超人野球軍
「今日はお休みってことですか?」
「いやあ、申し訳ないです」
佐々木さんが充血した目をこすりながら俺に手を合わせて見せる。どうやら機材の準備が全然間に合っていないようだ。
相変わらず早朝五時に叩き起こされて連れて来られた身としては腹も立つが、徹夜で仕事を続けていたであろうスタッフの皆さんの悲壮な顔を見てしまったら文句も言えなくなった。
徹夜じゃないだけマシだが、俺だって三時間ちょいしか寝ていない。とりあえず睡眠補給のチャンスなので、今日も仮眠室を借りることにする。
すでに死んだように眠っている先客が何人もいるがすごいイビキだ。俺はうるさくても寝つきはいいタイプだから別にいいんだが、ビュービューと壊れたエアコンのような呼吸音に悪い病気じゃなかろうかと心配になる。親方日の丸の公務員だろうし健康診断くらいちゃんとうけてるだろうから大丈夫だろうが……大丈夫だよな?
寝てる間に突然ぽっくりって、過労死でよく聞くパターンだ。死んだら楽になる? 残された者達にシワ寄せが来て過労死の連鎖とかシャレにならないぞ。公務員って労災はおりるんだろうか?
いつの間にかうとうととしたと思ったら、昼食まで寝てしまった。もはやお馴染みとなったレーションを温めてもらって食べる。軍隊で使われてるのは電子レンジじゃなくヒートポンプ加熱器だ。寒冷地じゃ効率は落ちるが、缶詰も温めることができて便利だ。なんかステルス性能がいいという話だが、レンジはそんなにステルス性能が悪いのか? 最前線だと薬品を化学反応させて調理するらしいが、そこまでするくらいならチョコバーでも齧ってればいい気がする。
どうやら食いもんに関しては、調理方法に至るまで結構厳格な規定があるらしい。腹が減っては戦はできぬか、悪いことじゃないよな。大陸の戦場じゃ敵の弾で死ぬより栄養失調で死ぬ兵の方が多いらしいが、日本防衛軍は食事に関しては一切の妥協をしないため、米軍からも羨ましがられているそうだ。
今日は豪華に鰻重みたいだ。アルミの袋にウナギのかば焼きがタレごと封入されている。加熱したレトルトの発芽玄米の上にかければ完成だ。身が崩れていて、かき混ぜると鰻重というよりひつまぶしみたいになってしまった。
合成ウナギは脂がのっていてなかなかいける味だが、鰻重って要するにこのタレがかかったご飯が美味いんだよな。
鰻重が出るなんて、スタミナをつけて頑張って働けって意味かと思ったが、献立は一か月前から決まっているとのこと。今日のウナギを皆さん前から楽しみにしていたらしい。
相変わらず佐々木さん達は修羅場のようだが、俺に手伝えることは特にないしな。邪魔をしないように静かに見守るくらいしかできない。さて、午後からどうしよう、さすがにもう眠れないしなあ。
「よかったら基地の中をご案内しましょうか」
声をかけてくれたのは多分ヘリ部隊の人だと思う。俺が暇そうにしているのを見抜くとはさすがだ。マッチョな好青年なのに、蚕の蛹を怖がって子供みたいにキャーキャー悲鳴をあげていたので印象に残っている。あの時に自己紹介してくれた筈だが、まったく思い出せないな。
「ヨナミネ少尉であります。覚えておられるでしょうか?」
「もちろんですよ。でも今はお仕事中じゃないんですか?」
「我々も待機がかかってるんですよ」
ああ、そうか。シミュレーターのシステムが調整中だから皆の予定が狂ってるのか。
「申し訳ない、本当に申し訳ない。すぐ直しますから。急いでなんとかしますから」
いや、俺としては別に急いでくれなくてもまったく困らないんだが。でもまあこういう状況だと当事者には半端なくプレッシャーがかかるよなあ。責任感のある人間ほど早死にするんだよ。これ以上佐々木さん達を追い詰めるのも可哀想なので、ヨナミネさんの好意に甘えることにする。
「ご案内するといっても、今の時間だとスポーツジムとゲームセンターくらいしかありませんが」
酒保が利用できるのは夕方からだそうだ。夜勤の人達は気の毒だが、軍人さんが昼間っから酔っぱらってるのは普通にマズイだろうしな。
来賓用の喫茶店はあるが、不味い上に値段がバカ高いらしい。ミートスパゲッティが一皿六千円だそうだ。カジノ特区にもそのくらいする店はあったが、庶民感覚で考えれば明らかにおかしな値段だよな。客が一人も来なくても困らない喫茶店か……なんとなくモヤッとするが、俺には関係のないことだ。
いや、税金の無駄遣いだとしたら関係なくはないのだが、最近はカジノチップロンダリングのせいで税金をほとんど払ってない立場だから偉そうなことは言えない気がする。さすがに合法か気になったので税務署に直接問い合わせたら、罰則規定はないとしか言えないという微妙な答えが返ってきた。この国は本当に大丈夫なんだろうか?
俺が天下国家に思いを巡らせている間に、ゲームセンターに到着してしまった。あまり期待はしてなかったんだが、俺の予想はいい方向に裏切られた。都内でもこれほどの規模のアミューズメントパークはそうないだろう。コンクリートの床が剥き出しのフロアに、大型筐体を中心に結構いろんなゲーム機が並んでいる。“ガーディアントルーパーズ”の筐体だけでも一ダースある。その上何故かボーリング場とビリヤード場まで併設されている。これはきっと土地が安いせいだろうな。
平日の昼間なのに制服を着た軍人さんが結構いるのは、やっぱりシミュレーターが動かないせいだろうか? “ガーディアントルーパーズ”に大勢並んでくれてるのは嬉しいが、さすがに自分がプレイする気にはならない。それより他の見たことのない大型筐体が気になる。この手の場所をとるタイプは中古市場だと驚くほど安く売られてたりする。俺が田舎の大富豪ならコレクションしたいところだ。
当たり前だが有料なんだよな。百円玉がたくさん必要になりそうだが、生憎財布はカジノ特区のホテルに置いたままだ。幸いATMが置いてあるので現金を少しおろしておこう。とりあえずは二十万程でいいか。
ナンシーに言われて財布用の口座を作っておいたんだが、いつの間にかこっちにも億単位の金が貯まってしまっている。どうも今回の出張手当として二億チョイ振り込まれたっぽい。いや、給料はカジノチップでいつもの口座に入ってるから、これは飯代か? 必要経費ってやつだろうな。収入じゃないから税金がかからないんだよな? 端数からみて二百万ドル振り込んだようだ。相変わらず金銭感覚の無茶苦茶な会社だが、今日からは喜んで残業もやれそうな気がする……いや、待てよ。ひょっとしたら危険手当とかかもしれない、単純に喜べないぞ。とりあえず謎の二百万ドル分は後で税金をとられてもいいように、何年か手を付けないで塩漬けにして様子見だな。
二十万引き出してポケットに突っ込むと、案外かさばる。ゲームをするための硬貨も詰め込むと、ますますポケットがふくらんでしまった。これじゃロデオゲームとか宇宙遊泳のやつはできないな。周囲にコインをまき散らしてしまうだろう。早急にどこかで財布を買わなければ。最近はセキュリティ面で現金の使用が見直されてきているみたいで、ご当地財布みたいなのもよく売ってるが、ああいうのは樺太にもあるだろうか?
最初は自転車をこぐレースゲームをプレイしようと思ったのだが、隣のバッティングゲームも面白そうだ。私服を着たオヤジさんがプレイしてるのを後ろで見物していると、飛んでくる球が結構速い。
“超人野球”というなんとも思い切ったタイトルだ。数年前のゲームみたいだが、俺は見たことがなかった。その当時はゲームセンターとは無縁の生活だったからなあ。よくあるタイプのバッティングゲームで、専用のバットで3Dスクリーンに表示されているボールを打つだけというシンプルなものだ。
ただし、球速が普通じゃない。筋肉の隙間からメタルのシリンダーみたいのが剥き出しているピッチャーは超人という設定らしく、音速の球を投げて来る。スピードガンの表示は1225 km/hだ。貧相な体格のオヤジさんはその剛速球を楽々打ち返し、見事にホームラン。なかなかやるじゃないか。
なんとなく負けていられない気がして、隣の筐体にコインを入れる。百円で三球か、実にシンプルだ。さっそくピッチャーが振りかぶって投げてくる。キャラデザは超人と言うよりロボかサイボーグだよな。
おうっ、振り遅れた。マッハ1ってのは嘘だな、マッハ5くらいは出てるんじゃないか? ビームガン並みのスピードだったぞ。いや、俺とリンクスのスケール差を考えればそんなものなのか?
まあいい、タイミングは今のでわかった。第二球……完全にタイミングは合ってた筈だが空振り。当たり判定がかなりシビアなようだな。ボール一個分くらい高すぎたようだ。だがコツはつかんだぞ。
第三球。フォークボールだと! このタイミングでバットの軌道を修正できるものか!
空振り三振。負けた感がある。ビームを切り払うより余程難しいじゃないか。隣のオヤジはニヤリと笑うと自慢げにポンポンとホームランを打ってみせる。
「柿崎さん、音速球を打つのは無理ですよ」
「隣の人は打ってるじゃないですか」
「ああ、あの人は特別ですから」
どこのゲーセンにも名人プレイヤーはいるもんだ。そういった連中に挑むのも一興。俺は再び百円を投入する。別に他にやりたいゲームがあるじゃなし、このまま引き下がるのはちょっと悔しいしな。
初球をバットに当てるも、ピッチャー返し。あんなのよく捕球できたな。普通は死ぬと思うがさすがは超人だ。まあ、リアリティを追求するなら、衝撃波だけで生身の人間は命がやばいって話になるが。
第二球はフォークボール。打ち返せたと思ったが体がついて来ずにチップ。人間の肉体は駄目だなあ、リンクスなら楽々ホームランだったのに。
第三球はど真ん中のストライク。いくらなんでもこれを見逃すほど馬鹿じゃないぜ。少し力み過ぎたが、なんとかギリギリホームランの判定が出た。
「すごいです! 本当にすごい」
ヨナミネ君は拍手してくれるが、隣のオヤジは鼻で笑うようにホームランを量産している。奴ができるということは俺にも可能ってことだ。ならやってやろうじゃないか……
「あー、熱くなりすぎた。腕がパンパンだ」
結局あのオヤジに勝ち逃げされたのは残念だが、コツはつかめたのでよしとしよう。次の機会があれば負けないと思う。
「明日以降のロボットの操縦は大丈夫なんですか?」
「こういうのは前にもあったし、多分何とかなると思う」
それより喉が渇いたので、自販機のコーナーでアイスバーを買って食べる。バニラにチョコがかかった普通の奴だが、ほてった体で食べるとなかなかに美味しい。同じのをヨナミネ君にも買って渡すと随分恐縮している。
「ありがとうございます。ここの自販機は我々は滅多に使わんのですよ」
「ありゃ、それじゃ古かったりするの?」
「それは大丈夫だと思いますが、いくらなんでも値段が高すぎでしょう」
言われてみればバニラアイスが一つ二千円は確かに高いかもしれない。隣の自販機の缶ジュースも千円か。お祭り価格だな。
「食料品とかは内地の十倍はしますからね。配給があるからなんとかやっていけてますが、我々の安月給じゃアイス一つなかなか買えません」
食費が十倍はさすがに大変だろうなあ。樺太はジャガイモとか栽培してるイメージがあったが、どうなんだろう。軍人さんが普段は訓練として農作業に従事すれば、食糧問題は解決しないか? そこまでやるとまるで屯田兵だけどな。
「公務員は高給取りなイメージがありますけどね」
「とんでもない。柿崎さんこそ、億単位で稼いでいらっしゃるそうじゃないですか」
さすがは軍人さん、そんな情報まで筒抜けかよ。個人情報の保護とかあってないようなものだな。
「瞬間風速ってやつですよ。今だけの話です」
こんな状況がそういつまでも続く筈がない。稼げるだけ稼いだら、あとは田舎で質素に余生を送るつもりだ。
三食昼寝つきのスローライフを楽しみながら、たまに釣りをしたり近所のゲーセンに“ガーディアントルーパーズ”をプレイしに行くんだ。
戦争とか経済危機とかそういうのさえなければ、俺の人生設計は上手くいく筈だ。
終の棲家の候補地はすでにいくつか見当をつけている。ウサギのいる山と小鮒のいる川があって、マラリア蚊のいない場所。治安が良くてコンビニがあってゲームセンターが近所にある場所だ。
加えてミサイル防衛網のしっかりしたエリアで、シェルターが充実してる地区がいいよな。実家の近くにもそういう場所はあるが、あまり近くに親戚が大勢いるのもそれはそれで面倒臭い気がする。
「我々軍人は安月給ですからね。自衛官の皆さんが羨ましいですよ」
意外なことに、軍人さんは他の公務員に比べて給料がかなり安いらしい。命懸けのお仕事なのにそれでいいのかとも思うが、政治家の中には軍人アレルギーのセンセイ達も多くて、あの手この手で嫌がらせをしているらしい。普通の国でそこまでやればクーデターが起きても不思議じゃないが、そのための自衛隊か……いろいろ闇が深い。
と思って聞いていたら、給与に関しては一応米軍の兵隊さんに揃えてるみたいだな。そっちの方がもっと闇が深い、のか?
そうかそうか、自衛官の方が給料がいいのか……そういえばイチイさんは若手の軍人さん達に囲まれてチヤホヤされてたな。逆玉狙いみたいのもあるのかもしれない。
まあ、軍人さんが安月給といっても、民間の派遣社員よりずっともらってるわけで、下にはいくらでも下がいる。戦死者より過労死する社畜の方がずっと多いわけだしな。
過労死といえば、佐々木さん達は大丈夫だろうか? 差し入れに栄養ドリンクを山ほど買って戻ることにする。この手のドリンク剤に関しては、何故か内地とほぼ同じ価格だった。
「あ、直ったんですね」
壁のスクリーンを佐々木さん達が取り囲んで眺めている。皆やり遂げた男の顔をしてるな。動作確認が済めば後はもう寝るだけって感じだ。映し出されているのは戦闘中のリンクスだ。誰だよこいつ、下手糞な操縦だなあ。
画面のリンクスはデフォルトの紺色のカラーリングだが、ネコミミヘッドをつけているから結構やり込んでいるプレイヤーの筈だ。武装はヨンヨンビームガンと実弾のサブマシンガンを使ってるがろくに当たっていない。
「なんか戦闘ヘリに一方的に撃たれまくってますね」
「我々だって遊んでた訳じゃありませんから」
ヨナミネ君が自慢げに言うが、このリンクスのパイロットが下手すぎるだけだ。
機関銃をくらいまくってるが……ゲージが全然減ってないな。
「あれ? もしかして機関銃は効果ないの?」
「そうでもないですよ。ダメージは通らなくてもエネルギーゲージの方をいくらか削れますし」
佐々木さんが画面の下に表示されている数字を指さす。デバッグモードみたいでカッコいいな。
そういえば被弾時にエネルギーが減るとかいう設定があったかもしれない。俺は滅多に被弾しないし、エネルギーゲージも普段は意識してないんで完全に忘れていたが、戦闘中にやけにエネルギーが減ってることは確かにある。
なんかバリアーみたいのが働いていて、エネルギーを消費してちょっとだけダメージを軽減するという設定らしい。判定勝ちを狙うプレイヤーなら気にするかもしれないが、俺には関係ないと思っていた。だが、うっとおしいヘリの機関銃をノーダメージにできるなら、ここじゃ案外便利かもしれない。
紺色のリンクスはブーストダッシュで逃げ回るが、動きを完全に先読みされてるな。ヘリのロケット弾がどっかんどっかん命中している。それでもライフゲージは無傷か……なんか大昔のロボットアニメみたいな無敵っぷりだな。
「エネルギーが切れたら攻撃が通るとかそんな感じですかね?」
リンクスのエネルギーはすでに半分を切ってるが、攻撃が少しでも途切れるとすごい勢いで回復していく。このままだとリンクスがエネルギー切れになる前にヘリ部隊の武器が尽きそうだ。
「いえ、ロケット弾はたまに効果があるみたいですよ、ほら」
当たり所がよかったのか、一発のロケット弾がライフゲージを二割くらい削った。さらに遠くから飛んできた戦車砲が次々に命中し始める。
どういう理屈か不明だが、ロケット弾や戦車砲は何十発に一回は攻撃が通るみたいだ。しかも通ればかなりのダメージが出る。いわゆるクリティカルってやつかな? トドメの一撃は三割強を一気に削りきり、紺色のリンクスはついに撃破された。
周囲に歓声が上がるのが納得いかない。リンクスは悪い怪獣じゃないぞ。筐体から見覚えのある人が降りて来た。名前は忘れたが“ガーディアントルーパーズ”をよくプレイしてると言っていたヘリ部隊の人だ。
「いやあ、さすがにこれだけしっかり対策されると手も足も出ませんよ。アハハ」
アハハじゃないよ。単にお前の腕がへっぽこなだけだ。だが、まあ、俺も大人だし、口に出しては言わない。
「次は私がお相手しましょうか?」
勝った勢いもあったのだろう。俺の飛び入りは皆に大歓迎された。佐藤さんまでテストが捗ると喜んでいる。
今日は完全休業日にするつもりだったが、耐Gスーツに着替えて筐体に乗り込む。超人野球のせいで全身筋肉痛だが、まあ、あまり関係ないだろう。
紺色のリンクスと同じ装備にすべく、頭レーザーやフライトユニットは外す。武装はヨンヨンビームガンを使ってたな……もう一つのサブマシンガンみたいな武器は手持ちにないので、代わりにバスターソードを持って行こう。このくらいは違っててもいいだろう。
どうやら相手も本気になったようで、ヘリの群れが地形を利用して巧妙に移動して来る。一気に攻撃をたたみかけて押しつぶそうってわけだな、面白い。
まずはヘリは無視して、後方の戦車部隊めがけてまっすぐ突き進む。照準が間に合わないのか、弾着が全て後ろに逸れているな。この程度の相手なら回避するまでもない。速度に多少緩急をつけるだけで当たりはしないのだよ。
あ、実剣だと叩いた時の衝撃がウザいんだった。ビームソードにしたらよかったな。まあいい、すり抜けざまにバスターソードで履帯を斬っていく。動けない戦車なんぞ、後からゆっくり据え物斬りの練習台にしてやろう。
戦車は上面装甲が薄いと聞いたので、試しに踏み台にして飛び上がってみるとそれだけで動かなくなった。リンクスはそんなに重くない筈だが、勢いをつけて足を振り下ろすと見えないハンマーで叩き付けたみたいにそれだけでペコンと凹んでしまう。いくらなんでも天井が脆すぎるだろう。
なんだか楽だと思ったら、今日はあのチョロ戦車がいないようだ。普通の戦車は機銃もついてないし、砲塔もあまり上に向けられない設定なのでリンクスの敵じゃない。けんけんのようにジャンプしながら踏んづけて回るだけで殲滅できてしまう。
ヘリには適当にビームガンを撃っておく。こっちを攻撃しようと集まって来た瞬間が逆に絶好のチャンスだな。特にヘリのロケットランチャーは機体ごと相手に向けないと攻撃できない代物で、俺にしてみればこんなに見切りやすい武器もない。
俺を撃墜しようと欲を出したのがいけなかったな。自分を囮にして殺虫剤でも散布するようにビーム粒子を振り撒けば勝手に巻き込まれてどんどん落ちていく。こんなに簡単なのに、紺色のリンクスは一体何をやってたんだろう? 一体どうすればあそこまで追い込まれるかが謎だ。軍隊は上下関係がきつそうだし、接待プレイでわざと負けてたのかもしれないな。
気がつくと戦闘可能な相手はいなくなっていた。今日は楽勝だったな。相手はリンクスを研究したのかもしれないが、俺だって戦車やヘリの弱点はいろいろ学習してるんだ。そう簡単に負けてたまるか。
あ、しまった。機銃がノーダメージか試すのを忘れていた。狙って当たるのもなかなか難しいし、仕方ない。
筐体から降りると、皆さんしょんぼりした顔をしている。ひょっとして彼らの仕事をまた増やしてしまったのだろうか?
「今日はさすがに数が足りなかったですね」
ヘリと戦車を足しても三桁はいなかった。バリアーがあれだけ有効なら、四桁はいないとリンクスは落とせないと思う。
佐々木さんが書類の束を放り投げると紙吹雪のように舞い落ちていった。今時紙を使ってるのは珍しいが、最終チェックの時とかはマーカーで虱潰しにできるから便利なんだよな。
ヨナミネ君が話したのだろう、超人野球で俺がホームランを打ったことはすぐに皆に知れ渡ってしまった。彼は結構口が軽い男のようだな。やはりあのゲームは相当難易度が高かったようで、尾ひれがついて俺の動体視力が超人並みだということにされている。休日に行われる部隊対抗の野球の試合に出ないかと誘われたが丁重にお断りした。休日はしっかり休みたいからな、というか休日は休めよ。
種明かしをすれば、あのゲームは球速こそ速いが投げて来るコースは限られている。タイミングさえ合わせればホームランもそう難しくはない。ポンポン打ちまくってたオヤジさんは、多分投球パターンを覚えていてコースがわかるんだろう。あのゲームの常連みたいだったしな。
まあ、チヤホヤされるのもそう悪くない気分だし、しばらく周囲を誤解させたままにしておこう。今度また暇ができたら、あのオヤジを超えるハイスコアを叩き出して驚かせてやる。大人げないとは思うがゲーマーは非情さ。スコアなんてのは更新されるためにあるんだからな。