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俺のロボ  作者: 温泉卵
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カレーなる俺様

 

「すごいな。これがロイヤルスイートってやつか?」


 コンビニが営業できそうな程広い寝室がいくつもある。展望室のような居間、電子の要塞のような書斎にいくつものバスルーム。トレーニングルームや屋内プールまで完備している。備え付けの調度類は一見地味だが、使われているのはお高い自然素材だ。


 ホテルのロイヤルスイートって一泊数百万円するのもあるって聞いたことがあるぞ。今日から俺はここに住むのか?

 

 チークの無垢材を組み合わせただけのシンプルなデザインのベッド。飾りっ気はないのにぜんぜん安っぽく見えない。なんというか尋常じゃなくいいモノのような感じがする。きっとお高いんでしょう? コレ。

 

 倒れ込むと硬めのクッションがなんとも心地いい。ああ、このまま寝てしまいたい。

 

「まあ、ロイヤルスイートとはちょっとちゃうんやけどな。その辺の一流ホテルよりずっと金はかけてるで。予算は青天井やったから好き放題やらせてもろたわ」


 ロイヤルスイートじゃなかったけど、ロイヤルスイートより上だった!


 それにしてもナンシーって一体何者なんだろうな? コネチカット州に本社のある大企業タコタコのCEOの娘、アンナ・キャントウェルであることはほぼ間違いない。


 ビリー氏の息のかかった多角経営企業であるタコタコ。愉快な社名だからてっきりタコスのチェーン店くらいに考えていたが、反重力エンジンからゲームソフトまで手広く扱っているすごい会社だった。

 

 つまりナンシーはお嬢だ。しかも大会社の社長令嬢。

 

 いろいろと事情はありそうだがな。


 俺が働いてたブラック企業の社長の娘なんてとんでもなく高慢ちきな奴だった。同じ社長令嬢でもナンシーの方がまだつきあいやすいな。まあ、こいつはこいつで頭がきれる腹黒だから油断できないんだが。

 

 アメリカの資産家のご令嬢ともなれば遺伝子レベルで相当弄ってるんだろう。美人なのはむしろ当たり前だ。あくまで噂だが、金さえあればテロメアを加工して不老不死にもなれるらしい。

 

「そのベッドなかなか悪ないやろ? トップアスリートが愛用してる熟睡できるベッドらしいで」


「そう言われてみると、確かに集中力とか高まりそうな気がしてきた」


 ふわふわじゃないのに触れているだけで心地よいクッション。こんなすごいベッドで寝れるなんて幸せだなあ。ひょっとして俺も華麗なる勝ち組の仲間入りか?


「まだ寝たらあかんで。最大のハイライトはこっちや」


 まるでいたずら小僧……いや、いたずらっ娘だな。


 見る前からハイライトとかハードル上げて大丈夫かと思ったが、案内された扉を見て絶句する。まるでロボットアニメの最終兵器の格納庫みたいな扉がそこにあった。

 

「映画のセットちゃうで、なんちゃら合金製や。MBTの劣化ウラン弾もへっちゃらやで」


 秘密の超合金か? でも軍事用の装甲素材とかならセラミックとかだろうし、単にナンシーがど忘れしただけという可能性もあるな。よくわからない説明だが、またテロリストが襲って来ても大丈夫そうだというのはわかった。

 

 気になる扉の向こうは……キッチン?

 

「なんだよこれ。まるでホテルの厨房並みの設備じゃないか」


 テロリスト襲撃事件の際に立て籠もったホテルの厨房に勝るとも劣らない設備だ。同じホテルのせいかレイアウトには共通点が多いが、調理用ロボットの類は見当たらない。

 

 六席程のカウンターバーとテーブルが併設されているので、一応はダイニングキッチンなんだろうが、調理場の比重があまりに大きすぎてアンバランスだ。でかい寸胴鍋とかいくつもあるけど、家庭料理にこんなのいるか? 大鍋でシチューとか作ってみたいが食いきれないしなあ。

 

 本格的な石窯のオーブンまであるよ。薪とガスのどちらも使える構造になっているようだ。ピザでも焼くか?

 

 オーブンの鋳鉄製の蓋の形に見覚えがある。よく見ると弾痕のような凹みまで同じだ……テロリストが放った弾丸がいくつか厨房に飛び込んで来て、跳弾がひどかったのを思い出した。その時についた傷とまったく同じじゃないか。

 

「ここって、ひょっとして展望レストランがあったフロア?」


「あちゃー、バレてしもた。さすがええ勘してはるわ。死人も出た曰くつきの場所やさかい、ワンフロア丸ごと貰えたんや」


 銃撃戦でボロボロになったフロアを改築したのがここらしい。俺にとっても思い出の場所だが、血なまぐさい記憶しか残ってない気がする。一時は死ぬ覚悟まで決めたんだったよなあ。


 さすがにレストランを再開するわけにもいかず、テナントを募集しても入居者がいなかったようだ。家賃が安い幽霊アパートみたいなお得な物件というわけだ。果たして本当に得なんだろうか?


 まあ、俺は幽霊は見たことがないから大丈夫だとは思う。オバケを怖がるような歳でもないしな。

 

「俺だけワンフロア丸ごととか、タケバヤシ君達に悪いんじゃないか?」


「黙っとったら大丈夫や。“ドリーム三銃士”の事実上のエースやし、このくらいのご褒美は当然や」


 “ドリーム三銃士”……その呼び名はすごく恥ずかしいんだけれど、なし崩し的に定着してしまったな。

 

 百人抜きイベントの最終回が原因だろう。スキュータムの生臭坊主一人じゃ百人を相手にできるわけがないので、急遽俺とタケバヤシ君が助っ人に入らされたんだ。その時にドリームチームとか三銃士とか騒がれているうちに、いつの間にかくっついてすごくダサい呼称になっていた。

 

 イベント自体は楽しかったけどな。タケバヤシ君の適切な援護射撃のおかげで、片っ端から相手を斬り捨てることができた。あまりに簡単すぎて、腕が鈍るんじゃないかと心配したくらいだ。

 

 生臭坊主のスキュータムはタケバヤシ君の護衛ということでほぼ置物になっていたが、後で動画を確認したら何度か攻撃を盾で防いでいた。タケバヤシ君が撃墜されてたら俺も厳しかったので、護衛に専念してくれて正解だったようだ。


 攻撃にスキュータムのビームガン一丁加わったところでどうせ焼け石に水だったろうし、合理的な判断だったといえる。あの坊主も案外やるもんだ。まあ、適材適所って奴だな。

 

 三対百で圧倒的な勝利を飾った俺達の戦いは伝説になったらしい。


 掲示板に回避盾が主戦力になってどうするとかいろいろ書かれたりもしたが、Xキャリヴァーのエネルギー効率のよさを考えれば俺が斬りまくるのが最善の方法だった。

 

 タケバヤシ君はサジタリウスの全身に装備したビームガンを上手くローテーションさせて、途切れることなく撃ち続けてくれた。見事な腕前ではあったが、ビームガンの殲滅速度じゃすぐに押し寄せる数の暴力に押しつぶされてただろう。だがそこにリンクスの圧倒的な攻撃力が加わると、鎧袖一触での蹂躙劇となったのだ。


 確かに俺達三人がドリームチームだったのは間違いないのだが、“ドリーム三銃士”はやめて欲しかったよ。なんというかそこはかとなく漂うセンスの無さに身悶えしてしまう。俺だったらもっとかわかりやすくてカッコいいネーミングにするのに。

 

 それにしても、ワンフロアぶち抜きの専用居住区まで用意してくれたところを見ると、ビリー氏はあのイベントが相当お気に召したようだ。期待されていると思うと半端なくプレッシャーも感じる。今後は無様な戦いっぷりを見せるわけにはいかないな。

 

「広いのはいいけど、掃除するのも大変じゃないか」


「掃除やったら心配いらんで。秘密兵器があるねん」


 ナンシーの言う秘密兵器とはアルファ、ベータ、ガンマの三体のメイドロイドだった。

 

 アルファは、介護ロイドの流れをくむパワータイプのアンドロイドだ。一見旧式に見えるが、車輪のついた下半身は四本脚がそれぞれ独立して動き、階段も障害にはならない。ボディが大きすぎて、さすがにメイド服は着ていない。頭部ユニットのみはとってつけたように可愛い女の子で、ラインブリムをしっかり装着している。紫色のショートヘアでややアニメ顔だ。このボディにリアルな顔がついていても怖いだろうしな。

 

 ベータはホテル内のカジノやレストランで使われている汎用タイプのアンドロイドで、俺がテロリストに特攻させたのもこのタイプだ。黒髪ボブカットで東洋人風に仕上げられているが、マネキンぽいので一目でアンドロイドだとわかる。そもそもこのタイプのデザイナーはリアルさを求めてはいないだろう。メイドロイドとしての萌えを追求してるんだと思うぞ。見た目はかなりいい感じなんだが、少々パワー不足なんだよな。改良型らしいのでその辺がどうなってるか見せてもらおう。

 

 ガンマはドナルド氏が連れていた椿ちゃんと同じスーパーリアルアンドロイドだ。金髪碧眼のダイナマイトボディで、製作者が自重せず悪乗りしましたって感じだが、おかげで現実感がなくなって椿ちゃんほど不気味じゃない。白人から見たらそうでもないのかもしれないが、ナンシーはどう思ってるんだろうか。

 

「名前は適当に変えてもろてええで。命令せんかったら普段は自動で掃除とかやってる筈や」


 名前はそのままでもわかりやすくていいと思う。この中じゃアルファが一番活躍しそうな気がするな。ベータが多分一番安いんだろうが、それでも数百万円はするだろう。ガンマは試作品らしいし、多分運用テストも兼ねてるんだろう。

 

 自前のコンピュータがどの程度の性能かは知らないが、ホテル内の無線ネットワークに常時接続しているだろうからあまり関係ないな。ネット上の優秀なAIに指示されて動く操り人形だから、人間並みの判断は普通にできるだろう。

 

 

 引っ越しといってもそんなに荷物もない。昼前には全部終わってしまった。他にすることもないのでお仕事を頑張る。まあ、ゲームをするだけなんだが。


 Gにもだいぶ慣れて、ちょっとやそっとじゃ酔わなくなった。対人戦のためにコメート・サンでたまに出撃もしているが、平日の昼間はさすがに相手が少ない。夕方から学生プレイヤーらしいのが増えて来て、人が一番多くなるのは20時前後かな。

 

 最近は早寝早起きの健康的な生活を続けていたせいで、日が暮れる頃にはやる気がなくなってしまう。せっかくの調理場を試してみたいというのもあり、早々に切り上げる。

 

 帰るついでにホテルの食料品売り場で食材を買い込んでいく。ホテルの直営店で買えば食費は会社持ちになる契約だ。塵も積もれば馬鹿にならない額になる。最近は調子に乗ってたまに高級食材とかも買うしな。

 

 といっても今日のところは簡単なもので済ますつもりだ。


 出かける前に無農薬ササニシキを一升、発芽装置にセットしておいたのだが、見た感じは芽はまだ生えていない。発芽玄米にすると美味しいらしいが、最低でも一升セットしないといけないのは使い勝手が悪い。業務用だから仕方ないのか。


 基本的には玄米を水に浸して発芽する温度を維持してやればいいだけだし、インキュベーターとか使ってもできそうだ。これって冬場以外は玄米を水につけて放置しとけばいいんじゃないか? まあ、専用の機械にはいろいろノウハウが詰まってるんだろうけどさ。

 

 俺としては毎食炊きたてのご飯が食べたいんだ。一升炊いて余ったら黒眼鏡さんたちにおすそ分けするしかないが、残り物の処分係をやらせるみたいで申し訳ない。

 

 仕方ないな、炊きたてを冷凍保存して我慢するか。冷凍庫の性能がいいからそこそこ美味しさをキープできるんじゃないかな。

 

 一升飯を冷凍処理する手間を考えるとかなり面倒だなあ。ああそうだ、こんな時こそメイドロイドの性能とやらを見せてもらおうか。

 

 手ごろなサイズの鍋に水を入れて出汁用の昆布を放り込む。出汁を上手にとるには本当はちゃんとした手順があるようだが、自分用だし気にしない。

 

 木綿豆腐を好みの大きさに切って鍋に放り込む。日本酒専用のワインセラーになんかすごくいいのが入っていたので、今夜は湯豆腐で一杯やるつもりだ。寒い日の湯豆腐には格別なものがあるが、残念ながらエアコンのおかげで室内は快適な温度に保たれている。恵まれているからといっていいことばかりとは限らないとは、贅沢な悩みだな。

 

 俺は日本酒はあまり好きじゃないんだが、とびきりいいのは別だ。清酒はグレードが上がると急に美味くなるんだよな。俺の安月給じゃとても手が出なかったが、学生時代には教授が受け取っていた付け届けの酒を飲ませてもらったこともある。

 

 豆腐の他によく太った牡蠣と白菜も放り込む。牡蠣フライにする予定で買ったんだが予定は未定だ。牡蠣から出汁も出るし一石二鳥だろう。

 

 大魔王峠という銘柄の純米大吟醸を抜いてみる。冷や酒でいいか。

 

 よく火の通った湯豆腐と牡蠣をすくい、刻みネギとイカナゴの釜揚げをトッピングしていただく。イカナゴは放射能汚染の危険があるらしいが、ちゃんとチェック済みのを買ったし大丈夫だろう。

 

 グラスの酒を口にするとキューっときた。うーん、こうして飲むと日本酒もいいなあ。

 

 牡蠣にはスダチをおろしてポン酢でつるっと食べる。これがまたいい。磯の香りが舌の上でとろけていく。気をつけないと口の中を火傷してしまいそうだ。

 

『ご主人様、ナンシー様がお見えになりました』

 

 メイドロイドのガンマがわざわざ取り次いでくれる。インターホンに比べると効率が悪いが、こういうのもいいなあ。


 ナンシーか。今朝案内してもらった時に会ってるし、さすがに今日はもう来ないと思ってたのに。まあいいんだけど。

 

「お通しして」

 

 思わず口調がご主人様っぽくなってしまう。俺もかなり雰囲気に流されるタイプだよな。

 

「なんやー、いい匂いしてるやん。引っ越しソバの代わりに引っ越し腸詰持って来たで」

 

「いや、引っ越しソバなら俺が配る側だし。だいたい何で代わりがソーセージなんだよ?」


「そりゃあうちが食べたかったからや。けど湯豆腐もええなあ」

 

 仕方ない、残りの牡蠣と湯豆腐を小鉢に掬ってナンシーに出してやる。ついでに白菜もたっぷり入れてやった。野菜は美容にいいんだぞ。


「ポンシュもええおますなあ」


 相変わらず怪しい関西弁だ。本当は標準語も喋れるんだよな、こいつ。

 

 湯豆腐を譲ったので、お土産のソーセージを代わりに鍋に放り込む。朝のサラダ用に買っておいたセロリとブロッコリーも入れる。昆布と牡蠣で出汁が出てるからいい味のポトフになりそうだ。


 ナンシーは湯豆腐をぺろりとたいらげた後、当然のようにポトフも要求する。まあ、予想通りの展開だ。こうなるだろうと思って量を多目に作っておいた。残ったら朝食にちょうどいいしな。


「うちはセロリ嫌いやねんけど、こうして食べると結構いけるなあ」

 

 アメリカ人でもセロリが嫌いなのか、香味野菜は調理法によってはクセが強いからな。たまたまだが脂っこいソーセージとはいい組み合わせになった。


 ナンシーのお土産なら相当の高級品だろう、とんでもなく美味い。腸詰の中にソラマメみたいのまで入ってるが、それがまたベストマッチだ。

 

「ソーセージと日本酒も悪くない」

 

「和風ポトフやしなあ」


 和風なのか? これ。ああ、昆布で出汁をとったからだな。


『料理長がいらっしゃいました』


 メイドロイドのベータがだしぬけにやって来てそう告げる。

 

「料理長?」


「ああ、説明するの忘れてたわ。そやけどこんな時間に何の用やろ?」


 やって来たのはリンリンと料理人の爺さんだった。

 

「やっぱりね。どうせご馳走食べてるだろうと思ってたのよ」

 

「鍋? ポトフか?」


「はいこれお土産。できればトンポーローでお願いします」

 

 今日のリンリンはなんか……普通の人だな。服装も普通のOLみたいだし、一体何のコスプレだろう?

 

 渡された包みには立派な皮付きの豚バラ肉が入っていた。トンポーローねえ、要するに豚の角煮だろ。

 

 ソーセージを全部リンリン達に出して、代わりに角切りにしたバラ肉を鍋に放り込む。

 

 料理人の爺さんが変な顔で見ている。ああ、しまった。これじゃとろけるような角煮にはならないな。唇で噛み切れるくらい柔らかくするには、下ごしらえに普通のお湯で何時間も茹でないといけない。

 

 ええい、こうなったら最後の手段だ。アレしかない。幸いセットしておいた発芽玄米がそろそろ炊ける頃だ。

 

 タマネギとニンジンを刻んで放り込み、ホールトマトとデミグラスソースの缶を投入してぐつぐつ煮込む。

 

 米が炊き上がるタイミングで火を落としてカレーフレークを投入。そう、カレーにしてしまえば失敗はないのだよ。

 

「途中まではハヤシライスだったよな」


 さすがに料理人の爺さんはしっかり見ていたようだ。


「デミグラスソースで煮込むと二日目のカレーっぽくなるんですよ」


 カレールーを何種類か混ぜ合わせて深い味にするやり方は有名だが、デミグラスソースを隠し味にする方が手っ取り早い。たまたまハヤシライスを作り過ぎた時に、飽きたので余ったのをカレーにしたら美味かったんだ。


「美味しいけど、これはちょっとちゃうわ。カレー当番のカレーに負けてる」


「無性にカレー当番のカレーが食べたくなってきたわね。明日は朝一で食べに行こうかしら」


 ここにきてまさかの不評だ。俺的には結構美味しいポークカレーができたと思ったのに。カレー当番のカレーとやらはそんなに美味いのか?

 

 文句を言いつつも四人で一升飯が残り少なくなる程食べてしまったんだから、不味くはなかったと思うんだ。お土産の豚バラが極上だったというのもあるし、いろんなエキスが混ざり合って深いコクが出ていたと思う。

 

「ああ、言い忘れてたわ。今日からこの人がここの専属料理人な」


「まあ、この厨房は元々俺の職場だしな」

 

 なんだと……専属のコックまでいるのか。それじゃ爺さんにトンポーローを作ってもらえばよかったんじゃないのか? フランス料理のシェフっぽいけどプロなんだし中華料理も作れるだろ。

 

 その後、勝手知ったる他人の家とばかりにみんな好きな寝室で寝てしまった。まあ、部屋は馬鹿みたいにあるから問題ないけどな。ナンシーやリンリンにとっては便利な別荘ができたようなもんだ。明日から溜まり場にされるのが目に見えている。


 俺はトップアスリートが愛用してるというベッドで寝た。おかげでしっかり熟睡できた、さすがだ。

 

 

 リンリンが朝食にどうしてもカレー当番のカレーが食べたいと言うので、四人で朝からその店に押し掛ける。

 

 ホテル二階のフリースペースで営業している屋台みたいな店で、メニューは7ドルの給食カレーのみ。カジノチップで支払う。

 

 使い捨て容器に入れられたカレーライスはシャバシャバの黄色いカレーだった。大きなジャガイモとニンジンがゴロゴロしており、おそらくビーフであろう肉片がほんの少し入っている。ライスは、まあ、普通のご飯だな。

 

「この不味さが癖になるのよね」


 リンリンの言葉に店員のおばさんが苦笑している。確かにそれ程美味くはないが、たまに思い出したら無性に食いたくなる時があるかもしれない。そんな味だ。

 

「プロの仕事としてはどうかと思う。わざわざ狙ってやっているのか? 作れと言われればこれくらい作るのは造作もないが……確かに懐かしい味かもしれん」


 料理人の爺さんも辛辣だが、この店に来るのは初めてみたいで少し驚いている様子だ。


 不味いのに食べたくなるなんてこともあるんだな、目から鱗だ。俺はこの味に負けたのか……料理の勝ち負けなんてどうでもいいんだが、ものすごく敗北感があるよな。


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戦闘描写も料理描写も楽しめる!
[一言] 当番カレーより不味いカレーだったのか
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