北国自衛隊
アリサ大佐から突然の出張を言い渡されてしまった。せっかく豪華な自分の部屋をもらえたばかりなのにとは思うが、契約にも書かれているそうなので仕方ない。
またリニアに乗ってどこかに行くのかと思っていたら、屋上のヘリポートに連れて行かれた。待っていたのはヘリじゃない、日の丸の描かれた軍用のVTOL輸送機だ。
よく見かける奴より一回り小さく、エンジンが三つしかついていない。主翼の両端に一つずつ、尾翼の根元に一つ。なんか飛行機にしては珍妙なシルエットをしているが大丈夫なんだろうな? アリサ大佐曰く反重力装置を搭載できるように設計された最新型なんだそうだ。
といってもこの機体に使われているのは通常のジェットエンジンのみということなので、残念ながら見た目が変なだけの普通の飛行機だ。どうも反重力装置の供給が需要に追い付いていないみたいだな。
最初からジェットエンジンで使用することも想定して設計されてるってことは、いわゆるコンバーチブル仕様って奴だろうか。主翼端のエンジンがいかにもとってつけたように見えるのもそのせいか。こんな間に合わせみたいな飛行機、本当に落ちたりしないよな?
アリサ大佐が一緒に来てくれるのかと思っていたが、イチイさんとかいう人にバトンタッチされてしまった。俺よりちょっと年上の女性だ。美人と言えないこともないが、人当たりがきつそうな感じの人だ。
イチイさんの第一印象はとにかく顔がでかい人。せっかくの美人さんなのにそのせいでいかつく見える。頭蓋骨のレベルでがっしりしてるんだろうな。思わず凝視しそうになったが、ポーカーフェイスを貫いた。……多分貫けたと思う。
頭の大きさなんて人それぞれだし大きくても個性的でいいと思うが、女性はそういうのすごく気にする人が多いからなあ。迂闊にコンプレックスを刺激してしまうと恨まれて一生ネチネチ虐められてしまう危険がある。以前の会社のお局様がそんな人だった。
ここは気付かないふりで自然な態度だ。せっかくドロドロした人間関係から解放されたんだ、過ちは繰り返しませんから。
機体の後ろの貨物扉がそのまま下に開いてスロープになっている。航空用のコンテナが次々に中に吸い込まれていく。この程度の飛行機に結構たくさん積めるもんだな。
俺達は前のタラップから乗り込む。室内には二十程の座席が並べられていて、与圧用の隔壁で後ろの貨物室と仕切られている。この壁、簡単に取り外せそうだよな。
見上げる天井がやたら高くて勿体ない感じだが、床を増設すれば二階建て構造にもできるみたいだ。壁に床板を取り付けるためのラックが並んでいる。
重心位置を調整するために、運ぶ荷物によって仕切りを自由に動かせる構造にしてあるようだ。いちいち面倒くさそうだが、いつも同じ荷物を運んでれば余計な手間はかからないから別にいいのか。
旅客機みたいな窓はほとんどない。俺は一番前の見張り用の席みたいなところに座らせてもらう。透明半球のキャノピーが機体の横に突き出ていて、ここからだと外がよく見える。ちょうどこの上あたりが操縦席になってるみたいだが、残念ながら見学の許可は下りなかった。
イチイさんは、子供かお前は? といった目で俺を見ながら一つ席を空けて横に座る。俺としてもこのくらいの距離感があった方が気をつかわずに済むから助かる。
最近何故か俺が女好きのランカーだという噂が流れているらしい。タケバヤシ君は筋金入りのロリコン紳士だし、坊主は男の娘にしか興味がないから、消去法で俺が一番の女好きということになるのだろう。間違っちゃいないが、誤解を招く言われ方だ。
噂を聞きつけてわざわざ女性の案内役をつけてくれたのかもしれないが、俺としては別に愛想のいいオヤジさんでも全然問題なかったのに。
むしろ異性がいない方がくつろげる場面もあるんだよ。いい女も上等な酒も、たまに少し嗜むくらいが有難みがあっていいと思う。
「規則ですからライフジャケットを着用してもらいます」
イチイさんが怒ったように言う。別に怒ってないのかもしれないが、顔がちょっと怖い。それにしてもやっぱり落ちやすいのか? この飛行機は。幸いライフジャケットは見た目こそ仰々しいものの装着感は悪くない。こんなの着けてても冬の海に落ちたらすぐに凍死するだろうけどな。
慣れないライフジャケットを着るのに手間取っている間に離陸してしまい、水平飛行に移る推力変更の瞬間を見逃してしまった。エンジンが90度回転するだけのことなんだが、失敗すると墜落もあるパイロットの腕の見せ所だ。
実際は賢いコンピュータが全部やってるにしても、人間様が操縦席に座ってるのには意味がある。たとえ何もしなくても、パイロットは『何もしないことを選択』してコンピュータを見守っているわけだ。
機械を信用して任せられるところは任せてしまうことも大事だよ。俺だってベティちゃんがいなきゃ何もできないしなあ。
キャノピーに顔を突っ込んで覗いてみると主翼の先っちょのエンジンがちゃんと水平位置になっている。
さっきまでは結構やかましいエンジン音がしていたが、今はフォオォっとサーキュレーターのような音になっている。噂の静音エンジンじゃなさそうだが、俺的には気にならないレベルだ。
キャノピーの下の窓枠に撮影機材を固定するための台座がついている。ここからいろいろ撮影したりするんだろうな。
高度がどんどん上がっていくが、与圧が効いているせいか耳がキーンとしない。そういえばこの飛行機は反重力装置の搭載を前提に設計されてるんだった。一応宇宙も飛べるように作られているのか? コンコンとキャノピーを叩いてみる。結構薄い透明樹脂みたいでこのまま宇宙はなんとなく無理そうな感じだ。
関空沖を通り過ぎ、そのままぐんぐん南下していく。どこに行くんだろう? ハワイかな? アリサ大佐からは何の説明もなかったが、ゲーム大会のスペシャルゲスト的なお仕事だと推測している。最近はタケバヤシ君はバラエティ番組の準レギュラーみたいになってるが、俺にああいうのは無理だからな。そういえばファンに突然サインを求められたらどうしよう? サイン専門の業者に金を払って作ってもらうみたいだが、そんな準備をしている暇はなかった。とにかく困ったら気難しい無口なキャラで押し通そう。インタビューとかされたら臨・兵・闘・者とかブツブツ呟きながらギロリとカメラを睨む、これだよ。
陸地がどんどん遠ざかっていく。思った程船もいないし、海ばかり見ていてもあまり面白くない。海面の照り返しが眩しくて目が疲れて来た、せっかく買った高級サングラスを持ってくるんだった。
だいたいアリサ大佐がいきなりすぎるんだ、せめて着替えくらい用意させて欲しかったぞ。川瀬の爺さんに晩飯いらないって言伝る暇すらなかった……俺がいない間はリンリン達がやりたい放題してそうな気がすごくする。まあ晩飯は無駄にはならないか。
せっかくの空の旅だが、外を見るのも飽きてしまった。イチイさんはビシッと姿勢を正したまま怖い顔をして前を睨んでいる。どうも真面目な人っぽいな。
携帯端末が使用禁止だということでいきなり暇を持て余す。厳しい規則だが、位置を特定される危険があるから軍用機では基本的にNGらしい。
到着するまで寝てればいいか。最近は毎晩規則正しい睡眠をとっているが、そういうのとは別で昼寝は大好きなんだ。
目を閉じるとエンジンの音がえらく大きく感じられる。それぞれの部品の細かい振動まではっきり意識できるとでもいうのだろうか。寝るのに邪魔というわけじゃないが、やはり気にはなる。尾翼の補助エンジンだけ振動が少し違うみたいだな。故障というわけでもなさそうだし、エンジンの機種が違うんだろう。
素人考えじゃ三つのエンジンを全部同じにしておいた方が整備とか楽だと思えるんだが、リフト用のジェットエンジンはやはり特殊なんだろうな。
おや? なんだろう。頭の隅っこがチリチリする。殺気とは違うが、誰かに見られているような感じだ。
以前はそういうオカルトっぽいのは信じてなかったが、テロリストとの戦闘以来はこの手の虫の知らせには注意するようにしている。
正月早々にエスパー検診なるものを受けさせられた時は胡散臭過ぎて笑ってしまったが、脳が無意識にこれまでの経験の蓄積から警告を発しているのだという説明には少し納得させられた。確かにその話が正しければ、現実でもゲームでも殺気を感じる理屈だ。
検診の判定はタケバヤシ君がSで、俺と坊主はBだったらしい。基準がわからないんでなんともいえないが、とりあえずタケバヤシ君一人が研究対象にされてるみたいなので一安心だ。
気になって気配のする方を見ても、ただ青空が広がっているだけだ。だが目を閉じて羊を数えようとすると、やはり何かがいる。
こんな空の上で誰もいる筈がないよなあ。まさかUFOでも隠れてるのか?
空によく目をこらす。うん、見えたぞ。夢の無いことにどうやら宇宙人の空飛ぶ円盤ではなさそうだ。この感じは普通に光学迷彩だな。
一度コツがわかれば、見破るのはそう難しくない。クリスマスにテロリストが使ってたマントの方が光学迷彩としては性能が上だな。背景が青空だからそれ程の性能がなくても誤魔化しやすいのかもしれないが、よく見ればくっきり輪郭が浮かんでいる。
多分戦闘機だな。俺は子供の頃から複葉機が好きなので最近の戦闘機にはあまり詳しくないが、この繊細で保守的な感じの作りは間違いなく日本製だろう。
二機の戦闘機が俺達の上下を挟むようにしてついて来ている。どうやら密かにこの機体の護衛をしてくれているみたいだ。大統領並みのVIP待遇じゃないか。
こんなに近くを飛ぶ戦闘機を見る機会など滅多にないし、これは寝てる場合じゃないな。カメラがあれば撮影するんだが、携帯は使えないんだった。そもそも光学迷彩ってカメラに映るんだろうか?
「見えてるんですか?」
気が付くとイチイさんが少し怯えたような表情で俺を睨んでいる。
「幽霊じゃないんだし、そりゃあ見えますよ。あ、見ちゃいけないものだったら見なかったことにしますし」
戦闘機なんて軍事機密の塊だからな。日本はその手のことに関して世界一大甘だが、調子に乗って一線を超すと黒い服の人が夜中に訪ねて来るという都市伝説を聞いたことがある。
「見える筈がないんですが?」
納得いかないらしく、イチイさんがキャノピーをのぞきに来る。顔が近い、胸が当たってる。別にハニートラップを仕掛けて来てるわけでもなさそうだ。この人、きっと天然だな。一つのことを始めると他が見えなくなるタイプだ。
「ほら、あそこ」
指差して教えてもイチイさんには見つけられないようだ。目を細くして睨んでいる。コツさえわかれば一発なんだがなあ。
「本当に見えてるんですか? どんな形をしています?」
どんな形って言われてもなあ……
「普通の戦闘機っぽいですけど。あ、尾翼がちょっと変ですね。Ⅴ字型に二枚しかついてないみたいだ。あとコクピットがあるべき場所についてないかも」
なんとなくだが無人機ではないと思う。あれには人が乗っている気配がする。カメラで外が見えるようにすればコクピットの位置はどこでもいいわけだしな。
「防衛空軍さんのF5ですね」
ああ、赤字覚悟でアメリカへの輸出を決めたってニュースでやってた新型機だな。開発費がかかりすぎたとかで、とにかく数を作らないと偉い人の首が飛ぶみたいだ。防衛海軍と海自も艦載機型を導入するみたいだが、ロシアもユーラシア連邦もまともな航空戦力を持っていない現状では過剰戦力ではないかと問題になっている。
そういえばF3は有名だがF4は欠番みたいだな。別に通し番号って訳でもないのか?
「そういえばイチイさんは空自でしたっけ?」
「海自ですっ。自己紹介でちゃんと言った筈ですが」
そうだっけ? 突然の出発でバタバタしてたし聞き逃したのかもしれない。
それにしても防衛空軍ねえ。軍隊の戦闘機がわざわざ来てくれたのか。
日本防衛軍は今じゃビリー氏の私兵集団みたいなものだし、別におかしくはないのか。予算が多い分自衛隊より随分いい装備を使ってる感じだよなあ。
陸海空の自衛隊は比較的仲がいいみたいだが、防衛軍はセクトごとにかなり対立がひどいと聞いたことがある。金食い虫の防衛海兵隊と防衛宇宙軍を含めて五つの派閥があるわけだから、そりゃあいろいろあるんだろう。
イチイさんの態度を見ると、自衛隊も仲良しこよしというわけではなさそうだなあ。これ以上余計なことを言ってイチイさんを怒らせたくはないので、黙って目を閉じる。必殺寝たふりだ。
いつの間にか本当に寝てしまい、目が覚めた時には空が真っ赤に染まっていた。見たこともない程見事な夕焼けだ。
護衛の戦闘機がいつの間にか四機に増えている。
空も海もトウガラシみたいな茜色。っていうか、下は海じゃない、氷山? 流氷? えらく北の方に来たみたいだ。まてよ、南極ってことはさすがにないよな?
「おほーつく平和特区へようこそ」
“おほーつく平和特区”って昔の“千島・樺太特区”のことだよな。日米の兵器産業の一大拠点があるところだ。秘密の出張先の目的地はそこかい。かなりきな臭いじゃないか。
そんなに軍事色の強い場所が何故“平和”特区なのかが意味不明だ。特に意味はなく、一般大衆向けのイメージ戦略なのかもしれない。
現在おほーつく平和特区には日本防衛軍の基地の八割が集中している。そんなわけで、目的地である豊原も基地の町だそうだ。
眼下に広がる一面の雪原の中に町みたいのが見えて来たと思うと、機体が着陸態勢に入る。
着陸の瞬間を見逃すまいとキャノピーに頭を突っ込んで周囲を見回す。推力変更でジェットエンジンが下を向くと、排気が丸く滑走路に積った雪を溶かしていく。周囲の雪まで竜巻のように吹き飛ばされていくのが面白い。
舞い上がった雪と湯気がもうもうとして視界が遮られる。ちゃんと着陸できるのか心配になるが、もちろん杞憂に過ぎない。今時の飛行機は視界がゼロでも安全に離着陸できる。
あっけなく着陸してしまい、特に感動することもなかった。エンジンが停止すると静かすぎてなんとなく笑ってしまいそうになる。
ちょろちょろ走り寄って来た豆タンクみたいなのに車輪を引っ張られてかまぼこ型の格納庫に向かう。小さいのにパワフルな牽引車だ。
格納庫は波板を組み合わせただけの安普請だが、とにかくでかい。扉の上に書かれたロシア文字を一応塗り消そうとしたようだが、ペンキの下にうっすらとまだ読める。どうやらロシア軍が作った施設をそのまま使ってるみたいだ。ロシアは巨人機が大好きだから、格納庫もキングサイズになるんだろうな。
中には小型機まで含めると十機以上がひしめいている。
俺達が乗って来たのとよく似た機体もある。翼端についてるのはジェットエンジンじゃない。つまりあれが反重力装置だろうな。本当に宇宙に行けるんだろうか?
ハッチから一歩外に出ると、一応屋内だというのに頭が痛くなる程寒い。そりゃあ北海道よりさらに北だしなあ。
黒塗りの偉そうな車が格納庫の中まで迎えにきてくれていた。イチイさんと一緒に乗り込むと中はしっかり温かい。そのまま町中を通って宿泊施設に向かう。
スコップで雪かきをしている人をあちこちで見かけるが、今時人力なのか。雪国は大変だよなあ。その上さらに雪が降り始めてきた。物珍しくて最初こそ綺麗だと思った雪だが、十分もしないうちにうんざりしてしまう。
宿泊施設はホテルの様なのを想像していたのだが、普通に兵舎だった。士官待遇だそうだが、前に俺が住んでいたアパートと同程度の狭い部屋だった。
いや、最近贅沢に慣れ過ぎたのかもしれない。ここの兵隊さんは八人で一部屋みたいだ。プライベートスペースに清潔なベッド、ユニットバスもあるしこれで十分じゃないか。
ベッドの脇に俺のための着替えもちゃんと用意してくれてあった。パンツに至るまでビシッと折りたたんであってすごい。
俺も脱いだ服をきちんと畳もうとしてみたが、上手くいかなくてやめた。
夕食は貴賓室でささやかな歓迎会を用意してくれたようだ。食欲はあまりないが、昼は寝てたせいで機内食を食い逃してしまったので、寝る前に何か少しくらい口に入れておきたい。
「初めまして。私は防衛海軍の武藤大佐です。豊原へようこそ」
俺より少し年上くらいか? 彫りの深い色男だ。大佐って結構偉いんじゃないか? エリートなのかもしれない。
イチイさんは仏頂面で俺の隣に座る。海自と防衛海軍って仲悪いんだろうか?
そういえばイチイさんの階級を聞いてなかったと思うが、今更聞くとまた嫌な顔をされそうだな。どうせそのうちわかるだろう。
「武藤大佐は今回の件をどこまでご存じなんですか?」
俺は何も聞かされてないわけだが、全て知ってますって顔をして聞いてみる。
「民間人のあなたには極力何も知らせない方針でね。これはあなたの安全のためでもある」
やれやれ。秘密主義が徹底してるな。そこまでしなくても守秘義務くらいちゃんと守れるよ。
「気を悪くせんでください。私も必要最小限のことしか聞かされとらんのです」
大佐の言葉が嘘か本当かはわからない。が、俺の質問には答えてもらえそうにないことはわかった。
今の状況から考えればなんとなく想像はつくけどな。どうせ戦闘ロボのテストパイロットみたいなことやらされるんだろ? きな臭過ぎて手放しでは喜べないが、正直ちょっと楽しみではあるな。
焼きガニ、カニしゃぶが一皿ずつくらい出て来て、半分凍ったままの冷凍の握り寿司がちょろっと出た。正直それ程美味くもなかったが、大佐は喜んで食べている。
「申し訳ないがアルコールは我慢して欲しい」
ほらみろ、やっぱテストパイロットやらされるんじゃないか。
「やっぱりこういったカニとかは地元で獲れたものなんですか?」
「馬鹿言っちゃ困る、この周辺の海は原潜の墓場だ。戦時中に我が軍が沈めまくったからな。ああ、このカニは特別に取り寄せてる内地産の培養物ですよ。あなただからお殿様待遇してるんです、滅多に食えると思わんでくださいよ」
どうやら食糧事情はかなり悪いみたいだ。冷たい握り寿司を醤油につけて口に放り込んでみる。ガリガリかみ砕くとアイスみたいで面白い食感だ。完全に解凍してしまうとベシャベシャで食えたもんじゃないとのこと。
与えられた部屋に戻ってベッドに入ったかと思ったらすぐ朝が来た。朝五時にイチイさんが迎えに来てくれる。まだ眠いが彼女の方が早起きしてるわけだし文句も言えない。
食堂に並び、朝食として三つのパックを受け取る。どうやって食べるかわからないのでイチイさんが食べるのを見ていると、シリアルらしいパックを開けてパック牛乳を注ぎ込んでいる。最後のパックの中身は薬品臭いハンバーグソーセージだった。
味はともかく量が少ない。周囲で若い兵隊さん達が同じものを食べている。今時の若者はいい体格をしてるのにこんなので足りるのか? ほんの数分で食べ終わってしまった。
驚いたことに駐車場で昨日の車がずっと俺達を待っていた。運転手を待たせてしまったわけで申し訳ない気持ちになるが、彼の日給が十六万円だと聞いて感謝の心は吹き飛んだ。政府のエージェント系のお仕事はピンハネさえなければそのくらい貰えるらしい。
「一体私は何をやらされるんですか?」
車が走り出したのでイチイさんに聞いてみる。運転手に聞かれてしまうが関係者だしかまわないだろう。日給十六万かあ、何故オートドライブにしないのだろう?
「行けばわかる。とだけ聞いております」
仏頂面でイチイさんがそれだけ答える。本当に何も知らされてないのかもしれないな。秘密を守るには誰にも教えないのが一番だろうしな。
五角形の珍しい形をしたビルに到着する。そのまま地下の駐車場へ。ペンタゴンかと思ったら五稜郭がモチーフらしい。ロボットの秘密基地としてはまあ及第点だ。
駐車場でイチイさんと別れて、白い小部屋の中で待機させられる。空調はちゃんと効いているが少しかび臭い。
よく見ると壁に銃弾の痕っぽいものまである。白いペンキで塗り直してあるが、白だと逆によくわかるんだよなあ。監視カメラっぽいのもいくつか見つけたが、簡単に見つけられるようなのは囮で、本命は素人じゃ絶対見つけられないとナンシーが言っていた。
「あー、待ちました? 段取りが悪くてどうもすいません。あ、私佐々木です。よろしく」
佐々木と名乗ったのはひょろっとした作業服の男だ。階級を名乗らなかったから民間人かな。四十代くらいだろうか、どこにでもいそうなオッサンなのが逆に不気味だ。
天井の低い入り組んだ廊下をどんどん進んで行く。建物が五角形なせいもあって方向感覚が狂いやすいな。正直、来た道を一人で戻れる自信はあまりない。
目的の部屋は十メートル四方ほどの地下格納庫だった。天井は低いが、横に寝かせればリンクスを収納できないこともない広さだ。だが、そこにでんと設置されていたのは“ガーディアントルーパーズ”の筐体。
なんだよ、本物のロボじゃないのか。
ゲーセン向け筐体ではなく、重力制御装置がついているタイプだ。その場で男性スタッフに耐Gスーツというのを着せられる。嫌な名前だよな、Gに耐えなきゃならんスーツなのか。
全身がキュッと締め付けられるようだが、それ程苦しくはない。そのまま筐体に乗り込む。
『普段ゲームする時と一緒でかまいません。出て来るのは全部敵ですからやっつけちゃってください』
佐々木さんが外からマイクで話しかけてくる。俺とベティちゃんの神聖な空間を部外者が荒らしやがって……というのは嘘だが、ベティちゃんとの会話を聞かれるのは恥ずかしいな。
声は出さずにレバー操作のみで装備を編集する。カーソルを軽く動かすだけで俺の意図を読みとって適切なアシストをしてくれる。さすがはベティちゃんだ。
何が起こるかわからないので、とりあえずサンパチビームガンとバスターソードという無難な装備で行くことにする。念のためにソードブレイカーも腰のラックにひっかけておく。
普通にゲームスタート。都市のようだが、初めて見るステージだ。素早くリンクスが通れそうな道路をチェック。
四つ程スキャナに反応があるが、何だこれ? 敵なのはわかってるんだけどさ。
ビルを盾にしながらそっと近づく。相手の動きは相変わらずだ、こっちにまだ気が付いてないな。
ン? くそ。少し動くだけでいつもよりすごいGがかかってくる。これじゃ飛んだり跳ねたりはきついぞ。スーツのおかげでなんとなく楽な気もするが、気のせいかもしれない。
パタパタとヘリのローター音みたいのが聞こえる。敵はヘリなのか? 四機がそれぞれ地形を上手く利用しながら動いている。この動きだと全部中の人がいるな。
ビルの影からカーキ色の迷彩塗装をした戦闘ヘリが通り過ぎるのがチラっと見える。両脇にミサイルみたいのをいっぱいぶら下げてるし、機首の下には機関銃までついている。
「日の丸がついてますけど、落としちゃっていいんですか?」
『ゲームだと思って遠慮なくやっちゃってください』
佐々木さんがなんだか嬉しそうに言う。そう言うことなら遠慮は無用だ。いくら俺が射撃が苦手でもこの距離なら外れっこない。
最初の一機は難なく落とせた。サンパチビームガン一発で木っ端微塵ってことは、一面ザコのクモ脚メカより弱いってことだ。
装甲が紙でも攻撃力がすごいかもしれないから油断はできないが。
次の一機を落とすと、残りの二機がふわーっと舞い上がる。こちらを見つけたな。
俺を威嚇するかのように花火みたいのを周囲にまき散らしながら、二機が連携して機関銃を撃ちまくってくる。
二機程度の攻撃、避けるのは造作もないがGがきついなあ。無精してバスターソードで弾く。結構すごい数の弾丸が剣の刃に当たって飛び散る。威力は相当弱いらしく、バスターソードの耐久はまったく減ってない。ああよかった。
ビームガンのクールタイムがやけに長く感じる。待ちに待ってビームガンで反撃。外したと思ったら、ビームの残りかすに接触したヘリが吹き飛んだ。柔らかすぎるだろ、おい。
ロボもののゲームだと戦闘ヘリがザコ敵ポジションってことはままある設定だが、ここまで弱いとゲームバランスが崩壊してしまうぞ。
最後の一機はワイヤーアンカーをひっかけてやるとそのままビルに突っ込んで爆発した。引きずられそうになって驚いたが、近くで見るとヘリってリンクスよりでかかった。ローターの直径を考えると、リンクスみたいにビル街の中を移動するのは難しいだろうな。
全滅させたと思ったら再び四機編隊のヘリが向かって来ている。今度はこちらの場所がわかってるみたいだな。さっきの戦闘を見てたのか? 狭い横丁の影に隠れてみるとうろうろ探している。どうやら相手のスキャナーにはリンクスが探知できていないようだ。
うまい具合に並んだところを狙い、サンパチビームガンを軽く振りながらビームを発射。こんな射ち方だとビーム粒子が散ってしまい威力はほとんど無くなってしまうんだが、それでもヘリの群れは全部落ちた。設定ミスじゃないのかなあ、これ。ビーム二発で落ちるくらいがゲームとしては面白いと思う。
何度落としても奴らは懲りずにまたやって来る。どうやら中の人達も考えているようで、まとめて落とされないようにヘリを散開させて来るようになった。
おそらくヘリの中の人の筐体にも重力制御装置がついてるな。あまり無茶な機動は続けられないみたいだ。
俺にとっても真の敵はGだ。一番高いビルのてっぺんに陣取ったまま近づくヘリを全部狙撃することにした。
ビーム兵器は遠くから撃つとビーム粒子が拡散してしまって威力が激減するんだが、散らばるってことはそれだけ命中判定が大きくなるってことだ。ヘリは超弱いから拡散したビームでも落とせてしまう。
有効射程外だと自動でロックオンしなくなるが、元々俺は手動で狙いをつけてたから関係ないし。
そんなこんなで午前中は狙撃のいい練習ができた。コツをつかめば30キロくらい先のヘリを普通に落とせる。問題は直進するビームの場合、目標が地平線の影に隠れてしまうと狙えないことだな。遠くを狙うにはそれだけ高い場所に登る必要がある。
『柿崎さん、少し早いですがお昼休みにしませんか?』
11時半か、朝早かったから確かに腹が減ってるな。筐体を降りると軽いめまいがしてくる。ほとんど動かなかったのでGはたいしたことなかったが、やりなれない狙撃を根を詰めて続けてたので疲れたみたいだ。
佐々木さんがぱたぱたと急いで部屋を出て行くのが見えた。昼休みだというのにスタッフの人達もなんか皆忙しそうだなあ。
トレイに用意された昼食を一人で寂しく食べる。やはり全部パックに入っているんだな、なんか宇宙食みたいだ。マッシュポテトを固めたみたいなビスケットと、ドロッとしたカレーソース。ポテチみたいな食感の乾燥ニンジンとオレンジジュース。
それ程美味いわけじゃないが、オヤツ感覚でそれなりに楽しめた。やはり量が少ないが、パッケージの裏に書かれた栄養表を見るとちゃんと計算されているみたいだ。賞味期限はどれも十年以上先で、ビスケットに至っては二十年以上保存できるみたいだ。
そういえば日本の核シェルターには十八年分の食料が備蓄されてるんだよな。賞味期限が近づいたものからこうして兵隊さんに回ってくるわけだ。
なかなか佐々木さんが戻って来なかったので、午後のスタートは二時過ぎになってしまった。
せっかくなので装備を少し変えてみる。ソードブレイカーは使いそうにないので外す。剣も使わないと思うが、気分的にないのも寂しいので店売りのビームソードを腰のラックに装備しておく。
右手にヨンヨンビームガン、左手にピースキーパーとかいうこれまた店売りのビームマシンガンを装備。
なんとなく思いつきで頭部に同軸レーザーユニットを装備してみる。いわゆる頭バルカンと呼ばれる系統の武装だ。
頭バルカン系はゲームでは威力が低すぎて牽制くらいにしか使えない趣味装備だったが、紙装甲のヘリ相手なら使えるかもしれない。
そういえば頭武器を使う時に便利なヘッドギアをずいぶん昔に公式サイトからスコアポイントで購入したことがあった。結局ほとんど使わなかったがあれはどこにやったかなあ。別にあんなのなくてもベティちゃんなら上手くフォローしてくれるだろう。
午前と同じ都市ステージだったが、時刻が夕方の設定に変わったみたいで夕日がさしている。日が傾くと多少は視認性が悪くなるが、リンクスなら問題ない。
さすがはベティちゃん。俺の頭と視線の動きを読み取って、俺が望む通りに頭レーザーのレティクルを動かしてくれている。
試し射ちしてみると、細くて頼りなさそうなレーザー光線が発射される。トリガーを引いている間ずっと出ているが、加熱ゲージが増えていくので連射し続けるわけにもいかないようだ。
“ガーディアントルーパーズ”のレーザー兵器は威力はほとんどない代わりに弾速が無茶苦茶速いのが特徴だ。当て逃げくらいしか使い道はないが、なかなかダメージが通らないのでそれすらも難しい。一応水中でも使用可能な数少ない武器ではあるのだが、水中では距離による減衰が激しいので結局ワイヤーアンカーの方が頼りになる。
ゲームではネタ装備的ポジションだった。霧の時に使うとちょっと綺麗だけどな。
ピピッとアラーム。なんかいっぱい来てますよってベティちゃんが声に出さないで言ってるんだ。俺にはわかる。
午前中より随分増えてるぞ、十六機もいる。とりあえず手近なビルの屋上に飛び上がって狙いをつける。
30キロくらい先の敵を頭レーザーで攻撃してみる。さすがに当たっても落ちないみたいだ。根気よく狙い続けてやっと落とした時には敵の編隊はもうかなり近くまできていた。ヘリは本気になるとかなりの高速で飛べるみたいだ。
ヨンヨンビームガンで一機落とす。単射で使うとサンパチビームガンに比べて若干クールタイムが長いので、対ヘリだと使い勝手がよくないようだ。
次の相手には左手のビームマシンガンを使ってみる。威力の低いビームを連射できる銃だが、クセが強いので使っているプレイヤーはほとんど見ない。タケバヤシ君がたまに装備しているが、もっぱら牽制用みたいだ。
トリガーを引くとビームというよりむしろ機関銃っぽいエフェクトが飛んでいく。ヘリは何機か落とせたが、一度使うと再使用までが結構長い。これに比べればヨンヨンビームガンの三連射が神性能に思えてくる。皆が使わない武器にはやはり理由があるんだな。
結構周りを取り囲まれてしまい、ロケット弾やら機関銃やらが降り注いでくる。数の暴力って奴だな。こいつら絶対昼休みの間に対策練ってただろう。
ビルの谷間を滑るように移動して全弾回避する。避けるのはわけないが、考えて動かないとGがちょっとなあ。
積極的に狙いはしないが、偶然射線に飛び込んで来たヘリは頭レーザーで焼いていく。これだけ距離が近いと一瞬で落とせるみたいだ。
大通りの先に回って待ち受けているヘリの一群をビームマシンガンの三十連射で一掃する。チビチビ使うには向いていないが、ここぞという時に撃ちまくるには悪くない武器かもしれない。長い長いクールタイムの間はビームソードと持ち替えておけばいいんだしな。
頭の直上を通過するヘリにワイヤーアンカーを引っ掛け、反動をつけて飛び上がる。高速で動けば必ずしもGがかかるというわけでもない、要するに急な加減速を慎めばいいんだよ。動きのメリハリを滑らかにつないで行くのがキモだ。そのまま別のヘリをワイヤーアンカーでぶち抜いて撃墜。ビルの壁面をブーストダッシュで斜めに駆け抜けて包囲を脱出。
ヘリからの攻撃が一瞬沈黙。思い出したようにロケット弾の一斉射撃が始まる。進路上のロケット弾をビームソードで切り払いながらジャンプし、ヘリの一機を唐竹割にする。
戦闘ヘリって正面から見ると鯛みたいに縦に平べったいんだな。二枚におろすのはかなり難しかった。一応剣でもヘリを撃墜できることは証明できたが、普通に射撃で落とす方がずっと楽だな。
ヘリが全滅した後、今度は一時間程のインターバルを挟むことになった。
スタッフの人達が俺のおやつに缶詰の羊羹と缶コーヒーを用意してくれていた。羊羹とコーヒーは意外に相性がよかった。
佐々木さんに武装を変更しないで欲しいと言われたのでそのままスタート。ヘリの数が32機に増えている。数を増やせばいいってもんじゃないが、これだけの数の敵に組織的に動かれるとかなり厄介だ。
低空を飛んで地形を上手く利用して来る。どうもリンクスの四キロ以内に近づかないことにしたみたいで、遠くからチマチマ撃って来る。
ビルの屋上から狙い撃ちしようとすると、そうはさせじとロケット弾の雨が降り注ぐ。ロケット弾の種類をいろいろ増やしたみたいで、子弾が拡散するようなのまである。まとめて切り払おうとするとタイミングが結構シビアだ。もう少しで当たりそうになってひやっとした。
数は力だよなあ。百人斬りイベントの時は相手は烏合の衆だったが、今回のヘリ部隊の中の人達はとにかく連携がすごい。紙装甲のヘリでよくやるよまったく。
俺を休ませないように攻撃を仕掛けて来る作戦のようだ。ビームマシンガンで数機ずつ落とせてはいるが、どうやらクールタイムが糞長いことはバレてしまったな。
お互いいろんな攻撃方法や回避パターンを試しながら戦い続けて残り八機までなんとか減らしたところで、あきらめたのかヘリは撤退して行った。追いかければ何機か落とせただろうが、そんな気力は残っていない。
筐体から降りると、佐々木さんが興奮した様子で近寄って来る。
「お疲れ様です。これで今日はもう終わりです」
ほんとお疲れましたですよ。Gよりむしろ敵との駆け引きに疲れた。頭の中がギンギンに腫れてしまったような気分だ。
「5時で仕事終わりとは、さすがは親方日の丸ですねえ」
少々嫌味を言ってやる。
「いや、私なんかはこれから夜中まで残業ですよ」
何をするんだかいろいろ大変みたいだ。通信対戦の仕様を大人数で参加できるようにでもしてるのだろうか? 明日はヘリ百機相手とか勘弁して欲しいぞ。そんなんだったらこっちもプラズマ弾をばら撒いてやる。
「おい、あんたがロボのパイロットか?」
荒々しくドアを開けて三人の男達が闖入して来た。三人とも俺と同じ耐Gスーツを着ている。多分ヘリの中の人だろうな。よく鍛えられた体つきをしている。こんな連中に殴られたら嫌だなあ。避ける元気はもうあまりないぞ。
「くおらあっ馬鹿ども! お客様に失礼な口を利くんじゃねえっ!」
熊だ、熊が来た。怖い顔で俺を囲んでいた三人が縮み上がっている。
「失礼しましたっ。自分は防衛陸軍の小野寺賢人大尉でありますっ」
熊がビシっと敬礼すると、他の三人もつられて敬礼する。ほう、さすがは本職だけあってなかなかサマになっている。
「ご丁寧にどうも。柿崎源五郎と申します。生憎名刺を切らしておりまして申し訳ありません。今はゲーマーみたいなことをしております」
とりあえず営業スマイルでお辞儀すると、皆に変な顔をされてしまった。
そのままなし崩し的に夕飯をつきあうということになり、五稜郭の中の食堂に連れ込まれてしまう。こういうのを酒保っていうんだろうか。イチイさんも一緒だ。ヘリ部隊には女性も二人いて、イチイさんと一緒に隅の席に固まって話をしている。
夕食のメニューは昼間食べたポテトのビスケットみたいのとレトルトのビーフシチュー。
さらにカリカリのサラミソーセージとノンアルコールビールはヘリ部隊の連中のおごりだそうだ。追加の食料品は部隊に支給される配給チケットみたいのがないと買えないらしい。
薬臭いだけのサラミに、変な味のノンアルコールビールだが、それでも貴重な物をわけてくれるその心意気が嬉しい。
小野寺大尉のコネで今日は特別に蚕の蛹を揚げたのまで一皿加わる。虫はちょっとなあ。だがせっかく用意してくれたんだし覚悟を決めて一つだけ食べる。最初は油の味しかしなかったが、噛んでいるうちに特有の香りが口の中に広がってきたので慌ててビールで流し込む。
皆は大喜びで蛹をぱくついている。慣れれば美味いのかもしれない。なんでも近くの農業試験場で食料としての養蚕の研究をしているらしい。
それにしてもまさか、現役のヘリ部隊のパイロットがゲームの相手をしているとは思わなかった。今は訓練の大半はシミュレーターでやる時代らしい。
「いやあ、あのロボは強いですわ。レーダーに映らないわ火力は強力だわ、勝てる気がしなかった。あくまで、今日の所はですが」
熊さんこと小野寺さんが隣に座って大声をあげている。
「ヘリってレーダーを使ってるんですか」
「いまだにレーダーすらついとらん機体もありますよ。ステルス機相手だとそんなの関係ありゃしませんがね」
そういえばリンクスを見つけるのにだいぶ苦労してたみたいだな。
「あのロボはまるで幽霊です。レーダーにも赤外線センサーにも反応しない。ミサイルは役に立たないんで午後からはロケット弾に切り替えたんですが、10メートルのロボってのは空から見ると結構小さいんです。市街地でちょろちょろされたらすぐ見失っちまいます。結局、沢山の目を使ってデータリンクで情報を共有しながら探すしかなかったです」
本職の軍人さんなのにゲームにも真剣に取り組むんだな。ふざけるなとか怒ってもよさそうなものだが、結構柔軟な思考ができる人達なんだな。
「自分は趣味で“ガーディアントルーパーズ”をプレイしていますっ。ザック少尉殿の動画も全て何度も見ておりますっ。お目にかかれて光栄でありますっ」
なんか若い兵隊さんが目をキラキラさせて詰め寄って来る。
「少尉だって? 俺の方が階級上かよ」
小野寺大尉のとんちんかんなツッコミ。
「あんまり意味のないゲームの階級のことですよ。みなさんも“ガーディアントルーパーズ”をおやりになるんですか?」
「おやりになりますよ。ここのゲーセンにもあるから前からハマってる奴も多いですぜ、何しろ娯楽が少ない場所なもんで」
やったことのなかった人も、食事が終わったらプレイしに行く予定みたいだ。研究熱心というかみなさん負けず嫌いだな。
「戦闘ヘリってのはいささか時代遅れの代物でしてね。いろいろやって可能性を探っていかないとこれからますます使えなくなる」
小野寺大尉が自嘲気味にそんなことを言う。
「ヘリは戦車キラーだって聞いたことがありますけど」
「そんなのは大昔の話です。今は歩兵の携行するランチャーにも簡単に落とされてしまう。機動力と攻撃力を生かして戦える状況ならそう捨てたもんじゃないんですが、民間人に紛れてゲリラ戦とかされるともうお手上げです」
歩兵が片手で扱えるような小型の対空ミサイルが一番の脅威なのだと言う。
「そんなの装甲で防げないんですか?」
「最近の携行火器は攻撃力が高くなりすぎましてねえ。戦車だって歩兵にやられる時代なんですよ」
歩兵って、ただの人だよな? まさかの歩兵最強伝説だ。
仮想敵国の治安の悪い場所に、その手の携行火器をばらまけば、僅かのコストで強力な反政府ゲリラが誕生する。ただし武器を手に入れた連中がいつまでも支援者の狙い通りに動いてくれるとは限らない。
情報統制されていて大きな声じゃ言えないが、ユーラシア連邦相手にアメリカとロシアが派手にそれをやったせいで、極東アジア一帯が修羅の国になってしまっているという。
最近じゃ日本海に出没する国籍不明の不審漁船が携行ランチャーで武装していて、防衛軍にもかなりの被害が出ているらしい。
「装甲が役に立たないなら、敵の攻撃を全部避ければいいんじゃないですかね?」
人間が運べる小型のミサイルなど射程はしれてるだろうし、高空を飛べばいいんじゃないか? 距離が離れていれば避ける余裕くらいあるだろう。
「無茶言わんでくださいよ。ミサイルはそう簡単に避けれる代物じゃないです。そういえば、柿崎さんは我々の攻撃を全弾回避してますよね。あれは絶対変ですよ」
ヘリの武器の威力がわからなかったからな。今日の所は結構頑張って全部避けたよ。
「チェーンガンをいくら撃ち込んでもスレスレですーっと避けちゃいますよね」
「こっちの狙いを全部サトラレてるみたいで気味が悪かったっす」
「命中寸前でロケット弾を刀で切ってなかったですか?」
周囲の連中が次々に文句を言いだす。避けられるってことはまだまだ詰めが甘いんだよ。あれくらいの攻撃なら生臭坊主でも多分避けるぞ。
「そこはお互いに読み合いでしょう。Gがきついんだからどうしても回避パターンは限られてくる」
「それはわかっちゃいるんですけどね。俺達は数が多いんだし、連携して追いつめれば勝機はあるってこったな」
敵に塩を与え過ぎたかもしれない。ヘリ隊のみなさんが作戦会議に夢中になってしまったので、先にイチイさんと一緒に帰らせてもらう。
今日みたいなのが明日も続くんだろうか? 一応ヘリ隊の訓練にはなっているみたいだが、それだけが目的とはとても思えない。
珍しい体験ができたのはいいが、頭をフル回転しっ放しで疲れてしまった。知恵熱が出る前にぐっすり寝たい。
風呂から上がってベッドに飛び込んだタイミングで、武藤大佐からこれから会議をするからと呼び出しが来た。今何時だと思ってるんだ? 十時過ぎだぞ、明日も五時起きだぞ。
頼むから二時間ぐらいでサクッと終わらせてくださいよ。俺は祈りながら会議室に向かうのだった。