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俺のロボ  作者: 温泉卵
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一撃のウィッチ

 魔女の一撃、とはまったくよく言ったものだ。魔女のほうきが背骨にダイレクトヒットしたくらいの激痛ってことだろうな。


 まあ、日本じゃギックリ腰とも呼ばれてるんだが。

 

 ギックリなんてコミカルな呼び名の印象から、俺はちょっとした捻挫のようなものだと考えていた。自分が経験してみるとまったくとんでもなかった。激痛腰とか、ダンプの直撃とか、患者の痛みと苦しみがちゃんと想像できる病名にすべきだと思う。

 

 医者の話では、若者でもストレスがたまっている状態で驚いたりすると、普通に起きるらしい。別に俺がそろそろ歳だとか、そういうことじゃないみたいだ。

 

 確かにあの時の俺は、極度のストレスが続いた状況下にあった。銃撃戦の後で銃声のような大きな音を聞かされればそりゃびっくりもするさ。


 突然の激痛にてっきり銃で撃たれたかと思ったんだが、よく考えてみれば俺を狙う殺気のようなものは周囲に感じられなかった。


 床に転がっているところを救護班の担架に乗せられ、ホテル内の病院に担ぎ込まれた俺は、診察後そのまま入院させられることになった。


 数日はゆっくり体を休めて、その後リハビリを開始することになるらしい。医療ロボに全身湿布を貼られ、コルセットを装着すると随分楽になる。ギックリ腰というのは腰を下手に動かさなければ痛くないようだな。

 

 俺が入れられた病室は20畳以上ありそうな立派すぎる個室だ。無駄に広い上に浴室やキッチン、応接間まで完備している。


 VIP用の特別病室のようだが、よりにもよって事件のあった展望レストランの数階下だ。窓からの眺めもほぼ同じ、少なからずトラウマを刺激される。

 

 当然ながら入院費もとんでもない筈だが、ビリー氏の国家予算並みのポケットマネーから全部出してもらえるので、その点は安心だ。

 

 病室には専属のメイドロボまで備え付けられている。医療ロボと大差ないデザインの、床に埋め込まれたレールの上を走る旧式のモデルだ。バリアフリーの床に縦横無尽に埋め込まれているレールは、板状のゴムで上手くシーリングされており、シャフトの通過時のみ隙間ができる仕組みのようだ。メイドロボだけでなく、専用のワゴンなどの移動にも利用されていて結構便利そうだ。


 メイドロボの下半身はただの円柱だ、こいつに比べればリンクスの方がまだ人間らしいシルエットをしている。両肩にそびえる大型のサーボモーターはカウンターウエイトも兼ねていて、俺を軽がるとお姫様だっこしてくれる。パワフルなメカゴリラだが、声だけはやたら可愛らしいアニメ声だ。


 別に入院などしなくても、何日かゆっくり寝てれば治ると思う。ある意味軟禁状態だよな。まあ、メイドロボがいてくれるおかげでトイレは超助かる。メカメカしいデザインのおかげで、手伝ってもらうのが恥ずかしくなくていい。こいつがカジノのバニーちゃんみたいなリアルな女の子タイプだったら、ある意味羞恥プレイだよな。




 ベッドでぼんやりしていると、ぐらり、とビル全体が揺れたような気がした。地震かな? と思ったが、どうやら屋上から大型輸送機が離陸したようだ。ジェットエンジンの排気音が微かに聞こえる。

 

 大きな機影が窓のすぐそばをゆっくり横切っていく。輸送機の主翼の四つのエンジンのうち三つが垂直に立てられ、海面に吹き降ろされた排気で海上に綺麗な輪が広がっている。

 

 一つだけ水平状態になっている右の内側のエンジンが推進用に使われていて、沖に向かってゆっくり加速していく。ああ、これは推力変更の瞬間が見られるな。


 コルセットを外して体を起こそうとすると、腰に激痛が走る。

 

『無理をなさってはいけません』


 メイドロボが素早く駆けつけてくれる。こうして見るとレールを使った移動方式も悪くない、加速も減速も実になめらかだ。

 

「窓際に連れていってくれ」

 

『駄目ですよ、子供みたいな我がままをおっしゃらないで。安静にしていてください』


 こいつめ、なかなか生意気なAIだ。基本的に病人の我侭は聞かないように設定されてるのかもしれない。

 

 ああ、飛んで行ってしまった。あの手の飛行機は、主翼に充分な揚力が発生する安全な速度まで加速したら、全てのエンジンを水平状態に戻して一気にスピードアップするんだ。その瞬間が見たかったのに。


 四発機だと通常は垂直上昇用には二つのエンジンだけが使われるのだが、重い荷物を積んでいる時には今みたいに三つのエンジンを垂直に立てて離着陸するのだ。さらに重量物を運ぶ時は垂直離着陸は諦めて滑走路を使うことになる。時代遅れになりつつあるジェットエンジンだが、枯れた技術というのもそう捨てたもんじゃないよな、まだまだ当分現役で活躍しそうだ。

 

 それにしてもあんな大型機で一体何を運んでるんだろうな? 戦車とか鉄道車両を運んでる映像はよく見るが、ビルの屋上に戦車を持ち込んでも仕方ないしな。

 

 このホテルは最初からああいった巨人機を屋上に着陸させる前提で設計されているようだ。いくら海沿いに建ってるっていっても普通は飛行許可がおりないと思うんだが、役人も政治家もビリー氏には絶対服従だろうからなあ。

 

 

『鈴木リン様がお見舞いにいらっしゃいました。お通ししてよろしいでしょうか?』

 

 うとうとしているところをメイドロボに起されてしまう。鈴木リンって誰だよ? あ、リンリンのことか。

 

「先輩。私、お見舞いに来ちゃいました」


 小芝居をしながら現れたのは、セーラー服にお下げ髪の清楚な女子高生。のコスプレをしたリンリンだった。

 

 制服姿が気味が悪いほど似合っている。十年前くらいに流行った制服廃止運動のせいで、今時セーラー服の高校なんてほとんどないけどな。

 

「何の冗談だ?」


「先輩ひどいです、セーラー服の似合う昭和の女子高生がマイブームなのに……」


 今この部屋をカメラで監視しているスタッフがいれば頭を抱えてるかもしれないな。まあ、監視カメラの映像なんかはAIでフィルタリングしてから、重要そうな場面だけを人間がチェックするのが普通だ。そうでもしないと監視スタッフが退屈すぎるからな。

 

 リンリンのコスプレをAIがどう判断するのか気になるところだが、機械が見ても普通に怪しすぎる行動だと思う。まず確実に人間のスタッフのチェックに回されるはずだ。いや待てよ、毎回こんなわけのわからない行動をとっていれば、オオカミ少年理論でそのうちAIにピックアップされなくなったりして……それはないか。

 

「今日は先輩が退屈してると思って、いいお土産を買ってきちゃいました」


 簡易包装、というかシールを貼っただけのブリスターパックを手渡される。中身は安っぽいサングラスのようなグッズだ。

 

 キネマグラスと書かれているが、要するに一時期流行ったヘッドマウントディスプレイに映画のロムを組み込んだ商品だ。

 

 チャチな作りですぐ壊れるのでほぼ使い捨てだが、驚きのワンコインなので駅前のコンビニなんかでそこそこ売れている。

 

 リンリンは船着場前の土産物屋で買ってきてくれたみたいだ。確かにこれなら腰を痛めていても気にせず見れるな。

 

「昭和の名作シリーズ、ナンバー26って。こりゃまたえらく古い作品だな」


 著作権の切れた古い映画を暇つぶし用に安い値段で売ってるわけだ。

 

「セーラー服を着た女子高生がマシンガンを撃ったりするんです。面白いですよ」


 確かに面白そうだ。というより、女子高生が何故マシンガンを撃つのかが気になるな。


「ありがとう、丁度暇してたとこなんだ。ゆっくり見ることにするよ」


 リンリンが帰るとすぐに昼食の時間になる。ハムサンドにレバーを裏ごししたスープ、それにヨーグルトドレッシングのかかったトマトのサラダがついてくる。飲み物は普通のオレンジジュースだ。

 

 不味くはないが、とりたてて美味くもない。病室の豪華さに比べると地味な感じがするが、体にはよさそうな献立だ。

 

 腹八分目どころか六分目にも足りないかもしれない。メイドロボに歯磨きを手伝ってもらった後は半ば強制的にベッドに寝かしつけられてしまう。身寄りのない金持ちの老後なんてきっとこんな感じなんだろうな。

 

 暇なのでリンリンのお土産を開ける。ヘッドマウントディスプレイか、じっくり見ると実にチャチだ。充電式ではなくボタン電池が使われているんだな、電池ケースから出ている絶縁用のテープを引き抜く。


 一応コインを差し込んで蓋を回せば電池の交換はできるみたいだが、交換用のボタン電池の方が商品より高いと思う。とことん使い捨てだ。

 

 最初から安物と思って見れば、画面表示はそこそこ綺麗だ。むしろ音がひどい。眼鏡のツルの先にスピーカーが埋め込まれていて、耳に嵌めて使うようになっている。ここのパーツはイヤホンジャック式にした方がコスト削減できるんじゃなかろうか。

 

 昭和の名作シリーズ、ナンバー26には四本の映画が収録されていた。邦画が二本に洋画が二本だ。

 

 セーラー服を着た女の子がマシンガンを撃つのと、お調子者のサラリーマンがとんとん拍子に出世していく奴は、時代を感じさせられて興味深かった。最近の昭和ブームの理由がなんとなくわかる気がする、日本が元気だった古き良き時代だな。

 

 三本目の洋画は、クリスマスにテロリストがビルを占拠するという、俺にとってはトラウマもののアクション映画だった。リンリンの奴、本当は俺にこれを見せたかったんじゃないだろうか?

 

 最後の四本目はコメディ映画だった。暇を持て余した大金持ちの有閑マダムが、殺し屋に自分を殺すよう依頼し、同時にイケメンのボディガードを雇うという、いささか仁義にもとるストーリーだ。

 

 殺し屋に狙われ、一緒に危機を乗り越えるうちにマダムとイケメンがラブラブになっていく。ラストシーンは抱き合ってキスというお約束の展開だった。面白いことは面白いが、俺としてはかませ犬にされた殺し屋の方に同情してしまう。


 映画を見終わると丁度いいタイミングで夕食。


 立派な磁器の深皿に入ったコンソメスープには、チキンとホタテ、それにシラタキが浮いている。前菜ではなくこれがメインディッシュのようだ。いい材料を使ってるみたいでかなり美味いんだけれど、俺としてはそろそろがっつり米の飯が食いたい。デザートは裏ごししたアボカドと枝豆のアイスクリームで、ほんのり塩味がした。いや、すごく美味いんだけど、量が全然足りない。


 ギックリ腰でなんで食事制限みたいなことするんだよ? そういえば医者が何か言ってた気もするな。まあ、リハビリも全部お任せコースにしたんだし、ここはしばらく我慢するしかないか。


 メイドロボに介助してもらって入浴、一時間後に消灯。

 

 超健康的な生活スタイルだが、これを毎日続けられたらかえって病気になりそうな気がしてきた。

 

 腰の調子は多少マシになったかな? それより全身の筋肉痛がムズムズして、こそばゆくて、なんとも気持ち悪い。これならむしろ痛い方がマシかもしれない。

 

 眠れないので夜景を見ていたら、メイドロボにカーテンを閉められてしまう。気が利かないAIだ、ベティちゃんの爪の垢でも飲ませてやりたい。

 

 夢を見た。

 

 はっきり覚えていた筈なのに、起きてから思い出そうとしても、流れるように綺麗さっぱり記憶から消えていってしまう。

 

 夢の内容をあれこれ想像しているうちに、ふとある考えが浮かんでくる。


 最後に見たあの映画では、主人公の有閑マダムは殺し屋とボディガードを同時に雇っていた。俺がモヤモヤしたのは、金持ちの道楽で無益な殺し合いをさせられた殺し屋に感情移入したからだ。

 

 もし仮に、今回俺たちを襲撃したテロリスト達を雇ったのがビリー氏だとしたらどうだろう? 自分のビルを襲わせたわけだ。そんなことをしても何の意味もないし、普通ならあり得ない話だ。だが、超大金持ちが道楽でテロリストと警備員達を戦わせたのだとしたらどうだ? 死人まで出ているんだ、冗談じゃ済まされないぞ。


 本当にそうだったとしたら、気付いた者は消されるかな? 消されそうな気はするな。

 

 四本目の映画が、リンリンからのメッセージだとすれば? 回りくどすぎる方法だが、二十四時間監視されている状況下ではなかなかクールな伝え方かもしれない。

 

 自分でも随分馬鹿げた妄想だと思うが、一度浮かんだ疑念は俺の頭から消えてくれなかった。

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