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俺のロボ  作者: 温泉卵
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地底基地からついに登場

 砂丘の稜線をかすめるように戦闘ヘリが飛び回っている。ビームやレーザーは直進するから、ああいう動きをされるとリンクスの攻撃が当たらない。こっちの死角を見切ってやがる。

 

 戦闘の度に対策を練られるので随分やりにくくなった。ジャンプして攻撃すればいいだけの話だが、そのジャンプを待ち構えて弾幕を張ってきたりする。戦いとは駆け引きのイタチごっこなのだよ、リンクスはヤマネコだけどな。

 

 こっちも地形を読んで、砂丘のなだらかな起伏をさりげなく登っていく。軽くブーストダッシュをかけて地上スレスレを滑るように滑走してるんだが、ヘリに比べると巻き上がる砂煙は異様に少ない。そういえばリンクスのどこにも噴射ノズルっぽいパーツは見当たらないんだよなあ。キラキラ光るエフェクトはどこから出てるんだろう? その辺はゲームだし気にしたら負けだ。魔法的なパワーとか、超未来テクノロジーとか、なんでもありだろう。なにしろバリアーまでついてるしな。


 防衛軍の現用兵器との対戦では、リンクスのゲームっぽさが浮き彫りになってきた。軍人さん達も仕事とはいえよく相手をしてくれているもんだ。

 

 砂丘の頂上に近づくと、一機のヘリが視界に入って来る。向こうも死角から出てしまったことに気づいたようだ。動きが一瞬僅かに変化した、これは機関銃を撃ってくる兆候だな。


 ヨナミネ君に聞いたが、戦闘ヘリについている機関銃はパイロットのヘルメットに連動して上下左右に旋回するらしい。頭バルカン系の武装と同じコンセプトのようだ。

 

 飛んでくる弾をわざと避けずにバリアーで弾いてみる。ヘリの機関銃くらいならほぼノーダメージにできる。バリアーを当てる角度によってエネルギーの減り方が違うことがわかってきた。

 

 バリアーのグラフィックは表示されないが、何度も攻撃を弾いていれば周囲に発生している見えないフィールドの形状くらい把握できる。

 

 切り払いができるので俺は気にしたことはなかったが、バリアーの存在自体は初期の頃から噂にはなってはいたんだ。エネルギー消費がずいぶん大きいため、ありがた迷惑な機能だという話だった。

 

 いろいろ試したが、バリアーで弾を滑らせるように斜めに当ててやると、エネルギーゲージはほとんど減らない。戦車砲を正面で受けてバリアーを貫通されてしまった場合なんかもエネルギーは減らないようだ。


 ひょっとするとバリアーは貫かれている訳じゃなくて、ある程度強力な攻撃に対しては最初から発動しないのかもしれない。弱攻撃のみに有効なバリアーってのはゲームじゃ珍しくはないパターンだしな。

 

 貫通しない程度に弱い攻撃を、真正面からバリアーで受け止めて強引に弾き飛ばしてしまうと、ごっそりエネルギーが持って行かれる。原理はよくわからない不思議パワーだが、規則性さえわかれば利用方法は思いつく。

 

 通常のゲーム中では防御用としては必要ないだろう。逆に弱い攻撃でわざと相手のバリアーを発動させて、エネルギーを無駄遣いさせる方が使えそうじゃないか。そんなことをしている余裕があればさっさと倒してしまった方が早いわけだが、その辺のかけひきは状況にもよるからな。


 ジェネレーターの出力に余裕があるリンクスの場合バリアーの消費程度はあまり気にならないのだが、機種によっては慢性的なエネルギー不足に悩まされているらしい。攻略サイト情報だと最も低出力なのはサジタリウスだ。だからタケバヤシ君とかも実弾兵器を好んで使ってるんだろうけれど。


 ジェネレータはへっぽこでも、サジタリウスの場合はコンデンサ容量がリンクスよりずっと大きい。要するにエネルギーゲージが長いんだろうな、満タンまで溜めて一気に使えば瞬間的には大出力が出せるわけだ。その辺は機種毎の特徴づけだろうから、どっちがいいとは一概には言えない。一度レッドゾーンまで使い切ってしまうとそこからが大変みたいだし、無理やり相手にバリアーを使わせてエネルギーを削ることができれば……どうだろうな? 実戦で試してみないことには何とも言えない。

 

 とりあえず今はわざとヘリに撃たれまくって、バリアーを連続発生させてみよう。

 

 相手が一機だけなら余裕だが、囲んで袋叩きにされると途端に忙しくなる。ヘリの連中も戦車も後方の自走砲部隊も射つのは大好きみたいだ。トリガーハッピーだったっけ? 攻撃している間はあまり恐怖を感じなくなるらしい。実は攻撃中こそ隙だらけで危険なんだけどなあ。

 

 飛んで来る弾とバリアーの角度が大事なのはわかってるのだが、この状態で全てを捌くのはさすがにキツイ。やはり戦車砲を正面で受けようとするとバリアーは発動しないようだ。一発でも結構なダメージだ。


 このまま撃破されるのもシャクなので、そろそろいつものように殲滅モードに入ろうとしたら、ヨンヨンビームガンが壊れてしまった。武器の耐久値もちゃんと削られているみたいだな。

 

 ハンデのつもりで頭レーザーを装備してなかったのだが、飛び道具がなくなってしまったぞ。ひたすら回避しながら剣一本でどこまでやれるか、胸アツの展開じゃないか。


 俺としてはこのスタイルが平常運転ではある。問題は空を飛んでる連中だな。今日はフライトユニットも装備していないから攻撃が届かない。仕方ないからヘリは見逃してやろう。

 

 突然結構強力なレーザーに撃たれて、反射的に回避する。バリアーが発動して一瞬でかなりのエネルギーを消費させられてしまった。

 

 予想外の空からの攻撃だ。照準用のレーザーなんかじゃなくて、れっきとした攻撃用のレーザー砲だな。リンクスの頭レーザーくらいの威力はあるかもしれない。

 

 ずいぶん遠くを飛んでいた旧式の四発ジェット機をベティちゃんが拡大してくれる。機首の下に大きな砲塔みたいのがぶら下がっている。どうやら噂の飛行戦艦のようだ。見た目はオンボロだが、最新式のデータリンクシステム搭載で、前線の部隊が照準した敵を数百キロ後方からレーザー砲で狙撃できる。アメリカのレーザー衛星に比べればオモチャだが実戦での使い勝手はむしろよかったみたいで、大陸での戦いでかなりの戦果をあげた傑作兵器だそうだ。


 レーザー砲はミサイルよりずっとお安いから納税者にとってはありがたい話なのだが、敵を一方的に殺傷する非人道的な兵器だとしてさる野党の議員さんが廃止を訴えたそうだ。その際に時代錯誤の飛行戦艦だとか言い出したのが名称として広まったというのが通説だ。でも強そうなネーミングを気に入って、今じゃ軍人さん達までその名で呼んでいる。ちなみに米軍にも供与されてあっちではフライングデストロイヤーと呼ばれているらしいが、デストロイヤーというのは英語で駆逐艦の意味らしい。誤訳か?


 こっちにもレーザーがあればあんなのはただのでかい標的なんだが……リンクスの飛び道具がなくなったのを知って攻撃して来やがったのか。今まで単なるモブを装ってチャンスをうかがってたんだな。卑怯だがさすがプロ、なりふり構わず勝ちに来るよ。

 

 どうやら飛行戦艦のレーザー砲は連射はできないみたいだ。数秒間照射した後、クールタイムが一分近く入る。攻撃力はリンクスにとってはさほど脅威ではないが、何しろレーザーは光速だから避けるのにコツがいる。ま、弾がいくら速かろうと砲塔の方はそんなに早く動かせないんだから、フェイントを上手く使えばなんとかなりそうだ。


 バリアーで防げるってことは、ヘリの機関銃くらいの威力なんだろうか? 被弾して確かめてみると、正面から受けても弾くことができた。エネルギーはやっぱり結構消費するが、レーザーまでも防げるとはますます謎バリアだ。


「バリアー機能オフ」

 

 できるかどうかはわからないが、とりあえず言ってみる。ベティちゃんならこれでわかってくれる筈だ。


 わざとレーザーの攻撃を受ける。バリアーは発動せず、ダメージ少々。何度も被弾すると地味に痛いレベルだな。


 とりあえずバリアーのオンオフができるのは確認できた。これだと相手のエネルギーを削る作戦は無理みたいだ。面白いアイディアだと思ったんだがなあ。考えてみれば、これが使える手ならもうとっくに誰かがやっている筈だよ。


「バリアー機能オン」


 エネルギーはまだ余裕があるし、今のこの状況ならわざわざバリアーをオフにする意味がない。飛行戦艦からのレーザー攻撃はバリアーに任せてしまおう。


 さて、そろそろ本気で反撃といこうか。

 

 バスターソードの耐久はほとんど減っていない。それに、たとえ剣がなくなっても戦車は天井を踏み抜けば簡単に壊せる。

 

 前に刀で斬ってからヘリはうかつに近づいて来なくなった。ワイヤーアンカーの間合いもちゃんと見切っているようだ。ジャンプすれば届かない距離でもないが、一度何かしてみせるとすぐに対策してくる。優秀な軍人さんはゲーマーとしても優秀ってことか。

 

 が、それなら無理せず戦車から潰していくまでよ。地上をブーストダッシュで突進し、殺到する弾はコンコンと僅かにレバーを叩いて紙一重で避ける。

 

 数十秒ごとに降り注ぐレーザーも、慣れればなんということもない。飛行戦艦の目が周辺を飛び回るヘリ達である以上、ヘリの殺気を読めば攻撃のタイミングはだいたいわかる。

 

 リンクスの機動性能なら一度ロックオンされてもフェイントで外すこともできる。これは多分あちらさんのソフト的な問題だろう。対策されたら厄介だが、国防のためにはむしろ急いで改善すべきなのか? 担当するプログラマさんは徹夜かもな、ご愁傷さまだ。

 

 速度を殺さず、手近な戦車の砲塔に飛び乗って踏み抜くのと、足元の戦車砲の発砲はほぼ同時だった。戦車の中の人もなかなかやるようになってきてはいるが、まだ一瞬遅い。判断の遅れか操縦インターフェイスの問題か、いずれにせよ俺とベティちゃんのコンビネーションの前には、この一瞬の差はなかなか埋まらないよ。


 次々に戦車を踏み抜いていくと、フレンドリーファイヤで俺が踏む前に撃破される戦車も出始める。敢闘精神はたいしたもんだが、ゲームとはいえ味方に当てると結構なマイナス評価だろうに。出世やボーナスにも響くらしいって聞いたがよくやるよなあ。いや、同士討ちは俺のせいじゃないからな。

 

 油断して近づき過ぎたヘリに、隙を見てブーストダッシュで一気に接近していく。誘いかもしれないがそれならそれで面白い。Gで体がシートに押し付けられるが、耐Gスーツも着てるし、単純に前向きに加速するGくらい慣れればどうということはない。

 

 足を地面につけるのは急激な方向転換のときぐらいにして、地表を滑るように突進する。俺以外のプレイヤーはだいたい普段からこうして移動している。地に足をつけて走るのに比べると即応性に欠けるが、圧倒的に操作は楽だ。なるべくブーストダッシュはしない主義だったんだが、揺れが少ないこともあって最近はあまり気にせず多用してるな。こうやって人間は楽な方に堕落していくのだ。

 

 俺の突進に気づいたヘリが、慌てて逃げようとするがもう遅い。予想したコースにワイヤーアンカーを発射。届きさえすればワイヤーは対空兵器として優秀だ。なにしろヒモ全体に当たり判定があるからな。

 

 命中を確信した瞬間、画面が真っ暗になった。俺をシートに押さえつけていた強烈なGも消える。いきなりなんだよ。故障か? 停電か?

 

 筐体から出ると、放射能警報が鳴っている。スタッフの皆さんが慌ただしく片づけをしているが、本当は体一つで避難しないと駄目なんだぞ。

 

「なんですか? まさか核戦争?」


「いえ、ミサイル関係の部隊は動いていないみたいです。おおかた大陸の方で原発事故でも起きたんでしょう」


 佐々木さんは随分落ち着いている。

 

「先週と先々週に北欧と中東の原発で事故がありましたからね。こういう事故は続くもんです」

 

 なんか、オカルトっぽいことを言い出したぞ。一度大事故が起きると次々に呼びこまれるというジンクスがあるらしいが、そんなのは迷信だ。確かに最近立て続けに原発事故のニュースを聞くが、あくまで偶然だろう。

 

「一応説明はできなくもないですよ。事故を起こした原発の建設時期はだいたい同じです。もうとっくに耐用年数は過ぎているのに、廃炉にする金もなくだましだまし使ってる国は多いですからね」


 何しろ昔に比べれば世界中の経済がボロボロだからな。日本はこれでもまだマシな方で、ひどい国は地獄みたいになっているらしい。



 警報が一向に解除されないので、仕方なく皆でシェルターに向かう。こんなに落ち着いていてもし本当に事件だったら大丈夫なのかという気もするが、パニックを起こすよりは百倍ましかもな。

 

 複数の重機を一度に乗せられる大型エレベーターでどんどん降下する。速度は出ている筈なのに随分時間がかかっている。カジノホテルの専用エレベーターを思い出すが、あれは高層ビルの上層階からずっと下がっていくわけだしな。この建物は最上階でも五階しかない、こりゃあかなり地下深くまで降りてるぞ。

 

 核シェルターはある程度深く掘ってあるのが普通だがいくらなんでも深すぎる、さすが軍事施設といったところか? ひょっとするとロシア時代に作られたものかもしれない。いや、もっと前、ソ連時代の可能性もある。キューバ危機の頃に世界中で核シェルターの建設ブームがあったそうだ。アメリカなんかじゃその当時の核シェルターに手を加えて再利用していることも多いらしい。 


 日本の場合、シェルターを単なる避難場所ではなく、将来地下都市として使うつもりで作っていると聞いたことがある。小さなスペースコロニーを一つ作る予算があれば、地底に百万都市をいくつも作れるらしい。でも俺は、いくら安全で快適でも地下に住みたくはないなあ。宇宙はもっと嫌だけどな。

 

 エレベーターを降りると、そこは飛行機が通れるくらい馬鹿でかい地下通路だった。こりゃあどう見ても軍用の規格だろう。通路の床には何本もレールが施設されていて、マンモスサイズのパレットがスライドしていけるようになっている。パレットに戦闘機とかを乗せたまま、地下深くの格納庫に仕舞っちゃえるシステムみたいだな。


 俺達が乗った移動用のトロッコは一番壁際のレールの上を走っていく。一応普通の列車サイズなんだが、他が巨大すぎて随分ちっぽけに見えてしまう。

 

 何重もの巨大な隔壁、の隅っこの穴を通ってトロッコは進む、まるで猫専用ドアみたいだ。人が通るたびにこれだけでかい隔壁をいちいち開け閉めしてたんじゃ大変だろうしな。

 

 俺だって避難訓練なんかで核シェルターの中に入ったことは何度かあるが、ここの規模はレベルが違い過ぎて笑うしかない。分厚い隔壁を見ていると最終戦争が起きてもなんとなく生き残れそうな気がする。だがしかし、対シェルター用の貫通型核ミサイルとかは50mの装甲を突き抜けて地下で爆発するらしいからなあ。結局どこに逃げても、敵に狙われたら終わりだなあ。

 

「柿崎さん。せっかく近くまで来ましたし、私達の研究施設にちょっと寄っていきませんか。是非見てもらいたいものがあるんですよ」

 

 トロッコを降りたところで佐々木さんが小声でささやいてきた。なにやら秘密の匂いがするので案内してもらうことにする。二人でそのまま避難所を通り過ぎ、結構厳しいセキュリティを抜けて天井の無いケーブルカーのような台車に乗り換える。今度は長い長い斜坑を降りて行くみたいだ。

 

 台車の床には一定間隔でコンテナ固定用の金具が生えていて、うっかりけつまづくと痛そうだ。結構なスピードで降りて行くのでうろうろせずに手すりにしっかりつかまっておく。台車から落ちたりしたら暗い穴をどこまで滑り落ちて行くかわからんしな。恐怖の超ロング滑り台だよ、少し楽しそうな気もするが。

 

「ここです」


 ゆっくり減速した後、斜坑の途中で台車が停止する。台車の床の高さが横穴の通路とぴたりと一致している。上手くできてるな、荷物の搬入が楽にできるようにしてあるわけだな。

 

 降りて来た長い斜坑の壁際には細い非常階段が刻まれているが、距離を考えると絶対歩いて戻りたくはない。手すりもついていない急な階段を何キロも登るなんて、三十代にはハード過ぎる。台車が壊れないことを祈ろう。

 

 樺太は今日も氷点下だというのに、深い地下だけあってそんなに寒くはない。それに恐ろしく静かだ。空調が効いているのか、体に感じるか感じないかくらいの風が通り過ぎて行くのだが、そんな微かな風の音までがはっきりと聞こえる。まるで幽霊のすすり泣きみたいだ。いや、オバケなんて非科学的なものは信じちゃいないが。

 

 それでも不気味なのはやっぱり嫌なので、できるだけ佐々木さんから離れないようにくっついていく。二重の隔壁を通り抜けると、真っ暗闇の場所に出た。

 

「ここですか?」


 声の反響がないことから、結構広い空間であることがわかる。闇の中に音が吸い込まれていくみたいで気持ち悪い。肝試しにはもってこいの場所だな。

 

 佐々木さんが壁のスイッチを入れると、天井のライトが灯ってほっとする。ずいぶん広い倉庫だ。サッカー場が余裕で入るな。

 

 片隅に浮かび上がる怪物のような奇怪なシルエットは……うおっ、ロボだ。ロボだけど、なんか想像してたのより小っちゃい。身長は六メートル程度か? リンクスが十メートル程度の設定だから、大人と子供くらい違う。

 

 足はちゃんと二本あるが、腕も頭もついてない。腹にはコクピットらしき座席がとりつけられているから人間が乗り込んで操縦するんだろうが、なんというか……コレジャナイ感がある。

 

 試作機っぽく白い外装には、赤と青のラインがペイントされている。カラーリングは結構派手なのに、なんとなく野暮ったい。日本ってアニメとかのメカデザインは洗練されてるのに、実機だとこういう微妙なのがよくあるよなあ。軍事機密とかでデザイナーさんに頼めなかったんだろうか。

 

 ロボの隣には戦車が駐車している。車体部分はシミュレーターに出て来る大型戦車にそっくりだ。砲塔はついておらず、代わりに燃料タンクっぽいユニットが載っている。補給用の特殊車両かな? 比較対象があるせいで、ロボがますます小さく見えてしまう。

 

「随分ちっちゃいですね」


 言わないつもりだったが、思わず口にしてしまう。

 

「頭をつければもう少し大きくなります」


 佐々木さんはポリポリ頭を掻いている。やっぱり小さいのを気にしてるのか? このくらいの大きさのロボならその辺の遊園地とかにも転がってそうだしな。エンジニアとしてはさぞかし不本意なことだろう。


「腕もついてませんね」


「腕はあります。ほら、そこに」

 

 入り口の脇に無造作に両腕と頭が置いてあった。なんだ、パーツはちゃんと揃ってるんじゃないか。あとは組み立てるだけか。

 

「未完成品ですがオレンジジュースじゃありませんよ。みかんゼリーでもない、ククク」


 いきなり何を言い出したのかと思ったらダジャレか。そんな人だとは思わなかったが、いや、兆候はなんとなくあったか。一度愛想笑いでもしようものなら調子に乗るから、気がつかなかったことにする。


 佐々木さんは何故か憐みの表情で俺を見る。頭が固い奴と思われたのかもしれない。いや、蜜柑製品と言いたかったことぐらいわかるんだが……


「くっつけないんですか? この腕」


「いやなに。腕をつけると強度不足でフレームが破断しちゃうんですよね」

 

 それって設計ミスって言わないか?

 

「私の強度計算は完璧な筈なんです。反重力エンジンが遅れてるだけなんです」

 

 佐々木さんが腕をぶんぶん振り回して言い訳する。アメリカ人のジェスチャーみたいだ。そういえばナンシーもこんな感じだ、怪しい関西弁との相乗効果でうさん臭さマックスだった。あいつも黙っていれば美少女で通用するのにな。

 

 またしても反重力エンジンか。原理はよく知らないが、名前から察するに装備すれば機体が軽くなったりするんだろうな。だとしてもエンジンが停止すればフレームが歪むんじゃ使い物にならないんじゃないか?

 

「どうです? 乗ってみませんか?」


 乗っていいならそりゃあ乗ってみたいが、反重力エンジンが届いてないって今聞いたばかりだ。動かないロボの操縦席に座るだけでも面白そうだが。


「でも、エンジンがついてないんでしょう?」

 

「大丈夫、ちゃんと歩きますよ。操縦システムもあのゲームと同じです」

 

 どうやら戦車とケーブルで繋いで電気を供給するみたいだ。有線というのはカッコ悪いが、動かせるということで俄然興味が湧いて来た。

 

 ロボの外装にとってつけたようなステップ、ただの棒だが、を手掛かりにしてコクピットによじ登る。

 

 この手のロボは搭乗時は寝かせておくのがお約束なんだけどな。電源を落とした状態で倒れたりしたら危ないじゃないか。ああ、腕がないから寝かせてしまうと立ち上がれないのか。

 

 触った感じだと、フレームも外装もプラスチックっぽい。カーボンかな? ロボが炭でできてるとか妙な気もするが、最近のカーボンはすごいらしいからな。

 

 コクピットにはハッチも何もなくて、ただ太いバンパーみたいな棒で守られてるだけだ。いかにも試作機っぽい。

 

 座ってみると、視線が結構高い。巨大……とまではいかないが、ロボに乗り込んでいるという実感はある。小さいモニターもついているが、外が直接見えるというのは新鮮だ。実際には視界はそれ程広くないのだが、肉眼で見ているためか死角がさほど気にならない。

 

 ベティちゃんさえ手伝ってくれれば、こいつでも戦車くらい蹴散らせるかもな。だが、残念ながらサポートAIの機能はないようだ。操縦方法がデフォルトの“ガーディアントルーパーズ”と同じというだけみたいだな。


 エネルギーゲージはゲームとは違うが、どういう機能かは見ればだいたいわかる。戦車から送られてくる電気でちゃんと動くみたいだ。一両で小さな町の電力を賄えるくらいの出力があるというのだから、なかなかどうして侮れない。


「こんな地下深くでエンジンを回して、酸欠にならないんですか?」


「大丈夫、酸素タンク装備です。宇宙でも海底でもどこでも動きますよ」

 

 そりゃあすごい、普通は戦車に必要ない機能だと思うけどな。そんな設計にしてるから日本製の武器は高くなるんだよ。いや、でも、最近は売れてるのか。月とかで使うのかな?

 

 デフォルトの操縦方法なんて完全に忘れてしまっていたが、ゆっくり歩かせる程度ならなんとかなるもんだ。どうやらオートバランサーが働いて転倒しようにもできない仕様になっている。安心は安心だが、この手の機能は戦闘時にはむしろ邪魔なんだよなあ。状況に応じて上手く切り替えるにしても、ベティちゃんは必須だ。

 

 当たり前だがブーストダッシュ機能などなく、のしのし歩くだけ。乗り心地はやはり酷い、立体的に揺さぶられる。慣れてなきゃ一分でゲロゲロコースだ。やっぱり兵器をわざわざ人型にする意味はないと思う。ぶっちゃけリンクスが戦闘ヘリに圧勝できてるのは武器の攻撃力の差だしな。


 戦車や戦闘ヘリに“ガーディアントルーパーズ”の武装を搭載できる設定にすれば、結構いい勝負になる筈だ……そういうのも面白そうじゃないか、一度やってみたいぞ。

 

「柿崎さん。私はね、最初はこんなロボを作って何になると思ってたんですよ。技術屋としては確かに面白い。だが、これで国を守るなんてできるわけがない」


 その通りだな。これは間違いなくビリー氏の趣味だ、道楽だ。さすがに米軍でやるのは無理だったんで、横車を押せる日本の防衛産業にねじ込んできたんだろう。日本の納税者にとってはいい迷惑だな。

 

 でも、個人的にはビリー氏を応援したい。戦闘ロボそのものは役に立たなくても、開発過程で得られる副産物は多いだろう。

 

 このロボ、操縦に慣れれば結構思い通りに歩けるぞ。ちゃんと腕をつければ作業用としても使えそうだ。遠隔操縦できるようにすればGは気にしなくていい。コストの問題さえクリアできれば、建築現場とかで需要はあると思う。

 

「どうですか?」


 佐々木さんが心配そうに見守っている。その辺のテストパイロットより上手く動かせる自信はあるが、安全装置に縛られているせいで派手なアクションは無理だな。


「ジャンプとかできないですよ」


「わざとできなくしてあるんです。激しい動きは強度的に難しいです。結構ギリギリの設計ですから、想定外の負荷をかければフレームが一気に破断します」


 怖いことを言う。そういえば動くたびにフレームがキシキシ鳴っている。膝あたりがぽっきりいきそうだ。この高さでも転倒したら死ねるぞ。


「それはちょっと……戦闘には使えませんね」


「こいつはあくまで叩き台ですから。次からが本番です。必要な予算も、技術も、ビジョンも揃った以上、きっとやりとげてみせますよ」


 どうも佐々木さんはこのロボを作るのが本業だったみたいだな。ビジョンねえ……俺と現用兵器を戦わせてどんなロボを作ればいいのかデータを集めてたってわけか。

 

「それじゃあ、本物のリンクスが作れますか?」


「作りたいですね。今までは戦闘ロボットなどコスト的にとてもつりあわないと思っていましたが、柿崎さんのようなパイロットが乗れば別です。たった一機で敵を殲滅できるまさに一騎当千の兵器です」


 いや、戦車やヘリをカモれたのはスキャナーとかバリアーとかのチートなゲーム仕様のせいだ。リンクス並みの運動性能のロボが開発できたとしても、武装が現用兵器と互角なら相手にできるのはせいぜい十機程度だな。


「シェルターのスペースは有限ですからね。収容するならできる限り高性能機が望ましいわけです。その場合コストは度外視できる。つまりはそういうことです」


 そういうこととか言われてもよくわからんが、シェルターに避難させるには少数精鋭が望ましいってことかな。それにしても一体どこと戦争する気なんだ?


 可能性が高いのはならず者国家のユーラシア連邦だが、あの国は経済封鎖のせいで自動車すら満足に動かせない筈じゃなかったか? 実際には違うのかもしれない、落ち目とはいえあのロシアに勝った連中がそこまで弱いというのも変な話だ。最近は特に日本に都合のいいニュースばかり報道しているから、マスコミの海外情報はあまりあてにならない。

 

「それで。その本格的な戦闘ロボはいつ頃完成するんですか?」


「反重力エンジンが届き次第この機体で本格的なテストが始められると思います。二年もあればデーターは揃うでしょう。そこから先は未知数ですが、できれば十年以内にはジャンプできる程度の試作機は設計したいですね」


 十年でやっとジャンプができる、だと? 一年もあれば本物のリンクスができるんじゃないかと期待したんだが甘かった。ビリー氏も大至急エンジンを届けてくれればいいのに。

 

 十年後に俺が生きていたら四十歳じゃないか。遥か遠い未来の話に思える。いやまてよ、二十歳になったのはついこの間のような気がするぞ。それを考えれば十年なんてあっという間か。

 

 本物の戦闘ロボなんて代物を開発するんだ、基幹技術をビリー氏ルートで教えてもらえるにしても、十年じゃむしろ短過ぎるくらいかもしれない。

 

 だが、俺はそんなに長くは待てない。でも、日本製のロボが十年後だとしても、諦めるのは早いかもしれないぞ。


 佐々木さんの話だと、重要なパーツのほとんどはビリー氏から供給されることになるらしい。ひょっとすると、ビリー氏の手元にはすでに完成したロボがあるんじゃないのか?


 なにしろあの男は技術も資金も生産施設も全部持ってるんだ。それだけ揃っていれば自分で作らない方がおかしいだろう。俺がビリー氏なら最初のロボは自分のところで作るな。


 俺がビリー氏だったとしたら……日本軍にロボの技術を売るのは金儲けのためだけじゃないな。本物の軍隊にロボット部隊を運用して欲しいんじゃないか? 最終的にはリアルロボット大戦も見てみたい。そのためには日本だけではなく世界中の国々にロボを売り込む必要がある。まさか、ビリー氏はユーラシア連邦にも技術を渡してるんじゃないだろうな?


 敵味方にロボットそのものを売れば非難されるだろうが、各国が独自開発するならなんとでも言い訳ができる。基幹部品だけを売り渡すようにすれば事実上の影響力も残せるしな。


 俺の考え過ぎだとは思うが、もしそうならビリー氏はとんでもない悪人だ。リアルロボット大戦は絶対面白いが、ゲームと違って確実に大勢の人間が死ぬことになる。ロボには乗りたいが、殺人ショーの出演依頼ならお断りだな。


 まあなんだ、我ながらB級SF映画の見過ぎだな。リンリンにもらった伝説級にくだらないアーカイブスを全部見たのが間違いだった。


 現実のビリー氏は善人だ。慈善活動に熱心に取り組んでいる篤志家だ。大丈夫、心配ない。“ガーディアントルーパーズ”を好きな奴に悪い人間はいない……こともなかったか。


 確かなのはビリー氏の金払いのよさだ、それだけでもとりあえずいい人認定だ。アニメのラスボスみたいな陰謀を企んでないか、一応今後注意だけはしておこう。


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