キングゲーマー
ギックリの治療の一環として全身の骨格を矯正され、ついでに歯並びまで矯正されることになってしまった。ありがたいことに治療費は全てビリー氏持ちだ。至れり尽くせりで怖いくらいだが、契約はしっかり守る人なんだろう。襲撃事件で頑張ったロシアっ娘達もお姫様扱いで入院させてもらっているらしい、大金持ちを少し見直した。
リンリンは暇なのかちょくちょく見舞いに来る。ガリーナの手術が上手くいったことも彼女が教えてくれた。来るたびにリンリンの衣装は豪華になっている、こいつはあの事件で荒稼ぎできたみたいだ。賞金以外にもとんでもない額の治療費をもらったそうだ。負傷したといっても彼女の場合は右の頬を銃弾がかすめただけだが、火傷が治ったら結構目立つ痣が残ったと本人は言っている。頬の傷痕って凄みというか迫力があるが、堅気の人はドン引きだろう、今の整形技術なら綺麗になおりそうなもんだが……
俺も暇な日々を過ごせている。こんなに暇になったのは学生時代以来なので全身全霊で楽しんでる。昼間からベッドでごろごろしていると王様気分だ、二度寝三度寝しても誰にも文句は言われない、素晴らしい。
毎日のリハビリはちょっと面倒くさいが、仕事に比べればたいしたことはない。食事制限とゲーセンに行けないのだけが辛い。
そうこうしているうちに松も明けてしまった。事件の翌日に会社に連絡をするつもりだったが、結局入院騒ぎでそれどころじゃなかった。一度タイミングを逃すとなんとなく面倒になって、そのまま放置している、よく考えれば金なら使いきれない程あるんだし、あんなブラック企業クビになっても何の問題もない。今までやめていった社員達のほとんどが、突然会社に来なくなってそのまま連絡がつかなくなるパターンだった。ついに俺の番がきたのかもしれない。
昼食の後軽いストレッチをこなし、ベッドに戻ってまどろんでいた午後三時。メイドロボが来客を告げる。またリンリンかと思ったら、ビリー氏傘下の企業の偉いさんだった。
「はじめまして、私、株式会社アルカディア傭兵団のCEOやってます。ドナルドスミス言います」
上等のスーツをバシッと着こなしているイケメン紳士だ、逆三角形のずいぶん立派な体格をしている。メイクをして軍服でも着れば、今すぐにでもアクション映画の主人公が務まりそうだ。アメリカじゃ元俳優の企業経営者なんて珍しくない、過去には大統領や知事までいたんだ。
『はじめまして、柿崎さん。私、スミス氏の秘書をさせていただいております。厳島椿と申します』
傍らに控えている秘書の女性は、落ち着いた雰囲気の黒髪の美女だが……ふむ、彼女はアンドロイドだな。
目尻にわざと小皺をつけたり、肌にわざわざつけたそばかすをさらにファンデーションで誤魔化したり、なかなか芸が細かい。スーパーリアルアンドロイドとかいうやつだろう。アメリカ人は理想の女性に似せてアンドロイドを作ろうとするんだ。アンドロイドで理想の女性を作ろうとしている日本人とは、目指すところが違うんだな。
確かによくできている、静止画で見せられたら多分人間と見分けがつかない。だが、動きがなんとなく不自然なんだよな、モーションキャプチャーをそのまま使いましたみたいな。でも、ここはドナルドの顔を立てて、騙されたふりをしておくのが大人の対応ってもんだ。
「このタビは、ズイブンゴメーイワクおかけしました」
一瞬、ドナルドが何を言ったのか理解できなかったが、そうか、日本語じゃないか。ナンシーの怪しい関西弁はスーっと頭に入って来るのにな。というか、あいつは声だけ聞いたら日本人としか思えないレベルだ。母国語以外もペラペラなんてたいした才能だよ。
ドナルドにしたって、同時通訳ソフトを使わずに日本語を話せるのだから普通にすごい。アクセントにおかしいところもあるが、これだけ喋れれば聞く方はほぼ完璧じゃないかな?
とりあえず二人に椅子を勧める。スイッチ一つでレールの上を椅子が走って来る。この病室のレールシステムは結構楽しくて気に入っている。寝たきりの病人にとっては実にありがたい。
「カキザキサン、チーズケイキお好きと聞きました。ミルキーウエイのお土産です」
チーズケーキでミルキーウェイっていえば、神戸にある行列のできるあのお店だよな? 一度は食べてみたかったけれど、俺には高嶺の花だったんだ。値段もお高いが、現地に行って行列に並ぶなんてブラック企業勤務のサラリーマンには夢のまた夢だ。
あれ? でも俺がチーズケーキが好きなことを何故知ってるんだ? 家族も多分知らない筈だぞ。知ってるのは学生時代のごく親しい友人数人と、別れた彼女くらいのもんだ。
ちょっと薄気味悪いな。
『お台所をお借りしてもよろしいでしょうか?』
どうやらアンドロイド秘書がお茶を入れてくれるらしい、そんな機能まであるのか。
この部屋の備品であるメイドロボも調理はできるが、人間そっくりのアンドロイドに人間と見分けがつかないレベルでやらせることに重要な意味がある。
多少のわざとらしさはあるものの、キッチンでかいがいしく働く美女の後姿には古き時代の男達の夢がつまっている。女性の姿をしたアンドロイドに家事をさせるのは女性蔑視だとして、法律で規制しようとする動きもあるみたいだが、そのくらいは大目に見て欲しい。
この椿ちゃんはきっとものすごくお高いんだろうが、いずれ庶民に手が届くお値段になれば、確実に大きな市場はある。法律で変に縛らない方が経済にとってもいいことだと思うんだ。
俺も老後の面倒はロボに見てもらいたいな。贅沢は言わない、この病室のメイドロボみたいなので充分だ。見た目はメカメカしいけど、結構気がつくしなんとなくウマが合う。
ケーキを切るだけでえらく時間がかかると思ったら、コーヒーを入れてくれてるようだ。香ばしい香りが漂ってくる。
「本物のコーヒーです。香り高い貴重な本物ナノですヨ」
ドナルドが息を吸い込んで目を細める。え、本物のコーヒーだと! たしか金より高価なんじゃないか?
俺が子供の頃はコーヒーなんて普通の飲み物だった。当時は缶コーヒーなんかにも普通に本物のコーヒーが入っていた。コーヒーだけのは苦くて好きじゃなかったけれど、コーヒー牛乳ならたまに飲んでいた。
俺が大学に入った前後からコーヒー豆が高騰し始め、今では本物はとても庶民の手に届くようなものじゃない。よくできた合成コーヒーが出回っているから、よっぽど好きな人以外は困ってないけどな。
確か、ウイルスかなんかで世界中のコーヒーの木が病気になってしまったんだ。最初は南米でまたたく間に広がって、ニュースで大騒ぎしていた。防疫措置がとられたものの、株で儲けようとした悪いやつがアフリカに病気を持ち込んで、そこから世界中に感染が広がった。
今は保存されていた種子と生き残った野生種から、病気に強い新品種を作る研究をしているみたいだ。丁度年末に見た特番でもやっていた。現在僅かに流通している本物のコーヒーは、長期保存されていた豆か、植物工場で隔離栽培されているものらしい。特番ではリアクション芸人がその値段に大袈裟に驚いてみせていた。一体どんな人が金より高いコーヒーなんて飲むんだよと思って見ていたが、まさか自分が飲むことになろうとはな。
チーズケーキとカップがトレイに載せて運ばれて来る。俺はスイッチ一つでベッドを変形させる。部屋の隅からテーブルがレールの上を走って来てベッドに合体。テーブル越しにドナルドと向き合う。
チーズケーキは二人分、さすがにアンドロイドに食事の機能まではないようだ。ミルキーウェイのチーズケーキを機械に食ったふりさせるなんて勿体無いしな。
「いただきます」
口の中にチーズのコクが広がる。甘味はほとんどない、むしろ微かな塩味が後をひく。なる程、こう来たか。サワー感もたっぷりで、間違いなくチーズケーキには違いない。
チーズ本来の美味さを堪能する。これはこれでアリだな、うん。薄い生地はしっとりしているのにサクサクした歯ごたえもある。砕いたナッツを仕込んであるのか、クルミのようでクルミじゃない、何だろうな? 俺の知らない木の実だ。
ドナルドは目を細めてコーヒーを楽しんでいる、俺も飲んでみるか。
熱いし苦い、が、いい香りだ。砂糖もミルクも入っていないが、それがチーズケーキとよく合う。慣れれば好きになりそうだな。だけどこいつはセレブの飲み物だ、これ一杯の値段で俺の一ヶ月分の食費を賄ってお釣りが来る。それを考えれば馬鹿馬鹿しい。
「素晴らしい香りデース。貴重な、貴重な飲み物デース」
なんとなくデジャブ。人事部長に天丼を奢ってもらったのを思い出した。まったく、金持ちってのはやることがワンパターンだ、高価なメシを食わせれば貧乏人は有難がると思ってやがる。
でも、まあ、奢る方の立場にしてみれば、相手を喜ばせるのはなかなか難しいよな。入社二年目に後輩新入社員に無理して奢ったことを思い出した。薄給の中から自分の食費を削って奢るしかなかったが、たいして感謝もされなかった。あれは辛かったな、給料日前の週は水しか飲めなかった。
結局、その後輩は『あんたみたいな負け組社畜には絶対ならねえよ』と捨て台詞を残してすぐやめてしまい、俺は指導力不足を理由に減給された。それ以後は俺も無理して奢るのはやめた。管理職は会社のカードで交際費を使えるが、ヒラはそうはいかない。減給は困るが、どうせいろんな理由をつけてどんどん削られるので、いちいち気にしていたら負けなのだ。
生存のためにはまず自分が食わねばならぬ、米と塩だけで自炊するより安売りパスタと業務用ミートソースの方が安いこともあの時知った。会社の給湯室のレンジでパスタを湯がいて俺は生き延びることができた……いや、パスタの話はどうでもいいな。
人事部長もドナルドも俺を喜ばそうとそれなりに考えてくれたのだろう、喜ぶふりくらいはすべきだろうな。チーズケーキは本当にかなり美味かったけど、人事部長に奢ってもらった天丼は不味かった。だけど、それは彼のせいじゃなかった。今にして思えば、不器用なだけでそんなに悪い人じゃなかったのかもな。会社じゃ威張り散らして感じ悪かったが、嫁さんが社長一族らしいから家で相当ストレスが溜まっていたんじゃないか? 少しくらい愚痴を聞いてやりゃよかったかもな。
リンリンやナンシーが俺の作った料理を喜んで食べてくれたのは、案外気をつかってくれてたのかもしれない。あいつら金持ちだし、普段からもっといいものを食べ慣れてる筈なんだ。
「ご馳走様でした。いやあ、チーズケーキ美味しかったです」
「それはよかったデス。実は今日は大事なお話があって来ました。カキザキサン、テストプレイヤーしませんか?」
テストプレイヤーか。もちろんそういう仕事があるってことくらいは聞いたことはあるが、具体的に何をするのかはよく知らない。ドナルドの話だと一日中“ガーディアントルーパーズ”をプレイしていればいいみたいだな……なかなか魅力的なお話じゃないか。
ただし、アルバイト扱いだという。新人は時給20ドルでスタートらしい、悪くはないと思うが将来が心配だ。
「トミーが裏切った今となってはカキザキサンはキングですから、特別ボーナス出します。毎日五十マンエンプラスアルファ、カジノチップ差し上げます」
言ってしまってからドナルドはしまったという顔をする。トミー准尉が裏切った? そういえばあいつはテロリストに投降した後、逃げてったヘリに一緒に乗ってたみたいだな。誘拐された被害者がそのまま犯人の仲間になるパターンは多いらしい、たしかストックホルム症候群と言った筈だ。
トミーの裏切りは秘密の情報だったろうに、ドナルドはうっかり口を滑らせたようだ。ここは気付かなかったことにしておいてやろう。
「キングはタケバヤシ曹長では? 私は三位でしたよ」
「……タケバヤシサンはクイーンですネ。チェスではクイーンはイチバンでしょう」
水を向けてやるとドナルドも別の話題に飛びついて来た。チェスにたとえるところがなかなかカッコイイ。チェスを実際にやったことはないが、クイーンが飛車角合わせた動きなのは知っている。キングは王将と同じで全方向に一コマだけ動ける。クイーンに比べれば地味だが、とられると負けになるので一番重要な駒ではある。キングと呼ばれて嫌な気はしないな。
そうか、給料以外に毎日カジノチップで五十万円もらえるのか。金額的に考えて、税金がかからない例の裏技前提で決めてくれたみたいだな。露骨な脱法行為だが、政治家や経済界の大物もこぞってやってるんだから合法だ。悪法も法、だから合法。単純計算で年収二億近いじゃないか、しかも無税。こんなに嬉しいことはない。
「当初の計画ではプロゲーマーとして華々しくデビューしてもらうこと考えてました。契約金テンミリオンダラーね、プロスポーツ選手なら普通の相場ネ。だけど今目立つのとても駄目です。テロリストが狙います」
ドナルドの言葉を意訳すれば、どうやら俺をスポーツ選手並みに派手にデビューさせるつもりだったようだ。契約金の額を大きくすればそれだけインパクトがあるし、宣伝効果を考えれば安いものなのだろう。正規の契約金なら税金が随分かかりそうだが、テンミリオンって……手取りはいくらだ?
テロリストを刺激しないためにプロデビューはなくなったわけだ。俺としても目立ちたくないから助かった。年収億超えで収入に不満のある筈もない。
そうか……バイト扱いか。金銭的には高給とりだが、正社員になれたのをあんなに喜んでた田舎の両親は嘆くだろうな。転職のことは適当に誤魔化そう。
「ホテルの部屋、そのまま使ってかまいません。カキザキサン専用の筐体用意しました。二十四時間、自由にプレイしてホシイです」
専用筐体だと! 待ち時間なしにいつでもプレイできるのか。家庭用ゲームと変わらんじゃないか。
二十四時間働かされる可能性もあるわけだが、まあそれでもいいか。どうせ“ガーディアントルーパーズ”の専用筐体なんて手に入れた日には、報酬がなくても一日中はりついてるに決まっている。
俺の腹は決まった。
「今すぐ決めてクダサッタら、私からも特別ボーナス支給します」
テーブルの上にクリスタルチップ十枚が積み上げられる。一枚十万ドルだから十枚で百万ドルだ。
話がうますぎて怖い気もするが、専用筐体のためだ、悪魔にだって魂を大安売りしてやるぜ。
「ああ、それと、ミスイツクシマをカキザキサンの専属マネージャーにつけましょう」
厳島って誰だっけ? と思ったら、アンドロイド秘書が深々とお辞儀をする。そういえば自己紹介で言ってたな、そんなレアな苗字の人に会った事ないよ。命名したの絶対外国人だ、多分ドナルド本人だ。
「アンドロイドがマネージャーですか?」
あ、しまった。アンドロイドだって気付かないふりをしてたんだった。まあ、別にいいか。
「オー……どうしてわかりました?」
ドナルドはえらく焦っている。本気でバレないと思ってたみたいだな。




