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俺のロボ  作者: 温泉卵
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さらば樺太

 突然大阪に帰れることになった、出張は終わりみたいだ。嬉しいことは嬉しいが、急な話でいささか戸惑う。佐々木さんは残念がっていたが、俺の対戦相手をしてくれる軍人さんがいないんじゃ仕方がない。

 

 風の噂だとバイカル湖のあたりでロシアとユーラシア連邦がまたドンパチやったみたいだ。そのとばっちりで軍人さん達はてんてこ舞いをいているんだろう。どうも核を使ったらしい、噂だけどな。対岸の火事なんだが万一に備えていろいろあるんだろう。放射能とかなんかそういうのも飛んで来てるみたいだ。危険な量じゃなきゃいいんだが。


 前にリンリンにもらった腕時計に内蔵されている線量計が微妙に役立ってはいるが、これはどっちかというと食事のチェックなんかに使うためのものだ。空間線量を測定しようとすると数値が乱高下してイマイチよくわからん。料理人の爺さんがくれたガイガーカウンターなら用途に応じていろいろ設定できる筈だが、あれは大阪のホテルに置いたままだ。とはいえ爺さんにも随分世話になってるよな、土産はないが帰ったら何かお礼しよう。


 釣り好きの爺さんには、モデルチェンジしたばかりの最高級グレードのリールなんかが喜ばれると思うんだ。そして見せびらかされて欲しくなって自分用にもう一つ買うんだろうな。ふむ、どうやら俺には本当に未来が視えるようだ。なにしろエスパーらしいからなあ。


 ナンシーに送ってもらった一張羅のスーツに初めて袖を通す。大阪の高い店でステーキを奢らされた翌日に、まともな服も作っとかないと困ると言われて連れていかれた店で注文したんだが、一番安いのと念を押した筈なのに一式で二万ドルほどかかった。オーダーメイドのスーツなんて買ったことがないから相場を知らなかったとはいえ、随分ぼったくられたもんだ。まあ、さすがに着心地はものすごくいい。コートまで身に着けると気分はマフィアの幹部だな。


 最後にささやかなお別れ会みたいのを扇屋でやってくれるらしいので、ちょっとお洒落することにしたのだ。本当は准将とかに呼ばれた時とかに着ていけばよかったんだが、スーツが届くのが少し遅かった。


 扇屋にはナージャちゃん達とグラタンを食べに行って以来、毎晩のように飯を食いに行っている。街の洋食屋さんといった感じの店で、一皿で一万超えるようなメニューはほとんどない。食材が内地より割高なことを考えれば、この程度なら良心的なお値段だろう。それでもこの町じゃ高級店扱いなんだよなあ。まあ、俺だってサラリーマン時代には数万円の食事とか頭おかしいと思っていたけどな。

 

 今の俺にとっては気になる値段でもないし、誰かと一緒に食事に行けば交際費として処理することもできる。会社が必要経費として利益と相殺するわけだな、難しいことはよくわからないがフォーマットに従って報告しておくだけで合法的に節税になるらしい。俺としては懐は痛まない上に、食事に誘った相手からは感謝されるんだから、交際費さまさまだよ。

 

 俺のお別れ会の経費についてはどこから出ているかは知らない。まあ、せっかくなので細かいことは気にせずご馳走になるつもりだ。

 

 黒塗りの車に乗りこむと、警備の二人が俺の左右をびっちり固める。いわゆるシークレットサービスで、男女ペアで三交代、六人体制で二十四時間護ってくれている。どこかの国の大統領にでもなった気分だ。

 

 俺の警備体制が強化されたのは、爪の長いオバサンに殴りかかられて以降だ。どうもあのオバサンはユーラシア連邦のスパイだったみたいだな、爪から特殊な毒物が検出されたそうだ。彼女は長年軍の施設で働いているパートさんだったのだが、数年前から組織に取り込まれていたらしい。関係者が芋づる式に見つかって、俺の暗殺計画が企てられていることも判明した。

 

 スパイってのは外国から忍び込んで来るだけじゃなくて、現地の人間をとりこんでどんどん浸透してくるものらしい。高価な兵器に比べれば僅かな費用で日本を攻撃できるんだから、金のないユーラシア連邦にとってはもってこいの手段だ。日本はスパイ天国なんで、他の国のスパイや産業スパイなんかもウジャウジャいるらしいけどな。


 小遣い稼ぎのためにスパイになる主婦や、ファッション感覚で始める若者も多いとか。まあ、映画なんかだとモテモテのスーパーヒーローだから無理もない。


 日本の司法が他国のスパイ行為に寛容過ぎるのも問題で、過去には数万人が被害を受けた原発テロの主犯が情状酌量で数か月で釈放されたりしている。そんなわけで俺一人殺したくらいじゃたいした罪にはならないらしい。ちなみに俺の首にかけられている賞金はたったの一千万円だそうだ。世の中いろいろおかしいよな。


 あのオバサンは初犯で女性だから執行猶予がつくそうだ。軍人じゃないので軍法会議にかけられることもないそうだが……オホーツク海の底で蟹の餌にならなきゃいいけどな。因果応報というか天網恢恢疎にして漏らさずというか、スパイになった者は法の裁きを逃れてからがハードモードみたいだ。よくわからんしわかりたくもないが、大した覚悟もなしに馬鹿な真似はするなってことだろうな。

 

 

 扇屋に着くと、何人か知った顔が出迎えてくれる。キンタと仲間達の姿も見える、あいつらは俺の見送りより飯が目当てだろう。機動戦車隊はわりと暇してるみたいだな。そういえばヘリ部隊の連中を最近まったく見ていない。みんな無事だといいけれど。


 大部屋を借り切って立食形式のパーティーを開いてくれてるみたいだ。突然決まったみたいだし、何人来れるかも予想がつかないだろうしな。それで対応してくれる扇屋もさすがだよ、プロはほんの数分で手際よく料理できるのがすごいと思う。


 キンタ達は食うのに忙しそうだ、奴らは常にタンパク質に飢えているんだ。店側もそのへんはよくわかっているようで、ガッツリ食えるフライドチキンみたいのばかり補充してくれている。


 白身魚のフライやフライドポテトの皿もあるが、当初はフィッシュ・アンド・チップスでもする予定だったのかな? 悪評高いイギリス料理らしいが、俺は結構好きかな。扇屋のタラのフライは美味いしな。


 他にはちょっとしなびたサニーレタスや子玉ねぎのピクルス、ノンアルコールビールなんかが並んでいる。贅沢は言うまい、これでもこの町じゃなかなかのご馳走だ。


 厨房から漂ってくる匂いから察するに、多分後からボルシチかビーフストロガノフがカップで人数分出ると見た。扇屋の名物で、パイ生地のドームが大き目のマグカップの蓋をしているので熱々な奴だ。崩したドームをからめて食べるのが美味いんだよ。

 

 キンタ達はひたすらフライドチキンを胃に詰め込んでいる。大男達が手づかみで口に詰め込む姿は決してお上品とはいえないが、不思議に下品には見えない。飢えた猛獣が獲物をむさぼり食ってるみたいな感じで、卑しさがないからかな。

 

「食べ物を粗末にする奴は許さんからな!」


 センセイがチキンの足を振り回しながら叫んでいる。残さず食えってことかな? いや、この後の訓練でリバースするなという意味かもしれない。深読みのし過ぎだろうか?


 粗末にするなと言ったところで、人を集めて宴会を開けばどうしたって大量の食い残しは発生するもんだ。食糧危機の時代を乗り切るには、レーションの配給制ってのはかなり合理的なんだよな。最初は味気ないと思っていたが、慣れれば案外平気なもんだ。

 

 センセイが来てるってことは……やっぱりナージャちゃんもいた。いつもの制服ではなくピアノの発表会にでも行くような可愛いドレスを着ている。


 一人隅っこの方で、チキンの胸肉っぽいのを一生懸命チミチミ食べている。脂は少ないがコリコリの軟骨がちょっとだけついていて美味い部位だ。それを選ぶとは通ですな。

 

 思わず俺も一切れつまんでみる。スパイス控えめで全体的に薄味に仕上げてあるな。揚げる前に昆布のスープで低温で煮て臭みを消したのか。塩気がもう少し欲しいところだが、これはこれで優しい味がする。

 

「あ。お先に頂いてます、柿崎さん」


「え? うん。大層な送別会だったら困ると思ってたけれど、いつも通りぐだぐだでちょっと安心したよ」


 偉いさんとフルコースを食べるより、皆でフライドチキンでも食ってた方が美味いに決まっている。


「そろそろ偉い人も来られると思いますけど。あの音がそうかしら?」


 言われてみれば駐車場の方からタイヤが砂利を踏む音が聞こえるな、車が入って来たようだ。面倒な人が来ると嫌だなあ。

 

 しばらくして入ってきたのは犀川大佐だったんで、まあ一安心する。ちょっと変人だがそこそこ話は通じるオッサンだからな。同伴しているイブニングドレスの美女を見て、キンタ達が口笛を吹く。なんとなく見覚えがある女性な気がするが、誰だったかな?

 

「やあ、柿崎さん、ご無沙汰してます。空港まで彼女を迎えに行ってきたので、少し遅れてしまいました」


 今日の大佐は軍服に勲章をいっぱいくっつけていて偉そうだ。あ、こいつ誰かと思ったらリンリンじゃないか。こんな遠くまで何しに来やがった? トラブルの予感しかしないぞ、主に銃弾が飛び交う方面で。

 

「初めまして。柿崎の妻です」


 いきなりリンリンがナージャちゃんにとんでもない冗談をぶちかます。キンタ達が食いながら聞き耳を立てているのがわかる、あいつらお喋りだし明日には樺太中に噂が広まってそうだな。万一だが、俺にひそかに惚れてる女性兵士でもいたりしたらどうしてくれるんだ? 恋愛フラグが立つ前に全部へし折れてしまうじゃないか。いや、実際にそんなフラグが立っても持て余すだろうしこれでいいのか?

 

「あなたは嘘をついていますね。それなのにまったく動揺していない……一体なぜ?」

 

 あの目だよ。心の底まで何もかも見通すような目でナージャちゃんがリンリンを見つめている。


 そんなことが一目でわかるナージャちゃんこそ一体何者だと思わずツッコミたくなる。まあ、リンリンみたいな肝の据わった嘘つきには嘘発見器も通用しないんだよ。日頃から息をするように嘘をつくんだから動揺なんかするもんか。おまけにこの女はつかみどころのないキャラを演じることで自分を隠している。

 

 二人は一瞬にらみ合う、面白い対決だな。どっちもタダ者じゃないし。

 

「あらあ、かわいらしいドレスね。子供らしくてすごくいいわ」


 いきなりリンリンがナージャちゃんをほめ殺しにかかる。多分、目を合わせただけでナージャちゃんの方が強者だと悟ったのだろう。嫌味な馬鹿女を演じてこの場を誤魔化すつもりみたいだ。白旗を上げたが転んでもタダでは起きないってわけか。

 

「世の中は広いのですね。こんなに強い人がゴロゴロいたなんて」


 ナージャちゃんの方は格闘漫画の主人公みたいな物騒なことをブツブツ言っている。


 センセイは今の一瞬の殺気に気付いたな。ひょっとするとキンタもだ、怯えた顔でこっちを見ている。アニメだったら衝撃波エフェクトが演出でカットインするくらいのインパクトだったからな。


 この二人を動物園に連れて行ったら殺気に反応して野生動物がパニックになるかもな。ああ、でも飼育されてる動物達だと野生が抜けてしまってるかもしれない。


 野生が足りないせいか、キンタの仲間達は誰も二人の殺気に気づいていなかった。大丈夫なのか? その程度で戦場で生き残れるのか?

 

 

 犀川大佐が大事な話があるというのでトイレにいくついでについていったら、駐車場の大佐の車まで連れて来られてしまった。リンリンに押し込まれるように乗り込む。これって拉致か? まあ、どうせ緊急の要件なんだろうけど。


 センセイやキンタ達にはまだ挨拶もしていなかったんだがな。こんなタイミングで主賓が帰るなんて予想外だろう、せっかく来てくれたのに悪いことをした。

 

「あんな化け物がいるなんて自信なくしちゃうわ。一体何者なの?」


 リンリンは全く緊張感がないが、こいつは弾幕の下でも平常心だからあてにならない。化け物ってナージャちゃんのことか? お前がそれを言うかな。


 一方で緊張してガチガチなのが運転してくれてるのは大佐の部下だ。走りがただごとじゃない、アクション映画のカーチェイスシーンみたいだ。ドライブテクニックは相当のものだが、もう少し肩の力を抜かないと。


「何かあったんですか? まるで誰かに追われているみたいじゃないですか」


「いやあ、キミを囮に藪をつついてたら毒蛇の巣だった。みたいな?」


 大佐はなんだか楽しそうだな。藪蛇とか抽象的でよくわからんが、俺が狙われてるみたいだ。逃走中ならむしろ普通に走れよ、これじゃあかえって目立ってしまう。いや、それもスパイを釣るためにわざとやってるのかもしれない。


 俺が囮だって? スパイ組織を釣り上げるための餌にされたってことか? 俺はVIPなんだから危険な目に合わせちゃダメだろ。いや、そもそも俺が重要人物というところからフェイクだったのかもしれない。

 

 俺が裏の裏のそのまた裏まで考察している間に、車は町はずれの倉庫に走り込む。ここには前にも一度来たな、なんか戦争博物館を建設する予定だったのが予算が通らなかったとかで、古いミグ戦闘機とかがモスボール状態でごちゃっと押し込まれていた。

 

「見たまえ、この雄姿を」

 

 ソ連時代の巨大な戦略爆撃機に混じって、ヘッドランプに浮かび上がる奇怪なシルエット。切り立った舳先は飛行機というより船に近い。

 

「これはひょっとして二式大艇? イミテーションですか? レプリカ?」


 二式大艇は二十世紀前半に日本がアメリカと戦争してた頃に使われていた大型飛行艇だ。胴体そのものが船になっていて水に浮かぶという面白飛行機だ。確か今でも本物の残骸がどこかの博物館に残っていた筈だが、これは最近作られたものだろう、表面仕上げがツルピカだしな。

 

「いいから乗った乗った。水上機マニアだろう」

 

 いや、俺が好きなのは戦艦大和の付録のゼロ観限定だよ。別に大和はそれほど好きでもないが、お子様ランチの旗みたいなもので重要なファクターではあるんだ。飛行艇も嫌いじゃないけれど、ちょっと船っぽ過ぎてイマイチなんだよな。

 

 リンリンが子供みたいに真っ先にタラップを駆け上がって行く、が、男性が迎え入れてくれるといきなり豹変し、貴婦人のように優雅に手を預ける。この女の変わり身の早さはいっそすがすがしいな。まあ、イブニングドレス姿だからTPOは間違っちゃいないのか? いやいや、時とか場所とかいろいろおかしいし。

 

 中に入ると、今どきの普通の旅客機とそう変わらない。内装までは再現しなかったんだな、ちょっと残念だ。いきなりエンジンが回りだし、機体が動き始める。なんだ、このエンジン?

 

「なんかエンジン音が変じゃないですか?」


「残念ながら電動モーターですよ。さすがにわざわざ火星エンジンまでは作りません。維持費がかかってしょうがないですから」


 当時のエンジンを忠実に再現すると機体価格よりも高くなるとのこと。さらに整備に馬鹿みたいに手間がかかるらしい。人件費を考えると最新鋭の戦闘機より金食い虫になってしまうんだそうだ。モーターにしたのは正解だな。

 

 模型用の単気筒エンジンくらいしか弄ったことのない俺が言うのもなんだが、構造的にガソリンエンジンが適しているのはせいぜい五百馬力程度までだろう。空冷星型14気筒とか、昔の人は考えることがいろいろおかしい。ピストンの数が増えればそれだけ部品が増えて、故障の発生率もどんどん上がる。組み上げるだけでも難解な立体パズルみたいなもんだよ、俺には2気筒でもお手上げだったからな。


 クラシックカーが趣味な人なんかは多気筒のモンスターエンジンを自分でチマチマ整備するのがたまらないらしいが、あれは金持ちだからできる道楽で、走らせている時間よりエンジンを磨いてる時間の方が長かったりする。そんな代物を戦争で使えば整備兵がえらい目にあうに決まっている。


 当時の技術力では超電動モーターや燃料電池は作れなかっただろうから、軍用機にはシンプルなターボファンエンジンあたりを採用するのが合理的だった筈なんだよ。あれなら必要技術レベルは蒸気タービンとそう変わらないから、日本を選んでプレイしても明治時代の終わりまでには開発できた。ゲームの話だけどな。


 きっとリアルじゃ偉い人がプロペラにこだわってたんじゃないかな。いつの時代もプロジェクトの足を引っ張る偉い人ってのはいるもんだ。ロボット兵器の研究でも、技術的な問題よりむしろ偉いさんを説得するのが大変らしい。そのプレゼンのために俺が呼ばれたんだろうけど、なんか面倒なことになってきたよなあ。なんでスパイに命まで狙われるんだよ? 待てよ、これがスパイ映画だったら、ユーラシア連邦の仕業にみせかけて、実は軍産複合体の利権とかしがらみとか、そういうパターンもあるな。それだとラスボスは大佐かな、リンリンは……駄目だ、こいつが出るとしたら怪獣映画だな。もちろん怪獣枠だ。

 


 誰かが倉庫の扉を開けてくれたらしく、ライトを振って合図してくれている。飛行艇はこのまま裏手のスロープから運河に入り、そこから離陸するみたいだ。ちょうど先日大佐とヤマメを釣ったポイントなんだが、流水だから凍ってはいないものの、たまに大きい氷が流れて来るんだ。暗いのに無茶するよなあ。

 

「前世紀の飛行艇で脱出行なんて、それこそ昭和の冒険小説みたいですなあ」


 大佐はノリノリだ、これってスパイをわざわざ挑発してるだろう。なんかサーチライトまでスタンバイしてるしなあ。ここは灯火管制して密かに行動すべき筈なんだが。


 リンリンも目をキラキラさせて楽しそうだな。血沸き肉躍るってやつか? わからなくもないが、それを認めると俺もこいつらの同類になってしまう。


「大昔って、この機体は新造ですよね?」


 キャノピーにはまっているのも何とかっていう新素材のガラスだしな。すごく透明で超軽くてとことん硬くておまけに割れない優れものだ。丈夫過ぎて廃棄処分が大変なのが欠点らしい、最後は埋めるんだろうな。


「最近は設計図さえあればクラシックプレーンのドンガラなんか結構安く作れるんですよ。機体の製作よりむしろ資料集めが高くつくくらいですが、有志の方々から無償提供していただけたみたいでしてね」


 今どきの賢いAIが紙の設計図からでもデータを作ってくれるそうだ。最近は工場も自動化されていて無人だし、ますます人間様の仕事が減るな。


 それにしたってこの飛行機は大きい、材料費だけでも結構するぞ。産業用ロボットすらない時代にこんな巨人機を人間の手で作って飛ばしてたとか、昔の日本はやっぱりいろいろおかしい。まあ、それを言うとB-29なんてモンスターを何千機も大量生産したアメリカも正気の沙汰とは思えないんだけどな。資源の無駄遣いもいいところだ。

 

「日米の記念事業の一環として、航空力学的に完璧なシミュレーターを計画してるんですよ。こいつはまあ、それのデータ収集用ですな。その役目も終わったんで、そろそろどこかの博物館にでも引き取ってもらいたいところですが」


 機体の表面にはびっしりと流体センサーが取り付けられているんだそうだ。最近の飛行機がそうやって飛行データを集めているのは知っていたが、大昔の機種までわざわざ再生してデータ化するんだな。


 なんと、アメリカさんの方は本物のB-29なんかもプロジェクトに投入してるみたいだ。あっちにはまだ飛行可能な機体も残っているのに、それでも新造したらしい。お祭り騒ぎだな。

 

 個人的には面白そうなプロジェクトなんだけれど、税金の使い方が間違ってやしないだろうか? そんなリアルにゲームを作っても、飛ばすのが難しすぎて一部のマニアにしかウケないと思うぞ。

 

「あのビリー氏も協賛してくださってるんでね、反対する者など皆無ですよ。あはは」

 

 ビリー氏か、そりゃあアメリカの大統領でも逆らえないよな。やはり氏は重度のゲームマニアみたいだなあ。記念事業とやらはただの口実で、彼のコレクション作りに協力させられているのかもしれない。噂じゃ古今東西のあらゆる武器を収集しているそうだし。



 電動モーターは振動もほとんどなく、快適な夜間飛行が続く。気づけばリンリンは涎を垂らして寝ている、ボディーガードが聞いてあきれるよ。


 それにしてもこの飛行機、普通に現代でも通用するんじゃないか? 材料費をケチるためにパーツの大半はジュラルミンからカーボンに変更されてるらしい。元々はジュラルミンを使用する前提で設計されているから、大幅に軽量化された上に機体強度も上がってることだろう。


 当時の機体を忠実に再現するという点ではいかがなものかと思うが、結局はビリー氏の道楽みたいだからな。彼が納得すればなんでもいいのかもしれない。

 


 そうそう、ジュラルミンといえば先月発売予定だった削り出しフレームのクラシカルな一眼レフカメラが欲しかったんだよ。ボディだけで百万円超えのカメラとかさすがに二の足を踏んで予約しなかったんだが、限定生産だしもう売り切れてるだろう。

 

 少し待てば設計データが海外に盗み出されて、安いコピー品が出回るだろうから、そっちを買えばいいんだけどな。自動工場でロボットが作るものだから、同じデータなら同じ性能の製品ができあがる筈なんだが、偽物は何故か劣化コピーになるんだよなあ。

 

 劣化といっても気にしない人には気にならない程度の違いではあるが、趣味のアイテムだとそういうのはやっぱり気になる。違いの分かる男としては、プレミアム価格で買うしかないか。


 やっぱスパイ天国のままじゃこの国は詰むよなあ、産業スパイにもきちんと対処してくれないと一国民としてすごく不安だぞ。カメラ程度ならまだいいが、新兵器のデータ流出はシャレにならないんだからな。


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