彼を愛さなかったスパイ
なんか背中に鰹節を入れられたような感覚。久しぶりの懐かしいベッドで熟睡していたと思ったのに、筋肉痛のせいで寝苦しくなって起きてしまう。まあ、二度寝したからもうとっくに明るいんだけどな。朝飯を探すカラス達の鳴き声が聞こえる。
起き上がると全身が軽い筋肉痛だった。筋肉痛は別に悪いことじゃない、筋肉が超進化、いや、超回復する時の疼きらしい。最近はそこそこトレーニングもして体を鍛えているので、派手な筋肉痛になることもなくなってたんだが、昨日は自転車でジャンプなんかして、普段使わないような筋肉を酷使したからだろうな。
足の筋肉はわかるとして、背筋や二の腕まで引きつった感じになるのはちょっと納得がいかない。無意識にバランスをとるのに使ってたんだろうか?
テロリストと戦った時の鬼のような痛みに比べたら大したことはないが、大阪に戻ったら一度入院してちゃんとマッサージしてもらおう。
リンリンは少し前に起き出して、一度外出したみたいだ。どうやら近所のコンビニで買い物してきたらしく、レジ袋に入ったオニギリや菓子パンがテーブルの上に放り出してある。歯ブラシやコスメなんかも買ったらしく、洗面所で歯磨きをして……化粧も済ませたみたいだ。食事の前に歯を磨くとか二度手間だと思うんだが、最近の若い子はそれが普通みたいだ。これがジェネレーションギャップとか言う奴なのか?
夜中のうちに停電は終わって、世の中はすでに平常運転に戻っているらしい。関係者は死に物狂いで復旧に頑張ったんだろうなあ。24時間以内に修理できなければボーナスなしだとでも上に脅かされたか、あるいは早く直れば特別ボーナスだと釣られたか。
成果が上がるのは餌で釣る方だが、経営者ウケするのはボーナスカットだな。労働法の改正で労働者には給料の不可侵が、経営者にはボーナスの自由な裁量が認められるようになって、基本給を減らしボーナスを増やす企業が続出した。
俺の前いた会社も、基本給は安いが頑張ればその分ボーナスが出るから、一流企業よりむしろ稼げるとか聞いていた。就職前はな。
もちろん実際にはそんないいものじゃなかった。よく言えば評価基準が曖昧、悪く言えば上司の気まぐれで貰える額が決まるシステムだ。戦国ゲームで民が反乱を起こさないように施しコマンドを実行する感覚だな。サラリーマンを生かさぬよう殺さぬようにする政策だよ、一揆が起きるのも時間の問題だろうなあ。
それにしても近年稀に見る大停電だった。こんな時こそニュースを見たいが、携帯端末を使うと位置情報が抜かれる可能性が高い。どうせ俺達がここにいることはすでに敵対勢力にバレてそうだが、増やさなくていいリスクをわざわざ増やすのは馬鹿げている。
そういや部屋にあったパソコンもなくなっているじゃないか。そんなに重要なデータは入ってない筈だが、プロに解析されたらパスワードとかいろいろ抜かれる可能性はあるな。幸い“ガーディアントルーパーズ”関係のアクセスはパイロットカードがないとできないから、その辺は多分大丈夫だ。
うーん、それもこれも全部『敵』の仕業なんだろうか? ユーラシア連邦なのか、その他の組織なのか。
昨日の夕方、俺はロボを見たんだ。敵か味方かはわからないが、確かにあれはロボだった。一瞬だが間違いない……と思う。光学迷彩でちょっと視認し難かったが、幻覚なんかじゃない。よく考えればタイミング的にはリンリンだってバッチリ見てる筈なんだよな。
「なあ。峠道であれ、見たよな?」
つぶつぶ感がやや過剰な人造タラコのオニギリを食いながら、それとなくリンリンに話を振ってみる。
「ええ。最初は野良犬かと思いましたが、あれは間違いなくキツネの轢死体でしたわ」
ああ、そういやそんなのも道路脇に転がってたかもな。野犬にしちゃやけにオレンジ色だと思ったんだよ。少し田舎に行けば野生動物の交通事故は日常茶飯事で、タヌキが轢かれてた話はよく聞くがキツネは珍しい。いやそうじゃなくって……
「町の近くの山にもまだ豊かな自然が残されていたなんて。本当に素晴らしいことですわ」
うーん、いろいろツッコミたいが、わざとピントのズレた話をしてるんだろうな。どこの誰に盗聴されてるかもしれない状況で、うかつにロボの話なんてできないか。
「ところで天井が煤まみれなんだが」
昨夜のファイアーのせいで、白いボードに黒い煤の跡がしっかり残ってしまっている。間違いなく大家に文句言われるぞ。
「あー……てへぺろ」
リンリンは目を逸らしてボソッと呟く。舌も出さないとか酷い手抜きだな、別にいいけど。
さて、今日はどうするか? リニアに乗れば大阪まではあっと言う間だが、せっかく近くに来んだしちょっと気になっている野暮用を片づけておきたい。
郵便物の山の中にあった前の会社からの封筒が気になって見てみたら、無断欠勤の損害賠償として一千万円請求するとかおかしなことがいろいろ書いてあった。もちろんこんなものは優秀な弁護士先生に丸投げしてしまえばいいんだが、一応、顔を出して挨拶くらいはしておくか。賠償金など払うつもりは毛頭ないけどな。
電車ももうちゃんと動いてるみたいなんで、せっかく買った自転車だがアパートに置いていくことにする。リンリンは少々残念そうにしていたが、近くに来た時にまた使えると納得している。いや、アパートの鍵は貸さないぞ、ここまでたまり場にされちゃかなわない。もっとも、鍵をかけておいたところで何者かに盗まれてるかもしれないけどな。
ところで、お高い自転車は必要経費で買ったんだろうが、用が済んだ後は私物化して良いものなのだろうか? そもそもスパイや殺し屋って所得税を払っているのか?
長年通い慣れた会社へのルートは体が覚えていて、意識せずとも自動操縦みたいに勝手に体が動いていくから面白い。人間もロボットみたいなもんだよなあ。
通勤時間はとっくに過ぎているので車内はガラガラで、なんかくすぐったいような妙な感じだ。それ以上にあれだけの大停電の直後だというのに、誰もが平然としているのがおかしいけどな。危機意識が麻痺しているのか、それとも肝が据わっているのか。まあ、騒いでパニックになったところで状況が改善するわけでもなし、これはこれでいいのか。
それなりに覚悟はしてきたつもりだったが、駅を降りて会社のビルが見えてくると、少々緊張してきた。テロリスト達と対峙した時に比べれば笑ってしまうほどなんともない筈なんだが、それはそれこれはこれだ。馬鹿と交渉するのにも、それなりのストレスはかかるものなんだな。
ビルに到着して唖然とする。いや、見覚えのある建物はちゃんとあるんだが、雰囲気が一変してしまっている。玄関ロビーには『お受験研究会』と書かれた看板がかかっていて、有名な子役俳優が楽しく勉強しているポスターが壁一面に貼られている。これじゃあまるでどこかの学習塾じゃないか。
「入会のご相談ですか? よろしかったら中へどうぞ。どうぞどうぞ」
俺がきょろきょろしているうちに、三十代くらいの事務員風の女性にリンリンが捕まっている。
「さあさあ、お父様もご一緒にどうぞ」
お父様って……俺のことか? こいつの目は節穴か? 俺達が受験する子供がいるような夫婦者に見えるか? リンリンは見た目は二十歳前後だし、今年で三十とはいえ俺だってまだまだ学生で通るんじゃないかと自負している。実際、浪人してドクターコースに進んでまだ学生やってる同級生もいるしな。
だが、リンリンがノリノリでついて行くので、諦めて従うことにする。この女はどうしてこう余計な事に鼻を突っ込みたがるかな?
女はリンリンに九割、俺に一割くらい気をつかいながら、強引に俺達を相談室のような部屋まで連れ込みやがった。パーテーションを組み替えただけだろうが、俺の知っていた会社とは間取りが一変してしまっている。
入れ違いに幼児を連れた若い母親が出て行く。まさかあんなに小さな子が受験生なのか? 話には聞いたことがあるが、幼稚園お受験ってやつか。
いや、そんなことはどうでもいいんだ。会社はどうなった? まさかいきなり受験産業に業種転換したのか? 儲かりそうなら何にでもすぐ手を出す社長だとは聞いていたが……
「うちの子はまだ三歳なんですけど、お受験なんてまだ早すぎないかと思って」
「そんなことございませんわ、受験戦争はゼロ歳の時から始まっているんです。むしろ三歳は遅いくらいですのよ。でも大丈夫、ご安心ください。わが社では長年のノウハウに基づきお子様に合わせたカリキュラムをご用意させていただいております。遅れなんてすぐに取り戻せますわ」
リンリンに三歳の子供がいるとか知らなかったよ。本当にこいつは嘘つきの天才だな、息をするように口から出まかせをポンポンと……こいつがすごいのは堂々と役になりきることと、自分がついた嘘を全部きちんと覚えていることだな。
一貫した整合性のある嘘をつくには相当頭がよくなくちゃ無理だ。俺には逆立ちしても真似できそうにない。別にいいんだけどな、俺は嘘は嫌いだし。
「どうします? あなた」
おいおい、こっちに振らないでくれ。アドリブは苦手なんだからな。
「どうするって言われても、俺にはわからんよそんなの」
「ご心配なく、お父様はただ後ろでどっしり構えて見守って下さればいいんですのよ。お受験のことは全て奥様に一任なさるのが成功の秘訣ですからね」
助かった、どうやら俺は何もしなくていいみたいだ。だが女二人が熱心に相談している中で、完全に無視され続けるとそれはそれで悲しいものがあるな。世間の父親はこういう疎外感を味わってるんだろうか? まあ、仕事が忙しくて普通こんな場所には来れないだろうけどな。
リンリンはたくさんのパンフレットを渡されて真剣に読むふりをしている。さすがの演技だが、一体いつまで続けるつもりだ?
「このビルはついこの前まで別の会社が入っていたと思ったが、系列組織なのかね?」
思い切って女に気になることを聞いてみる。
「ご心配なく。確かにこちらのセンターは先月スタートしたばかりですが、わが社は全国チェーンで展開しておりまして、積み上げたノウハウも実績も業界ナンバーワンだと自負しております」
どうも空きテナントに入っただけみたいだな。となると倒産か夜逃げか、ただ引っ越しただけなのか、いずれにせよ経営的に大ダメージがあったのは間違いないだろう。まあなんだ、企業としていろいろ問題があり過ぎたよな。
「もういいだろう、帰るぞ」
どうやら入会するまで永遠に離してくれそうもないシステムみたいなので、強引に席を立つことにする。強面の用心棒みたいのが出て来るかもしれないが、リンリンがいれば心配ないだろう。暴力沙汰にでもなったらむしろ相手が気の毒なくらいだ。
「それじゃ、前向きに検討することにしますわ。ごめんあそばせ」
あそばせ……なんてリアルで言う奴は初めて見たな。女はそのセリフを聞いて自分がからかわれていたと思ったようだ。まあ、からかわれてたんだけどな。一瞬で顔を真っ赤にして怒り始める。
「なんだい、冷やかしかよ。お前らキモイんだよ、おととい来やがれ!」
豹変して叫びまくる女が飛び出して来るのを見て、廊下で話をしていたママさんグループがギョッとしていた。
リンリンは泣き崩れる演技をしながら退場していく、これであの塾は口コミで悪い噂が広がるな。
リンリンも相当タチは悪いが、元はといえば強引に俺達を引き込んだのが悪いよな……どうでもいいが、頼むから俺まで巻き込むのはやめて欲しい。
逃げるようにビルを出てしばらく歩いたが、真新しいコンビニに違和感を感じて立ち止まる。そういえば、ここはあの高くて不味いソバ屋があった場所じゃないか。
社長一族の経営だったらしいから、会社と一緒に潰れたんだろうか? まったく縁がないわけでもないし、なんとなく素通りするのも躊躇われる。とりあえず喉も渇いたしスポーツドリンクでも買うか。
レジ係は白い強化樹脂製のマネキンみたいなアンドロイドだ。もう一つ奥の方のレジでは茶髪の娘が携帯端末を弄っているが、客は皆アンドロイドの方に並んでいる。
今更アンドロイドが物珍しい訳でもないだろう。心理学者が言うには、人間同士のコミュニケーションというのはストレスを伴うため、接客業はアンドロイドにやらせた方が好成績になるそうだ。嘘か本当かは知らん。
経営者にしてみれば、バイトを雇うより安上がりだしな。ホテルで俺が使わせてもらっている人間とほとんど変わらないようなメイドロイドも、どうせ数年のうちには商品化されるだろう。ますます人間様の仕事がなくなるわけだ。
ついこの前までは俺も労働者としての視点から、アンドロイドに仕事を奪われると嘆いていたものだ。もう少し大きい視野で見れば労働者は消費者でもあるわけで、このままじゃいずれ経済が回らなくなるんだよな。政府はとりあえず貧困層に金をばらまきつつ様子を見ているようだな、常態化すれば働かなくても暮らしていけるユートピアだ。そうなったらそうなったで面白そうではあるが、政争でグダグダになった挙句にカオスなデストピアになりそうな予感はするな。
よく見るとここのアンドロイドは下半身がない固定式のモデルだった。せめてタイヤでいいから自走能力はつけて欲しいと思う。
この手のオブジェみたいなタイプはメンテの経費がかからなくていいらしいが、俺としては人間そっくりのアンドロイドの方が好みだ。まあ、ホログラフやモニター映像だけで済ませてるコンビニも多いし、自販機との境界線も限りなく曖昧になりつつはあるな。
バックヤードの方はどうなってるんだろうと覗き込むと、人の怒鳴り声がする。どうやらバイトが叱られているようだ。バイトの方がくたびれたオッサンで、叱っているのはまだ若い娘だ。最近じゃ珍しくもない光景だが、年下に土下座とか辛いよな。
武士の情けで見なかったことにしようと思ったらオッサンと目が合った。誰かと思ったら……えーと、誰だったかな?
俺達がコンビニを出ると、私服に着替えたオッサンが必死に追いかけて来る。
「ええと、柿崎君? だよね?」
この人が知り合いなのは間違いなさそうだが、ほんと誰だっけ? ゲーセンで知り合った人かとも思ったが、俺の本名は知らない筈だしな。
忘れてるのがバレると気まずいし、適当に挨拶だけして誤魔化すか。
「積もる話もあることだし飯食いに行こう、飯。前に特上天丼おごってやったろう? 困った時はお互い様だよな」
やたらと馴れ馴れしいオッサンだな、飯をおごれだと? 特上天丼なんて心当たりがない……いや、ああ、人事部長だったっけ? 安物の服を着ているせいでわからなかったよ。
「倍返しとか図々しいことは言わんよ。近くに安いファミレスがあるんだ、そこでいいからさ」
オッサンの必死な猫なで声に思わず頷いてしまう。事情はよくわからんが、相当に飢えているみたいだ。昼飯には少し早いがまあいいか。
駅前にファミレスがあるのは知っていたが、一日の食費をワンコインに収めなければならなかった当時の俺にとっては少々お高い店だった。自分で言うのもなんだが、絵に描いたようなワーキングプアだったな、よく頑張ったもんだと思う。
元人事部長のオッサンは迷わずランチメニューのグリルバイキング30分980円というのを選ぶ。時間制限があるバイキングなのか? よくわからんが俺達も同じのにしておく。
オッサンは随分慣れてるみたいで、タイムスタンプを受け取るやいなやダッシュで料理をとりに向かう。子供かよ、さすがのリンリンも呆れているな。
グリルバイキングというだけあって、見た目には美味そうに焼き色がつけられたハンバーグやソーセージ、サイコロステーキなんかが並んでいる。他にも目玉焼き、ポテトサラダ、ナポリタン、ミックスベジタブルなどファミレスの定番が食べ放題で、スープとライスもお代わり自由みたいだ。
とりあえず少しずつトレイに綺麗に盛り付けて席につくと、すでに十分が経過していた。先に一人で食べていた男は、山盛りのハンバーグを必死でガツガツと胃袋に詰め込んでいるところだった。大食いコンテストかよ。
これじゃ30分間は話を聞くどころじゃなさそうだ。とりあえず俺達も食ってみるか。
ハンバーグもソーセージも、安物の屑肉が使われている。もちろんサイコロステーキも成型肉だ。そりゃあまあ、この値段で食べ放題なら当然だろうな。
だが、困ったことにかなり美味い。合成調味料がこれでもかというくらい使われていて、明らかに体に悪そうなんだがなあ。
最初の一口目こそムワッと気持ち悪かったものの、食べ始めるとすぐに気にならなくなる。樺太の兵隊さん達なら大喜びして食べるだろう。
とりあえず美味くても不味くても、いろんな料理を食べる経験というのはそれだけで楽しくはあるよな。
オッサンはただひたすら胃に詰め込んでいる。飢えを満たすためというか、カロリー補給してるみたいだな。コンビニでアルバイトしてるなら、賞味期限切れの弁当なんかをもらえそうなもんだが、まあ店の方針にもよるのかな。
「お時間になりまーす」
ファミレスの店員がスタンプを押しに来た。オッサンはハンバーグの最後の一切れをなんとかスープで流し込む。それにしても呆れる程よく食べたよなあ、こんな客ばかりだと店は大赤字だな。あるいは料理の原価が相当お安いのか?
リンリンがデザートにプリンを注文したので、俺も抹茶アイスを頼む。
「コーヒーを注文してもいいかね?」
オッサンが遠慮がちに聞いてくる。
「どうぞ」
一杯で1200円か、本物にしちゃ安過ぎるし合成コーヒーならぼったくり価格だよな。
メニューの説明にはコーヒー豆使用とあるが、100%とはどこにも書いてないし、まあ、そういうことなんだろう。
「ありがたい、コーヒーなんて会社が倒産して以来だよ。人間、落ちぶれたくはないものだねえ」
「倒産したんですか?」
「君は知らなかったのか? てっきり社長の正体に気づいて逃げ出したのかと思っていたよ」
「正体?」
「ここだけの話だよ、あの社長は某国のスパイだったんだ。我々はダミー企業を偽装するために雇われた使い捨ての駒だったってわけだ」
そいつは初耳だな。以前なら疑うことなく信じてたかもしれないが、今の俺はスパイに関しては結構詳しいぜ。
夜逃げする経営者が外国のスパイを騙るのはよくある手口なんだそうだ。スパイ相手だと債権者は深追いしないからな。こんなの日本だけだと大佐が嘆いていた。
「ボクだって騙されてた被害者なんだよ。キミと同じ立場さ」
ひょっとして共感を求められてるんだろうか? 俺にとっちゃ管理職は社長の手先だって認識だったんだけどな。まあいい、会社が潰れたんならもう済んだことだ。恨みつらみは水に流してやるよ。
「確か奥さんは社長一族だったんじゃ?」
「あいつは全財産を持って雲隠れしやがった。社長一族全員揃って見事な夜逃げだよ、手際よすぎでもう笑うしかないんだよ」
本物のスパイならそのくらいは朝飯前だろう。別にスパイじゃなくても嫁さんが日頃から準備していたなら難しい話じゃないけどな、気づかなかった旦那が間抜けなだけだ。まあ、仕事が忙しかったとか、妻を信じていたとか、裏切る方が悪いとかいろいろあるだろうが、そういうのも含めての危機管理だからな。世知辛い世の中だぜ。
大佐の話じゃブラック企業が他国の諜報組織の末端だったりすることは珍しくはないらしい。ただ、一口にスパイと言っても、たまたま手に入れた情報を売る程度のバイト感覚の協力者から、戦闘訓練を受けて武器を秘匿しているようなガチ勢まで幅広い。
中には自覚のないままスパイ行為をしている者もいるというが、本当だろうか? さすがにそこまで間抜けはいないと思う。大佐はちょっと大袈裟なところがあるからなあ。
まあ、昨日の大停電を見る限り本当に大勢のスパイがこの国にはいるようだ。この調子だとある朝起きたら他所の国に占領されてました、とかあるかもな。最近の海外ニュースじゃよく見るパターンだし。
マスコミは報道しないだろうが、おそらく昨日の大停電でも死者は出ている筈だ。何かのきっかけで民間人がスパイ狩りを始めれば、大変なことになるぞ。スパイは携帯ミサイルまで持ち込んでるそうだし、追い詰められれば死なばもろともと原発くらい狙いかねない。
それでロボか? 確かに対人戦もできなくはないが、状況次第かな。町の被害を気にしなくていいなら、市街戦にはかなり使える筈だ。昨日見たのは幻じゃなかったのかもしれない。
「ボク以外の管理職が一夜にしていなくなったんで、後始末がホント大変だったんだよ。不動産関係も全部借地だったみたいでね。そんでもって、ソバ屋のあとに入ったコンビニチェーンのエリアマネージャーがボクの誠実な人柄に惚れこんでくれて、ヘッドハンティングされたんだよ。幹部候補として」
オッサンは聞いてもいないことを饒舌に話し続ける。あれ? さっきは落ちぶれたとかどうとか言ってなかったか? ま、俺にはどうでもいいことだが。
「今は幹部候補の研修で下積みの仕事から体験してるってわけさ。いやあ、給料日前なんで柿崎君に会えて助かったよ。逃げた女房が有り金全部持って行ったんで、ここ何日か水しか飲んでなかったんだ。人間、ギブアンドテイクが大事だよねえ。豊かな時に貸しを作っておいてこそ、こうして困った時に債権を回収できるわけだ」
「はあ」
こういう人に借りは作りたくないものだな。まあ、コーヒーくらいいくらでも奢ってやるさ。これで借りは返したからな、釣りはいらないぜ。
「キミもそんないいスーツを着て今は随分羽振りがよさそうだが、驕れるものは久しからずだよ。人間、謙虚な態度を忘れたら終わりだ」
「このスーツのよさがわかるなんて、流石ですね」
「一流の人間は一流のスーツを知るってね。これでも昔は一流企業に勤めてたんだよ、エリート中のエリートだったってわけだ……」
話の流れでつい褒めてしまったら、途端にオッサンが元気百倍、勢いづいて話し出す。話を切りあげるタイミングってのも案外難しいもんだな。やっぱり俺には営業職は務まらないだろうなあ。
さっきからリンリンが一言も喋らないのが不気味だが、どうやらすまし顔で壁の花を演じることに徹する方針のようだ。まあ、オモチャにするには役不足な相手だと見切ったんだろうな。オッサンにジロジロ視線を向けられても、そつなく営業スマイルだけ浮かべて上手に無視している。いかにも高嶺の花でございって感じだな。なかなかの高等テクニックなのかもしれない。
「一流のスーツを着て、一流の女を連れて……見せつけやがって……みんな心の中じゃ俺を馬鹿にしてるんだろう。殺せよ……誰か俺を殺してくれよ」
ずいぶん情緒不安定なオッサンだな。少し哀れになってきたが、それ以上に面倒くさい。このまま放っておくと自殺でもしかねない感じだが、そこまで面倒は見切れない。いい大人なんだしその辺は自力で乗り越えて欲しい。
「そろそろお時間ですわ、急ぎませんと」
秘書モードになったリンリンがいいタイミングで話をぶった切ってくれた。別に予定はないが、これ以上ここにいたくもないし助けに船だ。
「支払いは僕がしておきますから、これであなたとは貸し借りなしですね。コンビニチェーンの幹部としてご活躍されることをお祈り申し上げますよ」
「待ってくれ。当座の生活費に20万、いや、10万でいいから貸してくれないか? 金が入ったら必ず返す、すぐに倍にして返すから」
へこんでいたのは芝居だったのか? 急に元気になって今度は金を貸してくれと言う。
無視して席を立つと後ろも見ずに歩き去る。辞めた会社なんかわざわざ見に来るんじゃなかったな、時間の無駄だった。いや、社長がスパイだったかもしれないという情報には価値があるか?
そのまま電車に乗り、リニアに乗り換えて大阪までひとっ走り……のつもりだったんだが。なんとなく馴染みのゲーセンに足が向いてしまった。無意識の行動だが、まあいいか。鬱になった気分を切り替えよう、ジミー君やトリスキーさんに会えるかもしれない。
ほんの数か月で、ゲーセンのレイアウトは大きく様変わりしていた。“ガーディアントルーパーズ”の筐体は最初の四台だけに減ってしまっていて、順番待ちの行列もない。平日の昼間の時間帯だけに客が少ないのかとも思ったが、他のゲームをしている人間は大勢いるしなあ。ひょっとして人気は下火なのか? ジミー君も見当たらないしなあ。
皆が競ってプレイしているのは、“ガーディアントルーパーズ”によく似たロボット対戦ゲームだ。ロボのデザインはアニメっぽくてなかなかカッコいいが、背景なんかの処理は結構簡略化されている。まあ、ゲームとしてはこれが正解なんだろう、“ガーディアントルーパーズ”の製作スタッフは余計な所まで全力投球し過ぎなんだ。
もちろんコクピットなんぞではなく、一般的な筐体だ。昔ながらのボールのついたレバーと、六つのボタンだけで操作するようだ。
ちょっと気になるのは、筐体の上部に数字を表示するカウンターみたいのが増設されていることだ。対戦で勝つと派手な演出とともに数字が増え、負ければ一気にゼロになる仕様か。
勝者はコンティニューするかどうかを選べて、終了を選択すれば筐体の下からコインが景気よくジャラジャラと出てくる。どうやらこのコインをレジの兄ちゃんに渡すと日本円に換金できるみたいだ。
連勝記録を伸ばせば伸ばすほど、カウンターの数字は跳ね上がるのか。負ければゼロになるけどな。うーん、面白そうだがこれってギャンブルじゃないのか? 法律とかいろいろ大丈夫なんだろうか。
カジノで遊んだ経験から言えば、つまらないゲームでも金を賭ければとたんにグッと面白くなるもんだ。“ガーディアントルーパーズ”の人気を見た他のメーカーが真似しようとするのはわかる話だよ。
とりあえず興味が出てきたのでワンプレイしてみることにする。“ガーディアントルーパーズ”みたいにパイロットカードは必要ないが、直接現金は使えないらしく専用のプリペイドカードを買わなければならない。ワンプレイ千円か……高いな。まあ、ギャンブルならチマチマ安い掛け金で遊んでられないってことか。
ゲーム自体はよくあるタイプの3D格闘ゲームだった。キャラクターがロボってだけだな。見た目は似ていても“ガーディアントルーパーズ”とはまるで別物だ。アタック、ガード、ブーストのそれぞれに強と弱があって六つのボタンを使う。ボタンの組み合わせやコマンド入力などでキャラごとに超必殺技が用意されてるのもお約束か。
とりあえず初めてのゲームなんで主役メカっぽい機体を選択する。CPU戦で操作を覚えているといきなり乱入された。初心者狩りもお約束だな、リアルマネーがかかってるならなおのことだ。まあ、文句を言っても始まらない。
俺は初心者狩りされてるわけで、これなら手加減なしにプレイしても文句は言われないだろう。対戦相手が向かいの筐体にいると、いろいろ気を遣うよ。
とりあえず相手がビームをびゅんびゅん撃ってくるので、歩きで避けてみる。なんというか、遅いビームだな。だがホーミングして曲がって来るので舐めてはいけない。
どうやら通常のビームはダッシュしなくてもギリギリ回避できるように調整されているみたいだな。回避に専念していれば安全だが、反撃すると硬直が発生してそこを狙われるわけだ。無駄弾は撃たない方がいいってゲームバランスなのかな?
きちんと考えられたゲームなら、対人戦で駆け引きできる要素が組みこまれている筈だ。ゲームデザイナーの意図を見抜ければ、より少ない初期投資で対人戦をまともにできるようになる。
俺だって初見のゲームでいきなり勝てると思うほど己惚れてはいないつもりだ。だが、なんというか、この相手は弱いぞ。
大攻撃の硬直時間は結構長くて、普通に使えば当ててくれと言ってるようなものだ。当然相手は硬直をキャンセルしているんだが、結構失敗している。そこをタイミングよく狙い撃つだけで一本先取してしまった。
勝たせてくれたのかと思ったが、筐体を怒りにまかせてガンガン蹴ってるし違ったようだ。キャンセルのタイミングがシビアなのかとも考えたが、試してみると攻撃から普通にガード系かブースト系の入力でキャンセルできる。むしろこの手のゲームとしてはヌル過ぎるくらい受け付け時間に余裕がある。
キャンセルにキャンセルを繋ぎまくって無限キャンセルも簡単にできるな。こんなゲームバランスで本当にいいのか?
射撃武器が全てホーミングするのも問題だな。この手の攻撃は上手く誘導すれば簡単に避けることができる。自動でロックオンしてしまうのが厄介だが、ダッシュ攻撃を発動直前にガードキャンセルすれば無誘導のビームが飛んで行くことがわかった。仕様なのかバグなのかは知らんが、これは使い勝手がいい。“ガーディアントルーパーズ”では当たり前の、相手の移動先を予測して置いておく攻撃が使える。
俺は射撃は得意じゃないが、このゲームだと面白いように当る。命中判定が結構でかいな、なんともイージーだ。
わけのわからない超必殺技だけは要注意だが、超必は技名を叫ぶ演出が入るのでそこでガードしておけば一撃死はない。あとは超必ゲージを溜められないようにすればいいだけだな。
月並みなゲームだが、コツがわかってくるとそこそこ楽しくなってきた。三人抜きしたあたりからカウンターの演出がどんどん派手になってきて、射幸心も煽られる。
どうも乱入して来るのはギャンブル目当てのにわかプレイヤーばかりみたいだ。バリバリのゲーマーみたいなのはいないな。
近接戦闘はあまり発生しない。基本的には距離が近いと勝手に銃を剣に持ち換える仕様みたいだ。近接小攻撃は剣を使わずに手が光ってチョップが出るんだが、これがやたらと判定が強い。タイミングさえ外さなければ敵の大抵の攻撃を潰せる。
一発チョップを入れておけば安全につかみ技に持っていける。ヘッドロック中は相手は反撃できないので、一方的にゲシゲシ折檻できるな。向かいの筐体からボタンを叩きまくるすごい音が聞こえてくる。やっぱり逃げるのはレバガチャとボタン連打みたいだな。
連続技の起点として小パンチは相当に優秀なことがわかった。これでも昔は格闘ゲームをいろいろやり込んだもんだ。昔取った杵柄って奴だな。いや、カジノに戻ったらこんなゲーム二度としないと思うんだが、それでも楽しいことは楽しいんだ。カウンターの方も順調に稼げてるみたいでちょっとアドレナリンが出る。勝ってる時のギャンブルって最高に楽しいよな。
負けた連中がリアルファイトを挑んで来たこともあったが、リンリンが穏便に処理してくれているので問題はない。二十人抜きをしたあたりでカウンターの数字は十万を突破した。一時間以上勝ち続けて十万円の儲けってことなら意外に地味な気もするが、元金が千円ぽっちじゃ仕方ないのか。
物足りない。
もっと高いレートで命懸けの勝負がしたい。やっぱり、俺、確実にダメ人間になって来ているみたいだ。
背後では銃声が聞こえる、ついにリンリンが拳銃を抜いたみたいだ。相手も銃を持ってるみたいだし、なんだ? 対戦に負けた連中が暴れてるわけじゃないのか。
周囲のプレイヤーは逃げ出したが、俺の相手はまだ戦い続けている。なかなかの肝っ玉じゃないか、気に入った。これは俺も逃げるわけにはいかないな。
敵がスパイだろうがテロリストだろうがリンリンに任せておけば大丈夫だろうが、一応背後の殺気にも気は配りつつゲームを続ける。
リンリンは相変わらず的確に敵を制圧している。殺すつもりはないんだろうが、死んでも気にしないスタンスみたいで特に手加減はしていない。防衛軍の兵隊さんの中にも戦場で敵を殺した経験のある人は大勢いたが、相手の顔を見ながら戦ったことがあるのはほんの一握りだった。やっぱり大抵の人は、精神的にまいってしまう経験だそうだ。
彼女の変なコスプレごっこも、何か精神の救いを求めての奇行なのかもしれないな。ギャンブル好きなのもわからなくもない、俺も現在ギャンブル依存症が進行中みたいだ。命を張って戦い続けていれば、そりゃあ太く短く生きるのが当たり前みたいに思えてくるだろうさ。
突然、画面に銃弾がめり込み、筐体が機能を停止する。くそ、もう少しで勝負がついたのに。
弾は俺の頭から五センチ程の所を通り過ぎていった。さすがにここまで近いと結構な衝撃波で、どこか少し切れたかもしれない。髪の毛を触ってみるとじっとりしているが、血はつかないな。汗か? 汗で湿ってるだけだよな?
ちょっとショックだったのは、いつもと違って飛んでくる弾をまるで予測できなかったことだ。最近じゃ拳銃程度は殺気を読んで造作もなく躱せる気になっていたが、俺の思い込みだったのか? 今の攻撃は殺気もないところからいきなり飛んで来たぞ。銃弾を避けられないとなると、銃というものが急におっかないものに思えてきた。何しろ当たり所が悪かったら一発で死ぬしな。
血だらけの腕を抱えるようにして、床にへたり込んでいる若い男が見える。今の弾を撃ったのはこいつか。どうやら銃の暴発のようだな、それで殺気が感じられなかったのか。
人間の生身の体じゃ、さすがに飛んでくる弾丸を見てから避けるなんて芸当は難しい。殺気を読んで先読みで回避すればゲームと同じだと思ってたんだが、リアルの世界はなかなか甘くないもんだな。
今回はまだ運がよかったのか? あと少しで頭に穴があいてたかと思うとぞっとする。
現在のところ、警察官の制服を着た中年の男とリンリンが派手な取っ組み合いの真っ最中だ。この警官もスパイか? 下手に加勢しても邪魔だよなあ、負けそうな要素も見当たらないし、ここはリンリンを信じて他の連中を牽制するだけにしておくか。
すでに何人か息絶えて動かなくなっている。転がってる死体の位置関係からすると、全てがリンリンの仕業ってこともなさそうだな。どうも慣れない銃撃戦で盛大に同士討ちをやったみたいだ。市街戦ともなれば本職の軍人さんでもフレンドリーファイアによる被害は相当なものらしいからな、素人じゃこうなるのがむしろ当然か。
生き残りのスパイ達は仲間の死体を見てほとんど戦意を喪失してる。一通り銃の訓練を受けただけで、殺し合いは初めてか。まあ、滅多にするもんじゃないしなあ。
みんな怯えた小鹿のように震えている。始末するなら今だな、とも思う。生還を許せばこいつらの中からとんでもないモンスターに進化する奴が出てくるかもしれない。だけど、まあ、そういうのは俺の仕事じゃないな。
「気をつけて! 毒ガスよ」
あれ? リンリンが逃げ出した? 完全にイッちゃった目をした警察官が、何やら液体の入ったビニール袋を掲げて雄たけびをあげる。それを見て他のスパイ達も泣き叫び始めるし……ここは動物園か?
状況はよくわからんが、隙があったのでやたら興奮してる警官に蹴りを入れて倒す。この程度の相手に手こずるとか、リンリンの奴は案外肉弾戦が苦手なのか?
倒れるときに筐体に派手に頭をぶつけたらしく、男は苦しそうにうめくだけで起き上がってこない。まあ、正当防衛だよな。俺は悪くないし。
男が落とした袋は、ペットショップで売ってる金魚の袋みたいだ。中で魚は泳いでないけどな。ひょっとしてこれが毒ガスって奴か? なんか見た目的にはものすごくお粗末なんだけれども。ペラペラのビニールだぞ、落ちた拍子によく破けなかったもんだ。
俺が注目を集めた一瞬の間を利用して、リンリンが残りの奴らを制圧してしまう。なんか新しい銃を胸から引っ張り出してた気がするが、まさか上げ底か? 映画なんかじゃこんな時は敵の銃を奪って戦うんじゃないのか。
スパイ達が放り出した拳銃がいくつも転がっているが……ああ、これは使えないな。防衛軍で見せてもらったトカレフの劣化コピーを、さらに数段劣化コピーしたみたいなひどい代物だ。バリだらけのプラ部品と、ブリキをプレスしたみたいなパーツを組み合わせてあるだけで、安物のモデルガンより出来が悪い。これじゃあ暴発するのも当たり前だ。普通に発射するだけでロシアンルーレットな銃とか、いくらなんでも酷すぎる。ユーラシア連邦ってそこまで金がないのか?
ゲーセンの周囲で騒ぎが始まっている。銃撃戦から逃げ出した客達がちょっとしたパニックになって、周囲を巻き込んでるみたいだな。
残された俺達のまわりは逆に静かなもんだ。無風地帯というか、台風の目というか。
さらにその向こうから銃撃戦の音が近づいてくる。撃ち合ってるのはトカレフと……米軍のM4か? 軍の施設で特別に実弾射撃をさせてもらったが、発射音が映画と違ったのでよく覚えている。俺としてはかの有名なM16を撃ってみたかったんだが、残念ながら撃てるコンディションのものが置いてなかった。その代り本物のソ連製カラシニコフや38式小銃を撃たしてもらったけどな。
銃の発射音にはそれぞれ特徴があるから、覚えておくといいとアドバイスされたんだが、さっそく役に立ったな。いや……普通は何の役にも立たない知識の筈なんだが。
聞こえてくる音から判断するに、スパイ達を制圧しつつあるのは警察でも自衛隊でも防衛軍でもなく、米軍の可能性が高い。
「あちゃー、アメちゃんの特殊部隊が来ちゃったわ。ビリー氏に連絡するから少し時間を稼いでくれない? あいつらに連れて行かれるのもいろいろ面倒なのよね」
さすがはリンリン、本当にプロは音だけで状況を判断できるんだな。気付いた程度でちょっと得意になっていた自分が恥ずかしい。
米軍に保護されるのはまずいのか、噂じゃ海兵隊は特にビリー氏と仲が悪いとも聞くしな。上層部が賄賂を受け取らない程に潔癖なのか、それともすでに敵対企業に買収されてるのか。とにかく氏の神通力が通用しない組織は厄介だ。
このままだと保護と言いつつ米軍に強制連行されてしまう可能性が高い。政府も外務省も超ヘタレだから、下手すると俺一人の存在なんて闇に葬られてなかったことにされてしまう。
この状況で一番頼れるのはビリー氏だというのは理解できるんだ。次点で大佐か……防衛陸軍の特殊部隊が動いてくれればなあ。
でも時間を稼げって簡単に言われても困るんだぞ、武装した大勢のプロ相手にどうしろって言うんだ? リアルでリンクスがあれば米軍全部だってまとめて相手してやるんだけどな。