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俺のロボ  作者: 温泉卵
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残業するから金をくれ

「嘘だろ、おい」


 目の前の光景に思わずそうつぶいやいてしまった。


 うっかりしてたぜ、ベティちゃんが返事をしたらマズイじゃないか。いや、別にマズくもないか。そりゃあ少し恥ずかしいけれど、AIと喋ってるのを他人に聞かれてもさして問題ない、普通のことだ。


 最近は携帯のAIと四六時中会話している人も珍しくないし、若者の間ではAIを恋愛対象にするのもブームになっているそうだ。大手各社もこぞってそっち方面の機能を強化したAIを供給している。


 金のある奴は気に入ったAIに高価なアンドロイドボディを買い与えて、結婚式まであげたりするらしい。ブームとはいえ、そこまでやっちまうと世間様からはやはり変態扱いだ。


 アリサ大佐からはスキャンダルは勘弁して欲しいと釘を刺されてるしな。うん、やっぱりベティちゃんとの会話は他人には聞かれない方がいいな。

 

 ベティちゃんはちゃんと沈黙を守っている。状況判断は人間以上に的確だ、やっぱり賢いな。

 

 今回の戦場は見渡す限りの大平原だ。起伏は多少あるが、足場としてはそう悪くもない。遮蔽物がどこにもないのが多少心細い。


 砂煙を上げて戦車の軍団が走ってきてるんだが、三桁は確実にいるよなあ。いつか見たスペクタクル戦争巨編を思い出す。映画のカメラ目線と違って、点のように見える戦車に絵的な迫力はないが、どうせ中の人達は本職の軍人さん達だろう。あれを全部壊しちゃってくださいとか簡単に言われてもなあ。上空の戦闘ヘリも昨日よりさらに増えてるし。

 

 戦車に関しては性能は未知数だ。ゲームなんかだとヘリより弱いユニットなんだが、対地攻撃に関しては結構すごいかもしれない。なんといっても陸戦の主役だ。

 

 こちらの問題点もいくつかある。一番困るのはGがリアルな設定にしてあることだな。昨日も困ったが、急加速がキツくてあまり動き回れない。加えて俺のコンディションもかなりひどい状態だ。何しろ昨夜は二時間程しか寝ていない。武藤大佐がナポレオンは三時間しか寝なかったとかわけのわからんことを言って会議を続けたせいだ。結局解放してもらえたのは二時過ぎだった。残業代とかどうなってるのかアリサ大佐に聞いてみないとわからないが、とりあえず忘れないうちにメモしておこう。耐Gスーツの胸ポケットに入っているメモ用紙を取り出し、『残業するなら金をくれ』と簡潔に書き込む。テスト中に何か気づいた点があれば使ってくれと言われてたしな。


 イチイさんは今朝も朝五時に起こしに来た。彼女は昨夜の会議には出ていないから元気だった。たっぷり寝れたんだろう、羨ましい。

 

 会議といっても、大半は武藤大佐の武勇伝を聞かされていただけだった。民間人にはなかなか耳にできないような話も多くて、それなりに面白くはあったけどな。夜食として凍った冷凍寿司とビールが出たが、俺が酒を飲まなかったので大佐が少しビビッていた。おそらくは服務規程違反とかそんなんだろうな。みんなで飲めば怖くないが、一人だけ違反すれば弱みを握られるとでも思ったんだろう。俺は別に規則とか気にしたわけじゃない、酔っぱらい運転でゲロゲロしたくなかっただけなんだ。


 おかげで二日酔いは避けられたが、この睡眠不足は正直きつい。脳に血と酸素が行き渡っていない感じだ。ちょっと強いGでもかければ、貧血で倒れてしまうかもしれない。

 

 今回のリンクスの武装にもちょっと問題がある。てっきり昨日の続きだと思ってたから、ヘリ相手を想定していた。

 

 昨日大活躍した頭レーザーは、ツインタイプのを強化版を装備してみた。ただの連装じゃなく、左右で弱と強に分かれていて、弱が命中すれば強が自動的に追い打ちをかけるというアイディア商品だ。強といっても所詮はレーザーだから威力はたかがしれてるんだが、紙装甲のヘリ相手ならこの程度で無双できると思う。

 

 頭レーザーだけで火力は十分だと思ったんで、その他の武装はちょっとネタに走ってしまった。ビームガンじゃなくプラズマ系の武装でコーディネイトしたのだ。倉庫の肥やしになっていたハンドランチャーPと、ハンドプラズマキャノン。こんな機会でもなければまず出番がないしな。

 

 プラズマ系の武器はクセが強いせいでネタ扱いされがちなんだが、当たり判定は広いし威力もそこそこある。使いこなせば案外強力なんじゃないかとは前からよく言われてるんだ。そう言いながら皆ヨンヨンビームガンを使うんだけどな。

 

 クリスマストーナメントの時にガチャチケで出たハンドランチャーPは、拳銃っぽくて携帯に便利な点は評価できる。装備して出撃しても滅多に使わないんだが、サブウエポンなんてそんなもんだしな。発射後のプラズマの動きがふわふわ気まぐれすぎるため、シャボン玉と呼ばれたりもする。浮遊機雷的な使い方をすればいいんだろうが、動きが気まぐれ過ぎてなかなかに難しい武器だ。下手に威力があるだけに自分が突っ込んだらシャレにならないしな。

 

 ハンドプラズマキャノンの方はプラズマ系の武器の中では比較的クセが少なくてまだ使いやすい。エネルギー系の武器なのに、何故かプラズマ弾が実弾キャノン同様に放物線を描いて飛んでいく。使いどころも普通のキャノン砲とそう変わらない。オークションでたまたま見かけて、リンクスに装備可能というだけの理由で落札してみたものだ。レア武器のわりには安いと思ったのだが、後で調べたら相場より少し高かった。片手で使えるし、エネルギーさえあればわりと連射もできる。でも、普通にヨンヨンビームガンの方が使いやすいので、何度か使ったきり存在すら忘れていた。


 直進するビームと違って山なりに撃ち込めば地平線の向こう側も攻撃できるので、ある程度遠くから攻撃するには便利かもしれない。


 高性能なビームガンを使わないのは舐めプと言われても仕方ないが……実際、ヘリは脆すぎるからハンデのつもりだったのはある。軍隊を舐めすぎだったと反省せねばなるまい。

 

 背中にフライトユニットを装備しているのは、二足歩行するより飛んでる方が乗り心地がマシだからだ。別にヘリと空中戦しようと思ったわけじゃない。そりゃあ、チャンスがあればするかもしれないが、あまりやりすぎると後で面倒なことになりそうだしな。


 フライトユニットの右ラックにアースブレイドを固定してあるのはただなんとなくだ。普通にバスターソードにしておけばよかった。アースブレイドなんて両手剣の練習用くらいにしか使えないからな。やはり相手を相当舐めてたんだな。



 それにしても三桁の戦車部隊か……とにかく一当てしてみないことには強いか弱いかもわからないな。軽くジャンプしてフライトユニットの翼を開く。先頭のヘリとはまだ数十キロの距離があるが、本職の軍人さん達がずいぶん離れてても攻撃して来ることは昨日で経験済みだ。

 

 こっちの攻撃だって長距離からでも十分効果があるから、戦闘距離がどうしても遠くなってしまう。現代戦じゃなかなか剣の出番がないってことかな。どう考えても俺よりタケバヤシ君の方が適任な気がするが、やっぱりあれか、彼はレギュラー番組を何本も持ってるからスケジュールが空いてなかったんだろう。イケメンでロリコンのお兄さんキャラというのがどうも視聴者にウケたらしい。別に芸能人になりたいわけじゃないが、ゲームの仕事がなくなっても食いっぱぐれる心配がなさそうだし、ちょっと羨ましい。

 

 頭レーザーで十キロ程先のヘリを攻撃してみる。ちゃんと強レーザーの追撃が入って空中で爆散した。結構使えるぞ、ヘリ相手ならこの頭レーザーだけでも余裕で勝てそうだ。と思っていたら、敵もレーザーで反撃してきた。一発や二発じゃない、何十もの光の筋が一斉にリンクスを狙って来た。


 さすがに全部躱すのもGがキツイんで何発か当たってしまう。ダメージはまったくないが、他のレーザーも一斉に命中したのには驚いた。データリンクで座標を共有しているようだな。何十発当てられてもノーダメージだが、ミサイルがどんどん上がって来る。なるほど、リンクスがレーダーに映らないんで、レーザーで誘導してるんだな。


 覚悟を決めて、ミサイルをある程度引き付けてからくいっと急降下してレーザーを外す。Gがとんでもないが、空中のアクロバットの方が地上で走り回るよりまだ楽だな。目標を見失ったミサイルが明後日の方向へ飛んでいくが、近くに来てたのがしつこく向かってくるので蹴りを入れて落とすと先っちょが破裂した。


 無数の金属片が雲のように飛び散る。当たれば結構痛そうだ。もう少し近かったら危なかったな。


 レーザーの網が再びリンクスを狙って来ている。視認で照準しているのか、AIに映像処理させてるのかはわからないが、これはリンクスにも光学迷彩が欲しいな。


 うっとおしいのでこっちも頭レーザーで反撃する。レーザー光線出しっぱは狙ってくれって言ってるようなもんだぞ。


 レーザーを撃ってきてるのは特徴的なひょろっとした戦車だ。砲塔が小さいので装甲車ってやつかもしれないな。まあ、レーザーを撃って来てる奴を順番に撃ち返すだけの簡単なお仕事だ。あっちが当たるんだからこっちも当たる。頭レーザー強の追い打ち攻撃で余裕で破壊できる。ちょっと頑張ったらすぐにレーザーを撃って来る奴はいなくなった。


 代わりに遠くの方にいる戦車が主砲を撃ち始めた。戦車って対空攻撃できないんじゃないのか? ズームして見ると随分大型の戦車で、大砲もアンバランスなくらい大きい。ジェミニみたいな重射タイプかもしれないな。40キロ以上離れてるのに当たるわけないだろうと思うが、相手は本職の軍人だしなあ。念のために回避はしておく。

 

 弾速は結構速いが、これだけ距離があると飛んでくるまでに何十秒もかかる。余裕過ぎて居眠りしそうだ。タケバヤシ君とかなら着弾までに全部撃ち落とせそうだなあ。エネルギーの無駄だから俺はやらないけど。

 

 飛来した弾体はリンクスから数キロのところで弾けて、無数のダーツのようなのが飛び出してきた。なるほど、広範囲に拡散する対空兵器ってことか。さすがにあまり舐めてると当たりそうだな。

 

 足元を走っている戦車の中には機関銃を出鱈目に撃ち上げてくるのもいる。こういう狙いをつけない攻撃が結構厄介だったりする。よく見ると戦車にもいろんな種類があるようだ。ベティちゃんが種類別にマーカーを色分けしていってくれる。


 ミサイルは当たらないから、要注意は機関銃がついてる車両だな。拡散弾を撃てるのはあのでかい戦車だけか? 砲身があまり上を向かない奴もいるが、そういうのでもウィリーしながら強引に撃ちあげて来るから油断はできない。結構敵も頑張るな、面白いじゃないか。


 とりあえず頭レーザーで近くの頑丈そうな戦車を攻撃してみると、普通に破壊できる。最近の戦車の装甲が薄いのか、リンクスの武装が強力に設定され過ぎてるのか。ゲームバランスとしてはかなりヌルいが、Gがきついからあまり余裕はない。


 ゆるやかに旋回飛行しながら、手当たり次第に頭レーザーで焼いていく。頭レーザーは弾速が無茶苦茶速いというか、多分光速だからな。ロックオンすれば発射した瞬間に確実に命中する。威力が弱い以外はパーフェクトな武器だな。

 

 ハンドプラズマキャノンもちゃんとロックオンしてから発射すると、遠くの敵にも奇跡のようにバンバン命中する。こうも簡単に当たるのはちょっと不思議な気もする。


 プラズマ弾の弾速は戦車の砲弾よりかなり遅くて、40キロ先の相手に命中するまでに一分近くかかる。それでちゃんと当たるってことは、相手はまったく回避行動をとってないってことだ。適当に蛇行して走り回ってれば当たらないだろうに、何故避けないんだろう?

 

 楽に敵を倒せるのはいいんだが、これだと作業でしかない。一方的に武器の性能の差で勝っても面白くない。Gはつらいが思い切って斬り込んでみるか?

 

 ハンドキャノンをアースブレイドに持ち替えて、急降下。地上スレスレでギュワーンと引き起こす。視認でリンクスの位置を確認して情報を共有してるんだろうが、情報伝達にかなりのタイムラグがあるようだ。弾幕は見当外れな方向に撃ち出されている。

 

 あ、考えてみれば敵の武器は実弾兵器だ。無理しないでもしばらく待ってれば弾を撃ち尽くすんじゃないか? まあ、無抵抗な相手と戦う程つまらないこともないわけだが。

 

 低空飛行で戦車の上をかすめ飛びながらアースブレイドの刃を斜めに当てる。滑らせるように斬ったつもりだが、やっぱりガツンと衝撃が来るなあ。Xキャリヴァーなら豆腐のようにスッと斬れたのに。

 

 ルート上の戦車を次々に斬っていくと、そのたびにガツン、ガツンとくる。わかってても腹に響く。実剣じゃなくてビームソード系にしておけばよかったかな。

 

 連続で剣を当て続けていたら急激に速度が落ちてしまったので、そのまま飛行からブーストダッシュに移行する。戦車は平べったいので立ち姿勢だと砲塔の位置がリンクスの腰の高さより低くなる。横なぎだと微妙に斬りにくい。かといっていちいち兜割りしているとリンクスの動きが止まってテンポが悪い。餅つきかもぐら叩きをしてるみたいでカッコ悪いしな。


 近くの戦車が砲を向けてきたので、砲塔と車体の隙間に咄嗟にアースブレイドを差し込んで止める。無理にこじると剣の耐久が減りそうだな。動かなくなったのでそっと引き抜く。

 

 戦車ってのは結構でかい砲を積んでいるもんだな。間近で見た感じだとジェミニのヤマト砲と同じくらいありそうだ。砲は立派だが、この戦車はどこにも機関銃がついていないタイプだった。こういうのばっかりだと楽勝なんだけどな。

 

 背後の戦車が撃って来たので試しに砲弾を剣で弾いてみる。火を噴いて花火のように派手に炸裂したが、アースブレイドの耐久は減らないな。弾のサイズは同じくらいでもヤマト砲に比べれば格段に威力は劣るってことか。

 

 砲塔の左右にミサイルランチャーをくっつけている小ぶりな戦車がどうも厄介だ。どうもあのミサイルは有線でリモコン操作できるらしい。こっちだってワイヤーアンカーがあるぞ。張り合って撃ち込むと、アンカーの一撃で倒せてしまった。


 どうも戦車といっても正面以外はたいした装甲じゃないみたいだ。前からだと頭レーザーではたまに攻撃が通らないことがある。剣で斬ると前面装甲だけはしっかり作ってあるのがよくわかる。正面から撃ち合うようにすれば後ろの装甲はいらないし理にかなった設計だな。どうせなら盾持ちにすればいいのにな。

 

 フレンドリーファイアを恐れてるみたいで、戦車部隊のど真ん中懐に飛び込んでしまうとあまり攻撃して来なくなった。せっかくだし戦車は剣で倒していくか。

 

 視界に入ったヘリはチラ見しながら頭レーザーで落とし、戦車をなで斬りしていく。アースブレイドでも慎重に振り抜けば両断できるようだが、少しでもミスると刃が止まる。


 まあ、綺麗に切断しなくても、軽く剣が当たるだけで壊れて動かなくなるんだが、それじゃわざわざ剣を使う意味がない。

 

 硬さの違う装甲を組み合わせているみたいで、柔らかいところが混じるのがむしろ厄介だ。刃筋が一度曲がると綺麗にスパッと切れなくなる。まあ、これもいい練習にはなるか……精神を集中させて一息で切断してしまうのがコツのようだな。


 戦車の後から砲塔の下あたりに突きを入れてやればサクッと倒せるが、弱点ばかり狙っているとこちらの動きを読まれる可能性もある。今のところまったく動きについて来れていないようだが、油断は禁物だろう。

 

 大半の戦車は据え物斬り状態だが、少し小さめの戦車がなかなかの運動性能でちょろちょろよく動く。こちらの動きをとらえきれてはいないが、出鱈目に走り回られるだけでも斬りにくくはなる。

 

 俺としてもGはできるだけかけたくないので最小限の動きで対処する。前後左右に走り回るチョロ戦車の中の人にだってGはかかっているだろうに、本当によく動く。地面はボコボコだし、ひどい乗り物酔いになるんじゃないか? いや……おかしい。あれはGなどまるで気にしていない動きだ。シミュレーターに重力制御装置がついていないと見た。ヘリや飛行機ならともかく、戦車のシミュレーターにまでそんな高価な装置を使うとも思えない。

 

 チョロ戦車は機関銃もついていて油断できない。追い回すのもいい加減面倒になって来たので見つけ次第レーザーで焼いてしまうことにする。Gで貧血になりそうじゃなければきちんと剣で相手するんだがなあ。

 

 気がつくと随分敵の数が減っている。数がいたって秒殺し続けていればそうなるか。コツをつかめば地上の戦車の方がヘリより楽に倒せるな。


 残り一ダース程が散発的に遠くから撃って来ているが、大半が50キロ以上離れている。いつの間にか逃げてたみたいだが、遠すぎるだろ。最後のあがきのようにロケット弾の雨が降り注いで来たが、これだけ距離があるといくら面制圧だといってものんびり安全地帯に抜け出せてしまう。やはり射撃武器だけじゃ決定力に欠けるな。

 

 地形に隠れてこそこそ動いているヘリや装甲車みたいなのがいるが、多分偵察用の機種なんだろう。あいつらが俺の位置を偵察して知らせてたんだろうな。上手いこと地平線の影を利用してレーザーの死角に入ろうとするんだが、こっちを覗きに出て来たところを頭レーザーで狙い撃てばイチコロだ。ただ、待ち構えるのがひたすら面倒くさい。

 

 再びハンドプラズマキャノンに持ち替える。遠くの敵をロックオンして艦砲射撃よろしくプラズマ弾を撃ちあげていく。青白く輝くエネルギー弾が飛んでいくのは敵にも見えてる筈なんだが、何故か避けようとしないな。


 戦車だって結構な速さで走れるんだから、俺が発射した瞬間にダッシュで逃げれば当たらないと思うんだがなあ。


 あの砲のでかい戦車も近くで見ておくか。生き残りの部隊目掛けてジャンプして一気に接近する。


 近くで見るとやたら砲塔がでかくてカッコいい。ジェミニよりもずっと大きくて迫力がある。ロケットランチャーやら機関銃もついていて、やたら重武装だ。


 俺が近づくと必死で逃げ始める。見た目のわりに結構速度は出るみたいだが、さすがに小回りはあまりきかないみたいだな。


 機関銃を撃ってきたので頭レーザーで反撃したら一発で吹き飛んだ。装甲はかなり薄そうだ。後ろから支援するタイプなのかもしれない。


 残りのヘリや装甲車も飛び回りながら始末していく。フライトユニットを装備してたのは正解だった。結構いろんな種類の兵器を投入してきたようだが、三次元的に引っ掻き回したせいで役割分担があまり上手くいってなかったみたいだな。武器の威力に差がありすぎるのもあるが、リンクスのステルス性がかなり効いている気がする。ミサイルはほぼ無効化できたしな。



「あー、何と言うか。ご苦労様です」


 筐体を降りると佐々木さんが引きつった笑顔で近寄って来た。よくもまああれだけの数の敵を用意してくれたもんだよこの人は。

 

「少し調整に手間取りそうなんで、次は午後からになります。三時までにはなんとか間に合わせたいですが」


 時計を見るとまだ九時前だ。やった、六時間寝れる。幸いなことに立派な仮眠室が併設されていたので使わせてもらう。佐々木さんの部下が何人か寝ていたが、叩き起こされていた。俺は枕が変わるとわりと眠れない方なんだが、本当に疲れている時は別だ。毛布をかぶった瞬間に気持ちよく記憶がなくなってしまった。

 

 目が覚めたらすでに夕方の四時を過ぎている。頭も体もスッキリさわやかだが、これは昼夜逆転してしまったかもしれない。こういう不規則な生活を続けると、そのうち体の芯にとれない疲れが溜まっていくんだよなあ。

 

 缶入りの羊羹と緑茶で遅いオヤツをいただく。佐々木さんが小さなシュークリームをつまんでいるのを見ていたら何個かわけて貰えた。カスタードと生クリームと何かのジャムがたっぷり詰まっていて、死ぬほど甘いが結構美味い。佐々木さん曰く、脳が疲れた時に食べるといいらしい。

 

 よく見ると佐々木さんもスタッフの皆さんも目が血走っている。俺だけたっぷり寝てしまって、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。

 

 準備にまだ時間がかかりそうということで、椅子に座ってのんびり寛ぐ。佐々木さん達が何を大騒ぎしてるのかとモニターを覗いてみたら、やっていることは主に外部との接続とスケジュール調整みたいだ。こんなのベティちゃんなら一瞬だろうなあ。佐々木さんはノートパソコンで俺のプレイの解析みたいなこともやってるみたいだが、そっちはどうも後回しにされている感じだ。


 5時を過ぎたので今日はもう終わりかなと思っていたら、準備ができたそうだ。まあいいけど。

 

 多分、さらに敵を増やしたんだろうな。兵隊さん達を残業させるのも気の毒だし、さっさと終わらせてしまうか。

 

 とりあえずナマクラなアースブレイドはいらない。フライトユニットはそのままで左右のラックにバスターソードをセットする。片方はビームソードにした方がいいか? でも、たっぷり眠ったおかげで体の調子はいいし、今はバスターソードを振り回したい気分だよな。

 

 頭レーザーはこのままでいい。というか、通常兵器相手ならメインウエポンだしな。ハンドプラズマキャノンは思ったより使えるから左手に持たせておくか。右手はサンパチビームガンに店売りの銃剣用のビームソードを取り付けて使うことにする。なんだかんだ言ってもビームガンは役に立つしな。

 

 出撃すると朝よりも敵が離れた位置にいる。遠巻きに包囲が完了している配置でスタートしたみたいだな。これはちょっとズルい気もするぞ。


 地平線の向こうから花火みたいに砲火が一斉に撃ちあがる。飽和攻撃か。一分後にはこの周辺は爆風で埋め尽くされてしまうだろうが、それをわざわざ待つこともない。適当に移動しよう。ベティちゃんにサイコロを転がしてもらって適当に決めた方向にジャンプする。これは罠を仕掛けられてそうな時にたまにやる手だ。俺にだって予想がつかないんだから、相手にだってわかるまい。


 弾幕がわりと薄い方に飛んでいく。無数のレーザーが追いかけてくるが、狙いやすいのから頭レーザーで反撃して潰していく。


 高空を今までにないスピードで飛んでる奴がいるので、試しにロックオンしてサンパチビームガンで撃ってみる。戦闘機か? 直撃はしなかったが光学迷彩の機体がひらひら墜落していく。武装はしてなかったみたいだし、偵察機かもしれない。

 

 気の向くままに飛び回りながら、頭レーザーとサンパチ銃、プラズマ弾を撃ちまくってみる。いつもと別のゲームをやってるみたいだが、これはこれで面白いかもしれない。


 ハンドプラズマキャノンは調子に乗って連射しているとリンクス本体のエネルギーゲージがすぐにイエローゾーンに突入してしまう。プラズマ系の武器はクールタイムが短いのはいいが、エネルギーをごっそり消費する。フライトユニットと同時に使用すると飛距離が大幅に短くなってしまう。

 

 相変わらずチョロ戦車以外の敵は積極的に回避行動をとろうとしない。攻撃は最大の防御とばかりに必死で撃ってくるんだが、その程度の弾幕じゃリンクスには当たらんぞ。


 逃げ回れば多少は長生きできるかもしれないのに馬鹿だねえ。いや、軍人さんの学校って確か偏差値はトップクラスだったぞ。賢いエリートが集まってる筈なのに、融通が利かないな。きっと皆頭が少し固いタイプなんだろうな。

 

 容赦なく殲滅を続けるうちにエネルギーゲージがレッドゾーンに突入してしまった。俺としてはかなりレアな状況だ。どのみちフライトユニットで飛び続ければいずれはエネルギーは底をつくことになる。リンクスの場合ジェネレーターの出力が大きいから、上手く滑空しながらエネルギーを蓄えるようにすればずっと飛び続けることもできるかもしれないが、さすがに戦闘中にそんな真似は自殺行為だ。

 

 武器をバスターソードの双剣に持ち替えて着地する。二刀流が真価を発揮するのは格下の相手がいっぱいいる時。まさに今がそんな感じだ。


 踏み込んで突く、通りすがりにサクっと切り裂く。特に機銃のついていない戦車はリンクスにとってはただの置物だ。主砲の直撃は痛そうだが、あんな目立つ砲が向けられたら撃たれる前に余裕で気がつく。

 

 チョロ戦車は容赦なく頭レーザーで潰していく。タイムアタック? そう、タイムアタックだ。六時までにサクッと片づけてゆっくり風呂に入って寝よう。

 

 双剣のいいところは左右どちらの剣でも斬りにいけるところだ。無駄な動きが減らせ、姿勢の制御もそれだけ楽になる。裏を返せば動きを読まれやすくもなるわけだが、格下相手なら多分問題ない。

 

 両手の剣を翼のように広げて、最短コースを走り抜けながら次々に敵を破壊していく。調子に乗っているせいで頭レーザーは結構外しまくっているが、かすりでもしたら強レーザーの追い打ちが確定ヒットなんだから、撃ちまくっておいて損はない。エネルギーゲージは順調に回復している。満タンになったらまた飛ぼう。

 

 おっと、リンクスの鼻先を戦車砲の弾がかすめる。チョロ戦車が至近距離から撃ったみたいだが、俺の動きを読んだのか? 殺気が読めなかった。例の拡散する弾だったら当たっていたな、油断大敵だ。ほとんどまぐれだろうが、まったく出鱈目に撃ったわけでもなさそうだ。なんとなく当たりそうな気がして撃ったって感じだった。どこにでも強い奴ってのはいるんだな。敬意を示すために頭レーザーは使わず、バスターソードでそのチョロ戦車を両断する。

 

 その後もひやっとさせられる至近弾は何発かあった。敵もさるものだ。昼寝で体力を回復してなかったら一発くらい当たっていたかもしれない。

 

 最後の敵を倒した時には六時を少し過ぎてしまっていた。軍人さん達だって公務員だろうけど、残業代とかちゃんともらえるんだろうか? 正月に見たニュースで、役所の職員なんかは強制的に定時に帰らされる風潮になってきてるってやってたな。さすがに軍人さんがそんなことをやってたら戦争に負けるだろうが。

 

 筐体を降りて帰り支度をしていると、小野寺大尉がやって来た。今日も晩飯のお誘いみたいだ。

 

 車でちょっと高級そうな店に連れて行かれる。コンクリ打ちっ放しの洋館風の建物で、中はなかなか豪華なホールになっている。今日は店ごと貸し切りだそうだ。本物の木でできた長机に椅子が十二脚セッティングされている。白いテーブルクロスの上に綺麗に折られたナプキンが並んでいる。


 テーブルマナーなんかは一通りナンシーに教えてもらってはいるが、できればこういった場所での食事は遠慮したかったな。どうせ川瀬の爺さんの料理の方が美味いに決まってるし、そうでなくてもわざわざマナーを気にしながら食って美味い筈がない。考えてみれば専属料理人の作るご馳走を周囲の目を気にせず食べれるなんて、恵まれた環境だったよなあ。リンリン達は今頃俺の部屋で好きなように楽しんでる気がする。あいつらぐらい図々しくなれたら人生楽しいだろうなあ。連絡して向こうの様子を聞いてみたいが、特区の外とは通信が遮断されているため、メールも通話もできない。あらためてとんでもないところに連れて来られたと実感する。

 

「呼びつけておいて待たせてしまったわね」


 金髪の老女がおつきをゾロゾロ従えてやって来た。髪の根元が茶色っぽいのは、金髪に染めているからだろう。顔立ちはどう見たって東洋系だ。ナンシーによれば人は偉くなるほどいろんなコンプレックスを抱え込むものだそうだ。失礼にならないようにあまりジロジロ見ないようにする。

 

「ミチコ・チャン・マグワイア陸軍准将よ。親しい人はミッチャンの愛称で呼ぶわ」


 顔は笑っていないが、フレンドリーさをアピールしてるつもりだろうか? だとしたら思いっきり外したな。おつきの軍人さん達はみんな怖い顔をしたままで、気安くみっちゃんと呼べるような空気ではない。


 婆さんの努力を無駄にしないためにも、ここは俺も思い切って笑いをとりにいくべきだろうか?


「初めまして、お会いできて光栄です。柿崎源五郎と申します。親しい友人はおにぎりゲンちゃんと呼びます」

 

 幼稚園の誕生会でおにぎりを落としてしまったからとも、頭の形がおにぎりに似ていたからとも言われている。今となっては子供の考えることはわからんよなあ。おにぎり頭って一体どんな形の頭なんだよ。


 俺はおにぎりが大好きだったからこのあだ名もそんなに嫌じゃなかった。そういえば大学時代の彼女とつきあうことになったのも、今みたいな自己紹介がきっかけだった。彼女は小さい頃おむすびちゃんと呼ばれていたんだっけ。

 

「そう。鬼斬り……」


 みっちゃん将軍はクスリともせず冷たい目で俺を睨む。どうやら俺の第一印象があまりよくなかったみたいだが、ここは無理にでも愛想笑いくらいして欲しかった。

 

 よくわからんが准将ってのはまだ将軍じゃないんだろうか? 言葉の響き的には将軍の補欠ってかんじだよなあ。それでも相当偉いんだろうし、常に怖い顔をしていなければ周囲に舐められるのかもしれない。おつきの人達もそうそうたる顔ぶれで、小野寺大尉が一番下っ端みたいだ。陸軍の人ばかりみたいだから、戦車部隊の中の人だろうけれど、皆そこそこ歳がいっているし、現場で戦車に乗り込んだりするようなタイプには見えないんだが。


 簡単な自己紹介が終わると食事が運ばれてくる。どうも簡単なコース料理のようだ。以前の俺ならマナーやらなんやらで醜態を晒したかもしれないが、慣れというのは怖いものだな。他人の粗相やら料理のアラにまで気を回せる余裕まである。


 メインディッシュの舌平目の冷凍焼け具合で、ナミビア沖で獲れた魚だとわかってしまう。


 こいつとはもはやお馴染みだ。見た目は立派だが、現地の冷凍設備に問題があるらしく、パサパサになってしまっていてあまり美味しくはない。カジノ特区で使われる食材のグレードとしては中の下といったところか。格式を重んじる人達にとっては味よりも舌平目であることが重要なので、宴会メニューの数合わせなんかにわりと重宝されている。


 リンリン曰く、人は食える分しか食えないのだ。美味い料理をたらふく食いたければ、いかにハズレを避けるかが重要になる。ナミビアの舌平目は代表的なブービートラップの一つだな。立派な魚なのに勿体ない話で、冷凍インフラくらいなんとかしろよと思うんだが、今はアフリカ方面も政情不安定でいろいろ大変らしい。


 ただ、この北の特区の食糧事情の悪さを考えれば、これでも相当のご馳走なんだとは思う。補給が滞っているわけでもないのに、とにかく店頭に物が並ばないらしい。やはり民間人が少ないからだろうか?

 

「今日の茶番劇を見せてもらって、時間の無駄でしかないということがよくわかりました」

 

 お誕生日席に座った婆さんが偉そうに口を開く。食事のマナーはまあまあサマになっているようだが、俺だって負けちゃいないぞ。他の連中は……コース料理を食べなれていないのか全然駄目だな。


 マナーなんて本来はどうでもいいようなものだが、奇妙なことにそんなつまらないことでも駆け引きの場においては優劣をつける一つの要素にはなる。こういうのもマウンティング行為ってやつかな。結局人間は猿山のサルからそんなに進化していないのかもしれない。ナンシー達とさんざん飯を食ったのも無駄じゃなかったってことだな。

 

「ゲームのロボットと戦って何がわかるというのかしら? 教えて欲しいものですね。税金の無駄遣い以外の何物でもありません」


 なんか愚痴を言い始めたな。小野寺大尉を見ると気まずそうな顔をしている。まあ、婆さんの言いたいこともわからなくはないんだけどな。軍人さんが上からの命令でいきなりわけのわからんゲームに参加させられたんだ。しかもボコボコに負けたわけだし。

 

「ゲームはゲームですよ。定められたルールの中で勝ち負けを楽しむ頭の体操です。将棋が現実の戦いと違うから時間の無駄だと言う人がいますか?」


「だまらっしゃい。シミュレーターはゲームではない」


 わかりやすく言ったつもりだったのに、話が通じていない様だ。思った以上に頭が固い相手かもしれない。


「ご自分でおっしゃったじゃないですか。ゲームのロボットが登場した時点でゲームなんですよ」


「だからそのことに何の意味もないと言っている!」


 イライラして怒り始めたようだが演技だろうなあ。この程度で本気で怒るようじゃ指揮官なんて務まらないだろう。多分、俺がつられて怒り出すか試しているつもりなんだ。


「意味ならありますよ。わかりませんか? あなた方は不確定な要素が加わった時にどれだけ柔軟に対応できるか試されてるんですよ。現実に想定外の強敵が出現した時に、話が違うと言って逃げるわけにもいかんでしょう」


 口から出まかせに言っただけなんだが、婆さんは考え込んでしまった。映画の将軍なんかだと宇宙人や怪獣が襲撃して来た時は醜態を晒すだけで、ヒーローの引き立て役にしかなれないパターンが多いんだが、現実の世界にはそう都合よく助けに来てくれるスーパーヒーローなんていない。いざという時には頼れるのは血税で揃えた武器と兵隊さん達なんだから、みっちゃんにももう少し頼りになるところを見せてもらいたいもんだ。


「だが、あんなロボットの性能は出鱈目過ぎだ。たった一機で連隊規模の戦力を一方的に蹂躙するなぞ、今時アニメでももう少しリアリティがある」


 婆さんの隣に座っている髭オヤジが代わりに文句をつけ始める。まあ、怪獣映画並みに大暴れした自覚はあるが、それができたのも戦車隊の対応に問題が多かったせいだ。


「今時のアニメの指揮官は結構有能ですからね。初見はともかく、二戦目でああもやりたい放題やらせてもらえるとは思いませんでしたよ。CPU戦かと思うくらい見事にワンパターンでしたが、同じことを繰り返すだけなら無人機の方が上手いんじゃないかな。せめて回避の努力くらいはしてくれないと、ただ的を撃つ作業をしてるみたいで面白くもなんともないんですがね」


 小野寺大尉を始め、おつきの何人かは俺と同意見のようだな。おっさんが一人うんうんと頷いている。他は困ったようにうつむいているが自覚はあったみたいだな。

 

「民間人が知ったような口を利く。いいか、マグワイア閣下のノーガード戦法は近代戦車戦のバイブルである。山東連合の救援に駆けつけた我が陸軍戦車部隊は、圧倒的寡兵にもかかわらず回避機動をとることなく先手必勝。鎧袖一触の快進撃でたちまち河北の大戦車部隊を完膚なきまでに殲滅したのだ」


 何を言ってるか半分もわからんが、昨夜の会議でさんざん聞かされた話と関係がありそうだ。


 えーと、PRC大分裂後の東亜二十一国時代の頃の話だな。旧チャイナ周辺の国々が漢族の五国と、その他の民族の十六国に分かれて、各地で英雄豪傑が群雄割拠する戦国時代みたいなことをやっていたんだ。もう二十年以上昔のことだ。核兵器のせいで三国志みたいな血沸き肉躍るドラマは特になくて、ただ人が大勢死んだだけだった。


 当時のアメリカの大統領が、内戦で使われる核兵器に関しては報復対象ではないとか失言したのがマズかった。拡大解釈した連中が東亜の戦いは全て内戦であるとか言い出してからは戦術核の使用に歯止めがきかなくなったようだ。どの勢力も抑止力ではなく恫喝用に使い始めて、勝てる状況であれば躊躇なく使い出したんだから無茶苦茶だった。


 あの頃は日本にも放射線がずいぶん飛んできて、シェルターに避難したこともあるのをなんとなく覚えている。近所の年上の子達は休校を喜んでいたが俺には関係なかったから、多分小学校に入る前くらいだろうな。武藤大佐の話では、避難の理由は放射線ではなく核ミサイルそのものだったようだ。大半は撃ち落としたが、何発か近海に落ちて被爆者も出ていたという。事がおおやけになると日米同盟を揺るがしかねないのでなかったことにされているようだが、一つ間違えば俺は今ここにいなかったかもしれない。


 山東連合というのは多分、日本が支援してた勢力の一つなんだろう。敵である河北のリウエンは俺でも知ってる有名な悪の独裁者だな。反対派を百万単位で粛清したとか、美女を集めたハーレムで毎日贅沢三昧な暮らしをしているとか、そういうニュースがよく流れていた。


 今にして思えば、ああいうニュースは典型的なプロパガンダだ。日本が味方していた側の指導者達も負けず劣らずの屑野郎だったようだしな。今じゃむしろリウエンは英雄だったと再評価もされている。


 リウエンの死後に日本に亡命してきた未亡人は、超美人だったこともあってバラエティの女王として君臨することになる。彼女の書いたダークヒーローという伝記的小説がアニメ化されて大ヒットし、リウエンは一躍人気者になった。


 天文学的なリウエンの遺産を独り占めしたリウエン夫人と河北の残党との間にいろいろトラブルがあったようだが、都市伝説の域を出ない。今じゃリウエン夫人は日本に帰化して国会議員をやっている。大陸からの難民は一人たりとも日本に入れるべからずという徹底した彼女の政策には支持者も多い。日本の大物政治家達が旦那と内通していた証拠を次々に暴露して内閣解散にまで追い込んだ女傑でもある。今じゃ五十を超えている筈だが、皺ひとつないゴージャスな美女だ。正体が九尾の妖怪だと言われても驚かないな。


 結局、その後なんだかんだあってアメリカが日本の反対を無視して強引にユーラシア連邦を誕生させるんだが、傀儡政権は内紛で倒されて今では制御不能のならず者国家になってしまった。カムチャツカ事変では日米露を巻き込んでいろいろやらかしてくれたんだが、あまり出て行かなかった日本は比較的被害が少なかったようだ。ロシアから押し付けられるように返還された樺太千島をどう評価するかが問題だけどな。当時は樺太は事実上米軍の占領下で、勝手にロシアと条約を結んだ日本の行為は不味かったようだ。ツタンカーメンの呪いのように関わった外交官が次々に不慮の死を遂げている。まあ、ここの特区で米企業が優遇されているのもそういった経緯が関係しているのかもしれない。


 国民にはあまり知らされていないようだが、日本はアメリカがユーラシア連邦をでっちあげる前に似た様な構想で別の勢力を支援していて、何度か大規模な援軍も出したらしい。そこでみっちゃんがノーガード戦法とやらで大戦果をあげたんだろう。その辺の話はまた次の会議ででも聞けそうだが、できれば今日は会議なしで寝させて欲しいな。普通の民間人じゃ聞けないような極秘情報とやらに最初は興味はあったが、あまり楽しい話でもない。よく考えてみれば知ったところで俺に何の得もないし、下手にこれ以上聞かない方がいいかもしれないぞ。


「当時の敵の主力は旧式のロシア戦車のそのまた劣化コピーでしたからな。敵の射撃が正確でなければ回避運動してもあまり意味はない。それ故のノーガード戦法だったのではありませんかな?」


 年配の士官の一人が解説してくれる。この人はみっちゃん派じゃなさそうだな。賛同するような目つきの者と怒って睨みつけている者。どうも二つの派閥に分かれてるみたいだな。


「現代の戦車戦は先手必勝よ。敵に先に当てることを前提に全ての戦術は構築されなければならないのだわ」


 婆さんが再起動した。俺には本物の戦争はよくわからないが、やっぱり頭が固いなあ。こういう上司の下で働くのは苦労しそうだなあ。いや、言われたことだけしっかりやってればむしろ楽できるか?


「リアルの戦争のことはとりあえず忘れて、ゲームの話をしましょうよ。いくら先手必勝なんて言ってても当たらなきゃ勝ち目がないですよ」


 周囲の空気が凍り付く。俺はそんなに変なことを言ったか?

 

「あーあ。言ってはならないことを……」


 誰かが小さい声でつぶやく。でもこれってわざと聞こえるように言ってるよな。もともと根深い対立があったみたいだ。実戦で戦果を上げたみっちゃんに誰も逆らえなかったところに、ビリー氏がわけのわからんことをねじ込んで来たのでチャンス到来ってわけか? どうせ上層部も見てるんだろうしな。

 

 みっちゃんはギロリとその人を一瞥する。

 

「弾が当たらないロボットなんて出鱈目な相手に真面目に戦術を考えても意味がないでしょう」


「いや、そこはあなたたちもまずは回避しましょうよ。少なくともあのチョロチョロ動く戦車くらい機動力があれば、遠距離からのプラズマ弾なんて余裕で避けられますよ。地形を利用すればレーザーやビームは当たらないし、あれだけ数がいればなんとでもやりようはあるのに」


「さすがにお目が高いですな。あれは新型の46式機動戦車でしてね。加速性能に関しては現状世界一のMBTだといえるでしょう」


 なんかいきなり一人のおっさんが食いついて来た。この人がチョロ戦車の担当なのかな? 確かにあれはなかなかいい。


「あそこまで走り回れなくても、適当にふらふら回避運動するだけで遠距離からの砲撃なんてそうそう当たらなくなりますよ」


「素人は簡単に言うが、その適当にふらふらが通常の戦車の場合難しいのだ。実戦であれば履帯が外れるリスクも考える必要がある。ゲームの様にはいかんのだよ」


 別のおっさんが戦車の回避機動についてやたら詳しく説明してくれる。重い装甲のせいで戦車って案外機動力がないようだ。機動戦車ですら0.3Gにも届かないのでパイロットは耐Gスーツも着ないし、当然シミュレーターには重力制御装置もついてないという。まあ、0.3Gくらいでも動きによっちゃあ結構つらいんだけどな。


 リンクスみたいなGをかければ足回りがもたないのか。履帯というのはキャタピラのことで、あれが外れるだけで戦車はまともに動けなくなるらしい。そりゃあ大変だ。そんなことも知らないで無茶言って悪かったな。


「いえ。面白いかもしれないわね。機動戦闘自体は新しい概念でもないのよ。最新のシミュレーターを使ってやるならいい訓練になるわ」


 なんかみっちゃんが突然手の平を返して来た。一体どういう心境の変化だ?

 

「所詮はゲームと言う話であれば、お祭りだと思って普段できないこともパーッとやってみましょう。もちろんどのような結果が出ても査定には反映させないわ」

 

 軍人さんは階級社会だが、平時は査定と年功序列で階級が決まるらしい。実戦に参加して手柄をたてればそういうのを飛び越して昇進するから、人間関係はいろいろ大変なんだろうな。

 

 武藤大佐の話だと、紛争が起きるのを心待ちにしている軍人さんもいるらしい。不謹慎な話だが階級の上下でカーストがはっきり決まるなら、昇進したがる人もいるだろうな。日本の軍人さんはそれでもかなり出世欲が低い方だというから、他所の国は相当なんだろう。

 

 “ガーディアントルーパーズ”の階級なんてあってないようなもんだけれど、それでもこだわっているプレイヤーもいる。基本的に人間は階級を好む生き物なんだろうな。


「本当は私の部下達には戦争ゲームはなるべくやらせたくはないのだけれどね。戦場でゲーム感覚で突出されては困ります。何があっても冷静に同じペースで進軍を維持できるのが理想的な兵士なのだから」


 あれ? みっちゃんはやっぱりわかってないみたいだ。一体どんな回避機動をさせるつもりなんだろう?


 その後、なし崩し的に作戦会議のような流れになってしまい、俺はリンクスの弱点などを根ほり葉ほりいろいろ聞き出される羽目になってしまった。


 半数くらいの人達は帰りたそうにしているんだが、残りの半分が仕事熱心で終わりそうにない。さっきまでの派閥とは別にまた二つに分かれてしまったな。


 俺はもちろん帰りたい派だ。残業代なんていらないから一分でも早く解放して欲しい。あれ? ブラック企業から抜け出したつもりだったのに、どうしてこうなった? 金があっても使う時間がないんじゃ意味がないぞ。せめてもう少し人間らしい生活を送りたいもんだな。



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― 新着の感想 ―
この世界の情勢が割ととんでもなくて好きですね。
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