Gのプレカリアート
「一体今日が何日だと思ってんの! 無断欠勤はクビよクビ。わかってんの?」
最初は可愛らしい声で電話に出た人事部の女の子は、俺だとわかると鬼になった。
「いい歳こいてんだから社会人としての常識を持ちなさい。明日から契約社員だからね、一秒でも遅刻したら減給よ」
「いや、もうクビでいいし」
「あんたそう簡単にやめれると思ってんの? 次の会社で働けなくしてやんよ?」
面倒になって電話を切る。何をするつもりかはしらないが、ビリー氏が簡単に俺をクビにするとは思えない。少なくとも次の大会まではバイトを続けることができるだろう。
次はゴールデンウィークか夏か? クリスマスにまたやる可能性が一番高いな。今度こそぶっちぎりで優勝してやる。
さて、俺様専用の筐体とやらを見に行くか。もらったばかりの秘密のカードで秘密のエレベーターに乗る。行く先はもちろん秘密基地だ、随分降下したから多分地下にあるんだと思う。
「よく来たなザック・バラン少尉」
エレベーターから降りるとアリサ大佐が出迎えてくれる。今まで警備室で居眠りしてたな、よだれのあとがついて美人がだいなしだ。気付かなかったふりをしておこう。
俺が椿ちゃんをアンドロイドだと見抜いたせいで、急遽代役として俺の担当になったようだ。ずっと警備室で待機してるのも大変だろう、もう別にアンドロイドでいいんだけどな。
二人で緩やかなカーブを描く長い廊下をしばらく歩き、03と表示のある扉の前に立つと勝手に開いた。自動ドアでもなさそうだし、やはり監視されてるみたいだな。
「見たまえ、これが貴様のために用意した専用筐体だ」
扉の向こうには、思ったよりずっと広い空間が広がっていた。円筒状の部屋はまるでSFに出て来る動力室か何かのようだ。中央の円柱から見慣れた“ガーディアントルーパーズ”の筐体が生えている。多分、筐体は全部で四つあるんだろうな。部屋は透明な壁で90度の扇形に仕切られており、自分の筐体以外には乗れないようになっている。
「これってアクリルですかね?」
多分、防弾仕様だよな。俺が透明な壁をべたべたしていると、アリサ大佐が顔をしかめる。
「あまりそこには触らないように、掃除が結構大変らしい」
ふむ、それなら普通の壁で仕切ってしまえばいいと思うんだけどな。まあいい、さっそく筐体を使わせてもらおうか。
「でかい台座ですねえ、このタラップで登るんですか?」
“ガーディアントルーパーズ”の筐体には実は何種類かのグレードがある。ディスプレイの解像度とかも違うが、台座のサスペンションのギミックにもかなり差がある。俺が通っていたゲーセンの筐体は振動したり揺れたりするくらいだったが、大会で使ってた筐体は傾いたりもした。
この専用筐体の大きな土台は、サスペンションどころか乗用車が丸ごと入ってそうだ。
「重力制御装置だよ、軍用機のシミュレーターと同じものだ」
そういえば、年末の特番で見たのに似てるな。ここんとこ病室でドキュメンタリーチャンネルの特番ばかり見てるから、かなり物知りになった。確か9Gとかまで出る奴だ。実機の訓練よりは安全だが、それでもパイロットに後遺症が残ったりすることもあるんだよな。
「いや、戦闘機とロボは違うし。下手したら普通に死ぬよこれ」
「安心したまえ。最大加重が十分の一Gになるように調整されている。万が一に備え医療チームも二十四時間体制で待機している」
十分の一Gねえ。なんとなく安全そうな数字だが、試してみなくちゃわからない。
筐体に乗り込む。なんか使われているパーツの質感が段違いだ。“ガーディアントルーパーズ”の筐体はもともとかなりの本物志向で、軍用のシミュレーターにも負けてないと言われていたが、こいつに比べれば玩具みたいなもんだ。
すごいな、樹脂の肌触りからして違う。ボタンの押し心地一つとっても段違いだ。レバーもフットペダルもしっとりヌメッと動く。素早く動かす時はまるで抵抗を感じないが、ゆっくり動かすと理想的な抵抗感がある。軸受けに何か特殊な液体でも入っているのか? それとも静電気的な仕掛けかな?
『お久しぶりです、ザック少尉殿。お体の調子はいかがですか?』
「やあ、ベティちゃん。今年もよろしくお願いします」
AI相手に年始の挨拶もなんだが、お世話になってるベティちゃんだし別にいいよな。
『シートベルトできちんと体を固定してくださいね。かなり揺れると思いますよ』
やっぱり揺れるのか。ベティちゃんまで怖いことを言う。
よし、完璧……な筈だ。シートベルトをここまで慎重に装着したのは初プレイの時以来かもしれない。
「武装はとりあえず」
『バスターソードとサンパチ銃でよろしいですね』
「そうそう」
リハビリも兼ねて、とりあえず軽く流してみよう。
出撃した途端、ふわっと浮き上がる感覚。落ちてる落ちてる。
ブーストをかけてホバリング、本当に飛んでるみたいな浮遊感だ。そっと着地させるとリンクスの体重がズシンと膝にかかるのがはっきりわかる。
よし、歩くぞ。フットペダルをほんの僅か操作。ゆっくり一歩踏み出す。ゆらーっと前進、まるで本物の巨大ロボに乗ってるみたいだ。
しばらくゲームをしていなかったせいか、一瞬操作を戸惑ってしまうが少し動かすと体が思い出す。伊達にやりこんではいない、重力制御装置があろうがやることは同じだ。
さて、ステージ1の無抵抗なクモ脚メカを試し斬りするか。
画面も随分綺麗だ。瑠璃色のガラス細工のようなクモ脚メカの質感が、いつもよりリアルな気がする。
軽くブースト、目標の手前に着地し、慣性でスライディングしながら剣を振り抜く。
ぶわっと加速したのはまだいい。ザリザリッと滑った後、ガツンと剣の衝撃が来た。刃の立て方が少々甘かったな、これじゃ剣が痛んでしまう……いや、そうじゃなくて。この調子でいちいち揺すられていたら体が持たないぞ。
ブースト移動メインでビームガンを使っていればあまり揺れない。ビームガンの発射の反動はニュルニュルッと何かを押し出してるみたいでちょっと気持ち悪いけどな。ビーム粒子がニュルニュルしてるのか、サンパチ銃の特性なのかは不明だ。
でも、やっぱり剣を使わないと楽しくない。
大立ち回りをして揺さぶられるのはそれなりに面白いんだが、とにかく疲れる。多脚戦艦を倒したところで気力が尽きてしまった。ゲームを中止して筐体から降りる。
地面がゆらゆら揺れているようだ。台座のタラップを降りる際に、足を踏み外してうっかり落ちそうになる。落ちても痛くないように、床の材質はもっと柔らかいものにして欲しい。
監視所みたいな部屋で待機していたアリサちゃんは熱心に携帯端末を見ていたが、俺に気づくと慌てて飛び出してくる。
「どうした少尉。休憩にはまだ少々早いのではないか?」
ギャラリーもいないのにいつまで軍人ごっこを続けるつもりなんだろうな、この娘は。役者志望だって噂で聞いたが、なりきりプレイならリンリンの方が上手だぞ。
「いや、もう疲れたから今日は帰って寝る。Gを今の十分の一くらいに調整してくれないかな? 多分そのくらいで丁度いい」
確かにこの専用筐体だとプレイ中の情報量がものすごく増える。今まで気付かなかった問題点もいくつか知ることができた、それはいい。だが、病み上がりだからかもしれないが、俺のプレイスタイルだととにかく疲れる。縦横無尽にシェイクされるんだ、乗り物酔いしなかったのが不思議なくらいだ。
病室に戻ってベッドに転がり込む。俺の部屋が改装中なのでもうしばらくここにいていいそうだ。メイドロボにスポーツドリンクを持って来てもらう。ずっとこの病室でも別に構わない気もするな。
初日の勤務時間は結局一時間にも満たなかった。さすがにバイト料はもらえないだろうな。ゲームをするだけといっても、やはり仕事となると甘くはなかったか。
それよりショックなのは、たかが十分の一Gですらロボの乗り心地があんなひどいものだったことだ。もしリンクスが実在したとしても、あんな動きで白兵戦をしたらパイロットはきっとGでつぶされてしまう。サジタリウスとかでなるべく動かずに射撃メインならいけるかもしれないが、それじゃロボである意味がないしな。やはり現実には巨大ロボは無理みたいだ。
それにしてもビリー氏は何を考えてあんな装置を作らせたんだろう? 重力制御装置付きのシミュレーターは本物の戦闘機並みの値段だと特番で言ってた。まあ、戦闘機の値段っていってもピンキリだが、一番安いのでもサラリーマンの生涯収入を軽く越えるのは確かだ。
このバイトを続けるなら、もっとソフトな戦い方を考える必要がありそうだ。無駄な加減速は極力しないで、最小限の動きで敵を斬る……これだ。明日はビームソードメインでやってみるかな。