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俺のロボ  作者: 温泉卵
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俺のパンツァー

 俺達を乗せた八輪装甲車が雪原を走破していく。防衛陸軍と陸自で使われている38式装輪装甲車だ。愛称はハヤトだそうだ、薩摩隼人のハヤトだろうか? 38式ってことは西暦2038年に作られたってことだと思う。だとしたらちょっと旧式な車両だ。

 

 俺は今までこの手の装甲車にさほど興味はなかった。立派な大砲のついている戦車と違って地味だしどれも全部似た様なものだと思っていた。映画とかじゃザコですらないモブ扱いだしな。けれど乗車してみて認識を改めた。これはこれでなかなかにいいものだ。

 

 道なき道を、時には湿地を、雪を蹴散らし段差なんか無視してパワフルに突き進んでいく。しかも乗り心地がいい。サスペンションとかがよっぽどすごいんだろう。何しろ八輪駆動だ、でかい車輪が八つもついている。車高は高いがある程度自由に変えられるようで、町中を走ってるときはかなり低くしていた。段差を乗り越える時に足回りが一体どんなすごい動きをしてるのか、外からじっくり見てみたいもんだ。

 

 中も思ったより広々としていて、軍用車両と思えないくらいに居住性がいい。暑すぎも寒すぎもしない空調もいい感じだ。樺太は気温が低すぎるせいか、建物の中はガンガン暖房をかけまくっていて参ってたんだよ。

 

 開口部にはエアカーテンみたいな面白いギミックが仕込んであって、ハッチが開いていても外の冷たい空気は入ってこない。カジノホテルの出入り口にも同じような技術が使われていたが、こういうのが車についてると便利だな。本来は車内の保温のためというより、毒ガスなんかを防ぐためのものだそうだ。きっと高性能な空気清浄機でも装備してるんだろう。

 

 後部のベンチシートには十人程の兵隊さんがくつろいでいる。この手の軽装甲車両は戦場で兵員を高速輸送するのが本来の用途なんだろう。戦闘時にはパワードスーツを装着したまま乗りこめるそうで、結構ゆったりしたスペースが確保されている。俺が映画で見た戦闘車両の中は、なんというかもっと殺伐とした感じだったんだけれど、これも時代の流れってやつだろうか。


 出撃時には最後部の大きなハッチを開けて完全武装の兵隊さん達が飛び出していくわけだが、どうせならロボットアニメみたいにカタパルトで前にビューンと発進していく方が絵になると思う。強襲上陸用の車両には前方のハッチがガバッと開くのもあるらしい。いつかそっちにも乗ってみたい。


 手で触った感じじゃそこそこしっかりした装甲板で覆われているから、小銃の弾くらいは余裕で防げそうだ。テロリスト襲撃事件の時にこいつがあれば安心だったよ、まあ普通はホテルの厨房に装甲車なんてあるわけないけどな。


 なんでも市街戦でゲリラなんかと戦う時は、携帯ロケットを防げる追加装甲を取り付けて移動トーチカにもできるらしい。リンクスのチョバムアーマーみたいなのかと思ったら、キャスターのついた鉄の箱みたいなのを車体に被せて引っ張っていくだけのとってつけた代物だそうだ。戦場でコンクリを塗って応急修理していたらどんどん分厚くなってしまい、最後は重くなりすぎて動けず普通のトーチカになってしまったという笑えない笑い話を聞かされた。このキャスター付き追加装甲、ネタ兵器と思いきや使い勝手はいいらしく米軍にも何セットか売れたとのこと。


 沿海地方を占領している米軍は、絶えずゲリラの脅威に晒されていて大変みたいだ。ゲリラの背後にいるのはユーラシア連邦のようだが、国籍不明の流れ者達が勝手に暴れてるのだとシラをきっているらしい。一応あの辺は国際的にはまだロシアの領土の筈なんだが、アメリカが管理を押し付けられている格好だ。放置しておくとユーラシア連邦の版図に組み込まれてしまうからな。


 マスコミがほとんど報道しないので大陸の情勢はネットの噂でしか知らなかったが、軍人さん達の話だとやっぱりロシアはユーラシア連邦にどんどん蚕食されていてやばいらしい。ロシアは核兵器を山ほど持ってるからなんとか耐えてはいるが、ユーラシア連邦側はなるべく正面衝突を避けながら人口侵略で同化吸収する戦略をとっているそうだ。ロシアが飲み込まれるのも困るが、本気の核戦争を始められても大変だ。まあ、俺なんかが悩んだところでどうにもならないことなんだが。

 

 そもそもユーラシア連邦ってなんなんだろう? 国家を名乗ってはいるが、マスコミ報道だとテロリスト集団とか軍閥連合だとか言われている。そもそもテロリストとか軍閥っていうのが何なのか、実のところ俺はよくわかっていない。武装組織だというくらいは知ってるが、運営資金とかはどこから出てるんだろう? 制圧地域から税金を徴収しているのなら、結局やってることは国と同じってことになる。

 

 奴らは元々はPRCの残党の中の親米勢力で、アメリカからかなりの軍事支援を受けていた。抱え込んでいた核兵器を手放す代償として莫大な財政支援も行われ、日本も財布担当として相当協力している。日米から金も技術もこれ以上の支援が引き出せないとわかった段階で、連中は隠し持っていた核ミサイルで再び周辺諸国を脅し始め、その後はマスコミが情報を伝えなくなったんだよ。


 ちょうどその頃にロングビーチ港で起きた謎の核爆発でロサンゼルスが壊滅し、アメリカは大混乱している。爆発がユーラシア連邦の仕業だったとする陰謀論もあるが、もしそうなら徹底的な報復が行われた筈だ。時系列で考えれば、むしろアメリカの混乱が原因で放置されたユーラシア連邦がやりたい放題始めたと考える方がつじつまが合う。


 わからないのはマスコミがユーラシア連邦のこともロサンゼルス核爆発のことも何故かほとんど話題にしないことだ。報道管制でもされているんだろうか? ネットでもあまり話題にしていると怖い人がやって来るとか言われていて、あまり盛り上がらない。怖い人が来るって話はもちろんジョークだろうが、君子危うきに近寄らずだ。日常生活でその手の話をしようものなら、たちまちテロリスト予備軍だと認定されてしまう。こっちに来て軍人さん達が普通に話しているのを聞いた時は、かなりのカルチャーショックだった。



 俺が座らせてもらっている席は助手席のちょうど後ろで、小さな窓から外が見える。シートはふかふかだし、本来は偉い人が座る席なんじゃないかと思う。このまま気持ちよく寝てしまえそうだ、景色を眺めるのが忙しくてそれどころじゃないけどな。

 

 ヘリ部隊の人達が何やら本業で忙しくなったらしくて、しばらく俺のシミュレーターの仕事は休みだ。それなら帰れるかと期待したんだが、さっそくイチイさんに新しいスケジュール表を渡されてしまった。視察に見学、会議に食事会となんか偉い人の仕事っぽいのが並んでいる。全然嬉しくはないが、これでちゃんと給料がもらえるんだから文句は言えない。

 

 というわけでこれから戦車部隊の見学に行くらしい。まさかいきなりこんな装甲車に乗せられるとは思いもしなかった。理由は町の外は舗装されていないからだという、最低でも四駆じゃないと動けなくなるらしい。

 

 道路くらい整備すればいいと思うんだが、ロシア時代のままになっているらしい。装甲車だと普通に走れてしまうので特に問題はないのかもしれない。それにオフロード走行ってのもワイルドで悪くない。ところどころに楡らしき大木がぽつんと生えているんだが、近づくと笑ってしまう程大きい。北の大地のパワー大爆発って感じだ。

 

 有り余るほど雄大な大自然を観光資源にしようって話もあったらしいが、アイディアだけで終わったみたいだ。こんな寒い所まで金と時間を使ってわざわざ来るモノ好きも少ないだろう。樺太には温泉もあるらしいが、放射能で海の幸が食えないってのがトドメだよなあ。資源もそこそこ埋まっているらしいが、昨今の慢性的な資源安では掘るだけ赤字になるそうだ。そもそもその資源安がロシア没落の一因でもある。

 

「ハヤトの乗り心地はいかがですか?」


 隣に座っている犀川大佐がドヤ顔で聞いて来る。このあいだの会議じゃ下っ端っぽく見えたが、実はわりと偉い人だったみたいだ。階級章の見方はだいたい覚えた、まあ基本的には星とかラインが多い方が偉いと思っていればいい。

 

「オフロードでも結構スピード出せるもんなんですね」


「八輪駆動独立懸架方式ですからね。不整地でもリムジン並みの乗り心地です」


 よくわからないが、多分全部の車輪にそれぞれサスペンションがついてるとかそんなんだろう。地形に合わせて瞬時に車高を調整できるし、バッタみたいに飛び跳ねたりもできるみたいだ。市販車でもナンパする時にホッピングさせてアピールしているのをたまに見かける、多分あれのすごい奴なんだろう。油圧サスペンションそのものは枯れた技術なんだろうが、ここまで滑らかな走行に結び付けているのがすごい。おそらくコンピュータ制御でダイレクトに地形に追従させているのだろう。

 

「世界一居住性の高い兵員輸送車ですよこいつは。何しろ民生用も含めれば百万台以上売れているミリオンセラーですからな、あっはっは」


 ミリオンは正直すごい、最近は大衆車でもそんなに売れてる車種はあまり無いんじゃないかな。だがしかし、こんなごつい車を民間で一体何に使うんだ? 現金輸送車とかだろうか。まあ、海外は治安が悪いって話も聞くし、値段次第じゃ売れるだろうな。そういえば暴動のニュース映像なんかで見た覚えがあるかもしれない、火炎瓶を投げつけて来るデモ隊に放水してる車両って大抵これだよ。ところで警察車両は民間扱いなのかなあ、軍用じゃないしなあ。

 

「私も若い頃はこいつの売り込みに世界を飛び回ったもんです。なあに、現場の兵隊を試乗させてやればすぐに採用が決まりましたよ。ハヤトを採用しなきゃ反乱を起こすってゴネた部隊もあった程です」


 なんかこの人の話はどこまでが本当かわからない、ホラ吹き男爵って感じがする。俺の中ではあだ名はホラ吹き大佐で決まりだな。大言壮語は耳に心地いいが、眉に唾をつけておこう。昔の仕事でこの手のタイプにさんざん苦労させられたことがある。

 

「どうです? 上に上がってみませんか?」

 

 何のことだと思っていたら、天井が開いて座席ごと持ち上がる。ロボットアニメか遊園地のアトラクションみたいだ。エアカーテンに注意しないと息ができなくなる。

 

 目の前には機関銃もついてるし、いざとなったらこうして外に出て戦うんだろうな。

 

「驚きましたか? 驚いたでしょう。ああ、外の金属に触らないでください。皮膚が凍りついてとれなくなります」


 犀川さんも上がってきた。右の席には機関銃の代わりにロケットランチャーみたいなのがついている。なんか負けた感があるぞ。

 

「これって弾入ってるんですか?」


「撃っちゃダメですよ」


 そう言いながらランチャーを前後左右に操作して見せる。ああ、このジョイスティックみたいなので動かすのか。カメラを見ながら車内からでも操作できるみたいだ。デモ隊程度の相手なら安全に無双できるよな、これ。

 

「今日はいい天気だ、もうすぐ春ですねえ」


 確かに今日はちろっとだけ青空がのぞいているが、一面の銀世界を見てよく言うよ。不気味なくらい奥行きのある青い空なのは、北極が近いからとかなんか理由があるのだろうか? 綺麗は綺麗なんだが、宇宙から巨人にのぞき見されてるようでちょっと怖いかもしれない。

 

 上空を二機の飛行機がゆっくり横切っていく。珍しいことに複葉のプロペラ機だ。もっと珍しいことにフロートがついている、水上機だな。

 

「零観ですよ。帝国海軍の名機です」


「いやいやいや、全然違いますよ。零観は単フロートだし空冷エンジンだからあんなに鼻先は細くない。翼端の形状も違うし、共通点は複葉の水上機ってことぐらいじゃないですか」


 俺は零式水上観測機には詳しいぞ、何しろ初めて作ったプラモデルが零観だった。爺さんが作ってた戦艦大和のオマケについてた奴をもらったんだ。エナメル塗料を分けてもらってちゃんと筆で色まで塗った。その後、中学生になってから小遣いを貯めて48分の1の大きい奴を買ったんだが、胴体を貼り合わせたところで作業を中断している。いつか完成させるつもりで仕舞っておいたから、捨てられていなければ今でも実家の押し入れにある筈だ。

 

「なんだ、やっぱりキミもミリタリーマニアだったのか」


 詳しいのは零観だけだけどな、プラモを作る時に資料とかかなり調べたもんだ。まあ、今時プラモデルなんてマニアックな趣味だけどさ。ゼロ戦以外の軍用機を知ってればミリタリーマニアだと聞いたこともあるし、俺は一応その基準はクリアできている。


「あれは特務のT15さ、でもマニアの間で零観と呼ばれているのは本当だよ。カナダ製のCOIN機だけれど、設計者は零観にインスパイアされたと言っている」


 犀川大佐の口調が急に馴れ馴れしくなった気がする。きっとマニアとして同族認定されたんだろう。それにしてもカナダ製って……国産じゃないのかよ。てっきり同じミツビシ製ってオチだと思ったんだが、そこも共通点なしか。インスパイアって要するにパクリのことだろ? それならせめて単フロートくらいは忠実にパクって欲しかった。


 ところでコイン機ってなんだろう? ワンコインで買えるくらい低コストな飛行機ってことかな? さすがに実際の値段はそれなりにするだろうが、ステルス戦闘機なんかに比べればずっと安価だって意味なんだろう。まあ、ここは知ったかぶりで押し通そう。


(作者注:COIN機とはCounter Insurgency aircraftの略で、暴徒鎮圧に特化した攻撃機のことです。)


「なんかロケット弾ポッドみたいなのぶら下げてましたけど」


「密漁船の監視に行くんだからね。なにしろ相手は携帯ミサイルで武装している、命懸けの任務だよ」


「密漁船って、この辺のカニは放射能汚染で食えないんじゃないんですか?」


「気にするのはそこなのか? まあ、自分達で獲って食うなら別にいいが、密漁と密輸のコンボでね。日本産に化けて流通するのは困るんだよ」


 最近じゃ天然もののカニとか馬鹿高いから、庶民の口に入るのは培養ものとかカニカマだもんな。今後は安いカニを見かけても買わないようにしよう。ああ、放射能を測定すれば見分けはつくのか。


「本来なら水産庁さんの管轄なんだけど、うかつに近づいたりしたら逆に拿捕されるだけです」


 密漁船もやっぱりユーラシア連邦の方からやって来るんだろうなあ。乗っているのは軍事訓練を受けた国籍不明のテロリストってわけだ。無害な民間人を装われたらこちらから先には攻撃できないから、携帯ミサイルを隠し持った相手に先手を奪われることになる。話を聞いているとゲリラってすごく厄介な相手だよな。


「あいつら嘘の救難信号を出して救助に向かった船を乗っ取るんですよ、国際法とかまるで無視です。こっちは海賊行為の現場をおさえないと攻撃を許可できないんで、まったく困ったもんです」


 そんな物騒な相手にあんなプロペラ機で大丈夫なのか? やっぱりコイン機って落とされても懐が痛まない安物の飛行機って意味みたいだ。


 米軍みたいに問答無用で沈めてしまって、文句を言って来ても相手にしないのが正解だろう。用もない民間船がうろついてるのがおかしい海域だし、わざわざ相手の土俵に乗ってやってパイロットの命を危険に晒す必要はないじゃないか。国籍不明の船なんて無人機で自動的に攻撃しろよもう、卑怯なゲリラより日本側の融通のきかないお役所仕事に腹が立つ。

 

 見ていると零観モドキは続々と飛んでいく。全て二機ペアなのにも何か理由があるんだろう、どちらかが撃墜されても反撃して敵を始末してからパートナーを救助できるしな。


 どうも近くに飛行場があるようだなと思っていたら、その飛行場が俺達の目的地だった。水面などどこにもなく、コンクリート舗装された立派な滑走路が伸びている。水上機でもフロートの下に車輪がついていて、普通に離着陸している。まあ、今の時期は池なんかも大抵凍っているだろうし、そうでなくてもくそ寒いんだからパイロットも整備士も水に濡れるのは嫌だろう。


 水上機の離着水はロマンだとか安易に考えていたけれど、現場の人達にとっては負担が大きい仕事だよな。地上基地での運用が正解かもしれない。

 

 駐機中の機体の傍らにパイロットがたむろっている。多分、いつかはステルスに乗りたいよとか、そんな話をしてるんだろうなあ。それにしても皆若い、大学生くらいに見える。死ぬんじゃないぞ。

 

 基地の外周は簡単なフェンスで囲ってあるだけだが、ゲート付近だけやたら警備が厳重そうだ。どういうわけだかゲートの周辺だけがアメリカの基地扱いになっているようだ。ゲートを通る時に誰何して来た米兵が、やたら偉そうで感じ悪かった。

 

「根は悪い奴らじゃないんだが、最近我々がロシアとも仲良くしてるのが気に入らないんだ」


 八方美人は嫌われるからな、そんなの子供でも知っている。日本の偉い人達は小学校で喧嘩とかしなかったんだろうか? 大正時代あたりから延々と世間知らずのお姫様みたいな外交を続けてるよなあ。頭の中が鹿鳴館のままなのかもしれない。


「千島樺太をロシアがいきなり返還してくれたのはいいが、日米を離間させる戦略だったのかもしれない。まさに恐ロシアだ」


 このおっさん……おそロシアって言いたかっただけじゃないだろうな?


 カムチャツカ事変のことはこっちに来てから勉強しなおしたんだが、やっぱりよくわからない。


 最初はいつも通りのロシアとユーラシア連邦の小競り合いだったんだ。旗色が悪くなったロシアがアメリカに助けを求めて、米軍が出て行ったんだが、ロシアは自分だけ勝手に休戦してしまう。おかげで米軍は多くの戦死者を出して激おこ、それまで出し渋っていた地上軍を惜しみなく投入し、瞬く間に沿海州からシベリア方面を経てバイカル湖まで制圧してしまう。


 この時に米地上軍が戦った相手の正体がよくわからない。ユーラシア連邦軍だったのか、ロシア軍だったのか、謎のゲリラだったのか。どうも、地方軍閥が状況に応じて都合よく旗色を変えていたようなんだが、米軍は全てテロリストだとして容赦なく攻撃したみたいだ。


 結局、ユーラシア連邦もロシアも自分達はテロの被害者だと主張し始めたため、米軍は平和維持活動に参加しただけというわけのわからないことになった。アメリカの国民はよくそれで納得したもんだ。


 そういうわけで国際的には沿海州とシベリアはまだロシアの領土なんだけれど、帰属は曖昧になっている。


 日本も米軍と共同で参戦していたんだが、ロシアが多額の資金援助と引き換えに千島・樺太を返還してきたためアメリカとの間がギクシャクすることになったわけだ。ロシアにしてみれば、すでに自分のものではない土地をありえない高額で売りつけることができて、あわよくばアメリカの怒りの矛先を日本に向けてしまえるというノーリスクハイリターンな一手だった。日本は……外交しちゃ駄目だな。何もしなければ上手くいってたのに。日本の金が手に入らなければ、詰んだロシアはアメリカに土下座して謝るしかなかったんだ。


 どのみちアメリカは戦後日本に千島・樺太を返還する予定だった。その情報をつかんだからこそロシアが先に売り込んで来たともいえる。


 結局日本は国家予算規模の無駄金を使ってアメリカの足を引っ張っただけだった。事情を考えれば米兵達から冷たい目で見られるくらいはむしろ当然か。本当なら税金を無駄遣いされた俺達国民も怒らないといけないんだろうな。


 それにしても最近の戦争は敵味方がはっきりしないので、どうもスッキリしない。ゲリラとかテロリストがいるせいだと思う。二国間のわかりやすい戦争なんて過去のものみたいだ。未来の子供たちは歴史の授業で苦労することになるだろう。



 ゲートを抜けてしまうと完全に日本軍の基地で、米軍担当のエリアとは空気がガラリと変わる。間近で見るとやっぱり水上機はカッコいいな、フロートのついていない陸上機バージョンのもある。カナダ製ねえ、簡単に作れそうなのになんで国産しないんだろうな。


 滑走路に隣接して格納庫が延々と並んでいる。車両用の格納庫は飛行機のより一回り小さいので一目でわかる。扉をあけてもらって中に入ると、俺達が乗ってるのと同じ装甲車が整備っぽいことをしている。結構な数のチョロ戦車も置いてある、ひょっとして日本軍の戦力ってすごいんじゃないか?

 

 上着をしっかり着こんで降車、エアカーテンの外はやっぱりとんでもなく寒い。

 

「足元に気をつけてね。皆そこでけつまづくから」


 靴がはまりそうではまらない微妙なサイズの溝が、目の前を横切っている。コンクリートの床に鉄道のレールが埋設してあるようだ。これはひょっとして地下シェルター行きの線路だろうか?

 

「ここから三十キロ先の港まで鉄道で行けるんです。また今度釣りにでも行きましょうよ」


 ああ、港ね。戦車は海外へは船で行くんだもんな。三十キロくらい自走して行けよとは思うが、戦車の鉄道輸送とかマニアが喜びそうなシチュエーションではある。

 

 チョロ戦車はこの前地下で見た戦車に比べると二回りくらい小さい。それに近くで見るとキャタピラがなんか安っぽい。ただのゴム製のベルトを巻いてあるだけみたいだ。中の車輪には普通にタイヤがはまっていて、キャタピラが外れてしまっても普通に走れそうな感じだ。というか、装甲車の足回りに後からゴムバンドをはめただけに見える。

 

 立派な砲塔がついてるから戦車なんだろうが……そもそも戦車と装甲車ってどう違うんだろうな。ステルス性を気にしているのか表面のディティールが少なくて味気ない、安物のオモチャみたいだ。ペイントも地味な二色迷彩で、なんというか兵器としての華がない気がする。戦車のプラモは作ったことがないが、上手なモデラーはスコップとかジェリ缶をいっぱい取り付けてそれっぽくしているよな。

 

 華がないといえば、サジタリウスなんかもわりとのっぺりしてて地味だけど、シャークマウスや目玉を描いて目立たせようとしてるプレイヤーはいるぞ。本物だとさすがに赤く塗ったりするのは許可がおりないだろうが、目玉くらいは許されるんじゃないだろうか? 見渡すと砲塔の横に小さくアニメ風の女の子を描いてあるのはあった。まあこんなのもアリだと思うが、どうせなら痛車みたいにすれば面白いのにな。きっと敵も驚くぞ。

 

 大佐に先導されて格納庫の端のプレハブ小屋に向かう。建物の中に建物があるのも妙だが、暖房代を節約するために後から付け足した感じだな。エアコンの室外機からは冷たい風がガンガン吹き出している。

 

 扉を開けると中は熱気がすごい。ガラの悪そうな兵隊さんが大勢だべっていたが、犀川大佐を見ると慌ててビシッと敬礼する。軍隊じゃ挨拶とかもちゃんとしないと査定に響くんだろうな。

 

「紹介しよう。彼がうちのエースパイロット、エイハ・キンタ軍曹だ」


 うん、でかい。二メートル以上ある背の高い黒人さんだ。米兵か? でも防衛陸軍の階級章をつけている。軍曹って映画なんかだと乱暴者のイメージがあるが、こいつはいかにもそんな感じだ。

 

「よろしくなボウヤ」


 お、普通に流暢な日本語だ。いかにもテンプレな挑発的なセリフが聞けてなんか嬉しい。以前の俺なら睨まれただけでビビりまくってただろうが、最近は多少の殺気はなんかもう平気だな。リンリンとか何の躊躇もなく殺しまくるからなあ。あんなのに比べたら、大抵の暴れん坊はまだまだ常識人だ。

 

「ああ、こちらこそよろしく」


 せっかくだから何かウケを狙った返事をしようと思ったのだが、やっぱりアドリブは苦手だ。ま、面倒だし別に普通でいいや。

 

「エースパイロットってことは、彼は飛行機乗りなんですか?」


 戦車乗りを普通パイロットとは呼ばない気がする。車両だからドライバーかな? ロボだとどっちだろうな。


「軍曹、お客様に機動戦車のコクピットを見せて差し上げろ」

 

 大佐の一声で皆でぞろぞろと小屋の外に出る。こう暑くなったり寒くなったり繰り返していると体調を崩しそうだ、もうちょっと暖房は控えた方がいいと思うな。

 

 軍曹が一番近くにあったチョロ戦車に手を振ると、後部装甲がぱっくり開いて中からコクピットがせり出してきた。大型のジョイスティックに手を置いて操作するシステムみたいで、全然戦車の操縦席っぽくない。計器の配置なんかもまるで飛行機のコクピットみたいだ。

 

「これが次世代型兵器のコクピットってわけです。いずれはあらゆる兵器が共通のシステムで制御可能になりますよ」


 確かにこれならコクピットだ。戦車っていえば大勢で乗り組むものだとばかり思っていたが、運転も大砲の操作も全部ジョイスティック一本でこなせるみたいだ。単座で済むから装甲を集中配置できて軽量化にもつながっているらしい。このコクピットでリンクスも動かせそうだが、俺はやっぱりジョイスティックは二本使いたいな。

 

「どうだい、乗ってみるかい?」


 乗っていいなら喜んで乗せてもらうとも。残念ながら本物ではなくシミュレーターに乗れってことだったが、軍用のシミュレーターにも興味はある。

 

 皆でどやどやとプレハブ小屋に戻る、やっぱり暖かい場所がいい。言われて気づいたが、小屋の奥の方にゲーム筐体っぽいのが何台も設置してあった。待機中の隊員たちはこれで腕を磨いてるんだろうな。


 “ガーディアントルーパーズ”とは違って全周スクリーンじゃないから、座席は剥き出しだ。本物の軍用シミュレーターだからそれなりにリアルだが、想像してたより質感は安っぽい。ホテルの俺専用筐体の方がずっと高級感があるな。

 

 上側は剥き出しなのに座席の周囲はしっかり作り込まれていて、結構狭くなっているから乗り込むのにコツがいる。シートに座ってしまえば結構ゆったりしてるんだが、そこにもぐりこむまでが一苦労だ。実機と同じ構造の左右の装甲板がすごく邪魔だ。こんな構造じゃいざという時に脱出するのは難しいだろう、まさに鉄の棺桶だな。

 

 起動させるといつもと勝手が違うので一瞬戸惑うが、まあだいたいわかる。なるほど、後方視界も全部まとめて前のモニタに表示されるのか、頭を動かさなくても周囲の状況が把握できるのは合理的だな。画面が小さいから臨場感はないけれど、この仕様なら家庭用のゲーム機にそのまま移植できそうだ。ゲームを遊んでいるつもりの子供達が、エースパイロット顔負けの腕前になったりしてな。

 

 戦車の操縦といっても、基本的には前後進と旋回だけなので簡単なものだ。走らせるとジョイスティックに路面の凹凸が振動となってググッとフィードバックされてくる。おかげで障害物に乗り上げた時のアクセルの微調整が結構やりやすい。

 

 左右のフットペダルの操作は“ガーディアントルーパーズ”にわりと似ている。ペダルを前に踏み込むと前進、後ろに踏むとバックだ。方向転換は左右の踏み込みを微調整して行う、戦車だからその場で旋回もできる。リンクスの設定は俺の好みで踏み込み方向を逆にしてあるんだが、少し動かせばその辺の違いはすぐに慣れる。“ガーディアントルーパーズ”の複雑すぎる操作に比べたら実にシンプルなものだ。

 

 このペダル式の操作は小回りは効くが、高速道路なんかを長時間走り続けるならハンドル操作の方が楽だと思う。最近の乗用車は大抵オートクルーズが装備されているけれど、ドライブを楽しむためにちゃんとハンドルもついている。この戦車にも自動操縦モードがあるが、使うことはないだろうしチュートリアルはスキップする。他の車両に追従させる機能はちょっと面白そうだと思ったが、戦場で使ったまま居眠りしてしまうと大変なことになりそうだ。

 

 火器管制システムはさすがに少しややこしかったが、チュートリアルに従って操作していけばちゃんと目標に命中した。まあ、さすがにその辺はしっかり作ってある。

 

 この戦車に自前のレーダーは装備されていないので、ロックオンするには他所からデータをもらう必要があるようだ。実際の戦場では偵察機やら衛星やらとリンクして戦うので、必要のない機材は省いてコストを下げてるんだろうなあ。

 

 一応は光学式の照準装置がついていて、諸元を入力してやれば単独での戦闘も可能みたいだが……さすがにいきなり素人がやってできるようなもんじゃない。砲塔を動かすだけならジョイスティックでできるのでむしろ細かい自動補正はオフにしたいところだが、それだと絶対当たらないと大佐に断言されてしまった。

 

 一通り動かした後、敵の戦車と戦ってチュートリアル終了。そこそこ面白かったが、俺はやっぱりリンクスがいいな。

 

「なあおい、俺とデュエルしようぜ」

 

 キンタだったか? 黒人の軍曹さんが何か言ってるぞ。デュエルって言葉はゲーム用語にもあるから知っている、要するにタイマン勝負だよな。

 

 腕力では明らかに負けてるし、リーチの差はいかんともしがたいか。となるとスピードだが、奴は結構素早そうだ。普通に考えれば本職の軍人と素手の喧嘩なんて勝ち目はないよなあ。全てにおいて負けている状況でどこまでやれるかだが……結構楽しそうじゃないか。

 

 多分ワンパンくらえばノックアウトされる。できれば寝技に持ち込みたいが、そのへんは臨機応変だな。負けても別に殺されるってわけじゃないし、テロリストを相手にした時に比べればヌルゲーだ。

 

 さっそうと筐体から飛び降りようとしたのだが、キンタはそそくさと隣のシミュレーターに乗り込んでしまう。ああ、ゲームで対戦ってことね。なんだ、案外いい子ちゃんじゃないか。考えてみれば上官の見てる前でお客さんに喧嘩は売らないよなあ。

 

 俺の周囲をキンタの同僚達が取り囲んで威圧してくる。ヘッヘッヘとかわざとらしく笑ってやがる。これはいわゆる新人の洗礼って奴だな。

 

 どうやら俺の鼻っ柱をへし折ってくれるつもりらしいが、やってることは対戦ゲームの初心者狩りと同じじゃないか。初見のゲームでやり込んでる奴に勝てるかよ、一週間くらい練習させてくれれば多分お前らなんてボコボコだけどな。

 

 まあ負けるとわかっていても勝負は勝負だ、真剣にやろう。俺もプロゲーマーになった程の男だ、ギャラリーもいることだし多少はいいとこ見せたい。

 

 演出も何もなくいきなりゲームスタート、税金が正しく使われてるってことだろうが少々味気ない。スクリーンには崩れかけたビルの谷間が表示されている、市街地の廃墟がステージみたいだな。


 建物になんとなく見覚えがある、どうやらオブジェクトは使いまわしのようだ。リンクスより視点が低いからちょっと違って見える。ビルの配置を見る限りここのマップそのものは初見だと思うんだが、あまり自信はない。こんな時にベティちゃんがいてくれたらなあ。

 

 レーダースクリーンには何も表示されていない、敵の位置は不明だな。そういや戦車には自前のレーダーはついてないんだったな、これがスタンドアローンモードって訳だ。条件は敵も同じ筈……いや、決めてかかるのはよくないな。ルーキーの鼻っ柱をへし折るのが目的ならある程度のズルはやるかもしれない。万一先輩が負けてしまったらまずいだろうしなあ。

 

 とりあえず前進してみる。初期配置のポイントは相手に知られていると考えた方がいい。

 

 ギャラリーの一人が、筐体のへりにもたれながらニヤニヤ笑っている。嫌な予感がするな、ビルの影から出した瞬間、即座に全速後進に切り替えて戻ってみる。すかさず鼻先を砲弾がかすめていったようだ、左の塀が吹き飛ぶ。まあ、この地形だと待ち伏せはするよなあ。

 

 敵を見つけた。結構遠くからなのにずいぶん正確な射撃だ。チカッと光ったので今度は全速前進に切り替える。俺の戦車がぐわんと飛び出した瞬間、背後の路面に着弾した。

 

「おいおい、そんな無茶したら履帯が外れちまうぜェ」


 ギャラリーが何か言ってるが無視する。多分、一発でも被弾したらゲームオーバーだ。キャタピラなんか気にしてられるか。


 雷と同じで、マズルフラッシュが見えてから着弾までに若干のタイムラグがある。ピカッときてゴロゴロドカーンだ。光と音の速度の違いが再現されてるんだな、相手との距離を知る目安にもなるから便利だ。

 

 直進していれば被弾するだろうが、光った瞬間に方向を変えればこの戦車の機動力でもギリギリ回避が間に合う。理屈の上では完全に回避できるわけだが、エースと呼ばれるほど奴がそんなにお馬鹿じゃあるまい。

 

 なんとなく嫌な予感がしたので、今度はわざと回避しない。案の定、弾は少し逸れて飛んできた。俺が回避するのを先読みして、わざとずらして射ちやがったな。

 

 結局こうなるから最後はプレイヤー同士腹の読み合いさ、じゃんけんと同じだ。理不尽なのは一方的に俺がやられっ放しだってことだな。反撃したいんだが、戦車砲のマニュアル操作なんて一度聞いたくらいでできるかよ。

 

 安全装置を解除してトリガーを引くとダダダッと機関銃が発射される。主砲モードじゃないのか、モード切替はどうやるんだったかな?

 

 とりあえずは遮蔽物を利用しながら走り回って地形を覚えていこうか。地雷とか埋まってたらシャレにならないが……戦車ってジャンプできないのが実に不便だよ。

 

 いろいろ弄っているうちに偶然主砲モードに切り替わる。今度は機銃モードに戻す方法がわからないが、それはまあいいか。まだ一発も発射してないのに残弾数の表示はたった15、少ないなあ。シミュレーターだからわざと減らしてあるのかもしれない、いくらなんでも実戦で15発じゃちょっと困るよ?

 

 待てよ、奴はすでに十発近く撃っている、残弾は残り少ない筈だ。まさかあっちだけ弾数無限とかそういうすぐバレるズルはしないだろう。残り何発だ? しっかり数えとくんだった。やっぱりベティちゃんは必要だよなあ。

 

 ビル街を走り抜けると砂丘が見えてくる。どうも軍のシミュレーターは砂丘が多い、というか砂丘ばっかりだ。地形データを作るの楽そうだもんな。

 

 待ち伏せしてるかなと思っていたら、案の定先回りしていた。肉を斬らせて骨を断つ、チャンスはここしかないな。突進しながらだいたいの勘で主砲の軸線を合わせてトリガーを引く。

 

 大砲じゃなくて脇からスモーク弾みたいのが飛び出して、俺の周囲を煙幕が覆っていく。

 

 なんだよ紛らわしい。あ、主砲モードが解除されてるよ。ジョイスティックの操作にこだわらずに、武器モードの選択はもう少し体感的にすべきだと思うんだ。第一この仕様だと複数の武器を同時に使えないだろう。実戦で機銃と大砲は一緒に使わないのか?

 

 なんか周囲のギャラリーが嘲笑ってるが気にしない。煙のせいで相手も撃ってこないのでバックして廃墟の中に引き返す。結構距離は近かった、奴にとってもチャンスだった筈だが残弾を惜しんだな。今後は確実に当たる場面でしか主砲は撃ってこないだろう。となると機銃で攻撃して来るか? 機銃が対戦車でどの程度効果があるのか不明だが、一応警戒はしておこうか。


 こっちは残弾数に余裕があるんだから、迷路のような廃墟の中で出合い頭の一発を狙おう。砲身を押し付けて撃てばさすがに当たるだろう。

 

 右のキャタピラが外れてしまったようだが、普通に走れている。舗装された路面だとむしろタイヤの方がいい感じだ。問題は左右でグリップが違うことだ。バランスをとるために左のキャタピラもパージしたいが、やり方がわからん。

 

 奴が後ろからどんどん迫って来る。ひょっとしてあいつはキャタピラを外したのか? このままじゃ追いつかれるぞ。砲塔を後ろに向けて攻撃もできる筈だが、俺がそれをやってもまず当たらないだろう。


 車体を軽く横滑りさせながら狭い横道に逃げ込む……今のはドリフトみたいでちょっと楽しかった。この筐体だとGが再現されてないからやりたい放題できる。

 

 さらにT字路を右に曲がると……しまった、こっちは行き止まりか。全速バックで左の道に突き進むが、もうあいつが来やがった。


 このままじゃ大砲の正面にバックで突っ込んでしまう。奴にとってはまさに据え膳。ええい、今更止まってもいい的になるだけだ、せめてケツをぶつけてやれ。さっきの煙幕を発射、狭い場所だと効果は抜群だ。

 

 ぶつかる寸前に瓦礫の山に乗り上げてバランスが崩れる。同時に発砲音、被弾したかどうかはわからん。

 

 どうも何かの上に乗り上げてしまったようだと思ったら、相手の戦車の上だった。家庭用ゲームじゃここまでは計算しないんだが、さすがはプロ仕様のシミュレーターだ。戦車は真上に攻撃はできないだろうから一応安全地帯だな。

 

 俺を振り落とそうとなんか前後に動いているが、戦車二台分の重量のせいであまり元気がないようだ。こっちは落とされないように慎重にペダルを操作してバランスをとる。砲塔の上面は平べったいから、そんなに難しくはないな。

 

 このままロデオをして遊んでいても勝負はつかないよなあ。この際引き分けってことにはならないだろうか? 飛び降りて零距離射撃といきたいところだが、相手の砲の向きがわからない。

 

「蹂躙攻撃、だと?」


 犀川さんがなんか固まっている。十輪攻撃って、この戦車は八輪だぞ。あ、タイヤは二本ずつセットで履いてるから十六輪攻撃か。十六輪キックとかプロレス技みたいでなんかカッコいいな。おそらくは八輪の四捨五入で十輪なんだろうけども。


(作者注:蹂躙攻撃とは、キャタピラで踏みつぶす攻撃のことです。対戦車で行われるケースは極めてレアです。)

 

 車輪にキックの攻撃判定があるというのなら、このままぐりぐり踏みつぶしてしまおう。戦車の近接戦闘なんて実戦じゃまずあり得ないと思っていたが、ちゃんと技名まであったのか。そりゃあ装弾数15発じゃすぐ弾切れだろうからなあ。

 

 しばらくすると諦めたのか、下の戦車はまったく動かなくなった。


「よし。勝負あった、そこまで」


 大佐が口で宣言する。技術はすごいのに演出面は随分ローテクだなあ。訓練用の機材で派手にゲームオーバーとか表示するわけにもいかんだろうし……そういやBGMもまったく使われてないよ、超マニアックな仕様だ。

 

「うおおおお」


 向こうの筐体から飛び出してきたキンタ軍曹が怖い顔で迫って来る。なんだ、次はリアルファイトか? 第二ラウンドといきますか。体中の血がちょうどいい感じに熱くなっている、今なら誰にも負ける気がしない。

 

 裏通りで酔っぱらって喧嘩してる連中を見て、後先考えない馬鹿な奴らだと思っていたが、アドレナリンが出たら細かいことは関係ないよなあ。まあ、実力が伴ってなけりゃその気になってもボコボコにされるんだけどな。

 

 ここは一つ冷静にいこう、ここは戦場じゃない。こちらから先に手は出さない、相手を殺さない、自分も急所は避けてやばくなったらギブアップだ。今俺が決めたルールだが、この辺さえ抑えておけば治療費は全額ビリーが出してくれるだろう。

 

「サイコー。あんたサイコーだよ」


 ん? なにやら興奮状態だが、怒ってはいないようだな。恐ろしい表情だが笑顔に見えなくもない。

 

 ハグされてしまったが敵意は感じないな。これはあれか、殴り合った後で仲良しになるという少年マンガとかによくあるパターンか? 現実には喧嘩で負けたら生涯根に持つような奴が多いけど、実はキンタは結構いい奴なのか?

 

 健闘を讃え合いたいというのならやぶさかではないのだが、残念ながら俺にはキンタがどんなすごいテクを駆使していたのかわからない。まあ、射撃の腕はなかなかのもんだったぞ? 序盤で無駄弾を使い過ぎたのが彼の敗因だな。射撃に自信があったせいでつい調子に乗り過ぎたんだろう。驕れるものは久しからず、俺も慢心には気をつけないとな。

 

 キンタがデレたので、他の隊員たちも俺に尻尾を振るようになった。彼がこの群れのボスだったみたいだな。


 キンタは元イタリアの外人部隊という珍しい経歴の持ち主だそうだ。定年まで勤め上げればイタリア国籍がもらえる筈だったが、向こうの法律が変わったので仕方なくこっちに来たらしい。日本の場合あまりに簡単に帰化できるので拍子抜けしたそうだ。

 

 ちょうど昼飯の時間になったので、犀川大佐に食堂に案内してもらう。キンタ達も一緒だ。

 

 今日は玉子丼の日だ、メニューは全部隊共通みたいだな。やっぱりレトルトだけれど、慣れれば結構美味い。市販されている弁当と比べても良質な材料が使われている気がする。この味は多分本物の卵が使ってある。

 

「ニホンの銀シャリはやっぱウメエよ」


 米の飯に飢えているらしく、みんな興奮気味だ。特にキンタは大喜びしていたが、体がデカいので皆と同じ量はちょっと可哀想ではある。

 

「ニホンいい国、士官様も俺達も同じ飯だ。公平なのがすごくいいぞ」


 とか言いながら、米軍の酒保で買ったという袋ラーメンを皆が追加で食べ始める。三袋で一ドルらしい、無茶苦茶安いじゃないか。米兵はこっちの食事を羨ましがっているそうだが、隣の芝生は青いっていうからな。


 乾麺を水と一緒にレトルトの空き容器に入れて、調理器で加熱すればすぐできあがりだ。値段のわりに匂いは美味そうだな、俺は玉子丼で満腹だが。

 

「どうして食料をもっと持ち込まないんですか?」


 インスタントラーメンくらいいくらでも支給すればいいのに。業務用なら日本製でも安いラーメンはいろいろある筈だ。ああ、アメリカは小麦も自前で作ってるし、原価はとんでもなく安そうではあるよな。

 

 値段はさておき、玄米ならそこそこ貯蔵も効く筈だ。炊く前に精米すればいつでも最高の銀シャリが食える。軍人さん達だって休日くらい自炊して美味い物を食べたいだろうに……本音は俺が自炊したいんだけどな。


「我々のレーションはすでに三十年先まで用意されてるからねえ。全ては計画通りに実行されなくてはいかんわけだな。前向きに考えれば三十年間は食いっぱぐれないし、独り身だと料理しなくていいのは助かると思っている」


 ああそうか、地下シェルターひきこもり計画があるんだったな。普段から食べるペースに慣れておかないと、いざという時困るもんな。それならラーメン食ってちゃだめじゃないのかとも思う。


 それにしても、三十年も地下で暮らすのは多分大変だぞ。特にラストの数年間は食料も残り少ないわけだし、死へのカウントダウンじゃないか。果たしてその先の未来は計画されているんだろうか。


「そうそう、食いっぱぐれないってのはすごく大事なことだ。ニホンいい国」


 アメリカ製のラーメンを食いながらキンタが力説している。イタリアの軍隊だとやっぱりピザとかパスタが出たんだろうか? ニホンいい国ってのはこの男の口癖みたいだな、まあ日本人なら言われて嫌な気はしないだろうしな。

 

「オレはサムライになったからな。命を懸けてこの国を守るんだよ」


 キンタはポケットから文庫本を取り出して俺に見せる。どうやら新選組のことを勉強中らしい。身分に関係なく誰でも志を立てれば最強のサムライになれるシステムが気に入ったという。この小説ってそういうストーリーだったかな? まあでも大事なのはそこじゃない。命の使い方というか、激動の時代の生き様? みたいななんかそんな奴だ。サムライうんぬんはとりあえず置いておくとして、新米日本人としていろいろ考えるところがあるのだろう。

 

「そうか、キンタは立派だな」


 俺には軍隊に入って戦うような根性はとてもない。テロリストの時は成り行きで戦闘に巻き込まれたが、あれは生きた心地がしなかった。この男はたいしたやつだな、少々ガラは悪いけどな。

 

 

 午後からは支援車両の見学をする。戦車を搭載して運ぶためのトレーラーがなかなかすごい。

 

 戦車が固定位置に載った状態だと、キャタピラの交換や弾や燃料の補給が自動でできる仕掛けになっている。ぴったりの場所に停車させるまで少々コツがいるようだが、一度車体をロックしてしまえばトレーラーのロボットアームが全自動でやってくれる。するするとゴムのキャタピラをほんの数十秒で装着してしまうのは見ていて面白い。

 

「履帯一本が50万。一度装着したら使い捨てだ」

 

 大佐がボソッと口にする。ゴムクローラーと言うらしいが、一度使った物は伸びて劣化するので機械で装着できるのは新品のやつだけだそうだ。中古品でも手作業で着脱はできるみたいだがかなり大変そうだな。価格は思ったより安いが、500㎞走行したら交換することになっているらしい。

 

 従来型の戦車の金属製のキャタピラはもっと耐久性があるらしいが、やはり走らせるだけでメンテ代が相当かかるとのこと。トレーラーで運んで戦闘時以外はなるべく自走させないのがいいんだそうだ。

 

「通常弾一発が200万、安い中古戦車なら下手したら買える額だよ。我が国の兵器の価格をキミはどう考える?」


 国際的な兵器市場じゃ、二束三文で売られている中古戦車が山ほどあるらしい。大陸の戦場じゃそんなのとも戦ってるのか……軍人さんもいろいろ大変だな、一番やってられないのはスクラップで戦わされる敵の兵士だけどな。


 犀川さんが言っているのは砲弾より敵戦車の方が値段が安ければ、百発百中で破壊しても赤字になるってことだろう。でもその計算はおかしいな、敵の戦車にだって砲弾は積まれている筈だし、整備の手間だってかかっている筈だ。それに兵士は最も高額な兵器だって聞いたことがある。あ、でも相手は使い捨てられるゲリラ兵か、命の値段がとんでもなく安そうだよな。まあ、いくら金がかかろうと倒さなければ味方に被害が出るわけで、味方の被害を未然に防ぐための必要経費だと考えれば高くない。

 

「札束ばらまき外交をやめて、軍人さん達の給料をもっと上げればいいんじゃないですかね」


 思いつきで適当に言ってみる。いや、兵器にここまで金をかけるなら、現場で命を張って頑張る兵隊さんの待遇も改善すべきだろう。人件費を節約している一方で、ユーラシア連邦にまで多額の人道支援をばら撒いているんだからおかしいよ。善行のつもりで渡している金が回り回って中古戦車やゲリラ兵になって降りかかってくるわけだ。札束ばらまきは感謝されるどころか裏では馬鹿にされてるしな、金で買った関係なんて金の切れ目が縁の切れ目だよ。


 正当な対価として支払われてこそ金は尊いものになる。俺がカジノで稼いだ金はあぶく銭だよなあ、同じ金の筈なのに使っててもぜんぜんありがたみがない。ブラック企業はまっぴらごめんだがなあ……健康で文化的な生活ができる最低限の給料を保証してくれるホワイトな職場がどこかにないものだろうか。


「……素晴らしいアイディアだよ。キミは天才か」


 何だと。あれだけで理解したのか? 大佐はエスパーか。


 どうも犀川さんも常々俺と同じようなことを考えていたらしい。防衛陸軍の兵士達の中には結構不満も溜まっているようで、樺太にまとめて隔離されているのはクーデターを警戒しての措置という側面もあるようだ。


 以前ならクーデターなんてあり得ないと笑い飛ばしていたが、テロリスト襲撃事件を経験して以来思考が柔軟になった。条件が整えば十分可能性はあるだろう。だが、戦力を遠くに配置して本土防衛に隙ができないのか? いろんな情報を知れば知る程、将来が不安になってきたぞ。佐々木さんには大急ぎでロボを開発してもらわないと。

 

 最後に、機動戦車を歩かせるデモンストレーションを見せてもらう。キャタピラもタイヤも外してホイールの代わりにソリのような金具を取り付けた車両を使う。見た目は多脚戦車になったが、一応本体は無改造ってことになるのか?


 八本足のクモみたいに結構リアルに這い回る、ちょっと短足のクモだけどな。プログラムで油圧サスペンションを操作して『脚』を順番に動かしてるわけだな。

 

「生き物みたいですね」


「発砲も可能ですよ。この技術を実戦で利用できませんかね?」


 プロが俺に聞かないでくれよ。せめてゲームに出てくるクモ脚メカくらいの機動力があれば役に立つかもしれないが、この程度じゃ普通に走行した方がずっと高性能だ。

 

「……キャタピラでも動けないくらいのすごい荒れ地なんかで使うってのはどうですかね?」

 

「アシストスーツ装備の歩兵で対応すればいいんじゃないですかね? そもそも敵だって利用しませんよそんな場所は」


 そりゃそうなんだろうが、素人の俺に真顔で返されても困る。柔軟な発想を求められているんだろうか?

 

「じゃあ、地雷原で使うとかどうです? クモは自分の巣に引っかからないから無双できるんですよ」


 クモみたいだから巣で大活躍しちゃえとか、子供が考えるような思い付きだな。それでも大佐は何やら考え込んだ様子、大丈夫かこの人。

 

 

「カキザキサンはもうセンセイに会ったのか?」

 

 別れ際にキンタ軍曹が妙なことを聞いてくる。

 

「何の先生だよ?」


「ブドウ? 空手? ケンドウ?」


 質問に質問で返すなよな。なんだよそれは、総合格闘技か?


 空手と剣道なら圧倒的に剣道が有利だぞ、単純にリーチの差だ。竹刀より薙刀の方がさらに有利になる。素手で剣を相手にするなら人間離れした加速が必要だな。ブーストダッシュまでは必要ないが、せめてリンクス並みに動けないと厳しいだろうな。


 いや、空手と剣道を融合させた格闘技なのかもしれないぞ。竹刀で防御し、つばぜり合いになったところで空手技を使うのなら強いかもしれない。やってみたいとは思わないが、観戦ならしてみたいな。

 

「センセイは強いぞ。多分カキザキサンと同じくらい強い」


「俺は強くなんかねえよ」


「そうか、サムライだな」


 会話のキャッチボールが成り立っていない。お互いに明後日の方向に大暴投だ。だけど不思議にコミュニケーションは成立している気もするな、キンタはなかなかに面白い男だ。いろいろあったが今日の見学は有意義ではあったな。


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