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俺のロボ  作者: 温泉卵
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ピンクのコメートさん

「アカウント偽装ですか。それって不正行為に該当するんじゃ?」


「管理者特権である。気にする必要はない」


 アリサ大佐は自信たっぷりにそう言う。強気なキャラ設定を演じているだけかもしれない、この娘は役者志望だけあってリンリンより芝居がかった演技をする。まあ、運営側がいいって言うんなら俺は別にいいけど。

 

 “ガーディアントルーパーズ”は一人につき一アカウントしか登録できない。スコアポイントが換金可能なこともあり、生体認証システムまで使っていわゆる複垢は厳しくチェックされている。

 

 だが、アカウントが一つしかとれないというだけで、仲間同士でつるめばマネーロンダリングまがいのことはできてしまうみたいだ。汚れた金など持ってない俺には関係ないことだがな。

 

「特殊任務につきパイロットネームの一時的変更を許可する。この件が発覚すれば我が軍の信用は失墜するだろう、くれぐれも注意して欲しい」


 運営自ら規約違反してるのがバレたら、掲示板は炎上必至だな。だがここの運営なら揉み消すくらいわけなさそうではある。今までだって名前を変えて参加していたテストプレイヤーはいただろうしな。


 ひょっとすると最初に表示されるあの長くて難解な規約の中には、今回みたいな特例を認めるような記述が紛れ込んでいるのかもしれない。そもそもああいった規約を全部読んでる奴なんているのか?

 

 対人プレイに乱入するのにわざわざパイロット名まで偽装するというのは大袈裟だが、正体を隠して戦うというノリは変身ヒーローみたいでちょっと面白そうではある。

 

 パイロットネームだけでなく、機体のカスタムカラーも変更してイメチェンした方がいいな。

 

 俺のリンクスは制空グレー迷彩だ。一応カスタムカラーであるが、サンプルの中から適用したものなので全く同じカラーリングの機体がいてもおかしくはない。


 このままでもおかしくはないのだが、見た目をガラリと変えるのが変身ヒーローのお約束だよな。変身しても性能が変わるわけじゃないが……というか普段より手加減して戦わないといけないのか。よく考えたらヒーローでもなんでもないな。


 地味に戦うならデフォルトの紺色に戻す方が無難かな? 塗り替えにはスコアポイントが必要だから、そうすると今度の大会までずっと紺色のままか。今の俺の収入ならカスタムカラー変更のスコアポイントくらい気にしなくてもいいんだが、貧乏性なもんで無駄なことに金を使うのは耐えられない。


 カラーリングにそれ程こだわりがあるわけじゃないが、長い間この灰色の機体でプレイしてきたので少なからず愛着もある。やっぱり塗り替えたくないな。

 

 そうだ、いいことを思いついたぞ。

 

「ベティちゃん。チョバムアーマーをリペイントして装着してみてくれ。ドロップ品の方ね」


 正確なアイテム名は“リンクス専用チョバムアーマ”だ。ドロップ品の追加装甲で、リンクスのシルエットをあまり損なわないデザインになっている。店売りのチョバムアーマーに比べると装甲は薄いが、機体を覆う面積はむしろ広範囲なのだ。

 

 こいつに色を塗ってリンクスに着せてしまえば、本体には手を加えずイメチェンできるじゃないか。


『パレットから色とパターンを選んで下さい』


 色は赤がいいな。レッドバロンのリヒトホーフェン男爵以来エースパイロットは赤が大好きなんだ。いや、もっと前、戦国時代にも猩々緋の陣羽織とかは武将に好まれていた。


 そういえば年末に戦ったイーエモンのリンクスも真紅だった。あれと同じはいやなので、猩々緋っぽいくすんだえんじ色を選ぶ。


 パターンは単色でいいかと思っていたのだが、モットリング迷彩というのがサバみたいで気に入った。パターンサイズを大きめに調整してみる。あまりサバっぽくなるのも下品かな? 赤だからサバというよりイモリの腹みたいだ。ちょっと個性的すぎるのでボカシを強くしていい感じにマイルドにする。

 

 うーん。こうしてみるとちょっと地味かもしれない。明度を全体的に上げてみるとくすんだピンク色になった。これくらいでいいか? 以前は戦場で目立ちすぎるのもどうかとも思っていたが、実際にはケースバイケースだ。むしろ正確に狙ってくれる方が避けやすかったりもするからな。

 

 つや消し仕上げにして完成、リンクスに装着してみる。増設されたピンクの装甲の隙間から、機体色のグレーがアクセント的に見えてなかなかかっこいいじゃないか。

 

 こりゃいいな。ドロップのチョバムアーマーはたくさん溜まってるから、いろんな色でリペイントしておこう。装備変更は無料だから、その日の気分でコーディネイトとかもできるな。

 

 

 あとは偽名を考えないといけないな。

 

 リヒトホーフェンはすでに使われていた。リヒトホーヘンも駄目。中村新兵衛は元ネタに気付いてもらえない可能性が高い。

 

 彗星仮面、彗星、コメットもだめ。コメートもすでにいた。日本版“ガーディアントルーパーズ”の登録パイロット数が二十万を超えたみたいだし、かぶらない名前を探すのが難しい。リヒトホーフェンⅥならいけるがなんとなく嫌だ。

 

 ゲームの名前を考えるのは楽しいんだが、結構苦手だ。いっそのこと“へっぽこ太郎”とかにしてしまおうか? かぶる心配はなさそうだ。

 

 いやいや、あまり変な名前にしてしまうと後から後悔することになるかもしれない。もう中村新兵衛でいいか? でもあいつ討ち死にするしな。

 

 “コメート・サン”これでどうだ? 元ネタは昭和の名作ドラマ“遊星からのコメートさん”だが、実は“コメート・サン”は彗星仮面の息子だという脳内設定を今決めた。さらに、リバイアサンやセバスチャンなどと同様に礼儀を知らないおガキ様にも呼び捨てにされない特殊効果まである。完璧じゃないか。

 

『コメート・サン軍曹でよろしいですね?』


 階級が軍曹になるのか。このゲームの階級ってあまり意味がないよなあ。階級が高いとなんとなく嬉しいかな? 程度だ。

 

 これで久しぶりに対人プレイができる。

 

「武装は……クラッシャーソードは当然駄目として。いつもと変えた方がいいよなあ」


 クラッシャーソードを入手できたのは今のところ俺だけみたいだ。Xキャリヴァーから何らかの条件でアイテム化けするという情報を俺が秘匿しているせいで、攻略サイトのリストには大会の賞品だと書かれている。

 

 人前でクラッシャーソードを使ったのは三位決定戦の時だけだから、他のプレイヤーにしてみれば幻の武器だ。性能データの推定値が書かれていたが、えらく過剰に盛られていて笑うしかなかった。回避、加速に+修正とか、RPGの聖剣じゃあるまいしそんなわけあるか。実際には最大耐久値以外はXキャリヴァーよりかなり劣化してしまっているんだが、面白いからせいぜい誤解しておいてもらおう。

 

『最近射撃の命中率も向上していますし、銃だけで戦うというのはいかがでしょう?』


 重力制御装置のせいで走り回ると酔うからな。なるべく動きたくなくてビームガンに頼るようになった結果、そこそこ射撃も当たるようになってはきている。だが、あくまで命中すればラッキーかな? といった程度だ。最後は剣でどうとでもなるという安心感があってこそできることだ。

 

『剣を振り回すのが嫌だというだけでこれだけ射撃の腕が上がったのです。剣を持たずに戦えばさらに能力が向上すると考えられます』


「いや、そりゃあ理屈じゃそうかもしれんが」


『可能性は高いです』


 確かに、竹林君みたいに射撃が百発百中ならいろいろ楽ができるよな。遠くから攻撃できるということは、それだけ移動しないで済むということだ。ここんところ剣に迷いが出て伸び悩み気味だし、心機一転して新しいチャレンジでもしてみれば道が開けるかもしれないな。

 

「わかった、試してみよう。でもまずはCPU戦で練習してからだな。いきなり対人戦じゃ怖いからな」


 剣を持たないとなると、両手にヨンヨンビームガンか? いや、38銃に銃剣を装着するのはどうだ?

 

『銃剣も駄目ですよ。射撃だけで戦うというコンセプトなんですから』


 縛りプレイなんだから、まあ、そうだよな。てことは蹴りや関節技も当然駄目か。

 

 覚悟を決めてやってみるしかあるまい。新しいことに挑戦するにはまず精神的な壁を壊して乗り越えていかなければ。ただちょっと考え方を変えるだけのことなのに、簡単なようでなかなか難しいんだなこれが。


 かつて真珠湾攻撃で空母が大活躍するまで、頭脳明晰な世界中のエリート軍人達が大艦巨砲主義から抜け出せなかった。仕方がないんだ、大人になると頭が固くなるんだ。俺はどっちかといえば大艦巨砲主義だった人達の方にシンパシーを感じるな。後から彼らを笑うのは簡単だが、自分を変えていくってのはオジサンにはなかなか大仕事なんだよ。

 

 よし、生まれ変わったつもりで気合を入れてコメート・サン軍曹の出撃だ。CPU戦だけど。

 

 両手にヨンヨンビームガンを構えたピンクのリンクスで颯爽と戦場を駆ける。といっても自機のカラーリングは腕の部分くらいしか普段は見えてないから、あくまで気分の問題だ。

 

 クモ脚とかは問題ない。ヨンヨンビームガンだとゼロ距離射撃をすれば暴発する危険があるため、近過ぎないようにだけ注意すればいい。たしかゼロ距離射撃ができる銃もあったよな……いかんいかん、それじゃ剣で戦うのと変わらなくなってしまう。

 

 単射モードだと一発で僅かに削りきれないか、ゲームデザイナーも意地が悪い。いや、これくらいなら急所にビーム粒子が上手く当たるように工夫すればなんとかなりそうだぞ。そこまでしなくとも、両手のビームガンを同時に撃てば瞬殺できるんだけどな。

 

 クールタイムを考えれば三連射は使わない方がいい。単射モードのクールタイムはそれに比べれば短いが、そもそもクールタイムが存在しない剣に比べると不自由過ぎる。

 

 実は剣も斬撃モーションを使用したりすると硬直やクールタイムが発生するんだが、勝手に動かれるのは鬱陶しいし隙だらけなので使わない。

 

 実弾兵器の中にはクールタイムをほとんど気にしなくていいようなものもあるから、その辺も工夫次第だろう。竹林君なんて実に多様な火器を使いこなしている。

 

 射撃戦のポイントはエネルギーと時間のマネージメントだな。一定時間に撃てる回数は限られているんだから、命中率が悪ければ制限時間内に敵を倒しきれなくなる。


 こうしてみると射撃もなかなかに奥が深い。やってることはもはや別のゲームだけどな。


「ベティちゃん。左の銃だけ火器管制照準にしてくれ」


『了解』


 本来ならこういう操作はジョイスティックのボタンに割り振っておくのだろうが、普段使わないので登録していない。沢山あるボタンもいつの間にか全部他の機能で埋まってしまっている。

 

 ああ、コンソールのキーボードは空いているな。というか存在を忘れるくらい使ってなかった。わざわざコンソールに手を伸ばすくらいなら、ベティちゃんに口頭で指示する方が早いしな。

 

 今もロックオン切り替えはベティちゃんが俺の意図を読み取ってやってくれている。そういえばロックオン機能もあまり使ってなかった。

 

 ロックオンしたターゲットにマーカーが表示され、銃の照準を表す丸いレティクルが自動で重なっていく。ターゲットの未来予測位置に重なるとレティクルがグリーンになり、この状態でトリガーを引けば相手が避けない限り命中する。


 クモ脚なんかは回避行動をとらないから、ロックオンして撃てば遠くからでも面白いように当たる。楽といえば楽だが、左腕だけ自分の腕じゃなくなったような感覚はやっぱり好きになれない。

 

 この感覚に慣れた方がいいんだろうか? だが、ザコメカ以外は普通に撃ってもほぼ当たらないと考えていい。竹林君レベルになると明らかに未来の敵の位置を狙って攻撃している。彼が見えている世界にいつか俺も辿り着けるだろうか?

 

「火器管制照準は使うけど基本的には操作は手動で。遠くの敵を慎重に狙ったりする時だけそっと手を添えて手伝ってくれるような感じだと助かるんだけど」


『多分できると思います。とにかくやってみましょうか』

 

 ベティちゃんに手伝ってもらうのはズルじゃないよな。自動照準の方が有効な状況っていうのもあると思うし、まずは動かない敵に攻撃を当てるところからだ。ファジイなベティちゃんなら俺が邪魔されたくない時には手を出さないと思う。

 

 人間でも難しいような判断をAIに任せてしまうことになるが、その辺を阿吽の呼吸でなんとなくできてしまうのがベティちゃんだ。レティクルの表示も気が散るので、特に必要な時以外は消してもらおうか。

 

 クールタイムの表示なども慣れてしまえば蛇足だ。こんなのを見なくても、感覚的にタイミングを把握できて当たり前だろう。でなければ戦いの流れなど作れはしない。

 


 多脚戦艦は、いつもと同じに腹の下の安全地帯に飛び込んで、左右の銃を単射モードでひたすら撃ち続けたらあっさり倒せてしまった。一突きで破壊できるXキャリヴァーに比べれば時間はそれなりにかかるが、焦らなければ充分間に合うようだ。

 

 対サジタリウス戦ではいつもの癖で接近しすぎてしまったが、別にビームガンだから近接戦闘ができないわけじゃない。

 

 考えてみればビームガンだという思い込みに囚われるからいけないのだ、一瞬だけ使えるビームソードだと思えばいい。

 

 クールタイムが長いから単に手数が極端に減るだけだ。剣より遠くの間合いでも攻撃できるというメリットもある。銃口を押し付けてしまうと暴発するのはデメリットだがな。

 

 両手にビームガンを持っていれば、一発をフェイントに撃ってもう一発を当てにいくといった駆け引きもできる。

 

 剣に比べて攻撃力不足というのは確かにあるが、そもそも剣の威力がオーバーキル過ぎるのだ。上手くやればビームガンでも一撃で相手を倒すことも可能だ。つまりサジタリウスもクモ足も耐久値に関してはそれ程差はなかったってことか。剣だと普通に一撃で終わることが多いから、機体による耐久値の違いなどあまり気にしたことがなかった。

 

 射撃戦だと対人戦の判定ルールにも注意しておく必要がありそうだな。デフォルト設定だと確かライフゲージが長い方が判定勝ちだったと思う。他にも先に当てたら勝ちとかいろんな設定に出来た筈だ。ドローは双方負け扱いなのでできるだけ避けるべきなのだが、世の中には嫌がらせのためにドローを狙ってくる根性の悪い奴もいて、勝利条件を相手の破壊にして時間設定を最短に設定していたりする。Xキャリヴァー装備のリンクスにとってはいいカモだけどな。

 

 なんとなく射撃戦のポイントもわかってきたし、練習はもういいか。対人戦に出撃だ。 

 

 興味があるのが最近流行りだしたというチーム戦だ。機能自体は前から実装されていたものだが、設定が面倒なこともあって実際にはほとんど利用されていなかった。

 

 皆がやり始めたきっかけは、大会のバトルロイヤル戦だったらしい。あれの動画を見て部隊同士で戦うのも面白そうだと思ったプレイヤー達が、いろいろ試行錯誤しながらチーム戦のルールを決めていったらしい。

 

 現在主流なのは四対四の野良バトルみたいだ。あまり大人数になるとマッチングが難しくなる上に、何が何だかわからなくなるらしい。百対百とか面白そうなんだけどな。大勢になると処理速度の問題もあるだろうが、まず指揮系統をなんとか工夫しないと作戦にならないだろうな。


 集団戦を開くには、まずリーダーとなるプレイヤーがマッチング条件を設定して募集をかける。相手チームのリーダーが参加し、募集時間内にメンバーが揃えばチームバトルがスタートする。この募集時間が120秒しかないのが曲者で、今までは集団戦の募集をかけてもほとんど流れていた。

 

 他にもチーム戦では得られるスコアポイントがおいしくないという問題があったのだが、ラジエータ設計図などの超レアアイテムが稀にドロップすることが判明するとブームに火がついた。以前はそんな情報はなかったから、おそらく最近になってから運営がテコ入れしたんだと思う。

 

 やり方がよくわからないまま、とりあえずスタートメニューからメンバー募集のリストを開いてみる。結構たくさんの募集が出ているのだが、瞬く間に次々埋まっていく。これは募集要項など読んでいる暇はないな、適当に参加を申請してみるか。

 

 のんびり操作しているとタッチの差でメンバーが埋まってしまうようだ。何度か間に合わずに空振りした後、ようやく参加できた。いよいよコメート・サン軍曹の初舞台か。わくわくしてきたぜ。

 

 武装は両腕にヨンヨンビームガンだ。二丁拳銃ならぬ二丁ビームガン。あれ? コメート・サンって結構キャラ立ってないか? 機体も赤いし、まあ実質ピンクだけど。

 

『よろしくおねがいしまーす』


『よろよろー』


『参加してくれてありがとう。私が隊長のリュウガだ』


 なんかいっぱい声が聞こえてくるが、どうしたらいいんだ? 通信回線を開くのがマナーなんだろうが、声で俺だとバレないだろうか? 表彰式でちょびっとだけ話したのを聞いているプレイヤーは多い筈だ。何しろ今でも動画の再生回数は増え続けている。俺にギャランティは入らないが。

 

 自意識過剰かもしれないが、俺ってプレイヤーの間ではそれなりに有名人かもしれないし……どうしよう?


『よろしくお願いします』

 

 俺がオロオロしているとベティちゃんが代わりに挨拶してくれた。若干いつもと違うコケティッシュな声だ。

 

『おおー! コメートさんは女の子さんですかー』


『美少女戦士キター』

 

 なにやら盛り上がっているようだが、どうやらベティちゃんを女性プレイヤーだと勘違いしているようだな。これっていわゆるネカマプレイじゃないのか? お世辞のつもりなんだろうが声だけで美少女呼ばわりとかおかしいだろ。

 

 みんな馬鹿ばっかりだな、だがそれがいい。テロリストが何か勘違いしてたみたいだがゲームはオモチャなんだ。浮世の辛さや苦しみを一時忘れ、子供に戻ってワイワイバカ騒ぎして楽しむのが正解なんだ。

 

 耳をすませば他のプレイヤーのAIのマシンボイスなんかも小さく聞こえて来るんだが、ちゃんとAIだとわかる。そういえばベティちゃんっていつからこんなに自然に喋ってたんだろう? 最初は明らかにマシンボイスだった記憶があるんだが……最新式のAIだし、俺と頻繁に話してるうちに学習したってことか。

 

『それじゃ各自装備の確認を……うあ、もう始まっちまった』


 モニターにカウントダウンはちゃんと表示されてたけどな。時間がないのにいつまでもおしゃべりしてるからこうなる。まあ、野良パーティーだしこの短時間でできる確認なんてしれている。

 

 それでもそのうち効率的に装備をチェックするためのルールがプレイヤーの間に作られていくだろう。日本人はゲームであっても容赦なく効率を追求するからな。あまりやり過ぎるとゲームの敷居が高くなりすぎて新規参入者が入りづらくなるんだが。

 

 ネトゲの世界では日本人プレイヤーが無双し過ぎて面白くないという理由でレギュレーションが変更されることは珍しくない。自分たちが勝てるようになるまでルールの方を変更するとか、あっちの人達はなんとも大人げないやり方をするよな。日本人もゲームをする時くらい効率を忘れて楽しんでもいいとは思うけどな。

 

 多分、このヌルイ雰囲気で遊べるのも最初のうちだけだ。せいぜい今のうちに楽しんでおこうか。


『いきまーす』


『いざ出陣でござる』


『れっつらごー』


 見覚えのある砂漠ステージだな。対人戦だとスタート位置は毎回違うから実質別マップなんだが、特徴のある地形を覚えていればたまに役に立つこともある。何度も見たことのある平たい双子岩があるから、今いるのは砂丘の近くみたいだな。


 このステージで使える遮蔽物は大岩と塹壕状の干からびた川床だ。溝に籠られると結構面倒なんだよな。グレネードを放り込んでやればイチコロなんだが、俺はあんな物は普段持ち歩かない。チーム戦なんだし誰かが持ってきてるかもな、面白そうじゃないか。

 

 青いマーカーが味方で赤いのが敵か、結構密集して近い場所に配置されているようだ。このあいだのバトルロイヤルでも思ったが、最初にあまり離れて配置されると敵に遭遇するまでが長くなる。大会ならともかく、ゲームセンターでインカムを上げるならいきなり戦闘開始した方がいいってことか。

 

『おおー、敵が丸見えじゃないか。コメートさんグッジョブでござる』

 

 ん? 何のことだ? 俺はまだ何もしてないぞ。

 

『へー、リンクスだと目がいいから索敵ポッドいらないのか。使える使える』

 

 あー、成程。リンクスが索敵機の役割を果たしているのか。

 

 他の味方機は索敵能力が随分低いみたいだな。索敵データは共有されるから、リンクスが発見した敵が他の味方にも見えているわけだ。

 

 隊長機のリュウガがスキュータムで他の二人はサジタリウスだ。盾持ちのスキュータムは仕方がないとして、射撃タイプのサジタリウスの索敵能力が低いという設定はどうかと思う。

 

 サジタリウスの場合はウエポンベイが沢山あるから、索敵ポッドを装備しなさいってことだろうが、サジタリウス使いはそんなものよりランチャーの一つも積みたがるからなあ。

 

 笑えることにこんなに近いのに敵にはまだこちらが見えていないようだ。向こうはスキュータムが二機にサジタリウスが二機。俺以外は全部スキュータムとサジタリウスじゃないか。強キャラだし、確かにチーム戦ではサジタリウスが最強だとは思う。だが、一機は索敵能力の高い機体を入れとかないと駄目だろう。野良パーティーだから仕方ないとしても、せめて隊長機は索敵ポッドくらい装備しろとは思う。

 

 ああ、隊長機は落とされたら負けだから盾持ちのスキュータムがいいのか。片腕は専用盾で埋まってしまうから、索敵ポッドを持たせたらほとんど武装を積めなくなるな。隊長機は置物でも良い気もするが、索敵のために前に出てしまっては本末転倒か……

 

 奇襲で先手をとれそうだし、とりあえず俺は突っ込むか。ブーストダッシュで真っ直ぐ突進する。

 

『あー、コメートさん。無茶だ、タコられるよー』


 言葉の意味はよくわからんが、状況的に十字砲火を浴びるとかそんな意味だろうな。何故にタコなんだろう。


『大丈夫です、当たりませんから』

 

 ベティちゃんが勝手に宣言してくれる。こりゃ真面目に避けないと、当たるとカッコ悪いな。

 

 砂丘を超えた途端、警告音。敵に発見されたな。うかつだった、初めてのチーム戦で舞い上がっていたようだ。奇襲は失敗か。

 

 殺気が一度に四つ飛んでくる。マンツーマンとは違って読み難いな、ザワザワしてうっとおしい感覚だ。

 

 だが敵の射撃があまりにも下手すぎる。多分、適当に動いていれば当たらない。下手くそな射撃はブレ幅が大きいから紙一重で避けようとするとかえって危ないんだよなあ。

 

 味方からの射撃も始まるが、双方下手すぎてお互いにとにかく当たらない。これなら俺が射撃下手なのもバレないな。いや、ひょっとすると俺の方が多少は上手いかもしれないぞ。

 

 避けながらポチポチビームガンを撃っておく。別に当たらなくてもいいのだ。テロリストの襲撃で気づいたんだが、当たらない射撃にも意味がある。むろん味方の邪魔になることもあるので考えなしに撃つのは駄目だが。

 

 俺に慎重に狙いをつけているサジタリウスがいたが、友軍のビームがそいつに命中して吹き飛ぶ。一撃かよ、このゲームでうかつに動きを止めた奴は死ぬ。囮グッジョブだな、俺。

 

 敵が減って勢いづくのはいいんだが、味方が撃ちまくる弾に何度もかすりそうになる。俺を狙ってるんじゃないのでかえって避け難い。ゲームなんだから味方の攻撃判定をなくしても楽しいと思うんだが、どうもビリー氏はリアルさを求めてるみたいだし、どうなんだろうな。


 味方の弾の方が脅威とはさすがに想定外だった。殺気のない攻撃がここまで避けづらいとはな。


 ひょっとして俺が前でうろちょろしていると攻撃の邪魔か? ならば射線をあけてやらないとな、ジャンプブーストで敵の側面に位置取りを変更してみよう。

 

 サジタリウス相手にジャンプは自殺行為とされているが、攻撃されるのがわかっていればどうってことはない。案の定、飛び上がったリンクスめがけて対空射撃が殺到するが、こんなこともあろうかとすでにワイヤーアンカーは発射してある。

 

 ワイヤーの急制動で絶叫マシンのようなGがかかる。心の準備をしていてもやっぱりこれはちょっと辛いな。

 

 敵の弾幕を強引な軌道変更でひらりとかわし、着地の勢いを殺さないようにそのままブーストダッシュで機体をスライディングさせていく。盛大に舞い上がる砂が煙幕代わりだ。

 

『おお! ザック先生の魅せ技、ワイヤードスラストですな!』


『かっちょえーのう。やっぱり同じリンクス使いとしては押さえておきたいってことっスかあ』

 

 一瞬俺の正体がバレたんじゃないかと焦ったが、どうやら違うみたいだ。有名ランカーの真似をしていると思われたようだ。それにしてもワイヤードスラストって何だよ? 俺はそんな技知らないぞ。今のに名前をつけるとしたら“紐でギュワワーン”だな。

 

『ならば拙者も、タケバヤシ先生の超必をご披露するでござるよ』


 紺色のサジタリウスのござるが何かしようとしたみたいだが、あっけなくここで時間切れ。判定で俺達の勝ちになった。いや、時間短すぎるだろうこれ。Xキャリヴァーでも使わないと時間内に敵を殲滅するのは難しいぞ。

 

 MVPはござるが持っていった。敵のサジタリウスを撃破したのは奴だったみたいだ。メンバーの中では頭一つ上手かったかな。

 

 俺の獲得アイテムは従軍記章乙というのが一つだけ。これは今のところ利用価値がない、ただの参加賞だ。アイテム枠を消費しない点は評価できる。

 

『嘘だろー、これからいいとこなのに。プレイ時間短すぎー』

 

『コメートさんまたよろー』


『ありがとうございます。またよろしくです』


『俺のホームはイバラギのヤマチカモールなんだ』


『コメートさんフレ申請送るねー』


 強制ログアウトのカウントダウンが表示される中、皆が何やら叫んでいる。


 なんだろう。俺はどんなネトゲでもこんなにチヤホヤされたことはなかったぞ。女性と思われるだけでこれ程チヤホヤされるのか。ネカマプレイヤーの気持ちもわかるな。

 

 それにしても思った以上に俺は有名人になっているみたいだ。ザック先生ってなんだよ。会話に参加できないのには少々納得がいかないところもあるが、ベティちゃんに喋ってもらったのは正解だっただろう。

 

 チーム戦は思った以上に面白かった。ただ、少し張り切りすぎたせいで胃の中が気持ち悪い。今日はもう風呂に入って寝てしまおう。

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