エスパー俺
白い世界だ。見渡す限り空も地上も全て真っ白だ。
床にはグリッドが描かれているから見分けはつくが、地形データを手抜きするにも程がある。最近は家庭用ゲームでも適当なマップを自動で作成できるエディタがおまけでついてたりするが、ああいう機能はないんだろうか? せめて砂丘でもいいから作って欲しかった、テンション下がるよ。
筐体もひどい状態だ。後ろのカバーが外されてしまっているから、全周モニタが半分しか使えない。ベティちゃんがバックミラーモードにしてくれているから問題はないのだが、背後がスースーしてなんとなく落ち着かない。ベースは普通のゲーセンにある普通の“ガーディアントルーパーズ”の筐体のようで、重力制御装置なんて大袈裟な代物はついていない。Gがかからないのはありがたい。
俺は耐Gスーツの代わりに電極シールを体中に貼りつけられてしまって、ミイラ男みたいになっている。ちょっと動きづらい。頭にもサイバーな鉢巻を巻かれて、SFニンジャのコスプレみたいだ。ミイラ男のSFニンジャか……新しいかもしれない。
ホテルの健康診断の時も心電図は調べられたが、今回のはそういうのではなく明らかに人体実験じみているぞ。エスパーがどうかと言っていたが、国の予算でオカルトまがいの研究とはいかがなものだろうか。
リンクスのスキャナーの探査範囲に敵は発見できない。何百キロも離れた空間に弾体が次々出現して飛んで来るだけだ。まあ、シューティングゲームの場合、敵は存在しないのに攻撃だけは降り注ぐなんてよくあることだ。よく考えると謎だが、こういうのはお約束なんだから疑問に思ってはいけない。
ゲームで使うレールガンの攻撃に似ているが、速度はこっちの方がちょい速いかな。当たり判定が小さいのはゲームと同じだ。この手の自機狙いの攻撃はある程度速い方がむしろ避けやすいんだよ。ギリギリまで引き付けておいてチョイチョイと躱してれば当たらない。普通はノーロックオンのレーザーなんかを混ぜてプレイヤーを追い詰めるもんだが、そういう工夫もなさそうだ。ちょっと退屈?
“ガーディアントルーパーズ”におけるレールガンの評価は低い。初速は高いので至近距離から狙われるとヤバいとも言われているが、その状況で被弾するのは銃口を向けられているのを見落とすようなうっかりさんだけだ。それ以外はそうだな、硬直中を狙われるとマズイくらいだが、ある程度上級者なら硬直するような操作はしない。なので普通はもっと当たり判定の大きい武器を選ぶ。
無駄な動きで硬直しまくる初心者相手に、初速の高い武器で無双するのが一時期流行ったから、それでレールガンのイメージが悪くなったということもある。硬直狙いだけしかできないような中級プレイヤーは、上級者にとってはいいカモなんだがな。
タケバヤシ君とかは全てわかった上で、わざと硬直して相手を誘ったりもするが、彼は超上級者だしな。最強プレイヤーの名は伊達じゃない。
どんな武器を使おうと結局最後は駆け引きなんだよなあ。今思えば俺より強いプレイヤーがいてくれてよかったよ。最強の座に座るより、最強を目指す立場の方が気楽で楽しいと思う。次の大会でもし勝てたとしても、勝ってしまうのはもったいないような気がして来た。
永遠の挑戦者なんてのもカッコいいかもしれない。永遠か……永遠にゲームを続けていられればなあ。半年先か、一年先か。アーケードゲームの寿命は短いからな。長くても数年先には今みたいな生活は終わるだろう。最近の俺はそのことばかり心配している、手に入れたものが大きいほど失うのが怖くなるもんだ。
俺はこんなに自由自在にリンクスを動かせるのに……終わりたくないよなあ。
考え事をしている間に、弾体の数がずいぶん増えてきている。同じ攻撃がいくら増えたところで、基本的には飛んで来るのを避けるだけの単純作業なんだがなあ。タスクが積み上がっていくだけなんだから、鼻クソをほじくりながらでもできるぞ。そういえば樺太に来てから不思議と鼻クソはたまらない。放射能に汚染されてはいても、空気は綺麗なんだろうな。まあ、俺は人前で鼻に指を突っ込んだりはしないし、筐体の中でもそんな真似はしない。なんかベティちゃんに嫌われそうだしな、ちゃんとハンカチでレバーも拭いている。
なんか後ろでギャラリーをしている博士みたいな連中が、もっと弾を増やせとか話しているのが聞こえてくる。そういえば佐々木さんは来てないな、ここの連中はロボ開発計画とは別の部署なのかもしれない。
いくら増やしたって無駄だぞ、弾幕ゲーに比べればこんなのはまだまだイージーモードだ。ゲーム機が高性能化したせいで、最近の弾幕シューティングは画面がみっちり弾で埋まるくらい当たり前だからな。第一、せっかく高速弾なのにこう遠くから飛ばしてたんじゃ、わざわざ避けてくれといってるようなものだ。これがもっと近場からの攻撃だとしたら、着弾まで間がなくてさすがにキツイけどな。だがそのくらいじゃないと面白くない。
ゲームってのは適正な難易度でプレイするからワクワクするんだ。イージーモードばっかりしてたら腕がなまっちまう。だけど俺は大人だから、もっと難易度を上げてくれなんて我がままは言わないさ。自分に最適の難易度は自分で工夫するものだよ。
弾体が近くに来るまで、モニターの情報をわざと見ないという自分ルールでプレイすることにする。ギリギリ近くの弾だけチラと見て、脳内に飛んで来る攻撃をイメージする。それだけでほとんど反射的に回避操作できるから我ながらたいしたもんだ。縛りを入れてイージーではなくなったが、まだまだノーマルモードだな。
後ろで見てた人達もやはりヌル過ぎると思ったのだろう、ここにきて容赦なく弾数を増やし始める。四方八方から土砂降りの雨のように高速の弾が降り注ぐ。あー、これは避けられないパターンだ。弾が多すぎてどこにも逃げるスペースがないじゃないか。市販のゲームでこれをやっちゃあ反則なんだけどな。ゲームである以上はどんなハードモードでもクリア可能にデザインしてあるもんだ。
まあ、シューティングゲームの敵弾には破壊可能なのもあって、自機の攻撃で弾幕を切り開いていくのもお約束で、むしろそういうのをウリにしてる弾幕ゲームもある。レールガンの弾はバスターソードで切り払えるから、クリア可能といえば可能だな。
やみくもに叩きつけると剣の耐久が下がりやすいので、必要最小限の弾体だけを丁寧に切り払っていく。飛んで来る弾の速度を利用して、刃をただ滑らせるようにスッと振るのがコツだ。これだけ続けて飛んで来てくれるとなかなかいい練習になる。
どうせならバスターソードを両手に装備にしておけばよかったよ。大会までに二刀流も少し練習しておきたい。剣士は二刀流が使えてナンボだそうだからな。なんというか俺のキャラづけがファンの間でそういうことになっているらしく、せっかく当たるようになってきたビームガンなのにあまり使わないでくれとアリサ大佐に言われてしまった。仮にもプロゲーマーになったからには、スポンサー様のご意向には逆らえないよなあ。
弾の数はさらに増え続け、さすがにいちいち綺麗に切断している余裕はなくなってきた。お遊びはここまでか、真面目に弾をはじくのに集中しよう。
レールガンの弾は結構速いから、角度とか合わせるタイミングにちょっとコツがいる。一発切り払うだけなら造作ないんだが、次弾がこうすぐに来るとタスクを積み上げるだけじゃすぐに詰んでしまう。なにしろ剣を振る速度より弾速の方が速いからな。
こうなると二手、三手先を考えて、無駄のないコースで剣を振らなければ間に合わない。これがなかなか面白い。最適解を考えて、切り払いを繋げていく。いわばチェーンコンボだな。上手くいくと流れる様な綺麗な動きになり、ちょっとカッコいい。
どうしても剣だけでさばききれなくなったらバリアーも使ってみるかな。あれも工夫次第でいろいろ使えそうだ。対戦で使う前に、こういう余裕のある場面で試しておかないとな。
「はい、ご苦労様です」
唐突にプログラムを強制終了されてしまう。せっかく本気モードにスイッチが入りかけていたのにそりゃないよ。不完全燃焼な気分だ。いや、まあ、これもお仕事お仕事。
ヌルゲーかと思っていたが最後の方の理不尽なくらいの弾幕はちょっと面白かったな、最初からいきなりあの数が飛んで来たらミスしてたかもしれん。イージーモードに思えたのは、弾が徐々に増やされたせいもあるだろう、あれで随分目が慣れた。
なんかギャラリーの人達が喧嘩腰で議論している。ははあ、筐体にトラブルでもあったかな? 弾を増やし過ぎてプログラムに不備でも出たか? “ガーディアントルーパーズ”で処理落ちなんて一度もなかったと思うが、こいつは改造筐体だしな。
電極を外してもらって、シャワーでヌルヌルするクリームを洗い流す。おそらく電気を拾いやすくするための特殊クリームなんだろうが、体に良いもんじゃなさそうだ。しっかりボディソープで丹念にこする。特に頭に押しつけられていた電極のあたりがヒリヒリする、これでハゲたりしないよな? 最近生え際が後退してきたんじゃないかと気になり始めている。今のところ数ミリだが、頭皮に余計な刺激を与えるのは危険だろう。なんか高級そうなリンスが置いてあったのですり込んでおく。容器にローヤルゼリー配合と書いてあるし、これは効きそうだ。
本気の対戦をした後なんかは心臓バクバクで喉が渇いてそりゃ大変なんだが、さっきの実験程度じゃ息も乱れないな。俺が気にすることじゃないけれど、あんなのでいいデータがとれたんだろうか?
頭を乾かして中庭を見おろせるソファーに腰かけてまったりしていると、白衣を着た三人組に少し早い昼食に誘われる。言葉遣いは丁重だが、もちろん俺に拒否権はないんだろうな。ここでの俺の立場は、いわば貸し出されたコアラだ。よくて珍獣枠、下手をすれば実験動物か。でも俺はモルモットだってコアラに負けないくらい可愛いと思うんだよなあ。コアラは人前では愛らしいふりをしているが、隙を見せたらあの爪で木の上からとびかかってきそうで怖い。それに人類への貢献を考えればモルモットの方が偉いと思う。
社員食堂じゃなく、社内の日本料理屋に案内された。詳しい説明は受けていないが、ここはどうやら民間の製薬会社か何かのようだ。軍事機密の研究をしているのが普通の会社なわけはないと思いこんでたが、考えてみれば戦車や戦闘機だって民間企業で作ってるんだし別にいいのか。
席に座って、改めて三人組をじっくり観察する。どうも一緒に食事をして親交を深めようというコンセプトのようだが、三人とも人付き合いの得意なタイプには見えないな。
自己紹介だと俺とほぼ同年代だということだが、皆えらく老けて見える。特に紅一点の猿渡さんは、まだ二十台と言い切ったわりには目尻の皺が結構すごい。まあ、人それぞれいろいろ事情はあるだろうしな。じろじろ見ないように注意しておこう。ノッポとチビは……名前は忘れたな。最近急に物忘れが激しくなったかもしれない。これが三十代の記憶力というものか。
食事はいつものレーションと思いきや、豪華にすき焼きだった。昼間っからすき焼きかあ、俺もいいご身分になったもんだ。
割烹着みたいなユニホームを着た店員さんが、肉や野菜が綺麗に盛られた皿を持って来てくれる。和風なメイドさんって感じだな。なんというか、ドラマなんかだと助兵衛な悪徳政治家がセクハラしそうなタイプの美人さんが揃っている。隣のお姉さんタイプというか、ヤラレ役属性というか、ナンシーやリンリンみたいなド派手なオーラがない娘達だ……そうだな、町娘っぽい?
肉は綺麗にサシが入ってるし、野菜は生の本物だ。こっちじゃ食料品は高価だから、これはとんでもない贅沢だな。飯がレーションじゃないってことは、ここの組織は軍属じゃないってことだろうか? あのレーションもなんか怪しいよなあ。何十年先まで食うものが決められてるなんて、大規模な人体実験って感じがするぞ。
「皆さんはいつもこんな昼食を?」
「いつもは……丼ものが多いですね」
おお、案外庶民的だな。まあ丼ものもピンキリだ。上鰻丼なら肝吸い付きで5千円はするしな。
「今日は交際費で落とせますから、ちょっと豪華ですね、ウフフ」
やはりこの昼食会は会社持ちみたいだな。同じ釜の飯を食ってフレンドリーになろうってコンセプトだろう。人それを接待という。店内に客は俺達しかいないし、多分貸し切りだな。
そういうことならせっかく久しぶりのご馳走だ、気合を入れていただきますか。クオリティは高そうだがすき焼きはすき焼きだ。綺麗に切られてはいるが、野菜はありふれた面子だな。いや……なんだこのキノコは? まさか松茸!
「ああ、キノコも大丈夫ですよ。ここは高級官僚もよく利用するんで、食材は全て放射能フリーです」
高級官僚だと? やはり、よいではないか……なのか? そうじゃなくても放射能フリー食材とか庶民の口には入らない高級品じゃないか。役人ばかり贅沢しやがって。まあ、俺も最近はもっといい物食べてたし、怒るわけにはいかないけどな。放射能フリー食材は本当は小さい子に優先的に回すべきなんだよ。でもまあ、自分だけはなんとしても生き延びたいよなあ。そういうのわかるよ、うん。
「京都風のすき焼きにしてみましょう」
ノッポが鉄鍋に牛脂を転がし、ザラメ砂糖を撒いていく。こいつ、鍋奉行ならぬすき焼き奉行か?
「高級和牛を一枚生贄にして、脂を馴染ませます」
せっかくの肉が黒焦げになる。いや、火力が強すぎるだろ。
「すみません、実は料理したことありませんでした。全てお願いします」
どうやらノッポはにわか奉行だったようだ。店員さんが焦げた鍋を交換してくれて、ついでに調理も全てやってくれる。わりしたを使う普通のすき焼きだが、肉がいいから普通に美味しいな。生卵が出鱈目に美味しくて、思わず卵だけですすってしまった。
三人組はひたすら肉ばかり食っている。追加の肉の皿がどんどん運ばれてくるから別にいいけれど、小さい子供かよ。俺は糸こんにゃくや豆腐も一緒に食う。特に糸こんにゃくが肉のエキスを吸って美味さ爆発状態だ。
「あの、柿崎さんはその、エスパーだからこんにゃくを大量に摂取するんですか?」
猿渡さんがわけのわからんことを聞いて来る。アルコールは入ってない筈だよなあ。エスパーとかいい歳した大人が真顔で言うことじゃないぞ。
大阪のホテルにいた時もちょくちょくそんな話を聞いたが、今時超能力なんてオカルトを信じている人達が結構多いのに驚かされる。そりゃあ俺だってテレポーテーションとかしてみたいと思ったことぐらいはあるが、人間が瞬間移動できないことくらい中学生の頃にはちゃんと理解していたな。
「こんにゃくメインに白ネギ、それを肉で巻いて食べると美味しいからですよ」
「エスパーは栄養バランスにも配慮を欠かさないんですね」
なんだろう、会話が成立していない気がする。この人とは一生わかり合えないかもしれない。
「いや、エスパーとか大げさなもんじゃないですよ。じゃんけんがちょっと強かっただけですって」
ホテルの健康診断の時もエスパー検診とかでいろんな機材で調べられたのだが、唯一俺が好成績だったのがじゃんけんのテストだった。
もちろん俺に超能力などある筈もない。種明かしをすればじゃんけんで無双できるのは必勝法を知っているからだ。
まず、相手に絶対後出しをさせないこと。じゃんけんマシーンは高速度カメラの性能を活かして、一瞬だけ後出しするというズルを狙ってくるからな。そういった反則さえ排除できれば、理論上負ける確率はたったの三分の一だ。初手以降は駆け引きが重要になるが、相手が勝ちを狙って来るなら読みやすい。俺は負けなければいいという作戦をとるので戦略の幅が広くなる。要するにあいこを上手く利用して頭脳プレイで勝っていただけの話で、超能力とかそういうオカルトな要素は皆無だ。
だけどまあ、エスパー扱いされて嫌な気はしない。ヒーローみたいでカッコいいもんな。エスパーが実在なんかしたらきっとこうはいかないぞ。人間は異質な存在を受け入れないから、差別されたり迫害されるに決まっている。少なくとも俺が見た大抵のアニメじゃそうだった。
「本格的なデータ解析はこれからですが、柿崎さんには間違いなく予知能力がありますよ。マッハ8の弾をひょいひょい避けるなんて、一瞬先が見えているとしか思えない」
適当に笑い飛ばして終わる話だと思ったのだが、猿渡さんは真顔でそんなことまで言い始める。あれ? これはちょっとヤバい人だったかな。
もし俺に予知能力なんてあればカジノで儲け放題だが、世の中そんなに甘くない。実際にギャンブルで儲けはしたけれど、あれは試合で頑張った結果だ。
賭け試合で自分の勝ちに賭けるのは一応OKだそうだしな、逆だと八百長になるけれど。基本的には胴元を怒らせなければ何をしてもかまわないみたいだ。カジノの偉い人の機嫌を損ねたらこの世から消されてしまうハードボイルドな世界だけどな。
「レールガンの攻撃をあんなにひょいひょい避けるなんて悪い冗談です。機械の故障でなければ何かのトリックか、本当にエスパーかのどちらかでしょうね」
ノッポの方はエスパーの存在に懐疑的みたいだな。トリックといえばトリックだよなあ、タネと仕掛けがわかってしまえば子供騙しなんだよ。
「予知じゃなくあくまで予測です。ちょっと未来の弾のコースなんて考えればわかるじゃないですか。天文学者が日食の日とかを計算で予測するのと同じです、ああいうのを予知とは言わないでしょう?」
マッハ8だろうが、一定のコースを飛んで来るだけの弾だ。未来位置を予測できるのは当たり前。科学者なのにそのくらいわからないかなあ。まあ、白衣なんか着てるのが胡散臭いけどな。着る意味ないし、醤油みたいのが飛んで汚れてるし。
「確かに理論上は弾道計算による未来予測は可能ですが、人間はコンピュータじゃありませんよ」
猿渡さんはなおも食い下がる。どうしても俺をエスパーにしたいみたいだな。
「人間はすごいんですよ。一昔前はコンピュータでロボットを二足歩行させるだけでも大変だったみたいじゃないですか」
「なんかすごい説得力がある、気がするわね……柿崎さんがエスパーじゃないとしたら、私達の研究は根底から覆されちゃいますけど」
「エスパーじゃなくゲーマーの研究をすべきかもしれません。いやマジで」
やはりノッポの方が頭が柔らかそうだな。そうそう、ゲーマーをもっと評価すべきだと思うよ。そもそも余程の初心者でもない限り、一瞬先を予測して動くくらいゲーマーにとっては基本中の基本だ。小学生プレイヤーでも上手な子達はちゃんとやっている。まあ、俺はプロゲーマーだからさすがに小学生と同じレベルという訳にもいかない、これでも人知れず影の努力をしてるんだよ。
「ゲーマーですか。その、ゲームが得意な人達について、我々はこれまでほとんど注目して来ませんでした」
「アメリカのレポートじゃ、エスパーは決まって優秀な軍人でしたからねえ」
「あっちじゃ被験者は皆軍人だったのだから当然の結果ですが、盲点でしたねえ」
アメリカとか言ってるし。そういえば、『全米震撼エスパー研究所の闇』とかいうオカルト本が出ていたが、本当にロズウェルにエス研なる謎の組織が存在するんだろうか? 若い男女を拉致監禁して非人道的な実験に使うというその手の本にありがちな内容だったが、妙なリアリティがあったので一応最後まで読んでしまった。
「まさか、エスパー研究所って本当にあったんですか?」
「ああ、あのトンデモ本ね。あんなのはユーラシア連邦お得意のプロパガンダですよ」
プロパガンダ……情報戦って奴だな。マスメディアが他国の諜報機関に乗っ取られるなんてよくある陰謀論だが、最近じゃ実際にスパイが芋づる式に検挙されていたりもする。
マスコミを押さえるのは諜報機関のお仕事としては定番なんだから、スパイがいるくらいむしろ当たり前なんだよなあ。逮捕されてニュースになるのはユーラシア連邦のスパイばかりだが、多分アメリカやロシアのスパイだって日本に大勢いる筈だ。
日本の若者はファッション感覚で気軽にスパイになったりするようだが、最高刑は死刑だというから結構ハードな世界だ。減刑を求めて泣き叫ぶ母親達の姿がよく報道されているが、あれはカッコ悪い。悪の美学を気取るなら散り際はビシッとキメないとなあ、それができなきゃそもそもスパイなんてやらなければいい。
「面白いもので、あの本に書かれている非人道的な研究は100%の嘘というわけではなさそうなんですよ。部分的にリアルな描写が混じってます。おそらく実際に彼ら自身がやっていることなんでしょうねえ」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。電波な話題についていくには、俺は常識人過ぎたようだ。ユーラシア連邦にもエスパーの研究施設があって、そこでは本当に拉致やら人体実験が行われているということだろうか? まあ、人権がとことんない国みたいだし、やってそうではあるよな。
「もっともそのおかげで、ある程度彼らのやっている研究が推測できるわけです」
「薬物を使ってエスパーを再現しようというアプローチのようね。元々洗脳はかの国のお家芸でもあるし」
いい歳をした大人達が、昼間っから電波ゆんゆんの会話をしている……なんかものすごくツッコミたくなってきた。でも、もらった名刺を見ると三人とも正真正銘のハカセなんだよなあ。博士号なんて昔に比べれば有難みがなくなったとはいえ、国の関係する企業で働いているんだから有能に決まっている。
あー、でも無能なコネ入社組が閑職を与えられてるって線もあるのか。何せ業務内容がエスパーの研究だからなあ、転職の時とか絶対苦労しそうだよな。
「エスパー研究も最近は停滞期に入ってたんですが、とにかく今回の実験は衝撃的ですよ」
「総理肝いりのレールガンがああも簡単に無力化されるとなると、我々の想像する以上に大事件になるかもしれませんなあ」
なんかえらい話をしてるよな。冗談だろうとは思うが……冗談だよな? だいたいソーリって何だよ、総理大臣がいちいちそんな細かいことにまで口出ししてちゃ駄目だろうに。
「柿崎さんのおっしゃるように、ゲームの得意な人間が皆エスパーだとしたら、それはそれで大変じゃないですか」
「薬物を用いて人工的にエスパーを作り出すより人道的だねえ、我が国向きでもある」
「私もゲームくらいはしたことはありますけど、弾が飛んできたりする奴はどうも苦手で、すぐ死んじゃうんですよね」
おお、俺にも参加できそうな話になってきたな。
「最初は誰でもそんな感じですよ。諦めずにプレイしてればそのうち上手くなります」
「私でもマッハ8の弾を刀で切れるようになりますか?」
ほとんど喋らなかった背の低い方の男が、突然ぼそっとそんなことを言い出す。
「あー、いきなりああいう速いのは難しいでしょうね」
この人も“ガーディアントルーパーズ”のプレイヤーの仲間入りか、ちょっと嬉しいぞ。切り払いを練習するなら、最初は速度が遅くて当たり判定が大きいプラズマ弾あたりがいいかもしれないな。俺の場合はクモ脚メカのビーム攻撃で練習したが、CPU戦で一人で特訓するのならそれもアリだろう。
「いやいや、あのゲームで弾を切れるのはほんの数人だと聞いています。やっぱりいろいろおかしいですよ。私の計算では剣の先端は音速を越えていましたが、それでもマッハ8には到底追いつかない筈。一体何故弾体を切れるんです?」
ノッポは計算は早いが、人生経験はまだまだ足りないようだな。
「そんなの野球の送りバントと同じですよ。弾の方から向かって来てくれるんだから、タイミングを合わせてやればいいだけのことです。あと角度とか」
「すみません。野球はやったことないので、そのたとえはよくわかりません」
これも時代の流れってやつだろうか。近年はバスケやサッカーも下火だし、世界的にスポーツ全般の人気がなくなってきている。携帯端末一つあれば娯楽なんていくらでも選べるからな。
「なるほど。検査対象にスポーツ選手も含めるべきかもしれませんね」
猿渡さんは大まじめな顔で何やらメモっている。プロスポーツ選手をエスパーかどうか検査するとか、三流SF映画でもそんな馬鹿なことはしないぞ。いや、待てよ。エスパーリーグとか、小さい子向けのアニメでやれば楽しいかもしれないな。
最近は身の回りが妙に殺伐としているせいか、癒し系のキッズ向けアニメが俺のお気に入りだ。童心にかえってほんわかしたいのに、それなのに……幼児向けの作品でも、主人公キャラは大抵そのうち必殺パンチとか繰り出したりして、なんだかんだと戦い始めてしまうんだよ。人の業の深さだなあ。