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俺のロボ  作者: 温泉卵
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エースは狙われる

『四時方向にレオが接近中』


 ベティちゃんが分割表示してくれたスクリーンをにらみながら目の前のスキュータムをあしらう。

 

 周辺の他の敵の配置も確認、次の獲物はあのレオで決まりだな。


 スキュータムがビームソードを振り回してくる。基本のモーションパターンに少し手を加えてはいるが、ただそれだけだ。

 

 初見殺しという程の動きでもない。近接戦闘の経験が少ないプレイヤー相手なら多少のアドバンテージにはなるだろうが、まだまだだな。そもそもモーションパターンにフェイントまで組み込んでしまったらフェイントにならないだろうに、その辺わかってないのか?

 

 今日の対戦相手は皆地元のゲーセンじゃトッププレイヤーらしい。俺との実力差がそれ程あるわけじゃないが、そのほんのわずかな差が対戦ゲームでは越えられない壁になる。

 

 RPGとかなら弱い敵と戦って得られる経験値は少なくなるから、そのうちレベルは横並びになっていくんだが、対戦ゲームだとそういう縛りはない。強い奴はどんな相手との対戦でも経験を積みながらより強くなっていく。

 

 圧倒的に強い相手との戦いで急速に成長するなんて少年マンガみたいなことはあまりないと思う。何が何だか理解できない間に負けてしまっては学習のしようもない。

 

 まあ、精神論的にやる気が出るきっかけなんかにはなると思うし、負けた試合の動画を何度も見て考えるのも有効だと思う。でも一番いいのは背伸びしないで自分と同程度の相手とプレイすることだ。

 

 負け続けても諦めなければ一戦ごとに少しずつ強くはなっていくだろう。だけど勝った奴だってどんどん強くなっていくんだ。強者との差はなかなか縮まらないんだよな。

 

 いつでも倒せるが、レオが近づいて来るまでもう少し手加減して相手をしてあげよう。近接戦闘のライバルが増えるのは大歓迎だ。

 

 背後からはレオが俺の隙をうかがいながら接近して来ている。奇襲してくるがいいさ、カウンターで倒すのも面白い。

 

 大部分のプレイヤーはわざとチャンスを与えてやると、わかりやすい程の隙ができる。

 

 もちろん、実はその隙が相手の誘いだという可能性もある。釣ったつもりが釣られてしまうなんて対人戦じゃよくあること、その辺の虚実の駆け引きが醍醐味だ。


 スキュータムが突き出して来たビームソードをかわしつつ足払いをかける。バランスを崩したスキュータムの腰部ジョイントをバスターソードのフルスイングで上下に真っ二つにする。

 

 明らかにオーバーキルだが、スキュータムだけを狙ったわけじゃない。そのまま剣の勢いを殺さずに振り抜き、突っ込んで来たレオの後ろに回り込む。ジェネレータを破壊……せず寸止め、一度仕切りなおす。

 

 今のタイミングはなかなかよかった。寸止めしなければほぼ同時に2機とも撃墜できていたな。


 レオはマチェットの二刀流でがむしゃらに突っ込んで来る。本当なら自分が撃墜されていたことにも気づいていないようだ。近接戦闘で熱くなるのはわかるが、周囲の状況が見えていないと相手の手の内で踊らされるぞ。

 

 息もつかせぬ二刀流の剣舞は見ごたえがあるが、手数だけで一方的に相手をねじ伏せるだけの攻撃には自ずと限界がある。動きのパターンを見切ってしまえば避けるのはそれ程難しくないんだ。以前は天敵のように思えたレオだが、最近はむしろカモだ。融通のきかない可哀想な機体性能かもしれない。

 

 レオを倒さずに寸止めしたのはジェネレータの爆発に巻き込まれるとダメージをくらう可能性があったから、というのもあるが、ぶっちゃけあまり早く倒し過ぎると間が持たないからだ。

 

 観客が見たがっているのは移動ではなく戦闘のシーンだ。今の俺の立場は戦場で戦う兵士ではなく、古代ローマの剣闘士みたいなもんだからな。

 

 “ザック少尉を百人で囲む夕べ”というミニイベント。ディナーを楽しみながらのオフ会のように聞こえるが、そんな甘い物じゃない。

 

 全国百カ所のゲーセンの代表選手と百対一で同時に通信対戦するという無茶なものだ。企画した奴は馬鹿じゃないかと本気で思ったが、ビリー氏の発案かもしれないので口には出さない。

 

 さすがに百対一で袋叩きにされたら無理じゃないかと思う。なんとなく流れ的に百人組手みたいになってしまったが、おかげでなんとかなりそうな現状ではあるな。

 

 俺の爺さん曰く、かの剣豪の宮本武蔵が一乗寺下がり松で吉岡一門に取り囲まれた時に言っていたそうだ。『敵が大勢いたところで、一対一で瞬殺し続ければ関係なくね?』と。

 

 さらりと無茶苦茶なことを言ってくれてるが、剣で大勢を相手に戦うにはかなり現実的な方法ではある。一対一で確実に敵を瞬殺できるという大前提がなくては成り立たないわけだが、実際にそれで勝ったらしいからさすがは大剣豪だと言っておこう。

 

 普通の人間なら何人か斬ったところでスタミナが切れて続かないと思うんだが、できちゃったものは仕方がない。さすがは宮本武蔵だ。

 

 スタミナに関しては俺も大丈夫だ。イベント会場の筐体には重力制御装置なんて余計なものはついてないから、今日は思う存分戦える。というわけで“下がり松作戦”採用だ。

 

 レオが振り回すマチェットをそれより速い動きで全部避けても、当然筐体は微動だにしない。フハハハ、今の俺はどんな攻撃だって避けてみせるぜ。

 

 普段オモリをつけて訓練していて、オモリを捨てて一段階パワーアップするっていうマンガでよくあるアレだな。実際はバランス感覚が狂うから駄目だろうと思っていた。まさか本当に効果があるとはな。

 

 

 次の相手がまだちょっと遠くにいる。もうしばらくレオ相手に間を持たせないといけないんだが、避けてばかりじゃ観客も退屈するよなあ。

 

 一番近くにいる獲物はXキャリヴァー装備のリンクスか、同キャラ対戦は自分の問題点に気づかされることも多いから面白い。

 

 バスターソードの耐久も残り少ないことだし、ちょっと強引にいってみるか。


 レオの胸部装甲の継ぎ目にバスターソードで力任せに突きを入れる。抜けなくなってしまうが計算通りだ。

 

 剣の柄を握ったまま次の獲物に向かってブーストジャンプ。強引にこじられたバスターソードは耐えきれず折れてしまうが、同時にレオのゲージも削り切った。

 

 爆散するレオをバックに弾かれたように飛び込んで行く俺を見て、相手のリンクスは慌ててXキャリヴァーを構えなおす。せっかくなので左手のサンパチビームガンで狙いをつける。

 

 落下しながらビームを発射。外れはしたが、相手はXキャリヴァーで切り払おうと大振りしてくれた。

 

 背中のクラッシャーソードを引き抜き、サンパチ銃をラックに固定する。ここから先はビームガンはもう使わないつもりだが、飛び道具を捨ててしまうと敵は射撃戦をしたがるだろうからな。


 そのまま唐竹割にしてしまえたが、せっかくの同キャラ対戦を一瞬で終わらせるのももったいない。

 

 相手がXキャリヴァーを構えなおすのを待ってやりつつ、残りの敵の配置を確認する。まだ20機以上いる、しかもロケットランチャーを満載したサジタリウスやジェミニばかりのようだ。

 

 どうやらあいつらはタイマンで近接戦闘をするつもりはないようだ。円を描くように俺を包囲しつつある。射撃ポジションについたら容赦なく一斉攻撃してくるだろうな。

 

 あれだけの数の敵に飽和攻撃されれば避ける場所さえなくなってしまう。ロケット弾の爆発で周囲の空間を全て埋め尽くされれば回避は不可能になる。どうしたもんだろうな?

 

 大振りされるXキャリヴァーを最低限の動きで躱す。剣先が食い込み地面が割れる。あーあ、餅つきじゃないんだから。

 

 同キャラ対戦だと相手の力量が驚くほどよくわかる。攻撃力が過剰な重い剣を必要以上に振り回せば隙だらけになるのは当然だ。ビームの刃を伸ばせる分こちらのクラッシャーソードよりリーチが長いが、その差を生かせるように動けていない。まあ、クラッシャーソードにビームブレードが発生しないことは相手は知らないか。

 

 やはり近接戦闘だと経験の差は大きいな。最近の俺は仕事として一日八時間以上プレイしている、リンクスを自分の体より自在に操れるくらいだ。この相手なら簡単に素手で倒せる。

 

 せっかくのリンクス使いだし、なんとか楽しませてあげたいんだが。


 近接戦闘を挑んでくる次の相手もいないみたいだし。というか、円形に包囲陣が完成しつつある。まさかこいつが囮役で二人まとめて十字砲火に巻き込むつもりじゃないよな?

 

 銃口は向けられているがまだ攻撃して来ない。勝負がついた瞬間一斉攻撃って感じだな。

 

 まあ、なんとかなるでしょう。せっかく綺麗に丸く並んでくれたんだ、殲滅しながらぐるりと一周すればいいか。


 剣を交えながら相手のリンクスを誘導し、包囲陣の一角に近づいて行く。


 さすがに腕の立つプレイヤーを集めただけあって、俺の意図に気づいた奴がいたようだ。ベストなポジションに近づく前にビームの雨が降り注いで来た。


 俺がいきなり回避すると、逃げ遅れた相手のリンクスが火だるまになって吹き飛ぶ。リンクスの装甲はそれ程薄いわけじゃないが、こうあっさり撃ち抜かれるのを見ると心細くなる。


 後は……もうどうにでもなれ! 楽しい弾幕回避の時間だ。クラッシャーソードの耐久値なら壊れる心配はないし、切り払いも混ぜながら包囲網の敵を粉砕していく。


 相手も馬鹿じゃない、こちらの動きに合わせて包み込むように陣形を変えている。やはりビームよりロケット弾のシャワーが厄介だな。敵を盾にしながら突き進むと何機かが巻き込まれて吹き飛んでいく。

 

 今回のイベントでは百人の挑戦者は別に仲間同士ってわけじゃない。ご褒美アイテムがもらえるのはただ一人、俺にラストアタックを入れたプレイヤーだけだ。そういう意味では挑戦者全員がライバルでもある。フレンドリーファイアなど気にせずガンガン撃ちまくってくれる。


 ジェミニの放った大口径ビームに近くにいたサジタリウスがまとめて粉砕される。もう無茶苦茶だ。殺気も何も読めたもんじゃない。回避不能の飽和攻撃の連続で周囲がエネルギーの奔流に包まれる。


 クラッシャーソードを振り回して弾幕を切り払いながらどうにか活路を切り開いたが、爆風を何度かかすめたみたいでリンクスの耐久がイエローゾーンまで削られてしまった。


「生き残りはどこだ?」


 乱戦に次ぐ乱戦で周囲に敵が見当たらなくなった。大半は同士討ちだがな。だが、まだ残りがいる筈だ。


『二時方向、ジェミニ、ラストです』


 背中にヤマト砲を二連装に背負ったジェミニがこちらに砲口を向けている。最後を飾るにふさわしい勝負だ。


 クラッシャーソードを構え、神経を研ぎ澄ませながらにじり寄って行く。ヤマト砲の一発は切り払えるが、二発目をどう捌こうか? 突然の閃光、あれ?


『ターゲット破壊されました』


 ジェミニは誰かが埋めていた地雷を踏んづけたみたいだな。あれは地味に厄介だ。注意していれば避けられるが、回避した先にあったりしたら最悪だ。おまけに結構な威力がある。


 誰だよ地雷なんか埋めた奴は。


 

 “ザック・バランを倒したで賞”は結局俺がもらってしまった。自分でつけておいてなんだが、もっとカッコいい名前の賞にすればよかったな。次回があれば今度は“剣豪で賞”にしよう。また一個ブラックボックスが増えてしまった。


 筐体から降りると歓声に包まれる。司会のアリサ大佐が盛り上げていたようだ。


 今日の俺はジャージじゃない。黒い革製のパイロットスーツで、肩パッドには金属製の鋲まで生えている。俺の趣味じゃない、スタッフの人が勝手に用意してくれたのだ。髪形もワイルドな感じに弄られて、世紀末の荒野をさすらう悪党って感じだ。どうやら俺をアウトローな一匹狼のイメージで売り出すつもりらしい。


 バニーちゃんがトレイにうず高く積まれたカジノチップを捧げ持って来る。そういえばなんとなくノリで俺の勝利に一万ドルのチップを賭けたんだった。今の俺にはたいした額じゃないとはいえ、勝ててよかった。


 何やら周囲から強いプレッシャーを感じる。観客は俺に派手なパフォーマンスを期待しているようだ。どうする? チップを観客席にでもバラまくか?


 とりあえず一万ドルチップをつまみ、ポケットに入れる。これで元手は取り戻した。


 残りのチップをジャラジャラしてみる。これ一体いくらあるんだよ? 大儲けじゃないか。さすがにチップを撒くなんて下品だよな。


「残りは次回に繰り越しだ」


 観客席からおおーっとか聞こえるし、一応ウケたと思っておこう。それにしても小規模なイベントのわりには大金が動くよな。


「ヒャッハー、サイコーだぜ」


 ステージを降りるとリンリンが飛びついて来てキスの雨を降らせる。俺とお揃いみたいな世紀末コスチュームを着ているせいか、いつもにも増してテンションがおかしい。


「ざまあみやがれ! アドレナリンとかいろいろヤバいのがドバドバ止まらねえぜ」


「お前、一体いくら賭けてたんだよ?」


「五十万……こんなことなら百万ドル賭けときゃよかったぜ、アハハハハ」


 五十万ドルっていくらだよ? 俺の一万ドルですら何十倍にも増えてたから……そりゃあアドレナリンもダバダバ出るな。


 それにしてもこいつ無茶するな、俺だってまさか本当に勝てるとは思っていなかった。一万ドルはパフォーマンスのための必要経費と割り切って捨てたつもりだったのに。


「アホやアホやと思ってたけどホンマもんのアホや」


「なんとでも言いな。何を言われてもまったく腹も立たないね! 今夜はアタイの奢りだ。カツ之進を借り切ってパーッとトンカツパーティーだ!」


 カツ之進はホテルの食堂階にあるトンカツ専門店で、大半のメニューが三千円台というちょっとお高いお店だ。日替わり定食なんかは千円札で食えるので、俺も何度か利用したことはある。リンリンはこの店の常連のようで、結構無理もきくようだ。さすがに予約なしで貸切というわけにはいかなかったようだが、宴会スペースを一部屋占領してしまった。


 ナンシーや黒眼鏡部隊は当然のようについて来ているし、顔見知りの警備隊長やテロの時に厨房にいた料理人の爺さんもいる。珍しいところでタケバヤシ君が来てるな、彼とは一度ゆっくり話がしてみたかったんだ。


 とりあえず生ビールと枝豆で乾杯。テンションのおかしいリンリンが頭からビールをかぶってはしゃいでいる。ギャンブルで何十億円も儲ければおかしくもなるか。次の一瞬で素寒貧になるとは考えもしないんだろうなあ。


 携帯端末をチェックしてさっきのイベントの動画を確認すると、すでにアクセス数が二十万を超えている。ギャランティシステムが適用されるならこれだけで千六百万ポイント、およそ百六十万円もらえるんだが、残念ながら契約でザック・バランの動画はギャランティシステムの対象外となっている。


 アリサ大佐に交渉して、特例としてコメート・サンの動画に関しては規定のギャラが貰えるようにしてもらえた。トッププレイヤーであるザック・バランのイメージを損なわないことが重要らしい。そのための複垢だしな。

 

 初期の頃のザック・バランよりずっと稼げているのは女性プレイヤーという設定だからだろうか? ネットアイドルとしても有名なぷるりんちゃんに迫る勢いで再生数が伸びているのは複雑な心境だ。


 人間の店員さんの手によって竹細工の籠がテーブルに並べられていく。一口サイズに切れ目の入った揚げたてのトンカツが紙の上に盛られている。周囲から遠慮なく箸が伸び、瞬く間に消滅するトンカツ。だが増援の揚げ物が次々に到着する。


 サクサクのトンカツを噛みしめると、火傷するくらい熱い肉汁が口の中にほとばしる。そこに冷たい生ビールをキュウッと飲むと、脂が洗い流される爽快感がなんともいえない。


 肉食の連中が多いせいか、サラダの鉢が大量に余っている。

 

 刻みキャベツはトンカツの友だろ! トマトにセロリ、きゅうりやニンジンのスティックなんかにもなにげにワンランク上の高級野菜が使われている。これを残すなんてとんでもない。

 

 トンカツと一緒にもしゃもしゃキャベツを食べる。レモンを絞ってもいいし、五種類用意されているトンカツソースを食べ比べてもいい。特製の挽きたてゴマダレソースも悪くないが、濃い味のソースは白ご飯を食べたくなるんだよなあ。


 料理人の爺さんはちゃっかり味噌汁とご飯を注文して食べている。テロの時以来だが、テロの話題は何故かタブーみたいだしな。

 

 白ご飯もいいが酒ももっと飲みたい。揚げたてのから揚げチキンがご到着。ここはやはりビールだな。


「あんたがゲームが上手なのはさっき見せてもらったんだが、うちの孫も似た様なゲームを毎日家でやっとるよ。あんたと同じくらい上手なんだが、将来ゲーム会社で働けるだろうか?」


 爺さんお孫さんがいたのか。やっぱりホテルのシェフともなると勝ち組だな。


「とんでもないですよ! 家庭用ゲームでザコ敵相手に無双するのとはわけが違うんですっ」


 ジョッキ片手にタケバヤシ君が割り込んで来た。まあ、爺さんのお孫さんがお家でやってるゲームというのは、群がる敵の大群を薙ぎ払って進む系の奴だろう。確かに画面上はかなり似た絵になるが、あの手のゲームの敵は大抵とても弱く設定されてるからなあ。


「僕は情けないですよ。大会優勝者だとチヤホヤされてても八機しか倒せませんでした。でも普通そうでしょ? 百対一で勝てる方がどうかしてるんですよ!」


 タケバヤシ君がジョッキを机にドンと叩き付ける。一瞬だけ周囲が静かになるが、何事もなかったかのようにバカ騒ぎは続く。


「まあ、機体特性というのもあるし。リンクスは元々乱戦向きですしね」


 サジタリウスで百対一は無理ゲーかもしれない。実弾兵器は弾切れになるし、エネルギー系の銃だってチャージタイムやクールタイムが存在する。せめて挑戦者が時間差で出現するようにルールを変えないと駄目だろう。開幕でいきなり百機分の火力で飽和攻撃をくらっていたら俺だってお手上げだった。

 

 そういえばタケバヤシ君はCPU戦後半の高難易度ステージをクリアできてるんだろうか? 聞いてみたいがこの場所には一般人もいるし、秘密保持契約に抵触するかもしれない。アリサ大佐も関係者だけの親睦会とか企画してくれればいいのに。


「最後の相手を地雷に誘導したでしょう。あなたには一体どこまで見えてるんですか?」


 確かにあんなことを狙ってやってたとしたら鳥肌ものだよな。もちろん単なる偶然だが、それをわざわざ教えてやる必要もないか。


「索敵ポッドは装備しましょうってことだよね」


 適当なことを言って誤魔化しておく。俺は別に嘘は言っていない。せいぜい買いかぶっていてくれ。


 タケバヤシ君は何やらぶつぶつ言いながら携帯端末を弄っている。射撃の天才君は意外に繊細なメンタルをしているようだ。これはあれだな、次の大会で対戦することになったら巌流島作戦とか試してみるのもいいかもしれない。


 俺も小いわしの唐揚げをつまみながら携帯端末を覗く。丸ごとサクサクっといわし美味過ぎだろこれ。あービールが進む。

 

 クラッシャーソードの性能がチートだとか、掲示板が随分荒れてるなあ。確かに俺しか持っていない装備を使ったのは自慢しているようで軽率だったかもしれない、次からはXキャリヴァーを使おう。


 一方で俺の舐めプ疑惑も持ち上がっている。簡単に勝負がついた場面でわざとチャンスを見逃しているというなかなか鋭い指摘だ。最初から全力で戦わないと相手に対して失礼だという意見はごもっともなんだが……まあ、次からは善処してみよう。


 俺のコスチュームが世紀末の悪党にしか見えないという話題も随分多い。モヒカンでないのが駄目だと? 大きなお世話だ。大会の時のだらしないジャージ姿の方が冴えないオヤジっぽくてよかったという身も蓋もないご意見もあるな。


 そういえばタケバヤシ君の時はファンタジーRPGの賢者みたいなコスプレをしていたが、あれよりは俺の方がまだマシだと思いたい。


 来週のイベントではスキュータムの生臭坊主の番だが、やはり袈裟姿で現れるんだろうか? あいつは弱いから開幕直後に撃墜されてあまり盛り上がらない気がする。

 

 当初はタケバヤシ君が芸能人百人を相手にどこまで無双できるかというだけのバラエティ番組の企画で、俺達には関係ないイベントだったんだがどうしてこうなった?

 

 ちょうどその話題が書き込まれている掲示板を見つける。どうやら会場に集まったアイドルの女の子達がまともにプレイできなくて、急遽通信対戦でゲーセンのランカーに召集をかけたらしい。

 

 “ガーディアントルーパーズ”を初心者がいきなりプレイするのは無理だろう。ネットアイドルのぷるりんちゃんでも呼べばいい勝負になったのに。

 

 それにしてもネット掲示板の情報網はすごいな……まあ、嘘か本当かわからないんだけどな。

 

 あのテロ事件のことが書かれている掲示板もある。事件の直後にイギリスで世界有数の資産家が自殺するという事件があり、株価操作のためにビリー氏を殺そうとしたのではないかということだが、もちろん証拠はない。

 

 匿名掲示板だからといってうかつに変なことを書き込むと、リアルで消されてしまうという噂もある。あー、俺がこの掲示板を見たという情報も記録に残る訳か。怖い怖い、こんな時代じゃおちおちネットサーフィンもしていられない。


 そろそろ宴も終わりかな? ぼちぼち帰り支度をしている人もいる。ナンシーはいつの間にかいなくなってるし、黒眼鏡さんの数も半分ほど減っている。


 もったいないから残っている揚げ物を食べてしまおう。イカリングフライは冷めても美味しいなあ。


 手つかずのサラダが大量に並んでいる。海外じゃ飢餓が深刻だというのに駄目じゃないか。エビフライを乗せてドレッシングをかけ、もしゃもしゃ野菜を食べる。エビもいいけど冷めたトンカツも捨てがたいな、マヨネーズとトンカツソースの組み合わせも素敵だ。


「女房がなんだー! 俺は自由に生きるぞー!」


「よーし、いい飲みっぷりだー! 飲め、じゃんじゃん飲め!」


 警備隊長とリンリンが肩を組んで盛り上がっている。リンリンのお気に入りらしいあの渋い赤ワインの瓶が何本も転がっている。

 

 ワインをビール感覚でガブ飲みすると結構酔うぞ。何やら隊長クンの家庭崩壊の危機だが、見なかったことにしよう。


 それにしてもこの店はいい野菜を使ってるな。野菜特有の癖が適度にあって水っぽくない。揚げ物と一緒に食べるにはちょうどいい。

 

 今ここに食パンがあれば大量のサンドイッチが作れるんだが。


「野菜がそんなに好きか? お前は青虫かキリギリスか?」


 酔っぱらって顔を真っ赤にした料理人の爺さんが妙な絡み方をしてくる。


「いや、残すのはもったいないと思いまして」


 新鮮な野菜は安物の肉より高いしな。金がなくて野菜はタマネギしか買えない人間がこの国にどれだけいると思ってるんだ? タマネギサラダは確かに美味いけどさ。


「悪党みたいな恰好してるくせに随分いい人だなお前。そんなもんお持ち帰りすればいいだろ、特区じゃ基本どの店もOKじゃぞ。腹を壊しても自己責任だが」


 おお、そんなことができるのか。

 

 店の人に頼んでみるとカッコいい紙の箱に綺麗に詰め合わせてくれた。これなら立派な売り物になりそうだ。食べ残しは生ごみとして結構な処理費用がかかるそうで、お持ち帰りする客は店としても大歓迎とのこと。

 

 冷蔵庫に入れておいて明日中に食べれば問題ないだろう。明日の朝食は野菜たっぷりのカツサンドだな。十人分以上作れそうだし、欲しがるようなら黒眼鏡さんたちにも分けてあげよう。

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