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俺のロボ  作者: 温泉卵
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鉛の兵隊

 先んずれば人を制す、ぶっちゃけ早い者勝ちとも言う。


 真っ先にトイレに駆け込んだおかげで、俺はゆっくり用を足すことができた。


 すでにトイレの前は黒山の人だかりができている、中には列に並ばない奴までいて阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


 こういった建物に設置するトイレの数ってどうやって決めてるんだろうな? 収容人数に対して少なすぎるんじゃないのか? 一度に大勢が殺到すれば足りなくなるのは当然の話だ。


 普段なら他の階のトイレを利用したりもできるんだろうが、テロリストの奴らが階段もエレベーターもぶち壊してくれたおかげで、復旧するまでもうしばらく缶詰になりそうだ。幸い水も食料も十分ある。


 動けない負傷者は大勢いるが、テロリストが使っていたショットガンの殺傷能力がかなり低かったらしく、亡くなった人の数は少ないみたいだ。


 厨房のエレベーターで医療品を運び込んではいるが、医者がいない。素人にできることは限りがある。


 銃創専用のスプレータイプの絆創膏という便利なものがあるので、動ける者が負傷者の傷口に吹きつけて回っている。


 似たようなものは俺も学生時代に使ったことがある、溝に落ちたら折れたパイプが太腿にざっくり刺さってしまったんだ。止血と消毒、傷口の洗浄が同時に行える上に、即座に人工のかさぶたが形成されるから圧倒的に傷の治りが早い。問題はお高いことだ、公立学校の保健室では擦り傷程度じゃまず使ってもらえない。友人達が俺を羨ましがっていたものだ。


 ブドウ糖やら輸血用の血液も送られてきたが、素人判断で輸血するのは危険らしい。どうやらレスキュー隊の到着を待たなければならないようだ。


 軽傷にもかかわらず先に手当てしろとわめきちらしている政治家の先生がいる。馬鹿だな、カメラに記録されているのに。醜態を絶対ライバルに利用されると思う。


 リンリンの奴はあちこちの集団を精力的に渡り歩いている。何をやっているのか知らないが、悪巧みの可能性が極めて高い。まあ、ほっとこう。



 俺はオリガに痛み止めをわけてもらってかなり楽になった。痛みが消えたわけじゃないが、耐えられなくもないレベルに落ち着いている。


 オリガは衛生兵の資格持ちみたいだが、重傷のガリーナに付きっきりで他の負傷者は無視している。こんな時だ、仲間を優先するのは悪いことじゃないさ。


 厨房の仮眠用ベッドに横たえられたガリーナはすでに虫の息だ。シーツは血で真っ赤に染まり、ベッドの下のウレタン張りの床に血だまりができている。


 至近距離から二桁近く被弾したらしい。防弾ジャケットなどほとんど役にたたず、貫通力に優れた劣化ウラン弾はそのまま彼女の体を貫通してしまったようだ。


「あー、見たくないよ。私の内臓、多分全部シロップになってるわ」


 ガリーナ本人は極力明るく振舞ってはいるが、無理してるんだろうな。傷口から服を切り取る時は席を外したのだが、気を遣う必要もない程に彼女の体はボロボロになっていた。


 絆創膏スプレーを何本も空にして、とりあえず出血は止まったようだが、デタラメな不死身っぷりだ。満身創痍でよく生きてるよな、サイボーグという噂もまんざら嘘ではなさそうだ。


「困ったわ、すぐに病院に運ばないといけないのに」


 それができれば一番いいんだが。今できるのは必要な医療器具を送ってもらうことぐらいだ。


 オリガはエレベーターで運び込まれた機械を手際よく組み上げて、ガリーナに取り付けていく。スイッチを入れるとガリーナと機械を結ぶパイプに勢いよく赤い血が流れこむ。小さな酸素ボンベが取り付けられているところをみると、どうやらこの装置は外付けの人工心肺みたいだな。


 今はこんなすごい機械があるんだ、助かるよな?


「私、O型が必要って言いましたよね」


「間違ってA型が届いたのか」


 続いて運ばれて来た血液バッグの血液型が間違っていた。どうやら外の連中が間違ったようだ、あっちはあっちで相当混乱してるんだろうな。


 俺もそうだが、O型って誰にでも輸血できるのに他の血液型からは輸血してもらえない損な役回りだ。


「俺もO型だ、輸血に必要なら言ってくれ」


 こう見えても献血には自信がある。400mLくらい余裕だ、血液バッグ一つ分にしかならないが。


「ありがとうございます、でもそれじゃ全然足りないの」


 まあそうだろうな。だが、一人じゃ駄目でもみんなで協力すれば……いや、量が量だ。O型の血液を届けなおしてもらう方が早いだろうな。


 




 コンクリートを砕くエアハンマーの音で目が覚める。いつの間にか少し寝てしまっていたようだ。リンリンや隊長クンがすぐ隣で眠そうにしている。


 東の空が少し白んできているな。


「開通しそう?」


「昼までにはなんとかなりそうだってさ」


 トイレに行き、炊き出しのおにぎりとサンドイッチをつまむ。


 調理ロボットもアンドロイドもシステムの緊急メンテで使えないらしく、料理長の爺さん一人で頑張ってくれているみたいだ。さすがはプロだな、恐ろしく手際がいい。


 おにぎりの具はキャビアっぽい味の何かの塩漬けだった、どうせ俺が聞いたこともないような高級食材なんだろう。空腹のせいもあるがとにかく美味い、しょっぱさが五臓六腑に染み渡る。多分、この味は生涯忘れられないと思う。


 蛍光オレンジのユニホームを着たレスキュー隊が何人もいる、俺が寝ている間に屋上のヘリポートを使って乗り込んできたようだ。重傷者の搬出も始まっている。


 気になってガリーナの様子を見に行く。だらんと垂れ下がった手にはすでに生気がなかった。


 駄目だったのか、胃袋に冷たい鉄アレイでも押し込まれたような気分だ。


 昨夜から多くの人の死を見てきたが、言葉を交わした知り合いが亡くなるというのは重さが違うな。傍に寄り添っているオリガにかける言葉も見つからない。


「大丈夫。体は死んでしまいましたが、この子はまだ生きてます」


 かわいそうに、オリガも少しおかしくなってしまった。肉体が死んでも霊魂は生きてるって思いたいんだな。気持ちはわかる、全てが無になったと考えるよりは救いがあるもんな。そうだよ、戦士は死後も仲間たちの心の中に生き続けるんだ。


 勇敢で、真面目で、ちょっとおぼこい所もあったガリーナ。彼女のことは俺も忘れないでいよう。


「私達の体はちょっと特別なんです。体は捨てて残された血液を全部脳の維持に回しました。これであと何時間かはなんとか持つでしょう」


 え? 生きてるのか?


 よく見るとガリーナの顔色は悪くない。機械で首から上にだけ血液を循環させているようだ。脳だけを生かすための小型の生命維持装置が体内に埋め込まれているので、血管のコネクターを繋ぎかえるだけでこんな荒業ができるのだという。


 そうか、生きてるのか、なんだ。少なからずほっとする。


「元通りに治るよね?」


「ええ、お金さえあれば体をクローニングすることだってできますから」


 若返るために自分のクローンに脳を移植する金持ちは多いらしい。国によっては非合法だが金さえあれば何でもできる、金さえあればな。そういえば治療費は全部ビリー氏が出してくれるって話だったな。だからあんなにこだわってたのか。


 待てよ……マトリョーシカアタックとか言ってたのは、脳だけ生き残るからか? もしそうだとしたらちょっと洒落にならないぞ。


「私たちは鉛の兵隊なんです。強化した肉体に生命維持装置を組み込んだサイボーグ戦士」


 SFじゃおなじみのサイボーグ化手術は、実はかなり昔から行われている。どこからがサイボーグなのかは曖昧なところがあって、歯の治療や眼内レンズなどまで含めてしまえば、現代人の大部分はサイボーグということになってしまう。俺としてはもっと超人的な能力を得た者をサイボーグと呼びたい。


 軍事目的での大がかりな肉体強化手術に関しては、拒絶反応の問題が完全には克服されていないとして、日本じゃ表向きは禁止されている。


 ロシアのサイボーグ軍団は有名だったが、まさか自分がこんな形で関わろうとは思わなかった。


「頭蓋骨にチタン合金をかぶせていても、ウラン弾の直撃は防げないわ。サイボーグといってもぜんぜん不死身じゃないんです。なのにこの子ったら無茶をして」


 その程度の肉体強化でも、戦場では普通の兵士に比べれば生存率は高くなったらしい。だが、生還できても拒絶反応のせいでそう長くは生きられないのだという。


 体内に異物を埋め込むわけだから、体はそれを排除しようとする。拒絶反応を緩和させる薬を使えば今度は免疫力が低下して、肺にカビが生えたりするんだそうだ。ちょうどいいバランスというのが難しいらしい。


 日本はその分野の研究では今や世界のトップなので、世界中からサイボーグが救いを求めて集まって来てるらしい。


「私たちは祖国を守るために志願したんです。私の両親は泣いて止めてくれたというのに、本当に馬鹿でした」


「その祖国が私らを捨てたのよ、メンテに金がかかりすぎるってね」


 いつの間にかマーシャも後ろに立っていた。三人ともサイボーグだったんだな。


 最近のロシア経済はボロボロだからな、核兵器の管理すらまともにできない状況だ。サイボーグ兵をメンテナンスしてるどころじゃないんだろう。


 オリガ達が一度は命懸けで守ろうとした祖国だ。悪い国じゃないんだろうが、伝統的に金儲けは驚くほど下手な国だ。


「今回の件で金に不自由しなくなったっていうのに。こんなところで死ぬんじゃないわよ、お願いよ」


 マーシャはクールな奴だと思っていたが、案外情に厚いのかもしれない。


「病院に連絡して受け入れの準備は全部終わっています。大丈夫、間に合うわ」


 必要な機材は全てオリガが手配済みのようだ、彼女が戦闘から外された理由がよくわかる。オリガさえ無事なら、彼女たちは脳が破壊されない限り何度でも蘇ることができるのだ。RPGならガリーナが戦士でマーシャが魔法使い、オリガが僧侶ってところだな。


 階段の復旧が先か、ヘリの順番が先か、どっちにしろあと数時間の我慢だ。



「何だと! 風くらいでヘリが飛ばせない? 私を誰だと思ってるんだ!」


 怒鳴り声のした方を見ると、主婦層に人気のイケメン若手議員がレスキュー隊員に食ってかかっている。うちの選挙区の議員さんだが、イケメンは嫌いなので俺は票を入れたことがない。


 風ねえ? 外を見ても特に変った様子は見えないが、言われてみると雲の動きが多少速い気がする。


 スペースコロニーでも作ろうかって時代に、たかが風でヘリが動けなくなるなんて思いもしなかった。あの議員さんが怒ってるのもわかる気がする。そうでなくても長い間閉じ込められてみんな神経がカリカリしてるんだ、風がなんだよ。


 だが、次の瞬間、分厚い窓ガラスにドンと音がするくらいのすごい突風が吹きつけてきた。こりゃあ駄目だ、自然の力の前じゃヘリなんかひとたまりもないな。


 屋上に担架を吊り上げるために設置されたロープが、風で暴れまわっているのを見て、議員さんも冷静さを取り戻したようだ。レスキューの人にちゃんと謝罪していた。ごめんなさいができる奴は信用できるな、今度の選挙はあいつに票を入れてやろう。


 こうなると階段の復旧を待つ方が確実か。まったく、いつまで手間取ってるんだよ。


 気になって様子を見に行く。俺だけじゃなく、何人もの人が瓦礫に埋まった階段を見守っていた。


 瓦礫の向こうから作業の音は聞こえてくるが、まだまだ遠いかんじだ。本当にこれが昼までに片付くのか? 重機を持ち込めず、手作業でやっているみたいだ。こんな時こそパワードスーツだろうが。


 あ、建設用のパワードスーツで災害救助とかするゲームとか今ならすごくやってみたいかもしれない。そういうの洋ゲーでもうあったかな?


 身長三メートルぐらいでリンクスを作ってくれたら、俺ならこんな作業ちょちょいのちょいなんだが。本当にそういうロボを開発したら結構売れると思うな。


 

 案の定、昼になっても通路は開通しなかった。風もますます強くなっている。


 風が弱いうちにレスキュー隊が来てくれていたのが不幸中の幸いだった。隊員の中にはお医者さんもいて、重傷者に適切な処置ができている。


 だが、サイボーグのガリーナに関しては医者もお手上げのようだ。


 ガリーナの顔色がよくない、簡易型の人工心肺だけではもう限界らしい。


「折り入ってお願いがあります」


 オリガが神妙な顔をして話しかけてくる。俺にできることなら何でも協力するけどな。


「ガリーナの脳を、一時的にあなたに移植させて欲しいの」


 脳を移植って、双頭のワシみたいになるんだろうか? アメコミにそんなヒーローがいたような気もするが、さすがに自分がそうなりたいとは思わない。


「私達の血はいろんな薬品で汚染されてますから、副作用がある可能性はあります。それでもよろしければ是非ともお願いしたいのです」


 わざわざ説明するってことは、結構ひどい副作用なんだろうか? 正直に教えてくれた点では彼女を信頼できそうだが、それでもやはり怖い。


「副作用って、どんな?」


「皮膚に発疹のようなものができるかもしれません。あと、一時的に免疫力が低下するので風邪なんかをひきやすくなります」


 痒くなるのは困るな。ガリーナが嫌な奴なら丁重にお断りするんだが、生憎と普通にいい娘だ。助かるものなら助けてやりたい。


 ええい、仕方ない。他人の脳を移植するなんて滅多にできる体験じゃないし、いっちょやってみるか?


 O型の人間を探せば俺以外にもいるだろうが、ここで他をあたってくれなんて言えないよな。それこそ男がすたるってもんだ。


「副作用の治療費もビリーさん持ちだよな。いいよ、別に」


 できるだけ平然と口ではそう言ったものの、俺としてはかなりの覚悟をしていたのだったが……


 脳の移植といっても全然たいしたことはなかった。俺の左腕の静脈にチューブを二本取り付けられただけだ。


 チューブを通って俺から出ていった血液が機械に入った後、ガリーナの首に送られ、再び機械を経由してもう一方のチューブで戻ってくる。


 献血しながら輸血してもらってるようなもんだな、無限献血だ。腕に取り付けられたチューブはアタッチメントがついていて、トイレに行く時などは簡単に外せる。この程度の負担で人一人救えるなら安いもんだ。


 そもそもこんなのが移植と呼べるのだろうか? 寄生、というのもおかしいし、合体でもないよな。連結?


 階下との通路が開通したのは二度目の夜明けを迎えようとしている頃だった、遅れるにも程がある。結局、崩れた階段を掘るのは諦めて、別の場所をぶち抜いて通れるようにしたようだ。最初からそうしていればずっと早かったのに。


「ヤッホー、生きとるか? 今回うち大活躍やで」


 ハイテンションでナンシーが飛び込んで来た。多分、本当に大活躍だったんだろうとは思う。俺たちが助かったのも彼女のおかげかもしれない。


 だが悪い、感謝の言葉を口にする気力すらもうないんだ。たった三十時間足らずでここまで消耗するとはな、やっぱりもう歳なのだろうか?






 大勢の救急隊員が手際よく負傷者を運び出していく。ガリーナも無事収容されて行き、俺の役目も終わった。オリガに腕のチューブを外してもらうと、青い痣になっていた。まあ、こんなの気にしない。

 

 とにかく悪夢は終わった、これで日常の生活に戻れる。


 まずはホテルの自分の部屋に戻って、ふかふかの温かいベッドで思う存分寝よう。後のことはそれからだ。

 

 

 よっこらせと立ち上がろうとした時、背後でバーンと大きな音がした。同時に腰に激痛が走る、まさか、撃たれたのか?


 力が入らない、へなへなと倒れこんでしまう。せっかく生き延びたのに、こんな所で死にたくない。


 動かなければ腰の痛みはたいしたことないが、背骨とか撃たれたら致命傷だよな? でも、即死ならもう死んでるよな?

 

 大丈夫だ、今の医学なら脳味噌さえ無事なら平気なんだし。ガリーナなんか首だけで生きてたじゃないか。幸いここには救急隊員が山ほどいる、すぐに病院に運んでくれるさ。

 

 大きな音のした方を見ようと体をひねる、それだけでまた激痛が走る。無理しない方がいいか、首だけ回して横目で様子を窺う。誰かがテーブルを倒しただけのようだが? でも確かに俺は撃たれたよな? 音に銃声を合わせて誤魔化したのかもしれない。なら撃ったのは誰だ? アキラ以外にもまだスパイがいたのか?

 

 駄目だ、腰が痛くて動けない。今の俺の戦闘力は限りなくゼロだ、三歳児にすら勝てないだろう。

 

 誰か助けてくれ。俺がピンチだぞ、あいつら肝心な時にどこにいるんだよ?

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