘ではサジタリウスは我がリンクスの敵じゃない、一刀両断だ。
絶好調でステージ6に進む。今度はスキュータムとトーラスの2機が相手だ。
スキュータムは専用盾と44ビームガン装備のお約束装備だ。それなりに手強いが、手の内は対人戦でよくわかっているのでいい練習相手になる。
トーラスは店売りにはない、リンクスと同じレア機体だそうだ。ぱっと見はマッチョなミノタウロスだなあ。全体的にスキュータムよりボリュームがあり、一回り大きい。頭部センサーはモノアイ式なので悪役っぽい印象を受ける。特にごつい上半身と頭のダブルアンテナがバッファローを連想させるので、プレイヤーの間ではすでに『牛』の略称が固定しつつある。
トーラスのごつい肩パーツは見た目通りパワーがあるが、動きは少々鈍重。ただしブーストダッシュによる前方への突進はなかなか素早くて侮れない。
トーラスの専用武器は両手持ちの長銃身ビームガンなのだが、何故か滅多に射たずに鈍器として振り回して来る。ごく稀に発射してくるビームのエフェクトは太くて結構派手だ。多分、当たればすごい威力なんだろう。
スキュータムもトーラスも一機ずつならそれほど怖い相手ではない。単機としては火器のデパートみたいなサジタリウスの方が普通に強い。だが、CPU相手とはいえ2対1となると結構きつい。ステージ6のクリア条件は時間内に二機とも撃墜することだ。
偶数ステージなのでクリア報酬を期待してるんだけどなあ。そう簡単にはいかないだろうが、クリスマスまでにはクリアしたいものだ。
トーラスをなんとか斬ったところで、スキュータムが全力で逃げ始めた。なんてセコイAIだ、残り七秒しかない、逃げ切るつもりだ。
追いつける訳がないので叩きつけるようにイジェクトボタンを押す。残り三秒、さすがに間に合わないか? ありがたい、即座に挑戦者が乱入して来てくれた。
『戦闘データの公開を許可しますか?』
ギャランティシステム? だったっけ? 儲かるというのは眉唾ものだが、試しに公開してみよう。
装備はXキャリヴァーとバスターソードを両方持っていくことにする。バスターソードは最大耐久があまり残っていない物を選ぶ。使いさしの店売り武器なんて売り払っても二束三文だし、戦闘中に投棄しても惜しくない。
Xキャリヴァーは背中に固定しておき、基本はバスターソードで戦うつもりだ。対人戦は武器の耐久がもりもり減るからな。
相手はランダムステージの設定にしていたらしく、出撃後にダイスロールでステージが選択される。
ブリザードステージとはなかなかレアなのを引いたが、俺にとっては悪くない。未発見状態なので敵はUnknownと表示されているが、十中八九は定番装備のスキュータムだろうな。
このステージは猛烈な吹雪のために視界がほとんどなく、ビーム兵器は距離による減衰が著しい。索敵能力が高く、実弾兵器を装備している方が有利になるわけだ。
お互いに敵を発見できずドローになることも多いらしいけどな。ドローだと両者負けになるので出来れば避けたい。
索敵能力にはアクティブとパッシブの二種類があるが、俺のリンクスにはそもそもアクティブスキャナが内蔵されていないため選択の必要がない。
その代わりリンクスのパッシブスキャナはなかなか優秀で、おまけにステルス性能も悪くないのでスキュータム相手だと先手を取りやすい状況だ。問題は時間切れドローだな。
四時方向にビームを確認。見当違いの方向に撃ってるが、どうやらわざと自分の位置を知らせて誘っているようだ。
この戦闘は公開されてるらしいから、あまりカッコ悪い真似はしたくないよな。地形を生かし、吹雪に隠れながら慎重に接近する。
残り時間が十秒を切ったところでワイヤーアンカーの射程まで接近できた。相手はやはりスキュータムだ、蛍光ピンクの派手な塗装のおかげで視認しやすい。
ワイヤーアンカーを発射するが外れて、敵の足元にアンカーが刺さる。だがそれでも問題ない。
ワイヤーを巻き上げながら少し斜めに軽くジャンプ。同時にブーストダッシュをかける。これだと移動ベクトルを細かく調整できるし、空中でビームを切り払った場合にも体勢を立て直しやすい。片手で使えるバスターソードを持って来て正解だったな。
相手の反応が鈍いな、フェイクか? 無防備な背中をバスターソードで叩き斬るとあっさり転倒した。そのまま上からの突きで地面に串刺しにする。
Xキャリヴァーでトドメを刺すつもりだったが、すでに相手のシールドゲージは残っていなかった。専用盾が性能よすぎで硬いイメージがあるが、スキュータム本体は結構柔らかいのだ。
残り時間2.08秒、敵のプレイヤーはドローになると思って油断してたんだろう。抵抗らしい抵抗は最後までなかった。
まあ、戦場で油断する方が悪いんだぞ。